宮司の話
黒羽神社への訪問当日。
琴は初めて服装を意識した。少ない服とにらめっこしてかなり悩んで、結局プリーツスカートを選んだ。上からコートを着てしまえば、見た目には分かりづらいという判断だった。
髪はいつものように簪でまとめ上げた。だいぶ手慣れて、綺麗に出来るようになっていた。
界人は家の近くまで迎えに来てくれた。
寒空の下、白い息を吐きながら待っている所に駆け寄ると「おはよ」声を掛ける。
「おはよ。あっ、短いスカートの方にしてる」
すぐさまチェックが入った。
「よく分かったね」
「コートの裾からスカート見えないから。チェック柄の方ならチラチラ見えるはず」
「そこまでチェックしてたん?」
一度しか見ていないのに、わりと抜け目ないと思ってしまう。
「そりゃあね。服装と髪型って女性は気を使うでしょ?実家の美容院だと着付けもドレスアップもするからさ。自然とファッションと髪型を意識して見るようになった」
「そう言うもんか……」
「琴がいいなら、髪型もいじるよ?」
まとめ上げた髪を見て、界人はニコッと言う。
「そ、そのうちでいいよ……」
「簪のまとめ上げもだいぶ慣れたよね?前は長い髪が一房出たりしてた」
「えっ?本当?」
「出来れば直したかったけど、いいのか分かんなかったからさ。今度はワンステップ上げて、おくれ毛のアレンジとか試したら?」
「……何、それ」
明らかに界人の方がファッション上級者な気がした。
「また俺のマンションおいでよ。やり方教える。琴に似合うヘアスタイルとか、髪型とか。髪の手入れ方法も教えるし」
「え…界人の家?」
「うん。インタビューまとめる時、傍にいてくれてもいいし。2人っきりだから気兼ねなく出来るよ?」
考えただけで緊張した。楽しそうではあるが、ずっとギクシャクした自分しか想像出来ない。
「まぁ、他にも色々しちゃうかもだけど……」
意味深な言葉に思わず赤くなる。
「また赤くなった。可愛い」
ニヤッとされて、思わず腕を小突いた。
「もうっ!早く行こ!白透が待ってるよ!」
界人は琴の手を取ると、
「今度来てよ?嫌な事はしないからさ」
「〜〜〜っ。考えとく……」
小さく返事をして濁した。
ハッキリ嫌と言わないあたり、琴の気持が見えるようで界人は思わず抱きついた。
「あぁもう………!可愛い……」
家を出たばかりの道端でそんな事をされ、琴はまたひーっと内心で叫んだ。
「界人っ!ここ道端!」
背中をたんたんと叩いたが、
「大学じゃ出来ないから――。これから白透も合流するし、少しだけチャージさせて……」
さらにギュッと一分ほど抱きしめると、
「完了。じゃ、行こ」
手を繋いでようやく歩き出した。
(毎回こんな感じ?大学の外で2人で会うたびにこの調子じゃ心臓が保たない……)
山本家に行くまでの短い道中。界人はずっとニコニコしていた。人目を気にしなくていいのが嬉しらしい。
緩みっぱなしの顔を見て、
「もう、ちゃんと切り替えてよ。インタビュー終わったら白透の大事な話も聞くんでしょ?」
切り替えた琴に言われ、界人は軽く返した。
「分かってるよ」
山本家の前で白透は待っていた。2人が手を繋いでいるのを見ると最初は驚いていたが、すぐに破顔した。
「おはよ」
「おはよう、白透」
「良かった。界人、上手くいったんだ」
我が事のように嬉しそうな白透の笑顔は眩しかった。
「白透の後押しがあったおかげ。ありがとう」
「俺は何もしてないよ。琴も、界人の気持ちを受け入れてくれてありがと」
「白透がお礼を言うの?」
「だって嬉しいから。2人が幸せなら、俺は満足だよ」
ひたむきな態度と言葉に、琴は感銘を受けた。
「白透、いい人だよね……。感動するくらいいい人」
「うん。白透と友達で良かった。困ったことあったら何でも言って。出来るだけ力になりたいから」
2人から言われ、白透は微笑んだ。
3人は黒羽神社への道を歩く。表通りではなく道通神社から伸びる人気が少ない道の方を選んだ。
「ばあ様に黒羽神社の事聞いてみたけど、やっぱり何も知らんかった。不干渉の理由も」
「やっぱりそうか……」
