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ヨリカカリ  作者: 栢瀬 柚花
11/21

天狗山


 週末の約束を取り付けるため、琴は山本家に電話をしたのが、夕方の事。

 最初はお婆さんが出だが、白透を指名して電話を変わって欲しいと頼んでも、何も言われなかった。インタビューの時、あんなにも孫に近づけさせまいとしていたのが嘘のようだ。どうやら本当に全てを祖母に話したらしいと思い、どうやって説得したのか気になった。しかしそこはあえて聞かなかった。きっと白透自身が1人を選び、わざと人と距離を取ろうとした事に関連してくるからと思ったからだ。

 日にちと時間を伝えると、少し雑談をしてから電話を切った。


 週末はよく晴れ、天候に恵まれた。撮影日和で、琴は嬉しくなりカメラの手入れを念入りにして出掛けた。

 

 3人が集まると、早速

「俺、行ってみたい所がある」

と界人が言った。鞄からコピーした地図を取り出して、丸印を付けた所を指す。

「ここ。この山の端っこなんじゃけど、湖があるらしくてさ。冬鳥がいると思うから、写真撮りたいんよ」

「渡り鳥?」

「そう。山本くん、ここ分かる?」

 白透は地図を見た。家と神社からちょうど延長線上にあるようだった。

「ちょっと隣の山と被っとるね。ちょうど境の辺りかも」

「行くの大変?」

 界人の問いかけに、白透は首を振った。

「そんなに遠くないし、険しい道でもないから大丈夫」

 その言葉に界人はよしっ、とガッツポーズした。

「じゃ、決定ね。山本くん、これ首から下げてて」

 琴はペットボトルにホルダーを付けた物を見せると、白透の首から下げた。

「飲み物いつでも飲めるから。こまめに水分とってな」

 白透は物珍しい物を見るようにまじまじと見た。

「便利じゃね、これ」

「あと、例によって上着」

 界人が前回と同じ上着を渡した。

「それ、山本くんにあげるよ。俺のお古になって悪いけどさ。どう見ても寒そうじゃから」

 青い上着に包まると、その温かさを噛みしめるように

「……ありがと」

 と礼を呟いた。

 友達からの貰い物。白透にはそれが酷く嬉しく、ギュッと服を掴んだ。

 小さな幸福を味わっている姿を琴と界人はそっと見守ると、顔をほころばせた。

「じゃ、出発しよ。道案内よろしく、山本くん」


 3人は話しながら道を進んだ。白透は前回と違いすっかり毒気を抜かれたようで、色々と雑談に付き合ってくれた。

 大学のこと、友達のこと、界人のバイト先のこと、合コンで琴と出会った時のこと。

 特に琴の速攻お断りのエピソードに苦笑いしていた。

「まだ会って間もないのに、何となく想像つくのが凄い…」

 我慢するように笑いを抑えているので、

「思い浮かぶやろ?あの場に山本くんもおったらなぁ。少しは場の雰囲気良かったかも」

「それってあたしが空気壊してるって言いたいわけ?」

「まぁ、そこは想像にお任せするわ」

 どう見ても悪意ある笑顔だったので、琴は軽く蹴りを入れてやった。

 

 山道、と言っても草を僅かに踏みつけられた跡を辿っていく道中は、思いの外しんどかった。琴と界人にとってはサバイバルに近く、かなり冒険心をくすぐられた。

「スニーカーとズボンにして良かった」

 琴は倒れた枝にズボンを引っ掛けないよう、大股で跨ぎながら言った。

「稲田さんってスカート履いとったこと、あったっけ?」

 大学での服装を思い出して界人が聞く。

「あります!ロングスカート持ってるし!」

 ややプリプリしながら返事をすると、

「怒らんでや……」

 と界人が困ったようにこぼす。

「それにしても、凄い道。いや、道なんか?」

「あの湖は滅多に人が入らんから。たまに調査員?みたいな人が来るだけ」

 白透の言う通り、道のりは険しくなかっだが草木を分けて進まなくてはならず、慣れない2人は四苦八苦した。白透は足取り軽く進んで、遅い2人をたまに立ち止まって待ってくれた。

「……山本くん、よくスイスイ歩けるな」

 だんだんと疲れてきた界人が言うと、

「見とったら何となく歩きやすい道が見えるんよ」

 と教えてくれた。

「何、それ?どんな能力なん?」

 琴が不思議そうに言うと、

「能力というよりは経験かな」 

 と笑った。

「山道をよく歩くって事?」

「まぁね。神社の管理もあるけ、山は慣れてる」

「サバイバル得意そう。ちょっと凄い」

「そんな事ないよ。山道を歩き慣れてるってだけ。サバイバルとは違うから、生き残れんと思うよ?」

「街にはおりないの?」

「服買ったり買い物行ったりする時、おりるよ。たまにじゃけど」

 そんな話をしながら30分ほど進むと、視界が急に開けて湖が見えた。思ったよりも大きく、400メートルトラックくらいの広さがあった。

「思ったより大きい……」

 少し標高が高くなったせいか、吐く息が白い。

 湖には鳥が多く休息していた。人間が滅多に来ないので、のびのびと羽を広げている。

「場所どうする?日の当たる所がいいよね」

 琴が言うと、3人で手分けしてぬかるんでいない日向の場所を探した。良さそうな大木の隣を見つけ、そこを拠点に敷物を敷いた。

 リュックをおろすと、界人は早速カメラを持ち出して、写真を撮りに行ってしまう。

「稲田さんも行ったらええやん」

 そう言われ琴もカメラを持って好きな場所に陣取った。チャレンジしたが、やはり生き物を撮るのは難しく、ぶれたりピントが合わなかったりで苦戦した。何とか納得の1枚を撮れたのは1時間後だった。

