黒羽神社
正月の2日、3日は両親と買い物へ行き、福袋や服、文房具など様々に買い込んだ。やはり値段が安くなるのは助かり、財布は大分軽くなったが気持ちはホクホクした。
福袋にはプリーツスカートや白いほわほわしたハイネックのセーター、チェック柄のスカート、襟の大きなブラウスなど、おおよそ琴が購入したことがない服ばかり入っていた。思わず母に
「これあげる!」
と突出したが、
「流石に50代でこれは無理よ」
と断られた。
仕方なく箪笥にしまったが、果たして出番は来るのだろうかと引き出しを閉めた。
一方、烏山についてネットから情報を得られた。
大学で調べたものと同じ天狗の逸話の他に、100年に一度ほどのペースで神隠しの話が書かれていた。しかしどれも抽象的で、はっきりとした内容はなかった。子供が連れ去られ、行ったことがないはずの日光の情景を話した、秘薬を分けてもらい母の病を治したなど。何日行方不明になり、どこで消えて発見されたのか。何も分からない。
「前よりは情報あったけど……」
これでは情報不足なので、現地の場所を調べると黒羽神社という場所がある事が分かった。琴の家からもそう遠くはない。界人が戻ってくるのは5日。明日の4日なら行けそうだと思い、赴いてみることにした。思い立ったのが夕方だったので、白透には知らせなかった。流石に明日朝からのお出かけに誘うのは憚られる。
翌朝、琴は徒歩で黒羽神社に向かった。
徒歩であれば30分の距離。
道通神社とは違う道を歩き、知らない場所を1人進んだ。
閑静な住宅街を抜けて小学校を通り、そこを抜けるとさらに古い家が立ち並ぶ。どこも大きな家ばかりで、そこの家の屋根には天狗を形どった瓦が使われている。写真に収め、更に足を進めると立派な階段が見えた。上の方に石鳥居が見える。長く伸びる階段は写真に撮ると絵になるが、登るとなれば話が別だ。
幾つかアングルを変えて鳥居と階段を撮ると、琴は意を決して登り始めた。
階段の左右には石灯籠があり、ロウソクがつけられている。朝なので火は灯されていなかった。
参拝者も多く、同じように登る人、階段を下る人が何人もいた。
50段ほどの階段を息を切らして登り切ると、街が美しく見渡せる。忘れずにその写真も撮ると、いよいよ境内に入った。
神社がまず目に入ったが、一際境内で目立つのが御神木の大杉だった。神社本殿の屋根より余程高い。引きで撮らないとレンズに入らず、琴は暫く階段付近を右往左往していた。
やっといい写真が撮れると、大杉の近くの立て看板を読んだ。
どうやら、昔天狗が杉の先で羽根を休めていた伝承があるらしい。天狗は繰り返し街を天災から守り、地滑りや地震も予兆して街人に知らせるなどしたため、崇め奉られるようになったらしい。
その内容を記憶にとどめると、本殿を参拝した。
正月に入ったばかりの神社は人が多く、絵馬を描く人、おみくじを引く人て混雑してた。琴はさい銭を入れて参拝の報告だけすると、すぐに裏庭に回った。
遊歩道をぐるりと一周したがこれといったものはなく、15分ほどで本殿に戻ってきた。
境内の地図を見ても、これ以上行けそうな場所が無かったので帰る事にする。
表の階段以外にも通路があり、今度はそこを歩いてみることにした。
先程の遊歩道を再び入り、細い小道を見つけて足を進める。街へ向かう表の階段と違い、こちらはほとんど人がいない。どうやら道は歩き続けると、道通神社付近まで延びるらしい。そちらに向かう琴にとっては、この道の方が都合が良かった。
山に沿って右手に街、左手に山の斜面という格好で土道が続く。
どんぐりの木が多いのか、道には沢山の実が転がっている。昔、集めて部屋に置いていたら虫がたくさん出てきて、父に泣きついたのを思い出した。あれ以来、琴は植物を集めなくなった。