期待はしていなかったが、やはり残念な気持があった。
「黒羽神社の宮司さんが何か知ってればいいんじゃけど。昔の事だったら口伝でも残ってないかな?」
「公に出来ない事情なら何も教えてくれんじゃろうな……。期待薄で考えとこ。白透の方は?カメラ少しいじってみた?」
首から下げている真新しいカメラは、白透の胸で踊っている。琴も界人も持ってきてはいたが、本格的に撮るの事は少ないだろうと考えていた。
「庭の木をとか池とか撮ってみた。ばあ様も撮らせてもらったけど、恥ずかしがって逃げられたよ」
「おばあさんって照れ屋?」
「そうかな。上手くピント合わないし、池の鯉も動くから難しかった。苦戦してたら2時間外にいてさ。ばあ様に止められたよ、風引くって。2人が1時間もパシャパシャしてた気持ちが分かった」
わかるわかる、と琴はコクコク頷いた。
「でしょ?ついつい夢中になっちゃうんだよね」
「俺はとにかく写真ばっかり撮ってるからさ。2人は気兼ねなく勉強してきて」
白透は写真のために家からも出たようで、その事を楽しげに教えてくれた。山の景色や街にも足を向け、公園や街路樹、商店街などを撮ったそうだ。
「途中で写真撮ってるの?って小学生に声掛けられてさ。変質者と勘違いされたかたと思って、焦ったよ」
「大丈夫だったの?」
「うん。下校見守ってた先生が俺のこと知っててさ。当時の担任だったんだ。だから警戒されなかった」
「へえ、凄い偶然」
「うん。少し懐かしくなった」
どんどんと積極的に外界との繋がりを持とうとする白透は、出会った頃の陰鬱さを感じさせないほどに目を輝かせていた。琴も界人もそんな彼の話しを聞くのが楽しく、趣味であるカメラの話も出来るので夢中で話し込んだ。
あっという間に黒羽神社に到着し、白透は早速階段下からの写真を撮るためカメラを手にした。
「ほら、2人は行ってきて」
言葉に押され、琴と界人は揃って階段を上がった。
1月よりも人は少なかったが、それでも何人もの参拝者とすれ違った。境内にも20人ほどの人がおり、神社の全景と御神木を写真に収めると社務所の元へ向かった。
巫女に話しかけるとすぐに取り次いでくれ、社務所奥の部屋に案内された。事務室も兼ねているらしい部屋の横を通り過ぎ、6畳ほどの和室へ通される。
出されたお茶を見ていると、程なくして宮司が現れた。
彼は高杉と名乗り、神職らしく柔和な顔の初老の男性だった。
「狭苦しい所で申し訳ない。大学の学生さんですね?事前にお話をいただいていたので、参考になればと幾つか資料も持ってきました」
高杉は快く神社の歴史と成り立ちを教えてくれた。時折本を開いては当時の記録も見せてくれた。道通神社より歴史がが長く宮司がずっといるため資料も子細に記されていた。
天狗については琴達が調べた通りの内容で、知っている逸話の他に情報は無さそうだった。
「あの、神隠しについての逸話は残っていますか?」
「神隠しですか?」
「日本各地の天狗信仰のある場所では、天狗による神隠しの逸話があります。こちらの黒羽神社ではどうでしょうか?」
「さぁ、とんと聞きません。天狗様については、この山で起きた土砂崩れや地滑りなどの天災から、村と人々を守ったという話がある程度です。この辺りは時々、山の天災がありまして。今は山が整備され、排水トンネルも出来たのでめっきりと減りましたがね」
「そうですか……」
やはり神隠しに限定した逸話はなさそうだ。
琴の神隠しと黒羽神社の関連はないのだろうか。道通神社で起こった時間飛ばしの事を考えれば、もっとあちらを調べた方がいいのかもしれない。
「この神社は、ゼロ磁場の上にありますね。そのためパワースポットとしても人気のようですけど、それに関しての記述や言い伝えなどはありますか?」
界人が尋ねた。磁場と神隠しの関連は不明だが、昔の話に磁場と不可思議な体験の記述があれば、何がヒントが得られるかもしれない。
そう期待を込めたが、
「昔の書物にはありませんね」
あっさりと言われてしまった。
