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第7話:〔掴んだ証拠〕

 LT社が開発した人間を模したアンドロイド。通称バトラー。坂本艦長は不祥事続きのシュヴァリエの代替としてその量産を認めた。生まれて以来の親友セリカを失ったハヤトは自責と悲しみに暮れながら彼女の葬儀に参列する。その後の会食の場でレイナは彼にシュヴァリエ脱退の話を持ちかけた。希望を失ったハヤトはそれを了承した。

 〔断ち切る者〕


 明け方も近くなり、空は薄い明るさを帯びていた。


 ハヤトは公園の階段を降りていた。そこは先日ラミアが暴れ回った場所だった。それまで元気に水を吐き出していたイルカのモニュメントはすっかり焼けてしまっている。水を湛えていたはずの場所も瓦礫置き場としてゴミだらけになってしまっていた。深夜の悲壮感も相まって、しんみりとした雰囲気でその場をあとにする。


 そんな夜の街でどこからか叫び声がした。声からして中年か壮年。それも1人ではない。数人の声だ。今の時間は外出制限がかかっている。一般市民はいないはずだ。いるとすれば犯罪者か夜勤の軍関係者くらいのものだろう。身構えたハヤトはその場で全周を警戒する。


「ライフルを持ってくればよかったな……」


 ハヤトは嘆いた。悲鳴は高層ビルに反響するばかりで人の姿はない。逃げることが最善だろうが、困っている人がいるなら見過ごせない。聞こえてくる音を頼りに道を進んでいく。


「ここか……!」


 その声は地下の連絡艇乗り場からしていた。階段下の踊り場で複数人の影が慌ただしく動いている。念のためにアビリティ端末の録音機能をオンにして上着のポケットに忍ばせた。


 そのとき、階段の下の踊り場で白い軍服を着た男がバタリとあおむけに倒れた。体を小刻みに痙攣させながら白いタイルに血が広がっていく。


「助けてくれ! 襲われてる!」


 また別の声がした。今度はさっきより若い声だ。こんな状況を見てもどういうわけか冷静だった。こうなると予想していたからだろうか? 気がつけばスイッチが入ったように戦闘体制になっていた。音を立てないようにつま先立ちで階段を降りる。地下通路には鉄くさい血の匂いが充満している。踊り場のようすが見えてきた。黒いロングコート姿の青年がいてこちらに背を向けている。声の主はこの青年のようだった。


「これは……! いったいなにが――」


 階段を降りたハヤトは絶句した。階段の死角にさらに2人、血を流して真っ赤に染まって倒れていた。壁に寄りかかって座るように、あおむけになって死んでいる……。臓器は全部引きずりだされて投げ散らかしたように落ちている。空洞になった腹には白い背骨が見えていた。


 彼らの服も船乗りのような制帽に軍服姿だった。察するに護衛艦隊の士官だろう。ところが肩についているワッペンは紺色の背景に白い狼マーク。さらにはChevalier(シュヴァリエ)の文字があった。シュヴァリエは艦艇を持っていないはずだ。なのに、どういうわけか宇宙軍のような海兵由来の服を着ている。死体をよく見ると、首の側面にパックリとひらいた横一線の切り傷がある。これが死因のようだった。


「お偉いさんに恨みでもあるみたいだな」


 踊り場に立ったハヤトは血だまりの中に佇んでいる黒いロングコート姿の青年に声をかけた。


「違う! この男がいきなり襲ってきた!」


 ハヤトの存在に気づいた青年は先ほど倒れた男のそばから寄ってくる。鼻が高く前髪の長い美青年だ。その顔に見覚えがあった。武器庫で新しい武器をくれた奴だ。たおれた男の首をみると、彼の首にも傷があった。目のようにひらいた傷口から真新しい鮮血が流れている。犯人がわざわざ自分の首を切ったのか? にしては手元に武器が見当たらない。やはり不自然だ……。


 嫌な予感がして顔を合わせたまま距離をとる。斜めに位置取って手元が視界に入るようにした。血に染まった手にはなにもない。見かけは丸腰の状態だ。平然とした目つきで「なにか問題でも?」というように無害な様子で近づいてくる。


「助けに来てくれたのかな? ありがとねぇ〜」


 彼は抑揚のついた声で平然と言った。歩いても肩が揺れない。真っ直ぐに見据えた獲物を見るような目つきといい、戸惑いが感じられなかった。間違いなくこいつが犯人だ。疑念が確信に変わる。手が届くほどの距離まで近づいて肩がわずかに動いた。それにあわせて足をひいて体をさげた。彼は袖にスマートナイフを隠していた。柄の中にあった刀身が伸びながら首元にむかってくる。


