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第4話:〔だれかの仕業〕

 訓練を始めたハヤトたち、しかし手にした銃には実弾が込められていた。相手の応報により、セリカたちと連絡が取れなくなった。必死の停戦要求も虚しく、激しい銃撃をうけるハヤトたち。彼らは仲間を守るために味方と撃ち合ったーー。

 あれほど明るかったメルタの大地は夜になろうとしていた。陽が傾き、眩しかった日差しは明るさを失ってきている。


 対岸でハヤトとカズキの存在に気づいた黒いダミアンは川を渡りはじめていた。その歪な悪魔のような漆黒のボディに赤く光る目は、言いしれぬ恐怖を煽った。


「俺たちを狙ってる! 撃ってやろうぜ!」


 カズキは対シープライフルを向ける。


「それはダメだ。武器を持たない相手を撃てば俺たちが悪者になる」


 ハヤトは慌ててカズキを止めた。


「なんでだよ? アイツは仲間を攻撃したんだぞ?」

「これは戦争じゃない。今までは身を守るために反撃したと言える。でも、武器を持たない相手を撃ったら大義はない」

「アレは武器じゃないのかよ!?」


 カズキはロボットのような全身装甲姿の黒いダミアンを指した。体半分まで水に浸かって川の中を歩いている。


「あれは防具なんだ。人間なんか一捻りだけど……」


 話し合っていると背後の茂みがガサガサと動く。ふたりは身構えた。銀色の一角が特徴的なバイザーヘルメットが顔を出す。内側の赤外線バイザーが上がって、薄緑色の防弾ガラスにセリカが顔を覗かせた。


「やっぱり来てた! サーマルセンサーで探してたんだ! レイナが怪我しちゃって……」


 セリカの隣にはレイナもいた。腕には包帯が巻かれていて血が滲んでいる。


「武器に実弾が混ざってたみたいだ。完全に敵だと思われてる」

「それじゃあ、私が行って話してくるよ! 同じ機甲服なら公平でしょ?」

「アイツは仲間も撃ったんだ。安全じゃない」


 ハヤトは忠告して撤退を促した。それでも正義感の強いセリカは引かなかった。


「誤解を解かないと! 装甲があるから大丈夫! 撃たれても平気だよっ!」


 根拠のない自信をもって前に出ていった。


「あのアーマーなら対シープライフルの50口径にも耐える。話し合いには最適かもな」


 カズキも慢心した様子でその背中を見送った。


 セリカは機甲服に搭載した背中のミサイルを肩の上に展開し、両腕の短銃身ライフルを腰に構えて臨戦体制で相手の黒いダミアンに近づいて行った。


「それ以上近づかないで!」


 セリカは黒いダミアンの正面に立って身構えた。黒いダミアンは指を指す。川の対岸で何かが光を反射した。


 ピュイー!! ピュイー!!


「なんの音!?」


 高速接近する物体を検知したヘルメットカメラが警報を発した。それはドリルランスだった。90センチほどの短槍が推進装置もなく、まるで意思を持ったように空中を浮いて飛んでくる。避ける間もなくセリカの首元めがけて突き刺さった。


 ガギィーン!


「ぐっえ!?」


 幸い直撃に耐えた。


「へへへ……。あぶなかった〜!」


 自身の首に刺さった槍を見て振り向く。彼女は冷笑を浮かべていた。


「早くそれを抜くんだ! ば、爆発する!」

「えっ?」


 ハヤトの言葉にセリカは唖然とした表情を見せた。


 ミィィィィン!!


 直後、ドリルランスの先端が高速回転を始め、彼女の首元を穿った。それはデモンストレーションで見たシープより簡単に貫通した。セリカは両手で柄を掴もうともがいて、その手は垂れ下がった。先程まで笑顔が見えていた透明なバイザーの中はミキサーをかき混ぜたように赤く染まった。


「セリカぁ――!」


 目を見開いたハヤトは上擦った声で叫んだ。ドリルはセリカの機甲服の首から喉元へ深く刺さっている。彼女は立ったまま微動だにしなかった。長い電子音が鳴り、槍の先端が爆ぜた。ヘルメットが内側から破裂して、赤い雲が視界を覆った。近くにいたハヤトは肌を傷つける勢いで全身に血を浴びた。鉄臭い匂いが鼻をつく。


「嘘だ嘘だ嘘だぁー―ッ!!」


 倒れたセリカの周りには放射状に血肉や頭蓋の破片が散らばっている。幼少期から共にしてきた親友の無惨な最期にハヤトは目を覆った。


「俺たちが時間を稼ぐ! その杖、怪我を治せるんだろ!?」


 カズキはハヤトが背中に背負っている杖を指差した。


「これは魔法じゃない。出来ないこともあるんだ……。」

「やってみろよ!!」


 カズキに怒鳴られ、ハヤトは膝をついてまだ温かいそれを両手で寄せ集めた。首から上を失った機甲服の中からボディスーツに覆われた細い体を引きずり出す。そうして、背中に背負っていた木製のグリップと金属でできた短めの杖を手にした。


「よくも……。よくもやったなぁーーッ!!」


 カズキの矛先は呆然と立ち尽くす黒いダミアンに向いていた。ハヤトを守るように、前に出て腰にライフルを構える。訓練では9割の命中率を誇る対シープライフルも、相手が機甲服を着たシュヴァリエとなれば、シールドの影響でまともに当たらない。当たった弾丸もダミアンの特殊装甲に跳ね返えった。


