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ヨリカカリ  作者: 栢瀬 柚花
12/22

蔵と解読と簪


 蔵の調査当日。琴と界人は山本家に行くため、一度大学に集まった。天狗山について調べるためだ。

 市の図書館にも行ったが、山の基本的な情報しかなかった。大学ならば民話や伝承関連の本が多いので、天狗の話や神隠しの事も載っているかもしれない。

 天狗山は通称で、正式には烏山からすやまといった。『烏』は文字通りカラスを意味するが、烏天狗との繋がりもありそうだった。

 本によると、江戸時代まで遡れば天狗の話が幾つかあったが、どれも神隠しの逸話ではなかった。姿を見ただの、天狗様がいるから1人で山には登るなだの、災難を取り除いてくれるから敬え、などといった話ばかりだ。

「これと言って神隠しの話はないな」

 本から顔を上げた界人は、疲れた表情で言った。かれこれ2時間はぶっ続けで向き合っていた。

「うん……。まだ約束の時間まであるけ、あと少し調べたら出よう」

 琴はそう言い、再び本に目を落とした。

 まだ目がしょぼしょぼするほどではなかったが、疲労は感じた。文字が文字に見えなくなる前に切り上げたかった。

 行に沿って指を動かしていると、ふとある一文に目が留まった。

 

『露山には蛇が、烏山には天狗がおり、互いに不干渉である事が習わしである。』

 

「なぁ、ちょっとこれ見て……」

 呼ばれた界人は、琴が示した一文を読んで感想を言った。

「天狗と蛇って伝承でも結びつけられる事が多いもんな。天狗信仰と蛇信仰が共存・融合する事があるし、逆に対立することもある。道通神社があるから、どちらかというとここは蛇信仰って思うけどな」

