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第3話:〔軽すぎた銃〕

 ついに始まる降下作戦。先行した陸戦隊が基地の設営を始めていた。


 それに続くシュヴァリエ隊は、新兵器をテストするために惑星メルタの地へ降り立った。

 ヴァンドラの艦橋では坂本艦長と黒巻副長が惑星メルタに向かう降下艇の一団を見送っていた。噴射炎の青白い光が光点となって惑星に引き寄せられていく。


「始まったか」

「そのようですな」


 坂本艦長は手にした茶色い手記を祈るように握りしめた。


「スフィアが見つかれば、希望は確信に変わる」

「私としては、そんな世迷言(よまいごと)信じちゃおりませんが。こんな状況では信じるしかないでしょうな」


 黒巻副長はそう言って、下がってきたメガネをなおした。


「しかし、その歴史書とやらは不自然ではありませんかな?」


 黒巻副長はそんなことを口走る。坂本艦長は眉をひそめた。


「何が言いたい?」

「あの惑星の名に生態系。近隣の星系図まで、こと細かに書かれている。まるで見てきたかのようではありませんか。我々のために教えているようにも見えますが?」

「だからこそ歴史書なのだろう。でなければこちら側の世界に来ることもなかった」

「しかしですな……。このヴァンドラといい不確かな要素がおおすぎるのですよ」


 黒巻副長はため息をついた。ヴァンドラは人間が作り上げた船ではない。土星近くの宇宙を漂っていたところを偶然に発見された素性のわからない宇宙船だったからだ。


 文明的構造は地球のものに酷似していたが、わかっていることはそれだけ。主機に関しても取り付けられた巨大なSクォーツからエネルギーを取り出しているのだろうという見た限りのことしか分かっていない。ゆえに、ヴァンドラを手にした地球人はそれをアレンジしただけに過ぎなかった。


「人間はシープに発信機をつけて母星の位置をおおまかに知った。このヴァンドラも同じことがないと言い切れませんが?」

「考えすぎだ。この船が殺虫剤かなにかだと言いたいのかね? だからこそ副長なのかもしれんが」


 坂本艦長は副長の考えを一蹴(いっしゅう)した。


「そうかもしれませんな」

「可能性を否定しては、叶うものも叶わなくなってしまう。そうは思わないかね?」


 艦長に嗜められ、副長はすごすごと肩を落とした。自身のコンソールに戻り、リクライニングシートに背を預け、物思いにふける。


 ヴァンドラが発見された当初、その宙域には数匹の羊に酷似した生物の死骸が漂っていた。その痕跡と空間の歪みからターミナルポイントの存在がはじめて認知された。その後の探査によってターミナルポイントは別の宇宙に通じていることが分かった。


 その後、未来人を名乗るウエノ・ハルテイル博士を筆頭とした地球統一政府GAIAの指示により、ヴァンドラは月面基地に曳航(えいこう)された。そうして地球外の敵から逃れるために各地でヴァンドラを模倣した同型艦を作ることで移民計画がスタートした。


 そんな経緯(いきさつ)を背景にして、黒巻副長はこの世界において珍しく未来人という存在に懐疑的だった。元来ひねくれた性格だからこそかもしれないが、ある日突然現れた彼らを良く思っていなかった。


 海を汚染し、地上の土地は作物も実らない。幾重にも重ねた宇宙ゴミのケスラーゲートにより、空には太陽がのぼらなくなった。地球を価値のない星にしてしまう計画とも取れるが、敵が住めないのなら人間も住めない星になってしまう。少し考えればわかるはずの矛盾さえ、未来人の仕業とすれば許された。人はまるで神のように崇めていた。


 彼らは世界の何もかもを思い通りにした。核攻撃さえ受け付けず、電子機器や単純な内燃機関さえも無力化してしまう。戦えば戦うほど神格化される。それはまさしく奇跡のような技術だった。無から有を生み出してみせ、有から無にすることさえできた。


 それゆえに、黒巻副長はこの艦やこの星の存在が人類を滅亡させるための罠ではないかと疑心暗鬼にならざるを得なかった。


 そんな気分を紛らわすためか、コントローラーを手にした彼は、コンソールの画面にゲームのタイトル画面を表示させた。宇宙を背景に巨大な宇宙船、そして少年と少女に仲間たち、そのゲームというのは世界的にヒットした『ワールド・ブレード・センター』通称ワルブレだった。


 巨大な剣のような構造物を中心に物語が始まり、化け物と戦いながら宇宙移民計画を進めていく。という内容のゲームだった。噂ではウエノ博士が未来を書き記した手記、通称『ガイアベラム』をもとにしているという。そのため、地球滅亡までの筋書きから現在の状況に至るまで、現実に起きた出来事と共通点が多いストーリーになっている。それが大衆の恐怖心理をうまく掴み上げ、異常なまでの博士信仰を誘うことに一役買ったのだった――。


 オープニングムービーでいきなり爆発する地球。さらには少年少女たちが地上を走り抜け、魔法のような力で軽快に敵を倒していく。頬杖をついた副長は冷めた目つきで、それを眺めていた。


