第2話:〔出会いは突然に〕
ヴァンドラが危険を冒してまで別の宇宙に来た目的、それはターミナルポイントの封鎖にあった。シープは次元の壁を越える能力を持った生き物だが、その能力をもってしてもターミナルポイントのような不安定な空間でしか、世界のあいだを移動できない。
つまり、この星系をおさえてしまえば、地球のある太陽系へ敵が侵入することを防ぐことができる。その逆もまた可能だという寸法だった。
さらに手記に記された3つの球体と短剣。それにまつわる世界をやり直せるという神話のような物語。それら遺物を見つけることが、移民船ヴァンドラがこの世界を目指したもうひとつの理由だったーー。
甲板での戦いを終えたハヤトはヴァンドラの艦内に戻っていた。朝がはじまったばかりにもかかわらず、今日は何もかも大きく変わった日だった……。
彼が歩く広い廊下は壁にそって居室が右に、左にはロッカーが上下にならんでいる。ワンルームの小さな自室に帰って血と硫黄臭がしみついた服から清潔な石鹸の香りと新しい折り目のついた紺色の制服に着替えた。
自室を出て正面のロッカーを開ける、ポケットから琥珀色のSクォーツを手にした。それを几帳面にあけた個包装のアメの袋にいれた。さらに色とりどりのアメが入った大袋の中に混ぜて隠す。無限のエネルギーを発するこれは、レーザー主砲の媒体としても使われている。巷では闇市で非合法な武器を作るために高値で売れるという噂がある。
ほかの隊員たちと同様に、いつかシュヴァリエを辞めることを夢みて、密かにこれを集めている。疲れ切ったハヤトはロッカーに手をついて理由もなく一点を見つめてたちすくんだ。しばらくそうしていると、誰かが背後から抱きつくように飛びついてきた。
「ハヤト、おっはよー!」
服の上から柔らかな体温がつたわってくる。明るく元気な声にハヤトは現実に戻された。顔を上げると、そこには紺色の制服にスカート。肩ほどまでの黒髪をサラリと揺らす少女がいた。
「セリカか、おはよう」
ハヤトは少女に向き合ってロッカーをしめた。
「もー! 驚いてよー! みんなは〜?」
「みんなはいない……。かなり疲れてるんだ。ゆっくりさせてくれ」
「そっか、ごめんね!」
彼女は察したように謝った。ハヤトは「いいんだ」と一言。抱擁のなかから抜け出した。
よく手入れされたツヤのある髪を軽く撫でる。小柄な少女は幸せそうに目をつぶった。細くてサラサラとした触り心地で綺麗な毛並みだ。
「あっ! 私のこと犬かなにかだと思ってる?!」
「察しがいいな。そのとおりだ!」
ハヤトは眉を下げながら笑った。
セリカとは生まれも育ちも同じ町、居室はとなり同士という腐れ縁の仲だ。昔からこんなふうに目の前に現れては、ちょっかいをかけてくる。本音を言えばかなり鬱陶しい……。だけど、直接言うことはない。こんな仲でもそれが嫌なわけではないからだ。
「ところで、新しい任務なんだっけ―?」
セリカがニヤニヤと悪戯に笑みを浮かべて聞いてくる。戦場から帰ってきたばかりのハヤトは分からなかった。
そこで、ポケットに入れていたアビリティ端末の側面のへこみに指先を沿わせた。これはシュヴァリエに支給される本のような見開き型端末で、念じるだけでも操作することができる。
ハヤトは端末を握って「今日の任務はなんだ?」と念じる。するとロッカーの電光板に「1200時。惑星メルタへの降下訓練」という回答を静かに表示した。
「思い出した。惑星メルタへの降下訓練だ」
「あたりっ! だけど端末使ってなかった?」
「な、なんで分かるんだ……?」
「そんなの目線でわかるよ! ロッカーのほうみてたでしょ!」
「よくみているな……!」
「半生を共にしてたら嫌でもわかるようになるよ!」
「ははは! そうかもしれないな!」
ハヤトは小さく笑いながらとなりのロッカーから順にネームプレートを外していく。レミー、アリシア、オジー隊長……。いまとなってはアルバ小隊の隊長でリーダーだ。みんなの前で暗い顔をしてはいけない。こうやって絡んで元気づけることが、彼女なりの気遣いなのかもしれない。そう考えたハヤトは顔を上げて片付けた。
いつもと変わらない無邪気さに安心感をおぼえ、ほんの少しだけ口角を上げてみせる。彼女のおかげでいくらか元気になった。そこを若い男の声が遮った。
「その制服。お前たちシュヴァリエか?」
声に驚いて振り向く。そこに左目を長い髪で隠したみすぼらしい雰囲気の士官がいた。目つきが野獣のようで前髪の下で光っているようにみえるほど鋭い。肩の階級章をみるに、大尉だった。紺色のジャケットにメガネ、頭にはどう考えても義礼服用と思しきチグハグな白と赤のベレー帽をかぶっている。しかも潰さずにかぶっているからキノコ人間みたいになっている。ベレー帽のかぶり方すら知らないとは、これは新任の士官なのかもしれない。
「……!?」
ハヤトは一瞬戸惑ったが、すぐに腰から頭を下げて敬礼した。
「何かおかしいか?」
「帽子のことかも。普通はつぶしてかぶるからねー!」
「なん……だと?」
それを聞いた大尉はさりげなくベレー帽を上からつぶして左に垂れ下げた。それから気を取り直して話しはじめる。
「お前たち、昼のことはもちろん知ってるよな?」
「ですです! 知ってますっ!」
セリカは上官にもおじけずに普段どおり話している。ハヤトはその様子に関心しながら「はい」と一言。
「本来は来週に予定していた降下作戦なんだが、今日の昼に前倒しになってしまったんだ。すまないな」
「そうなんですね」
大尉の話にハヤトは興味なさげに答える。