「ごめん、ずっと1人にした」

 拠点の敷物に戻ると、白透は「気にせんでええよ」と笑った。

「2人とも一生懸命で、見てて面白かった」

 そう言われ、何かおかしなポーズでもしていたのかと思い「変な格好で撮ってた?」と尋ねた。

「そういう意味じゃなくて、誰かを待ってる事が新鮮で。人を見とるのって、ええなと思った」

 ずっと1人でいる白透にとっては、待たされる事自体が楽しいのかと驚いた。しかしそれは口に出さず、

「あんまり長かったら、怒った方がええよ」

と教えておいた。

 

 まだカメラを構えている界人を2人で眺めながら、ジュースとお菓子を食べた。

 ひんやりとした山の静寂の中に、カシャカシャとシャッター音が時折聞こえる。

 この日は風が穏やかで、水面を揺らすのは鳥の動きだけだった。広く真っ平らな水面は空の色を映し、冬の太陽がキラキラと反射した。

「ここ、静かじゃね」

「寂しい所じゃろ?」

「ううん。良いところ。静かで、山と風と鳥の音しか聞こえん。落ち着く。夏は緑が綺麗じゃろうな」

「また来たらいいよ」

「山本くんの案内ないと、無理。全然道が分からん」

「ははっ、そうか。でも、頻回には来ない方がええかも。隣が天狗山じゃから。連れて行かれるよ」

 その言葉に、琴は目をぱちくりさせた。

「天狗山?」

「そう。神社がある隣山は、天狗の伝説が多いんよ」

「へぇ、知らんかった」

 琴は興味をそそられた。近くに住んでいても知らない事は多い。また調べてみようと、頭の片隅に情報を残した。ここは電波がほとんどないので、今検索する事は出来ない。

「天狗なんて、久々に聞いたな。御伽とか大学の講義で伝承に出てくるけど」

「天狗は色んな話に出てくるしね」

 そこに界人が戻って来た。

「ありがとな。いい写真撮れた。何の話ししとったん?」

 ぽいっと靴を脱ぎ捨てて敷物に座ると、飲物を豪快にカブっと飲んだ。

「天狗の話。隣の山が天狗山って言うんだって。伝承とか残ってるかもね」

「へぇ。またいい研究が出来そうな話」

 民俗学部の学生らしく、2人は食いついた。しかし白透は警告するように言った。

「天狗山には近づかん方がええよ。連れて行かれるよ?」

「連れて行かれる?」

「有名じゃろ?天狗の神隠し。江戸時代と結構伝承残ってるよ」

 神隠し。

 その単語に2人はピクリとした。まさかこちらが聞く前に、その単語が白透から出るとは思ってもいなかった。

 2人が沈黙したので、白透は「どうしたん?」と首を傾げた。

 琴と界人は目を見合わせた。界人が意味ありげに小さく頷く。

 琴は「聞きたいんじゃけど」と切り出した。

「天狗の神隠しって、結構起こるの?」

「さぁ?詳しくは知らんけど。そこは2人の方が知ってるんじゃないん?」

「この山での神隠しは多い?」

「俺は聞かんけど。天狗の伝承があるくらいじゃから、何かあるんかも知れんけど」

「そう……」

 あまり多くは知らなそうだ。

 琴の神隠しとは無関係なのだろうか?しかし、ここまで距離が近い所に天狗山があるのは引っかかる。

 2人が無言になったので、白透は訝しんだ。

「……どうかしたん?急に黙って」

 界人は琴を見た。勝手に話すわけにはいかないと思ったのだろう。

 目が合った琴は躊躇した。記憶にないので詳細は語れない。ただ神隠しにあった、という事実があるだけだ。本当に神隠しかも分からないが。

 何も言わない琴に、

「稲田さん、話したら?」

と界人が促した。

「本音を言えば、俺らは山本くんから道通神社の事を聞きたい。神隠しの事も。こっちが聞きたい事を一方的に聞いて、何も細かな事を話さんのはフェアじゃないよ」

 正論に、琴は唸った。それは当然だ。白透にはちゃんと説得する必要がある。

 琴は小さく嘆息すると、白透を見た。

「実は、道通神社以外にも聞きたい事があって……。この山に住んでる山本くんなら何か知ってるかもって。お婆さんにも聞いたけど、何も知らんって言ってたから、山本くんも同じじゃと思うけど……」

