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第9話:〔獣と人と羊たち〕

 シェオルは獣人と友好関係を結ぶために惑星メルタを訪れた。ハヤトたち合同調査隊はメルタに建設中の首都メルタシティの安全のため、シープの巣を破壊するが、溢れたヒツジたちは巨大なラミアに融合を遂げた。

 〔反転攻勢!〕


 オルトアーク領での会談を終えた1隻のガルム級駆逐艦が地上に起きた異変に気づいていた。エンジン不調のために軌道に上がることができず、居住層を中心に建設中のメルタシティに向かっている最中のことだった――。


「あいつらエンジンにゴミでも詰めたんだろな」


 予定通りヴァンドラに帰れないことを知り、黒巻副長は席に座ったまま不機嫌そうに足を鳴らしている。


「もう少しだけ長居できますね!」


 毒づく副長とは違い、シェオルは楽観的に考えていた。獣人とも良い関係を築けそうな状況で、これ以上の懸念点は今のところ存在しない。指揮所の手すりにもたれながら外の風景を存分に楽しんでいた。


「獣人や得体の知れない生き物がいるのに? 夜にはビーストが出てくると聞きましたが?」

「街の中にいれば安全ですよ! 獣人たちはそうやってずっと生きてますからね〜」

「だといいけど。あぁ、今日の会議は無断欠席ですなぁ」


 副長は時計を確認するなり悪態をつく。そんなとき、階下のコンソールが警告音を発する。


「座標E-773に多数の熱源反応! 再構築シミュレーションの結果。出ました。これはシープです!」


 オペレーターが艦橋の高台に立つシェオルを見上げて報告した。


「作戦本部から緊急連絡。調査隊が交戦中との報告あり!」


 さらにヘッドセットに手をかけ、新たな情報を読み上げる。船体が大きく揺れた。遠くで大きな煙があがっている。


「いまのは?」


 シェオルは手すりにつかまって突然の衝撃に困惑する。彼女の元に専属の護衛が駆けつけ周囲を警戒した。


「何事か!」


 黒服が身構える。返ってきたのは下層オペレーターの声だった。


「右舷方向、距離30キロにラミア出現! 揺れは爆発地点からです!」

「両舷に煙幕展開! 急速下降!」


 状況を把握したシェオルは回避行動を命じた。というのもラミアは数ある地上種の中でもとくに厄介な種類だからだった。通常攻撃が通りにくいシールドがさらに強化された特殊個体で、大気圏外まで見通す並外れた視力まで持ち合わせている。


 駆逐艦は各所の発射筒から煙弾をばら撒いた。白い煙がすだれのように地上まで覆い隠す。煙幕に合わせて芝に覆われた大地をめざした。さらに警報が鳴る。避ける間もなく太い光の線が船体を照らした。炭酸が弾けるような音がして更なる衝撃と爆発音が艦内に響く。


「船体中央に直撃! 弾薬庫及び、格納庫に火災発生!」

「自動隔壁閉鎖を確認! 延焼ありません」


 艦橋は戦闘態勢に変わっていた。オペレーターたちはそれぞれ最大の働きで対応している。シェオルは左腕のリストバンドに固定した小型端末で周辺の地形図を把握しながら次の策を考えた。その間にも拡散した光線が艦の位置を探るように煙幕を刺してくる。艦の居場所を探り当て、数回にわたって光が船を貫いた。高温の熱光線が船体を溶解させる。


「エンジンパワーダウン! 敵に位置を捕捉されたようです!」


 乗組員の逼迫した声に手に力が入る。シェオルは決断を迫られていた。乗組員が集まるコンソールだらけの無機質な階下は火災に見舞われ煙に満ちていた。


「映らない。故障か? うわあっ!!」


 計器の状態が不安定になり、レーダー員がパネルを手で叩くとコンソールが爆発して煙を上げた。


 多数の高圧熱線を浴びたことで艦橋の機器が許容量を超えた。バリバリと音を立ててショートしている。あちこちの配線やコンソールから火花が散る。それまで足を組んでくつろいでいた黒巻副長の画面も内側から破裂。違和感を感じて頬をなでると手には血がついていた。


「この船は漏電対策もしていないのか! 駆逐艦なんか乗るもんじゃなかった!」


 焦げくさい艦橋の全貌を目にして副長が狼狽える。


「けほっけほっ。機動性は戦艦より上です! 艦を反転させ、反撃しましょう!」


 端末の画面を閉じてシェオルは白袖を口に当て、むせながら言った。


「なんですと? このまま全速離脱しなさい!」


 シェオルの命令をかき消すように手すりの下に立つ航海士に命じる。ところが転輪を握る白服の航海士は命令に従わなかった。


「今日この艦の艦長はシェオル特務長官です。ヴァンドラ副艦長の命令でも従えません」


 航海士は彼を見上げて毅然とした態度で言い返した。その言葉に副長は我に返った。


「そうでしたな。しかし……! また直撃をもらったらお陀仏ですぞ!」


 黒巻副長は煙幕を刺してしてくる幾多の光線を指差した。今照射されているものは線が細い。船体を貫通したような一撃必殺の本命ではないようだった。


「これくらいなら大丈夫です! Sクォーツは、無限にエネルギーをとりだせる永久機関のようなものですけど、まとめて取り出せる量は限られてますから!」


 シェオルは茶色い髪を揺らして艦の乗組員全員に聞こえるように言って皆を安心させた。


「それに、何もない空で射線を切るには間に合いません。背後から直撃すれば一撃ですが、正面だけなら気化装甲で数十秒は耐えます!」


 シェオルの表情に恐怖はない。好奇心に似た感情をもっているようで、左右にハネた髪がふわりと揺れる。黒巻副長はその圧に身じろいだ。


「カタログスペックではそうですがな。しかし――。それは整備が行き届いていればの話ですが? この艦は戦時急造艦ですぞ。もし、耐用期限が過ぎていたら――」

「そのときはそのときです!」


 シェオルは動じず右舷回頭を命じた。さらにラミアと交戦中の地上部隊に退避勧告を出させた。駆逐艦は向きを変え、ラミアに艦首をむけて距離を詰めていく。煙幕から出た途端、駆逐艦は完全に発見された。それまで点滅するサーチライトのように振り回していた光線を艦のほうに束ねて指向してくる。幾多の光が艦を照らして焦点を絞った。


