第5話:〔ラミア襲来〕
オーフェン小隊のダミアンを撃破したハヤト。しかしアルバ小隊の損耗もかなりのものだった。部隊を率いていたハヤトは、ヴァンドラに帰ると尋問を受けた。
その日、ヴァンドラは惑星メルタのターミナルポイントから現れたシープの先鋭集団と交戦していた。
宇宙を歪ませ、亜空間から現れたそれはヴァンドラよりも大きい突撃型シープ。通称パーンだった。さながら有機的な空母のような役割を持つ種類であり、円錐形の巨体には張り付くようにして数千匹もの子羊たちが共生している。これでも戦力としては、並み程度の集団だった。
「きたか。全艦集中放火を仕掛けよ!」
重力変動を事前に察知していた坂本艦長はすでに艦隊を退避させていた。艦隊は正面を向けたまま遠ざかり、敵に艦隊を追わせるようにして時間を稼いでいる。3体のパーンはキノコの傘のような部分で光線を散らしながらヴァンドラを追って前進する。
「このままでは押し切られるでしょう。主砲を使いますかな?」
「それはできない。いま使ってしまえば、その光は宇宙のどこからでも目についてしまう。そうなれば他の文明に我々の位置と科学力を知らせてしまうことになる」
「ではどうしましょうかな?」
黒巻副長は坂本艦長に指示を仰いだ。艦長は両手を組んで唸るばかり。そんな時、パーンの傘の裏から子羊たちが胞子のように飛散した。
「敵のパーンからバフォメットが散開! 向かってきます!」
オペレーターの一声が艦橋の緊張を高めた。
「後進一杯。反撃しつつ数を減らせ」
坂本艦長は冷静に言った。それに応えるかのように正面の大窓を照らす色とりどりの線は数を増した。
とはいえ、物理法則に縛られないヒツジたちはどんな犠牲を払っても動じない。白い濁流と化したバフォメットの群れは無数のレーザーを浴びながら、それを上回る速度と物量で押し進んでくる。
「敵が第1防衛ラインを突破。距離12光分に接近! このままでは左右に回り込まれます!」
レーダー上に陣形をひいた水色の三角が外側から順に削られていく。艦隊の前を抑えた敵の大群がヴァンドラを飲み込もうとしているのは明らかだった。
艦隊の外側から縫うように向かってきたバフォメットたちは艦隊の合間をすり抜けて陣形の中心に向かっていた。外見は手足を毛にうずめただけのちっぽけなヒツジに見えるが、その最高速度は光速に迫るほど。そんな並外れた機動性を前に艦隊の大半を占める全長150メートルほどの2等軍艦は、側面からなす術なく破壊されていった。
「シープ、本艦衝突まで48秒」
オペレーターの報告と共にヴァンドラの艦橋にサイレンのような警報が鳴り響いた。正面の大窓にはすでに防護シャッターが降りている。開放的だった艦橋は狭苦しい閉塞感に包まれていた。
「艦長。このままでは直撃しますが?」
「本艦の迎撃は守備隊にまかせる」
艦橋の中でも一段高い指揮所に座る坂本艦長は、手にしていたガイアベラムを閉じた。その小さな茶色い手帳のおかげか、坂本艦長はこの状況においても恐怖を感じていないように見えた。背後に立つ副長は汗を拭う。
「本当に……。よろしいのですか?」
「いまの我々ができる事は見ていることだけだ」
坂本艦長が言ったように鈍重なヴァンドラがとれる手段は限られていた。スラスターを使っても効果が出るのは数分後のことで、いまさら間に合わない。無駄な悪あがきさえしない艦長に黒巻副長は驚嘆した。
ヴァンドラの側面に展開した豆粒ほどの護衛艦隊は進路を変えた。艦隊の多数を占める2等軍艦には戦艦のような旋回砲塔がついていない。そのため、艦首を向かってくるバフォメットに向け、同軸に埋め込まれたレーザー主砲を連射した。バフォメットたちはレーザーを浴びて数を減らしていく――。
「バフォメットが……。90度旋回してきます!!」
オペレーターは目を疑った。すれ違うと思われたバフォメットの群れは艦隊の側面で突然進路をかえたのだ。コンソールの進路予測モデルが映し出したのは、通常の楕円機動ではなく、物理法則を無視した直角の軌道だった。その赤い終端線は艦隊中央のヴァンドラに向かって伸びている。それを見た誰もが、あっと声をあげた。
「そんな! 物理法則に反しているわ!」
白衣姿のセリア技術部長さえキーボードをデスクに叩きつけた。
「防御フィールドを重力制御に使ったようですな……」
「そのようだ。あのシールドもパーティクルフォースの産物。多少の願いは叶うようだ」
冷や汗をたらしながら平静を装う副長をよそに、坂本艦長は興味深そうにバフォメットの映像を見つめていた――。
真っ二つに折れた戦艦の爆炎の中をバフォメットがくぐり抜ける。
『敵集団。高速接近!』
最終防衛ラインには宇宙空間を漂う白い機甲服を着たシュヴァリエ隊員たちが槍を片手に待ち構えていた。バフォメットたちは構わず正面から突き進む。隊員たちが槍を突きだすと同時に、一瞬のうちに連れ去った。
隊員たちはバフォメットに組みつかれながら槍を突き立てた。先端のドリルがモコモコの体を穿つ。
ボンッ!