『未来人は知り得る科学と歴史を結集し、世界を救うため立ち上がる。そしていま、人類の希望を背負ったシュヴァリエの物語がはじまる!』


「やれやれ。人類のためとはいえ、未来人は過保護なものですな」


 ゲームのナレーションにうっかり本音を漏らすと――。


「ヴァンドラ発見当時、地球の技術力は乏しかった。このヴァンドラのおかげで今の地球文明が存続できているのよ?」


 と白衣姿のセリア部長。彼女もまた、ウエノ博士と共にいた数少ない未来人のひとりだった。突然の声に副長はたじろいだ。


「あなた! いつからそこに!」

「ついさっきよ? 仕事をサボって遊び始めた頃からかしらね?」

「それならそうとなぜ声をかけない?」

「特に用もないからよ」


 コーヒーカップを手にしたセリア部長は不服そうにコンソールに寄りかかった。白衣のおしりでミシッと軋んだ。


「これは、ずいぶんと豊満な体型のようで」

「失礼ねっ!」


 セリアは腕を組んで眉を寄せた。


「ひとつ、質問してもいいですかな?」

「なにかしら?」

「あなたはヴァンドラの正体がなんなのか、知っているんじゃないでしょうか?」


 黒巻副長は目を細めた。


「私にも分からないわ。未来にも存在しなかった宇宙船だもの。その巨大さと艦内に残されていた設備、空間から移民船と断定しただけ。艦内に残されていた生産設備、これがなければ人類は飢えて絶滅していたでしょうね」

「そうなのですな」


 黒巻副長は顎に拳をあてて唸った。


「まだなにか心配事でも?」


 セリア技術部長は澄ました顔で副長を見つめた。


「なぜ、半年前に先行したはずのガルダルス艦隊の植民者がここにいないのですかな? 地上にある熱源反応は原生種族の小さなものばかり、これほど恵まれた環境の星を彼らが放置するでしょうか? ここを通ったのなら植民しているはずでは?」

「……たしかにそうね。もしかしたらシープがいて、逃げざるを得なかったのかもしれないわ」


「それについては現在調査中だ。アサルシア星系にガルダルス艦隊の信号を捉えた。連絡艦を通信に向かわせたが、まだ時間がかかる」


 漂ってきたコーヒーの香りに黒巻副長は振り返る。そこにいた坂本艦長が話に割って入った。


「軌道上に残されていたガルダルス艦隊の衛星データによれば事前の予測どおり、メルタは地球によく似た環境だ。そのままでも呼吸できるレベルであり、動植物もいる。植民は充分に可能だ」

「危険はないのですか?」

「強いて言えば土着生物や細菌だろうが、気にしたところでどんなものかは分からないだろう? 地球でさえあらゆる病が存在していた。生物がいれば当然のことだ」

「そうではありますが……。もし、致死性のあるものが蔓延したら――」

「そのために居住区は階層に分けられている。それを考えるのは今ではない。わかったな?」

「はいはい。そうですな」


 面倒臭くなった黒巻副長は艦長を適当にあしらった。


「ところでセリア部長。このシュヴァリエとかいう部隊がシープを倒す切り札になるとは到底おもえんのですが? ただの子供でしょ?」


 黒巻副長はコンソールのモニターに映ったゲーム画面のシュヴァリエたちを指した。現実と多少の差違はあれど、紺色のジャケットに白いシャツ、美男、美少女の集団が登場している。彼らの目的は単純明快。世界に散らばった3つの球体(スフィア)を集めて願いを叶え、世界を直すために戦っている。


「見かけはね。あの子達はグラハム因子という物を投与しているの。そのおかげで彼らにはシープと同じような防御フィールドを発現しているのよ。だから毒やウイルスに耐性があるの。未開の惑星で活動するためのアップグレードを施した新人類とでもいうのかしら?」


 セリアは腕を組んで不敵に笑った。


「彼らにそんな能力が!? 到底そうは見えませんが……?」


 黒巻副長は主人公の小柄な少年を操作して巨大な人型の植物のような姿をした怪物と戦っていた。敵の攻撃はかなり強い。何度挑んでも、頭の(つぼみ)に食べられて消化されるか、蔦にはじかれてバラバラになった。


「相手も大概だもの。機甲服を着てやっと互角かしらね」

「実際もだけど、ただでさえ人口が少ないのに子供を戦わせるとはね。難民とはいえ、本来なら守るべきだと思うのですが」


 黒巻副長はグロテスクなゲーム描写と現実を重ねて、そう言った。


「グラハム因子は成長期の子供にしか効果がないの。彼らが持つシグマ・フォースの力は純粋に信じなければ扱えない」

「つまり、信じていれば夢が叶うと?」

「そうよ。魔法に近いことができるわ。それを心から信じることさえできればね」

「うーむ……。信じ難いですな」

「今日の結果を見れば分かるはずよ」


 セリア部長は得意げに笑った。とはいうものの、黒巻副長が見つめるゲームの世界ではガラスのように命を散らしていくばかり。そんな兆候は全くもって見られなかった――。




 〔メルタの大地〕



「オワァァァァァァァ!!」


 小刻みに揺れる降下艇のキャビンはカズキや隊員たちの絶叫でいっぱいだった。いまにも胃が潰れそうなスピードで降下している。


 機体はあっという間に雲の下におりた。側面の四角い複層窓から明るい日差しが差しこんでくる。その眩しさに向かい合って、ハヤトは目を細めた。外の世界をのぞいてみると、太陽に照らされたどこまでもつづく森や草原が見えた。それに、写真でしか見たことがなかった青い海もあった。波が光を返してキラキラと輝いている。