シュヴァリエは軍隊ではないから命令さえ聞ければそれでいいという緩さだ。それゆえに人命も軽い。以前からワープ後は降下作戦を行う可能性が高いと隊長から聞いていたがーー。まさか当日とは思わなかった。おそらく上の人間の気分で日時が変わったんだろう。作戦が前倒しになったということは、それまでの計画が役に立たないかもしれない。前線に立たない者が決めたことならなおさらだ。
ハヤトは嫌な予感がして、作戦に参加する気はまったく失せていた。しかしシュヴァリエである以上、セリカのようにいくらか頭がよかったり、変えの効かない専門的な技能でも持っていないかぎり、その願いは叶わない。
「どうした?不満そうだが?」
ファル大尉はハヤトに鋭い目つきを向けた。ハヤトはあわてて首を振った。まるで興味がないような、期待さえしていないような……。前線に行かない士官というのは皆そろってこんな感じの威圧的な雰囲気を醸している。あまり関わりたくない。前線に行く部下のことは書類上の数字か、動く肉人形くらいにしか思っていないのだろう。
「それならいいが――。これで小隊だと? 人がまるでいないようだが……」
大尉はほとんどの名札が外されたロッカーを見つめて怪訝な表情をみせた。
「はい……。隊長も副隊長もみんないなくなったから、俺が仮でアルバ小隊のリーダーやってます。あと2人いますが、いまは昼休憩に。大尉は俺たちに何か用でもあるんですか?」
「あぁ、自己紹介まだしてなかったな……。俺はシュヴァリエのニラ・ファルケ大尉だ。ファル大尉と呼んでくれて構わない。専任指揮官が必要なら、俺は手が空いている。銃の搬出手続きや人員補充を任せてくれないか?」
ファル大尉はメガネを外して言った。どうやら本心から言っているようで、ハヤトとセリカは顔を見合わせた。
「彼にまかせてみてもいいんじゃないかな?ほかに頼れる人もいないでしょ?」
「それもそうか……。少しは負担も減るかもしれないな。俺は天崎ハヤト。お願いします」
「私も! 高月セリカですっ! よろしくお願いします!」
「こちらこそだ。よろしく頼む」
ファル大尉は若干の笑顔をみせて、ポケットに入れていた握り拳をのばした。ハヤトは警戒したように距離をとりながら大きな手に握手した。すると、何かを手渡された。
手のひらにあったのは1枚の銀色のコインだった。紺色の背景にタカとカエルがあしらわれている。
「これは?」
「今日からオレの部下だという証だ。これから武器庫に行く。お前も着いてこい」
「え?」
「あっ!? 私は先にいつもの店で待ってるねっ! カズキたちもいるだろうし、さきにお昼食べてるよー!」
「ずるいぞ! 逃げる気だな!?」
面倒ごとだと察したセリカが小走りで手を振りながら逃げていった。ハヤトは苦笑いを浮かべた。
「あはは……。俺もすぐ行くよ!」
その場に置いていかれたハヤトはファル大尉についていくしかなかった。貨物運搬用に作られた広い中央通路を歩く。横幅が広く、左右を銀色の壁に囲まれている。この地下通路は利便性を重視しているようで、シンプルな直線だった。
「なんでいま搬出なんですか?」
歩きながらファル大尉を見上げた。
「昼からの惑星降下訓練は、部隊対抗の射撃演習と新型の対シープライフルの実地試験を兼ねている。だから急ぎで取りにきてほしいんだ」
「新型のライフル? そんな予算があるなんて珍しいですね」
「いきなり辛辣だな……」
ファル大尉はまだ幼さの残る少年に困った笑顔をみせた。
「だって、あんな重くて古い装備。化け物に勝てるわけないじゃないですか。敵はあんなにいたのに、3体しか落とせなかった……」
ハヤトはそう言ってうつむいた。その様子にファル大尉は慰めるように口をひらいた。
「あんな装備では当然の結果だ。むしろよくやった方だと思うが?」
「そうなんですかね?」
ハヤトが問うと、ファル大尉はそれきり語らなかった。しばらく無言の時間が続いた。ただ歩くだけでは居心地が悪くなったのか、大尉はこう呟いた。
「だからこそ、シェオルが無理を言ってまで決めたのかもしれないな。彼女は君たちのことを心配していた。俺たちも限られた予算の中でできる事をしているつもりだ」
「シェオル特務長官が? 会ったことはないけど、テレビで見たことはあります。同い年くらいなのにすごいですよね!」
「かもな。仲間のことは残念だった。何かを犠牲にしなければならないこともある。敵の姿を見たろ?今度戦うときは耐性をつけているかもしれない。だから先を見据えた決断が必要だ」
「大尉。シープってなんなんですか? 脳がないのに生きてるし、宇宙でも生身で平然としてる。生き物にしても変ですよあれは……」
「有力な説は宇宙から来たと言われている」
それきりしばらくの沈黙が続くーー。蛍光灯のついた天井の金網の上を物流コンテナが行き交っている。その物置だけが小さく響いている。
「それだけ、ですか?」
「説はいろいろある。それこそ思い浮かぶものは大体な」
「つまりーー。わからないってことですか?」
「そういうことだ。このヴァンドラも宇宙を漂流していたものを再利用したにすぎないし、動力源の濃縮Sクォーツについても電気を流せばエネルギーを発するということ以上のことはわかっていない」
「これでよくシープと戦えると思いますね」
「お前たちにはグラハム因子があるだろう? いまは不遇だが、もうじき本物のシュヴァリエになれる」
「本物の……。シュヴァリエ?」
ハヤトは疑問に思った。ファル大尉が言ったグラハム因子とは、シープのように防御フィールドを発現させるためのものだ。シュヴァリエになった隊員はヴァンドラに乗船したときにみんなが接種している。この因子のおかげで怪我はすぐに治るし、毒やウイルス、発現した防御フィールドによって飛び道具の攻撃もシープのように逸らすことができるらしい。これでまだ不完全だというのか?
