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ヨリカカリ  作者: 栢瀬 柚花
2/6

琴の価値観


 琴は23時に帰宅した。

 思ったよりも界人とのスケジュール調整に手間取った。話している途中でお互いの緊張も溶け、同年代の気を使わない言葉使いにもなった頃、合コンはお開きとなった。

 

 実家暮らしの琴は、そっと玄関を開けると家に入る。彼女の実家は豆腐屋で、深夜0時から仕込みが始まる。あと1時間ほどで両親が起きてくる。お風呂の音で目覚めてしまうかもしれないが、そこは謝ろうと思い浴室へ向かった。

 纏めていないロングヘアーからタバコの匂いがした。それが不快で、ガシガシと髪を洗う。 

 ああいった宴会場の雰囲気は苦手だ。気の合う仲間同士ならまだしも、大人数でワイワイやるのは性に合わなかった。今回は知人に騙されるような形で参加したためすこぶるご機嫌斜めで、終始誰とも話さなかった。

 参加した事を後悔していたが、どんな所にもチャンスは眠っているもので、蓋を開けてみれば収穫だった。

(やっとカメラを本格的にいじれる!)

 その喜びで琴はわくわくしていた。

 

 風呂から上がると案の定、両親は起きて身支度をしていた。

 脱衣所兼洗面台で、母は洗面をしていた。

 ファンデーションは塗らず、簡単に化粧水と乳液で整えている。どうせ大豆を混ぜる作業で汗が出て流れてしまうからだ。それに揚物も作るので、大人4人が入ればそこそこに狭さを感じる工場は、それなりの温度になる。

 接客が始まる直前に最終チェックすればよいので、琴はすっぴんの母の方が見慣れていた。

「おはよ。あれ、随分と遅くまで飲んでたんね」

 娘の風呂上がりの姿を見て、母は驚いていた。普段は滅多に夜の外出などしないので、余程楽しかったと考えたらしく、

「どう?いい男いた?」

と聞かれた。

「あたしは彼氏目的じゃないけ。共同研究する同期を見つけただけ。それより、一眼レフの使い方教えてもらえる事になったんよ!それが嬉しい!上達したらお店の宣伝写真とか撮ってあげる!」

 はしゃぐ娘に、父が脱衣所のドア向こうからすかさず、

「その相手は男か?」

と聞いてきた。

 背が180センチある父のシルエットがドアのすりガラス越しに見える。

「そうじゃけど、心配ご無用。こんな芋っぽい娘、誰も相手にせんって」

 あっけらかんと言うと、父は大層な声音で説教した。

「そういう油断が禁物なんじゃ!男は皆考えとる事なんて同じなんやで?距離とって行動せいよ!」

 その威勢に母と顔を見合わせた。

 決して気難しい父ではなかったが、こういった話になると別だった。

 母は「年頃の一人娘が心配なんよ」と小声で言った。

 琴は嘆息すると脱衣所のドアを開け、

「はいはい。湯冷めするから寝るね〜」

とヒラヒラと手を振って自室に戻った。

 

 6畳もない部屋には、最低限の私物と多くの本が並ぶ。化粧台、といっても使い古された学習机だ。その上に鏡と2〜3個の化粧品、ドライヤー、櫛があるだけの簡素なものの前に座る。いかに美容に興味がないかが伺い知れる。

 ドライヤーで髪を乾かしながら、界人との最初の約束について考えた。一番近くの合致する日が明後日だった。

 丁寧にケースに収められた一眼レフに目をやる。やっと練習が出来ると思うと、どうしてもニヤけてしまった。久しぶりに感じる高揚感だ。

 寝る前にカメラを触りたくなったが、今日は午前中から講義があるので我慢した。 

 カメラを首に掛け、色々な物を自由に撮る。

 思い通りだったり、考えた以上の1枚が撮れたらどんなに良いだろう。

 そう思想像しながら目を閉じた。


 