「すごい……!」


 こんな景色は初めてだ。とハヤトは感動した。生まれ育った地球は死の星になっていた。海も虹色に(よど)んで、その上を歩いて渡れるくらい硬かった。そんな地球に比べると涙が出るほどの感情が湧き上がってくる。


「どうしたの? もしかして酔った?」


 セリカが気にして声をかけた。ハヤトは笑って首を横に振った。


「そうじゃない。地球を思い出しただけだ。昔はこんな場所もあったんだろうなって……」


 ハヤトはそう言うと横をむいて窓から差しこむ日差しの暖かさを気持ちよさそうに感じた。


「お! デカイ鳥がいるぞ!」

「どこ……?」

「ほら、群れで走ってる! 足が太くて美味そうだぞ!」

「そうね……」

「だろ? あとでアイツらハンバーガーにしてやろうぜ!」

「いいね。それ」


 レイナがそっと細い指先で窓に触れる。その先の草原を水色と白の羽毛を身につけた巨大なムクドリのような生き物が草原を駆けている。その上空を通り過ぎた。たしかに美味そうだ。


 カズキやレイナたちもすこしばかり物騒だが、移民先となるこの自然と希望に満ちた外世界に興味を持っているらしい、生命力を感じるこの星にはシープもいないようで、今日ばかりは、いつにも増して穏やかな心境だった。


 ブザーが鳴ってタラップの赤いランプが光る。薄暗い無機質な金属に囲まれたキャビンはベルトを外す金具の音で騒がしくなった。


「そろそろ着陸だ! みんなマスクは被ったか? シュヴァリエはシープと同じ。毒やウイルスにも耐性があるらしいが、念のためつけておこう!」


 3人の前に立ったハヤトは使い方が分かるように、わざとらしく銀色のパウチからシリコンバトルヘルメットを取り出した。


 透明なゼリー質のそれを、手でのばして顔に貼り付けた。宇宙での使用には適さないが、酸素のある環境では役に立つようだ。水気のある質感で、変装用のラバーマスクのように顔にフィットする。近寄らなければつけているかわからないほど透明だ。しかも、酸素があればそのまま透過してフィルターがウイルスや毒をシャットアウトしてくれる。これも技術部が開発したものだ。


「そんなの付けるのかよ?」

「それならこっちを被るか?」


 ハヤトは鋼鉄製の重い宇宙ヘルメットを座席の下から出してみせた。


「それ重くて痒いとき掻けないしな。オレもその変なヘルメット使うぜ。食えそうだしな!」

「ヘルメットを食べるんじゃない」


 冗談かと思いきや本気で食べそうだった。ハヤトはカズキをとめた。


「うっわ……。これ、べたべたしてるー!」


 全身を銀色の機甲服に身を包んだセリカは顔面の皮膚のようなシリコンバトルヘルメットと見つめ合って気味悪がっていた。


「成分表をみたが、コラーゲンや馬油も使われている。ヘルメットが乾かないように保湿効果もあるみたいだ」

「そうなの!? じゃあつけなきゃ……!」


 ハヤトはすかさず、それっぽい事を言ってセリカにヘルメットをつけさせた。全員が装備を整えたのを見計らって武器を手にした。


「よし、行こうか!」


 ハヤトの一声にアルバ小隊のみんながうなずいた。


 降下艇は高度を下げて、見渡す限りの平野に着陸した。着陸と同時にキャビンのタラップが倒れた。その先には芝のような緑の大地が地平線の先まで広がっている。


 開いたタラップから出てきたのはAST-1という角ばった軽戦車だった。真っ白な車体に戦闘機のような甲高いエンジン音を轟かせ、緑の大地を耕していく。いままで見たこともない日差しの中を跳ねながら疾走した。


「久しぶりの空だー!! 気持ちぃーぜぇ!」


 カズキは砲塔のハッチから身を乗り出して叫んでいる。


「もー! 落ちないでよー?」

「オレはそんなバカじゃねーよ!」


 アルバ小隊のAST-1は、しばらくの間、オーフェン小隊の3両の軽戦車と競うように並走していた。やがて、次第に距離を広げて全車散開した。


 時速120キロを超える快速で戦車は草原の大地を駆けていく。このAST-1は空挺降下用の軽戦車だ。水にも浮くし、車両の底面にはスラスターもあるから、空から落ちても助かる。唯一の欠点といえば、装甲が頼りにならないこと。それだけだった。


 少しの段差でも車体は宙に浮いて不安定に地面を跳ね回った。左右にハンドルをとられてハヤトは必死にたてなおした。さらに波のようにうねった丘を飛び跳ねた。着地と同時に剛性(ごうせい)のない車体が大きくたわんだ。この戦車は溶接ではなく、なんと普通のネジで組み上げられている。車内のあちこちでネジが飛び散る音がした。さらにギアが異音を発して悲鳴をあげた。