「今までの犠牲は今日のためだ。格納庫に着いたら本物をみせてやる」
ファル大尉は前をむいたまま語った。ハヤトは静かにうなずくと前をむいた。
〔坂をはしる〕
「今朝の戦闘をうけて即応性を重視する。これから先、銃器は各自のロッカーで分解した状態で保管するように。管理には注意を払え」
新しい専任指揮官になったファル大尉が武器庫の鋼鉄扉の横で説明している。時計はもう正午に近づいている。作戦開始まであと1時間だ。
これで今日の昼食はナシだな……。とハヤトは不満げに台車を押した。滑りのいいタイヤが慣性で前に行こうとする。それを手で引きとめた。
偶然先頭に立ってしまったハヤトに続いて隊員たちが後ろにならんでいく。特に説明がなかったから、何をしたらいいのか分からない。後ろに並べばよかったな。と後悔した。
前に出て武器庫の扉の前でカートを止める。すると武器科の青年が武器を台車に積みこみはじめた。その銃は真っ白な金属でできていて、グリップの後方に箱型のマガジンがついている不思議な銃だった。
「こいつは次期主力ライフルSFR-12だよ。異次元システム付き弾倉だ。12.7ミリの徹甲弾と対空用の榴弾を1200発ずつ撃てる。しかも無反動だとさ。シュヴァリエ用の試験配備だから、君たちのだね!」
ハヤトの肩についた階級章を見た武器科の青年はふざけたように笑った。なぜか嫌な雰囲気を感じた。彼もシュヴァリエで、同じような紺色のジャケットと長ズボンに黒い半長靴。その下には油と赤い塗料で汚れた白いシャツを着ている。
「おい。模擬弾こんなに余ったのか?」
別の男が武器庫の奥で言った。両手で抱えた木箱には茶色い油紙に包まれた模擬弾が隙間なく入っている。
「誰かが発注間違えたんだろ。そこの棚見てくださいよ」
ハヤトの前で青年が横をむいて顎で指した。隣り合った棚の中に横積みした四角い弾倉があった。鍵のかかった棚には銅色の実弾が、開いている棚にはオレンジ色の模擬弾が弾倉に込めた状態で用意してあった。
「たしかに足りてんな。おめぇ昼飯行かんのか? もう休憩時間だろ?」
武器庫の奥にいる中年の男が青年に言った。青年は頑なに拒否した。
「俺はいかない。これは俺の手でみんなに渡したい」
青年はそう答え、ハヤトに向き直った。「おまたせ」とライフルを手渡した。
「最新の銃をくれるなんて、技術部もたまにはやるな」
それを受け取ったハヤトは笑顔を見せた。直線的なフォルムでかなり小柄だ。真っ白なアルミのような薄い金属でできていてひんやりとした触り心地がいい。今までの重量級ライフルと比べると、中身が入ってないように感じるほどだった。これはすごくいいものだ。そう直感したハヤトは、それを片手でまっすぐに狙いをつけてみた。
「どうだ? こっちは宇宙戦闘用の延長銃身だ。銃口部分に宇宙空間での機動用スラスター、上部に長距離通信用アンテナと対空照準器、下にはオプション装備用のスロットがひとつある」
ファル大尉がもうひとつのオプションパーツを持ってきた。各部を一通り動かしてみせて説明を終え、真っ白な四角い筒をハヤトに渡した。それをライフルの先に継ぎ足してみる。
この状態では身長と同じくらいの長さになって、軽機関銃と同じくらい重くなった。それでも今までの大砲のような武器に比べたら5倍以上も軽く感じた。
「これはすこし重い……。ライフルなんかに、こんな機能を付ける必要があるんですか?」
「それは重力下で使うためのものじゃない。宇宙で使うためのものだ。俺にも分からないが、なにか意味があるんだろう。弾倉とソレは数に限りがある。丁寧に扱え」
入り口の横に座ったファル大尉が延長銃身を見て言った。それから机にむきながらペンを手にした。顔を上げてちらっとハヤトを見ると帳簿に銃番号と日時を記入していった。
「このミサイルで搬出品は全部だ。訓練とはいえ、外の世界を楽しんでこいよ! 次があるかも分からない世界なんだ」
「はい!」
ハヤトはライフルをカートに置いて、青年から長方形の箱のような形をしたミサイルランチャーを受け取った。発射口にオレンジ色のキャップがついていて、訓練用のレーザー発信機が繋がっている。それを積むと台車が湾曲した。ハヤトは落ちないようにベルトで留めて整えた。
「よし、そのまま格納庫まで持っていけ。脇道にあるスロープを使えば早く着くだろう。武器を降下艇に積んで待ってろ」
ハヤトはファル大尉の指示に従って、銀色の壁に囲まれた広い搬入通路を進んでいく。
ここは居住区ではないが、労働者向けの屋台や武器屋の類がいくつもあって、昼夜を問わず活気があり、通路まではみ出したドラム缶のテーブルには人だかりがある。
ハヤトは脇道にそれて緩やかな坂道を下った。空気が一気に冷たくなって、窓の外には宇宙と緑の星がみえる。ここはヴァンドラの側面に位置したスロープで、突き当たりが見えないほど長い。
カートは坂を進むにつれて段々と速度を増していった。四隅についた小さなタイヤが回転数をあげて、うなるような高音を立てはじめる。
最初こそ楽になったと喜んだが、この重さで加速がついたカートはそう簡単に止まらない。ハヤトがその事に気付いたのは坂道に入った直後のことだった。
「うわっ! 止まらない……っ!!」
両手で力一杯引っ張っても止まる気配がない。それどころかカートはさらに加速していた。風景が流れるように過ぎ去っていく。
道端に積まれたダンボールをはね飛ばして、カートは壁を擦りながら暴走をはじめた。これだけの質量と速度をもったカートはもはや兵器だ。誰かを轢いて車より酷い目にあわせたくない。
それまでしがみついていたハヤトは両足のかかとを地面にたててブレーキをかけた。けれど、靴の中が熱くなって、焼けたゴムの匂いがしてきた。すこし減速したかと思えば、靴の底が焼けてしまって、またスピードが上がっていく。