「死にたくないね。隠れとこ」


 いてもたってもいられなくなった副長は床下の緊急脱出ポッドに身を横たえて身構えた。人型にくり抜かれたビニールベッドに寝転ぶとポッドが閉じてクラシック音楽が流れ出す。ところが、それをかき消すように光線が船体を焼く蒸発音が音量を増してきた。外郭を巡ってじんわりと熱が染みてくる。


「ちくしょう! なんでこんな目に!」


 恐怖のあまり、副長は身を縮めて叫ばずにはいられなかった――。



 〔激突! ヒツジ大戦!〕


 同じ頃、地上ラミアの足元には幾多の潰れた死体と戦車が燃えていた。戦いの激しさを物語るように草に覆われた地面が無数に陥没している。


「ラミアは何をやっているんだ?」


 真っ二つに切り分けられたAST-1の残骸から、メガネをなおしてファル大尉が顔をだす。車両は砲塔も車体も焼き切られて使い物にならなくなってしまっている。ラミアは依然としてヒツジの顔面がついた尻尾を武器に足元に群がったシュヴァリエたちを振り払っていた。それとは別に、胴体についた4つの眼窩から巨大な目玉を伸び縮みさせている。しきりに空を気にしているようだった。


「目が互い違いで脳もない。狙いがさだまらないだけではないか?」


 クッカー大尉が瓦礫を払いのけて答えた。


「いや違うぞ! 駆逐艦を狙っている!」


 ラミアが背中に生えた触手の先から細い光を断続的に放った。空の先には火に包まれた白い流線型の駆逐艦が浮かんでいる。側面を晒していた艦は煙幕の中に隠れたと思いきや、進路を変えて向かってくる。後方に退避していたハヤトも空を覆う光の線を見てそれに気づいた。


「あの艦はどうやら助けてくれるみたいだ! 援護しよう」

「どこを狙えばいいんだよ? 弱点なんかないぞ?」


 カズキが無愛想に聞いた。


「触手の放射器官に攻撃を集中させるんだ! 先端にある花みたいなやつだ!」


 ハヤトは手本として機敏に動く触手を狙った。けれど、ライフルに残っている対空榴弾では直撃手前で信管が働いて炸裂してしまう。ゆえに、遠距離から攻撃を続けたとしても、有効打にはなり得なかった。


「残念、弾切れだ」


 レイナとミシロが数本の触手を破壊して銃から手を離した。弾がなくなったらしく、両手を上げてお手上げのジェスチャーをしている。


「このままじゃ、みんなやられる……」


 ラミアの足元で抗う隊員たちにハヤトは考えた。一見優勢にみえるエルピス小隊も動きに追いつけなくなった者からラミアの俊敏な攻撃で1人ずつ確実に仕留められている。


 手元にあるのはライフルと刃物が3本に拳銃だけ。これで倒せるなら彼らがとっくにやっているだろう。


 陸戦隊のクッカー大尉は、被害が出るのを恐れて部隊を後方に呼び戻してしまった。居住層から集められた隊員には家族がいる。身寄りのないシュヴァリエなら死んでもタダで済むが、彼らには手厚い補償が必要だからだ。


 観察していたハヤトは歩くたびにラミアの足元が沈み込んでいることに目をつけた。シープ1匹の平均体重は120キロほどで、それが融合したラミアはおよそ10トンほどの重さがある。クモのように長い5本の足で体重を分散しても湿気を含んだ地面には適応できていないみたいだった。


「いい手を思いついた」

「あんなの勝てるわけない……」


 戦いに戻ろうとするハヤトをレイナが引き留めた。ハヤトは「勝算がある」とだけ言い残して前線に舞い戻った。


「てめぇ、なにやってる! 食われるぞ!」


 地響きのような揺れのなか、大根のように白くて太い足をひたすら切り続けるチラ隊長の顔がヘルメットのバイザーに映り込んだ。気性の荒い女性で、真っ白な装甲を纏って戦いながら片手間に怒鳴っている。お構いなしに前に進み出たハヤトは単独でライフルを構えた。そして眼孔から伸びる細い視神経を狙って12.7ミリの対空榴弾をお見舞いした。信管の安全距離内で弾が炸裂しないものの、視神経は外皮より脆い粘膜が剥き出しになっている。そのため、炸裂しない榴弾でも筋肉組織を傷つけることができた。巨大目玉を支える外側の筋肉が損傷し、目玉が下を向く。自重に耐えきれず根元からちぎれ落ちた。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァーーッ!!」


 とれた巨大な目玉が地面を跳ねて転がった。ラミアは痛みに耐えるかのようにそれまで振り回していた触手を萎縮させた。目元をおさえておっさんのような咆哮をあげる。


「あの駆逐艦はラミアと戦う気だ。あとは俺が引きつけます!」

「本気で言ってんのか!?」


 チラ隊長の怒鳴り声にも動じない。チラ隊長は駆逐艦からの発光信号を読んで状況を理解したようだった。


「そういうわけなら引いてやろう!」


 彼女が率いるエルピス小隊は撤退をはじめる。


 ハヤトは両足に装備した小型ブースターを使ってラミアの目の前を横切って背面に回り込むように飛んだ。ラミアが這い出てきた大穴の手前に立つ。空から援護射撃が始まった。ラミアの体が光にくり抜かれて、ぐったりと潰れた。ところが再起して立ち上がる。脈打つ臓器が体から流れ出た。


 ラミアが身を守るように残った3つの目玉を眼孔内に収縮させて瞬膜で目玉を保護した。その上で瞼も閉じた。目玉への攻撃はもう通用しない。ラミアは口から光線を吐きながら背面から羊の頭部を模した尾を持ちあげてハヤトに叩きつけてくる。突き刺してくる触手を避けながら大穴の外周を走った。ハヤトを追って穴の近くにおびき寄せられたラミアが太く白い足を地面につけると、足場が崩壊した。足を踏み外したラミアが斜面を滑って穴のなかに転がり落ちた。底で背を下にして手足をバタつかせている。


