初詣
界人からのお礼はヘアマスクだった。美容院の息子のチョイスということは、良いものなのだろうと思った。
慣れないヘアケアを毎日していると、それがだんだんと日常になった。年末で霜が降りる頃には、大分手慣れた。
界人のノートは言われた通り、ポストに入れられた。
事前にLINEがきて、
『年明け5日にそっちに帰る。途中、何か分かったら知らせて』
それに返事をして、早速自室でノートを見た。
内容は主に神社の行事、地域での祭り、露山のことだった。烏山との関連は特に記載がなく、昔はそこそこに賑わった祭りや行事が華々しく行われていた事が分かったくらいだ。
露山については、たまに地滑りや倒木で怪我をしたなどで、神社に祈願やお祓いを依頼されるといった事が記されていた。
「これといって変わった内容はないや……」
嘆息すると天井を見上げて思案する。
(こうなれば烏山について調べた方がいいのかも)
近くに道通神社とは違う神社がある。そちらでは烏山や天狗について何か情報があるかもしれない。
(年明けて図書館開いたら行ってみよ……。それまではネットで調べて、近いなら歩いて見てこよ……)
自分の中で計画を立てて、暫くぼーっと天井を見つめた。
結局、白透は神隠しについては何も知らなかった。神社との関連もなさそうだった。
クリスマスが終わると、いよいよ年末の雰囲気が強くなる。今年もあと数日を残すのみ。白透との初詣の約束が近づいてくる。
それを考えると、琴の胸はキュッと縮こまった。今までに感じたことがない感覚だった。恋愛漫画もドラマもろくに見てこなかった自分にも、人相応の恋愛感情があったのかと、今更になって思い知る。
白透のとこをどう思っているのか、琴が問いかけても心は答えなかった。好きがどういうもので、いつ恋に変わるのか。さらに愛に変わるのか。好きの延長に恋が、恋のさらに延長に愛がある様な漠然としたイメージしかない。
考えると頭も心もこんがらがって、どうにもならなくなった。意味もなく床の上でゴロゴロ体を動かして、両手で顔を覆った。
「課題の方が数倍簡単だ……」
琴は部屋で悶える事に限界を感じ、当てもなく冬の外へと飛び出した。頭を冷やしたかった。
適当にブラブラとしていると、商店街まで来ていた。
そこでふと、雑貨屋が目に入る。
(2人へのお返し、いるよね……)
思い立って入店してみる。
すぐに目についたのがタンブラーのコップとボールペンだった。
タンブラーはシックな色が多く、手触りは少しザラッとしていて持ちやすい。
ボールペンはギフト用の綺麗なもので、クリップには羽根の装飾が施されていた。試し書きしてみると持ちやすく、さらさらと書き心地もいい。
すぐにその2つが気に入り、プレゼント用のラッピングをしてもらった。
(たまにはフラッと出掛けるのもいいかも)
思いがけない収穫に満足して、この日は帰路についた。
年明けはあっという間に訪れて、白透との初詣の日がやってきた。
コート、マフラー、手袋、ブーツと完全防寒をして家を出る。
両親は早々に商売繁盛の遠くの神社に参拝に向かったので、揶揄される事が無かったのが救いだ。ただでさえ一杯一杯なのに、これ以上の茶化しは琴のキャパオーバーだった。
お礼のプレゼントを忘れずに持って道を歩いてくと、山本家の前で白透が待っていた。
今日はしっかりと厚着をしていて、コートに黒のタートルネックのインナーを着て、首のタトゥーは見えなかった。あえてそういう服装にしたのかな、と思った。
琴を見つけると、白透は優しく笑った。またギュッとなる胸を何とか抑え、
「おはよ。寒いね」
と話しかけた。
「あけましておめでと」
「うん、あけましておめでと。今年もよろしく」
「早速行こうか」