「ダメか! どうしよう……!」
カートは最終カーブを抜けて直線にはいった。その先にあるのはT字路だ。あいにくカートにはハンドルもブレーキも付いていない。どうすることも出来ないまま、ハヤトはカートに引きずられていくほかなかった。地面についた靴からは強烈なゴムの香りがする白い煙が尾を引いている。
道の突き当たりにあるのはセリカやカズキたちがいる行きつけのバーガー屋だった。お昼時のいま、店内はきっと客でいっぱいのはずだ。このままぶつけるわけにはいかない。
ハヤトはカートの前に回り込んで、背をつけて押し返した。ハヤトのほうが押されている。正面には店の駐車場が近づいてくる。両足の靴底を全部使って全力で踏ん張った。足の裏が焼けるように熱くなって、さっきよりも格段に速度が落ちた。このままなら止まりそうだ。そう思ったとき――。
「うわっ……!!」
白い制服をきた明るい茶髪の少女が歩道を歩いてきた。それも直撃するはずのタイミングに。模範的に制帽を深くかぶっているため、こっちには気づいていない。あまりに一瞬の出来事で声をかける暇もなかった。
ハヤトは後ろ手にカートを掴んで両足を大の字に広げた。そして全力で踏ん張った。靴底が削れて白い煙が煙幕のように上がる。カートと共に道路を過ぎたところで、目の前の歩道を歩いていた少女を抱き抱えて半身をひねった。
直後、ハヤトは顔をしかめた。ふたりは数回転して歩道脇の芝生の上を転がった。おくれて大きな衝撃が駐車場に響くーー。
「うぅ……」
うつぶせにたおれたハヤトは、華奢な少女を抱き抱えたまま店のほうに顔をむけた。きっと大惨事だろう。
予想に反して、どういうわけか大した被害はなかった。というのも、カートは車止めの隙間にちょうど挟まってきれいに止まっていた。積んでいた銃もしっかり留めていたおかげであまり散らばっていない。どうにか無事なようだった。
「にゃ!? 大丈夫ですか?」
旋律のような美しい女の子の声にふと目をむける。そこに目を大きくしてあわてた様子の少女がいた。ふんわりとしたウルフカット。外ハネロングの長い髪を揺らしながら目の前で横になっている。落ち着く匂いで、驚くほど柔らかで、力を加えてしまえば折れてしまいそうなほど繊細だった。
いそいそと起き上がった彼女は芝生の上に両足を横にそろえて座った。赤みがかったブラウンの髪に両サイドから外に向かって跳ねた柔らかな癖毛が、彼女の性格をあらわすようにおおらかで気品を感じられた。ハヤトはその可愛さに思わず見とれた。
「俺は――。怪我ないです」
少し悩んでそう答える。実をいうと、さっき体をひねったときカートに轢かれた。それから足先が熱く痛んでいる。立てるような感じでもないから、もしかすると足は真っ二つになっているかもしれない。でも助けた手前、彼女を心配させるわけにはいかない。
それから彼女と同じように「お怪我はありませんか?」と聞き返した。
「はい。私もだいじょぶです! シュヴァリエのシェオルっていいます! 助けてくれてありがとうございます!」
つたない喋り方もかわいい。シェオルの笑顔を見て、ハヤトもつられて笑った。真っ白な軍制服に金色の刺繍が入った袖。スラリとした体型。どこをどう見ても彼女は高貴さに満ちていて貴族のようだった。
「俺もシュヴァリエだ。アルバ小隊の天崎ハヤトです。あなたの遠い部下ですね」
ハヤトは手を差しのべて彼女が立ち上がるのを手伝った。
立ち上がったシェオルは、乱れてしまった髪をさらりと後ろになおした。それから車止めに挟まったカートと散らばった弾薬をみて、状況を理解したようだった。
「なんか大変なことになってますね……!」
「坂を下っていたら、カートが止まらなくなって――。すみません……」
ハヤトは頭を掻いて謝った。
「敬語はいらないですよ! 私はヴァンドラの行き先を提案するアドバイザーとして、この階級が与えられているだけなので!」
そう言われても。ハヤトはシェオルに深々と頭を下げた。
歩道の向こうから大柄な男が両手を大きく振って重そうに走ってきた。番犬のような男だ。黒いスーツ姿に黒いサングラスをしている。ダルンと垂れ下がった頬が印象的だ。その奥にみえる目つきはかなり細い、その風貌から彼女の護衛だとすぐに理解した。
「特務長官、お怪我は?」
「それよりハヤトさんが怪我をしているようなので病院に連れて行ったほうが――」
「俺は……シュヴァリエなので。ありがたいお言葉ですけど、心配する必要ありません」
「そうですか?でもーー」
「こんな怪我でもすぐ治るんですよ。シュヴァリエは治癒力もシープ譲りなので!」
ハヤトが笑って言うとシェオルは怪訝にうなずいた。それから思いついたように笑顔を見せた。
「それならーー! ちょっと待ってね……。これ、受け取ってください」
シェオルは手こずりながら両袖から何かを取ってハヤトに渡した。
「これは……!? 受け取れないですよ!」
手渡されたのはシェオルの軍制服についていたふたつのカフスボタンだった。金色で見かけよりずっしりと重い。優美な装飾がほどこされていて、鏡のように光をかえしてくる。この光り方は――。きっと金でできているんだろう。ハヤトはなんとなく理解した。
「私のせいで、ハヤトさんに怪我をさせてしまったので」
「俺なんかのために……。必要ありません。気持ちだけで十分ありがたいです」
「それがあれば、きっと役に立つと思いますから!」
「そういうことならーー。大事にさせてもらいます」
彼女の厚意を無下にするのも悪いと思い、ハヤトは頭を下げた。近くに落ちていた白い制帽に気づいて、それを拾いあげた。プラスチックの大きなバイザーがついていて金色の羽根のような模様がはいっている。
