2 森の組
「……ごめん」
夜の海の上。オルンは小さく口を開いた。
「オルンが悪いんじゃないよ。俺の方こそごめん……ありがとう、助けてくれて」
スナイェルは赤くなった目を細め、困ったような眉をさせて少し笑った。
──罪悪感
痛覚を介さない痛みを覚えた。
オルンはぼんやり広い海を眺めた。ボートは水面を切り開き静かに飛沫をあげる。
「……〈森の組〉に向かってる。スナイェルはそこで待っててくれ」
「オルンの故郷だね……どうして俺が留守番?」
「組織を潰してくる」
「んぇ?何言ってるの。いくら戦闘能力が高いからって……危なすぎるよ。それなら俺も行く」
「また巻き込むわけにはいかないだろ……お前まで」
『また』か。
巻き込まれた、などとは思っていないし後悔もしていない。
スナイェルが住んでいた〈港の組〉は元々閉鎖的な島で、〈板星〉で最も古く素朴な場所と言われていたが、実際は子どもが主体の能力主義の組だった。
組織の勢力が広がりはじめた頃、〈港の組〉にも組織の人間が集団でやって来た。内向的な人間相手に甘言と物資をちらつかせては、〈フネ計画〉に誘導しようとした。ところがそれを阻む者により、〈港の組〉では組織の計画が失敗に終わったのである。
港の学校の生徒である。
この学校では、学年の序列以上に能力が絶対の基準であった。
中でも戦闘能力に優れたオルン、統率と指揮能力の高いスナイェルは学内でも周りから信頼されていた。一方、ペルラは二人に比べると落ちこぼれと噂され、二人と一緒にいることを周りからはよく思われていなかった。無論、周囲の言葉など構わず三人は常に一緒におり、〈港の組〉では有名な三人組であった。
そんなオルン達は〈板星〉に広まりつつあった信仰を、鼻から信用していなかった。そこで他生徒と共に組織について調査をしていき、その実態を暴こうとした。オルンが先頭に立ち、細かい作戦をスナイェルが立て、それを献身的にペルラが支えた。
他生徒たちはペルラが気に入らなかったものの、実力のある二人に逆らえなかったこともあり、組織の調査に協力した。
その結果分かったことは〈フネ計画〉の概要。
信仰することで【向かいの世界】へ行くことが約束される。
それだけであった。
島にやってくる組織の人間から情報を取っても別の島へ調査に行っても、ほとんど無駄足を踏んだだけになったのである。
その頃どこからか、組織について嗅ぎまわっているとの情報が洩れた。何か秘密が露呈することを恐れたからなのか、はたまた別の理由か、本来の布教活動よりも荒く残虐な蹂躙となったのである。
きっとオルンはそのことを言っているのだろう。
「あの時俺が、組織のことを暴こうなんて言わなければ」
と……。
◇
海を渡ると木が鬱蒼と映える島がある。
オルンの故郷〈森の組〉である。
〈港の組〉とはまた異なる閉鎖的な島であり、少し異質な雰囲気を纏っている。
二人は口数少なくボートを島へ近づける。木々をかき分けるように進むと、ようやく港が見えて来た。港にすぐ辿り着けないこの構造は、敵が来た時すぐに迎え撃てるよう、監視も兼ねているのであろう。
水上ボートを港へ停めると、森林の中に迷い込んだような涼しさと心地よさがある。鳥の鳴き声が鋭く、柔らかく響く。
「学校へ行こう」
〈板星〉において、学校がそれぞれの組を治めていることが多い。〈森の組〉もそのようである。
〈組〉で最も権力のある学校の人と接触したいのだろう。知り合いにも会えれば好都合である。
ふらっ、と一人の少年。
歩き出した二人の前に現れた。
「オルン!学長が待ってるよ」
「エディ。背伸びたな」
エディはオルンの元へ駆け寄り、飛びついた。人懐っこく可愛らしい子だとスナイェルは微笑ましく見ていると、エディは冷えた目線をスナイェルへ向けた。
「オルンは俺のものだ」
と言わんばかりの牽制だろうか。
「かわいくねぇ……」
ぼそっと口にしたのをオルンは知らない。
「降りろエディ。流石に重いぞ」
「はーい、じゃあ行こ!」
