自覚
3回目の稲田会は、お茶会から数日後の週末に行われることになった。
大学でその話をするため、講義の間に琴と界人は2人でラウンジの机を挟んで話し合っていた。
「冬鳥がそろそろ多くなるけ、それを写真に撮りたくてさ。あの辺り、湖とかないかな?」
界人が尋ねる。
買ったホットドリンクを目の前に置き、琴とは向かい合って座っていた。
「地図には載ってた気がする。前、図書館で調べた時に見たよ」
「おっ、やった!」
「流石に山の図はノートに写してないから、場所は覚えてないけど。多分あったはず」
「後で調べてみよ」
わくわくと目を輝かせているのを見て、琴は
「楽しそうやね」
と微笑んだ。
「最近、バイトばっかりでカメラ触ってないんよな。時間飛ばしの日が最後。稲田さんは?練習繰り返しとる?」
「勿論!この間作った和菓子も、同好会の皆に見せるために撮ったよ。見る?」
パアッと顔を輝かせ椅子を変えて界人の隣に座ると、さらに椅子を持ち上げて移動して、距離を詰めてきた。琴と体の距離が一気に縮まり、界人は少し緊張した。
肩が触れ合いそうだが琴は気にすることなく、スマホを操作し写真を見せてくれる。
「ほら、これとかどう?いい感じに光が入ってさ!こっちはあえて後ろの和菓子をぼかしてみた」
数枚の写真をゆっくり見せてくれるが、界人はそれどころではなかった。シャンプーの華やかな匂いが鼻をくすぐり、写真を見ているはずなのに記憶に一切残らない。頭は違う事を考えていた。
「ああ、そうなんや……」
「商品をアピールしたい時って、やっぱり小物の存在って重要じゃね。流石にプロみたいには無理じゃけどさ、笹とか和柄のお盆とか、今の季節だと南天とか合うよね?」
正直、話半分も頭に入ってこなかった。ただ言葉が耳を通り過ぎていくだけで、距離の近さに体が強張った。琴が体を揺らすたび、髪を触るたび香りがふわっと漂ってくる。それが好きで、あえて鼻呼吸にしていることに気がついた。なんだか変態になったようで、おかしな罪悪感で心苦しくなった。
琴はずっと写真の話しをしている。
「だからさ、こういう場合ってどっちで設定すればいい?」
急に琴が界人を見た。バッチリと目が合い、一気に頭がのぼせた。
「えっ!設定……が何?」
明らかに話しを聞いていなかったのがバレて、琴は目を細くしてふてくされた。
「鷹取くん、全然聞いていなかったじゃろ?」
声が低くなった。ご機嫌斜めの証拠に舌打ちされた。女子から舌打ちされたのは初めてだ。母親からもされたこがないのに。
「もういいよ」
スマホをサッと引っ込められ、界人は慌てた。
「ごめんって!こないだの和菓子の味思い出してて……。美味しかったからさ」
流石に琴に魅入っていたとは言えず、適当な理由をつけて言い訳した。
「手が込んどったし、見た目も綺麗だったし。ああいうの作れたらいいなぁって考えとった」
琴の目がキラッと光ったのを見て、咄嗟にしまったと思った。
「ホンマ?鷹取くんも作りたい?」
「作り……たいん…かな?」
ちょっと言葉が過ぎたと思ったが、もう遅かった。
「同好会入る?メンバー増えるのは大歓迎!」
「いや、あんこだけに興味があるわけじゃな…」
言いかけたが、琴は聞いちゃいなかった。
「次の同好会は明日じゃから!講義室の1052号な!16時からやっとるよ!部員の皆にLINEしとこ!」
早速、高速タップでメッセージを打ち始め、界人は観念せざるおえなかった。
(まぁ嬉しそうじゃし、ええか……)
メッセージを打ち終わるのを待っていると、遠矢が傍を通りかかり話しかけてきた。
「界人、こんな所で何しとん?ぼちぼち移動せんと」
「もうそんな時間?」