「うん。そうなんじゃけど、不干渉って。昔、天狗と蛇の間で何かあった、ってニュアンスに聞こえん?」

 指摘され、界人もはっとそこに思い至る。

「確かにな……。因縁?」

「かも……。今まで調べた資料には何も無かったけど。山本くんの蔵には何かあるかな?」

「かもしれん……。道通神社を管理しとる家の蔵じゃし。神隠し意外にも、調べる事が増えたな」

 山本家の蔵。そこに何か手がかりがあるのではないか。

 神隠し意外にも。


 2人は本を全て棚に戻すと、山本家に向かった。

 真相に近づけるかもしれないというそわそわとドキドキの気持ちが入り混じり、興奮していた。界人も同様のようで、少し小走りだった。顔もいつもより緩んでいる。 

 高揚した気分のまま山本家の前に立つと、チャイムを押した。予めそうするように言われていた。

 すぐにガラガラと戸が開き、白透が出てきた。

「待ってたよ。早速蔵に行こう。…なんか、2人とも嬉しそうやね?」

 言われて「えっ、そう?」とお互いに言葉が重なった。白透はふふっ、と笑い、

「うん、そう」

 と可笑しそうに口を歪めた。お揃いになった事がちょっと気まずく苦笑いすると、

「どうぞ」

 と蔵の方へ誘ってくれた。


 庭を抜けて踏み石を辿り、蔵へと向かう。

 蔵は6坪ほどの2階建て。一般的に蔵、と聞いて思い浮かぶ大きさだった。

 古そうな鍵を開けると、土壁の匂いがした。太い梁に天井高、土壁の重厚感は独特で、初めて踏み入った2人は空気に呑まれそうになった。

「昔は米とか味噌も置いてたらしい。今は体のいい倉庫になってる。書物は1階の隅にまとめてあるよ。でも、その前に換気せんと」

 白透の案内で中に入る。白透の動きを真似て掛け子を内開きに開けると、外の光と風が入ってきた。目に見えて埃が舞うのが分かる。

「寒いけど、しばらく我慢してな」

 静謐な蔵内は声がくぐもって聞こえるようだった。

「今日の事はお婆さんに話してあるん?」

「うん。今日1日だけじゃのうて、何回も来ると思うって話てある」

「怒られんかった?」

 琴がこわごわ尋ねると、白透は笑って、

「大丈夫」

と言った。

「深くは干渉してこんと思うから、安心して」

「そっか。ありがと。あと、机置かしてもらえる?書き物するから持ってきたんよ」

 お茶会で使ったキャンプ用の机をゴトン、と床に置いた。白透は適当な場所にゴザを敷き、机を置いてくれた。

 準備が整うと、書物がまとめてある個所に案内される。籐籠や竹籠が幾つかあり、その一つを指さした。

「2人の目当てはこっちの藤籠に入っとる」

 そう言われ、早速手を伸ばしとすると「ちょっと待って」と制止された。

「稲田さん、その髪のままでやるつもり?」

 白透に指摘され、琴はロングヘアーを下ろしたままである事に気がついた。生憎とヘアゴムは持っていなかった。

「そのままだと埃つくよ?」

「いいよ、別に。今ヘアゴムも持ってないし。このままでいく」

「いや、良くないよ。籠に髪が挟まるかもしれんし」

「いいって、切ればいいし」

「いやいや、女の子がそんなぞんざいに髪を扱っちゃいけんよ」

「…お父さんみたいなこと言うな、山本くん」

 2人のやり取りを聞いていた界人は、

「ヘアゴム無くても細長い物があれば、俺結えるよ?」

 と言った。かなり意外なひと言に思わず、

「えっ?意外過ぎる。そんなに器用なん?」

と聞いてしまった。

「まだ俺の事そんなに知らんやろ、稲田さん。出会って3週間くらいしか経ってないのに……」

渋面を作った。

「俺、実家が美容室なんよ。母親のこと真似てマネキンとかで遊んだったら、上手くなってさ」

「へー、人は見かけによらんな」

 無遠慮に言われ「それはどうも」と言葉を返した。

「細長い物…。あっ、いいものあるよ。ちょっと待っとって」

 白透は家の方にかけていく。

 10分程で戻ると、手には簪と櫛、油の様な物を持っていた。

「明るいところでやろう。ここ暗いから」

 3人が外に出ると、琴を近くの石の上に座らせた。

「椿油をまず塗ろう。……あんまり言いたくないけど、稲田さんばあ様より髪がぼさぼさしとる……」

「えっ?そんな酷い?」

「まぁ、確かに。ヘアオイルとかヘアマスクとか全然してないやろ?」

「何、それ?」

 年頃の女子からぬ発言に界人は呆れて、

「もう少し髪に気を配った方がええで」

 とこぼした。

 流石に男子2人から言われ、琴は肩身が狭い思いになって苦い顔をした。

「じゃあ、髪に触るよ」

 界人は慣れた手つきで櫛を入れると、丁寧にといた。椿油をつけて全体に馴染ませ、もう一度櫛を入れる。背中まである琴の髪は艶が出て、サラサラと輝いた。

「ほら、触ってみ?大分変わったで?」

 言われて触れてみると、手触りがよく美容室に行った後のようだった。

「なんかツルツルする!」

 それに感動して何度も触っていると、

「次はまとめるけ、ちょっと持って」

 と笑われた。

 界人は一つにまとめると器用にくるくる巻いて、簪一本で見事に結い上げた。

 キュッと締まったのが分かり、一つくくりにされたのを感じる。左右に顔を振っても全く崩れない。

「えっ!凄っ!どうやったん?」

 鏡がないのでどんな仕上がりか分からず、琴は姿がどうなっているのか気になった。

「どんな感じ?」

 はしゃぐ姿に男子2人は、

「うん。稲田さん濃い黒髪じゃから、よく簪が映えて綺麗」

「うんうん、我ながらよく出来た!まとめた方がスッキリして顔色もよく見えるから、いいで」

 滅多に容姿を褒められないので、賛辞の言葉の数々に琴は嬉しいを通し越して赤面した。

「あ、ありがと……」

(これからはもう少し身だしなみに気をつけよう…)

 初めてまともにそう思った。

 

 琴の準備も整ったので、改めて藤籠に向かう。

 蓋を開けると、和綴じ本が平積みで納められていた。防虫剤と湿気剤も一緒に入っている。

 2人は和綴じ本というだけで歴史を感じ、触れることを躊躇した。白透は

「脆いから丁寧にな。虫が出てきたらごめん」

とあらかじめ警告した。

 緊張して一冊を手に取る。そっとめくると、やはり所々に虫食いがあって、ポツポツと穴があったりページの隅が破れていた。

 文字はくずし文字で、民俗学部の2人は気合を入れた。大学で習ってはいるが、実物を目にするとまた気分が違う。最近は解読アプリもあるが、やはり頼らず自己で読み進める方が早い。

