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『最強ババアのティータイム』シリーズ

最強ババアのティータイム


黒い稲妻が迸る。

山肌が削られ、地形が変わる。


その正体は、巨大な蛇の怪物だ。

只人では敵わない。


森は焼け、街が更地となるかと思われた、そのとき――


地上から青い光の柱が噴き上がった。


ぱりぱりぱり。

光に触れた瞬間、巨大蛇は飴細工のように崩れ去る。


光の源泉に立つのは、長い白髪に黒のゴシックドレス。

――この国最強の術師、“最強ババア”だ。



「今日も派手なんさぁ……!」


少し離れた丘の上。

黒髪の青年が地面に這いつくばり、戦いを見守っていた。

余波が静まると、彼は再びカメラを構えようとし――


「あたしゃ、撮影禁止だよ」


耳元で、やけにはっきり声がした。


ばきり。


「うわぁっ、俺の一年分のバイト代がぁぁっ!」


情けない声が響く。

その様子を尻目に、最強ババアは空の彼方へと姿を消した。



***


ヒールを響かせ、謁見の間に現れた白髪の老婆。

「困ります!」と制止する騎士たちは、彼女に近づいた途端マリのように弾き飛ばされる。


「十億ペリ。さっさと寄越しな」


「……承知した。すぐに手配を」


規格外の報酬要求をすぐに飲んだ王に、最強ババアはにやりと笑った。


「いい子だねぇ。あんたがまだ赤ん坊の頃から、見込みはあると思ってたよ」


不遜な物言いに、周囲は黙っていない。

「横暴だぞ! 今どき術師など、我々陸軍が――」


将軍の口が、ぴたりと閉じられた。

「おや、煩いと思ったら……ガー坊、あんたかい」


老婆の笑顔が冷たさを帯びる。

彼女が一歩進むたび、空気が凍てついていく。


「危うく村一つ滅びるところだったよ。反省しな」


額を軽く突かれた将軍は、白目を剥いて崩れ落ちた。


「金は早めに頼んだからね」


バタン、と扉が閉じられる。


――国王相手にも傲慢不遜。

最強だけれど性悪・強欲・捻くれ者。

それが、この国を千年守ってきた最強術師、“最強ババア”への人々の評価である。



***


人里離れた山奥に、小さな丸太小屋が1つ。

扉を開けた老婆は、大きくため息をついた。


「つっかれたぁああ……」


頭につけたヘッドドレスを剥ぎ取ると、リボンを解き、ボレロを放り投げる。

面倒な網紐とボタンを外し、豪奢な黒のドレスを脱ぎ捨てれば、みるみる老婆の姿が変化した。


干からびた白髪は、初雪を溶かし込んだように艶を取り戻し。

痩せこけた腕はみずみずしい血色を帯びる。


気付けばそこには、白いキャミワンピ姿の少女がいた。


彼女の名はシティ。

"今代の"最強ババアである。



へたり込んだソファの上から、シティはゆっくりと部屋の中を見回した。


テーブルには金糸と刺繍枠。

その向こうには、かつて師匠ゾゾアが腰掛けていたロッキングチェア。


片方だけ残ったイヤリング。

少し成金趣味な毛皮のひざ掛け。

豆から挽いて淹れていたコーヒー用のマグカップ。


どれも、世話焼きでやかましいゾゾアの気配を残している。

だが今は、それが余計に胸を締めつけた。


ズルズル、ズルズル。


クッションに突っ伏していると、静かな部屋に引き摺るような物音が響く。

音の主は、黒い布切れを束ねて人型にした使い魔――ハチだ。


「あ、ありがと」

ソファに倒れ込んだシティに、使い魔(ハチ)が湯気の立つマグカップを差し出した。


なんとか上体を起こし、白湯をすする。


ハチは、シティが脱ぎ散らかした衣装を集めて綺麗に畳み始めた。



「よしっ」