「やっちまえーー!! このふざけた野朗め! 粉々にしてやる!!」


 カズキの罵声とはげしい銃声が響く横で、ハヤトは膝をついた。杖についたシリンダーを開ける。4つのガラスカートリッジが筒の中に収まっている。ハヤトは筒を杖の中に戻してスイッチを入れた。そして強く念じた。脳みその形、血管、首の骨、覚えているかぎり細部まで元の状態をイメージしながら、強く祈った。杖の先端が十字に開く。高速回転を始めた先端から拡散した虹色の光が彼女の残骸に向かって流れていき、時間を戻すように再構築していく――。


「セリカ……!」


 見た目だけは元通りになったセリカをハヤトは膝に抱えた。優しい声でセリカを抱き上げる。瞳孔は開いたままで、首が据わらず反応がない。意識がなくて手に力がない。


 傍らで見守っていたレイナは今にも泣き出しそうな表情だった。ハヤトはアビリティ端末を開いて彼女の状態を調べた。彼女の端末が健康状態をリアルタイムで観察している。そこに表示されたセリカのミニキャラは片膝をついて肩で息するように弱っている。心拍は微弱で、赤い線が周期的にわずかに動いているだけだ。どうにか生きている。安堵したその瞬間、彼女のミニキャラが力尽きて倒れた。心肺蘇生をしても救護班が来る頃には手遅れだ。


「生きてるんだよな!? そのバッジ衛生員だろ!」


 仁王立ちしたカズキが強い口調で言った。ハヤトの胸元についたV字の衛生科ワッペンを指す。カズキの目は乱蘭と澄んでいる。今にも泣き出しそうな表情だ。どこか遠い目つきをしたハヤトはこう答えた。


「……大した傷じゃない。ヴァンドラに戻ればなんとかなるはずだ……」

「本当かよ?」

「わからない……」

「衛生員なのにっ!」

「こんな物! なにが万能の杖だ! 役に立たないじゃないか!!」


 ハヤトは地面に杖を置いて叫んだ。セリカを芝地に優しく横たえると、ハヤトは立ち上がった。


「そうだ……! ファル大尉に連絡できれば……!」


 とは言ったものの、宇宙までつながるような長距離無線機は壊れた戦車の中にある。これだけの惨事にもかかわらず、上にいる彼らはなんの行動も起こさない。ファル大尉たちはこの状況を空の上から静観しているのだろうか? 俺たちを同士討ちさせて厄介払いをする気なのか? ハヤトは不信感に駆られ、狼狽しきっていた。


 ハヤトは空に浮かぶヴァンドラを見上げた。まるで天体のように白い船型の船体が空に浮いている。船体から真っ直ぐにのびた数本のアンテナを目にして、ハヤトはある方法を思いついた。


 ライフルの上部に畳まれていた長い支柱を銃身の上に立てた。そこにフロントサイトの穴から付属のワイヤーを支柱に結び、空中線を張った。宇宙戦闘で遭難したときの非常用アンテナだ。宇宙で使えるなら長距離通信にも対応できるはず。きっと繋がるはずだ。


 地面にライフルを立てて、空に小さく浮かぶヴァンドラに角度を合わせた。ハヤトは祈るようにアビリティ端末をつなげた。


 さすがは宇宙用の装備らしい。無線はすぐに繋がった。音もかなり明瞭だ。


 応答したファル大尉は『どうかしたか?』と一言。


 これだけの騒ぎにもかかわらず、まったく状況を把握していないようだった。


「ファル大尉、緊急です! 武器が実弾で……。セリカとレイナが怪我をしました! それに何人か死傷者もいます。訓練を中止してください」


 簡潔に現在位置とオーフェン小隊の位置を知らせて救助を要請した。


『すぐに迎えを用意する。到着予定は18分後だ』


 無線で話している最中にも、川の方から金属の足音が近づいている。ただそれだけにもかかわらず、言い知れない威圧感を感じた。


 キチンッ……。キチンッ……。


 歩くたびに金具の音が鳴る。いつのまにか銃声は止み、足音はすぐ側に近づいていた。


「カズキ?」


 顔を上げるとカズキはライフルを叩いていた。


「ちくしょう! 詰まって動かねぇ!」

「援護する……」


 レイナが立ち上がる。黒いダミアンを短銃身仕様のライフルで満遍なく撃ち始めた。


「オレがやる! 頼むぞ……!」

「うん」


 カズキとレイナは顔を合わせて頷き合った。カズキが腰にぶら下げていた棍棒のようなトゲ付き手榴弾を手にして駆け出した。


「あっ!? それは勝てない! 逃げるんだ!」


 直感したハヤトは叫んだ。興奮状態のカズキはまっすぐ突進していく。


『ハヤト、聞こえるか? 発砲は禁止。そのまま後退して戦車まで戻れ』

「なぜですか! このままじゃ……。やられる!」

『衛星画像を見たが、武器を持っているようには見えない。戦うな』

「急いでるので! もう切ります!」


 ハヤトはアビリティ端末の端子をライフルから外してカズキを呼び戻しに走る。


 ダミアンに肉薄したカズキは立ち止まってトゲトゲがついた棒を振りかぶった。遠心力で先端の爆薬部分だけが飛んでいった。黒いダミアンは赤い目で追った。それを片手で掴み取り、ぐしゃりとつぶした。