おかしな思い出に浸っていると大分進み、そろそろ道通神社付近に出るのではないかと思われた。
白透には初詣以来会っておらず、連絡もしていない。あれからお婆さんに叱られなかっただろうか、少し顔を見に行ってもいいだろうかと考えていると、前方に見覚えのある姿が目に入った。
まさに、白透が立っていた。何やら街の方を呆然と見ている。最初に出会った時を思い出し、琴の頭で光景がデジャブした。
「おーい!」
大声で話しかけるのも同じだと思い、少し笑えてきた。琴は近くまで駆けていく。
「どしたん?珍しいな、こんな所にいるなんて」
琴はきょとんとする彼の顔を見て、
「何見とったん?街?ここ眺めいいもんな」
街を見下ろした。
「今、黒羽神社行ってきた。やっぱり天狗に関連が深かったよ。あんまり詳しい逸話はなかったけど、宮司さんから話が聞けるならアポ取ってもいいかも。神隠しの事、何か聞けるかも」
「神隠し……?」
「天狗の逸話には、わりと付き物みたいじゃな。あたしも天狗に攫われたんかな?あはは、そんな訳ないか」
冗談っぽく笑ったが、予想に反して白透は何も言わなかった。琴が彼を見あげると、不思議そうな顔で見返している。
「どしたん?」
尋ねるが、何も言わない。ぱちくりと目を瞬かせているだけだ。
「神隠し……あの時の?」
「?」
大きく目を見開くと、彼は独り言の様に呟いた。
「そうか……そうなんだ……君か……」
「どしたん?前に話たよな、あたしの神隠しの件。忘れた?」
不思議な反応に琴が尋ねると、
「覚えてる。そんな事もあったね」
と懐かしそうに目を細めた。
「7歳じゃもんね。大分昔の記憶よな。あたしは全然覚えてないんじゃけど」
「――覚えてないんだ……。そうか……そうよな……」
少し残念そうに言われ、
「白透はあれからお婆さんに当時の事、何か聞いた?流石にあれ以上のことは知らんよね?」
そう尋ねると、見開いていた目が陰った。すっと表情も沈み、
「……そうじゃね、何も知らん」
と声のトーンも変わる。少し違和感を覚え、不機嫌にしてしまったかと慌てた。
「ごめん、しつこかった?おんなじ事聞いて」
白透は静かに首を振った。
「いや」
その声も固い気がして、もしかしたらお婆さんに叱られたのではないかと思い至った。初詣のあと、結局どうなったのか確かめていない。
「初詣の後、やっぱりお婆さんに叱られた?外出した事、よく思われんかったかな?」
これには何も返事をしなかった。街の方を見ているだけだ。
やはり、説教でも受けたのか。蔵にも上がり、クリスマスパーティーまでしてしまった。あれも良くなかったのかもしれない。
「家にも何回も行ったし、クリスマスパーティーもしたもんな……ごめん。しばらくは大人しくしてた方がいいかな?」
「そうじゃね。俺も反省した方がいいかも」
「……分かった。界人にも伝えとくな。あたしはしばらく黒羽神社を調べてみる。蔵の2階にある昔の道具については界人に教えておくけど、しばらくは行かないように伝えとく」
「そう」
白透はもう琴を見てくれなかった。
急に遠くへ行ってしまったような距離感を感じ、いたたまれなくなった。
彼の袖に手を伸ばそうとしたが、やはりやためた。これ以上は迷惑かもしれない。
「……ごめん。電話はしてもいい?」
尋ねたが、何も言われない。3人で会うのは楽しいと言ってくれていたのにと、心が痛んだ。
「分かった……。電話もやめとく……」
無言の時間が辛くて、琴はここにいたくなかった。
白透の顔を見るのが怖くて、そのまま帰ろうとした。空気が重かった。
しばらく歩いても呼び止められず、琴が走り出そうとした時、
「琴。さよなら」
と背中から声が飛んできた。しかし振り返る勇気がなく、
「さよなら」
と言葉だけ残した。
そこからはひたすらに走って家まで帰った。