静けさを振り払うようにシティは重い体を起こし、裁縫箱を引き寄せた。


「うへぇ……あの刺繍、特にきついんだよなぁ」


今日の戦闘で、魔術補助のハンカチを使い果たしてしまったのだ。

強大な魔術には、下準備が欠かせない。


踊り木耳きくらげの干物。

妖精銀と、朝霞に漂うトカゲの毒腺。


いずれも目が飛び出るほど貴重で高価なものばかり。


「くっそう、あのバカ将軍。ちゃんと卵を処理しないから」

鼠算式に増える土蛇を放置したせいで、村が危うく壊滅しかけた。

結局、全てを殲滅するために大切なハンカチを使い果たしてしまったのだ。


ついイライラするも、一針一針、丁寧に。


魔力を通した銀糸は、僅かに光を纏っている。

正しく魔術を発動させるためには、一糸たりとも乱れは許されない。


時折、ハチが用意した堅パンを齧る。


(あと一ヶ月はかかるぞ)


そう思うとげんなりするが、それでもシティは針を進める。

口の中がざらついた。


(あったかいスープが飲みたいなぁ……)


師匠の手料理が恋しい。

自分は家事がからっきし。


(その分、魔術の天才だもんね……!)


できれば裁縫も、魔術が関係しなければご遠慮願いたい。

本来は、地道な構成魔術よりも「魔力でぶん殴る」タイプなのだ。



ことり。


足元に転がった小さな丸いもの。

――フィルムだった。

どうやら、ハチがドレスを払う拍子に落としたらしい。



『フィルムは、消して構わないっ!

けどカメラは勘弁してほしいんさぁ!』


情けない青年の声が脳裏に蘇る。

何が嬉しいのかあの青年、毎度戦いの場に現れてはシティを撮影していく。


今日だって、魔術の炎で燃やしておしまい、のはずなのに。



『写真は……最悪、残らなくてもいい。俺は、ただあなたを撮りたいだけなんさ!』


必死に叫ぶ青年に。

フィルムは没収、カメラは壊さず帰してやった。


(……変な人)


ついつい考え込んでしまう。


「……いけない。人恋しくなってるのかな。切り替え切り替え」


しばらく手のひらのフィルムを眺めていたが、そっと引き出しに片付けた。

目の前の刺繍に集中だ。



――――“最強ババア”にはいくつかの掟がある。

正体を明かしてよいのは、生涯でただ二人。

弟子と、最愛の人だけだ。


それは初代術師が定めた、最強であり続けるための魔術。

幾重にも魔力回路が縫いこまれたゴシックドレスの中でも、最重要の条項だ。


“人々が『最強である』と信じ続けること。”


その信仰こそが、最強ババアを最強たらしめる。

ゆえに術師たちは、代々その正体を隠し続けてきた。


だからこそ、写真はいけない。

映像は、時に余計な情報を与えてしまう。

最強ババアの代替わりが露見する。

そんな些細なきっかけは許されないのだ。




***


最強ババアは、ティーカップ片手にため息をついた。


(……なんで自宅なのにくつろげないわけ?)


遡ること、数刻前。

採取(出鱈目なステップで踊り狂う木耳たちと格闘)から帰宅したシティは、目の前の光景に頭を抱えたくなった。


自宅のポーチを彩るツタ植物。

瑞々しいブドウと共に"青年"が吊り下げられていたのだ。


「……あんた、どうやって来たんだい? ここら一帯、迷いの魔術をかけてあるんだがねぇ」


不審者捕縛の手柄を褒めてほしいツタ植物をなでながら、シティは困惑していた。


最強ババアの自宅は、深い山の中。

周辺の土地には魔術が刻まれ、強い信念がなければたちまち迷ってしまう。


「えーと……ババアの写真、撮りたいなって考えてたら、普通に着いたさ?」


(写真撮りたい、てだけでたどり着けたわけ!?)