「なんの音だ?」

「天井のハッチがふっとんでったぞ!この戦車大丈夫なのか!?」

「動くから大丈夫だ!」

 ハヤトが言うと、足元の底板が外れた。アクセルとブレーキペダルだけが綺麗に残って、外の明るい地面が猛スピードでながれている。


「やっぱりダメみたいだ!」


 エンジンの振動だけで戦車が自壊してきている。握っていたハンドルまで取れた。どうしようもなくなって、ハンドルが付いていた軸をつまんで、どうにか進路を調整した。


「えっ!? ハンドルがとれてる!」

「うぉ!? マジかぁ!?」


 セリカの動揺した声に車内はちょっとしたパニックになった。


 AST-1は部品を撒き散らしながら崩壊していった。やがて草原と森の境目で動かなくなった。


「ひどい戦車だ。こんなもの役に立たない」

「だけど、こいつは使えるぞ」


 降車してすぐに、カズキが砲塔の弾倉からペットボトルほどの大きくて太い35ミリ砲弾をいくつか持って出てきた。弾頭はついておらず、薬莢をそのまま絞ったような形をしている。演習用の空砲だ。


 遠くからでもギラギラと目立つ銀色の機甲服に身を包んだセリカが陽の光を眩しく反射させながら近寄ってきた。特殊皮膜に反射した光は100%に近い反射率がある。それを浴びてハヤトは目を覆った。


「あッ!? 熱っ!」

「ゴメンゴメン! 眩しかったよね? 少し離れるよ!」

「シュヴァリエじゃなかったらきっと失明してただろうな……」

「あははは……」


 セリカはバツが悪そうに笑って頭を掻いた。


 その間にも、カズキはひとりで黙々と芝地の地面に砲弾を杭のように突き刺していた。地面に埋め込んだ砲弾にワイヤーを這わせて枠を作っている。さらに石に日付と名前を()ってなにやら目印を立てている。


「カズキ? なにしてるんだ?」


 その行為を不思議に思ったハヤトが問いかけた。


「武器課の知り合いから聞いた話なんだが、こうすればメルタの土地が手に入るかもしれないらしいぞ!」


 しゃがんでいたカズキが顔をあげて歯を見せて笑った。さらに汗ばんだ額を(ぬぐ)う。それを聞いたハヤトも口角を上げた。


「そういうことか! やってみる価値はありそうだ!」


 すぐにカズキの真似をして弾倉から弾を抜き取ると、広大な大地を駆けて地面に囲いを作りはじめた。


 セリカとレイナはその様子を壊れた戦車のそばで見守っていた。


「勝手にそんなことしていいのー?」


 木陰の下でセリカが叫んだ。


「良くはないが悪くもないだろう。これは地質調査の一環だ。大気浄化装置も置いてある!」


 そう大きな声で返した。足元ではちいさな卵形の大気浄化装置が白い煙を噴霧している。効果はありそうでなさそうだ。


「そうだぞ! 先乗りの特権だ! 一生遊んで暮らせるぜ!」


 賛同したカズキも大声で言った。


 こうして俺たちは戦車に積んであった通信ケーブルやミサイルの誘導ワイヤーまで使って、見渡す限りの土地を手に入れようと、訓練のことはすっかり忘れて未来の領地を広げた。こうして草原には3ヘクタールほどの広い枠が出来上がった。


「名前と日付を書いておけば一通り大丈夫だろう。あとが楽しみだ! これでゆっくり暮らせる!」

「そうだな! みんなでシュヴァリエ辞めてここに住もうぜ!」


 AST-1から剥ぎ取ってきた銀色のアルミ装甲をセリカが地面に突き立てた。ナイフで表面に傷をつけ、ここにいるみんなの名前と日付を書き込んでいる。


「できたぞ! ここがオレたちの国だ!」

「あぁ、正式に認められることを祈ろう。川まで領地に入れたから水には困らないはずだ」

「ところで……。訓練やらなくていいの?」


 レイナがボソッと呟いた。


「すっかり忘れてた……! そろそろ対戦相手を探しに行こうか」


 ハヤトが言うとみんなも同意した。


 ハヤトは対シープライフルの上にのせた四角いスコープの電源を入れた。HUDが表示されて、上下左右に傾けると画面の中の水平義が動いて角度が表示された。まるで戦闘機のように弾道の予想着弾点や距離まで、さまざまな情報がスコープの中に表示されている。


「セリカはどこ行った?」


 ハヤトが辺りを見渡すと、木陰にダミアンが座っていた。声をかけても反応がない。


「大丈夫かーー?」


 ハヤトが触れると機甲服のヘルメットがとれて、地面を転がった。胴体も力なく倒れた。


「し、死んでる!?」

「生きてるよっ!!」


 木陰から歩いてきたセリカは抜け殼になっていたダミアンに両足を通して着込んだ。落ちていたヘルメットを被って、全身銀ピカのゴツいロボットのような姿になった。


「ダミアンのバッテリーがあと半分しかないから脱いでたんだ〜!」

「そ、そうだったのか。待機状態でも減りは早いんだな……」

「あ! 他のチームが近くにいるみたい! ヘルメットのセンサーが反応してるよ!」


 セリカは川の上流を指さした。川の流れる音と風に混ざって、車両のエンジン音がかすかに聞こえる。


「上流に向かって峡谷で待ち伏せようか」

「それでいいの? ハヤトは平野で戦いたかったんじゃないの?」

「たしかに、正面から戦うなら射程を活かせる平原で戦いたいけど、あそこなら待ち伏せられる」


 そう言うと先頭に立って小石が散らばる川沿いを歩きだした。シュヴァリエは半年前に創設したばかりで、運用方法はまだ明確にこれといったものが見つかっていない。最近では大口径ライフルを使う特徴から、見晴らしのいい平野での遠距離戦に向いていると考えられている。今日の降下訓練もそういった実用性を知るためのものなのだろう。


