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ヨリカカリ  作者: 栢瀬 柚花
1/6

合コンで


 大学生らの合コンに、一人浮いている人物がいた。

 ――稲田琴である。 

 クリスマスを意識し始める12月初旬。

 独り身の学生は、男も女もパートナーを捕まえんと目をギラつかせる中、琴はスマホに視線を向けている。その画面には『ヘーゲル“精神現象学”と自由思想の概念』という論文の文字が躍る。どう考えても、合コンの最中に読むような代物ではなかった。

 すでに合コンが始まって2時間経つ。にも関わらず、未だに誰とも話していない。今はほとんどの者が琴を遠巻きに見ていた。

 

 そんな中、琴に興味を引かれる者がいるのもまた然り。

 鷹取界人がそうで、そろそろ飽きた空気の中、じっと琴を見ていた。

 彼も彼女欲しさに参加した口ではなかった。単位獲得に向けたレポート作成のため、共同研究をしてくれるパートナーを見つける事が目的であった。そのため、こんな席酒飲みの場に来てまで、ひたすらにスマホしか見ていな琴に興味が湧いたのだ。

 界人は隣で女子と談笑していた友人、池田遠矢に話しかけた。

「遠矢。あそこの隅っこで、ひたすらスマホいじっとる女子って誰?」

 少し酔いが回り、赤らんだ顔をしている遠矢が顔を向ける。

 界人が誰の事を言っているのか見ると「ああ…」とこぼした。

「稲田琴。通称『便利琴』とか『神隠し』とか言われとる子じゃろ?」

 聞き慣れない通称に、界人は

「何それ?」

と尋ねた。

 今回は同じ大学、同じ学科での集まりだったが、さすがに全員の顔は知らなかった。

 遠矢は何杯目かも分からない酒を飲みながら教えてくれる。

「あんまり他人と話さん子やな。グループワーク一緒になって話したことあるけど、大人しいというか、関心が低いと言うか。壁があるって程じゃないけど、薄い膜は感じた。興味が無いことでも調べ始めたら止まらんで、ある程度の結論にたどり着くまで調べ尽くす奴。一部の奴からは便利がられてこき使われとるよ。上手く乗せるまでが大変らしいけど、興味持たせたら勝ちってな。俺はそう言うやり方嫌いじゃけ、話しかけたことないけど」

 さして興味ない、という口調だ。

「ふーん。地元の子?」

「確か、そうやったと思うけど」

「なら地元で神隠しにあったってこと?」

「そうじゃろ。実際は家出や誘拐、不慮の事故が大半なんじゃうけど」

「神隠しの方はどんな噂なん?」

 興味本位でそちらについても尋ねた。やはり詳細は気になる。

「そっちは胡散臭いで。人によっちゃぁ、関心あるじゃろうけど。何でも、小さい頃に神隠しにあったらしいわ。1週間くらい行方不明で、ある日ひょっこり帰って来たって噂。本当かは知らんけどな」

 令和の時代に神隠し。

 何とも不可思議な話だった。 

 界人は俄然興味が湧いた。元々オカルトや都市伝説は嫌いではない。界人自身は怪異的なものと遭遇した事がないので、エンタメとしての興味しかなかったが。

 もし琴が実際に神隠しにあっているのなら、話を聞いてみたい。好奇心からそう思った。ここは酒の席。少しハメを外した話もできるだろう。

 界人は酒の勢いもあり、琴に話しかけてみることにした。

 

 飲みかけのグラスを持って立ち上がり、琴の方へと向かう。

「界人、ほどほどにな」

 界人はその話し方や態度に勢いがあるため、犬猿される事も多かった。それを知っていたので、やり過ぎるなよと言う意味で、遠矢は友人の背中にそう忠告する。

 界人はひらひらと手を振って返事をした。

 

