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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第4章:空気の読めない孤児──後編──

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54話:擬態

「合わせなきゃいけない?」


「……みんなに。世界に」


 セレリウスのつぶやきに、わかったように相槌を打ったのは、ターニャだった。


「ちょっと……わかるかもしれないです。そういう気持ち」


「わかるんですか?」


「はい」


 シェイラは、よくわからない。けっこう世のなかから浮き出ていた気もするが、合わせようと思ったことがなかったからだ。


 ターニャは苦笑いをして言う。


「前にお話をしましたでしょう? 孤児院出身だと」


「はい」


 そのターニャの発言に、セレリウスが驚いたように虹色の双眼を見開く。


 知らなかった、と目が言っていた。


「話してないからね」


 ターニャがセレリウスの気持ちを見透かしたように付け加えれば、セレリウスは言葉を失っていた。


「セレリウスくんの気持ちが全部わかるわけじゃないけど、わかることもあるよ」


「どこのですか?」


「ん? 北部の孤児院」


「あの大きい……」


「そう。百人くらいいるの」


「僕は南部でした……四十くらいだったかと」


 シェイラはそれでも多いな、と思う。


 子どもひとりひとりが向き合ってもらうためには、多い人数だと感じる。


「だからね、セレリウスくんの気持ち少しわかる。みんなに合わせなきゃって。目立たないようにしないとやっていけないって。怒られちゃうって思う」


 ターニャが話を戻すと、セレリウスは唇を結んだ。


 なんと言えばいいのか考えているようだった。


「……僕は、先生とはちがうかもしれません。僕は……」


 言葉を選ぶように、なにかをさがすように、虹色の目が草地に移ろう。


 草の葉先に乗るバッタを見つけると、ぽつりと言った。


「擬態しなければ、って思います」


「擬態?」


「ちがう生き物だから、擬態していないと、捕食される。擬態しなければ、紛れ込めない。そういう感じがずっとあります」


 なるほど、とシェイラは思った。


 言い得て妙だな、と。


 そういう感じを持て余しているセレリウスの孤独がよくわかる言葉だと思った。シェイラのなかに、セレリウスの孤独が静かに入り込んでいく。


「擬態かあ……」


 ターニャもまた、わかると言いながら、自分との感じ方の差を落とし込んでいるようだった。


「……ずっと擬態していると、疲れますね」


 バッタが跳ぶのを見て、シェイラは言う。たとえ擬態していても、動かなければ、なにも得ることはできない。そうやって動いている時に知られてしまうことを、セレリウスは無意識に恐れているのかもしれなかった。


「はい」


 セレリウスは大きく肯く。


「たまには翅を伸ばしたくなりますね」


「そうです」


「そういう時、ヨハルさんと話してたんですか?」


 シェイラが問えば、セレリウスはヨハルの名に驚いたようにした。


「なんで、ここであいつの名前が出てくるんです?」


「仲よいと思って見てましたから」


「まあ親友ですが」


「ヨハルさんと翅を伸ばしてたんじゃないんですか?」


「ちがいます。あいつは、通訳です」


「ああ……通訳。うまい表現ですね」


「あいつ自身がそう言ってました」


 やはり、よい友人だ。


 退学してしまったのは、あまりにも悔やまれる。


 ヨハルの役割を認識し直しながら、シェイラは整理する。


「セレリウスさんがたえがたかったのは、自分ばかりがみんなに合わせなければいけないと思っていたこと。それは擬態に近い感覚で、苦しくなっていたこと。今さっきは、その苦しさが溢れ出していた……こういうことで、合ってます?」


「そんな感じです」


 整理しながら、泉付近の土から粘土板を作ってみせた。ずずずっ、とモグラが土のすぐ下を潜っているように、大きな粘土板が移動してくるのを見て、ターニャとセレリウスはまたもや呆気に取られた。


 粘土板に独りでに文字が刻まれて、シェイラがまとめあげたことが記されれば、ふたりは、魔導師に対してなにも言えないようであった。


「……申しわけないです。無理をさせてしまったようで……」


 シェイラが整理された内容を見ながら言えば、ターニャとセレリウスもまとまったものを見た。


 全員が全員、文字化されているものを見て、あらためて思考を整理するように考え込む。


 視覚化されていると、だれにとっても考えやすいな、とシェイラは思う。言葉だけで交わして得られるものもあるけど、解決策を探したり忘れないようにするためにはやっぱり目に見える形にするほうがわかりやすい。


「──もう、擬態するのをやめちゃうのはどうかな」


 そんなことを考えていると、ターニャがあっけらかんと言った。


 シェイラはちがうことを考えていたので、ターニャの発言に少しだけ驚く。


「やめられたら苦労してないですよ」


 セレリウスがむっとしたように言う。


「うん、そうだと思う。けど、我慢しすぎて、ようは爆発しちゃうってことでしょう? もちろん全部擬態するなとは言わないけど、セレリウスくんのいいところもあるわけだし、爆発していやなところ見せちゃうよりは、いいところを見せたほうがいいと思う」