くぐもった小さな破裂音を鳴らしてバフォメットは口から煙を吐いて体を膨らませた。
最終防衛線を抜けたわずか3匹のバフォメットは実弾兵器の有効射程に入った。ヴァンドラからの弾幕がよりいっそう厚くなる。ここでシープたちはさらに速度を上げた。体が白く発光。光速にせまった。ヴァンドラの船体各所ではバルカン砲が唸りをあげて弾丸を吐き出している。しかし、それは無意味なことだった。物理法則に縛られた弾丸の雨は止まっているも同然だった。文明の粋を集めたレーザー兵器も同じこと。全力を出したシープより何倍も遅かった。
「ダメです! まったく当たりません!」
オペレーターが艦長に振り向いた。その一言に艦橋の緊張は最大限に高まった。
「衝撃に備えよ」
坂本艦長はマイクを手にして言った。
バフォメットたちは一瞬のうちに進路をふさぐ護衛艦を突き抜けた。わずか3匹の精鋭はヴァンドラにぶつかる直前で急ブレーキをかけた。虹色の膜にゆっくりと首を突っ込んでシールドを透過する。大気が充満するシールドの内側に入り込んだヒツジたちは甲板に爪痕をつけて雄叫びを上げた。
「バフォメットが甲板に着地。手足を形成してタングに変体します!」
「足を生やしただけじゃないの! あれでも別種の扱いなのね……」
映像モニターを見ていたセリア技術部長は、呆れた様子で呟いた。
甲板に降りたシープたちは久々の大気を吸い込んで元気に暴れ回った。近くにいた兵士たちを体当たりではねて、光線を吐き散らした。邪魔がなくなると下を向いて胃液を吐いた。地面に溜まった黄色い液体は気泡と湯気をたたせて沈んでいく――。
「艦長。奴らが甲板に穴をあけています! このままでは第1層居住区に侵入します!」
「ただちに各居住層の都市防衛司令部に通達。迎撃態勢を整えよ。中で暴れるまえにあれを仕留めろ」
坂本艦長はシープをさして命令した。
ヴァンドラの艦内は上下に同じ広さの居住層が蜂の巣箱のように積み重なっている。艦内に入り込んだシープたちは外界から閉ざされた街を目指して分厚い装甲を掘り進んでいた――。
〔消えない記憶〕
わずかな揺れに目覚めたハヤト。布団に入ったまま壁に立てかけられたプライマリーロッドを見た。木製の持ち手には泥と赤黒い血の跡が付いている。昨日起きたことは間違いなく現実だった。
湯船にお湯を張る。黒ずんだ紺色のジャケットから拳銃まで、昨日を思い出すようなものをすべて一緒くたに漬け込む。起きたそばからスポンジを手に無心で洗った。
ジャケットを手にするとポケットになにかある。ハンカチに包まれたそれは、金色に光り輝くふたつの金のカフスボタンだった。
「シェオルさんにもらったボタンか……」
これを売れば生活には困らない。けれど、ひとときの幸せな記憶がこもったそれを手放すことはできなかった。
〔第2層居住区、医務室〕
どの病室のベッドにも大怪我をした隊員たちが横たわっている。腕や足には包帯が巻かれ、赤く滲んでいる。ほとんどが味方の弾丸による怪我のようだった。
シュヴァリエが使う対シープライフルの弾丸には、20ミリ、12.7ミリ、稀に14.5ミリのものがある。どれも機関銃に使うような、大きくて重くて破壊力に富んだ弾丸だ。
普通の人間がシープに撃っても、効果が見込める最小の弾丸で、グラハム因子をもつシュヴァリエが使えば添加されたシールドによって射程と貫通力を高める。
これが当たったらシールドもほとんど意味をなさない。この病室の光景がその結果だ。
「足を怪我しただけで、まだ歩けます!」
「いいにくいんですが、貴方の隊長は治療費を賄えていない。その怪我は治せないんだよ。だから君には船を降りてもらうしかない」
医者に言われたその言葉を聞いて、少女は地面に膝をついて泣き崩れていた。医者は困ったように頭を掻いている。その様子を見てしまったハヤトは手にしたばかりの松葉杖をそっと元の場所に返した。カートに轢かれた足の怪我はまだ完治していない。いまの資金繰りではカズキの治療費、昨日使ったおよそ3000発の支払いを考えると彼女と同じように治せる見込みはまったくない。
戸をあけて病室に入ると、カズキは白いベッドの上にいた。ミイラ男のような風貌でイビキをかきながら眠っている。となりのテーブル席では片腕にガーゼを巻いたレイナがカズキを見守っていた。
レイナのとなりに座って、バッグの中から赤い紙袋をテーブルに置いた。ほんのり食用油のいい香りが病室に漂った。