とんだ執念だ。


そのまま捨ててしまおうと思ったが、しつこく懇願する青年の根気に負けた。

そして今、彼は偉大な術師の台所を借りる誉れに預かっている。


「おまたせさぁ!」

笑顔でキッチンから出てくる青年。

黒髪黒目の中肉中背。

どこから見てもただの平凡な大学生。


(刺客か、それともペテン師か……)


師匠がいつも言っていた。


『ここまで来る奴は大抵詐欺師。それも随分タチの悪い奴さ』



「ババア、おまたせ! 俺の得意料理、"そこら辺の野菜蒸しケーキ"さ。出来立てをどーぞ!」


前に並べられたのは、ほかほか湯気を立てるマフィンのような何か。


テーブルに、シティはそっと毒味の魔術を放つ。

――問題なし。


「野菜のケーキとはまた、変わってるね……」

オレンジの生地はカボチャかニンジンか。

小さくちぎり、口に含む。


(あ……甘い)


懐かしい甘さだった。

ころころ転がるジャガイモの食感が面白い。

優しくて、柔らかい。


懐かしい甘さが、さらにシティの記憶を呼び起こす。


『どうして迷いの術なの? 排斥術もあるのに』

詐欺師ばかり来るなら、道を塞いでしまえば良い。

幼いシティは、わけが分からず師匠に尋ねた。


『どんな術も完璧じゃあないさ。なら、敢えて綻びが分かってるものを使う』

ゾゾアは困ったような、けれども穏やかな声で語った。


『それにね、迷いの術を突破してくるのは、詐欺師だけじゃないんだよ』


少し遠くを見つめるゾゾア。


『大馬鹿者さ。たまにいるんだよ、ここまでやってくるお馬鹿さんがね』

そう話す師匠の目は、何かを慈しむように優しい色をたたえていた。



――「……ババア、ねえ、ババアってば?」

騒がしい声がシティの意識を引き戻す。


こちらを窺うように、青年がじっとシティを見つめている。


「なんだい、あんた。レディの食事をジロジロ見るんじゃないよ」


「……もしかして口に合わなかった? 」

ピシャリと言われ、叱られた子犬のように落ち込む青年。

その姿は、なんだか憎めなくて。


「……まあ、悪くはないじゃないか」

ぽつり、シティはこぼすと、さらに一口、ケーキを口に運ぶ。


「まじ? 良かったぁ……!何作るか迷ったんさ」

小躍りせんばかりに喜ぶ青年。


「それで、何が目的だい?」

厳しい視線を向ければ、青年は居住まいを正した。


「ババアの写真を撮らせてください!」

「却下」


取り付く隙もない返事に青年は項垂れた。

目を潤ませてこちらを見ても無駄。


「じゃあさ、じゃあさ。明日も来るからさ。考えてみてよ」


全くめげない様子の青年に。

一体目的はなんなのか。

警戒するも、ついこう思ってしまうのだ。


(この人が、ただの大馬鹿者だったら良いのに……)



***


"透明型ステルスタイプが現れた"