「やった! これで時間を稼げるはずだ」


 ハヤトは残りの推進剤をすべて使い切る勢いでスラスターを噴射した。上空の艦が撃ちやすいように低空を飛翔して一気に距離を取る。丘の下には黒い煙が狼煙のようにたちのぼる戦車の残骸がある。そこに残存部隊が集結していた。地に足をつけて空を見上げる。駆逐艦はポッドを十数個投下して、空に置き去りにされた棺型のポッドが推進翼を展開して滑空していく。ヘルメットのシステムがメルタシティに向かっていると行き先を表示した。


 駆逐艦は再度艦首の黒いハッチを開いて攻撃態勢に入る。


「やっちまえー!」


 負傷した隊員たちがラミアに向かう駆逐艦に声援を送る。艦首から収束した光を放ち、地面を削り取る。その後に訪れた長い沈黙はラミアの消失を意味するかのようだった――。




 〔最後の役目〕


 時間を少し遡って、ハヤトがラミアを引きつけていた頃――。


 駆逐艦はトリムを調整し、艦首のハッチをひらいた。主砲の砲口が軸線上にラミアを捉える。


「地上部隊の撤退を確認! いつでも撃てます」

「上手く足止めしてくれましたね! 主砲斉射!」


 シェオルが前方を指して砲撃を告げる。上下2門の高出力レーザーがラミアの腹を蒸発させた。半月状に体を失ってもラミアはしぶとく生きている。


 起き上がったラミアが裂けた腹腔から紅色の内臓をこぼした。光線を撃つために必要な放射器官の粘膜を数秒で再生させ、空を向く。カウンターの如く吐き出した光線が艦首を直撃した。蒸気がもうもうとあがる。気化した特殊塗料が直撃を阻んだ。屈折した光線が船体表面を流れる。熱は船体に蓄積し、船外を映していた外部カメラが耐熱限界を迎えた。艦橋スクリーンが黒く途絶えていく。


 船体各所の状態を監視するセンサーパネルに耐熱限界を知らせる赤いゲージが現れた。それに気づいた操舵手が船体の角度を変えて温度上昇に対応するが、ラミアはなおも照射をつづける。


「艦長! 敵が照射をやめない限り、主砲ハッチを開けません!」


 シェオルは左腕の折りたたみ画面付きの小型コンソールを確認した。塗料の耐熱限界とラミアが光線を吐ききるまでの予測時間が表示される。コンソールを使って艦を左右に滑らせてみるが、正確無比な光は艦を捉えてはなさない。


「波長解析できてます。カウンターシールドを使いますか?」


 乗組員の提案にシェオルは首を横に振った。


「これはもう、ダメみたいですね……」

「塗料の耐熱時間はあと30秒。ラミアの照射時間は倍もある。今すぐ脱出しましょう」


 専属護衛官が身を案じて進言した。牽制するためのミサイルも副砲もない。すでに勝負はついている。ここから持ち直す可能性は外的要因がない限りゼロだった。艦橋のメインモニターが赤く点滅し、アラート表示が残り時間のカウントを刻む。


「艦長はやれるだけのことをやりました。武装を下ろしてさえ、いなければ間違いなく勝てたでしょう」


 古株の乗組員が敬礼する。シェオルも敬礼をかえした。


「総員離艦! 急いで!」


 シェオルは緊急脱出を決断した。座席に座っていた乗組員たちは肘掛け下のバーを引いて腕をクロスさせる。イスが平らになり、ベッドのように変形した。開いた床に吸い込まれるように収納される。ポッドを射出する衝撃が船体を振動させる。メインコンソールがポッドの状況を知らせた。赤は射出済み、残った2つの緑は残数だった。


「あなたも早く脱出してください!」


 シェオルがまだ残っている忠実な部下に振り返って促した。


「あなたが離れるまで私は残ります」

「まだチャンスはあります! 私は直前まで待ちますから!」


 シェオルは光に包まれた前方スクリーンに目を向けて好機を待った。光が途切れ、目の前に緑の大地が映る。ラミアは飛び回る1人のシュヴァリエに気を取られて足を踏み外していた。触手だらけの巨体が腹をみせている。


「今ですっ! 主砲発射してください!」


 手に力を込めてシェオルが叫んだ。護衛官がコンソールの赤い発射ボタンを押し込む。艦首上下に並んだレーザー砲が光を発した。穴の底で身悶えるラミアは光に照らし出された。黒い影となって、ほどけるように消えた。


 艦のダメージパネルは船体のほとんどの区画が赤く表示されている。主機となる反重力機関が安全装置を失い、臨界に達しようとしている。もはや浮いているだけで奇跡のような状態だった。


「怪我をします。シートベルトをお締めください」

「でも……」

「安全のためです」


 専属護衛官はさりげなくシェオルを艦長席に座らせ、背後から肘掛けの脱出レバーを引いた。座席が水平になり、床下のポッドへ収容される。


「なにをするんですか!?」

「あなたを守るのが役目です。必ず生きてもらわなければなりません。あなたが逃げるまで私も逃げられませんので」


 赤いランプが点滅する艦橋で長身の護衛官は無表情で見つめたまま姿勢を正して敬礼する。シェオルを乗せたポッドは艦を離れた。護衛官ただ1人を乗せた駆逐艦は黒煙の尾をひきながら墜落していく。度重なる攻撃を受けて船体構造強度は限界を迎え、空中分解をはじめている。もはや操舵も受け付けない。


 艦橋に残った専属護衛官は事務的に脱出ポッドの推進装置を利用して墜落地点を海にずらした。これから訪れる未来のために墜落による被害を最小限に抑えた。そうして最後の役目を終えた護衛官は脱出ポッドに身をまかせた。




 〔みんなは1人のために〕


 シェオルをのせたポッドはしばらく空を迷走し、とおくの平野に滑り降りた。それを双眼鏡で視認したファル大尉はため息をついた。


「10キロ先にポッドが不時着。日没までの救助は困難だ」


 ポッドが着陸したのは居住層に向かう合同調査隊の隊と隊の間だった。しかも逆方向に位置している。60キロ隣には別の調査隊が進んでいるはずで、ファル大尉が復旧させたばかりの無線を使ってそちらに救援を要請したものの、返ってきた答えは期待はずれだった。