「これ、忘れものです」
ハヤトは片ひざをついて、両手で制帽を差し出した。痛む足を庇って立ちあがろうとした結果、まるで結婚指輪を渡すようなポーズをとってしまっている。
シェオルはハヤトの目の前でゆっくりとしゃがんで笑顔をみせた。優しい声色で「ありがとうございます!」と一言。ラフな敬礼をして無邪気に笑ってみせた。
「では! 失礼しますね! お大事に!」
「シェオルさんもお元気で……!」
ハヤトは片膝をついたまま口角をあげて敬礼を返してみせ、去っていくその後ろ姿を見送った。
これほど心が安らいだのはいつ以来だろう。それと同時に、どんな生まれ方をしていれば、あんな幸せそうな世界に生きられたのだろうか?とハヤトは、ふいに悲しくなった。
シュヴァリエの一生はもう決まっているようなものだ。身寄りのない俺たちは戦うことを条件にヴァンドラに乗ることを許された。俺たちが死んでも市民は傷つかない。いわゆる人間の盾だ。
市民になることも出来なくはないが、努力したところで格上の任務を当てられて、結果は今より苦しくなる。稼ぎのほとんどは食費と医療費、弾代に消える。そして這い上がる事もできないまま、ある日死ぬ。これがシュヴァリエの一生だ。
かつての仲間たちがそうだったように。
それから手元に残された金色のボタンに目を向けた。今ではまともに手に入らない金だ。これを売れば4人でも1年は安定して暮らせるだろう。
ふいに店の中からハンバーガーと紙袋を手にした3人が出てくる。カズキにレイナ、そしてセリカだ。さっきのやりとりを店内から見ていたらしく、みんながやれやれといった表情をしている。
「いまのってシェオルさんだろ?オレたちと同じくらいの年ですごいよな。何をしたらあんな階級になるんだよ」
「さぁ? たまにはいいこともあるみたいだ」
ハヤトは金のボタンを見せてわざとらしく冗談を言った。
「すげぇ! 金じゃんか! もう戦わなくて済みそうだな!」
「これはいいものだ。今日の訓練が終わったらみんなで除隊しよう」
「そうね……!」
カズキとレイナは同意した。
「私も賛成するよ! でも、さっき足を轢かれてたけど大丈夫なの?」
そう言って前に出てきたセリカは不安そうにしゃがみ込んで目線を合わせてきた。
「あの一瞬でよく気づいたな……」
ハヤトは目を逸らした。
「普通は気づくものなの! ふたりが鈍感すぎるだけだから!」
「オレが?」
「私も……?」
セリカの背後でふたりが顔を見合わせる。そんな様子にリーダーになったばかりのハヤトは笑顔をみせた。
「大丈夫だ! 武器は持てるし、ほら! 歩け……るっ……!」
立ち上がろうと地面に足をつける。左足のなかに痛みが広がり、ハヤトはあまりの苦痛に表情を歪めた。それでも近くに落ちていた真っ白なライフルをつかみ取り、松葉杖のようにしてどうにか立ってみせた。
「重症じゃん……。医務室に行った方がいいと思うよ?」
セリカが言った。
「ははは……。こんな程度にお金がもったいない。時間がたてば勝手に治る」
「オイッ!」
ハヤトが苦笑いを浮かべると、どこからか変な声が聞こえてきた――。
「オイッ! オイッ! オレはドコダ?」
「だれの声?」
どこからか聞こえる奇妙な声を頼りにセリカは不思議そうに植え込みに顔を近づけた。
視線を向けると、植え込みの中にグレーのハムスターが仰向けになって落ちていた。長い前歯をのぞかせたそれは、ぎこちない言葉を喋りながら、ダンゴムシのように丸まったり広がったりを繰り返している。自力では起き上がることが出来ないらしい。
「なにこれ?」
セリカが植え込みの前でしゃがんで、指でハムスターを突っついた。
「シェオルさんの忘れ物かな?さっきぶつかったときに落としたのかもしれないな……」
「それネズミか? 初めてみたぞ!」
カズキが横から手を伸ばしたと思えば、不思議そうに短い尻尾を摘んで目の高さに持ち上げた。
「ネズミ!? チガウ! ジャンガリアン! ハムスタァーー!!」
「うぉ!? コイツ喋るのかぁッ!?」
突然の大音量で騒ぎ出したハムスターにカズキは目を見開く。ハムスターは身を丸めた。かと思えば、口から赤い液体を吹きかけた。刺激のある柑橘系の匂いがあたりに広がった。
「うわッ……! 目がぁ〜っ!!」
カズキの顔がみるみる真っ赤になった。それからすぐに両手で目を押さえて咳き込み、うずくまってしまった。
「どうやら自衛用のサポートアニマルらしいな……」
「アニマル!? こんなのが動物なのか!?」
カズキの思いがけない言葉に、セリカもレイナも口元をおさえて笑った。
「カズキは知らないのか?昔流行ったサポートアニマルだよ。たしかお尻の穴がカメラになっていて、別売りのメガネがあれば背後を見れるんだ」
ハヤトはカズキからハムスターをうけとって、お尻を覗いた。リアルに作られたシワシワの奥に黒色のレンズがあった。
「ほらあった」
「ほらあったじゃないよ! これを喰らってみろ!」
「ジッ!!」
威嚇するハムスターを乱暴に手にしたカズキが、ハヤトに顔をむけて腹をかるく握った。すると、今度は口ではなくおしりから赤い水滴の霧がでた。
床に逃げたハムスターをハヤトが優しくすくいあげた。慣れた手つきで短い尻尾を2回押す。するとネズミは目を閉じてダンゴムシのように丸まった。
「動かなくなった!? そんなことして大丈夫……。なんだよな?」
目を赤く腫らしたカズキは紙袋から取り出したコーラを顔面に浴びながら興奮した様子で聞いた。
「電源を切っただけだ。これ勝手に喋りまくるからうるさいんだよ。俺の姉さんも似たようなサポートアニマルを持ってたからね」
