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8 かりそめのホンモノ

島はかなり発展しているように見える。この島がそもそも、〈板星〉のどこに位置しているのかは分からない。


目指していた岩の組に近いのだろうか?


「ここだ!」


案内された建物は少し年季の入ったパブだった。

中に入ると、その店が繁盛している様子がよくわかった。店員はひっきりなしに食事を運び、客はジョッキを掲げながら大声で話している。

やはり誰もが鏡の頭を持っているわけだが。


「五人で頼むよ」

「はいよ!好きなとこ座り!」


五人は店の隅にある席についた。


「紹介がまだだったな。アギーだ」

ここまで連れてきた人は言った。


店員の持って来たジョッキを早速取ると、アギーは豪快に飲み干した。口元を拭うと、アギーはこちらをじっと見た。ふと、鏡ではなく女性の顔になっていることに気づく。

「はじめてかい?私らみたいなのは」


戸惑う四人の顔を見て笑った。

「スナイェルです。はじめてじゃないんですけど……鏡は初です」

三人はスナイェルの方を一斉に見た。


「こっちはオルン、アウル、パール。彼らは見たことないと思う」


そうかと一息つくと、アギーはゆっくり話し始めた。

鏡の頭を持つ者が住むこの島には基本、来訪者がいないこと。

他の島へ出向くこともあるようで、十秒見合った人間の顔含めその人を模倣することができること。基本正体をばらさないために、この島を出るときは人に成りすますのだそう。

この顔も、前に出会った人のものだと言う。

「私らがこの島を出るときは、決して鏡の顔では出ないんだ。欲しい顔の人の前でだけ鏡になる」


「じゃあ俺らの顔も取ったの?」

パールはぼそっと口を開く。


「君たち三人のは無理だったね。スナイェル、君の顔は取れたけど」

だってずっとこっちを見てくるんだもの、と付け加えて笑った。


その笑みが消えるともう一人のスナイェルが目の前にいる。傍からみれば、これではどちらが本物かわからないだろう。

警戒を強める三人を横目に、スナイェルは口を開いた。

「顔を取られると何か不都合は?」

アギー首を横に振った。

「特にないよ。こんだけ話しているし、今更困惑して我を忘れるとかもないだろう?」

それもそうである。


やはり、あの絵本の内容は事実に基づいていたのかもしれない。


「ただ私らをはじめてみる人間は、そもそも鏡の顔を見た時点でパニックになりやすいみたいでね」

そんな話をよそにオルンは一人、そわそわしているようで落ち着きがない。


「この島からはどこが一番近い?」

「そうだね……岩の組を囲む諸島だな」

オルンに続くようにスナイェルも本題へ入ろうと口を開く。

「船とか……その、なんか来ていたりしないですか?」

「それは?フネ計画のことか?」


頷くよりも、目と眉で意思表示をした。アギーは先ほどの女性の顔に戻ると四つ目のジョッキを豪快に飲み干した。

「君らもフネ計画の信者なのかな?」

「そう見えますか?」

「いや!全く見えないね!」


「ここの島にはもう()()()()は来ましたか?」

「来てないさ、というか普通にこの島には辿り着けないと思うよ」

「……それじゃあ俺たちがイレギュラーなのか?」

パールはいつ貰ったのか、魚の唐揚げらしき物を頬張りながら言った。子猫のように食べている。


「船では来れないね。魚は別だ。海の生き物の()は騙せない」

それがどういう意味か、四人には理解できなかった。だが踏み込んで聞く雰囲気でもなくその場を濁した。


「ともかく君たちが気になっているのは私が敵かどうか……だね?」

「そういうことよ!」

間髪入れずアウルが言った。


アギーは笑いながら口を開く。

「そうだね、私は組織に賛同はしていないよ。ただ〈フネ計画〉を完全否定するつもりもない」


と言うと?


「君たちがどこまで〈フネ計画〉について知ってるのかわからないけど、あの信仰は今の〈板星〉に住む人々にとって救いになっていると思うんだ」


「〈板星〉の際果てから消えた島々の人々が、他の島に移住しているのは知ってるよ。その人達を受け入れるかどうかとか、反乱、乗っ取り、追い出し……色々問題を抱えてて、挙句の果てに組同士の争いも絶えないらしいね」

アウルは唱えるように呟いた。


「そこで現れた〈フネ計画〉!人々の拠り所が出来たわけだ。結果、一時は緊迫状況にあった組々が落ち着いたのも事実」


七杯目のジョッキを飲み干すとアギーは一息ついた。

「といっても……まぁ、良いところだけ見ていてもアレなわけだね?」


大変飲みっぷりの良い姉さんだ。


「信仰の自由を謳っていながらその裏で、反抗する組を潰してるって噂だ。実際、昨日まで人の住んでいた島が、今日には無人島になってたりする」


重い空気が流れ出す。パブの陽気な雰囲気と分離するような重み。

「もしこの島にも、組織が来たらどうしますか?」


「そうだね……どうかな?」

少し間を置くとアギーはまっすぐこちらを見て言った。


「とりえず、組織長の顔を拝借したいね。気になる噂もあることだし」


「その噂って……」

「アギー。そろそろお時間です」

急に後ろから声が響き、スナイェルは食べていた魚の燻製でむせた。がっしりとした体格の鏡頭が真後ろに立っている。


「悪いね。私も仕事をしないとだ。宿は用意させるから好きに休んでいくといいよ。旅の間の備蓄も用意しておくから」


アギーはあっさりと立ち上がるとパブを出ていった。


「もしやお偉いさんだった?」

リスのように頬張りながら、アギーの後ろ姿を眺めてアウルは言った。


あの様子。間違いなく〈フネ計画〉について何か知っている。この島に滞在する間に聞き出したい!


