とある侵略者の誤算(ショートショート)
俺は、アザリザント星人。たった一人で、地球を征服にやって来た。でも実際のところ、来るのは嫌だったんだ。
「こんな辺境の星を征服する意味って何なんだ?」
そう思ったからだ。
だが役所の上司から「この任務を成功させるための人材は君しかいない」と押し切られ、まぁ、そこまで言われちゃあ仕方がないと引き受けた。上司から嫌われていると感じていた俺からすると、嬉しい話でもあったのである。
アザリザント星人の征服方法はスマートだ。まずは、星の住人に寄生する。そして頭脳から多くの情報を得た後に、最適な征服計画を作り上げるのだ。
次に寄生体の脳の構造から、最も効率的な催眠電波を作り出す。アザリザント星人には、そんな能力もあるのだよ。もっとも、自由に操れるのは千体くらいだけどね。
となれば、まず誰に寄生するのかが、作戦成功のカギとなる。影響力のある者に取りついた方が良いのは言うまでもない。だが星の指導者に、いきなり寄生するなんてまず無理だ。寄生してしまえば催眠電波が使えるようになるとはいえ、最初に誰に寄生するかが重要となってくる。
だが俺は、その目処も既につけていた。
年季の入った小型宇宙船で地球へ潜入した後、とりあえず俺は星を駆け巡る電波を、宇宙船のコンピューターでおおまかに分析した。勤め先である役所の個人端末で事前に調べてはきていたから、まぁ、補足程度のものではあるが……。
案の定、それは住人の脳みその中身に比べれば微々たる情報量だったし、何より断片的だった。しかし俺はその中から、非常に有効な情報を手に入れたのである。
妙案を思いついた俺は、狙いを定めた地球人に無事寄生した。
「ば、化け物! すぐに、その子供の頭から離れろ!」
それが俺と俺の宿主を見て、地球人が初めて発した言葉である。
まぁ、”化け物”ってのは、理解出来んわけでもない。生物学的に遠く離れた存在であれば、そう感じるのは仕方がない。俺だって、地球人の事を化け物だと思っているのだから、文句を言えた義理ではない。
だが思った通り、奴らは俺に手出しが出来ない。
なにせ情報によれば、地球人にとって「子供」とは、特別な存在らしいのだ。
生まれてから二十年近くは、自分で労働しなくても養われるというし、大抵の事は大目に見られているらしい。生まれて一年も経てば、自分の食い扶持は自分で得なければならない我々とは大違いだ。
更に驚いたのは、同族を殺しても、子供は大した罪には問われずに済むらしい。これには、本当に驚いた。アザリザントでは、年齢によって罰が左右される事はないからだ。あくまでどのような被害が生じたかが、刑罰の基準となる。
そう言った事を考えあわせれば、地球人に取って「子供」とは、それほど価値の高い存在であるわけだ。
よって、俺が寄生したのが地球人の成体であったなら、今頃、俺は宿主とともに葬り去られていただろう。だが俺は「無敵」の存在にとりついたのだ。やられるはずがない。生後五年の地球人に感謝感激雨あられである。
征服成功の確信を得た俺は、少しずつではあるものの、段階を踏んで着々と星の重要人物たちを催眠電波で言いなりにしていった。そして、お互いに争いをするよう仕向けたのだ。
これが、星を占領する常套手段である。星の住人同士を戦わせ、そして疲弊した所でいともたやすく支配する運びとなる。
だが、予想外の事態が発生した。
連中の間で、戦争が起こったのだ。いや、それ自体は問題ない。こちらが、そう仕向けたのだからな。しかし奴らは「核兵器」とかいう、星を汚染しまくる武器を使い始めたのだ。
そんな話は聞いていない。というか、俺が寄生した地球人の頭の中には、そもそも核兵器なんて情報はなかった。この星の戦争は、人型をした大きなロボットや、空を飛ぶ戦艦が行うものであり、構造物は破壊しても星を汚染するなんて情報は皆無だったのに!
だが現実は、俺の疑問をあざ笑うかの如く星を破壊し、汚染し続けた。コンピューターで改めて調べてみると、兵器がばらまく放射能というものは、アザリザント星人に対しても非常に危険なものだと判明した。もしそれでも、核兵器とやらの情報が事前にあれば、対処のしようもあったのだが、今となっては手の打ちようがない。
俺は断腸の思いで、征服を諦め帰投する決心をした。だが、そこでも予想外のハプニングに見舞われる。宇宙船の様々な機器が放射能の影響を受け、うんともすんとも言わないのである。放射能をガードする仕組みが未搭載なのだから、当然と言えば当然だ。
おかしいな……。
荒廃した異星の丘で、宿主と共に死の時を待つ俺の脳裏に、とある疑問が浮かびあがった。
星を死滅に追いやるほどの兵器の情報が、役所のコンピューターにないわけがない。それにそのような兵器があるのであれば、地球に着いた後に調べた電波の情報に、それがないのはおかしな話だろう。コンピューターに、何か”不具合”でもあったのか……。
放射能の情報が事前に分かっていれば、宇宙船にだって、それなりの防御策を施せただろうに、これは一体どういう事なのだ?
遠のく意識の中で、俺は役所で使っていた個人端末へ送られて来た情報を、ふと思い出した。それには「早期退職者募集」とあったのを記憶している。アザリザント星において労働者は手厚く保護されており、特に役人の給料は抜群に高い。それに滅多な事では、首を切られない仕組みである。
もし役所が、俺をリストラしたいと思っていたら……。
そんな考えが、ふと頭に浮かんだ。俺が将来もらうはずの給料や退職金。そして、募集のあった早期退職に応募した場合の割増金。それらに比べたら、俺が乗って来た小型の中古宇宙船の価値なんて知れたものだろう。
おまけに俺がヘマをして惑星を汚染させてしまったと判断されれば、家族に弔慰金も出ないし、年金も取り消しになるだろう。役所としては、バンバンザイという話になる。
今度の任務を引き受けた時の上司の顔。それはかつて見た事がないほどの、満面の笑みだった。あれは、そう言う意味であったのか。
俺は、上手くいっているとは言えない家族の顔を思い浮かべた。そこには俺の多額の死亡保険金を得て、ニコニコしている女房、子供の顔がある。
……ハハハッ!
最後の瞬間、俺は余りのバカバカしさに、あらん限りの大笑いをした。
【終わり】