「さっきまで起きてたんだけど、薬で寝ちゃってる」
「そうか……。レイナは、怪我は大丈夫か?」
「うん。大丈夫。軽い怪我だから」
「それならよかった。だけど残念なお知らせがある。特別休暇は今週だけだ。来週からまたメルタに降下することになった」
「しってる」
レイナはいつものように平然と答えた。けれど、それが彼女の本心ではないことは口調からすぐにわかった。
「そうだ。バーガーどれがいい? カズキの好物だから色々買ってきたんだ。全部キッズミールだけど」
「カズキ。キッズミールしかたべないからね。こんなときセリカがいたらきっと笑ってたはず」
「あぁ……」
カズキの隣にはセリカもいる。ベッドに横になったまま眠り続けている。ハヤトは彼女の寝顔を見た瞬間に当時の状態が重なって見えた。
セリカは頭を粉々にされ、それを先代から受け継いだプライマリーロッドという医療杖で再構築した。意識はまだもどっていない。失敗したようだ。
脳裏にミシロさんが言ったあの言葉が思い浮かぶ。「失敗ならすぐわかる」と。認めたくないだけで、分かっている。現状を見れば結果がどうなのか明らかだ。
「どうみても失敗だ……」
ハヤトは嗜眠状態のセリカの手を優しく握った。心臓の鼓動と体温がまだ生きていることをわからせた。
けれど、先代から聞いたことがある。プライマリーロッドが治せるのは理解しているものだけだと。仮にその話が本当なら、彼女を不必要に苦しめてしまっているかもしれない。
「セリカのようすはどうなんだ?」
突然の声にハヤトは肩を震わせた。
「うわぁっ!? カズキ、起きてたのか! セリカは――」
ハヤトは目を泳がせて言い淀んだ。それから「どうかな……」と笑ってはぐらかした。
「そこにいるのかよ!? 目があんまり見えねぇから音を頼りにしてんだ」
「鼻も頼りにしてるでしょ」
レイナはバーガーの包みをカズキの目の前で左右に振ってみせる。カズキはそれを掴み取った。
「やっぱりね」
レイナが静かに笑った。
「なんなら種類も分かるぞ。これ、サテュロスバーガーだろ?」
「そうね」
ハヤトとレイナは思わず顔を見合わせた。
カズキが手にしたそれは、ただのチーズバーガーだった。サテュロスバーガーは本物の肉を使っている。安いチーズバーガーとは訳がちがう。でも、カズキは最後まで気づくことはなかった。
「さて、今日もお楽しみの時間と行きたいが、目が見えねぇからな。手触りで当ててやる」
チーズバーガーを食べ終えたカズキが手でテーブルの上を探る。ハヤトは近くにあった小さなオマケの袋を寄せて見つけやすくしてあげた。それを手にしたカズキは袋の上から手触りを感じとる。
「この丸みで足がついてない。マジか……。全部バフォメットかよ?」
不透明のビニール袋をあけてテーブルに中身を出していく。白く丸い体に黒い頭。カズキの予想は的中していた。同じ姿をした3匹のフィギュアがテーブルに転がった。
「ラミアなら欲しかったけど、バフォメットは100匹くらい持ってるしな。ハヤトにやるよ」
カズキが追いやった小さなヒツジたちを渋々受け取る。
「なぁ。本当にセリカはダメそうなのか?」
カズキは思いついたかのように唐突に言った。
「容態は……。カズキのほうが良いかもしれない」
「そこまでひどくない。骨折も内出血もないから、大丈夫だろうって言ってた」
ハヤトの言葉にレイナが合わせるように言った。
「なんだよ。それなら大丈夫じゃんか」
顔全体に巻かれた包帯が頬を上げるように動いた。カズキの表情は安らいだように見える。
「こういうことは嘘でもいいというべき……」
レイナはハヤトの耳もとでボソッとつぶやいた。
「そうだったか……。悪気はないんだ」
レイナに謝ってハヤトは話を続けた。
「ところで、こんなことをした犯人は誰だと思う?」
「犯人? 間違って実弾が混ざったわけじゃなかったのかよ?」
顔をあげたカズキは、戸惑ったようすだった。上層部が公表した「弾薬係の不注意で起きた事故」という話を本当に信じているらしい。
「拳銃はファル大尉がやったらしい。だけどライフルの弾はたしかに模擬弾だった。なのに確認したら銅弾になってたじゃないか」
「実弾と模擬弾じゃあ、重さがちがうだろ? さすがにわかるぞ?」
「カズキは弾倉の仕組みを知ってるか?」