 シュヴァリエは対シープ戦を想定した部隊構成になっていて、直接の対人戦はまったく考えられていない。銃以外の装備はやや古臭く、擦り切れてほつれだらけの装具ベルトを腰に付け、各々適当に見繕った小型のリュックかカバンに食料や日用品を詰めて歩いている。


 軍属の陸戦隊とは違って、敵と戦うことだけが目的ではない。シープ由来の特別な因子をもったシュヴァリエは目には見えないシールドをもっている。だから病気やウイルスを寄せ付けない。酸素さえあれば、ヘルメットや宇宙服などの装備がなくても普通に活動できる。その特性を生かして、惑星に住めるかどうかなどの調査をすることも重要な仕事だ。いわば炭鉱のカナリアのような人柱的な存在だ。


 ハヤトは振り返って、みんなの様子を確認した。セリカの銀色の機甲服の背中には細身の4発のミサイルが両方の肩の後ろに装備されていて、同じものをレイナが背負っているのが目に留まった。


 隊長としてみんなを見ているつもりだったが、いつも一歩引いた場所にいるから、セリカやカズキに埋もれて存在を忘れてしまっていた。


「今回は日帰り任務だし、長距離を歩くからこれで最低限だな!ライフルも新しくなったからかなり軽いぞ!」

「え〜!古い機甲服きてくればよかったのに〜……」

「あれはバッテリーが劣化して30分しか動かないんだぞ!」


 セリカとカズキは呑気に雑談しながら歩いている。先頭を歩いていたハヤトはさりげなく最後尾にいるレイナに歩調を合わせた。


 いままでいた仲間の大半がいなくなったことで、全員の負担はかなり増えている。カズキは好き好んで対シープライフルや重い装備を手にしているが、無口なレイナはそうじゃないだろう。小さい体ながら、短銃身仕様のSFR-12ライフルとミサイルを4発も持って息を切らして歩いている。彼女だけに任せるにはあまりにも気が引けた。


「さすがに重そうだ……。ミサイル持とうか?」

「いい、これは私のだから」


 ハヤトが手を伸ばすと、レイナは避けるように距離をとった。


 いくら小型軽量とはいえ、4発ともなればかなりの重さになる。さらにライフルまで持つとなればかなり辛いはずだ。


「レイナは頑固だなぁ……」

「無理しないで。ハヤトは1人で抱え込むでしょ?」

「レイナもじゃないか?」

「はぁ……。そうね」


 ハヤトが笑うと、レイナは4連装だったミサイルランチャーを分割した。腰のポシェットから予備のトリガーユニットを接続して、上下2連に組み替えた発射機をくれた。


「ありがとう。俺はアルバ小隊の隊長だから、遠慮なく頼っていい」

「これからは、そうする……。ありがと」


 あまり話したことのなかったレイナとも仲良くなれた気がする。途切れ途切れに会話のぶつけ合いをするうちに峡谷にたどり着いた。先を行っていたカズキが声を上げた。


「みんな静かに! 相手をみつけたぞ!」

「いるみたいだね! どうする?」


セリカは子犬のような目で指示を仰いだ。


「あれは……。オーフェン小隊か」

「まだこんな近くにいたなんてな。オレたちみたいにサボってたんじゃないのか?」

「そうかもね!」


 ひとまず茂みに隠れて様子を伺う。相手は戦車を3両ももっている。遠巻きにエンジン音が聞こえるだけで、どれも停車していた。1人は前部の装甲を開けてエンジンルームをのぞいているようだ。どうやら故障したようで、ほかの者たちは後部のハッチから木箱を運び出してほかの車両に移し替えていた。


「あんなひらけた場所に戦車を止めるなんて、まるで狙ってくれというようなものじゃないか」


 スコープから目を離したハヤトは呆れたように呟いた。


「あれと戦うのか? 人数だけでもこっちの3倍はいるぞ?」

「相手も戦車と新型の機甲服ダミアンを持ってる。動けない今を狙って、一気に攻撃しよう。ここからなら一方的に撃ち下ろせる」


 ハヤトはライフルの弾倉をぬいて弾薬が入っていることを確認してから地面に置いた。肩にかけていた連装ミサイルランチャーを手にする。


「俺とカズキは川を超えて反対側の斜面に回る。合図したら戦車にミサイルを全弾発射だ」


「あんな人数相手にして大丈夫なの?」

「いまはセリカがいるから問題ないだろう」

「そうだぜ! 重装甲のダミアンを着てんだ。戦車にだって負けないだろ」

「初動でどうにかできなければこっちが負ける。まずは戦車と指揮官を狙って、弾薬は惜しまず使い切ろう」


「了解!」


 ハヤトとカズキは浅瀬を渡って対岸の斜面に陣取った。ハヤトはアビリティ端末を使ってセリカたちに合図した。


「まずは戦車を倒そう。やれるか?」

「おうよ!」


 地面に伏せたカズキが戦車とまわりの集団に撃ちまくった。破裂するような異音がして工事現場のような騒音とともに土煙が上がった。バタバタと相手が倒れていく。


 その弾幕に合わせてハヤトも朱鳥から借りたミサイルランチャーの照準を戦車に合わせて引き金を引いた。


 本当なら着色された粉がとびちって信号が送信されるだけのはずだった――。


 ところが、小さな反動をうけて小さなミサイルが加速しながら飛んでいった。ハヤトはわけがわからなかった。向かいの丘からもセリカたちが発射したミサイルの白煙が、ゆらゆらと不安定にのびた。速度が完全に上がったころ、河原に止まっていた戦車にそれぞれ命中した。何人かの隊員が吹き飛ぶ。