「あいにく居住層までの途中にも数機のポッドが不時着していると報告があった。そちらを優先するらしい……」


 シュヴァリエを指揮するファル大尉は頭を掻いている。道すがらの移動距離も稼げない。助けに行くメリットより危険の方が大きいと判断したようだった。


「となれば、あのポッドに近いのは我々か。不時着した駆逐艦にも生存者がいるかもしれん。救助に3班派遣する」


 クッカー大尉が5人1組の救助隊を編成して墜落地点に向かわせた。地図を片手に時計を見ている。時刻は地球時間で4時を過ぎた頃。メルタにおける今日の日没時刻は5時。安全に活動可能な時間は実質あと1時間ほどしか残っていない。


 この惑星における日没は大変危険を伴うもので、夜間には獣人でさえ恐れるビーストという種が大地に溢れかえる。幸いにも徒歩で充分居住層にたどり着くことができる計画にはなっていたが、車両が1両もない状態で救助に向かう必要まであるとは思っていなかったようだ。


「心配いらないだろう。居住層に車両を手配した。早ければ20分で助けが向かう」

「そうも言っていられないようです」


 突然の水を差す言葉に、ファル大尉はムッとした表情をみせる。側にいたハヤトは構わずバイザーに投影したレーダー画面に注視する。敵と思しき影が不時着したポッドに重なる勢いで進んでいる。ハヤトがその旨を伝えるとファル大尉は無関心によそを向くだけだった。


 答えはいつまで経っても返ってこない。しびれを切らして機甲服の状態を確認する。バッテリー残量は残りわずか、シープとの戦闘で弾薬も推進剤も底をつきかけている。それでも助けてくれた恩人を見殺しにする気はなかった。


「俺が救援に行きます。片道だけなら……。推進剤をかき集めればたどり着けます」


 ハヤトが遠慮がちに手を上げると大尉たちは顔を見合わせた。


「たった1人のために危険を犯す必要はない。あれは罠のようなものだ! 見えているが間に合わない!」

「あのポッドの乗員は、少なくとも俺より価値のある人間だ。ここで失うべき人材じゃない。シュヴァリエと駆逐艦の乗員なら、後者の方が何倍も有益な戦力になる」

「お前は1人のために何人を犠牲にする気だ?」

「誰にも強制する気はありません。だから俺が1人で行くと言っているんです」


 ハヤトは思いのほどを打ち明けた。ついでにいままで大事に隠していた茶封筒をファル大尉に渡した。


「なんだこれは?」

「居住層に着いてから読んでください」


 礼をしてそそくさと背を向けるハヤトをクッカー大尉が呼び止めた。


「陸戦隊からも有志を募って支援を出そう。陸戦隊はいかなる場合も仲間を見捨てないのがモットーだ! 車両と合流したのち、そちらに向かう」


 まるっと肥えたクッカー大尉がハヤトに微笑みかける。ハヤトは一礼する。見かけによらず人がいいみたいだ。と内心思った。


「ここから先は強行軍でいく! 不要な物はすべて置いていけ!」


 クッカー大尉は手元に残していた襟付きの軍制服を身につけた10名の若い隊員たちを整列させて装備を整えさえた。隊員たちは大きなバックパックを地面に置いて荷造りを始める。


「メルタシティからAST-1が迎えに来る! もう歩かなくて済むぞー!」


 クッカー大尉が後ろに腕を組みながら歩いて回り、救助にむかう隊員たちを急かしている。ファル大尉が太陽に封筒を透かしているのを見て、ハヤトもカズキたちの元に戻って準備を整えることにした。


「どこに行くって……?」

「ポッドを探しに戻る。推進剤を分けて欲しい」

「このバッテリーはオレのだ! ハヤトにやる分はないぞ?」


 レイナは機甲服に必要な燃料を分けてくれたが、カズキはまるで生命線を奪われるかの如く身をよじって拒んだ。普段なら食べ物以外は二つ返事で分けてくれるほど気前がいい。あまりに必死の形相に「取り憑かれたみたい……」とレイナが言葉をもらす。


 一刻を争う事態のため、エルピス小隊にまで頼み込んで片道分の推進剤と弾薬を調達した。一見すると粗暴なチラ隊長や仲間たちは見かけによらず情が厚かった。事情を知ると清く分け与えてくれた。


 両足の側面にそれぞれ満タンにした3本の細長いタンクを装備して足首のスラスターに繋いだ。


「行ってくる」


 仲間たちに見守られながら背面の機械翼を広げる。薄い金属膜で作られた凧のようなものが翼になる。軽く前傾姿勢をとってブースターに点火した。白い装甲騎士は白い噴煙をあげて速度を増す。ミサイルのように飛びあがった。振動する機甲服の中でハヤトは必要な燃焼時間とライフルの有効射程までの計算に頭を悩ませていた。幸いにもヘルメットのインターフェースがそれを助けてくれた。予想到達時間と射程範囲を示す円のなかに敵が入るように推力を調整する。


 ブースターはあくまで宇宙用での軌道変更用のもの。両足の左右に装備した計6本のタンクの残量がみるみる減っていく。インジケーターを確認しつつ、着陸に使う推進剤を適当に残した。


 高度を稼いだハヤトは有効射程に入るまで水平姿勢で滑空して距離を稼いだ。レーダーで敵の位置を捉え、全長1.6メートルの長砲身ライフルを一直線に構える。射程距離を示す円が敵にかさなった。スコープの三角形の枠とレーダーを頼りに雲にむかって発砲する。


 ダーン……!!


