6 招かれて
あれから数日が経った。
背中の痛みは残っていたものの、動けるまでにはなった。度々子供たちがお見舞いに来ては食べ物をもって来てくれた。
アウルにはあれ以来会っていない。
まさかやられたり、クロウのように幻だったりということはないよなと、内心ヒヤヒヤしながらここ数日を過ごしていた。
まあそもそも、クロウが幻であったとは思ってもいないのであるが。
ふらりと部屋を出て中庭を歩いていると、アウルが日向ぼっこをしている。
なんともなく、大丈夫そうである。
「元気になったみたいで良かったよ。背中、だいぶ痛そうだったからね」
「なんとか……おかげさまで。もう授業に戻っているの?」
アウルの手元には何冊か教材が置かれている。
「旅に出る前に、子どもたちに教えたいことがいっぱいあってさ」
「そうか、忙しいんだね」
「お見舞い行けなくてごめん」
「……あぁ!全然気にしてない!大丈夫」
花びらが風で舞い。
……蝶が飛んでる。
「すんごい顔してるよ」
アウルは噴き出すように笑い始めた。
「虫は嫌いなんだ」
スナイェルは蝶を避けようと必死である。
アウルはしばらく笑ってから落ち着いたのか、深く息を吐いた。
スナイェルは悩みながらも口を開いた。
「クロウって知ってる?」
「ん?カラスのこと?」
「いやぁ……人?みたいなのの、名前なんだけど。森で、さ?」
「森?んー分からないなあ。この島の人のことはほぼみんな知ってるけど、そういう名前の人は知らないなあ」
「そっか……あの森のクマって狂暴なんだね」
「そうなんだよ!パールも指喰われたっていうし。あんまり森には入らない方がいいんだよね」
小さい頃は僕も食われかけたと、アウルは苦笑いをして付け加えた。
「何で話し合いするときわざわざ森に入ったの?」
「んーあまり島の連中に聞かれたくないことは、森で話すようにしてるからかなあ」
内緒話でもするように、スナイェルの耳元でひっそりと呟いた。
「はっ、思ったよりも闇が深そうだ」
スナイェルは呟いた。
アウルは笑いながら立ち上がった。
「今日は僕の部屋で話そうか」
「絶対それがいい」
スナイェルはアウルの後をついて、後者の中へと入って行った。
◇
「戻ったよ!」
アウルは扉を勢いよく開けた。
オルンとパールが床に座り、何やら話し込んでいた。
アウルの部屋には何枚か絵が飾ってあった。森でのこともあり、奇妙な感覚を覚えた。だが、そこに飾られていた絵は美しい景色の絵であり和やかなものであった。
その隣には、鈍器で叩きつけたような割れ目が目立つ鏡が飾ってあった。
これは、アウルの趣味なのだろうか?
「今後の作戦だけど」
オルンが口を開いた。
いよいよ〈フネ計画〉を追うのである。
「エマによると〈フネ計画〉の首謀者に詳しいやつが〈岩の組〉にいるらしい。まずそこに行く」
「それは詳しいんじゃなくて〈フネ計画〉を信仰している人とかではない?罠じゃなくて?」
スナイェルは口を開いた。
「エマを信じがたい気持ちはわかるよ。でも僕達には〈フネ計画〉の情報が少ないから、たとえ敵だろうと接触しておきたいんだよ」
アウルは言った。相変わらず落ち着いている。
「〈岩の組〉までどう行くんだ?あっち行くまでに、〈フネ計画〉を崇拝している島を通過しないと厳しいぞ」
パールは紙の地図を眺めながら言う。
〈岩の組〉という島は複数の集合した島の内の一つであり、他の島に囲まれるように存在していた。
「ボートなんか通ったら即刻捕まる」
パールは続けて呟く。
「〈岩の組〉の人に連絡を取って迎えに来てもらうとか?エマさんの知り合いがいるなら出来るんじゃない?」
「それは厳しいな。〈岩の組〉はその付近の島の中でも異質で、他の島の住人からも敵対視されている」
オルンは言う。
「じゃあ、何でこんなに他の島に囲まれているのに健在な訳?この島だけ〈フネ計画〉の信仰がないのは不自然だよ」
「〈岩の組〉の人は戦闘能力に長けているらしくて、後回しにしているとか聞いたことあるな」
アウルは言う。
「まあ……僕だったら、戦闘に有利になるように、先に〈岩の組〉の人を勧誘しに行くけどね」
確かになと思った。後回しとは少々ずさんな計画にもみえる。
考えれば考えるほど、船計画の首謀者はつかみにくい存在だなと思った。
いったい何を目的としているのだろうか?