「なんてことを……っ!」


 身を逸らしたハヤトは両手で手首を掴んで外側に回り込んだ。足を絡め、肩を押すようにして、刀身を手すりの隙間に差して捻った。粗悪な刀身は光を纏う前に折れた。さらに拳を握って振り抜く。


 青年は片手で拳を受け止めた。押さえた手を離してもう一撃。本命のパンチが頬を直撃する。血混じりの唾が霧のようにとぶ。青年の頭がゼリーのように震えた。


 一撃を与えたハヤトは距離をとって腰に手をやった。だが右手は虚をさわった。いつもあるはずの拳銃がそこにない。そうだ。今日は葬儀だったからないんだ……。青年は口元の血を拭き取って笑った。


「武器がないようだね」

「そのナイフも使えないだろう!」


 ハヤトが言うと根本から折れてしまったスマートナイフを名残惜しそうに見つめて通路の脇に軽く捨てた。


「どうしてシュヴァリエを殺したんだ!?」


 ハヤトはわざと大きな声で問いかけた。


「お前たちは敵だ。いずれ大木となるならその芽は摘まねばならない」

「敵? まさか! 武器の弾薬を実弾にすり替えたのは君か?」


 察したハヤトは問いかける。


「それはどうかな? 俺もシュヴァリエだった」

「名前はなんだ?」

「名はない。解体屋とでも呼べばいい」

「ふざけるな!!」


 ハヤトの若いながら強い声が地下通路の奥まで届く。


「解体屋……。レイヴンか? まさか、訓練で仲間を切り殺したっていうあの事件の!」


 あることを思い出した。訓練生時代、どこかの部隊で訓練中に事故で仲間をバラバラにしたという噂があった。そいつは逃げて捕まっていないと。あくまで噂だが、闇のように黒い髪。赤い目に高い鼻。身体的特徴は合致している。


「あれは事故だった。なのに誰も理解しようとしなかった!」

「それがどうしてこうなる? 事実になった」


 ハヤトは両手をひろげて左右を見渡した。コンクリートの壁からタイル張りの床までぜんぶが屠殺場のように血まみれだ。天井にとんだ血が水滴となってたれている。


「語る必要はない」

「人を殺して反省もしないか。夜が明けたら身柄を警備隊に引き渡す」

「好きにすればいい……。皆はありもしない噂を信じて俺を軽蔑した! だからその苦しみを楽しませてやったのさ! 武器科に配属された俺はずっとこの日を、待ってた!」


 解体屋と名乗る青年レイヴン。彼は赤い瞳を見開いて声を高めた。さらに続ける。


「武器の管理は武器科の仕事なんでね。想像以上に上手くいった。一度しか使えない手だが、新型の装備は誰も使ったことがない。管理なんてこんなものだ。後始末を見ただろう? 誰も責任に問われない。シュヴァリエは炭鉱のカナリアのようなモノでしかない。その程度にしか見られていないんだよ」


 思い当たる節がいくつもある。ハヤトは言い返せなかった。


「お前は何人殺した? ウワサじゃ20人くらいやったみたいじゃないか。そんなに人を殺せるなんて稀代の逸材なんじゃないのかぁ?」


 思いがけない挑発にハヤトは唇を噛み締めた。やりたくてやったんじゃない。全員覚えてる。脳裏に焼きついて離れないほどだ。


「隊員もまるでバカばかり。同志にダミアンを着せて脅させたら大した抵抗もせずに言うことを聞いてくれた。シュヴァリエは強い。だが、強者に従えることしかできない哀れな子ヒツジどもだ!」


 ハヤトの脳裏にメルタの渓谷で起きた惨事の様子が呼び覚まされた。武器を手にして河原を駆け寄ってくる隊員たちの姿が思い浮かぶ。腕がとび、真っ二つに千切れた体。背を向けた者まで俺は撃った。その光景を感じて冷静ではいられない。


「あの無意味な突撃は……。強いられていたのか! まるで悪魔のようだ……!!」


 ハヤトは軽蔑した表情で絞るような声をだした。


「指示しただけにすぎない。勝手にやったことで恨まれる筋合いはないよ」

「誰がそうさせたぁッ!!」


 息を荒くしたハヤトは足元に倒れた隊員の鞘に目がいった。白い海軍服の皮ベルトには黒い漆塗りに金箔の装飾がほどこされた四角い柄がぶら下がっている。士官用の装飾刀(スマートナイフ)だ。