 数秒の間が空いて「メェ……」という情けないヒツジの悲鳴が聞こえた。雲の合間から翼を生やしたヒツジが錐揉み状態になって落ちていった。レーダーにはまだもう1匹熱源反応が残っている。高度表示はない。地上にいるようだった。


 ハヤトは雲の下に高度を下げて次の目標に照準を合わせた。倍率を上げる。地上に降りたシープは後ろ足で器用に歩行しながら茶色い髪の少女を追い詰めていた。


「あれは! サテュロスか」


 ライル隊長や仲間たちを皆殺しにした微妙に賢くて獰猛な種類だ。


 上空で銃を構えたハヤトは撃てなかった。手持ちの対空榴弾では距離が近すぎて少女にも当たる危険があった。となれば残る手はひとつ――。


「こうなったら、やってやる!」


 ハヤトは武器を収めて機械翼の角度を変えた。空中で一回転して体勢を整える。片足で足を支え、かかとを突き出すようにして斜め下方にいるサテュロスにブースターを使って加速する。


「くらえぇーーッ!!」


 両足に赤い炎を纏い、上空から急降下する。ハヤトが全力でシープを蹴りつけた。間一髪のところで少女に迫ったサテュロスの体がくの字に曲がる。サテュロスが地面を転がって真横に弾き飛んだ。体に電流が流れ、破裂するように爆発した。


「大丈夫?」


 ハヤトはポッドに背を預けた少女に声をかける。白い制服の肩には血が滲んでおり、頭をぶつけたようにオレンジがかった明るい髪色の前髪に手を当てている。見覚えのある姿にヘルメットの下でハヤトは驚いた。


「なんでシェオルさんがこんなところに!?」

「どうして私の名前を?」


 話も束の間、ヘルメットのレーダーが背後に音紋を検知した。抉れた大地の先でさっき倒したはずのサテュロスが立ち上がる。肋骨と裂けた体の中にヒビが入った菱形の結晶が露出している。それを覆い隠すように白い皮膚が再生する。さらに毛まで生えそろった。


「話は後だ。あのシープを倒さないと!」


 ハヤトが身構える。サテュロスは片手をお尻に当てて動きをとめた。


「アイツ、なにをする気だ?」


 戸惑っているとサテュロスは尻からひりだした湯気のあがる茶色く太いモノをニュルリとかかげた。


「マジかよ……」


 通称ウン棍棒。多くの隊員を死に至らしめた悪臭と鉄より硬い硬度を持つ凶悪な武器だ。しばらく形を保っていたそれは乾燥が不十分で、発酵したガスが泡のように膨らんだ。薄緑色のガスが抜けてグニャリと曲がる。


「まだ早かったみたいだな」

「ヴワーーッ!!」


 サテュロスが怒り狂い、ウン棍棒を投げつけた。茶色い汁が光沢のあるパールホワイトの装甲を汚した。さらに涙が出るほどの激臭が入り込んでくる。


「オエッ! この匂い!! 新調したばかりなのに! ヒツジのくせにゴリラの真似をするんじゃない!」


 ハヤトが怒るとサテュロスは目を逸らした。ポッドに身を寄せたシェオルを狙って両手を振って猛ダッシュしていく。


「やってやります!」


 シェオルが両手にトンファー型の銃を構えて射撃する。22口径の弾丸を身に受けてもサテュロスは止まらない。


「こっちが相手だ!」


 ハヤトが正面に立ちはだかってブロックした。サンドバッグをぶつけたような重い衝撃をまともに受ける。銃弾にも耐える装甲が締め付けるように歪んで息苦しくなる。両足が地面に沈み、後ろに滑った。


「ぐっ! 見かけより強い!」


 力勝負では勝てないと悟り、力を抜いて受け流す。


「メエェェ〜〜ッ!?」


 勢いのままに体勢を崩したサテュロスが前のめりに転んだ。


「これで終わりだ!」


 サテュロスの首根っこを掴んで持ちあげる。自重に耐えきれず首の骨が外れる。さらに力を込めてへし折った。


「グエェ……」


 首の神経を絶たれたサテュロスは虫の息だ。けれどまだ安心はできない。Sクォーツを破壊するか取り出さない限り、何度でも復活してくる。


 ハヤトはサテュロスの腹をスマートナイフで割いた。透明な粘性のある液体が血のように溢れてくる。胃の中からSクォーツを取り出した。5センチほどの小さな胃石。これでサテュロスが蘇ることはもうない。


 戦いを終えたハヤトはベルトの位置にある円形のハンドルを回して装甲を強制排除した。装甲をつなぎ合わせるボルトが外れ、機甲服は崩れるように体からはがれ落ちた。足元に刺激臭を放つパーツが積み上がる。かなり高い装備だったのに一度匂いがつくと染みついて着れたものじゃない。ここに捨てていくことにした。


「助けてくれてありがとうございます……!」


 優しげな高い声に振り向く。シェオルも覚えていたようで、顔を見た瞬間に表情をかえた。


「やっぱり! ハヤトさんだったんですね!」

「まさか覚えていたとは」

「忘れるわけないじゃないですか! 2度も助けてくれた命の恩人なんですから!」


 シェオルが琥珀色の瞳を輝かせて笑った。ハヤトもつられて照れ臭く笑う。


「もうしばらく話していたいところだけど、日没まで時間がない。歩けますか?」

「はい! 頭痛もおさまったし、大したケガじゃないですから!」


 シェオルは大きく手を振って歩きだす。ここが危険地帯だということを忘れてしまいそうなほど不安を感じさせない。気がついたら伝染しそうなほどの元気さだ。


「危ないから俺が先に行きますよ」

「いえいえ! こうみえて私も戦えるんですよ?」


 シェオルは腰に下げた水晶のような綺麗な短剣を見せてくれた。売れば一生食べ物に困らなさそうな煌びやかな剣だ。


「俺のは使い捨ての安物です」


 ハヤトは腰にさげたスマートナイフを見せて笑った。


「切れ味はいつでも最高ってことですね! いいなぁ〜。私の剣、あまり手入れしてないから切れないんですよね〜」

「戦うための物じゃないからいいんじゃないか? 頼もしいくらい勇敢だった。シープを怖がらないなんてすごいな」

「いつか仲良くなれると思ってるからかもしれませんね!」

「シープが人間と交流するのを見ました。いつかそんな未来が訪れるといいですが……」


 ハヤトは言葉を選んでそう答えた。実際に見たのはシープが人間を殴り倒しているところだったが……。不思議といつもは口数の少ないハヤトも猫を被らず自然と本心に近い言葉で喋っていた。