 着弾と同時に森に囲まれた峡谷に炎が広がった。燃え広がる炎の中で、何人もの人影が動きまわった。


「ア゛ア゛ア゛ア゛アァァ……!!」


 予想外の悲鳴が遠巻きに聞こえてくる。ハヤトは恐怖のあまり体の自由が効かなくなった。


「……!! 撃ち方やめ! やめ!!」


 数秒の硬直の後、ぎこちない動きで震えたハヤトは、とっさにカズキの銃を押しのけて射撃をやめさせた。


「なにすんだよ? 邪魔するなよ!」

「これは実弾だ! 味方を撃ってる!」


 ハヤトは考えれば考えるほど血の気が引いて意識が遠ざかった。あの副隊長もやってしまったかもしれない。木にもたれて何度も炎を見つめた。スコープをのぞいて確認すると、焼けていく人影はもう動いていない。地面倒れた人影の中には、うつ伏せに倒れた空色の長い髪がみえた。副隊長の少女の姿だ。髪はボサボサの寝癖だらけで寝ているようにも見えたが、脇腹あたりから出血していて、岩場には赤黒い血の跡がついている。


「あぁぁ……。そんな」


 火に炙られて破裂音を鳴らしていた戦車が轟音とともに黒い煙を巻き上げて跡形もなく消し飛んだ。頭が空っぽになり、夢の中にいるように感じるほど信じたくない光景だった。


「訓練なんだよな?じゃあなんで実弾があるんだよ!?」

「わからない……」


 ハヤトは狙いも定まらない手で、真っ白なライフルを腰に構えて木を撃った。反動もなく乾いた銃声だけが響く。それと同時にオレンジ色の塗料が木の幹にベチャッとひろがる。もう一度撃ってみると、それも同じ、さらに撃つと今度は鼓膜に響く本物の銃声が鳴った。木は大きく砕けて貫通している。


 ストックからライフルの弾倉を引き抜いて弾丸を見ると、弾頭の色は蛍光色のプラスチックではなく銅色だった。間違えるはずのない実弾の色だ。


「カズキのはどうだ?」


 カズキも真っ白な対シープライフルを地面におろして、ストックから弾倉をぬきとった。これにもどういうわけか実弾が入っている。ハヤトとカズキは無言で顔を見合わせた。さらに銃撃音が聞こえてくる。


「まずい! セリカたちが危ない!」


 先ほどの攻撃に対抗するようにドンドンと大砲のような銃声が聞こえてきた。破壊しきれなかったAST-1の35ミリ機関砲の音だ。セリカたちがいる丘に光跡がとんで炸裂している。


「あれも実弾だ!」

「このままじゃやられちまう!」

「あっ!?」

「やめろよぉーーッ!!」


 パニックに陥ったカズキはハヤトが手にしていたミサイルランチャーを奪い取った。それを肩に担ぎ上げて発射する。あっという間の出来事で止められなかった。


 AST-1の砲塔がふきとんで高く火柱が上がる。黒い煙がもうもうとあがって、急に静けさが戻った。


「なんてことを!」


 ハヤトはカズキからミサイルランチャーを取り上げた。2発とも撃ち切って軽くなっている。


「とめるな! 撃って怖がらせてやる!」


 カズキはライフルを手にしてまだ撃とうとした。


「もう充分パニックだ! 撃ったら殺してしまうだけだぞ!?」


 ハヤトはカズキの両肩を掴んで言い聞かせた。


「でも、セリカとレイナを狙ったんだ! 撃たなきゃやられちまう!!」

「撃つべきじゃない。相手は味方だ」

「やらなきゃやられる! 2人が死んだらどうする気なんだよ!?」


 2人が言い合う間も散発的に銃声が鳴り響いている。ハヤトは覚悟を決めてスコープを覗いた。燃えた車両から降りてきた隊員たちも10代の少年少女ばかり。まともに狙いもつけず反乱ゲリラのように真っ白な長いライフルを振り回して乱射している。ハヤトはそのうちの1人をスコープに捉えて追った。それでも撃たなかった。川の流れに足を取られながら峡谷を脱して走っていく。茂みに隠れて姿が見えなくなるまで見送った。ハヤトは構えを解いた。