 ヴァンドラでは自衛のための武器の所持および、命の危険にさらされた場合、その使用が認められている。彼はすでに3人も殺している。この状況ならやれる。ハヤトはそれを引き抜いて片手で構えた。


「ほう……。やる気か。その憎しみを待っていた!」

「お前は俺を殺そうとした。それ相応に反撃するだけだ!」

「死ぬまでに言い残すことはあるか? 今なら覚えておこう」


 この期に及んで反省の色はみえない。むしろこの状況を楽しんでいるようだ。ハヤトがダイヤルを回すと鍔のない柄から金色の刃文のついた華美な刀身がまっすぐに伸びた。遅れて光を纏う。ハヤトは荒々しく逆手に構えた。


 スマートナイフは格納式の薄い鉄板にプラズマシールドを纏わせることで切れ味を得ている。3段階に調整可能で、デフォルトの1段で18センチ。2段目で36センチに、そして3段目になると54センチという脇差ほどの長さに届く。その代わり、ただでさえ5分しか使えないバッテリーの消耗が劣悪になる。だけど――。短期決戦なら気にする必要はない!


 踏み込んで急接近したハヤトは胴体を狙って振り抜く。普通に躱された。そのままナイフを振って壁際に追い詰めていく。武器を持っていない彼はつま先で飛び跳ねながら身一つで軽やかに避けきってみせた。さらにブーツの踵で足元の血を塗り広げながら下がっていく。笑みを浮かべる余裕さえあるようだ。明らかな力量の違いを知って、順手に持ち替える。不意に距離を保ったまま切先をむける。それと同時にダイヤルを最大に回して片手で突いた。届くはずのない距離を伸びた刀身がカバーする。この不意打ちで心臓を突き刺せるはずだった――。ところが、彼は当たる寸前に滑るように体を捻ってそれを避けた。切先は背後のタイルを突き抜いた。


「なんと! 卑怯な小細工をする! お仕置きが必要だ」


 彼はグッと握り拳をつくってハヤトの腹を突き上げた。


「うぐっ!?」


 ハヤトは壁に背をぶつけた。前屈みになってうずくまる。内臓が引き攣るように脈打つ。視界が滲んで見えた。


「おまえだって……。魔法みたいなことをするじゃないか」


 痛みに悶えて目を離したわずかな隙に、彼の手にはさっきまで無かったはずの武器が両手に握られていた。長さ60センチほどの黒い片手槍だ。それにロングコートの下を黒く反射する金属のボディプレートが守り、さっきまで整った顔が見えていた頭部も黒い丸みを帯びたフルフェイスヘルメットというフル装備に変わっている。


「これのことかな? レネゲイドアーマー。この世界の科学力じゃあ傷ひとつつけられないだろうね」


 挑発するような言葉を投げかけられる。その程度のことでハヤトは怯まなかった。すぐに駆け寄って下から切り上げた。さらに横薙ぎに振る。ダミアンだって自動でヘルメットを被る機能くらい付いている。仕掛けを知らなければ驚くだろうが、これが魔法なはずがない。何かしらの科学の力でそう見えているだけだ。


「弱い弱い弱い! そんなんじゃムリだって!」


 得物を手にした彼は煽りながら攻勢に回った。足元を狙って大ぶりに振り回してくる。ハヤトは攻撃を()()()ながら穂先を切り落とそうと付け根を狙った。ところが、黒塗りの槍に刃先が触れた途端、強い反動を受けた。


「ただの槍じゃない!!」


 体勢を崩したハヤトはよろめいた。


「言い忘れていたね。これは単一(たんいつ)分子のライトアスライド製だから、分子を切断できるスマートナイフでも壊せない。ちなみにこのレネゲイドも同じだ」


 立ちすくんだまま黒い鎧の中で笑った。ハヤトが放つ一刀(いっとう)の剣撃を両手の短槍で捌いていく。槍はリーチがある分、近づくほどに扱いづらくなる。ハヤトは喰らいつくようにして距離を詰めた。それを嫌ったのか槍を素早く振り回して反撃してくる。槍がムチのようなしなやかさをみせた。空気を裂く音が鳴る。槍から生み出された衝撃波が歪みとなって見えるほどだ。ナイフをかざしても、その波を止められない。体当たりを受けたような強い風圧が体を強く押した。両足に力を入れて押されながら耐えてみせる。真っ二つにされるかと思いきやそれほどでもなかった。


