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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第6章:できそこないの王子──中編──

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83話:他愛のない関係(1)

 ひばりは、ふうっと深呼吸をした。大きく息を吸って、吐き出す。

 高校受験の、模試の前は、そうやって自分を落ち着けていた。



「──どうしたの? 緊張している?」



 隣で、悠然と顔のいい男が言った。

 ひばりはむっとして、頬を膨らませる。



「しょうがないでしょ、ヴィック。慣れてないの!」



 金髪に紅い目の婚約者は、緊張のきの字もなかった。慣れている、という雰囲気丸出しの余裕っぷりだった。



「最近は、神殿の祭礼で大勢の前に出ているだろう」


「あれと今日はちがうよ。ここは外国でしょ? オルリアじゃないもの」


「たしかにそうだね」


「それも、パレードするんでしょう? 緊張しないわけがないじゃん」



 ひばりとヴィクトルが控えているのは、ガルバディア魔法王国の王都近くに立つ、見張り城砦と呼ばれる場所だった。近くには一本の紫苑ザクラが植わっていて、春には淡紫(うすむらさき)の花を咲かせるのだという。


 まもなくそこから出る。大型のサイ(ラケロス)に乗り、目抜き通りから王城へと向かうパレードに参加するためだ。聖剣使いと聖女が数百年ぶりに見れるということで、王都は人がごった返しているのだという。

 考えるだけで緊張した。どくどく、と心臓の音がする。



「ちなみにね」



 そんなひばりに、自分を召喚した王子は容赦のないことを言う。



「深呼吸は、吸うからはじめると意味がないらしいよ」


「えええーっ」



 ひばりは大きな声をあげた。



「疲れた時に溜息つくだろう?」


「うん」


「あれは、緊張して固くなっていた体を無意識にゆるめようと息を吐き出しているらしい」


「うん」


「つまり、緊張した時に意味があるのは息を吐くこと。吸うのは逆らしい」


「がーん」



 ひばりはがっくりと項垂れる。

 では、昔、模試の時にやっていた深呼吸は意味がなかったのだろうか。だから、点数が悪かったのだろうか。


 そんなことを思っていると、口やかましい母の声が聞こえる気がする。



「あんたが勉強してなかったせいでしょ」



 母は、ひばりに、勉強しろ勉強しろとうるさかったのだ。自分が中学生や高校生の時に勉強しなくて、大人になって後悔したから、娘にその後悔はさせたくないとよく言っていた。



「自分の後悔を娘に押し付けてどうすんのよ」



 姉のつばめと一緒に、夕食の席で喧嘩をしていたのが懐かしい。

 そういう時、父は決まって、妻と娘ふたりの諍いには一切関与しなかった。黙々とご飯を口に運んで、飛び火しないように気配を消していたのだと、今ならわかる。



「お父さんもそう思うでしょ?」



 母からのこの問いかけが、父は一番の恐怖だったにちがいない。「あー」だとか「そうだね」だとかいつも口ごもってしまい、そのせいで母に怒られていた。



「はっきりしてよ! お父さんなんだから、しっかりして!」



 かと思えば、父は、


「……私は学生の頃、勉強が好きだったから、三人の気持ちがわからない」


 そう答えて、今度はひばりも含め女三人から、轟々に非難された。



「最悪」


「そういうやついるよね」


「昔で言うガリ弁野郎ね!」



 なにを言っても、父はぎゃーぎゃー言われていたので、コミュニケーションが苦手だったのだと思う。


(そういうヤツ、クラスにもいたなあ)


 ひばりは、思い出す。


 中学三年にもなると、あまり見られなかったけれど、劇的に人の気持ちが読めなかったり、デリカシーなく発言してしまう人間が、クラスにひとりふたりはいた。小学校の時はもっとひどくて、突然怒り出したり、友だちを叩いたりしてしまう子もいた。


(なんで、ああいうことするんだろう)


 ひばりにはよくわからない。

 そういう子は、たいがい、なんとか級という別のクラスに分けられたり、一週間のどこかで抜き出しの授業で抜けたりして、人との付き合い方を練習していた。


(最初から分ければいいのに)


 空気を読めなかったり、暴力的な子は、そうすればいい。そういう子だけ、集めてしまえばいい。もとから、なんとか級で過ごしている子たちだっているのだ。分けてしまえば、どちらの領分も守ることができる。


(一緒に過ごすから、トラブルになるんだよ)


 最初から分けておけば、トラブルは発生しない。わけのわからない子たちと過ごすのはストレスだ。その子たちだって、トラブルになってストレスだろう。分けていれば、最初から問題にならないのだ。


 ひばりが考えていると、ヴィクトルが手を差し出す。



「──そろそろ出発だ。行こう、ひばり」



 立ち上がろうとするひばりを、ナチュラルにエスコートする。


(かっこいいなあ)


 ほんとうに、ヴィクトルはかっこいい。

 女の子であれば、一度は白馬に乗る王子さまを夢見たことがあるだろう。ヴィクトルはまさに王子さまそのもので、最初に会った時は、あまりにもどきどきして心臓が鳴りやまなかった。


 異世界召喚というよくあるファンタジー小説のヒロイン。


 ひばりは最初浮かれた。

 それも、聖女。完全に大団円の物語だろう。


 けれど、ちがった。


(一ヶ月もなかったかな……)


 ひばりを召喚したヴィクトルには、婚約者がいた。

 

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