 賑やかな喧騒から外れ、一人隅でポテト、カクテル、卵焼き、タコわさを並べている琴の隣に立つ。

「始めまして、隣いい?」

 琴は聞いていないのか、話かけてもチラリとも界人を見ない。

 彼は気にすることもなく、腰を下ろした。

「同じ民俗学部の鷹取界人。ヨロシク」

 自己紹介されても、変わらずスマホを見ている。界人は諦めず、名前を呼んだ。

「稲田琴さん、やろ?ちょっと相談したい事があるんじゃけど」

 自分に話しかけられていると、そこで初めて気がついた琴は、やっとスマホから視線を外した。

「俺と共同研究やらん?」

 濃く眉と大きな目が琴を凝視する。はっきりとした顔立ちは威勢のいいライオンの様で、琴は思わず眉間にシワを寄せた。

「どちら様?」

「さっき自己紹介したやん。同じ民俗学部の鷹取界人」

「はぁ……」

 絶対に乗る気はない生返事だったが、界人はもう一度言った。

「俺と共同研究やらん?」

「嫌です」

 即答されたが少しも気分を害するとこなく、界人は笑った。

「迅速すぎる返事!研究内容くらい聞いてや!」

 ガハガハと盛大に笑う彼に、琴は引いた。これまで琴の周りにいないタイプの人間だった。

「お断ります。今は他の研究してるんで」

 そう言ったが、界人は聞いちゃいなかった。

「この辺りって道通信仰が結構あるやん?道通神社も近くにあるし、神社と敷地神の地域特性を調べたいんよな。俺、今までそう言うの題材にしなことのうて。たまにはええかなーって。どう?興味ない?」

「微塵もありません」

 またもや即答され、再び笑った。

「また迅速な返事!」

「さっきも言いましたけど、あたしは他の研究があるのでやりません」

 ハッキリと言葉にした。迷惑がっている雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 界人は酒を一口煽った。そのままグラスを置くと、

「稲田さんは地元の人?」

と、これまでの会話がなかったかのように話を続けた。

 琴は眉間のシワを深くした。これは全く話を聞かないタイプと分かったようだ。

「……そうですけど」

「家に敷地神ある?」

「……ありますよ。道通様じゃなくてお稲荷様ですけど」

「ほらな?家にもあるなら興味ない?」

「もう調べたので、興味ないです」

「先駆けて調べとるやん!なら、尚の事一緒にやってるや。色々教えて欲しいんじゃけど」

 飽くまで押し通そうとする界人に、琴は少しイラッとした。

「鷹取さん、わたしの話聞いてます?」

 テーブルをどん、と叩いた。反動でグラスや皿がカタカタ鳴った。

「今、他の研究があるんです。単位がかかっているので、掛け持ちは出来ません。引き下がってください」

 怒っている事が分かり、界人はここで初めて笑みを崩した。

 グラスを置いて琴に向き直り、

「取引しよう」

言い出した。

「取引?」

 訝しむ琴に、界人は頷く。

「俺は不慣れなこの土地の道案内が欲しい。それに、先に研究しとる稲田さんからのアドバイスも欲しい。稲田さんは何かないか?金意外の事なら、相談に乗れるかもしん」 

 琴は少し魅力的な言葉にピクリとした。

 取引。

 それならば、一方的に迫られている琴が有利な状況だ。

 今、琴が一番欲っしていること……。

 運良く、琴にはちょっと困り事があった。自分ではどうにも出来ず、人を頼ろうかと考えていた所だった。 

「鷹取さん、カメラはやりますか?」

「一眼レフか?」

 琴は頷いた。貯めたお年玉やバイト代をはたいて買った物だったが、使い方が難しいかった。どうにも上手くピントが合わなかったり、思い通りの写真がとれず四苦八苦していたのだ。

「購入して手元にあるんですが、どうにも画像や文章だけじゃ勝手が掴めなくて。教室に通うお金ないし、実践でどうにか習得したいと思ってたんです」

 この話に界人は得意げに笑った。ズイと前のめりになると、琴を見た。

「俺はジャーナリスト志望やからな。カメラは静止画も動画も出来るように勉強しとる。サークルにも入っとるし、父さんからも教わったけ、そこそこ上手いで」

 2人の目が光った。

 お互いの利害が一致した。

「よし、交渉成立」

「今の研究があるんで、全部には付き合えませんが」

「それでもええ。探索の時について来てくれるだけでもありがたい」

 2人揃って満足気に笑い合った。そして連絡先を交換すると、早速互いのスケジュールを合わせ始めた。


 この合コンでの取引が、後に街をも巻き込む事態にまで発展するとは、思いもよらなかった。



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