エディはオルンの手を引っ張ると森の道なき木々の隙間を進んで行った。スナイェルは夏の暑さで汗ばむシャツのボタンを緩め、二人の後を静かに追った。
森林であるのに、微かに潮の匂いがする。この懐かしい感覚にオルンは心地よさを感じていた。白いフレアな、前にフリルの付いたシャツ。よい素材の短パンに、馴染んだ革靴を履いている。
オルンはまるでおとぎ話に出るお坊ちゃんだ。
だが二人とも先の乱闘で、服にはの血がついていた。
しばらく森を進んでいくと、違和感のあるほどに白い建物が見えてくる。〈森の組〉の学校である。なぜ木々に溶け込むような外観にしなかったのだろうとスナイェルは思った。
学校の前に一人立っている。黒地に金の刺繍が入った服を着こなす様子には風格を感じる。
エディはオルンから離れその人のところへ行った。エディは真っ白な地に金色の刺繍を纏っている。
「エディ、来客の彼をちゃんとお出迎えしたのですか?」
「しました……」
「本当に?」
「……」
少し年上だろうか。かなり落ち着いた様子で丁寧に話す。
「ようこそスナイェル。無礼を失礼します」
そう言いながらエディの頭を下げさせた。
「全然!平気です」
スナイェルはおどおどしながら答えた。
「おかえりなさいオルン。ちっとも前と変わりませんね」
「……そうですね。それよりエマはいますか?話があって」
「学長室に居るはずです。組織を追いかける仲間をここから連れ出すつもりなのでしょう?」
「まぁ……困りますか?」
「個人の意思に沿うものであれば構わないかと。学長も同じ考えです。一応」
その女性はサッと背を向け校舎へ入って行った。エディ、オルンがそれに続き、スナイェルも後を追う。
なんでも見透かされているような感覚に、スナイェルは気持ち悪さを感じていた。
校舎へ入るとすぐに視線が集まった。エディと同じ服を来た子ども達がこちらを見ている。日のさす校舎の所々に蔦の葉や花が蔓延る。
教室らしき扉が少なくなったところ。ぼんやり靄のかかる空間に机が見える。
誰か座っている?
「学長。オルンとその友人です」
「ありがとうエディ、マリー。下がっていいよ。スナイェルだね?ようこそ森の組へ!オルンもおかえりね」
さっきのはマリーであると知ってすぐ、学長と呼ばれた人に目をやった。エマというらしく、小柄で物腰柔らかい第一印象。黒地に黒の刺繍が施された服を纏っていた。
「学長。組織の討伐に、返却の必要がない何人か、有能な生徒をいただきたいです」
元々言葉足らずなところもあるオルンではあったが、あまりにも失礼な物言いにスナイェルは動揺した。
「君たちで探すといいよ。私は誰を連れていっても構わないからね」
「……あんまりでは?」
ようやくスナイェルは口を開いた。
見たところ、エディを除けば、この人達に自分は歓迎されているようだ。だがそれとこれとは違う。
「港の組の人とは昔から人命の扱いが異なるって言われてるけど、本当みたいだね。オルン、向こうで粗相起こさなかった?」
話しながら、クスクスとエマは笑う。
「あの組織は子ども数人でどうにかできるようなものではない!あなた方も知っているんでしょう?オルンも!……なんで?」
「スナイェル。我々は強い」
「だから精神論では……」
これ以上友達を失いたくない。
スナイェルが口を開くとエマ、まだ残っていたエディやマリーもこちらを獣のように鋭く見つめる。オルンだけは下を向き、いつになく項垂れている。
なんとなく話が噛み合っていないような……。
「少しうちを見学してみるといいかも。マリー、案内しておいてくれる?エディ、あなたは授業に戻っていいよ」
エマは目の奥を光らせながら優しく、催促するようにそう告げた。マリーは軽くお辞儀をするとエディの背中を押した。「わかってるよ」とモゴモゴ言った後、名残惜しそうにエディはどこかへ歩いていった。
「では行きましょうか」
マリーが素早く歩き始めるので、スナイェルはエマの方を睨むように見ながら、着いて行った。オルンもその後にゆっくりと続いた。