その報告を期に、戦闘は激化した。


透明型蛇――それは師匠の仇敵だ。


視認性が低い上、おそろしく進化が早い。

それが非常に厄介だ。

兵器に、術に、戦略に、すぐさま適応し穴を突く。

そんな進化を遂げてくる。


初代様謹製の使い魔。

亡き師匠が遺した解析術。

そして天才と自負する己の魔力。


すべて合わせてもまだ足りない。

まだまだ自分は未熟なのだ。


本来は見習い期間のはずのシティ。

先代急逝のため急遽"最強ババア"の重責を背負った彼女に、泣き言は許されない。

術の研鑽、魔道具の修繕。

準備に戦闘に、シティの毎日は多忙を極め――



『最強ババアは強欲女!? 国防費として巨額の追加請求!!』

『兵士の成果を横取り? 傍若無人な術師の振る舞いに陸軍将校も辟易』


深夜まで戦闘が続き、疲れ果てた翌朝に。

トーストをかじりながら魔法薬を調合するシティに、使い魔が差し出した新聞。


1面に躍る文字に、シティは朝刊を握りつぶす。

そのまま煖炉の炎に投げ込んだ。


孤独と疲労が積み重なって。

着実にすり減る少女の心。



カラ コロン。


けれども釣鐘草が、孤独な彼女に来客の知らせを奏でるのだった。



***

こんがり米粉のガレットに、少しいびつな芋団子。

ざくざくアップルクランブルに、濃厚ミルクの窯出しプリン。


あれから季節が一つ過ぎ、魔女のティーテーブルは様々な菓子に彩られた。


「ねー、ねー、ババア。今日の写真、どうだった?」


すっかり紅葉した庭木の下で、本日のおやつは無花果タルト。

プチプチ食感を楽しみつつ、シティの手の中の茶封筒を見つめていた。


中身は写真。

『見せて良いのは本人だけ』のルールの下に、ようやく許可の下りた1枚だ。


「バシュってやって、最後シュワワーなったとこ。ばっちり撮れてるよ」

「……あんたに語彙力がないことは、よーく分かったよ」

撮影となると熱意全開な青年に、シティはほとほと呆れ声。


「あんたじゃなくて、"ルシニウス"。ババアは特別"ルン"って呼んでもいいんさ!」

最強ババアを前に、よくもこう軽口をポンポンと。


すっかり魔女の小屋の常連となったルシニウス青年は、シティの感想を浮き足立って待っている。


どうしてこうも写真にこだわるのか。

あまり気乗りがしないまま、封筒から小さな紙片を取り出し――途端、情報の波に呑み込まれた。


淡く弾ける水と泥。

地盤が割れる轟音に、むせ返るような土の匂い。

震える大気はピリピリと、魔力が大きく吹き荒れる。

はためく白髪とゴシックドレス。

まっすぐに伸ばされた腕が今、青い空を切り裂かんと――


切り取られたその小さな瞬間に、色だけでない。

音や動き、激しさ、そして力強さが封じ込められていた。


(私は。"最強ババア"は。こんな風に見えてるんだ)


良かった。

私は強く見えるんだ。


――でも良かった?

歴代最強ババアは本当にこんなもの?


「……ババア。もしかして、気に入らなかった?」

無言のシティを心配したのか、青年が顔をのぞき込む。


「はっ。駄目駄目だね。あたしゃもっと"強く"撮れるはずだよ!」

ばっと上げられた顔は、いつもの傲慢不遜な最強ババア。

その青い瞳に見つめられ、青年は満面の笑みで請け負った。


「任せるんさ! 次こそ最強のババアを撮ってやるよ!」



***


ふんわり甘い、バニラの香り。


(今日はなんだろう……?)


気づけばこの時間が待ち遠しい。


正体を隠すため変身姿は解けないが、重たいドレスも苦にならない。


ひとり、少女姿で過ごす時間よりも、偽りの姿で淹れてもらうお茶を飲む時間の方が――

息がしやすいのは何故だろう。


運ばれてきたのはドルチェ・ピザ。

薄い生地に、チョコレートと砕いたナッツがのっている。

サクリとかじれば、シティ好みの控えめな甘さだ。


カシャリ


いきなり撮られて睨むシティ。

「フィルムは入ってないから。怒らないでよ」と悪戯っぽい笑みを浮かべる青年。


シティの指先に魔術の気配を感じ、慌ててルシニウス青年は話題を変えた。


「ハチだけしか見ないけど。他にも使い魔はいないの?」


カチャリとカップを降ろしたシティは、一息ついた。

心の動きを決して表には出さないように。


「なんでそう思ったんだい?」

ゆっくり問い返す。


「いや、昔見たのとちょっと違うなって」


ハチは――シティの使い魔の魔術は、不完全だ。

初代様が、後輩たちに課した"使い魔作成"。


静かに皿を片付けるハチは、ゾゾアの作品だ。

その身体の中には、八枚の黒い布が収められている。

――それぞれには、先代たちが遺した魔術の精髄が刻み込まれているのだ。


(キュウちゃんは、未だにただの布切れだ……)