 2日後の朝10時。

 やっと太陽が冬の空気を温め始めた時間帯。 

 琴はビーニーにコート、カメラを首から下げた格好で公園入り口に立ち、界人を待っていた。

 彼は約束の15分前にやって来たが、待ちきれず9時からここに佇んでいた琴は文句を言った。

「遅い!」

 理不尽な言葉に界人は流石に渋い顔をした。

「いや、ちゃんと間に合っとるし……。稲田さんが早すぎるんよ」

 マンションから徒歩で来た界人は、少し息を切らしている。十分に間に合う時間に家を出たが、琴から『早く来て』と催促メッセージが幾つも来たので、慌てて走って来たのだ。

「楽しみなんじゃから、仕方ないやん」

 悪気なくそう言われ、早くも

(選ぶ相手を間違えたかもしれん……)

 と思った界人は数秒黙ってしまった。

 一方で、やる気満々の琴は

「で?何処から行くん?」

と尋ねた。

 界人は気を取り直して、自分なりにまとめたノートを見ながら場所を示していく。

「この道通神社と、神社がある山に行ってみたい。途中で敷地神があったら、写真に撮りたいんじゃけど」

「インタビューは?」

「今日は予定しとらん。まずは地理を知っていきたい。誰に話を聞くかは、また考える。もし話してくれそうな人がおったら、声かけるけど」

 琴は頷くと、

「分かった。じゃ、行こう」

と界人を誘った。

 

 ここは街といっても、複雑な道は殆どない。子供でも迷子になりにくいような単純な道ばかりだ。

 車なら入る事をはばかる細道もあったが、徒歩の2人には関係ない。

「地図見たら迷わず行けると思うで?」

 琴は界人の地図を見ながら言った。印や道筋を赤で書き込んだ線が引いてある。

「それは稲田さんが地元の人じゃからそう思うだけよ。県外から来てみれば、そんな簡単にはいかん」

「単純な道が多いけどな」

「そう?細道も似た家も多いけ、分かりにくいわ。なぁ、今ってここであっとる?」

 地図を一点を指さしている。

 道が数本違う場所を示していたので、

「違う。今はここ」

訂正すると、

「えっ?うそ………?」

「あたしの実家が豆腐屋。それがココ。待ち合わせした公園がコレ。公園を右手に西に進んで、Y字の道を左折したから、今はココ」

説明したが、それがさらなる混乱を生んだようで、界人は地図の向きをくるくると変えて考えている。

 渋面をつくる界人に、琴は 

「鷹取くんって方向音痴?」

と無遠慮に尋ねた。

 それに界人はうっと顔をしかめる。

「……そう言われる事多いけど、慣れれば平気なんよ!覚えたらいける!」

「そりゃ、そうやろ。覚えるまでに時間かかるんじゃないん?」

 鋭く指摘されて言葉に詰まった。

 その通りだった。界人は昔から、実際の道と頭の地図が一致するまでにやたらと時間を要した。

「……卒業までには街の地図覚える」

「4年もかけるん?この街で就職するならええけど、他に行ったら振り出しやん」

 至極真っ当な意見だった。 

「そうやけど……。しゃーないやん。時間かかるのは性分やし」

「地図と現実世界の風景が一致せんのやね」

「だって、フェンスとか看板とかまで地図には載らんやろ?」

「そうじゃけど……。それならストリートビューで良くない?」

「なら、稲田さんはほぼいらんって事になるな。音声案内でもいけそうやし。カメラの約束ほかして、俺一人で行こうか?」

 面白くない会話になってきたので、界人が意地悪くそう言うと琴が、

「分かった。ごめんって」

謝り、道案内を続けた。

 

 地図片手に進み道を誤りそうになる度、琴が訂正して正しい方向に導いた。さながら人間ナビだ。

 界人はどうにも看板やお店など、地図を見ても分からない物を目印にしていた。それが原因な気がして、

「直接書き込めば?」

琴は駐車場、パン屋の看板などを加えていく。

「こうした方がもう一回来た時、分かるでしょ?」

「確かに!」

 酷く感心していた。

 

 途中、敷地神を数体見かけたので、2人で写真を撮った。ここで界人が指導をしてくれる。

「被写体をくっきり撮る練習してみよ。まずはF値を1.8にして撮ってみ。次はF10で同じように撮って」

 言われて、琴は慣れない設定を何とかいじり、1枚ずつ撮影してみる。

 カシャカシャと気持ちのいい音がした。

「ほら、比べたらピントの合い方が違うのが分かるやろ。F値を小さくしたらピントは狭くてブレやすくなる。大きくするとピントが合う範囲が広くなって、くっきりする」

 手元の画面を見ながら、界人の説明を真剣に聞いた。

「……なる程」

「風景写真とか集合写真を撮る時、よく使うんよ。今は敷地神をはっきり撮りたいけ、F10にする。でも、そうすると光を取り込む時間が長くなるけ、シャッタースピードが落ちる。そしたら手ブレが起こりやすい。そこに注意な」