「な!?」


 手榴弾は粉のようにすりつぶされた。ダミアンは袖口のカバーを開いて剣の柄のようなものを手にした。刀身のないそれをカズキにむける。それは狙いを定める仕草にみえた。


「カズキ! 逃げるんだ!」


 柄の先から光の球がとびだした。光弾が目を見開いたカズキの顔面に当たった。水風船のように破裂した。


「アアアァッーー……。ア――ッ!!」

「カズキ!」


 カズキは顔を覆って絶叫した。地面に膝をついて苦しんでいる。シールドのおかげで致命傷は免れたようだ。しかし――。湯気があがるその顔は、粘土のように溶け爛れて真っ赤になってしまっていた。


「イテェよ! なんもみえねぇ!!」

「大した傷じゃない。まだ生きてる」

「うああぁ……。これが大した傷じゃないって? 死んでてもそう言ったろ!」

「そうだけど……! 早く行くんだ! 顔にさわるんじゃない!」


 ハヤトはカズキの背中を叩いて促した。


「どうにか歩けそうか?」

「歩くだけならな……」

「私が手伝うから」

「レイナ。ありがとよぉ……」


 目が見えないカズキはレイナの肩に手を添えて歩き出した。


「カズキのライフルもちょうだい」

「これは捨てていく。どうせ撃てないんだ」

「セリカはどうするの……?」


 レイナが心配そうに言う。


「オレが連れてってやる。目が見えないだけだ」


 カズキはレイナの手を借りながら地面に倒れたセリカを抱き上げた。


「助かる。乗ってきた戦車に行くんだ。殿は俺が務める!」


 戦えなくなった彼らを先に行かせて、ハヤトは最後尾についた。奴は只者じゃない。本能が警戒を発している。今までだって敵と戦ったことはある。ヒツジ野郎に人間も。だけど、殺意というものをハッキリ感じたのはこれが初めてだ。途端にハヤトの目つきは、どこか遠くを見るような目つきになった。


 ハヤトは威嚇も兼ねて、カズキが残していったライフルの重要部位を撃って破壊した。乾いた大きな銃声が鼓膜に響く。黒いダミアンは立ち止まって首を横にかしげてみせる。恐れた様子はない。それどころか剣を片手に歩み寄ってくるだけだ。


「距離10メートル。この距離なら……!」


 ダァン!!


 目と鼻の先の距離で胴体を狙って撃った。その正面で火花が散る。キンッと跳弾する音が聞こえた。


「弾を切ったのか……?」


 何が起きたのか一瞬わからなかった。手に光る剣が握られているのを見て、弾を切り払ったのだと辛うじて理解できた。男の手に握られた柄からは黄色がかった光の刀身が形作っている。


 動揺したハヤトだったが、すぐに2発目を撃った。真っ直ぐに延伸した水色の光弾は、光る刃に軽く払われた。


 ズドドドドド!!


 ハヤトは引き金を引き続けた。浅く傾斜のついた黒い胸部装甲は対シープライフルの弾をはじいた。跳弾が木に当たって、次々に砕けていく。ダミアンは止まらず剣で弾丸を跳ね除けてくる。弾幕が途切れると、剣からのびていた光が、柄に吸い込まれるように消えた。


「爆発は防げないはず!」


 ハヤトはライフルを上にむけてストックに収まっている弾倉の切り替えレバーを下げた。供給弾種が青いマークの徹甲弾から赤の焼夷榴弾に切り替わった。残弾カウンターが1200の数字を示す。


 ためしに地面を撃って確認した。最初の数発は塗料が飛び散る模擬弾だった。数発目には実弾が仕込まれているようで、小さな爆発が起きた。地面の土が掘り返されてクレーターができた。やはりこれにも実弾が入っている。ハヤトは距離をとりながら引き金を強く握る。


 バババババ!!


 銃声が連なって聞こえるほどの発射レートだ。炸裂した焼夷弾が煙幕のように視界を塞ぐ。奴がいくら弾をはじくとはいえ、剣で爆発を受け流せるはずがない。ハヤトは内心そう考えていた。


 恐怖のあまり、銃身が赤く光りだしても引き金から指を放せなかった。正面はすでに爆煙で覆われている。硝煙の霧が稲光のように瞬いている。霧の中はきっと炸薬でいっぱいだ。あの中では生きられないはず。肌で分かっているが、手は緩められない。


 あまりの熱で銃身が垂れて、焦げくさい匂いがしてきた。それからすぐにガスポートが裂けて、銃身から火を吹いた。


「わっ……!!」


 あまりの熱さに真っ赤に焼けたライフルをその場に落としてしまう。


 とたんに空気が静まりかえった。さっきまでの派手な銃声はもうない。目に刺さるような硫黄臭い煙が視界を塞いでいる。さっきまで森だったはずの場所が艦砲射撃を受けたように荒れ果てていた。あたりを見渡しても霧の中に相手の姿は見えない。完全に見失ってしまった。


 ハヤトはじっと立ち尽くした。右手を腰に沿わせ、ナイロンケースに収めていたスマートナイフを引き抜いて警戒する。グリップだけで刀身のないそれを手にして、慎重に相手の居場所を探った。


 用心深さが幸いして、ハヤトは側面から迫るかすかな音に気づいた。駆け寄る早い足音とともに、視界の隅にサイリウムのように光る刃が棒状にのびる。


 シュキィン!