自分の使い魔を作るどころか、先代達のを使いこなしすらできていない。

喋れないハチを見る度に、自分の至らなさを突きつけられる。


「ま、俺も小さかったしな。あん時はありがとな?」


ポンポンと親しげにハチの頭を撫でる青年。

彼にとって、最強ババアはヒーローで――


(……それ、師匠のことだよね)


今日も情熱的に写真を語る青年を前に、シティの胸はチクリと痛んだ。




***


夕刻の街が、やけに騒がしい。

買い物カゴを抱えた主婦、仕事を終えた役人――

大通りのあちこちに人だかりができ、誰もが何かを覗き込んでいる。


気になったシティは、高度を下げた。

王城に寄った帰り、いつもと違う街の様子が気になったのだ。


(役人の不祥事か、はたまた鉱脈でも見つかったのか……)


遠見の術を発動し――


シティは言葉を失った。



それは、夕刊の第一面。

モノクロの紙面に、優雅にお茶をすするドレス姿の老婆がひとり。


最強ババアのスクープ写真だ。


『国民の金で飲む茶はうまい? 最強ババアの素顔に迫る!!』


続く根も葉もない出鱈目な記事。

いつも通りだ。

こんなものには慣れている。


けれども――


写真の中で、穏やかに微笑む自分。

映像が加わることで、適当な文字の羅列が一気に自分を。

この国一番の神秘的な術師を、ただの老婆に貶める。


(彼が……)


なにも驚くことはない。

ルシニウス青年が、マスコミに写真を売ったのだ。


「結局あなたも、詐欺師だったってわけ」


誰にも聞こえない空の上。

ポツリと呟くシティの心に、暗く渦巻く感情が吹き荒れていた。



***


いつかのフィルムは、手の中で青い炎に包まれた。

最強ババアを冒涜した人々よ、魔女の報復におびえるがよい。


「編集長! 市民たちの抗議デモで、外に出られませんっ」

2階の局長室。べチャリと窓ガラスが赤く染まる。

誰かがトマトを投げつけたのだ。


「局長、なんとかしてください! この地獄から出ることもできない!」


廊下で爆竹カボチャが弾け、カサカサ虫が這い回る。

逃げ惑うスタッフ達で、編集局は阿鼻叫喚。


「うるさいっ。君のせいだろうが……!」

抜け落ちた髪を握りしめ、局長は涙した。


街には小型の蛇が迷い込む。

街の周囲に何重にも打たれた杭の魔法陣。

最強ババアの丁寧な修繕があってこそ力を発揮するのだが――


ほんの少し、手を抜いた。


脅威は低いものの、これまで完全に守られた街の中央に蛇が出た。

それだけで街はすっかりパニックだ。


「最強ババアを怒らせたんだ」

「責任者は謝れ!」


皆が悟った。

ババアの怒りに触れてしまったと。


当面、新聞記事が最強ババアを中傷することはないだろう。


けれども、シティの心は晴れなかった。


「彼の記憶改ざんを……」


青年に、罰をくださなければならないのに。

術の行使に躊躇った。


(本当に、彼がやったの……?)