「護衛の方、無事でしょうか……」


 シェオルは離れてしまった護衛官を心配しているようで、なだらかな丘がつらなる地平線を見つめている。


「いつもいるあの人か。きっと無事だろう。俺が生きている限り、あなたを守りますよ」


 ハヤトは心配させないように笑って言ってみせた。


「ありがとうございます! あの人。護衛が任務だからって、名前さえも教えてくれないんです。ハヤトさんは名前があるから親しみやすいですね!」


 そうして雑談を続けながらひたすら歩き続けた。周回軌道を回るヴァンドラが圏外に入ってしまい、山間部にさしかかる頃には文明の力であるアビリティ端末やマップが受信できなくなった。ここから先は用意していた紙の地図を頼りに目印になる山を現在地に当てはめながら進むことになった。時間に余裕もなく、もともと地図を読むのが得意ではなかったハヤトは不安に苛まれながらも、方位さえ合っていればたどり着くだろう。という楽観的な考えで構わず進んだ。


「本当にこっちで合ってるんでしょうか?」

「合ってるはず。たぶん……」


 何度か斜面を登りきって振り返る。遠くに点滅する白い光を見つけた。不時着した脱出ポッドが放つ信号灯だ。歩いてきた場所から正面に向くと風に乗ってエンジンの音が聞こえてくる。斜面をこえて銀色の軽戦車がでてきた。


「いいところに迎えがきた!」

「これで楽に帰れますね!」


 ハヤトとシェオルは近づいてくる四角い車両に手を振った。




 〔ゾアノイド〕


 銃声が響く大地の遥か先には獣人の中央主要都市オーストがあった。石の壁に囲まれた城と城下町をもつ中世的な雰囲気が残る街で、城の一室には書物と古風ながら清潔なダブルベッドがある。開いた半円窓から突き出した望遠鏡のレンズには今しがたシープを討伐して帰路に着く地球人の姿が反射していた。平原のいたるところにワタのような毛に覆われた動物たちが横たわっており、統率の取れないばらけた陣形、動物の生首を武器に突き刺して掲げる様子は遠目には異邦からやってきた得体の知れない蛮族にしか映らなかった。


 この状況を目撃したのは、青と白のツートンカラーの珍しい髪色をした美男子だった。猫系の種族であり、白地に赤い三角模様がならんだローブ状の民族衣装を身につけている。彼はこの首都オーストにおける第1王子。シアン・オーストであった。


「また覗きをしていたのか。こんな風にあたっては肌が悪くなる」


 二足歩行するライオンのような姿をしたルース国王が部屋を訪れ声をかける。すでに壮年期を迎え、いくらか毛艶も衰えている。この歳に及んでなお、たてがみをたくわえた姿は他の獣人が数人がかりで挑んだとしても敵わないと思わせる風格があった。


 対してシアンは最近の世代に多く見られるような人間に耳と尻尾が生えたような華奢な体格で、親子といえどあまり似ても似つかない姿をしている。


「父上。今しがた森のほうで何者かが争っていたようです。日没間近だというのに、耳なしたちが生き物を虐殺していたのです」

「ほう。どんなやつだ?」


 ルース国王が望遠鏡を借りてレンズを覗き込む。大砲をのせた鉄の車が走り、騎士のような甲冑を身につけた異様な集団が野原を歩いているのを目撃した。


「罪人にしては数が多いし、まるで軍隊のようも思える」


 シアンが自身の推察を述べた。望遠鏡から手をはなしたルースはシアンにこう言った。


「奴らは……。ニンゲンだ」

「ニンゲン?」


 聞き慣れない言葉を復唱する。


「知るべきときがきた。着いてくるがよい」


 ルースは部屋をでて地下に向かう。シアンは促されるままについていき、石積みの壁に囲まれた螺旋階段を降りていく。それまで躓きかねなかった足場の悪い石段があるところからまったく平坦な階段に変わる。灰色の削り出したような素材でできた段をさらに降りる。


「これは、伝承にある腐らない石!」


 足元に手を触れ、ひんやりとした感触を感じる。金属のようでありながら継ぎ目がない。縁は丸く整えられている。あまりに精巧な出来栄えにシアンは驚いた。


 ルースは気にも留めず、さも当たり前のように先に行く。灯りが弱まり、シアンもついて行かざるを得なかった。


「父上。このばしょは?」


 階段を降りきった先に大きな空間があった。ルースが持つランタンのおかげで夜目が効くシアンも部屋の広さくらいは知ることができた。


「ここは我々発祥の地。かつてゾアノイドと呼ばれた時代。我々はニンゲンの奴隷として生まれたのだ……」


 ルースがランタンの灯火を鏡の前に置いた。わずかな灯りが反射して部屋全体を照らしだす。壁に描かれた古い壁画が鮮明に見えるようになった。そこにはヒモに繋がれた首輪をつけて人間に奉仕する獣人たちの姿が描かれている。ある者は馬車を引き、ある者は主人に仕えて頭を下げている。身につけている衣服は貴族のように見えるものの、あまり目立たない色合いの黒か茶色が多い。まるで人間こそが支配者のように描かれている。シアンは信じられないというような表情をみせて驚愕した。


「まさか! そんなことがあっていいはずがない!」 

「この城塞都市を築いたのは、ほかならぬニンゲンだった。我らはそれを保つことで今日まで生き延びたのだ……」

「祖先は人間の支配から逃れたというのですか?」


 シアンの問いに国王は頷く。そうして自身の成り立ちを知らされたシアンと国王が地下から戻ると外はすっかり夜になっていた。城に住まう獣人たちが街灯に火をつけてまわっている。


 ルースとシアンが伴って渡り廊下を歩いていると1羽のムクドリに似た巨鳥が中庭におりていることに気づいた。使用人が巨鳥の足首につけられた銀色の缶を外している。


「ご苦労。伝書がきたのか?」

「はい。このように領地の紋章があります」


 ルースは毛深い手で使用人から紙束を受け取る。どれも丁寧に巻いてあり、蝋の印が押されている。


「この時期にデンビッグ・チキンがくるとは。なにがあったのだ?」


 ルースは疑問に思いながらリビングの椅子に座った。指を曲げて鉤状の爪先で封を切る。寒期が間近に迫った頃ならいざ知らず、まだ作物も豊富なこの時期に砦から連絡がくることは極めて稀なことであり、特に急を要することが起きているに違いなかった。