 珍しく言い淀む琴に、白透は「何を聞きたいん?」と問うた。

「あたし、7歳の頃神隠しにあって……。全然覚えていないんじゃけど、あの時何があったか知りたいんよ」

「7歳……」

 白透は遠い記憶を思い起こすように、地面を見た。

「……もしかして、うちの神社の近くで見つかった女の子が、稲田さん?」

 琴は頷いた。

「当時、ばあ様が捜索に協力して家を空けたりしとったから、何となく覚えとる……。なかなか見つからんで、いよいよ厳しいかって話とった……。そしたら突然、神社の近くで見つかったって。大人が騒いどったから知っとるよ」

「……そう、それがあたし」

「そうだったんじゃ……。ごめん、それ以上のことは何も知らん」

「だよね……山本くんも7歳じゃもん。仕方ないよな」

 気落ちする琴に、白透はなんと声をかければいいか分からなかった。

 界人はここで時間飛ばしの件も合わせて聞いてみようと思い立った。関連はないかもしれないが、少しでも情報が欲しかった。

「神隠しに関係ないかもしれんけど、もう一個気になる事がある。そっちも聞いてええかな?」

 界人は自身の体験の事を話して聞かせた。白透は何も言葉は挟まず、黙って聞いてくれた。決して揶揄したり馬鹿にしたりしなかった。

「時間を数時間飛び越えた……?さぁ?そんな話、全然聞いたことない。住んでてもそんな事1回もないし」

 2人は落胆した。やほり、何も情報は無かった。

「そうよな……。そんな事しょっちゅうあったら、流石に噂になるよな」

「神社は参拝者自体が少ないから、そもそも遭遇する人が少ないと思うよ?蔵の資料を見たら、何か書いてるこもしれんけど……。昔はもっと参拝者が多かったから」

 蔵の資料。白透のお婆さんも言っていた、何十年も手つかずの蔵。

「でも、もう何十年も人が入ってないって聞いたけど。虫干しもしてないから、虫食いだらけじゃない?」

 うーんと考え、

「俺も小さい頃入ったきりじゃけ、今はどうなっとるかは知らん。まずは開けて中を確かめる所から、かな?鍵の場所も曖昧じゃから、そこからになるけど」

 その言い方だと、まるで調べてもいいと言われているようだった。

「ばあ様は歳じゃから、蔵にはもう立ち入らんし。片付けも兼ねるなら、許可くれる気がする」

「……手伝ってくれるん?」

 琴がそっと聞くと、白透は「えっ?そう言う話じゃないん?」と逆に驚いている。

 界人も驚いて白透を見た。

「ええの?蔵って、山本家の大事な場所じゃん。歴史的にも貴重な物があるかもよ?勝手に触って損なわれでもしたら……」

 白透が協力姿勢を見せると、途端に申し出を受け入れ難く言う界人に、少し笑った。

「鷹取くん、いい人や」

 うっ、と界人は唸った。少し照れたのもあるが、綺麗な顔で笑うと男でも怯むものがあった。

「そんなに心配してくれる人なら、手荒な真似はせんじゃろ?だから、いいよ。入っても」

 琴は嬉しいというよりも心配になった。初めて会った時よりも白透の警戒心が薄くなったのは喜ばしいが、些か信用し過ぎな気がした。

「勝手に承諾して大丈夫なん?お婆さんに知られたらって、前はあんなに心配しとったのに」

「どうなんじゃろ?ピクニックに誘う悪い友達できたから、影響されとんかな?」

 意地悪な顔をして2人を見た。白透にとっては決して小さな決断ではないはずだが、どこが楽しんでワクワクしているように見えた。

「それに、ばあ様に反抗したことないから、どんな反応されるかは分からん。怒られるというより……呆れられる気がする」

「初めての反抗期って事?」

 白透は頷いた。

「ばあ様には正直に話して、蔵の中を調べられるようにしてみる。2人ともばあ様とはすでに会ってるし、神隠しの事も話してあるんじゃろ?なら、昔の資料に似た記述がないか調べたいって言えば、許可はくれそう」

「ホンマに?結構難しそうなお婆さんだったけど……」

「ちゃんと理由を話せば大丈夫」 

 軽く言うので、2人は少し拍子抜けした。インタビューの時、お婆さんは白透に人を近づけさせたくないように思えたが、案外そうでもなかったのかもしれない。

「とにかく、ばあ様に聞いておく。次はいつ来る?」

 そう聞かれ、2人は慌ててスマホでスケジュール確認をした。2人の都合がつき、時間がたっぷり取れるのが3日後だった。

「分かった。また俺の家に来て。それまでに準備しとく」


 思いの外話がトントンと進み、嬉しくよりも驚きを抱えながら帰路についた。

 山本家の近くで白透と別れると、界人と琴は「意外にも調べられる状態になったね」と話し合った。

「山本くん、なんでもっと外に出んのんかな?あの性格なら友達も沢山出来そうじゃけど」

「さぁ?中卒で学校にも行ってないみたいじゃし……。不登校だったとは思えんくらい、明るくて話しやすいよな?」

 疑問は幾つか残ったが、取りあえず前に進めそうという事実を受け入れる事にした。 

 

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