優しい甘さ、温かな時間。

それら全てが偽りだったと認めたくなくて。


だから排斥術を使った。

もう一度、青年の顔を見るのが怖かったのだ。



***


燃えた畑、崩れた家屋。

涙と絶望に覆われた村に、最強ババアは現れた。

術師の手の一振りが蛇を砕き、その歩みが炎を鎮める。


いつまでも泣いている俺の頭を、誰かが撫でた。

顔を上げれば、真っ黒な人形が。

ぎょっとする俺に、人形は前を指し示す。


青い風が村を包む。

気づけば煤だらけの村が、一面の花畑。


以来、最強ババアは俺の憧れだ。

憧れの影を追い続け、ついに出会ったその人は――



出禁にされた。

それもこれも、俺が悪い。全面的に悪い。


写真を撮って良い。

それだけでも十分だったのに。


浮かれていた。

憧れの人と、一緒に過ごして写真を眺める。

ずっとこんな時間が続けば良いのに。


いつもは自宅で作業していたが、先日は部室で現像した。

急いで見たかったし見せたかった。

そして見落とした。


印刷所を駆け巡り、なんとか回収したものの、既に一部が出回った後。

"彼女"は許してくれないだろう。


けれども俺は心配だった。

一緒に過ごした最強ババアは、やっぱり強くて、けれど時折感じる違和感。


初めて写真を見せたとき。

紅茶の甘さ加減が丁度よいとき。

針仕事に飽きが来たとき。


時折現れる"彼女"は、一体誰なのだろう……。


とにかく今は会わないと。

会って、謝って、側にいさせてもらわないと。


風の噂では、蛇による軍の被害は甚大で、最強ババアも毎日のように戦いの場に現れるそうだ。


最強ババアは誰より強い。

俺なんかいなくたって、何の問題もない。

むしろ、足手まといでしかないはずだ。


けれど、けれども、直感する。


「ひとりは、駄目なんさ……」


魔女の小屋には近づけない。

何度山に踏み入れても、同じ場所に戻ってしまう。

ならばと、規制線を掻い潜り最前線へ。

兵士に見つかり、こっぴどく叱られた。


垣間見えた"彼女"が心配で、打つ手もなく何日も魔女の住む山の麓を彷徨う俺の前に――


黒い人形――使い魔(ハチ)が現れた。




***

波が打ち付ける崖の上。

最強ババアは、苦戦していた。


『気を付けな! 透明型は意識の間隙を読む。集中するんだ』


師匠の言葉が蘇る。

もはや足手まとい(ルシニウス)をかばう必要もなくなったのに。


「ちっ」

ゴシックドレスのリボンがちぎれ、腕が浅く刻まれる。


(ゾゾアが付けてくれたリボン……!)


すかさず背後からの噛みつきを、シティは辛うじてかわして思う。


(嫌な敵だ……!)


大事な物を狙い、悪い記憶を呼び起こす。

ステルス蛇は確実に、シティの意識の死角を突いてきた。


人里への被害を避けて、わざわざ敵を誘き出したこの場所で。

突然、場違いに響く呑気な声。


「ババア!シャッターチャンス頼むんさ!」

「ルン!?」


シティは驚きに目を開いた。

青年が、黒竜に変身した使い魔(ハチ)の背に乗って、カメラを構えている。


「ババア、早く!」


あんなことがあったというのに、性懲りもなく見せ場を求めてくる青年に。


「はぁ……。格好悪いところは見せられないね」


問い詰めるのは戦いの後。

土産の内容によっては、釈明の機会を与えてやらんこともない。


敵に向き直ったシティの瞳に、揺れはない。


(色々考えるのはやめだやめ。とりあえずぶっ放す!)


