↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第6章:できそこないの王子──中編──

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/127

81話:狩猟祭への誘い

 シェイラが報告の謁見を終えて、第一王子宮に移れば、イディオンは応接の間で、赤髪のゼイドや見慣れぬ官吏たちとの打ち合わせの最中だった。

 イディオンは相槌を打ちながら、書面をめくっている。


 邪魔しては悪いと思って、シェイラがそっと入口の空間まで引き返そうとすると、すぐ気がついたように声がかかった。



「シェイラ!」



 イディオンがいつもの定位置からぴょんと降りると、子犬さながらに寄ってくる。結ってある髪がいつもながら絶妙に尻尾感を出していた。



「ここまでだ。あとは、確認しておく」



 イディオンは振り返ってゼイドたちに言うと、シェイラに向き直る。



「待っていた!」


「イディさん、大丈夫ですか? お話の途中では?」



 そう言っているシェイラのそばを、ゼイドたちは出ていく。



「あとはよろしくお願いします!」



 ゼイドは、元気よくそう言うと、扉が閉められてしまった。

 シェイラとイディオンだけになる。



「いいんですか?」


「大丈夫だ。最終確認だけだったから」


「なんの……あ、わたしが聞いてもいいことでしょうか?」



 かまわないよ、とイディオンはまた壁窪(アルコーブ)の座面に戻ると、足をぶらぶらと揺らす。

 シェイラが適当に座れば、イディオンは話をつづけた。



「来週から、母上の在位六十周年を記念する催しがあるんだ」


「あー、そういえば、そんなこと……あるそうですね」



 フェノアが言っていた気がする。

 式典やら宴やらなにやらで、歌唱の魔導師さまは引っ張りだこなのだそうだ。学院の授業を休まなければいけないほどらしい。



「シェイラ、知らないの?」


「あ、えと、あまり興味がなくて……」



 めでたいな、とは思うけれど、浮かれるような楽しみは持ち合わせていない。

 王都の街なかがここのところ騒がしいのはそのせいであったのか、と納得する。



「シェイラらしい」


「そうですか?」


「うん」



 イディオンはどこか楽しそうに肯く。



「ぼくも、いくつか式典や祭りに参加する」


「イディさんも!」


「ぼく、第一王子だからね」


「そうでした!」


「そうなんだよ、実は」



 イディオンは、くつくつと笑う。



「さっきのは、狩猟祭の打ち合わせだよ。二週間後に開かれる」


「イディさんも狩りを?」


「このなりでも、それなりにね。魔法は禁止だから、官吏たちが参加しやすいだろうと配慮してくれたみたいだ」


「そうでしたか」



 さきほどの女王との会話を思い出す。

 官吏たちではなく、女王の差配であることをシェイラは知っていたけれど、黙っていた。今のイディオンに言っても響かないだろう。



「……あのさ、」



 イディオンは、おずおずと言う。足をもじもじとさせている。

 どこか、かゆいのだろうか。



「シェイラ、その日、来れる?」


「はい?」


「狩猟祭の日。王都から少し離れた郊外にある離宮の近くでやるんだ。森と、渓谷のある景勝地で」



 ちらっちらっ、とイディオンがシェイラを見るので、シェイラも合点がいった。


 見に来てほしいのだろう。かっこいいところを見せたいのだ。

 イディオンの思考に思い至ると、シェイラは笑いたくなってしまった。にやにやとならないように尋ねる。



「何曜日ですか?」


「風ノ日」



 いつもであれば、首都魔法学園に行っている日だ。第五週もその予定で、ユートたちの様子を見に行く。


(どうしましょうかね)


 午前中は難しい。けれど、午後であれば、キルシュ師や学園長に行って、その日は帰らせてもらえないだろうか相談することはできる。

 シェイラがどうしようか悩んでいると、イディオンは狩猟祭について語りつづける。



「離宮には、式典にあたって一ヶ月間客人が泊まられるんだ。母上の祝いに加えて、その客人との交流も兼ねている催しで……」


「そうなんですか」



 相槌を打ちながら考える。

 ユートは好調で、最近キルシュ師の学環(クラス)の雰囲気もいい。放課後の振り返りはなしにさせてもらって、昼の時間に少し時間を取れば、ユート以外の他の学環も観に行ける。



「──オルリアの王太子と聖女さまがいらっしゃるんだ。ぼくは、お会いするのを楽しみにしている。王太子殿下は狩りの腕がいいと聞いているから」



 聞こえてきた単語に、束の間、息が止まった。

 足の底から冷たいこわばりが登ってくる。謁見の間で思い出したことが重なる。胸骨まで昇ってきたものが、体中に伝わっていくような気がする。


(トール……)


 彼が、ガルバディアを訪れる。


(……彼女も)


 聖女ヒバリ。異界から来た彼女。

 ──シェイラに代わった、彼女。


 膝のうえに置いた手が、気づけば小刻みに揺れていた。骨を伝ってやってきた震えで指先ががくがくとして、シェイラは一方の手を一方で抑えつける。



「……シェイラ?」



 イディオンは、そんなシェイラの異様さにすぐに気がついた。



「どうかした?」


「……いえ」



 考えていたことが霧散する。

 イディオンのために調整しようと思っていたことが。


(会いたくない……)


 ヴィクトルとヒバリには、決して会いたくなかった。


 イディオンは、シェイラのそんな感情を敏感に読み取ったのだろう。シェイラの震える手元が一瞥されると、暗然とした空気が満ちる。

 シェイラがなにか言おうとしても、動悸のする血流が言うことを利かず、閉口する。自分を叱咤しているうちに、イディオンがぽつっと口を開いた。



「……あなたの話を待つつもりでいたけれど、」



 縹色がためらいの色も乗せながら、シェイラを窺うようにする。



「ひとつだけ訊いていい?」


「……はい」



 イディオンに気をつかわせている自分が、たまらなくいやだった。

 シェイラは無意識にひとつ、溜息をつく。


 イディオンはそんなシェイラの様子にも気がついていて、一瞬躊躇した。だが、気になる心が勝ったのだろう。つづけられた。



「その……シェイラは、」



 一呼吸ののち、問われる。



「オルリアの貴族だったんだよね?」


「……はい」


「なんで、廃されたの?」



 イディオンの問いに、シェイラの頭に久々に父の顔が浮かんだ。シェイラより灰がかった紫で、瞳は濃紫だった。


 ──厳しい人であった。


 暮らしていた旅芸人の一座が〈雲虹〉に襲われ、母が喰われ、一座の人間もシェイラ以外みんな喰われた。生き延びたシェイラを見つけたのが、母をさがしていたロゼイユ公である父であった。

 あの時、父に見つけられていなかったら、シェイラは山の寒さと飢えで死んでいただろう。

 だから、父には感謝をしていた。厳しくシェイラをしつけ、屋敷ではあまり話さない人であったけれど、シェイラなりに恩を返そうとしていた。


 けれど……



「わたしが罪を犯したからです」



 シェイラが犯した罪を見た時、父はどんな顔であっただろう。

 あの時、シェイラはヴィクトルの顔しか見ていなかった。



「どんな罪?」



 イディオンの声音は変わらない。

 おそらくほんとうの七、八歳だったら、罪と聞いてたじろいでいただろう。中身が十六の王子さまは、平然としていた。



「……人を──」



 シェイラは答える。



「──人を、殺したんです。第一の師を、殺しました」


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。