「そうなのか? オレはかわいい生き物だと思うけどな!」
「1人のときは癒されるよ。でも、どうやって返せばいいんだろう? ファル大尉にでも渡せばいいのかな?」
「それがいいんじゃない? 一応私たちの指揮官になったんだし、それならシェオルさんに渡してもらえるかもっ!」
「ところで……。なんでこんなに武器なんか持ってきたの……? クーデターでもする気?」
いままで遠巻きに様子をうかがっていたレイナは駐車場にちらばったライフルを怪訝に見つめた。
「あはは……。そんなんじゃないよ。惑星降下訓練があるっていうから搬出してきたんだ。ファル大尉が格納庫まで持って行けって言うからね……」
「じゃあオレのハンバーガーやるよ! 朝から何も食べてないだろ? 冷凍するのに多めに買ったからな!」
「本当にいいのか?」
「大尉のせいで昼飯食えなかったんだろ? 気にすんな! あっ!? また目が熱くなってきた! 顔洗ってくる!!」
涙目になったカズキは今にも失神しそうな様子でバーガー屋の店内に戻っていった。それをよそに、お腹を鳴らしたハヤトは、カズキからハンバーガーをもらって嬉しそうにかぶりついた。
〔本物のシュヴァリエ〕
格納庫の中は天井が高く、四方の壁はプラットフォームが甲板から艦底まで何層にも重なっていて、艦艇が蜂の巣のように収まっている。中央は吹き抜け構造になっていて、巨大な穴のようになっている。
ハヤトはカートをタラップの近くに止めて、機内に武器を積み込んだ。すこし休むといくらか足の痛みも引いてきた。
防弾性のあるスーツに厚手の上着を着て腰にタクティカルベルトを装備する。そうして全員で降下艇の横に集まった。いよいよ出発だ。ファル大尉が来るまでそれほど長くはなかった。だけど、体感ではその何倍にも感じられた。
ファル大尉が歩いてきて集合したシュヴァリエたちの前に立った。彼が担当するのは4つの部隊で、各隊30名が本来の定数だった。元は120名いた人員も今朝のターミナルポイント突入の防衛戦と戦いが続き、彼が引き継いだときには70名ほどに減っていた。ハヤトのアルバ小隊に至っては、たったの4名しかいなかった。
「いよいよこの日が来た。我々がメルタと呼ぶこの緑の星を我々の新たな故郷とする! 先行上陸した陸戦隊が半径10キロ範囲の安全を確保した。お前たちの任務はこの内側に降りて入植のために必要な調査を行うことだ。その過程で新型装備の試験も行う」
「「はい!」」
整列した小隊、その全員が大きな声で応えた。
「銃の弾丸は模擬弾か? 確認しろ!」
ファル大尉の指示に従って、弾倉を抜いて確認した。油の匂いがする弾倉には、太い油性ペンほどの大きなオレンジ色の弾薬がはいっている。
続けて腰に下げた拳銃も確認した。
これにも蛍光色の小さな弾がはいっている。それをファル大尉が確実に見て回った。
「よし! 模擬弾だな? 次!」
「オーフェン小隊、オジー隊長がカートに轢かれて骨折〜。入院1名、欠員1名。総員29名集合したよ〜?」
「ミシロ!おまえ副隊長だろ?ちゃんと報告しなさい。今日はやけに怪我人が多いな……」
「隊長、ボクの悪運がうつったのかな? ふへへ……」
床で胡座をかいたハヤトは別の部隊のやりとりを聞きながら、包み紙をあけて新たなハンバーガーを食べていた。俺たちが孤児だからか、あるいは過酷な環境がそうさせるのか、投与されたグラハム因子の影響か、シュヴァリエにはこういった変人が数多くいる。しかも大抵1人で大量の敵と渡り合うような次元の違う凄腕だ。彼女もどこか雰囲気が違うからすぐに分かった。
「今日は初の惑星降下および戦闘訓練だ。降下したらどこでもいいから近くの部隊と交戦しろ。弾があたったらその場でおとなしくすること。以上だ」
ファル大尉は少女にウザ絡みされながら淡々と説明している。
今回の任務の目的は、新しい武器の試験と簡単な戦闘訓練のために、実際にメルタの地に降りるという実戦に限りなく近いものだった。予定では日没前に帰る半日程度の日帰り任務だ。
本来相手にすべきはシープだけ。万が一にも敵性生命体に出会った場合には、戦い慣れた軍隊上がりの陸戦隊が請け負うことになっている。よって、今日は訓練とは名ばかりの息抜きのような任務だ。
「先陣を切った陸戦隊の報告によると、この惑星メルタには様々な動植物が確認されている。一部地域には原始的な獣人種族もいるが人間に対して友好的だと聞いている」
ファル大尉が左腕につけたガントレット型のマイクロPCを操作する。すると、光が集まった。なにもない空中に巨大な顔があらわれる。
「むぐっ!? げへっ!」
驚きのあまり最後の一口を喉に詰まらせてハヤトがむせた。レイナにコーラを渡され流し込む。ファル大尉は気にせず大きさを調節して地上で撮られた立体映像を投影する。目の前のひらけた場所に獣耳と尻尾をもった狼男のような全身を毛に覆われた獣人男性と人間の姿に限りなくローマ人のような布の服を着た女性獣人と話す軍人の姿が再現された。背丈は人間と同じか少し高いくらいみたいで、映像とは思えないほど詳細にあらわれて目の前を歩いている。隊員たちはざわめいた。
場面が変わった。地上を走る巨大ムクドリ。さらに草原を転げ回って巨大なネズミのような生き物を轢き潰す巨大マリモの姿が映し出されていく。この星には見たこともない生き物がいる。何もかもが大きいようだった。
「ファル大尉、質問があります。こんなに大きな生き物がいるのに、模擬弾だけで危険はないんですか?」
ハヤトが手を上げて大尉に聞いた。
「今回の作戦地域にはもう生息していない。陸戦隊が制圧した地域の内側だからな。仮に見かけても話しかけたり、物を渡したり、手を出してもいけない。そういった行為が発覚した場合、有無を言わさずそいつの息の根を止めてやる。わかったな?」