 ハヤトが柄のスイッチをにぎると実体のある刀身が警棒のように三段階に伸びた。すこし遅れて淡い水色に発光する。


 ナイフを片手に振り向くハヤト。ブルーとオレンジ、それぞれの刃がぶつかり合った。打ち合いにはならず、ナイフの切先が溶けてなくなった。


「スマートナイフを切るなんて!!」


 ハヤトは怯えて下がった。もしナイフを過信していたら首ごと切り落とされたかもしれない。ハヤトの額を汗が伝った。相手の武器は恐ろしいほどの切れ味だ。


 こっちの武器もプラズマシールドで切断力を増している。大抵のものは触れるだけで空気みたいに切れてしまう。それを上回る切れ味だ。こうしている間にもグリップのエネルギー残量は減り続けている。電池式だから3分しかもたない。あの剣に比べたらオモチャみたいなものだ。


『カズキたちが車両に着いた。そいつは放っておけ』


 胸元のアビリティ端末からファル大尉が騒いでいるのが聞こえた。降下艇が通信圏内に入ってきたようだ。しかし、簡単に言ってくれる。こんなとき背中をみせたら斬られるに決まってる。


『返事をしろ! ハヤト!!』

「逃げられるわけないじゃないですか! アレは……。追ってくる!」


 ハヤトは無線を無視した。出発前にカートに引かれた時の痛みがまだ残っていて、満足には走れない。たとえ走れても、あの機甲服の性能があれば、すぐに追いついてくるだろう。こうなった以上、戦わなければ生き残れない。


 ハヤトは半分になったナイフのダイヤルを回す。出力を最大にあげた。刀身は光を増して、空気にふれたプラズマが音を立ててさまよった。


 この状態なら、つばぜり合いはできなくとも、一瞬の打ち合いくらいはできるはずだ。ハヤトはスマートナイフを正面で構える。そして駆け出した。


「うおぉぉぉ!!」


 バチッと白い光がとんで、刃がうちあった。ナイフの刀身がアイスのように溶けだした。真っ赤な鉄がグリップに垂れてくる。たまらず振り下げて刃をそらした。さらに切り上げて反撃する。ダミアンはさがって躱した。ハヤトは拳銃を抜いて追撃する。


 タァン! タァン! タァン!


 卑怯にも放った3発の弾丸は防がれもしなかった。手が届くほどの至近距離でさえ拳銃では威力不足だった。


「まるで悪い夢みたいだ……」


 ハヤトは思わず呟いた。腹部の装甲の隙間に撃ち込んだにもかかわらず、痛がる様子も見せていない。


 さらに引き金を引く。弾は出なかった。視線をむけると、腰に握った拳銃はスライドが下がった状態で止まっていた。


「うわっ!」


 隙を狙って横薙ぎに振られた斬撃をナイフで受ける。強い衝撃と共に火花が散る。刃が大きくえぐれて、光を失った。ナイフがただの棒になった。次は止められない。


 後ずさるハヤトの踵にさっき落としてしまった対シープライフルが当たる。躙り寄る黒いダミアンはハヤトに暗い影を落とした。


「うわぁぁぁ!!」


 ハヤトは背中を見せて地面に伏せる。黒いダミアンはハヤトを狙って剣をふりおろした。ハヤトは地面を転がって斬撃を避ける。その手には真っ白な対シープライフルが握られていた。


「……っ!」


 銃床を握ったハヤトは、対抗するようにライフルを振るった。全身を使って勢いをつける。それと同時に手元の十字ボタンも押し込んだ。銃口のスラスターからガスを噴射してライフルはさらに加速度を増した。


 チュイン!!


 ライフルの上部に張った細い通信ワイヤーが装甲の上を滑った。それは腰関節の隙間に入り込んだ。その一瞬を逃さず、ノコギリのように引く。


 チュピッ……。


「ウゥ……ッ!!」


 胴から上を失った黒いダミアンから初めて声が漏れた。剣を握ったままその場に倒れ込む。ハヤトは起きあがった。


「やった……。のか……?」


 動かなくなった黒い金属の手から恐る恐る剣を拾い上げる。柄のボタンを押すと光の刃が伸びた。


「こいつ、何者なんだ?」


 ハヤトが手元に残された剣をみると、製造されたロットナンバーのほかに見慣れたLTの文字があった。娯楽に食品、情報網から俺たちが使う兵器に至るまで、生まれ育った家さえこの会社の製品だった。


「これもロステク製……。こんなものを、地球の技術で作ったのか……?」


 ハヤトは相手の正体を確かめるために、黒く焼け焦げたヘルメットを外した。すると中身は人ではなかった。中から神経や脳みそ、臓器の類が半透明なゼリー状の液体と一緒に流れ出てきた。手についた液体は粘り気があって化学薬品のようなケミカルな匂いがした。