「なんで撃たないんだよ?」


 ハヤトを見ていたカズキは怒ったように言った。


「撃つ必要がないからだ。逃げる相手を撃つのは殺人と変わらないじゃないか」


 ハヤトはカズキの憎悪に満ちた目を見て言った。


「アイツらはそれも理解しちゃいない! オレらが撃たなくても撃ってきたじゃんか!」

「もちろん向かってきたら撃つ。だけど、これはシープを殺すための物だ。人を撃つためのものじゃない」


 カズキとの言い合いもひと段落ついた。ハヤトはアビリティ端末でセリカに呼びかけた。しかし、呼びかけても応答がない。


「変だ。電話が繋がらない」

「こっちも繋がらないぞ? どうなってんだ?」

「とにかくセリカたちと合流しよう」

「それがいいだろうな」


 ハヤトとカズキは斜面をくだって対岸を目指した。


「こちらアルバ小隊、なにかの手違いで実弾が装填されている。これ以上交戦の意思はない。停戦を求める!」


 歩きながら端末のチャンネルを合わせてオーフェン小隊に呼びかけた。それさえ応答がない。未知の地域ということも相まって、不気味なほど静かな時間が流れている。


「電波妨害でもかかっているのか? 繋がらないぞ?」


 カズキは両手に持ったアビリティ端末と無線機を持ち替えながら何度も連絡を取ろうと試みている。


「どうかな。相手も実弾かわからないほどバカじゃないだろう。まさか……。故意にやっているのか?」


 憔悴してきたハヤトもだんだんそんなことを考えるようになってきていた。どちらにしても、相手のまともに指揮をとれるリーダーは、さっきの攻撃で吹き飛ばしてしまったようで、生き残った隊員たちは散り散りになって混乱している。連絡もつかず、停戦を求めるのはむずかしそうだった。


「そうだ、発光信号を送ってみよう。全員学校で習っているはずだ」


 思い立ったハヤトは四角い棒状のライトを手にした。


「やめとけ、いい的になるだけだぞ!」

「やるだけやってみよう。あの様子じゃ……。これを読めるような奴がいるといいが……」


 森の斜面を降りると、谷底のひらけた河原に出た。ごつごつとした石が多く、川のせせらぎが鳴っている。ハヤトはライトを河原の先で燃えている戦車に向けて点滅させ、信号を送った。途端に遠くの茂みから銃撃の雨が襲ってきた。音からしてサブマシンガンのような小さなものだ。とっさに手にした対シープライフルの長い銃身を相手に向けてシールドを前方範囲に展伸(てんしん)させた。


 飛んできた弾丸は、ハヤトが向けた銃口の先で防御フィールドに阻まれた。虹色の波紋を広げて銃弾が避けるように左右にながれていく。


「思ったとおり、射程距離さえ理解してない……」


 弾幕を凌ぎながらハヤトは一旦茂みに戻った。


「ダメみたいだな?」

「あぁ。彼らは無視して合流を優先しよう」


 そうは言ったものの、合流するためには足場の悪い浅瀬を抜けて反対側に行かなければならない。燃え盛る戦車のそばの茂みには、生き残った隊員たちがまだ隠れているだろう。そのうちほとんどは俺たちと同じ12.7ミリのSFR-12を持っている。シープのシールドさえ抜ける強力なライフルだ。無反動なうえに照準補助装置までついているから、使い方さえ熟知していれば命中率も相当高い。傾斜をつけた防御フィールドでも当たれば貫通してしまうだろう。


「ライフルの弾なんかシールドでなんとかなる! 突っ込もうぜ!」

「そうでもない! 水場では浸透してしまう。そこを狙われたらおしまいだ」


 ハヤトは茂みから立ちあがろうとしたカズキの肩を掴んだ。俺たちが身に纏っているシールドは、シャボン玉の中にいるようなイメージで、手や体に触れているものも少なからず影響をうける。とくに液体はシールドの伝導率が高い。シープが水気を嫌うのもシールドが効かなくなるからだ。もっとも、彼らはウールを着込んでいるから、水に浸かると重くなるという理由もありそうだが……。


「じゃあどうするんだよ?」


 カズキは困ったように言った。


「俺が相手をひきつける! そのあいだに渡り切るんだ!」

「なんだって!?」


 ハヤトは茂みから河原に出た。


「訓練は中止だ! 銃に弾が入ってる!」


 ライフルを上にかかげ足場の悪いひらけた河原に堂々と出て叫んだ。ハヤトの言葉に反応するように激しい銃撃が襲ってくる。それに合わせて長銃身の対シープライフルを構えた少年たちが河原に散会して横一列に並び、射撃姿勢をとった。


 その後方に銀色の装甲に一角のついたヘルメットに機甲服を着込んだ1人の人物が控えているのが見えた。その手には黒光りする中折れ式の大砲が握られている。


 すぐさま激しい銃撃が始まった。ハヤトの周りに土煙があがった。脇腹を弾丸が掠めて服を切り裂いた。さらに至近弾の強い衝撃をうけた。ハヤトはかかげていた対シープライフルを肩に当て、反射的に撃ち返してしまった。轟音とともに無反動で放った弾丸はスコープに捉えた少年に確実に命中した。あまりの威力に胴体が上下に千切れた。さらに銃を向けてきた少女を撃った。胴こそ狙わなかったものの、足がもげて思わず目を逸らした。


「うわっ! なんだよ!? 気をつけろ!」


 浅瀬を走るカズキはバシバシ飛んでくる弾丸から身をかがめ、中腰になって川の浅瀬を走って対岸に向かっていた。ハヤトは岩陰に伏せて、ライフルを連射した。とにかく弾幕を張って相手に撃たせないようにした。


「撃たなきゃやられる! みんな走れー!」


 オーフェン小隊の隊員たちは逃げるどころか、ライフルを腰に構えて叫びながら走って距離を詰めてきた。


「なんでまだ向かってくるんだ!?」


 ハヤトは動揺した。その一瞬のうちに先頭を走ってきた少年に近づかれてしまい、ライフルでは狙えない岩陰の射角外に入られてしまった。


 ハヤトは模擬弾を入れてあるはずの拳銃に持ち替えた。少年少女たちが突撃しながら乱射してくる。


 ピチューン――!