「バネで押してるんだろ? それくらいオレも知ってるぞ?」
「全然違う……。それは昔の話」
レイナがため息まじりに言った。カズキには口で言っても理解できないだろう。彼のプライドのためにも、何かたとえられるものがないか探した。すると、病室の外にいたシュヴァリエがちょうど同型のライフルを持っていた。そこで、予備の弾倉をかりてきて実演してみせた。
「この弾倉は普通のとは違うんだ。1発目よりあとの弾は異次元にはいっているから、重さを測っても1発分しか増えないし減らない」
そう言って、目が見えなくても分かるようにわざと音をたてて弾倉から次々に弾をぬきとってみせる。病室には弾薬を抜き取る音だけがしばらくつづいた。そうして明らかに弾倉に入りきらないであろう数の銃弾をテーブルにならべてみせた。
「つまり1発目以外の弾は、ぜんぶ異次元にあるから弾倉の重さは変わらないってことだな?」
カズキが半信半疑に聞いた。
「そのとおり。だから銃の重さじゃわからなかったんだ。異次元保管システムのおかげで、弾はそうそう切れないし、残弾は横のカウンターを見ればわかる。おまけに反動がないから音でしか違いがわからない。貸してくれてありがとう」
ハヤトは弾倉を持ち主にかえした。その時、今朝の出来事が脳裏に浮かんだ。まさか銃を激しく落としてしまったからシステムが狂って実弾を出してしまったのではないか?と血の気が引いた。高価な電子装備だから有り得なくはない。だけどよく考えればその疑いも薄い。もしそうなら他の部隊の銃は正常に動作していたはずだ。
「今回のことは事故じゃない。きっとだれかが仕組んだことなんだ。俺たちを襲ったダミアン。あれは人間じゃないみたいだった」
「人間じゃないって……。なんなんだ?」
「分からないけど俺が見たときにはゼリーみたいに溶けてたんだ」
「噂で聞いたことあるぞ! そいつはヒツジ人間だ!」
カズキが犯人を見つけたかのように声をあげた。
「ヒツジ人間? そんな奴がいるのか?」
手にしたアビリティ端末に念じて検索してみる。すると羊の頭がついた人間や見覚えのある有名人の画像が検索結果にでてきた。さらにイメージして他のサイトを見た。瞳孔が横長で水を嫌う。皮膚が余ってる。首をかしげるのはターゲットにされている暗示など、陰謀論めいた胡散臭い話ばかりが載っている。
「ヒツジ人間なんているか? だとしたらシープは人間と同じかそれ以上に頭がいいことになるじゃないか」
話を聞いて疑問を口にすると、カズキは身振りでおどけてみせた。
「真実は分からねぇけどな。技術部の新兵器って噂もある。サナギみたいに人間を溶かして脳だけで動くらしいぞ?」
「なんでもありそうね……」
レイナが片手間につぶやいた。まったく信じていないようで、見向きもしない。ドリンクを片手にアビリティ端末で暇を潰している。
「それで、犯人は見つかりそうなのか?」
「わからない。怪しいのは武器科にいたあの青年だ。手に蛍光塗料がついていたし、弾倉に細工もできただろう。ダミアンと弾薬を積み込んだのも彼だった」
「じゃあそいつが犯人じゃんか!」
カズキがハッキリと言った。
「だと思ってる。だけど証拠がないんだ。1週間のあいだに調べてみるよ」
犯人を探す。最初からそう決めていた。今回の事件はシュヴァリエに対する明らかな殺意を感じた。もしかすると銃弾をはじいた黒いダミアン。あるいはファル大尉がこれに関係しているかもしれない。取り柄かどうかは分からないが、一度やると決めたら、とことんしつこい。犯人らしい奴がいれば一日中つけまわす覚悟もある。たとえ頭が悪くても、手がかりがある。どこまでも追い続ければ、いつかなにか答えが出る。少なくとも今はそう考えることにして、俺は事件について真相が分かるまで調べる覚悟だった。
「少し出かけてくる。レイナ、カズキを頼む」
覚悟を決めたハヤトは真剣な面持ちで席を立つ。
「おうよ! 気をつけてな!」
「ほーい。病室ではお静かに。騒がしいっての……」
騒ぐカズキのとなりで、レイナは笑みを浮かべて目を細めた。
病室を出たところでカズキの担当医とすれ違う。緑のユニフォームに背の高い整った顔立ちの医者だった。
「先生、ちょっといいですか?」
「なにかな?」
細身の担当医はハヤトの顔を見るや、カクッと首をかしげた。目の瞳が黄色で瞬きした瞬間、瞳孔が横にぐるりと回転したようにみえた。不思議に思ってハヤトも首をかしげた。