「なにこれ……」


 ハヤトはジャケットの袖で手についた粘液を拭いた。さっきまで形を保っていた内容物は透明な粘液に溶け込み、最初から何もなかったかのように蒸発してしまった。


 聞き慣れたエンジン音を聞いて空を見上げる。薄暗い空を降下艇が降りていくのが見えた。端末を手にしてレイナに連絡をとる。


「そっちは無事か?」

「うん。これから医療班にカズキを見てもらうところ」

「そうか……」


 ハヤトは悩んだ。贖罪の意味も込めていかなければならないと感じた。


「俺はもうしばらくメルタに残る」

「どうして?」

「助けるべき人がいる。まだ生きているかもしれない」


 ハヤトはセリカが着ていた機甲服と黒いダミアンのヘルメットを組み合わせて新しい1着を作り上げた。それを着てプライマリーロッドを手にしたハヤトは、オーフェン小隊と戦ったあの場所へ走った。戦車があった場所は少し上流だ。ここからなら医療班よりも早く着くだろう。


 すっかり夜の静けさに包まれた森の中を風を巻き上げながら駆けていく。手足は浮くように軽く、その走力はどんなアスリートより早い。ダミアンの両目に搭載した暗視装置のおかげで、真っ暗な森の中でも昼間と同じように見えた。


 まだ熱をもつ、焦げ臭い煙が漂う戦車のそばに着くと、カメラの色調を変えて隊員たちを見た。白と黒の濃淡で、うっすら残る彼らの体温を示している。一際明るい熱の残る血の跡をたどると、岩に寄りかかっている人影を見つけた。紺色の制服にスカート姿の彼女がいた。浅葱色の長い髪は血で赤く染まっている。


「ミシロさん、アルバ小隊のハヤトです! 助けに来ました!」


 ハヤトはヘルメットを脱いで敵意がないことを示した。


「ん……? またキミかぁ……。武器でも拾いに来たのかな?」


 かなり失血しているようで、目の下は黒く、表情は青ざめている。


「あなたを拾いに来ました。無駄な体力を使うから喋らないでください!」

「もう長くないから、ほっといていいよ?」

「冗談言う余裕があるなら助かります。嫌でも治してやる!」


 ハヤトがプライマリーロッドを手にすると、それまでふざけていたミシロは驚いたように黙った。


「あ〜。それかぁ……? 玄人しかまともに使えないよ〜……?」

「そうかもしれない……。でも、このまま死ぬなら同じことだ!」


 ハヤトは決意したようにプライマリーロッドのスイッチを入れた。完全に運頼みだ。シリンダーが回り、新しいアンプルの封が切られた。先端に流れた虹色の粒子がロッドの先端を高速回転させる。導かれるように虹色の光が彼女の傷を癒していく。


「キミ、ライセンスとかもってる?」

「そんなものないよ!」

「だろうね……。すごく痛い……よ?」

「ファル大尉の公認だ。ほかにできる奴がいないからね」

「え〜……」


 どうにか傷は跡も残らず塞がった。顔色もさっきよりいくらか良くなっている。


「いやぁ〜すごい博打だねぇ……」

「成功……したのか?」

「多分ね。失敗ならすぐ分かるよ?」


 ミシロは呑気に笑っていた。息をつく暇もない。今度はアビリティ端末を使ってSOS信号を発信した。これで正確な位置が救助隊にも伝わったはずだ。


「ところで、あのダミアンは誰が着ていたんですか?」

「ボクにも分からないね? だれかの仕業だよ」


 ミシロはそう言って岩に血の手形をつけて立ち上がる。


「こんな経験。一生に一度しかできないねぇ〜」

「そりゃ死ぬだろうからな……。さあ、帰ろうか」


 ハヤトはミシロに肩を貸す。木々の合間に降下艇の翼端灯の点滅が見えてくる。それまで静かだった森が急に地鳴りのような音を発した。空気が震え、全身を体毛に覆われた狼のような化け物があちこちの地中から湧いてきた。これが噂に聞く獣人なのか? にしては4本足で歩いているし、化け物に近い気がするが……。気がつけば赤い目が夜の暗闇を覆うように蠢いている。


「まったく、シープといい、数で攻めるのが流行りなのか?」

「キミも貧乏くじを引いたね〜」


 ミシロは観念したように笑った。1人なら諦めていただろう。だが、わざわざ死にに戻ったんじゃない。


「俺は……。あきらめない!」


 ハヤトは両手を握って力を込めた。向かってくる化け物にそのパワーを思う存分ぶつける。その力は想像を超えるものだった。ただのパンチで化け物が破裂するように消し飛んだ。腕を軽く振り回すだけでも獣の群れを蹴散らすには充分だった。


 だが、その力も限界が近づいていた。手足がだんだん重くなってきて、動きづらくなってきた。機甲服のバッテリーが底をつきかけている。


 その時、空に光が灯った。地上にいるハヤトたちを照らし出す。目の前に降下艇が降りてきてタラップが開いた。機内からレイナが姿を見せた。


「早く乗って!」


 無数の化け物が降下艇を囲むように迫っている。ハヤトはミシロを抱えて走った。さっきまで頼りだった機甲服が(おもり)になろうとしている。どうにかバッテリー切れと同時にタラップに飛び乗った。即座にエンジン出力を上げて降下艇が離陸する。真下に集まった化け物たちは行き場を失って山のように群がった――。