「思ったより弱いな」


 ハヤトは思わず呟いた。その言葉に反応したのか、短槍をねじるように組み合わせて1本の長槍に作り変えた。閉所だというのに壁をぶち抜きながら力ずくで左右に振り回して突いてくる。足元は踏み荒らした血で滑りやすくなっていて、逃げ道は足場の悪い階段しかない。動きづらくなって防戦を強いられた。


 ハヤトはナイフの刃長を2段目に戻してバッテリー消費をおさえた。突き出してくる穂先にナイフをぶつけて軌道を逸らしつつ避ける。刃を受け止めるための鍔がないため、それも困難だった。火花を散らしながらしばらくの打ち合いが続く。何度目かの斬撃を受け流した瞬間、刀身に纏っていた青紫色のオーラが消えた。


「バッテリーが切れた!?」


 さらに放たれた槍の一撃が無防備になった粗鉄の刃を叩く。スマートナイフの刀身がガラスのように砕けた。鋭利な破片が風圧にのってハヤトの身体を傷つけた。衣服を裂き、手首の白い袖には血が滲んだ。


「これ以上邪魔をするな。お前も死にたいか?」


 彼は見せしめのように亡骸に槍を突き立てた。さっきまで襲ってきたような奴だ。この近さで背を向けて逃げるわけにもいかない。ハヤトは折れたナイフを向けたまま動けなかった。


『只今の時刻午前4時。現在をもって一般市民の外出制限を解除します。今日も元気に過ごしましょう!』


 朝の艦内アナウンスが流れるとエスカレーターが動き出し、早朝の優雅なBGMが流れ出した。あたりは一気に騒々しくなる。それに合わせて膠着していた状況も変わろうとしていた。


「忌々しい。面倒な奴らが来る……!」


 天井を見上げた彼は黒いヘルメットの下で呟いた。表情はあまり見えないが焦っているようだ。どこからか大勢の足音が近づいてくる。防弾ベストを身につけた警備隊員たちが列をなして踊り場に上がってくる。


「動くな! 武器を捨てろ!」


 武器を向けられたハヤトは言う通りにして両手を上げた。レイヴンは血溜まりの中に佇んだまま動こうとしない。


「現場で犯人らしき人物を見つけた。全身に防弾ベストのようなものと槍で武装している」


 警備隊員は下を向いて無線機で連絡している。彼はそれを隙と見たらしい。


「用は済んだ。帰るとするか……」


 警備員のほうを向いて槍を払うように振る。たちまち突風が起きて隊員たちを階段から突き落とした。すぐさま駆け出してさらに下に降りていく。


「待て!」


 ハヤトも後を追って階段を降りる。けれど靴の裏についた血油のせいで思うように全速をだせない。


 一足先にプラットホームについた彼はタラップを離昇させる。槍を地面に突き立てて横並びに並んだ小型輸送艦に飛び乗った。遅れてきたハヤトはそれ以上近づけず下がっていく可動橋の端で立ち止まった。


「忠告しておこう。近いうちに恐ろしいことが始まる。この怒り……俺だけのものではない!」

「恐ろしいこと……?」

「シュヴァリエによる虐殺。お前たちは疫病神だ」

「俺はやらない! こんな苦しみを誰かに味あわせるのは間違っている。君をみてよくわかった!」

「それは残念だ。だが、誰かがやる。お前とは縁がありそうだ。また会おう……」


 彼は背を向けて与圧扉を閉めた。カタパルトに押し出された輸送艦は船体シールドを抜けて宇宙に消えていく。エンジンに点火して速度を増した。ハヤトは遠ざかる艦影を見送ることしかできず、最後には(きびす)を返さざるを得なかった。


 その後、事情聴取のために都市警備隊に呼び出されたハヤトは解体屋と名乗った殺人鬼の一部始終を話した。すでに3人の死者が出ており、第1次メルタ降下作戦での同士討ち事件に関わっているとして、日がのぼる頃には再現写真が街頭に張り出され、指名手配となった。街のモニターには歪んだ笑みを浮かべる彼の美形の顔が映し出された。彼はその残虐非道な行いからチョッパー(切り刻む者)という通り名で広く知られることになる。