「連絡はどこから?」

「オルトアーク領からだ」

「なんと?」

「ニンゲンは我らと同盟を望んでいる。そう書いてある」


 読み終えた書類をシアンに渡す。書類には見慣れない衣服を着た少女と思しき絵のほか、全長、比較図などが詳細に記された理解を超えた大きな流線型の物体も描かれている。記載には、飛行機械? と疑問系で書き込みがある。


「これがニンゲン……! 耳も尾もない。やはり罪人ではないか!」


 急激な嫌悪感を感じてシアンは青みがかった毛並みの尻尾を逆立てた。姿形は自分たちによく似ているのにあるはずのものがない。獣人であるシアンにとって、ニンゲンは相まみえることのない異質な存在としか見ることができなかった。


「きっと奴らは支配する。ただちに軍を編成して追い出すべきだ!」


 機嫌を悪くしたシアンが黒い外套を羽織り、暖炉から赤く熱せられた火かき棒を手にする。


「それはいけない。ロイとレイエム。2人の領主が口を合わせて敵ではないと言っている。どちらも少々頭の足りないところがあるがバカではない」


 足早に歩くシアンの肩をルースが両手でとどめた。その瞳には暖炉の炎が映りこんで赤く燃えている。


「ニンゲンなんかと共存したくありません! 1人残らず寝首を掻いて滅ぼすべきです」

「武力で勝てる相手ではない。天変地異に匹敵する力をもっておる」

「このまま黙って見過ごせと?」

「尻尾をふって共存するのだ」


 火かき棒を取り上げた国王は、シアンの肩を抱いてなだめるようにゆっくりと優しく叩く。そうして窓辺へ連れていき、夜空にぼんやりと浮かぶヴァンドラを指差した。


「あれが見えるか?」

「はい。見えます」


 シアンは反抗期のような怪訝な表情で答えた。大きな船影が月明かりに影を落としている。騒々しく蠢く大地の暗がりの先からいままで嗅いだことのない体に悪そうな刺激臭が嗅覚をくすぐった。


「ニンゲンの寿命は100年にも満たない。繁栄と衰退を目にする頃に我々は自由を取り戻すだろう――」


 ルースは諭すように言い、袖をまくって手首に刻まれた焼印を見せた。それはかつて人間の所有物として扱われた証拠だった。


「何があっても笑って受け入れるのだ。それが穏便にすむ。大衆は尾を振るであろう。悲しいことに我々はそのようにできておる」


 ルースの言葉にシアンは納得いかない様子で月にかかる艦影をみていた。


「どうしても仲良くなれる気がしません。心が拒否しているような。そんな感覚がどうにも拭いきれない」

「その感覚は正しい。種族からして違う存在なのだ。人間は優劣をつけたがる。対等な関係など築けるはずがない」


 ルースの言葉にシアンは強く賛同した。


「父上のおっしゃるとおりだと思います。だけどなぜ先祖はニンゲンに従えていたのです?」


 シアンが問いかけると椅子に座ったルースは思い返すように上を向いた。


「慈愛は残酷な運命をもたらした。ニンゲンは自然の摂理に逆らったのだ。寿命を伸ばすためにゾアノイドへ進化させた」

「なぜそんなことを?」

「祖先である動物は寿命が短かった。必然的に別れの時がくる。最初はそれを克服する目的だった――」


 ルースの声は儚くも憎しみのこもった声だ。息をするたびに胸元の毛が上下する。シアンは父の世代がなぜ自分と似ても似つかないのか、その理由がわかったような気がした。


「世代交代を重ねるうちにゾアノイドは長い時を生きることができた。知性は及ばなかった。職につくこともできず――。果ては奴隷のような扱いを受けた」


 ルースは躊躇うようにちいさく息を吐いた。


「ここにいたはずのニンゲンは?」

「生きることに満足した彼らは堕落の限りを尽くして絶滅した。我らゾアノイドはニンゲンの意志を継ぐこの地の後継者だ。これからもそれは変わらん」


 それを聞いた途端にそれまで耳を下げていたシアンの顔に笑顔が戻る。安心したように瞳に光を取り戻した。


「お前は私の息子だ。同じ血が流れている。牢獄に囚われる必要はない。次期王の座を得たら――。ニンゲンの生活に浸透し――。自由を手に入れるのだ」

「はい。父上。必ず成し遂げてみせます……!」


 シアンは決意を示すように頭を下げた。


「一つ質問が。ニンゲンは壁の外で生き延びられるのでしょうか?」

「一晩もたずにビーストの餌食になるであろう。それが摂理なのだ」


 ルースは窓から夕日が沈むのを見届けた。目を閉じて城下町のざわめきの外から聞こえてくる地鳴りのような音と呻き声に耳を研ぎ澄ませる。


 ある瞬間から急に冷たい風が吹きはじめた。波のような音を立てて風が流れる。ある者にとっては永遠に感じるほど長い一夜の始まりであり、ここに住む者たちにとっては何気ない1日のおわりであった――。




 〔夜の獣〕


 メルタシティに向かう帰りの車内では、緑色の隊員たちに囲まれてあまりの場違い感にげっそりとしていた。陸戦隊員の制服は新品同様で汚れていない。ハヤトは自身の紺色のジャケットと見比べて惨めな気分だった。銃弾の穴や泥、何度も洗ったせいですっかり色褪せている。いままで気にもならなかったのに、身分と格の違いを見せつけられているようで居心地が悪かった。


「あいつらなんであんな狭い街に住んでんだろう? 外はこんな広いのに」


 AST-1の車内で隊員が疑問を口にする。その答えはすぐに分かった。


「後方になにかいる!」


 砲塔直下に座る銃手が椅子を回した。ヘッドデバイスで顔は見えないが焦っているように見える。


「何かあったのか?」

「丸い変なのがいる!」

「冗談だろ。時速80キロでとばしてんのに追いつくやつがあるわけ……」


 後方カメラを目にした運転手が沈黙する。後部座席で向かい合って座るハヤトとシェオルは状況が掴めずお互い見つめあって困惑するしかなかった。側面の窓から見える夜景は真っ暗。陽が沈んだメルタは不気味な雰囲気を醸している。昼間は遠目に獣人たちの姿もいくらかあったが、日が暮れるころには城塞に帰ったようで、暗闇のなかに篝火だけがろうそくのように灯っている。