「ここに訪れる人からは体調が良くなったとか聞きますが、本当の所はどうなのか……。ずっとお勤めしている我々は何も変化は感じません。ですが、神聖な境内でのご利益の一つと思って頂いて、皆様の心身の健康に寄与出来ているならありがたいことです」
神職らしい言葉だ。
用意していた大方の質問が終わってしまった。
残すは一つだ。期待薄と思いつつも、
「なら、隣の露山と烏山の関係についてお聞きしてもよろしいですか?」
琴が尋ねた。
「露山ですか?」
「烏山について調べていた時、ある書物に『露山には蛇が、烏山には天狗がおり、互いに不干渉である事が習わしである』との一文がありました。これについて、理由をご存知ですか?」
これまで流暢に話してきた宮司が、初めて口をつぐんだ。やはり触れてはならない質問だったのかと、
「申し訳ありません。言いにくいようでしたら、結構ですよ?」
界人は言葉を添えた。
「ああ、いえ。そう言うわけではないのですが……。神社同士でいざこざがあったなどと言う事は一切ありません。露山には道通神社がある事はご存知ですか?」
「はい。そちにもインタビューをしています」
「そうでしたか……。お調べになった通り、烏山には天狗様が、露山には蛇信仰があります。昔は烏山の地滑りや土砂崩れは、ベヒが引き起こす厄災として考えられていました。そのため、そんな信仰神をたてている露山と距離を置く考えがあったのだろうと思います」
「……なるほど」
「今なお、その掟を守っている理由はなんですか?現代であれば、土砂崩れも地滑りも科学的に原因が解明されていますよね?道通神社の方々は、詳しくは知らないと仰っていました。『昔からの慣わしだから』としか考えていないようで」
琴が切り込んで行くと、界人は少し眉根を寄せた。少しズカズカと踏み込み過ぎていないか、と琴を見ている。
「お恥ずかしながら、当神社でも似たようなものです。ここまで近い距離にありながら、神職間での交流もございません。禁忌とされている訳でもないのですが。そろそろほとぼりを冷ましてもいいのかもしれませんな……」
唸った高杉に、界人は残念な報告をした。
「道通神社は、現代で廃祀されるそうです」
結論だけを伝えると、高杉は息を呑み目を見開いて驚いた。
「本当ですか?その話をどこから?」
「道通神社の管理者の方です。あちらには宮司がいらっしゃらないので」
高杉は視線を落とし、何やら考え込んでいた。
驚きようといい、宮司が嘘や偽りを言っているようには見えず、衝撃が過ぎ去るのを待つことにした。
「そうですか……。そうでしたね……。いやはや、こんなか形で知ることになるとは――」
反応からして、本当に道通神社との接点も接触もないことが伺えた。
琴は一瞬、道通神社の関係者である白透の事を話そうかと思ったが、それは流石におせっかいが過ぎるかと考え直した。
白透はただ写真を撮りに来ただけだ。目通りの予定もないのに、急に紹介されては白透も困るだろう。
高杉はようやく衝撃の縁から上がってきて、琴と界人を見た。
「お二人にはお礼を申し上げたい。最後の機会とあれば、赴かせて頂こう。廃祀となる前に知れてよかった。ありがとうございます。他にご質問はありますか?」
「いいえ。長々とお時間を頂き、ありがとうございました」
深々と礼をすると、2人は退室した。
高杉は本殿の前まで送ってくれた。どこまでも配慮のある宮司だった。
「また何かご質問あれば、どうぞお越しください。若い世代に関心を持って頂けるのは有難いのです」
にこやかに言った。そこにちょうど境内にいた白透が友人2人を見つけて、
「終わった?」
と話しかけてきた。
「挨拶をしたら終了だよ」
琴が答えると、高杉がまた驚いた声を上げた。
「おや、今日はこんな所に?」
琴と界人ではなく、どうやら白透に声をかけたらしい。
琴は知り合いだったのかと驚いた。白透はここに近寄ったよことがないと言っていたのに。
しかし白透は宮司を驚いた目で見返している。
「あの……以前お会いましたか?」
困惑しているのは琴達と同じようだった。
宮司は「ああ、すいません」と謝罪した。