 とはいえ、都市警備隊はあくまで各居住層の治安維持のための組織であり、その権限の及ぶ範囲は基本的に艦内にある6つの階層にわかれた全長5キロの居住層の中だけに限られている。そのほか艦首部分に集中する軍事関係のエリア、艦底部に広がる迷路のような工業区画。艦尾のエンジンブロックから格納庫はセキュリティ上の理由で軍の管轄になっている。それに彼は元シュヴァリエだ。魔法のような技と装備からして警備隊の貧弱な装備では太刀打ちできないだろう。


 逮捕には期待していなかったが、チョッパーの行動特性はいくらか理解できたように思えた。夜を好み、どういうわけかシュヴァリエを憎んでいる。確証はないけれど、彼が言ったようにまたどこかで会う気がしてならない。ハヤトはそんな胸騒ぎに似た感覚で再会を予感していた。




 〔昼食はもういらない〕


 昼になるとアルバ小隊の面々は、いつものようにバーガー屋に集まっていた。


「カズキから誘わないなんて珍しいな」

「わりぃ! オレバカだからさ!」


 大柄なカズキはふざけた表情をみせた。さっさと店内に入って行ってしまう。その後ろ姿に呆気にとられていると、袖を引っ張られた。ふり向くと正体はレイナだった。


「なにかあったのか?」


 腰のホルスターから手を離したハヤトは、少し屈んで頭をそろえた。


「やっぱりちがう。あれだれ……?」


 レイナは動揺した様子だった。それは率直な疑問のようで冗談を言っているようには見えない。


「カズキに決まってるじゃないか。違って見えるのは脳を損傷したからかもしれない。手術で顔の皮も張り替えたらしいからね」


 なだめるように言って笑う。とはいえ、昨日の葬儀からずっと違和感を感じてる。若干の不協和音を気にしながら席に着くことになった。いつもならカズキのとなりに座るはずのレイナが今日に限ってとなりに座った。どうやら本当になにかが違うらしい。


 いつものように一番安いハンバーガーセットを注文する。レイナも同じものだ。カズキもいつものようにキッズミールを頼むだろうと思っていた。ところが――。


「オレはこの店で1番美味いサテュロスバーガーにするぜ!」


 なんとサテュロスバーガーセットを選んだ。あのカズキがオマケフィギュアが付いてこないセットをわざわざ頼むはずがない。しかも本物の肉を使った最高級品。サテュロスバーガーだ。カズキはああ見えて味はそれほど気にしてない。ようは腹さえ満たされればなんでもいいというようなガサツな奴だ。そんなものを頼むくらいなら同じ金でキッズミールを4セットほど食べるに決まってる。なのに、よりによってこれを選ぶとは。まさか……! 入院中にただのチーズバーガーを食べさせた腹いせなのか!?


「キッズミールならオマケも付いてくるが……。それでいいのか?」


 不審に思ったハヤトが冗談めいた言い草でさりげなく聞く。


「キッズミールなんか食うわけないだろ? 子供用の食いもんじゃねぇか」

「そうか……。聞いて悪かった」


 よっぽど怒っているのだろうか? 困ったハヤトは頭を掻いた。昨日からどこか様子がおかしいが、レイナの言ったことは本当みたいだ。


 それぞれのバーガーセットがテーブルに揃ってからもカズキの様子はどこか変だった。


 次第にレイナと同じような疑問が浮かんだ。体格も声も何も違わない。だけど何かが違う……。


「なんか変か?」


 カズキはバーガーを片手に首を傾げた。ほとんど瞬きしない黒くて丸い瞳が異質感を際立てている。そして、食べかけのバーガーにピクルスが挟まっているのを見てしまった。ピクルスが嫌いで食べられないはずなのに。


「なんでもない」


 そう言うとカズキは安心したように口を横に広げて笑った。そして唐突に話しだす。


「なぁ、アルカナ教団に入ってみないか? すげーいいとこだぜ? 部屋は両手を広げられるくらい広いし食いもんもある。メルタに住むことも約束されるんだぞ?」


 なにかに取り憑かれたような言動に、レイナとハヤトは顔を見合わせた。




 〔歪んだ心〕


 帰り道、ハヤトは気配を感じて立ち止まった。通りかかった建物の窓を見上げる。カズキとセリカが入院していた病院だ。


「なんかあるのかよ?」

「いや、気のせいだ」


 ハヤトが言うとカズキは笑った。かと思えばそばにいたレイナも巻き込んで汗臭い体に抱き寄せて肩を組んで歩き出した。


 自室に戻ったハヤトは部屋の電気をつけた。玄関を入ってすぐに、あまり使っていない4脚セットのテーブルと広いキッチンがある。3LDKの広い部屋には左には寝室、奥には持て余した空き部屋があった。この部屋はカズキの遊び場所として使っている場所で、木枠の土台には小さな戦場ができていてシープのフィギュアが群をなすように人間を襲っている様子を表現している。