「いいところ……」


「はっきりと言うところ」


 セレリウスが思い悩むと、ターニャは明るく言った。


「そこは担任としてすごいと思ってるよ。いいところだと思う。たまには、はっきり言わなきゃいけないことがあるなって思うし、私はできなかったことだから、すごいなって思ってたよ」


「……ありがとうございます。思ってることを言ってるだけですが」


「うん、言わないほうがいいことももちろんあるけどね。さっきのシェイラ師への発言は失礼な発言だよ。いやな気持ちにもなるって言われたでしょ? ちゃんと謝って」


「すみませんでした」


 素直に謝られる。


 いえいえ、とシェイラは返しながら、ターニャの言葉がセレリウスに伝わっているように見えて、なんだか新鮮なものを見ている気分になる。


「私、このあいだ、セレリウスくんを真似してがんばったことがあるの」


 ターニャが自信ありげに笑った。


「先週のね、学院の全体会議で言ってやったんです。恩師のあとの……筆頭教導師になった教導師がですね、特に昔話が長くて、いろいろうるさいんです。だから、言ってやりました。『この会議っていつまででしたっけ? 終わりはなにが決まればいいんでしたっけ?』って。そしたら、そのあと、いろんなことが決まってすぐに終わりました」


「それはすごいです」


 シェイラは感心した。ひとりで拍手喝采したい気分だった。


「すごいですよね?」


「はい、すごいです」


「はっきり言うの、がんばってよかったって思いました」


 ターニャはシェイラにそう言ってから、セレリウスをもう一度見る。


「セレリウスくんのいいところを真似したおかげ」


「僕のいいところ……」


「うん。教師だけど、あなたから学ばせてもらったよ。はっきり言うは、私ができなくてあなたができていて、かっこいいと思ったところ。すごい武器になるよ。言い方と言うことだけ選べば、武器になる。そこは擬態してほしくないな」


 ターニャが言えば、セレリウスはうれしそうな顔をした。


 褒められていやな人間はいない。それもきちんと、ターニャがセレリウスを見たうえでの言葉だとわかるものだった。うれしいだろう。


「……ありがとうございます」


「正直、あなたの物言いに腹が立つこともあるから、それはきちんと、その人がどう思うのか考えて言葉を選んでください」


「それがわからないんで苦労して擬態してるんです」


「わからないんだったら、聞けばいいんだよ。シェイラ師が言ってたでしょう?」


「……善処します」


 シェイラは傍観をするようにして、ふたりのやり取りを見る。


 ターニャがどこまで意図しているのかわからなかったが、ターニャなりにセレリウスに歩み寄って、彼を理解しようとしているのだということがわかった。教師として、もしかしたら、亡き恩師を思い出して、導いてやろうと思っているのかもしれない。


「とはいえ、」


 シェイラは、やり取りのつづくターニャとセレリウスに言う。


「精霊魔術が使えない、ということは変わりなし、ですね」


「そうでした……」


「はい、僕は困ります。卒業までにうまくできなければ、家から出されるそうなので」


「そうなの?!」


 セレリウスの発言に、ターニャがびっくりした声を出す。


「……まあ、よくある話ではありますね。貴族は魔法や魔術が使えることがすべてですから」


「はい、わかってます」


「そうなんだ……貴族も大変なんだ……」


 シェイラとセレリウスの様子に、ターニャはなにか理想が砕かれたようにつぶやく。


 シェイラは内心で苦みを思い出す。


 貴族とはそういうものだというのを、体験として理解している。


 精霊魔術の話に戻す。


「大地を感じ取るというのは、そんなに的は外れていないと思うんですが……なにか感じ方を変えたほうがいいのかもしれません」


 シェイラは瑠璃の耳飾りを弾く。


「精霊のことがわかる大地がいればいいってことですか?」


「まあ、そんなところです」


「ヨハルくんみたいな、セレリウスくんにとって通訳となるようなってことですよね?」


「そうですね……」


 肯きながら、シェイラは、はたと気づく。


 通訳。


 女王国の大地。


 そこで育つ森人たち。


「精霊女王の大地であれば……」


 もしかしたら、セレリウスと、精霊をつなぐ、通訳に値するかもしれない。


 ひらめきに、シェイラは難問が開けた気配を感じる。すうっと見通せるもの。


「でも、シェイラ師、女王国の大地をこっちには持ってこれませんよ?」


 ターニャの指摘はもっともだ。


 シェイラが、うーん、と唸ると、セレリウスが、確認するように尋ねる。


「通訳ってことは媒介みたいなものですか?」


「そうですね。要は魔術の媒介……」


 はっとシェイラは、セレリウスを見た。


 セレリウスの目も、シェイラが思いついたものと同じものに行き着いたように、虹色を遊ぶように輝かせていた。


「え、なんですか?」


 ターニャだけが首をかしげる。


 シェイラとセレリウスの声が重なる。


「──触媒」


 シェイラはさらにターニャにわかるように付け加える。


「女王国の大地を使った、触媒……杖とかを使うんです。そしたら、もしかしたら精霊魔術につながるかもしれません」


 それが精霊との媒介や、通訳となって、彼らの声を届けるかもしれない。


 シェイラは、そのひらめきに確信のようなものを得ていた。

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