先を歩き始めた白透の後を追って、琴も歩みを進める。
参道に人はほとんどおらず、白い息がふわっと広がっては視界にかかった。
とてもよい天気で、木々の間からは澄んだ青空が覗いている。
「資料どうだった?有益そうなこと載ってた?」
「うん。昔の道通神社、かなり賑わってたんじゃね。お祭りとか祭事とか沢山やってたみたい」
「ああ、そうじゃね。蔵の2階にその時の道具が沢山あるよ。ほとんど壊れかけてるけど。あれも処分せんと……。業者に頼まんと無理そうじゃけど」
「それ、界人も見ていいやつ?写真とか残したいと思う」
「多分平気。一応、ばあ様に聞いておくけど。神社以外の事は?神隠しについては、何か分かったん?」
首を振って、
「何も。白透が隣の山の天狗について教えてくれたけ、今度はそっちを調べるつもり。烏山って言うんじゃね」
「そうらしい。昔からあんまり関わらんように言われてるから、詳しくないけど」
その言葉にピクリと反応する。
「それって、何か理由がある?」
問われたが、白透は首を傾げた。
「さぁ……?昔からそう言わてるから、そういうもんだと思ってた。なんかおかしいの?」
「見つけた文献に『互いに不干渉』って1文があって。昔いざこざがあって、そういう取り決めになったのかなぁと思った。神社同士、仲悪いとかあんまりないし。信仰してるものが違っても、不干渉とまでは言わないからさ」
「ふーん。そういうもんなんだ……」
本当に何も知らないようで、白透は感心しているだけだった。
「だったら俺は烏山の神社には行かん方がいいのかな。不干渉の掟を守るなら」
「神社に用事でもあるん?」
尋ねると、
「琴が行くなら一緒に行こうかと思っただけ」
白透は少し笑った。
その顔にまたうっ、と心が掴まれる。たまらず目を逸らすと「そっ…か…」と呟いた。
「界人も来るかな?3人一緒は楽しいし。界人からの連絡はあった?」
「いつも通り調査結果を伝えただけ。あと、烏山の神社を調べようと思ってる、って知らせた。了解、としか返事来てないよ」
「良かったら、烏山の神社に行く日にち教えて。電話でもいいからさ」
琴は頷いた。まだ白透の顔が見られず、ずっと落ち葉をにらめっこしていた。
神社の境内に入ると、またクラッときた。あの時と同じだ。多少ふわふわしたが歩く事に支障はなかったので、歩みを進めた。
2人ほどの参拝者とすれ違う。高齢者ばかりで、毎年ここへ参っている様だった。
初詣はあっという間に終わり、山本家にすぐ戻って来る事になった。
家の前なので忘れずにお礼を渡そうと思い、琴が紙袋を差し出すと、白透はとても破顔した。
「いいの?貰って」
「うん。簪のお礼にしてはちっぽけ過ぎるけど……」
「そんな事ない。琴がくれるものは何でも嬉しい」
ううっとまた心が掴まれ、思わず服の上から胸元を掴んだ。
「どうかした?変な顔しとるよ、琴」
「何でもない……。家に置いてくる?」
「そうする。この後ぜんざいでも食べに行かない?商店街にいいお店あるから」
「ほんと?行きたい!」
はしゃぐ言葉を聞いて「ちょっ待ってて」と家の中に消えるとすぐに出てきて、揃って商店街へ向けて歩き出した。
「琴は甘い物、好き?」
「洋菓子はあんまり好きじゃない。甘すぎないケーキとかならいいけど。アンコは好き」
「なら、ぜんざいは正解だったんじゃ」
「そうかも」
年明け早々の商店街は賑わい、威勢のいい声があちこちから聞こえてきた。おせち、数の子、鰤、栗きんとん、かまぼこ、餅。色々な食材が所狭しと台に並べられている。
それを見る人をかき分け、お目当ての和菓子屋に入る。奥に飲食スペースがあったが、すでに満席だった。
列に並んで、順番がくると琴はぜんざい、白透は甘酒を注文した。ぜんざいの器の熱さにホワッと癒やされる。