 〔尋問〕



 消毒をうけてヴァンドラの艦内に戻るとガラス張りのスライドドアの向こうでファル大尉が壁に寄りかかっているのが見えた。一本道の廊下だから、避けることもできない。ハヤトは俯き加減に歩いた。


「ハヤト。ちょっと来い。話があるんだ」

「でも、カズキたちが……」

「いいから。それはレイナにまかせろ。それと規則だ。持っている武器はすべて渡してもらう」

「心配いらない……。私が医務室までつれていくから……」


 レイナはカズキの手を引いて医務室に向かった。


 その場に残ったハヤトは、ファル大尉に肩を掴まれた。さらに腰に下げた拳銃と手にしていた剣を半ば強引に取られた。これからどうなるのだろうか? ハヤトはこれから出荷されるヒツジのような気分であとをついていった。


「気をつけ!」


 ハヤトは通路のわきで言われた通りに姿勢を正して気をつけの姿勢を取る。ファル大尉は腕を掴んで後ろにまわした。そのまま縄で腕と体をむすんでハヤトの自由を奪った。


「あっ!? なにするんですか……!」

「悪いが命令違反の罰だ。命令を聞かなかっただろ。それに仲間を撃ったよな? お前は仲間の命を奪ったんだ!」


 ファル大尉は、出発前の穏やかな雰囲気とは一転して高圧的な態度でハヤトを睨みつけた。


「撃ち返さなければ……。やられていました!」

「仲間を撃って反省もしないとは。見損なった」


 ハヤトが反論するも、無駄だった。


 ファル大尉はハヤトの手首にきつく結んだ縄を手綱のように握って、歩くよう促した。そうして連れ込まれたのはシュヴァリエの事務室だった。今日は机の配置が変わっている。コの字型に向かい合ったデスクと中央に椅子がひとつ、正面にはシュヴァリエのシェオル特務長官と黒巻副長。そして坂本艦長まで横ならびで座っている。左右の席にも筆記係とよく知らない偉そうな人たちがいる。


 ハヤトはそれら幹部たちの視線を一点に受ける真ん中の椅子のまえに立たされた。


「べつに君を疑ってるわけじゃない。訓練に参加した全員に話を聞いているんだよ?」


 正面の席でメガネをかけた顔の細い男が威圧的な口調で言った。


「それならなぜ縄なんか!」とハヤトは言い返したかった。でも、反抗的に見られると厄介なことになりかねない。それはやめておいた。


「まずは自己紹介からでしょう。はじめまして、私はヴァンドラ副艦長の黒巻です。あなたは?」

「シュヴァリエ第128アルバ小隊所属、認識番号534。天崎ハヤトです」


 姿勢をただして起立したまま名乗った。


「シュヴァリエ特務長官、シェオルです。この前は助けていただきありがとうございました。それと今回のことは……」


 目の前の席で少女が何かを言いかけてやめた。礼儀正しく一礼する。不意にポケットの中でなにかが動くのを感じた。


「では、質疑を始めるとしよう。さあ座って」


 正面にいた黒巻副長が手で椅子を示した。左右のふたりとは違って白い制服ではなく、タキシードのような黒服を着ている。一風変わった彼の指示にハヤトは従った。彼はメガネの位置をなおして書類の束を手にする。どうやらこの場を取り仕切るようだ。


「まず最初に聞く。キミは事故の直前。弾薬の確認はしたのかい?」

「はい。手順通りにしました」

「俺もだ。上陸直前に全員の武器を点検をしたが模擬弾に間違いなかった」


 それきり、無言の間がながれた。左の席でファル大尉が睨むような目つきで足を組んで黙っている。どうやら何か言えという事らしい。このまま黙っていても、みんないくらでも待ちつづけそうだ。ハヤトは正面の副長に目をむけて、これまでの経緯を話した。


「模擬弾が実弾になっていました。確認したのに。2発目以降には実弾が……。ミサイルも拳銃も、すべてに実弾が――」


「その割には新品の高価なライフルをダメにするくらい撃ったみたいだけど。どういうことかな?」


 話を遮って、黒巻副長が眉を顰めた。犯人だと怪しんだような目つきだ。副長は焼けたライフルの写真を中央のモニターに映した。証拠品として回収されたらしい。ほかにも上空から撮られた驚くほど詳細な映像と、何枚か見覚えのある光景が写真に写っている。


「それは――」

「拳銃にSFR-12対シープライフルに格納式ナイフひと振り。さらには無限弾倉に入っていた実弾1200発以上を撃つ? 武器が本物だと知っていて使う量でしょうかね? 完全な錯乱状態だったと推測しますが」

「戦うなと「命令」したが、ハヤトはそれを無視した」


 黒巻副長に混じって、ファル大尉も合いの手を入れる。


「おまけに拳銃は弾切れ、ナイフも壊すほど使ってる。君は本物だと知りながら、持ち込んだすべての武器を使った。君は知っていてわざとやったんだ。愉快犯だろう?」

「それは違います。先に撃ったのは俺たちですが、相手も反撃してきました。無線に発光信号、口頭での警告も威嚇射撃も、停戦を求めて出来る限りの対応をしました。それでも相手は撃ってきたし、刃を向けた。何かしらの決断を下さなければ、逆の立場にいたでしょう」

