表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィリオスルピアの夢  作者: 栗衣栗広
第三話 黒竜伝説
15/29

第15節 船旅、そして新たな出会い

 曇り空の下に広がる水平線。進めば進むほど視界は暗くなっていくが、伝説の帆船ジークフリートは勇敢に帆を広げて航海を続ける。

 日暮れが近いが、辺りが薄暗いのはそれだけが原因ではない。

 波はどんどん高くなってきていて、甲板の手すりまで飛沫(しぶき)が届く。

「また時化(しけ)そうだね」

 望遠鏡を覗き込みながら、眼鏡をかけた赤髪の学者キードが言った。

「波も荒れてきた。魔の海域が近いということか」

 それを聞いて、リアンは気を引き締める。

「魔物も出るかもしれないんだっけ?」

 剣を背に持って、いつでも戦える準備をした。

 隣では、黒髪をポニーテールに結った少女が、どこからか持ってきたデッキチェアに寝そべりながら、ココナッツの果汁を飲んでいる。

「雨が降るのですか。では私は部屋に戻ります」

「シファ、きみが一番くつろいでいるね……」

 船に不法侵入した本人だというのに。呆れるが、シファの唯我独尊ぶりは今に始まったことではない。

 それでも、港町で出会ったころと比べると、トゲトゲした感じは抜けてきている。少しだけ心を開いてくれているようで、それはうれしかった。

 荒れ始めた海を眺めて、セーラが不安そうに声を漏らす。

「これから渦潮が発生する海域を越えるのよね……大丈夫なのでしょうか」

 するとキードはセーラを安心させるように、穏やかな声音で答える。

「ジークフリートなら大丈夫さ。どんな荒れた海でも進むことができる」

「そうだ。嬢ちゃんは安心して、大船に乗ったつもりでいればいい。言葉通りな!」

 龍の頭を模した船首像が、ガハハと豪快に笑った。

 目的地は、リアンの父親であるガイルにもらった地図に記された場所。リアンはもちろん、セーラやキード、シファにとっても未知の海域である。


 まもなく雨が振ってきたため、四人は船の中へと戻った。もうすぐ嵐になるかもしれない。雨音が鳴り、波でぐらぐらと揺れる船の中。食堂のテーブルを囲んで、リアンたちはキードの持っていたカードゲームで遊んでいる。

「キード、外はだいぶ荒れてるけど、こんなことしていていいのか?」

 リアンの疑問に、キードは手札のカードを選びながら答える。

「ああ。さっきも言ったけど、この程度の嵐なら問題ない。本当にやばいときは、すぐにジークが知らせてくれる」

「本当にジークはすごいね」

「だけど、念の為に操舵できる私は寝ずに起きていないといけない。だから、こうして暇つぶしのカードゲームに付き合ってもらっているわけだ」

「うん……」

 それでも、こうも海が荒れているとなんだか心細くなってくる。なんせ、ここは大海のど真ん中。どこにも逃げ場はないのだ。とくに白いワンピースを着た金髪の少女セーラは不安そうで、さっきから口数が少ない。

「あの……」

 そのセーラが、カードゲームが一区切りついたときを見計らって、声を漏らす。

「どうしたんだ、セーラ?」

 リアンが気遣いながら先を促す。するとセーラは小さくかわいらしく笑いかけてくれた。

「こう天気が悪いと、心も参ってしまいますね。よければ一曲、(うた)いましょうか?」

 こんなふうにセーラが提案してくれるのは、貴重なことだ。吟遊詩人としての彼女の技能は、そう他人に安売りするものではないとリアンも思っている。だから、旅の途中も歌ってほしいと頼んだことはない。練習のためとかで彼女が自分から歌ってくれたときは、喜んで聞いているが。