その後四人は近くの宿に案内されると、一人ずつ個別の部屋に通された。

通された部屋は絵本で見たモノとあまりにも似ており、おまけに案内してくれた鏡頭が、部屋の机に乗っていた銀製の剃刀を取って「あはは!仕舞い忘れてた」というので、スナイェルは生きた心地がしなかった。

案内係が部屋を出ていくと、部屋の中がとても静かに感じられた。


それよりも、とにかく

「しらべなきゃ……」


ここまでの航海の疲れが一気に出たのか、スナイェルはそのまま倒れこむように床の上で眠りについた。

外はすっかり夜空を傘にしている。



朝、よく通る鶏の鳴き声でスナイェルは眼を覚ます。

鏡の島に来て早四日。すっかりこの島に馴染んでしまっていた。


「きょう、こそ……!」

重たい目を擦りながらスナイェルは意気込んだ。

あれからというもの、アギーに会えず〈フネ計画〉の情報を聞き出せていないのである。


この三日、二手に分かれて島を調べた。スナイェルはオルンとともにアギーを探し、アウルとパールは島の実態を調べていった。


島について分かったことといえば、本来の目的地である〈岩の組〉からはそう遠くない場所に位置していることや、〈フネ計画〉について知らない人が多いことだった。

他の島から独立しているようである。


その報告が二日目の夜、オルンの部屋で行われた。

その時パールは具合が悪かったのか、顔色が悪くうつむいていたので早めに部屋に戻した。鏡頭と話している時から調子が良くなかったようだと、アウルはスナイェルに耳打ちした。疲れも出たのかもしれない。


だが、いつまでもこの島にいるわけにはいかない。

三人は二日後に島を出るべく、用意を始めたのだった。


「スナイェル、ちょっといいか?」

すでに島を出る準備を整えたオルンが部屋に入ってきた。

妙に神妙な面持ちである。

「どうした?」


「パールの様子、おかしくないか?」

「体調崩したって。アウルが言ってた」

「いや……それにしても、なんか。この島に来てから、あんなに暗かったか?」

「じゃあ……鏡頭と対峙して我を忘れたとでも言いたいの?」

スナイェルは小声で言った。


「いや、それはないとは思うけど……」


「大丈夫だよ。この島はもう出るわけだし、そもそも鏡頭がそういう生き物だって知っているわけだし!」


少し間をおいて何度か頷くとオルンは口を開いた。

「最後にアギーに何か聞けると良いよな」


二人は荷物を持って部屋の外に出ると、すでにアウルたちも準備を終えていた。パールもいつも通りの様子でいるのでやはり、それほど心配することもないように見える。

来た時の案内人から備蓄を受け取ると、四人は再び港まで案内された。


魚は〈森の組〉で出発する時と同じように、口を開けている。


アギーが少し離れたところに立っている。

「外からのお客さんは久しぶりだったから楽しかったよ!」

「ありがとうございました!」

「〈岩の組〉まではそう遠くないから、その備蓄で足りるはずだよ」


くそっ

周りにたくさんの人がいてなかなか訊けない。


「じゃあいこう!」

アウルは備蓄を魚の体内へと投げ込むと、早々に自分も入って行った。パールもその後に続くように入り、オルンは少し立ち止まった後口の中に入って行った。


やはりこれ以上訊くのは難しい。



「あ、そうそう……スナイェル」

三人が魚の中へ入った後、アギーはスナイェルの横に来た。

鏡の顔でこちらを見るため、ただ自分が映っているだけである。

「クロウに会ったことは彼ら、元より〈森の組〉の人間に言わない方がいいぞ」


「……なぜですか?」


「なんでも」


「忠告ありがとうございます。でも言うかどうかは俺の意思で決めます」


そうなるよね、真面目な君らしいと、アギーは吹っ切れたようにスナイェルの背中を叩いて前へ押し出した。力強いな!


「どこにも頼れなくなったらうちの島においで。魚を辿れば着けるから!」


スナイェルは会釈とぎこちないお手振りをした後、三人を追うように走った。

アギーのあれは勘だろうか?

クロウも似たようなことを言っていたような?


混乱する思考の中、徐々に組織へと近づいているように感じては緊張が走った。


「……俺、会ったのがクロウなんて言ったっけ?」



「アギー。あの坊主平気そ?」

「いつから聞いてた、セリス?まあいい。さぁね……〈森の組〉の人間は厄介だからな」

「サウラ姐さんもあいつらにやられたんだよね?」


アギーの顔は先ほどの女性の顔にすると、両手でゆっくりと顔をなぞった。

「でもこの顔を見ても何も言わなかった。本当に知らないのかも知れない」


「じゃあ今の子達は聞かされてないのかもね。というか、なんでその女の顔になるの?吐き気する」


アギーはごめんを二度繰り返しながら鏡の顔に戻した。

「ただ……アウルとかいう子は違ったみたいだったなぁ」


二人はスナイェルたちを体内に含んだ魚が海へ潜っていく様子を静かに眺めていた。

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