「本当かい?」


 ハヤトの真剣な表情と言葉を聞いて、黒巻副長はファル大尉を見た。


「なにかがいるのは衛星写真で見たが、武器を持っていたかまでは分からない。逃げろと命令した」


 副長の疑問にファル大尉が答えた。すると黒巻副長は「それなら命令違反だね」と即断した。


「お言葉ですが、なぜ現場の状況を知らずにありもしないことを言えるのですか? あの場にいたら、そんな余裕はないと理解できたはずです」


 ハヤトはゆっくりとした口調で嗜めるように言った。


「君は仲間を殺すために理由まで作るのかい? 経歴は見させてもらったよ。指揮能力、医療知識、能力はそれなりにあるようだけど、本番では大したことないようだね? 必要なのは実用に耐える能力だ。本番で使えなければ意味がないのだよ」


 そう言って、黒巻副長はメガネ越しに目を細めた。ハヤトはすぐさま言い返す。


「昨日までアルバ小隊には指揮官がいて、医療班もありました。それが今朝の無謀な戦いで壊滅し、俺がどちらも併任することになりました。もし、仲間を殺すためだとしたら、わざわざ撃ってきた相手を助けに向かう必要はないでしょう。そもそも、能力を期待するのなら、寄せ集めのシュヴァリエではなく統率のとれた陸戦隊を当てにするべきです」

「どうやら、君の言うこともいくらか本当みたいだね」


 黒巻副長は唸った。


「しっかし被害がすごいなぁ。試作の機甲服ダミアン2着に戦車3両、人的損失23名……。その他諸々。敵なら大戦果だけど味方じゃねぇ……?」

「指揮と通信能力を完全に奪うために火力を集中させました。それが仇となりましたが……」

「でしょうな。最初に最大火力をぶつける判断は悪くない。ただ、問題は――。どこで実弾にすり替わったかですな」


 黒巻副長はようやく主張を信じたようで、それまで細めていた目つきが途端に優しくなった。


「出発前に武器科の少年がダミアンを積み込むのを見ました。それに、武器庫で模擬弾がかなり余っていると話しているのも耳にしています。ファル大尉もあのとき、聞いたはずです」

「俺は帳簿をつけていたから聞いた覚えはない」

「確証もないのに人のせいにしてはいけないよ」


 黒巻副長が付け足すように優しく言った。


「はぁ……」


 黙って話を聞いていた坂本艦長がため息をつく。その一息で部屋の空気が悪くなった。


「回収した全員の銃火器を調べていますが、彼の言うとおりかな?弾倉の最初の数発は模擬弾、以降に実弾がはいってましたが?」

「きっと、誰かのイタズラだろう」


 ファル隊長は関わりたくないようで、副長の質問を適当にあしらった。


「この弾は? 受領した弾丸はすべて模擬弾のはずです」


 後ろ手に縛られているハヤトは、ジャケットの裾を掴んでポケットから拳銃弾を落とした。コーティングがはがれてオレンジ色の下地に銅がみえている。それをみて、上官たちは顔を見合わせた。


「さきに言っておくべきだったな……。拳銃には実弾をいれてある。訓練とはいえ、降りたのは未調査の惑星だった。万が一のときには手に取るだろうし、丸腰で戦うわけにはいかないだろう?」

「わざわざ模擬弾に似せる必要が?」

「訓練に実弾を持ち込むとなると都合が悪いからな……」

「全部、実弾だったじゃないですか……!」

「実弾だからなんだ? グラハム因子をもっているお前たちは、その程度で死ぬわけがない!」

「俺は1人殺した……。その拳銃で……」


 ハヤトはファル大尉のテーブルに置かれた黒い拳銃に目をむけた。


「どうやった?」


 ファル大尉は興味を持ったように両手を組んで身を乗り出した。


「これは裏技みたいなものなんですが、シールドは延性(えんせい)があるらしく、長いものを持っているとその方向に伸びるようです。今は亡き、アルバ小隊のオルマ隊長が体をはって得た成果です」

「つまり、銃を構えた状態と試験場で行ったテストとでは結果が違うと?」

「そういうことです」


 ハヤトが答えると会議室は静寂に包まれた。しばらくして、その空気を断ち切ったのは黒巻副長だった。


「まるで蠱毒(こどく)だねぇ……」


 黒巻副長は皮肉混じりに言う。


「まさか……。だとしてもシュヴァリエが死ぬはずがない。個人差はあるが、シールドの帯域は確実に捉えている。おもちゃの銃で撃たれるようなもんだろう?」


 ファル大尉はそう言って、ハヤトから取り上げた拳銃に目を向けた。


「それを使って試しますか?」


 ハヤトは肩を下げて、ジャケットの肩にあいた穴をみせた。裏地のケブラー繊維こそ貫通していないが、それはシールドが役立たなかったことを証明するには充分だった。唖然とする黒巻副長とシェオル特務長官。


「これは50口径のライフルで撃たれたものです。シールドの性能はシープと同じ7.62ミリ程度までが帯域です。シュヴァリエ同士で撃ち合いになれば確実に防げるものではありません。これは地面に当たった跳弾でしたが、直撃なら死んでいたでしょう。これを見て、まだ同じことが言えますか?」