「よし、やるか」

 頬を叩いて気合を入れると、書物とのにらめっこが始まった。


 2人は四苦八苦しながらも作業に挑み続けた。気になった文章はノートに写して、あとで見返せるようにした。たまに壁にぶつかると、声を掛け合って解読に勤しむ。アプリのお世話になる事もしばしばあった。

 白透はくずし文字が読めないので2人を見守りつつ、ついでに本の換気や整理をした。

 

 日が陰り、蔵の中がだいぶ暗くなると、

「もう今日はここまでにしよう」

白透が声をかけた。それまでかなりの集中力を使ったので、2人は言われるまで時間に気が付かなかった。

「ごめん、全然気がつかんかった」

 界人が言うと、

「2人とも、凄い集中力じゃね。民俗学部の人ってこんな感じなん?」

 白透は感心して言った。

「いや、楽しくてさ。内容は頭に入ってないけど、ノートに文章写してるからまた見返す」

 ノートをパタンと閉じると、琴は背伸びした。肩も腰もバキバキになっていた。

「今日だけで三分の一って感じじゃな」

 肩をぐるぐる回しながら界人が深く嘆息する。

「でもくずし文字に慣れてきたけ、次はそう少し早く進めるかも」

「次は机を用意しとく。姿勢辛かったじゃろ?」

 2人がしきりに体をほぐしているのを見て、白透が提案した。琴が持ってきたキャンプ用の小さな机では、書き物をするには低すぎだった。

「そうしてくれるとありがたい……」

「ごめんな、結構長居してしもうた」

 これまで調べた和綴じ本を丁寧に分けて、次回から見る分を手前に移動させた。

 簡単に片付けをして皆で蔵を出ると、早速次回の集まる日にちを相談した。

 そろそろ年末に入るので、年内に済ませようと考えるとあまり時間がなかった。

「鷹取くんは実家に帰るん?」

「まぁ、そうやな。出来れば年内に解読だけはしたいけど……。稲田さんの予定は?」

「特にない。店の手伝いくらい。山本くんは?」

「俺も何もないよ」

 界人と琴はスケジュールをチェックして、明後日に決まった。

「クリスマスじゃけど、ええの?」

 白透に聞かれ、学生2人は「なんの問題もない」と口を揃えた。悲しかな、恋人はいなかった。

「大学も冬休みに入るし、解読すすめよ!当日さ、ささやかなパーティーしない?お昼持って来てもいい?庭でも蔵の外でもええから、皆で食べよ」

 琴の提案に、白透は「いいよ」と返事した。

「なら、俺も何か持ってくるわ」

 少しは若者らしい予定になり、3人は心が躍った。


 自宅に着くと、琴はフーっとベッドに倒れ込んだ。蔵は寒く、体はかじかんでいた。早く温まりたくて、今はお湯が溜まるのを待っている状態だ。

(次はカイロ持っていこう……)

 そう思い仰向けに向きを変えると、頭に痛みを感じた。簪の事をすっかり忘れていた。白透からの借り物だった事を思い出し、慌てて起き上がる。

 傷になっていないか確かめようとまとめ髪を解こうとしたが、その前に鏡でチェックしたかった。どんな容姿になったのだろう。

 机の上の小さな鏡に自分を映すと、普段よりもスッキリした顔の自分がいた。雰囲気がガラリと変わり、清潔感ある琴が見返している。界人が言うように、顔色が明るく健康的に見えた。

「……こっちの方がええかも……」

 そう思い、明日はまとめ髪のやり方を動画でチェックしようと思った。

 簪を外して傷を確かめるが、特になさそうだった。そして簪の豪華な装飾に目を見張った。銀細工の花簪。桔梗を形どった花が可憐に咲き、花の中央に水晶がついている。 

「――綺麗……」

 思わず言葉をこぼした。古いもの物だったが、手入れがきちんとされて銀に錆びや傷はほとんどなく、大事に扱われたことが素人の琴にでさえ分かった。

「これ凄く貴重な物なんじゃ……」

 そう思うとサッと血の気が引いた。あんなにも豪邸に住んでいるのだ。壊したり欠けたりでもしたら大事だ。

 琴は慌ててハンカチに簪を包んだ。

(次に会ったら丁寧にお礼を言って返そう)

 忘れないよう、リュックの中に入れて、浴室へ向かった。

 

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