ファル大尉は顎をひいて上目遣いで脅した。こんな怖い指揮官の下で戦うのか……。判断を間違えたな……。とハヤトはうんざりした。彼は正面に座っている俺たちには目を合わせず、どこか遠くを見たまま話を続けている。相変わらず深くは関わりたくないようだ。
「戦いの日は近い。奴らを倒すにはお前たちシュヴァリエが必要だ! そこでお前らに見せたいものがある」
ファル大尉は格納庫の端にいた白衣に銀髪の女性を中央に呼び寄せた。彼女は帆布に覆われた棺桶のようなものを台車で引いて正面に持ってきた。
「私はセリア・クォーク。技術部の担当責任者よ。そこの彼にはセリア部長と呼ばれているわ。今回紹介するのはこれよ!」
赤い目をした彼女は、自信をもった声で言った。すかさず口元に白い防毒マスクを装着する。それから持ってきた帆布の金具を外していった。
「オレたちに何を見せる気なんだろうな?」
「さぁ? 新しいおもちゃかもしれない」
帆布が完全に取り払われると、ざわめきが広がった。ハヤトの予想はいくらか当たっていた。というのも現れたそれは、まるでフィギュアのように透明なブリスターに入っていたからだ。
等身大の騎士の鎧に似た銀色の機甲服と金色のドリルが先端についた簡素な槍。そしてウェットスーツのような服がセットになって容器に収まっている。圧着していた薄いビニールフィルムが取り払われると、装甲表面に塗布された薬剤の酸っぱいような香りが格納庫にひろがった。
「うわ。くせぇ……」
カズキが揮発した塗料の匂いに鼻をつまんで手であおいだ。ほかの隊員たちも顔をそむけて鼻をつく激臭に耐えている。
「失礼ね。ちょっと匂うけど……。これ、対レーザーコーティングなの。匂いはじきにに慣れるわ。これはあなたたちが本物のシュヴァリエになるために必要な装備。私たち技術部が開発中の機甲服ダミアンよ」
「オレ、あんな臭いの着たら吐いちゃうよ……さっき食べたばっかだしな」
「ただの宣伝だ。俺たちが着ることはないだろう」
小声で耳打ちするカズキにハヤトはそう答えた。
ファル大尉はジャケットを脱いで、前のめりに開いたダミアンの背中に手足を入れて着ぐるみのように着てみせた。
「このダミアンはインナースーツを着ることで感覚共有、思考による操作を補助してくれる」
「これはチタンの球体よ。フルパワーでこうなるわ!」
ファル大尉はセリアが持ってきたゴルフボールほどの銀球を手にして力強く握った。しばらく形を保っていた銀球が粘土のように潰れていった。
「それだけじゃないわ!このドリランスは先端に爆薬が仕込んであるの。相手に突き刺してボタンを押すと先端が回転。内側からポンと爆破するわ!」
セリアは先端にドリルがついた短槍を手にして解説する。ダミアンを着たファル大尉がそれを受け取った。シープの剥製相手に実演してみせた。
用意された剥製は完全に干からびていた。目も体も垂れ下がって、敵とはいえ、あまりに哀れな姿だった。
ムリィン……ムリィン………ムリィン…………。
突き立てたドリルはパワーが足りないようで、今にも止まりそうだ。モーターが悲鳴をあげてどうにかシープの体に潜り込んでいった。
ギュイィィィン!!
…………ボンッ!!
シープの体の奥深くで小さな爆発がおこった。痩せていたシープがフグのように膨らんで、口から香ばしい黒煙がのぼった。実用性はともかく、それなりに強そうに見える。生きて動き回る相手にこれが通用するとは思えないが……。
「専用武装のシャイニングレーザーにライフル用の液化装甲流体弾。対惑星用戦略携行ミサイル。これらの実用化も目前に迫っているわ!」
セリアは特撮ヒーローの変身シーンのように大袈裟な身振りを交えて得意げに言った。その笑顔は確かなものがあった。彼女ならきっと作れるだろう。だけど信頼するには値しないとハヤトは内心思った。
「ほんとかなぁ〜? 具体的にはいつ頃になるんですかぁ〜?」
降下艇の前に体育座りで座っていたオーフェン小隊の少女が痛いところを突いた。氷のような青白い髪で眠そうな表情をしているが、意外と冴えるようだ。
シュヴァリエは予算不足だともっぱらの噂で、足りなくなった弾薬や機甲服のバッテリーをいくら請求してもそれが届くのはいつも忘れた頃になる。
それに前にも似たようなお披露目があった。そのときは最新の人型ロボットをくれると彼女は言った。だけど実際に来たのは戦闘機の廃材から作った今朝のゴートハンターだ。おかげでせっかく生き延びてきた古株の人たちさえ、みんなやられてしまった。
「オホン。近いうちに配備する。それよりーー」
黄緑色のバイザーレンズがついたダミアンのヘルメットを背中側に押し上げてファル大尉が顔をみせた。
「残念だが、新型の機甲服ダミアンは、まだテスト中だ。各小隊に1着ずつしかない。武器はあいにくこの1本だけだ。そこでこの槍をどちらかの小隊に預けようと思うのだが――」
「ふぁ……。私はいらないよ〜?」
少女が眠そうにあくびをしながら言った。ハヤトもタイミング悪く「いらないです」と言ってしまった。それを聞いてセリア部長とファル大尉は顔を見合わせた。
「お前らジャンケンで決めろ!」
ファル大尉が怒り気味に言った。やっぱり予感したとおり、彼女とは何らかの縁があるようだ……。
「え〜? しょうがないなぁ〜? じゃあしようかぁ?」
「そうだね」
ハヤトも同意して彼女の前に進み出た。
「じゃんけん……ぽん」
「あいこでほい。ほい、ほい? ほい……?」
彼女のやる気のない掛け声はつづくうちに疑問形に変わった。すぐに決着が着くと思われたが――。こんなに長引くものだったか? わざと勝とうと同じ手を出しても、変えてもまだ続く。やがて、ハヤトはグー、少女は観念したような表情でパーをだして決着がついた。