「ぐぁ!?」


 正面でちいさな煙があがって、左肩に一点に集中して殴られたような痛みがあった。肩がじわじわと熱くなって内臓が引き攣るほどの痛みがひろがった。


 このままではやられる。やるしかないと思った。片手にライフルを持ったまま、岩陰に入ろうと走る少年にハンドガンを追従させた。


 ババババババ!!


 タァン、タァン、タァン


 銃撃の応報のなか、3発当ててもシールドに防がれた。シュヴァリエの装備とシールドは想像よりも優秀だった。すこし怯んだ様子を見せただけで死なない。少年は弾が当たったことに驚いたのか、慌てて茂みのほうに逸れていった。ハヤトはそれを見逃さなかった。側面を晒した少年を狙った。少年の頭を追ってその先へ、顔のすこし手前に発砲する。側面は銃のように体から張り出したものが少ない。シールドも必然的に薄くなって弾丸を逸らせる確率も減っていた。放った弾丸は彼の頭を貫通して突き抜けたようにみえた。少年は転ぶようにたおれて、それきり動かなくなった。


 ハヤトは休む間もなく、ライフルでさらに向かってくる相手を牽制した。それでも彼らは向かってくる。さらに数人撃ち倒すと、残りの隊員たちはやっと突撃を諦めた。遠くに立ち尽くした全身銀色に光を返すダミアンの元へ逃げ帰るか、茂みに隠れて姿を消した。


 立ち上がると足元に何かが落ちた。それは大きめの潰れた弾丸だった。肩を触ってみると、ジャケットに穴があった。出血はしていない。どうやらシールドとジャケットのソフトアーマーで止まったようだ。


「攻撃が止んだぞ! 今のうちだぞ!」


 無事、対岸に渡りきったカズキが叫んだ。カズキの援護を受けて浅瀬をわたりきったハヤトは、まだ痛む肩をさすった。


「ハヤト! 肩に穴が! 撃たれたのか!?」

「石に当たった跳弾だ。問題ない」


 だけど、おかしい……。確実に模擬弾を入れたはずの拳銃までシールドを貫通した。これはどういうことだ? ハヤトは不思議に思って、歩きながら弾倉を抜いて確認した。


 拳銃の弾は塗りムラのあるチープなオレンジ色の樹脂でできていた。


 爪をたててこすってみると、擦れた弾頭の下地に銅が見えた。模擬弾の弾頭は本来ならば、ペイントボールのように塗料の入った軟質プラスチックでできているはずだ。なのに、これは実弾を樹脂でコーティングしただけのニセモノの弾だった。


「これも……! 誰がこんなイタズラを!!」


 怒りに震えたハヤトは歯を食いしばった。


「早くセリカたちを連れて帰ろうぜ。こんなの訓練じゃねぇ。実戦じゃんか……」

「あぁ。無事だといいが……」


 茂みの裏で話していると爆発音がした。河原の方だ。


 様子を見ると、オーフェン小隊のダミアンは逃げ戻ってきた仲間にむけて角度をつけて大砲を撃っていた。


 カチンッ、カチンッ、カチンッ


 撃鉄の金属音を鳴らして大砲を連射した。放物線をえがいた砲弾が隊員たちの体を灼熱の爆風に包み込んだ。


「味方を撃った!?」


 ハヤトは驚いた。その声を拾ったのか、ダミアンの頭がこっちを向いた。目が合ってしまった。あの黄緑色のバイザーには望遠機能のほかに赤外線カメラもついている。見つかったに違いない。


 ダミアンはグレネードライフルを横に捨てた。そのまままっすぐに歩いてくる。彼は(へだ)てているテルミットの高温の炎を恐れず踏みしめた。それまで光を照り返していた高貴な銀色の装甲皮膜が一瞬のうちに蒸発し、影のような真っ黒に変わった。


 湾曲した防弾バイザーもこの高熱には耐えられない。あっという間に溶け落ちた。その奥にあった両目の水滴型の大きなアイレンズさえ数千度の高温によって涙のように垂れ下がって溶けだした。赤色の警報色を血のように光らせた。塗料の黒い煙に包まれたその姿は、まるで本性をあらわした悪魔のようだった。


「きっと俺たちも殺す気だ……」


 ハヤトは小さくつぶやいた。遠くから空気を伝って、別の小隊と思しき乾いた銃声が聞こえてくる。そのくぐもった音は間違うはずのない実弾の音だった――。

次回、第4話〔誰かの仕業〕

 オーフェン小隊のダミアンが牙を向く。対峙したハヤトはさらなる決断を迫られる。同じく機甲服を身につけたセリカが戦いに挑むがーー。

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