「それで行く方法だけど。喰われてこうと思う」
「……はい?」
「うげぇ……まぁそれが一番生きて向こうにつける手段だな」
「確かにね」
さも当たり前のように言う三人にスナイェルは首を傾げた。
ねぇ!どういうこと⁈
◇
その後はあっという間に準備が済んだ。
特に持っていたものもなく、他の三人や島の子どもたちが準備を手伝ってくれたからである。
四人を惜しむように送別会まで催され、気付けば森の中にある水面についた。
この島に着いた時と同じ場所である。
そういえばクロウたちを見かけなかったなと思いながら、ぼんやりと木漏れ日を纏う霧を見渡した。
厳かな朝である。
四人それぞれ荷物を最低限で持ち、服装も幾分か地味なものになっていた。
パールはフードを深く被るも、隙間から覗く満月のような目が獲物を狙う獣のよう。
アウルは動きやすそうな服装で、少し幼く見える。緑色の目が森に溶け込むような優しい色をしている。
オルンも変わらず動きやすそうな服装で、髪は切っていた。切った後でも柔らかそうな天然パーマの髪は健在である。スナイェルがその髪をくしゃくしゃと触ると、髪の隙間にヘーゼル色の目を細めて控えめに笑うオルンがいる。普段のクールでぶっきらぼうな様子とはまた違う一面である。
スナイェルは用意されるがままに服を着、荷物を持ち、食糧の入ったバックを担いでいた。
清々しい門出である。
ではあるのだが……
「だから喰われるって何!?」
「デカめの魚の中に入って、そいつに〈岩の組〉まで行ってもらうんだ。大丈夫。間違って俺らを消化したりはしないから」
パールなりの励ましだろうか?グッとサインをしている。
「あまり大丈夫に聞こえないんだけれども?」
「ちょっと魚の匂いがきついかもしれないけど、慣れるよ!」
アウルは完全防備するようなビニールのレインコートのようなものを着たうえで、イカついマスクをし始めた。
「説得力がないのですが?」
「まぁ着くまでの辛抱だ」
まじかよ。
スナイェルはもろもろ諦めて三人に着いて行くことにした。
見送りにエマ、マリー、エディはいない。どうやらエディが勝手に着いてこないように、取り押さえているらしい。
そして「もし何かあったら援護する」と、送別会の時にエマに耳打ちされた。
もしもの時というのは、おそらく〈フネ計画〉の首謀者と戦って負けそうな時ということだろうか?
「ありがとうございます」と会釈をすると、エマは優しく微笑んでふらりと消えて行った。
海につながる小さな港の水面から、コポコポと泡が浮かび上がってきた。
スナイェルは水面を恐る恐る覗き込んだ。
黒より深い影が水面に見える。
もっと近くへと覗き込む。
大きな目
スナイェルは飛んで後ろへ下がった。
どこを見ているのかわからないようで、こちらをじっと見ているかのような様子。
「エマのペットの魚だ」
鯨に近いようだが、どうも深海魚のような不気味さがある。それにもかかわらず水面から頭をしっかり出すので、より奇妙である。
怪獣か何かのような咆吼と共に、四人の方へ口を大きく開けた。鋭い歯のようなものはないが何とも迫力があり、スナイェルは怖気付いた。
振り返って他の生徒たちを見たが、もう誰もいなかった。
いつの間にいなくなったのかと不思議に思っていると、木々の隙間にあの絵がある。
こちらの様子を伺っているようである。
見送りだろうか?
近づいてくる気配はない。
「行くぞ」
オルンが手を伸ばしている。
アウルとパールはすでに魚の口の中へ入ったようである。パールの悪態が魚の中から反響して聞こえた。
スナイェルはその手を取ると口の前に立つ。
二人はひらりと飛んで入り込み、奥へ滑り込んでいった。徐々に暗闇が濃くなっていくと、きつい魚の匂いがする。
それでもどこか温かみのある空間であったのが、スナイェルにはどうも不思議であった。