時計を見ると、確かに移動したほうがいい時間になっていた。ここから次の講義室までは距離がある。
遠矢はチラッと琴を見た。彼女はメッセージを打つ事に神経を集中させており、遠矢には見向きもしない。
「稲田さん、話途中じゃったけど次はカメラ持ってきてな。また撮り方教えるし。雨だったら、そん時考えよう」
「分かった。同好会の皆にLINEした!場所分からんなら一緒に行くよ?どう?分かりそう?」
方向音痴と知っての確認に、界人は
「いや、怪しいかも」
と自信なさげに言った。
「なら一緒に行こう。待ち合わせ場所はLINEするわ。じゃあね」
琴は立ち上がり、自分の講義教室へ行ってしまう。
遠矢はその背中を見ながら、
「俺、一切視界に入ってなかったな」
とボヤいた。
確かに、琴が遠矢の存在に気がついた気はしなかった。好きな物のことになると、琴は視野がすこぶる狭くなるのだ。
「同好会の話しとったし、仕方ないかも……」
界人が苦笑いすると、遠矢は意外だと言いたげな顔をした。
「界人、稲田さんと上手くやっとるんじゃ。共同研究、順調なん?」
「まぁ、多少は。この間インタビューしに行った。稲田さんもついてきてくれたし」
「ふーん。うまく使っとるんじゃ」
物のような言い方に、界人は心がピリついた。イラッとして剣をはらんだ声で
「稲田さんは便利なモノじゃない」
と友人を睨む。
その視線に遠矢は驚いた。今まで険悪な雰囲気になったことがなかったし、こんなにも界人が怒気を見せたことがなかった。
「ごめん、そんなつもりで言ったわけじゃない。前にも言ったやろ?稲田さんに声かける一部の奴は、便利がってこき使うって。だから、つい……」
「俺がそんな事する奴って、遠矢は思ってんの?」
「そんな訳ないやろ!界人がもしそんな奴なら、友達になってないって!」
本気で慌てて焦っているのを見て取り、界人は深く嘆息した。
「だったら、言葉訂正して」
「……ごめん。言い方も言葉も間違えた。界人はああいうピンポイントな熱血タイプとは合わないと思ったからさ。お喋りで明るい性格なわけでもないし、何というか……服装もあんまり気にしないタイプじゃん?稲田さん」
確かに琴は男っぽいというか、20代女子にしてはファッションにも美容にも関心が薄かった。あの長い黒髪も、手入れをすればもっと綺麗に輝くのに、と界人は思う。彼の実家は美容室なので、女性の髪については詳しかった。
「確かに、髪だけでも綺麗にすればもっと輝くのにな」
思っていることがそのまま口に出てしまう。その瞬間、しまったと思った。友人の顔を見ると、驚いたように目を大きくしている。
「界人、ああいうのがタイプ?」
「えっ!タイプとか!特にそういうわけじゃ……。俺の実家美容室じゃから、髪については見過ごせないっていうか……。せっかくなら綺麗な方がいいじゃろ?髪に限らず服とか鞄とか部屋とか、なんでもそうじゃけど!」
あたふた言っている時点で、もうバラしている様なものだった。
狼狽える友人を見て、遠矢は少し笑った。
「そんなに慌てんでも。別に界人の好みをどうこう言うつもりはないし。友人として応援するわ」
肩をポンポンと叩かれ、顔が赤くなった。初恋ではなかったが、自分でも薄々しか感じていなかった恋心を見破られるのは何とも歯がゆかった。
絶対、琴からは異性として見られていない。その自覚があった。
傍にいられるなら、それでも構わないと思っている自分もいる。
取りあえず、次に会う約束がある。研究があるうちは接点もある。不本意ながら、同好会にも参加することになったので、今後も会える理由はある。それで心を落ち着けようと思った。