「これは、これは……。どうやらキミも悪運がつよそうだねぇ」
「悪運? まぁ、そうかもしれないなぁ……」
「勝者はミシロか。そういうことだ。この槍はオーフェン小隊で試験してもらおうか」
「はぁ〜い。やっぱり運ないなぁ〜……」
少女は両手をたらしてやる気なさげに降下艇に乗り込んで行った。そのあとを追うようにあの機甲服ダミアンが青年の手によって機内に積み込まれていった。武器庫で会ったあの青年だ。彼は生気を欠いた表情で少女の背中を見据えて首を真横にかしげた。およそ人間とは思えない奇怪な動きを見てしまい、ハヤトは違和感を感じた。
「とにかくだ!敵の集団はここを目指して今も向かっている。早ければ訓練後すぐにでも実戦になる。この訓練はいい経験になるだろう」
そう言って、ファル大尉は俺たちを流し見た。
「異論のあるやつはいるか? いないな! というわけで、全員降下艇に乗機して待機。初めての惑星降下だが、生きて帰ってこい!」
ハヤトは「了解!」と、その場のみんなに合わせて力強く返事した。
「よし、解散!」とファル大尉が話を締めた。
「ここにシリコンバトルヘルメットがある! これも今回の訓練で試験する新装備だ。忘れずに持っていけ」
ファル大尉はそう言い残すとダミアンを脱ぐために降下艇のキャビンに入っていった。ハヤトは人だかりに紛れてダンボール箱から銀色のパウチを人数分とった。
「で、誰がダミアンを着るんだ?オレはあんなの着れないぞ?俺じゃあインナースーツを着ただけで肉ダルマになっちまうからな!」
ハヤトはそのとおりだと思った。いくら最新科学で作られた伸縮性に富んだインナースーツでも体重120キロもあるカズキの巨体は入りそうもない。仮に着れたとしても、すぐに破れてしまって丸裸になるだろう。
「俺が着るべきかもしれないがーー。この足じゃ実力を引きだせないだろう」
左足をゆらしてみせ、ダミアンをほかに譲った。こんな怪我では新兵器の試験データとしてあまり役に立たないと思ったからだ。
「じゃあ! レイナちゃん着るっ?」
「……私は遠慮する。ハヤトと同じ理由ね……」
「そっか! それじゃあ私が着てもいい?」
「ハヤトはどう思うんだ? オレは構わないぜ!」
「いいかもしれないな。セリカは初陣だし、歩く距離も長いから負担も減るだろう」
ハヤトが言うとセリカは明るい笑顔をみせた。
「ありがと! 着替えてくるねーっ!」
セリカはそう言って更衣室に入っていった。しばらくして、ダミアンを着ることになったセリカが半透明のインナースーツに着替えて戻ってくる。その姿は女性的なシルエットにボディラインが強調された目のやり場に困る格好になっていた。
俺たちが服の下に着ているグミのような質感のライオットスーツよりもさらに薄いスーツだ。ニトリル素材が肌に張り付いたようなもので、万が一破けた場合にもそれがひろがりすぎないようにできているようだった。
「それすごい服だな!」
「うん、着てないみたい……」
「操作感応性を高めるためのインナーだからかもしれないな……。ダミアンはそこにある」
ハヤトは顔を背けてなるべく見ないようにして、降下艇のキャビンを指差した。そこにファル大尉が脱いでいった機甲服ダミアンが椅子に腰掛けていた。脱皮した抜け殻のように置かれている。
よほど恥ずかしいのか、セリカは体を隠しながら急いでダミアンを着こみはじめた。レイナは静かにタラップに立って、見えないようにガードしてくれている。
「こっちむいて……? もういいよ」
レイナの声に振り向くとセリカは重装歩兵のようにたくましい姿になっていた。見た目は中世の騎士のようで、全身が銀色のチタン装甲に覆われている。光の加減でパールに近い色合いになっている。弱点になりそうなのは、手足の関節からみえるインナースーツ部分くらいしかない。
「すげぇ……。オレより頑丈だぞ! しかもデカくなったな!」
「えへへ! すごいでしょ!」
「うん。最高の装備だ! よし、そろそろ行こうか!」
こうしてハヤトたちアルバ小隊とオーフェン小隊は意気揚々と幅広のフォルムをした降下艇、通称ウィルドに乗り込んだ。
丸みのある機体の胴体の下には逆台形型の80フィート耐熱コンテナを抱えている。その狭いコンテナの中に小柄な兵員輸送用の軽戦車が4両と、左右の壁の傾斜に背を預けるようにして隊員たちがシートベルトを締め、出発の準備を進めている。
ハヤトたちも座席についてその時を待った。
前方タラップと側面のスライド扉が自動で閉まった。さらに左右と後方の3基のエンジンに火が入る。ブゥーンとタービンが回りだして機体が揺れた。
機体が浮き上がり、格納庫の中央にあいた大きな四角い穴の上に移動して真下へ垂直に降りていく。
「いよいよ外に出られるぞ! 楽しみだぜ!」
「そうだね! 私も頑張るから!」
席についたカズキとセリカは無邪気な笑みを浮かべている。普段は影の薄いレイナも笑っている。みんな外の世界に出るのは地球を出発して以来数ヶ月ぶりだ。どうにも笑顔を隠しきれないでいる。誰の心にもまだわずかな希望があった。
いまは不安を捨てて、外の世界を楽しもう。仲間たちの幸せな雰囲気にハヤトも絆された。
シュヴァリエたちは各々が希望に満ちた表情を浮かべていた。足枷のような装備が軽くなり、これからむかう新天地はまるで楽園のようで、誰もが浮かれていた。
だが、この後起きる惨事をまだ誰も知らなかった。
次回、第3話〔軽すぎた銃〕
森林に覆われた惑星メルタ。そこは人類の生存に適した環境だった。戦いの中にも休息はある。ハヤトたちは束の間の安らぎを得ていたがーー。