 もう一度撮って、それを界人に確認してもらう。

「うん。いい感じ。今は昼間で曇っとるけど、動いてない被写体を写したいからF10のままでオッケー。これが夜とか屋内とか、動きが早い車を撮りたかったら話が変わる」

 琴はこれまで見たネットの知識を絞った。

「シャッタースピードを上げんと、車は写らんから?」

「そう。シャッタースピードを上げたいけど絞りも上げたい。そういう時はIOS感度を上げる。でもザラツキが出るから上げすぎには注意な」 

 教わったことを頭に入れて、頷いた。

 試しに道路や鳥にカメラを向け何枚か撮ったが、上手くいかない。光加減や角度でも調整がいると、すぐに分かった。

「これは慣れるまで大変そう……。暫くはマニュアルでやろうかな……」

「早く慣れたいんなら、それでもええけど」

 界人はアングルを変えて何枚か敷地神を撮っている。見せてもらうと、琴と違って綺麗に写っていた。

「上手いな、鷹取くん。ホンマにカメラ得意なんじゃ」

「嘘やと思ったん?」

 笑って言うと、

「たまにそう言う人おるから。一緒に研究しよって誘われてついて行ったら、あたししかおらんとか。資料まとめた分送ったら、それ以降連絡つかんくなったり」

 琴は何の気無く話した。

 まるでいつもの事、とう言い方に、界人は思わず聞いてしまった。

「……怒ったりせんの?そんな事されて」

 腫れ物に触れるような慎重な言い方に、琴は界人を見た。

 目が気遣わしげに琴を見つめていて、気の毒そうと思っているのが伝わった。

「別に。あたしは気にしてない。都合よく使われてもいいよ」

 裏切られた者が背伸びして言っている言葉のように思え、界人は思わず

「いいわけ無いやん。絶対にええ気持ちにはなってないやろ?」

と口調を荒くした。

 琴にはそれが意外で、目を丸くした。

「鷹取くんが怒るん?」

「だって、腹立つやん。そんな事されたら」

 自分事の様な言い草で怒る界人に、琴はさらに驚く。

「鷹取くんって、そういう事で怒れる人なんや」

 淡々と返す琴の方が、他人事の様に言った。その意味を掴みかねて、界人は

「どういうこと?」

と聞き返した。

「人が経験したことを、自分事の様に感じれる人」 

「大抵の人が怒るやろ。今の話聞いたら」

「そんな事ないよ。それに、あたしはホンマに気にしてないよ?」

 首を傾げ、冷静に続けた。

「だって、結果的には相手が得をしたように見えるけど、調べたのはあたしなんよ?その努力も知識もあたしが得られた。ズルした人達はただの文章を手しただけ。どっちの方が価値があると思う?」

 界人はそういう思考になるのか、と驚いた。

 琴は知識を得たその過程が大切だと思っているようだ。それに琴は不満を内面に溜め込んでいくタイプではないと、この短時間で分かった。きっと、気にしてないというのは本当なのだろう。

 暫く無言でいる界人に、琴は

「どしたん?鳩が豆鉄砲食った顔しとるよ?」

 と言った。

 その言葉に思わず噴き出す。

「そんな古風なことわざ、使っとる人初めて見たわ」

 くつくつ笑われ、琴はまた首を傾げた。

「そんなにおかしい?」

 本気で分からない、という顔をしている。

 界人は

「いや、婆ちゃんにも言われたことないけ」

 と返した。これには琴も渋い顔をして

「悪かったな、昔の人で」

 冷ややかに目を細めた。ツンとした琴に「ごめんって」と謝り、

「昼飯は奢るけ、許してや」

 と言った。

 少し琴の表情が緩み、嘆息するのを見て

「まだ予定の半分もきてない。ササッと行こう」

 と歩き出した。

 

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