「カズキとレイナの怪我は治りそうですか?」
「1週間もしたら完璧だよ!」
医者は笑ってカルテを見せてくれた。だけど、アラビア語のようなめちゃくちゃな字で書いてあってまったく読めなかった。
「そうですか、セリカは……。どうでしょうか?」
「あの子も1週間で完璧だ!」
「そうですか……! ありがとうございます!」
「それじゃ、薬をあげなきゃね」
医者は青い小瓶を白衣のポケットから取り出してみせた。液体を混ぜるように小刻みに振って病室に入っていった。
〔武器庫〕
「技術部からも事故調査のために何人か来てカメラを持って行ったが、こんな黒焦げになっちゃデータなんか飛んでるさ」
武器科のおじさんはそう言ってダミアンの黒焦げヘルメットを上から手でたたいた。両目の赤い赤外線レンズが蝋のようにたれている。テーブルには煤がこぼれていて、それを持ってきたおじさんの手も真っ黒だ。
「手がかりになると思ってここまで来たのに、残念だな……」
ハヤトは小さな声でつぶやいた。オーフェン小隊のダミアンに付いていたカメラは外付けタイプのもので、手がかりになりそうな記録は炎の中を歩いたときにすべて焼けてしまって、データはなにも残っていない。あの時いた武器科の青年もあの日以来姿を見せていないという。
「じゃあ、ドリルランスはありますか?」
「あるよ」
おじさんが銀色の槍をカウンターに置いた。シリアルナンバーを登録し、会計を済ませたハヤトは、鉄パイプにドリルをつけたような簡素な作りの槍を受け取る。これが黒いダミアンの意思に沿うように飛んだ。推進器もついていないのに、不思議なことだ。
「ハヤト、ここで何してる?」
振り向くと紺色の上着にベレー帽の冴えない顔が嫌でも視界に入った。この世でいま、絶対に会いたくない人だった。
「ファル大尉……!」
見かけたそばから感情が昂ってしまい、不機嫌な表情を隠せない。
「昨日はすまなかった」
「話がぜんぜん違うじゃないですか! 大尉は訓練に危険がないと言いましたよね? なのにあの化け物は!?」
頭を下げる大尉を前に、ハヤトは食いかかるように声を荒げた。
「シュヴァリエを守るために外周にいた陸戦隊が、どういうわけか撤収していた。それにあんな生き物がいることは俺も知らされていなかった」
「セリカとカズキは重傷を負ったんですよ」
「シュヴァリエなら、仲間の死は当然起きることだ。今回は――」
「セリカもカズキも……。死んでません!」
ハヤトが怒鳴ると、ファル大尉は目を泳がせた。食いしばった手に力がこもる。
「そうだったか。すまなかった……」
ファル大尉はさらにこう言った。
「実弾を入れるよう手配したのは拳銃だけだ。ライフルのことは俺だって知らない」
その言葉にハヤトは口調を荒げる。
「あなたほど迷惑な善意は初めてだ! それならそうと、なぜ隊長の俺に言ってくれなかったんですか!?」
「拳銃を使うほどの状況になるとは思いもしなかった。不測の事態には言うつもりだったが、状況を知ることさえできなかった」
そう言ってファル大尉は落ち着かない様子であたりを見回した。頼りない上官の様子にハヤトは怒りが込み上げる。無意識に肩にかけていたライフルの負い紐に手をかける。
「俺の間違いだ。あなたを信じた俺が間違いだった……!」
拳を握りしめたまま、殴りたい衝動を必死に抑える。このままでは手を出してしまう。そう思った。ドリルランスを手にしたハヤトは、足音を強く響かせながら武器庫を離れた。
〔ラミア襲来〕
オリーブ色のアサルトライフルを背負ったハヤトは目の前の噴水の音を聞きながら公園のベンチで街ゆく人を眺めて心を落ち着けていた。
晴天の空に澄んだ空気、全て作り物だ。
スーツ姿の青年が食べかけの弁当をゴミ箱に捨てたとき、どこから見ていたのか赤髪の少女がソレを嬉々と掘り返した。が、目当てのものではなかったのか、俯き気味にこっちに歩いてきた。近づくにつれて下水のような鼻をつく香りが強まってくる。
近くにいた街の人たちはハヤトの隣に座った少女を避けるようにその場を離れていった。この辺りではちょっとした有名人らしい。少女の身なりはお世辞にも良いとは言えない。だけど、ほかとは違う雰囲気を感じた。それはシュヴァリエの猛者がもつ独特の異質感に近いものだ。強いて言うなら、磨けば光るかもしれない逸材と言うのだろうか?