容赦のない青の光線が、岩を抉り、崖を砕く。

迷いのなくなったシティは、歴代最強の魔力を以て、敵を全力で叩き潰す。


ならばと、敵は青年を狙うが――


「端からそっちを狙ってくるのは分かってたよ」


シティは慌てない。

こうなることは予測済み。

予めルシニウスに守護術を仕込んでいたのだ。


()()の検出……解析完了だ」


同時に、解析術が完了。

一帯すべての敵に向かって青光が降り注いだ――



***


「それで。約束破りの言い訳は」

「あの写真は、その……」

魔女の小屋の前庭で。

青年は地べたに跪き、許しを乞うていた。


新聞記者への流出は事故だった。

けれども、


「隠し撮りとはね。しかも外に持ち出した、と」

葉が落ちすっかり淋しくなった庭木の下で。

紅茶を啜り、青年の言葉を待つ。


「……たんさ」

「……は?」


なかなか歯切れの悪い青年が、ついに絞り出した言葉に耳を疑った。


「可愛かったんさ!どうしても、宝物にしたかった」

聞き返されて、ヤケクソで叫ぶルシニウス。


思わず撮った。

現像したら捨てられなくなった。

大事に仕舞って持ち帰ろうと思ったら、いつの間にか盗まれていた――


ルシニウスが何かを必死に話している。

けれど、シティの耳には入らなかった。


(可愛かったって……なによ)


ぐるぐると、同じ言葉が頭を巡る。


(バカだわ、本当に馬鹿者だわ)


夕日に照らされてるからだろうか。

目の前の青年の頬も、赤らんでるように見えるのは。



***


『最強ババア、今日も火炎蛇に圧勝!!』

『殖えた土蛇も一網打尽、最強ババアは最強だった!!』


最強ババアを讃える記事に、添えられた写真。

人々は、その「力強さ」に魅入られる。


今日も最強ババアはティータイム。

新聞片手にお茶を嗜むシティの元へ、トレーを持った青年が姿を現した。


「ババア、どう? 今回の写真。炎がゴゴッと熱いんさ!」

「ま、これを見て想像力の少ないやつらも、私の苦労を欠片でも感じてくれたらいいさ」


得意げに話す青年に、シティはなんとも気のない返事。

渡された蒸しパンは、小豆が載ったきな粉味。


(うん、ちょうどよい甘さだ)


もぐもぐ口の中で味わっていると――


カシャリ。


「……フィルム寄越しな」

「だ、駄目さ! 写真はこの家から出さないから」


青い瞳に冷気が宿るのを見て、青年はカメラを抱えて逃げ出した。


「全く、懲りない奴だね……」

発動しかけた魔術を消して、蒸しパンの残りに取りかかる。

なんだかんだ、シティは青年に甘いのだ。




「危なかった。おっと、そろそろお茶のおかわりだ」


キッチンに避難した青年は、お湯の準備。

すっかり冷え込むようになった今日この頃、ババアが風邪を引いたら大変だ。


戸棚から茶葉と砂糖を出した青年は、こっそり後ろを確認した。

隠し戸からそっと取り出したのは、一冊のアルバムだ。


「これは誰にも見せたくないんさぁ」

お湯が沸くのを待つ間、眺めるのは『最強ババアの日常写真』。


それは、彼だけが見れる"特別な1枚"。

幸せそうに蒸しパンを齧るババアの写真。


その姿の向こうに青年は――少女の姿を幻視する。





『最強ババアのティータイム』短編読切り版、お読みいただきありがとうございました!


本作の後日譚を、『最強ババアのティータイム〜八人の魔女編』として公開中です。


連載版では、亡き師匠のゾゾア、シティとルン青年のその後、使い魔ハチと新作キュウちゃん、そしてシティの新たな弟子などを描いていきます。

短編で垣間見えた“彼女のその先”を、ぜひ覗きにきてください。



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― 新着の感想 ―
xからきました! 青年はシティに対し恋心を抱いているんですかね。シティはこの話の時点ではそこまででもないような、まだ気づいてないだけのような…。 そして「最強であるための魔術」が程よく二人の壁になっ…
連載作品を読みかけたところで、こちらが先のお話だという説明を見て、まずこちらを読ませていただきました! 歴代継承している『最強ババア』。 けれど実はまだ少女であるシティがその姿に化けているだけ…という…
魔女と騎士、陸軍と新聞社、そしてフィルムカメラの混在した世界観は19世紀前半ぐらいのイメージでしょうか。 人々の畏怖が力に還元される理のある世界で、台頭しはじめるマスメディアは諸刃の剣で……という硬い…
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