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ヨリカカリ  作者: 栢瀬 柚花
16/25

雨の日の約束


 その夜はずんっと気持ちが沈んだ。

 あれだけ笑っていた白透が琴を見もしなかった。

 それがショックで、お風呂に入りながらずっと白透の笑顔が頭から離れなかった。そしてなぜか、無性に界人に会いたくなった。

(明日帰って来るんよな……。後で電話してもええかな……)

 先程のやり取りを文章のみで説明するには骨が折れそうだった。だいたい、初詣に行った所から説明しなくてはいけない。

 夜分の急な電話は迷惑かも、と考えつつも、自室に戻った琴は抑えきれずに界人に電話した。

 彼はすぐに出て、

『琴?どした?』

 といつもの調子出尋ねた。それに安心して少し元気が出た。

「……うん。ごめん、急に電話して」

 界人の背後は何やら賑やかで、飲食店にでもいるのかカチャカチャと食器が擦れる様な音がした。

『別にええけど。どしたん?なんか声が暗いけど』

 自分では明るくなったと思ったが、やはり違いがあるのかと落ち込んだ。

「そんな事……は、あるかも。白透の事、怒らせてしもうた……」

『えっ!なんで?』

 琴は事の次第を説明した。

 

 2人で初詣に行って、ぜんざいを食べに街におりたこと。帰り際、祖母に見つかったこと。今日2日ぶりに偶然出会ったら目を合わせてくれなかったこと。

「2階に昔お祭りとかで使ってた道具が保管されてるらしいくて。それを界人に見せようって話してたんじゃけど、しばらくは山本家に行かん方がいい。白透からもそう言われたし……。自分も反省するからって。電話してもいいか聞いたけど、答えてくれんかった……」

『そうか…お婆さんにバレたんか。蔵に入ることもクリスマスパーティーの事も伝えてあるって言っとったけどな。流石に頻回に行き過ぎたかな?』

「そうかも……。街に連れ出したのが決定打かな?」

『でも、白透から誘われたんじゃろ?』

「そうじゃけど……」

『なら、そこまで気にせんでいいよ。お婆さんと会った時、琴は何もお婆さんから言われてないんじゃろ?』

「うん」

『なら、家に帰ってから話し合ったんかもな。少し自制するようにって。そもそも、なんで白透が人と会っちゃ駄目なんか、理由聞いてないな』

「そういえば、そうなやね。別に体弱い訳じゃなさそうだし」

『大分プライベートなことじゃから聞かんかったけど……。できれば理由を聞いてた方がいいかも。2人で今度、聞いてみよ。白透が渋ったら無理には深堀りせんけど』

「分かった」

『取りあえず、明日そっちに帰ったらまた話そ。あっ、夜バイトだった……。悪い、6日になるわ』

「それはかまわないよ」

 そこまで話すと、電話向こうで何やら野次っている声がした。

『……違うって、そんなんじゃない!うるさいからちょっと黙ってろ!』

「大丈夫?もう切ろうか?」

『ごめん、高校の友達と飲んでて。やいやい五月蝿いから、もう切るわ。また連絡する!』

 そこで会話は終わった。

 打ち明けてしまうと多少なりとも心が軽くなった。

 まだ白透のことを思うと申し訳なさが募ったが、こればかりは仕方ない。

 まずは界人と直接会ってからだと思い、この日は床に就いた。


 

 界人とは電話で話した通り、6日にファミレスで会った。ノートをまとめた内容を伝え、ついでに道通神社の事を少しまとめたデータも渡した。

「せんでいいって言ったのに!」

「白透から直接聞いた内容を書いただけ。界人はその場におらんかったから、あたしがまとめ方が分かりやすいじゃろ?」

 そう言われ、渋々データを受け取った。

「まぁ、そういう事なら……。ありがと」

 USBを鞄に入れると、

「それで、白透とはどうなったん?あれ以降、電話してないん?」

 と尋ねた。

「うん。どれくらい時間空けて連絡すればいいんか、分からんくて……。最後さよならって言われたし、掛けづらい……」

 沈んだ琴を見て、

「なら俺が掛けるわ」

とスマホを取り出した。

「えっ?今?」

 驚くと「だって、白透は昨日俺がこっちに帰って来たこと知っとるやん?まず連絡してもおかしくないやろ?」

「でも、界人にもしばらく掛けないように言っとくって言っちゃったし」

「そこは大丈夫。なんとかする」

 界人は戸惑うことなく山本家の電話をタップした。

 スピーカーにしていないが、呼び出し音は琴の耳にも聞こえ、ドキドキした。

 数コールの後、

『はい、山本です』

 と白透の声がした。

「もしもし、界人じゃけど」

『ああっ、こっちに帰ってきたん?』

 嬉しそうな声がした。

「そう。琴から蔵の2階に保存してる道具について話聞いてさ。また写真撮らしてもらおうかと思って」

『ええよ。ばあ様には言ってあるから』

「家に行っていいの?」

『ええよ。正月明けとか気にせんでも大丈夫じゃし。いつ来る?』

「あっ、ちょと待ってて。琴、いつ山本家にいく?来ていいって言っとるよ」

「そうなん?」

 驚いて聞き返すと、慌ててスケジュールを確認した。大学が明後日から始まるので、明日が都合が良かった。

「急だけど、明日は?」

 それを受け、界人が「明日でも平気?」と尋ねると、快諾する声が聞こえた。

「分かった。じゃ、よろしくな」

 電話が終了すると、2人は顔を見合わせた。

「白透、いつも通りじゃったよ?」

「あれ……なんで……?」

 琴は訳が分からなかった。あんなにも気まずい空気が流れたのに、まるで何もなかったかのようだ。

「琴のショックな顔見て気を取り直したとか?あとは、しっかり反省して心を入れ替えた」

「まだ2日しか経ってないよ?」

「それでも色々と思う所があったんじゃないん?まぁ、分からんではないけど……」

「どういう事?」

「いや、別に。とにかく、明日いつもの場所で落ち合おう」


 