髪は多少気にしているようで洗っているように見えるがツヤがない。元は白かったであろう服も今では灰色だ。おそらくずっと着ているものだろう。服も食料も支給されるのに、こんな臭くて汚いものを好き好んで着るなんて、変わったやつだ……。
「この弁当食べないか? 俺は食べる元気もないからさ」
ハヤトは何気なく声をかけた。今日の分と明日の朝の分。部隊に支給された弁当は2個もあった。俺が食べても胃袋に消えるだけだが、彼女にとっては意味のあるものだろう。
「毒入りやな?」
少女は訛りのある声で野犬のような鋭い目つきを向けた。恨みをもっている。そんな目つきだ。
「俺の目を見れば分かるだろ? 毒はない」
ハヤトは堂々と目を見つめ返す。そして笑顔を見せた。
「はぁ……? このご時世に優しくできるなんて、お人好しやなぁ……」
「優しいわけじゃない。余裕があるだけだ。君に似た境遇のときは人に言えないようなことをしたんだ」
ハヤトはそう言うと、複雑な表情で笑ってみせた。
「それに誰も助けてくれなかったらどうなるか。よく知ってるはずだ」
「あんたも野良だったんか?」
「そうかもな」
ハヤトはそれ以上語らなかった。地球でも戦いの日々だった。嫌気がさして逃げた先でも戦いがあった。人々の噂を頼りに、厳しい環境を生き抜いてやっと見つけた方舟。それがヴァンドラだった。
公園の隅で飛び跳ねる子供たちを眺めた。彼らはそれが命だとは知らずに、アリの行列を踏み潰して遊んでいる。あんなふうに戦えたらきっと英雄になれるだろう。ハヤトはそう感じて、彼らが羨ましく思えた。
「考えすぎじゃないんか?」
隣に座る少女は呆れた様子で言った。
「そういえば名前を聞いてなかったな。俺はハヤト。見ての通りシュヴァリエだ。君の名前は?」
「ファミ。そう呼ばれとるな」
彼女はそう言ってベンチから立ち上がる。悪臭が風に乗って漂った。ハヤトが内心嫌そうにすると、空気を震わせるほどの地響きが上から体をつきぬけた。
「いまのはなんだ!?」
「宇宙で地震かいな」
ハヤトとファミは揃って青空を見上げた。揺れが収まると公園にいた親子や会社員は困惑した表情で斜め下を向いて手元の端末で情報を探っている。
誰かが遠くでなにかを叫んでいる。非常警報も鳴っていない。まさかそんなはずは……。
慌てて空を見上げてみるが、なんの変哲もない青空が広がっている。周囲にいた人たちも不思議な現象に何事かとざわめいている。そんな中、気づけば隣にいたファミの姿がない。姿を探すと混乱に乗じて道の真ん中にあった排水溝をこじあけて中に入っていくところだった。
「地下に住んでたのか……」
思わず声がもれるほどハヤトにとっては衝撃的な光景だった。その場に残されたハヤトは食べかけの弁当を口いっぱいに詰めこむと、ドリルランスとライフルを手にして立ち上がった。
上の階層もここと同じように町がひろがっている。この様子だと、どうやらそこで何かがあったらしい。
今になってサイレンが鳴り出した。巨大なトンネル状の居住区に大音響が跳ね返る。ハヤトは思わず体を縮めた。
『緊急放送。各階層の都市防衛隊、陸戦隊、シュヴァリエ各隊は白兵戦装備で都市を防衛せよ。艦内に敵が侵入。一般市民はただちに――……』
抑揚のついたサイレンにつづいて自動音声の艦内放送がながれた。その音声が途中で途切れた。空から爆発と地響きのような音がしてくる。
空の一部が四角く断線した。真っ黒になったスクリーンがひび割れる。空気が振動し、割れたガラス片となって街に降り注いだ。破片が人々に突き刺さり、あざやかな空を映していたそれが、道路を走っていた車をつぶした。
「シープ!! ここまできたのか……!」
ハヤトが見上げる先には天井にあいた穴。そこから頰の痩せたヒツジたちが顔をのぞかせていた。品定めをするかのように顔を押し合って階下の街並みを眺めている。
そのうち1匹が骨の音を鳴らした。顎が外れるほど口をあける。ギクシャクとした動きで顔をあちこちに向けて奇怪に動いている。そうして体を小刻みに震わせると、喉を絞って光線を吐いた。
ピチュン!!
一瞬の閃光と軽く高い音がした。爆風が窓を破り、立っていた人々を吹き飛ばす。上層居住区の車や人、瓦礫にまぎれて3匹のヒツジがふってくる。
「あぁぁぁ! ヒツジだぁぁ!」
誰かが上をむいて叫んだ。彼はすぐに血溜まりになった。歩道に降ってきたシープの下敷きになったからだ。ほかの2匹も背中から落ちてきて、道路にクレーターをつくった。
ドーン! ドン! ドーン!
居住区に落ちたシープたちが街の地面を震わせた。
「やるしかないか……」
ハヤトは背負っていた見せかけのライフルを手にした。人間相手の護身用に持ち歩いているだけだが、何もしないより良いはずだ。立ちあがろうとするシープに向けて撃ちまくった。けれど5.56ミリの弾丸はまったく役に立たなかった。シープの体を覆う防御フィールドが見えない装甲のように銃弾を滑らせてしまう。
弱点にみえる面長の顔面を狙っても、結果は同じ。
「この程度の武器じゃシールドを抜けないか!」
それならとライフルの下に取り付けてあった短銃身のショットガンを連射した。弾速が遅い弾ならシールドの影響を受けないからだ。
あいにく装填していたのは、安い散弾だった。全身に豆粒のような弾を浴びて、気分を害したように背中の筋肉を波打たせた。怒ったシープは逃げ遅れた少女を見つけて飛びかかった。そのまま馬乗りになった。仰向けに無防備になった手を蹄の前足で押さえつけて動けないようにする。さらに背中をパックリとひらいてワームのような丸い口を出現させると、中から真っ白な触手を伸ばして手足に這わせていく――。
「いやぁぁぁ!!」
武器は効かない。近づけば間違いなく襲ってくるだろう。でも、見ているだけではいられない。ドリルランスに持ち替えてシープを突き飛ばした。
メェッ!!