「時折、この辺りで見かけていたもので……」
どうにもチグハグの反応で、界人も琴も2人をキョロキョロと見た。
「随分と幼い時分から見かけていたんです。いつもお一人だったので、気になっていました。境内でお見かけしたのは初めてですな。そうですか、同じ大学の方でしたか」
高杉はニコニコと話したが、白透は目が点になっていた。全く身に覚えが無さそうだった。
「――あの……なんのことでしょうか?」
白透は混乱のまま宮司に問うた。
「私がここへ来たのは初めてです。幼い時分というのも、心当たりがありません」
「おや?そうですか……?他人の空似でしょうか……?それにしては……」
不思議そうに首を傾げる宮司は、
「いや、年寄りの勘違いかもしれません。混乱させてしまい、申し訳ない」
苦笑いした。
改めて礼を言うと、3人は元の道を辿って帰路に着いた。
道通神社へ戻る道に出ると、3人揃って沈黙して首を傾げた。最後の宮司の話に納得出来ないのは同じで、
「なんだったじゃろうな、最後の……」
界人がポツリと呟いた。
「誰かと勘違いしとったんかな?白透は黒羽神社来たことなし、街で見かけたって言い方でもなかったよな?小さい頃から見かけとったみたいじゃし……。白透?」
彼は一人難しい顔をしていた。
よく見ると、いつも白い肌がより一層白く見えた。青ざめてさえいるようだった。
「大丈夫?顔色悪いよ?」
琴が足を止めて気遣わしげに言う。
「うん……。大丈夫……」
そう返事する声音はとても大丈夫そうではなく、界人も、
「白透平気なん?真っ青やで?今日話聞くの辞めようか?」
顔を覗き込んだ。
白透は視線が泳いでいて、明らかに動揺していた。らしくなくソワソワと表情を変えている。
「ごめん……。俺もよく分かってないから、2人に説明出来ん……」
そう言うと、足を止めて伏して黙りこくってしまった。どう見ても、白透は穏やかな心中とは言えなかった。
琴と界人は顔を見合わせる。
どう考えても、高杉の話しはおかしい。まるで昔から彼を見てきたかのような言葉だった。
少なくとも積極的に白透は家から出ていない。つい数ヵ月前まで、それが白透の普通の生活だった。宮司は白透とは初対面のはずだ。
しかし嘘を言っている様には見えなかった。
偶然出会って声を掛けた。そんな自然な話し方だった。
なんとも不可思議な出来事に、2人も動揺した。まさかインタビューでこんな事が起こるとは。
琴は俯いたままの白透を見た。朝会った時の眩しい笑顔も、新しい趣味に心躍らせる表情も消えていた。
今は暗雲とした暗く、重々しい雰囲気しかない。それが酷く悲しかった。
「白透、ごめん……」
琴は堪らず言葉が出た。
「変な事になった、よね……?やっぱり黒羽神社には一緒に行かないほうが良かったのかも――」
琴の沈んだ声に、白透は気遣わしげに言った。
「琴のせいじゃないじゃん。俺も写真撮りたかったし、2人から誘われなくても一緒について行くって言ったと思うし。そんな顔せんで……」
無理に笑っているのが辛かった。
界人が琴の肩をそっと引き寄せて、
「琴が落ち込むことじゃない。誰にも予想出来んかったんじゃし」
頭を撫でた。
「白透、何も心当たりはないんよな?」
界人はじっと白透を見た。
「……正直言うと、全くないわけじゃない」
2人は目を瞬かせた。
「でも―――どう考えてもおかしい。ばあ様にも聞いてみんと……。俺一人じゃどうしようもない問題じゃから」
深刻な表情に界人は、
「なら、もう家に帰ってゆっくりとおばあさんと話して。俺達は帰るから」
家族の話し合いの邪魔になってはならないと、そう言った。しかし白透は首を振る。
「いや、予定通りうちに来て」
「でも……」
「2人には知って欲しい。話してないことが沢山あるんよ。凄く沢山……」
白透は動揺が薄れたようで、落ち着いた目で2人を見ていた。
「今起きた事にも繋がる話なんよ。最初から聞いてもらわんと、その説明も出来ん。だから、うちに来て欲しい」
そう言うと、痛々しい笑顔になった。
「――きっと面倒な事に巻き込まれたと思うはず。ごめんな……」