 ファル大尉はそれきり黙った。


 そのわずかな静寂の中でシェオルが手を挙げた。それまで静かに話を聞いていた彼女が俯き加減に口をひらく。


「今回のことは必要に迫られた決断であって、ハヤトさんには非がないと思います。必要なことは話してもらいましたし、もう帰してあげてもいいんじゃないですか?」


 シェオルが口をはさんだとき、ポケットの中でまた何かがゴソゴソと動いた。それがなんなのか、今思い出した。こいつは……。シェオルさんのハムスターだ。持ち主の声を聞いて勝手にスリープモードから目覚めたようだ……。


「ご主人さま〜!」


 腰のポケットをみるとハムスターが鼻先を出して声をあげた。這い出てこようとするそれを指先で無理やり中に押しもどす。もちろん返してやりたい。だけど、いまは返せる状況じゃない。


「ご主人さま〜、ご主人さま〜」

「しー! だまれ、ネズミ野郎」

「ダマレ! ネズミヤロウ!!」


 ハムスターはハヤトを真似て声を発した。


 その瞬間、ただでさえ居心地の悪かった会議室が最悪になった。


「いまなんて?」

「ネ、ネズミ野郎。です……」


 思わず答えると、目の前の黒巻副長は唖然としていた。彼の顔は逆三角形で、痩せたネズミのように見えるから尚更だ。


「あなたじゃなくてこいつの事ですよ! ポケットの中にシェオルさんが落としたネズミ! じゃなくて……! ハムスターを返し忘れてて……!」


 いまにも怒りだしそうな雰囲気にハヤトはあわててそう付け加える。


「うん!? やっぱり! 僕がネズミみたいな顔だって思ってるじゃないか!!」

「まぁまぁ、副長も落ち着きなさい」


 坂本艦長が副長をなだめて部屋はいくらかの静けさを取り戻した。


「ファル大尉。君もだ。あんまり部下を虐めると敵に回すことになるかもしれんぞ?」

「それもそうか……。悪かったなハヤト」


 艦長の言葉に渋々謝って、ファル大尉が縄を解いてくれた。手首には縄の跡が黒くあざになって残っている。いまさら謝られても――。とハヤトは内心思っていた。ただでさえひどい目に合った。そのうえ、濡れ衣まで被せられ、命があぶないところだ。許せるはずがない。


 気を取り直したハヤトはハムスターを手のひらにのせて、シェオルの元へ歩み寄った。


「ずっと返せるタイミングがなくて。新型のライフル。おかげで生きて帰れました」


 ハヤトは深く頭を下げた。


「こんな結果になってしまって……。すみません」


 シェオルは悲しげに言った。


「あなたのせいではありません。それと、俺たちを襲ってきた機甲服(ダミアン)の中身は人ではないようでした。今回のことは、きっと誰かが仕組んだことです」


 ハヤトはハムスターを渡すために近づいて、さりげなく耳打ちする。


「そうなんですか!? ありがとうございます」


 それを聞いたシェオルも、さりげなく話を合わせた。


「ご主人さま〜タダイマ〜!」


 シェオルにハムスターを渡すと、グレーの毛に覆われたハムスターは、まるで天にものぼるように両手を空にひろげて、シェオルの両手にすくわれていった。


「さて、ハムスターは忘れて話を続けよう」

「いえ、私のハムスターにはカメラもマイクも付いているので、事件の詳細が分かるかもしれませんよ?」


「そうなのかい? となれば、これ以上尋問する必要もないね」


 黒巻副長は急に机に広げていた写真やファイルをまとめて帰り支度を始めた。


「そうですね。眠っていてもボイスレコーダーは機能しているので、少なくとも音声は残っているはずです!」

「本当かね? それなら詳細に調べなくてはな」


 それまでため息ばかりついていた坂本艦長は悩みが消えたようにすっきりした表情をみせた。


「貴重な意見をありがとう。君はもう帰っていいよ」


 黒巻副長はまだ座っていたハヤトを見て、雑に追い払う仕草をした。帰り支度を終えたようで、手提げ鞄を持って立ち上がる。


「黒巻さん! 失礼じゃないですか?」

「いいんだよ。彼はシュヴァリエなんだから。あとは技術部に原因を調べてもらわないとね」


「では、俺はこれで……。失礼します!」


 会議室を出たハヤトは下を向いてため息をつく。外出制限を告げる時報が鳴る。廊下の先の詰め所から私服姿の隊員たちがぞろぞろ出てきた。居住区の治安を守る彼らも退勤の時間だ。だから夜は船内の治安がかなり悪くなる。


 ハヤトはカズキとレイナのことを気にかけながら早足で自室に帰った。今朝から続く地獄のような1日がやっと終わった。でも、まだ明日も明後日もくる。その日は誰が生きているのだろうか?


 こうしてシュヴァリエ初の降下作戦は、多大な犠牲を出しながらも、新兵器の実証実験という目的は達成した。その後、ハムスターから抽出された音声データと、生き残った隊員たちの証言によって、ハヤトにかけられた疑いは晴れた。


 しかし、その真犯人はまだ分かっていない……。

次回、第5話〔ラミア襲来〕

 病室には致命傷を負ったカズキがいた。アルバ小隊で戦えるのは事実上ハヤトとレイナだけ、そんな時、防衛線を抜けたシープがヴァンドラの居住区に侵入する……。

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