ひっくり返ったシープを踏みつける。腹の真ん中にドリルランスを突き刺して少女の手を引いてシープから助け出した。
「今のうちに逃げるんだ!」
シープが立ち上がり、首を振る。遅れて体にめり込んだドリルが炸裂した。綿毛が舞い、透明な粘液が飛び散った。その音を聞いたほかのシープがおもむろにこちらを向いた。首を長くのばして傾げる。そのままトコトコと近づいてきて、瀕死の仲間の匂いを嗅いだ。
「もう武器がない。ナイフさえあれば……」
距離をとって立ち竦んでいると上空から道路を歩くシープめがけて、数機の円盤型無人機が突っ込んだ。
「ギェーー!!」
ヒツジたちは道の真ん中で奇怪な鳴き声を上げた。粘着性の燃料を浴びて、のたうちながら燃えていく。
「やった! ジンギスカンだ!」
ハヤトの笑顔もつかの間、瞳に映る炎の中のヒツジたちがスンッと動きを止めた。集まって寄りそってゆく。粘土のように混ざり合い――。サソリのようなシルエットが炎のなかにうかびあがった。
「あれは……! ラミアか!?」
炎さえ克服したその姿、ラミアとなったシープが火の中から姿を見せた。
シープ特有のクリーム色の体に、巨大な人間の手のひらに似た胴体をもつ怪物だ。色白の胴体から細い指状の足が生えていて、背中にはサソリのように前を向いた尾がついている。その先端にはヒツジの顔面があり、それがこちらを向いた。
「まさか。やる気か!?」
ラミアの正面にいたハヤトは身構えた。ラミアは尾の先についた口をあけた。ハヤトは噴水に飛び込んだ。光線の熱で水が泡立って水かさが減っていく。その光は公園を貫いて背後のビルまで焼き切るほどだった。直線にあったものは残骸に変わり、地面でさえ崖のように深く裂かれている。
「あんなものを吐かれたら街がもたない!」
そこへ背後から全身を機甲服に身を包んだふたりの兵士が左右に身を揺らしながらやってきた。先ほどの光線は彼らを狙ったものだったらしい。
鋭い一角のついた騎士のような白いヘルメットに青い双眼。手足は白い装甲に覆われている。かなりスリムな体型で胸元だけを保護した丸みを帯びた胸部アーマーは古風な朱色の落ち着いた色合いになっている。試作段階だった銀色のダミアンとは雰囲気がかなり違う。
「よく抑えた! 俺らが死守するよう命令されてきた。分かったら逃げろ。この機甲服の力見せてやる!」
ハヤトの横で立ち止まった彼らは颯爽と目の前を過ぎ去った。直後、ラミアが胴体についたもう一方の口をあけた。細い光線が彼の頭を照らした。さらにその場で一回転する。体を振り回して尻尾を槍のようにのばした。もうひとりの隊員が弾き飛ばされてハヤトの前に転がってきた。機甲服から投げ出された装着者は身動きをしない。けれど、ヘルメットのアイレンズは光っている。動くみたいだ。
「これを着たら、戦えるか……?」
操作方法はいくらか知っている。上着を脱いだハヤトは目の前に倒れた機甲服に袖を通した。足具を身につけ、深呼吸する。決意したように前屈みの体勢から立ち上がった。
目の前に画面が現れた。見た目とは違って視界は広く確保されている。装甲は改良してあるようで、関節部にも可動式の装甲が付いている。
「インナースーツがないと動作が遅いな」
ハヤトが手を握るとわずかに遅れて機甲服の腕も同じ動作をした。ヘルメットの通信回線がオンラインになった。とたんに誰かと話す聞き覚えのある声が耳元で聞こえた。それはセリア技術部長の声だった。
『2号機、再起動したわ! だけど生体情報が違うわ。あなた誰なの!?』
「俺はシュヴァリエの天崎ハヤトです!」
『その声、たしかハンバーガー食べて喉詰まらせてた子よね? なんでダミアンを着てるわけ?』
「これを着ていた人が倒れて……。ほかに誰もいないから、俺が代わりに着たんです!」
『それなら助かるわ! 戦車隊が到着するまでラミアを足止めして欲しいの』
「あのー、なにか武器はないんですか!?」
ハヤトは会話しながら光線を撃たせないように、ラミアとの距離を詰めた。手元の攻撃ボタンを押す。ワンテンポ遅れてパンチを繰り出した。さらに追撃するも避けられて空振りした。
「外れた!? 動きが重い!」
他のボタンを押してみても、ゆっくりした動きのストレートパンチしか出ない。
「どうやって動かすんだ!? 操作系が違う!」
ハヤトは慌てながら手元のグローブ型コントローラーについた指先のボタンを順番に押していった。プリセットされた動きはどれも役に立ちそうにない。両足も何かが引っ掛かって左右に動かせず、ラミアの横を前に進むことしかできなかった。