 オルマ隊長が死ぬまでは両手ものばせないような狭い部屋が俺たちの居住スペースだった。アルバ小隊の隊長になってわかったことがある。ヴァンドラには空き地空き部屋が山ほどあるのに、あえて狭い部屋を割り当ててくるのはなぜか? きっと俺たちに反乱させないためだ。ナイフを振ることもできなければ銃を構えることもできない。それがシュヴァリエの首枷のような役目を果たしているように思えた。


 現にシュヴァリエの不満は高まっている。近いうちになにかが起きることは間違いない。


 暗い寝室に入ったハヤトは扉の裏に立てかけたオリーブ色の複合ライフルを手にした。大きなスコープや大容量マガジンを付けてわざと重くしてある。およそ5キロもあるそれを片手で構えて腕を鍛える。薄暗い部屋の中で、暇さえあれば一日中武器を手にしていた。自室の窓から何千キロも離れた僚艦の窓を覗き、乗員に狙いをつけて空撃ちする。あるいは見よう見まねで、ナイフを手にしては1人でコート掛け相手に格闘戦を繰り広げ、身近な鈍器で自身の体を痛めつけて痛みに慣れようとした。そうした奇行が今では日常だった。


 もし、このまま同じ毎日を続けるなら狂ってしまう。それは身をもって感じていた。しかしどうしていいのか分からない。セリカを失ったやり場のない怒り、いつ死ぬか分からない恐怖。様々な感情が行き場を失い、いつしか行き場のない攻撃性に変わり始めている。クローゼットにはかつて仲間たちが使っていた武器が並び、備え付けのベッドしかなかった質素な寝室は、いつしか武器庫のようになっている。ハヤトはカーテンと窓の隙間で座り込んで頭を抱えた。


 部屋の呼び鈴が鳴る。寝室からリビングに出ると天井に据えられたレールをつたって玄関に箱が入ってきた。レールに沿って玄関脇のテーブルに降りてくる。


 封を切ると白く四角い柄が入っている。今日買ったのは新しいスマートナイフだった。さらに自動で刃長を調整して敵を切りつけることができる最新のスマートソードもある。誰にも知られずそれらの武器が溜まっていく。


 さっそくそれを手にしたハヤトは歩きながら壁に貼りつけた人型の的に向かって投げつけた。


 回転しながらとんだナイフは、刺さるものがあれば、はね返って落ちるものもあった。これを成功率が高まるまで何度も繰り返す。ハヤトは足掻くように練習をつづけた。


「才能がない」母や隊長にも言われた言葉だ。どんな努力さえも無駄だったのかもしれない。俺はただ幸せに生きられたらそれでよかった。なのにレイヴンの言うように俺には誤った才能があるのかもしれない。ハヤトは呪縛のような言葉を切り裂くように刃を振るった。


 それは、16歳の少年というどうにも覆せない弱さを補うための殺意に満ちたものだった。


 その努力が何に向かうかも分からないまま、ハヤトは誰にも知られず、ただひたすらに足掻きつづけていた――。




 〔第2次メルタ降下作戦〕


 特別休暇も終わりを迎え、作戦当日。


 ヴァンドラが太陽系を離れ、メルタ星系に着いてから1週間あまりの時間が経っていた。惑星メルタの開拓は進んでいるものの、現地に住む獣人や原生生物の存在によってスケジュールは大幅に遅れていた。


 そして今回、小規模だった第1次降下作戦に続いて第2次メルタ降下作戦が始まろうとしていた。この作戦にはシュヴァリエ、陸戦隊のほぼ全戦力となる4万人と1万人あまりの志願した開拓民がメルタでの都市開発のために参加している。ブリーフィングを終えたハヤトたちは惑星降下が可能な両用駆逐艦に乗り込んだ。


 ヴァンドラから引き出された全長5キロの居住層は、彼らを乗せた上陸艦隊とともに惑星メルタへ降下する。各地に散らばった上陸部隊はメルタ制圧にむけて動き始めていた――。

次回、第8話:〔獣の惑星〕

 メルタの各地に降下した部隊は探索を行いつつ、首都として開拓中の居住層を目指すという単純な任務が割り当てられていた。だがしかし、この星に住み着いているのは温厚な生物だけではなかった――。

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