 寝そべってそっぽを向いていたシファがぴくりと反応し、キードも嬉しそうに声をあげる。

「いいのかい、セーラちゃん」

「はい。わたしも(うた)を唄って気を紛らわせたいから。何かリクエストはありますか?」

 リクエスト。ずっとセーラの詩として聴いてみたかった題目があったので、リアンはおずおずと手を上げた。

「あのさ……ラスベル冒険記の詩を唄うことはできる?」

「ラスベルの……?」

 セーラは顎に人差し指を当てて少し考えてから、合点がいったように手を打ち鳴らした。

「リアンはフィリオスルピアに会うために、旅をしているのだもの。ね?」

「そうだったのか。伝説の霊鳥を探す旅とは、おもしろいね」

「ガキですね」

 肩をすくめるシファを、リアンは横目でにらんだ。

「ふふ。では、一曲唄わせていただきますね。――ラスベル冒険記」

 竪琴(ハープ)を用意したセーラが、綺麗な指で弦を弾く。

 太古の時代に活躍した勇者の演目。

 その音と声だけで、世界の色が変わっていく――。


 ラスベルは小さな村に生まれた、一人の青年。広い世界に憧れ、夢を求めて旅する冒険家になった。

 剣の腕に優れて正義の心に熱いラスベルは、人助けをしながら各地を転々としているうちに、やがて勇者と呼ばれるようになる。

 その旅の途中。ラスベルはエレナという美しくも心優しい少女と出会う。二人はすぐに恋仲となった。


 だが、しあわせな旅は長くは続かなかった。


 ラスベルの前に現れたのは、常闇の賢者。

 望むのは世界の破滅。

 夜の星々の間に存在し、世界を焼き尽くすという災厄の黒龍イリュードフレアを現世に呼び出すのが、彼の者の目的だった。

「あと少し……あと少しで、黒龍は顕現する。そのためには、巫女の命が必要だ!」

 霊石の巫女と呼ばれる一族の末裔であったエレナは、常闇の賢者に命を狙われることになる。


 賢者の追跡を避けながら、ラスベルとエレナがたどり着いたのは霊峰フィレニス。そこでラスベルは、霊鳥フィリオスルピアを見つけ出す。

 出会った者の願いを叶えるという霊鳥に、青年は願う。この一時いっときだけでも、世界を、そして大切な人を救うだけの力を、と。


 霊鳥の力を得たラスベルは、常闇の賢者に挑む。

 追い詰められた常闇の賢者は、自らのすべての魔力と命を捧げることで、黒龍の召喚を試みる。

 現世に出現した黒龍イリュードフレア。その人智を超えた存在を封印し、ふたたび闇の世界へと返すには、霊石の巫女の命と引き換えに儀式を行う必要があった。

 だが、ラスベルは諦めなかった。

 霊鳥フィリオスルピアの力を信じたラスベルは、強大なる黒龍に挑む。

 世界を焼き尽くし、あまつさえ世界を()み込もうとする黒龍。その絶望に、彼は勇気を持って戦い続けた。

 七日間にも渡る激戦の果て。

 ついにラスベルは黒龍イリュードフレアを封印することに成功した。

 世界を救った青年を人々は大いにたたえた。

 その後も、ラスベルの冒険は続いていく。生涯に渡り旅を続けた勇者は、数々の偉業を残していくのだった。


「物語はこれでお終い。……ラスベル冒険記、いかがだったでしょうか」

 ぽろん、と最後の1フレーズを鳴らして、セーラは深くお辞儀をした。

「素晴らしい演奏と詩だったよ。セーラちゃん」