『なにやってんの! 敵に背中を向けるなんて!』
「セリアさん! 左右の振り向き方は!?」
『はぁ?』
セリア部長の答えを聞く前に、足裏のスラスターと体重移動を駆使してラミアに振り向いた。ラミアは口を開けて待ち構えていた。後頭部に付いた後部カメラが視界の隅に逃げ遅れた人々を映した。
「これ、あの光線耐えますか?」
『液化流体装甲があるからシュヴァリエなら数秒は耐えるわ! けど直撃はムリよ』
「避けたら人に当たっちゃう。それに、もし光線が壁に当たったら船体を貫通するかもしれない。やるしかない……」
ハヤトは覚悟を決めてラミアが放った光に包まれた。両足の側面に3つずつ配置した縦長の燃料タンクが次々に誘爆。大きなキノコ雲をあげてハヤトは煙に包まれた。
目を開けると、どういうわけかまだ生きていた。地面に倒れたハヤトが身を起こすと、白かった装甲の塗装がひび割れてパラパラと崩れ落ちた。カメラには無傷の民衆の姿が映っている。
「よかった、みんな生きてる……」
そう思ったのも束の間、目の前のモニターがショートした。
「うわぁっ!?」
火花が散って画面が暗くなる。すぐにカウントダウンがはじまって、システムの再起動にはいった。パワーアシストがオフラインになっている。装甲が重くて、体が思うように動かせない。
「なんだこのポンコツは!」
どうにか上体を起こす。そこへ何本もの足を動かしてラミアが走り寄ってきた。ツノを向け、ハヤトの顔面めがけて突進する。
鐘のような音が鳴った。ハヤトはのけぞって地面に叩き付けられた。
「うわぁっ!」
ガッ!
ハヤトは地面に後頭部をうちつけた。ヘルメットの中で頭を揺さぶられ、額から血を流してうめいた。ようやくカウントダウンが終わってOSが再起動した。エンジンが再始動する。機甲服のシステムOS『LT-6000』が表示された。さらにヒツジのロゴマークのあと、システムがスタートアップする。暗視システム、聴音センサー、いらないものばかりが順番に起動していく。
「そんな機能いらない! 動けばいい!」
ハヤトは無理矢理手足に力を込めてモーターに逆らった。
装甲の外では、ラミアは仰向けになって動かなくなったハヤトを執念に踏みつけていた。腹部の装甲がひしゃげていく。さらに噛みついて首を振る、割れた装甲が宙を舞い、ハヤトの体が露出する。そこを狙って前足を上げ、さらに踏みつけようとした。その瞬間、ダミアンはひび割れたバイザーを青く光らせた。
「まにあった……!」
ラミアが顔を下に向けると、ハヤトが足を受け止めていた。ハヤトが手に力を入れる。蹄が割れてラミアが悶えた。立ち上がったハヤトの視界の真ん中に人型のアイコンが映し出された。機甲服の状態は全身真っ赤になっている。いつ壊れてもおかしくないほどの大ダメージだ。その表示のなかで、両足の側面がなにやら点滅している。
「あっ! これか!」
両腰の装甲を留めている真っ赤な杭を引き抜くと、途端に両足が軽くなる。どうやら安全装置がかかったままだったようだ。さっきとまるで違う。意思だけの軽さだ。それを見たラミアは恐れるように身を引いた。
「さっきまでの威勢はどうした? 今度はこっちの番だ!」
ハヤトは思わず笑ってしまった。駆け寄って、両手に持った赤い金属の杭をラミアの目に、もう1本を脇腹の下から突き上げるように突き刺した。
「ヴエエエェェェ――!!」
ラミアは咆哮をあげた。機甲服に連動したコントローラーをひねって拳を高速回転させる。杭を握った機甲服の腕がドリルのように皮膚を貫いていく。さらに拳をひらいて体の中をかきまわして内臓を掴んだ。硬い感触を見つけ、内臓ごと握りつぶす。
バリッ!
ラミアの体内で核となるSクォーツが砕けた。その感触がグローブ越しに伝わる。ラミアは横長の瞳孔をひらいて首を下げた。ハヤトはその場に立ち尽くした。
『ハヤトなんでお前が? お前ひとりでラミアをやったのか?』
通信回線が開いて視界の真ん中にファル大尉の顔が大きく映る。途端にいい知れぬ拒否反応が出た。思わず回線を切って機甲服を脱ぎ捨てた。
それまで画面越しに見えていた世界は一気に現実味を帯びた。さっきまで平和だった街はあちこちで煙が上がって、瓦礫だらけになってしまっている。それを見たハヤトは、うかない表情でその場を後にした。
次回、第6話:〔失ったもの〕
仲間たちの葬儀に参列するハヤト。その一幕でレイナからある提案を受ける。次第に崩れていく結束。ハヤトは決心を胸にファル大尉の執務室に赴く。