 翌日。

 琴は界人と落ち合った。そしてボールペンのプレゼントを渡した。昨日は白透の事があったので、購入していたことをすっかり忘れていた。

「これ、クリスマスプレゼントのお返し」

 箱を渡すと、かなり驚いていた。

「えっ?なんで?研究のお礼だったのに!」

「クリスマスプレゼントでもあったんでしょ?だったらあたしもお返しせんと変じゃない?」

「いや、変じゃないやろ……。お返しのお返しとか、日本人っぽいけどさ……」

「なら、日本人らしく受け取って」

 ずいっと突き出され困っていたが、結局は受け取ってくれた。

「ありがと。帰って中身見させてもらうわ」


 それから山本家へ向かった。この日はどんより曇り空で、直に雨が振りそうだった。

 チャイムを押すと、いつも通り白透が顔を出した。

「あけましておめでと、界人。帰省はどうだった?」

「おめでと。楽しかったよ。高校の同級生にさんざん飲まされてさ、世界が回ったわ」

「凄いな……」

「二日酔いとか起こした事なかったけど、流石にキツかった」

「俺も二日酔いした事ない……。酒には呑まれんようにしよ。早速蔵に行く?」

 尋ねられたが、琴が界人の後ろに隠れて出てこないので「その前にちょっといい?」と界人は琴を見て、

「琴。俺の後ろに隠れてどうするん?」

 と振り返った。ぎくりと体を強張らせると、恐る恐る白透を見た。

「あの……。白透、この間はごめん……」

「この間?なんかあったっけ?」

「元旦の日。外出した事お婆さんにバレたでしょう?怒られんかった?」

「ああ、あれ?全然平気だって。そんなに暗くならんでよ」

 いつもの調子で、琴を見て笑った。それに救われて、おずおずと界人の後ろから出てきた。

「ほんと?もう大丈夫?」

「大丈夫。琴がそこまでしゅんとなる必要ないって」

 ポンポンと頭を撫でられた。男子からされたことがない行為に、琴は違う意味で固まった。それを見て界人は、

「白透、それも女子には気安くやらん方がええよ。みんな心臓壊すで」

 と教えてやった。

「ああ、そっか。女の子の髪にはあんまり触らん方がええよな?」

 違う解釈をてしたが、界人は「まぁ、そういう事」と否定しなかった。

 3人は蔵に赴いたが、琴はポンポンの影響で体がギシギシ鳴りながら歩いてる気分がした。

 

 蔵の2階は1階よりも薄暗く、怖い雰囲気があった。掛け子を開けて換気しながら、光量も得る。壊れそうな物も多かったが、写真撮影のため出来るだけ一つずつ撮っていった。白透と琴は移動やアングル確認を手伝い、時には大きさ比較のため隣に立って一緒に写った。

 埃が凄かったので、マスクを持ってくれば良かったと思った。

 

 2時間程で撮影は終わり、元の状態に戻す頃には雨が降り出していた。蔵から出られないほどではないが、琴の実家まで行くには厳しい。それぐらいの雨量だった。

「どうしよ……。傘持ってこなかった」

 山本家の玄関で呆然と言うと、

「うちの傘貸すよ」

 白透が2本を差し出した。

「また今度持ってきてくれればいいから」

「いいの?」

「これくらい、いいよ。あっ、でも、ちょっと2人に付き合って欲しい場所があってさ。傘を貸すお返しに、そこに一緒に来て欲しい」

 珍しい白透からの要望に、2人は揃って「どこ?」と聞いた。

「カメラ屋。2人を見てたら俺も興味出てきて……」

「そうなん?」

「勿論ええよ」

 2人はにっこりして快諾した。

 今週の週末、琴の家の前に集まる事になった。

 白透は終始ご機嫌で、玄関でしばらく談笑した。やっと話が落ち着いた頃には、2時間も玄関先で話していた事に気がついて慌てて帰宅した。

 

 2人は雨の中を歩いても気にならないくらい気分が上がった。

「白透、いつも通りだったな」

「うん……。なんじゃったんやろ、あの時の白透」

「やっぱり、反省するためにいつもと違う場所で1人になっとったとか?」

「そうなんかな……」

 暗い顔をする琴に、界人は「元気だし」と慰めの言葉を掛けた。

「もう平気って白透も言っとるんじゃし。週末は一緒にカメラ選んであげようや。同じ趣味の人が増えて嬉しいな」

 ニカッと笑う元気な笑顔を見て、琴は大分モヤモヤが消えた。

「そうよな。趣味仲間が増えるのは嬉しい!カメラ、どんなのがええかな。一眼レフかな?それとももっと簡単に撮れるほうがいいかな?もう少し希望とか聞いとけばよかったな」

 いつのもように多弁になったのを確認し、ようやく琴が帰ってきた気がして、界人はホッとした。

 しかしその片隅で、琴は白透の存在にここまで感情を動かすのかと、仄暗い思いが芽生えた。

 豪華な簪をプレゼントし、元旦にはデートに誘っている。白透に琴への想いがあるのは明白だ。

 界人は膨らみ始めたばかりの恋心に蓋をした。

 友人の恋路を邪魔をしてまで、実らさなくてもいい。

 自分にそう言い聞かせ、重く軋んだ音を立てて封印したのだった。

 


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