 いつの間にか木のジョッキでお酒を飲んでいたキードが、大きく拍手をする。

 あまりの感動に、リアンは言葉が出なかった。

「最高だったぜ。嬢ちゃん」

 ジークフリートの声が、船室の外から声が響いた。

「くだらないです。世界が黒龍に呑まれてしまえばよかったのに」

 そう言いながらも最後まで聴いていたシファは、見るからに瞳が潤んでいた。

「ふふ。ご清聴ありがとうございました」

 セーラは満面の笑顔で言った。いつも控えめな彼女だけど、(うた)と演奏には絶対の自信があるのだろう。そういうところ、すごく素敵だとリアンは思ったから。

「……かっこいいな」

 そうつぶやくと、セーラが首をかしげる。

「ラスベルのこと?」

「あ、うん。やっぱり俺はラスベルに憧れているからさ」リアンはつい、ごまかしてしまった。

「……そうですね」

 そのときのセーラは、なぜか少しだけ悲しそうだった。

 それからリアンたちを乗せたジークフリートは魔の海を進んでいった。

 途中で何度か船が魔物に襲われたけど、そのたびにリアンたちは外に出て、時に雨に濡れながら戦った。戦いになったら、なんだかんだシファも協力してくれて頼もしかった。

 そして、ついに、地図に描かれた印の場所までたどり着いた。正確な位置はわからないが、このあたりの海域であるはずだ。

 そこには、ひとつの島があった。

 全体としては港町ターバパンくらいの大きさだろうか。孤島だ。遠く中央には山が見える。火山島なのかもしれない。

 望遠鏡を眺めながら、キードが言う。

「上陸してみよう」

 リアンとセーラはうなずいた。シファはどっちでもよさそうにくつろいでいる。

 やがて、きらきらと美しくきらめく砂浜が見えてきた。キードはジークフリートに指示を出し、岸から少し離れた沖合に錨を下ろして、帆を畳んだ。

 それから海面に小舟を出して、四人で乗り込む。

「まさか、こんなところに島があるとは……その地図は本当に宝の地図なのかもしれないね」とキード。

「未知の孤島……素敵ね。でも、何があるかわからないから……気をつけて上陸しましょう」とセーラ。

「宝ですか。まあ、(かね)はないよりあったほうがいいですからね」さほど興味なさそうなシファ。

 緩やかな波に揺られながら、小舟を漕いで砂浜へと乗り上げた。潮騒が心地いい。砂の中にきらめいていたのは、珊瑚や貝のかけらのほかにも、なんと極小の鉱石までが含まれていた。

 キードが砂を集めながら、ルーペで成分を調べている。

「これは……近くに鉱脈がありそうだ。中には宝石も混ざっている」

「キード、砂浜から宝石が採れるのって、やっぱ珍しいのか?」

「私が知る限りは初めてだよ。鉱石や宝石がたくさんあるのなら、それだけで宝島と呼べるかもしれないね」

 海風に揺れる金髪を押さえながら、セーラがシファに話しかける。

「綺麗な砂浜ね、シファ」

「はあ。まあ……」

「もし時間があったら、いっしょに泳がない? きっと楽しいわ」

「……考えておきます」

 シファはセーラに対してはそっけない感じだが、なんだか二人は意外と仲がよさそうに感じる。シファは前に「同年代の友達はいない」と言っていたから、接し方がわからないか、照れているだけかもしれない。