 突然電動機が作動する音が車内に響く。銃手が砲塔を旋回させた。さらに連続した砲声が途切れ途切れに鳴る。空薬莢と分離したベルトリンクが車内に落ちてきた。


 それからすぐに強い衝撃を受けて視界が回った。上下が分からなくなって、気がついたときには戦車が停車していた。状況を掴む間もなく、シュワシュワと音がして車体の壁から藻の匂いがする液体が滲み出てきた。液体が壁面を伝い、座面を溶かしている。


「うぅ〜、今度は何事ですか?」

「分からないけど、危険そうだ。一旦外に出よう」


 ハヤトは後部のスロープを開けてシェオルを外に逃した。


 外に出ると小銃を手にした隊員たちが車両にライトの光を当てた。ハヤトがふりかえるとAST-1が巨大なマリモに押しつぶされていた。潰れた戦車の上で表面から刺激臭のする液体をながしている。液体が装甲に触れると泡立って煙をあげる。すぐに穴が空いて戦車の内部にまで流れ込んだ。中から逃げ遅れた乗員たちのむせる声がしている。


「噂に聞くアシッドホグウィードですね……」

「噂って?」


 ハヤトが首を傾げるとシェオルが説明してくれた。


「獣人の人から聞いたんです。夜になるとこうやって栄養を補給しにくる藻がいると、酸を中和すれば食べられるらしいですけど、獣人と人間は体質も違うでしょうし、危険なことに変わりありませんね」


 誰かが照明弾が打ち上げ、あたりがさらに明るくなる。


 ハヤトが近寄った時には砲塔が崩れ、天板を溶かしきっていた。酸の刺激臭がして霧のようになっている。生えていた草が一気にしおれていく。危険を感じてそれ以上近づけなかった。車内から自力で這い出てきた乗組員は揮発した強酸を浴びて全身の皮膚が黒く爛れている。手をのばすように動かすと何時間も煮込んだように肉が剥がれ落ちた。骨まで強い酸に侵されているようで地面を灼いた。


「あぶないから近づいちゃダメです!」


 シェオルが手を引いて止めた。ハヤトはあきらめて車両から離れた。照明弾が光を失い、どこからか荒い息遣いが聞こえてくる……。暗闇のなかに赤い目が揺れている。スマートナイフを展開してあたりを照らす。淡い光の淵でなにかが蠢いている……。


 目の前にいた隊員が暗闇に光る赤い目をライトで照らした。狼のような鋭いシルエットがそこに居た。声を出す間もなく、飛びかかって両手を食いちぎった。


「ビーストだ!」


 ハヤトはシェオルのそばに下がって防御体勢を整えた。影は闇に紛れて姿を消す。両手を失った隊員が暗闇のどこかで悲鳴をあげた。それきり物音がしなくなった。地面に落ちた小銃の光源がなにかに遮られるように暗くなる。


 それを目にした陸戦隊員たちは我先に逃げ出した。銃に取り付けたライトの光が揺れながら遠ざかっていく。


 真っ黒な影のような存在、ビースト。地球にも存在した異形の化け物だ。シープが地球に現れる少し前、その予兆だったのか、地球の世界各地にエンド・スフィアというどんな攻撃を受け付けない漆黒の大球体が現れた。それは海を黒く変質させ、人々や動物が化け物に変貌をとげた。その結果、半年経たずに地球に存在していた数々の動植物が絶滅に追いやられた。異星人の侵略兵器だという仮説もあれば、未来から送られた人口抑制装置、超自然の産物だという説もある。いまでもその正体は分からずじまい。科学者はそれを調査したものの、分かったことはただひとつ、それが今生きている者たちにとって都合の良いものではないということだけだった。


「きた!」


 ハヤトは耳を澄まして足音とスマートナイフのぼんやりとした光で敵を見つけ、飛びかかってきた黒い影を切り伏せてシェオルを守った。


「この暗さじゃ、敵のほうが有利です! あの塔を目指しましょう!」


 シェオルが夕暮れに黒くそびえる塔のようなものを見つけて指を指した。ハヤトはうなずく。


 坂の上の塔を目指して走る。暗闇に揺れる隊員たちの白い光が消えていく。背後にも荒い息遣いが迫る。先にたどり着いたシェオルが塔に入り、扉に手をかけてハヤトを待った。


「これでもくらえっ!」


 ハヤトは刃長を最大にしてナイフを真後ろに振り投げた。ビーストの首を刎ねた青白い光が水平に回転しながら大地に蠢く無数の影を照らして消えた。あまりの数に呆然とする。


「戦ってどうにかなる数じゃありません! はやく逃げてください!」


 シェオルの声に意識を取り戻し、鋼鉄の観音扉を閉めてかんぬきを掛けた。外で体当たりする音が増えていく、破られそうなほどはげしくなり、急に音がしなくなった。扉に耳を当て、しばらく押さえていた2人はおそるおそる手を離す。


「これで一安心ですね〜……」


 息を切らしてシェオルが古びた木製の長椅子に腰掛けた。ハヤトはベルトに下げていたライトを天井にむけて置き、周囲を照らした。石造の古い塔の全貌が明らかになる。奥には祭壇のようなものがあって、朽ちた椅子が祭壇にむけて乱雑に散らばっている。


「あれはなんでしょう?」


 シェオルが不思議そうに祭壇の前を見ている。くすんだレッドカーペットが敷かれた中央に背の高い卵型のシルエットが浮き彫りになっている。逆光になっていてなにかわからない。


「ここにいて」

「はい……!」


 ハヤトはシェオルをその場に待たせた。ベルトに吊り下げたスマートナイフとソード、それぞれに手をそえて身構えながら近寄った。

次回、第10話:〔メルタ・スフィア〕

 逃げ込んだ先は謎の塔。ハヤトとシェオルは逃げ道を探すため、地下へと進む。一方ヴァンドラではシュヴァリエを狙う殺人犯。チョッパーがメルタにいることを突き止めた。ついに見つかる無限のパワーを秘めた不思議な球体。この発見がもたらす未来とは……?

 

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