「うー、温かい……」
手袋をしていても冷えた指を暖めてながら染み入るような声で言うと、
「今日は結構寒かったもんな」
と笑われた。白透は琴よりも薄着で、よく寒くないもんだと思った。
「白透は薄着なんよ。もっと着込めばいいのに」
「そう?俺はそこまで寒くないよ」
「男子ってあんまり重ね着しなよな。なんで?筋肉多いから?」
「俺はあんまり無いと思うけど」
「男女で違うでしょ、筋肉量」
「そうかも知れんけど。俺はやっぱり寒くない」
「いいなぁ。足先冷えて夜布団に入ってもなかなか寝付けないんよね……」
「ばあ様と同じこと言ってる」
「ううっ。ほっといてっ」
なんともデートらしくない会話をしながら、注文した品を平らげた。
食べ終えると、混雑している店をさっさと後にする。すでに昼頃になっていた。
そろそろ帰路に着こうかとしていると、白透の祖母とばったり遭遇した。
この時始めて琴は、今日の外出を知っているのかと考えた。外出を快く思っていない祖母にバレてはマズかったのではと、隣の白透を見ると
「ばあ様、買い物終わり?」
と平然と尋ねている。
「ああ」
返事を聞くと、祖母の手から買い物袋を引き受けて「持つよ」と言った。
「琴、今日はここでお別れしよう。付き合ってくれてありがと。また電話して。界人にもよろしく言っておいてな」
何事もなかったように言われ、
「あっ、うん。分かった」
と手を振った。
(見られても良かったんかな?)
家に帰った後、お咎めがなければいいなと考えながら、琴は帰路につく。
踵を返してその場を立ち去る琴の髪に、あの簪がきらめいた。祖母はそれを見ると目を細め、静かに孫を見たが、何も言わなかった。
山本家に帰ると2人は台所へ行き、購入した物を冷蔵庫や戸棚に入れた。
暫く何も会話しなかったが、
「もうしばらく、あの2人とは一緒にいたい」
と白透がこぼした。孫の一言に、
「構わんが……、お前はええんか?」
気遣わしげに尋ねた。白透は黙って頷く。
「琴も界人もいい友達なんよ……。俺にはもったいないくらい……」
孫の背中を見て、祖母は諭すように言った。
これまで繰り返し言い聞かせてきた事だった。
「――あまり深く関わるなよ。最終的にお前が傷つくんじゃで?」
「――分かってるよ。そこはわきまえとる」
堪えるように絞り出した声は、白透の心情を物語っていた。
「……それと、あの簪」
ピクリと白透が反応する。
「あの簪もやったのか……」
言われて体が強張った。決して攻めている口調ではなかった。むしろ哀れみを含んだもので、白透はグッと顔を歪めた。
「……白透、分かっているとは思うが―」
「分かってるよ!!」
祖母の言葉に食い気味に怒鳴った。
痛々しさをはらんだ声は、祖母の心を締め付けた。
孫は理解した上で琴を誘った。簪をあげる程の想いがありながら、それを自制しなくてはいけない。
いき場のない無念さを感じ白透に声をかけようとしたが、言葉は押し包まれてしまい、何も言えなかった。
その顔を見て、自分のために心を痛めてくれているのが白透には伝わった。
「ごめん、ばあ様……。別にばあ様に怒ってる訳じゃない……。ただ……」
白透ゆっくりと顔を上げで祖母を見た。泣きそうな歪んだ表情で、目には失望の色が見えた。
「――一時の自分の幸せを願うくらいは、我儘じゃないでしょう?」
白透はこれ以上琴に近づけない。
今の状態だってギリギリなのだ。
「すまんな、白透……」
その顔も言葉も、祖母の心をえぐった。
「こんな家に生まれんかったら、もっと普通の人生があったろうに……。悪い……本当にすまん……」
「別にばあ様のせいじゃない。謝らんでいいよ……」
元旦早々、山本家は沈んだ空気を漂わせた。