 未知の島に興味津々といった様子で手帳にペンを走らせながら、キードが言う。

「では、島の奥に進んでみようか。この砂浜を拠点にしながら、少しずつね」


 歩いて砂浜を抜けると、背の低い木がまばらに生えている、なだらかな緑の丘があった。

 陸地に上がってからずっと、揺れているような感覚に襲われている。船旅のあとは、必ずこうなるらしい。不思議な感じだった。

 先頭を歩くキードは旅慣れていて、一番年上ということもあり、自然と皆のリーダーになった。いわく、「私はフィールドワークをモットーにしている」らしい。

 緑の丘を越えると、突然、景色が大きく開ける。

 まばゆい日差しとともに視界に飛び込んできたのは、一面に広がる鮮やかな色彩だった。

 花畑だ。リアンは思わず息をのんだ。

 緑のキャンパスに広がる、赤、白、黄――紫、それにオレンジやピンク。そこは色とりどりの花が咲き誇る、花畑がどこまでも広がっていた。

「すごいわ!」

 セーラが感動して声をあげた。白のワンピースをなびかせて、花畑の中を駆け出す。

「……本当に、素晴らしい」キードが感嘆する。「苦労したけど、ここまで来た甲斐があったよ。リアンくんの地図のおかげだ。ありがとう」

「うん……」

 父さんが地図を託してくれたからだ。リアンは遠く離れた父に感謝をした。

 見渡すと、遠く丘の上まで花畑は続いていて。そこに、かすかに人影が見えた。

「誰かいる」

 引き寄せられるように、リアンはなだらかな丘の上へと、花々の中を歩いて行く。

 淡くさわやかな花の香りに包まれながら。頬をなぞる風を感じながら。

 人影は、近づくにつれて、その輪郭をはっきりとさせていった。少女だ。細い腕で、風になびく髪を押さえている。髪色は青だが、光を浴びるとオレンジ色にも見える、不思議な色合いだった。

 身につけているのは、この辺りの民族衣装だろうか。色鮮やかな花に囲まれた少女は、自身もまた花のように色彩豊かな服とスカート、それにアクセサリーをまとっていた。

「だれ?」

 儚げな声。びゅうと強い風が吹いて、花びらが舞う。少女がこちらを振り向く。

 奥底に青色の光をたたえた橙色の瞳と、視線が合った。

「きみは……」

 そう言いかけたまま、リアンは少女と見つめ合った。互いに息をのむ気配がする。

 風が止まったころ、少女がまた口を開いた。今にも消え入りそうなほど儚げで、だけど綺麗で澄んだ声で。ささやくように。

「見ない顔……それに、その服装……もしかして、島の外から来たの?」

 年齢は同じくらいだろうか。なんだかドキドキとした。初めて会った気がしなくて。

 少女は、頬を少し朱に染めて、リアンの返事を待っているようだった。

「うん。俺の名前はリアン、旅人なんだ。……きみは、この島に住んでいるのか?」

「旅人……そっか。旅人……」

 噛み締めるようにささやいてから、胸に手を当てて、少女は自己紹介をした。

「……あたしの名前はティア。もしかして、魔の海を越えてきたの?」

「ああ。嵐の中でも走れる船があるんだ」

 青と橙色の瞳のきらめきが揺れて、ティアがゆっくりとこちらへ歩いてくる。リアンも、彼女のほうへと足を踏み出した。

「すごい……あの海を越えて、島の外からここまで来る人がいるなんて」

「ティアは、ここで何を?」

「あたしは……」

 ティアはかがみ込んで、一つの花を手でそっと包むようにして示した。まだ(つぼみ)だ。

 花弁の色からすると、きっと空のように綺麗な青色の花を咲かせるのだろう。

 リアンも彼女の後ろから花を覗き込む。

「これは星蓮華(ほしれんげ)……他の花より、ちょっと開花の時期が遅いから、まだ咲いてはいないけど。あたしの好きな花なんだ」

「……そうなんだ」

「……満開になった星蓮華を、今年も見たいなぁ……」ティアは吐息混じりの小声で言った。

 そのまま無言で星蓮華の蕾を眺める二人。

 ティアが少し体を動かしたとき、隣で覗き込んでいたリアンの腕に彼女の肩が当たった。

 なんだか恥ずかしくなって、リアンが腕を離すと、ティアもまた先ほどよりも頬を染めながら、体を離した。

 そのとき、背後からキードの声がする。

「おーい、リアンくん! 突然一人でずんずんと進んでしまうから、みんなびっくりしたよ」

 どうやら、他の三人も追いついてきたようだ。

 セーラが笑顔で手を振っていて、シファは不機嫌そうに目を細めている。

「で、誰ですかそれ?」

「シファ、『それ』はないだろう。ティアだよ。この島の子なんだ」

 ティアは、やはり驚いた様子でリアン含める四人を見回す。

「リアン、もしかして……」

「ああ。この三人は、いっしょに海を渡ってきた……俺の仲間だよ」

「すごい……!」

 ティアは微笑んで見せた。それが驚くほど可憐で、不思議と見る者の胸を打った。

「島の外からこんなに人がやってくるなんて。……旅人さん、船旅で疲れたでしょ。あたしの住んでる村に案内するね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