第14話:〔複製された存在〕
前回のあらすじ
惑星メルタを襲った大型シープ。それは獣人の5大領地の1つに落下。高山を背にした雪の大地を蒸発させ、かつて栄えた人口150万の城塞都市を一瞬にして湖に変えてしまった。
〔残された思い〕
レイディア領を訪れたロイはパーンタイプが直撃した湖のほとりに立っていた。周囲には配下の兵士たちとわずかに生き残った領民が久方ぶりの暖かい食事をとっている。
かつて城塞があった中心地には巨大な果実のように外皮をひらいた突撃型シープが地面に刺さった状態で沈黙を守っていた――。
あれから数日経ったいまでも熱気をおびた空気が地面を揺らいでいる。かつて氷のように幻想的な城がそびえた場所は城下町共々すり鉢型に形を変わって湖のような様相を呈している。水辺には横たわった獣人と無数の子羊たちが寄せ集まってひどく不快な匂いを醸していた――。
「レイエム……きみの仇、獲らせてもらうよ」
ロイは愛する妻。レイエムの形見として以前から預かっていたツノを首飾りとして身につけていた。白い象牙質の断面からわずかにする花のような香り、間違えようもない。紛れもなく彼女のものだった。
「そのツノは……」
ロイは近寄ってきた領民に顔を上げた。
「我が貴先です。先日領地ごと失いました。オルトアーク領とは兄妹のようなもの。かつてここに住んでいた領民を受け入れる用意がある」
灰色の髪の隙間からオオカミのような鋭い目つきで湖のふちに集まった数少ない領民を呼び集めた。総勢十数名。彼らは木材で筏をつくり、毎晩襲いかかってくる野生化した獣人の出来損ない達から生き延びた。その心労に比べたらこの痛みなど大したものではない。
「ロイ様。食事を用意しましょうか?」
白い給仕服を着た貴族上がりの猫耳少女が聞くとロイは手で制した。
「いらない。それよりレイディア領の住民に食事を配ってほしい。何日も水しか飲めていないみたいなんだ」
ロイは連れてきた人足から何から何まで差し渡し、着の身着のまま耐え忍んだ彼らのことをかつて愛したレイエムの生き写しのように丁重にもてなした。
正午を過ぎた頃、不安定に揺れる小型の円盤機が壊れた洗濯機のような騒音をたててレイディア領跡地の上空を飛び回った。それは銀色の光を照り返すUFOのようなもので兵士や領民たちは見慣れない機械というものを珍しげに観察していた。
「あれは、王家の乗り物か」
ロイは片手で日差しを遮って、空を見上げてつぶやいた。太鼓のような音をだす円盤はロイの元へ降りてきた。細長い着陸脚が砂に埋まり、中央を貫通する球型のコクピット部分だけが機体の下方に降りてくる。薄い透明なシートをめくって出てきたのは白い外套を着こなした青色の獣耳を生やした青年。シアン王子だった。
「殿下。なぜここに?」
「あの火球がもたらした被害の現状を視察にきただけだ。救援ごくろう」
シアンは急ぎ足でロイの横を通り過ぎる。かつて城壁があったであろう基礎の残骸をその場で膝をついて手にとった。形を保っていた石片が砂のように崩れた。
「つかぬことを聞いても?」
ロイはシアンの背に立って声をかけた。あたりに遮るものはなく湖面を風が揺らしている。
「なんだ?」
「ウワサでは王都からの出兵要請は誤報だったと。シルヴィスの兵が我が領地に駐留したのち消息を絶った」
「行き先を知らないだろ? 夜間もムリな行軍を続け野生獣の餌食になった。そうに違いない」
「およそ2万の軍勢です。前世紀から生きていたあのシルヴィスがそんな愚行をするとも思えない。まさか! 人間の居留地に行かせたのではないですか!?」
ロイが声を高める。
シアンは肩がピクリとうごいた。頭に生えた両方の耳を伏せて聞こえないようにしている。獣人の特徴である耳と尾は感情を如実に表してくる。嘘を隠すことには向いておらず、ロイはシアンが何かを隠しているのだと勘付いた。
「ちゃんと聞いてください! レイエムとは……番になるはずだった……!」
「不敬だ!! それ以上言うならおまえを罪人として扱う! 耳を削いでやる!!」
「そこまで必死になるなんて! 封書からは国王陛下に混じって若い体臭がした。やっぱりアンタがやったこと!」
ロイがうなりをあげて瞳孔がまるく大きくなっていく。美形の人間に近かった外見がムクムクと体毛に覆われた。衣服が破れ、手足が獣のように変化し、口元には牙が並ぶ。
「なにをするかと思えば、野蛮なことだ……。どうせなんにもならないのに」
ロイは灰色のオオカミのような姿に変わった。見上げるほどに肥大化したロイを前にしてもシアンは余裕の表情で冷笑している。巨大な野獣は拳ほどの爪をもちながら、まるでみえない結界に阻まれるが如く、手を出せなかった。相手は次期国王となるシアン王子。辺境領主のロイでは血族でありながら手を出せるはずがない。震える手に弧を描いた爪を食い込ませて怒りを鎮めていた。
シアンにかぶさっていた大きな影が次第にしぼむように小さくなって人型にもどった。
「ほらな? 手を出せなかった。勇気も度胸も忍耐もない。無駄な抵抗はやめて、弱者は強者に従っていればいい」
「国王でもないくせに!!」
シアンの言葉にロイは言い返した。
「天変地異に匹敵する力。それを行使できるのは人間かあのシープとやらしかいない。そこまで言うならその恨み。晴らせるのか?」
シアンは急に真面目な雰囲気でロイに言った。
「何が言いたい……?」
突然冷静になったシアンの様子にロイは驚きながら耳をむけた。
「シープが狙うべき場所はレイディア領ではなかったはず。王都は地方領地をあわせてもまだ広い。宇宙からはなにより目立つはずだ。そうは思わないか?」
「これが作為的なものとでも言いたいか!?」
ロイは月のような眼光でシアンを威嚇するように見つめた。シアンも怯まず青い瞳で見つめかえす。
「これは父上から聞いた話だ。人間は1人では弱い。だが――群れると強くなる。同族は敵じゃない。これからも仲良くやっていこう」
シアンが先に目を逸らしてロイにうなずきかけた。
〔複製された体〕
遡ること数日前。第2層居住区の病室――。
その日、清潔な病院の一室で目覚めた黄色いパジャマ姿の大柄な少年は窓から公園の景色を見下ろしていた。ガラスに反射した自身の顔は真っ赤に充血した片目を残してミイラのように包帯に巻かれている。心拍にあわせて鳴る規則正しい機械の電子音。今の彼はとても孤独だった。
シュヴァリエがもつグラハム因子のおかげで顔の傷は常人の数倍という驚異的な速さで治りつつある。すでに耐えがたい痒みがあらわれはじめて、包帯には血混じりの滲出液が滲んでいた。
何気ない景色のなかに公園前の歩道を黒い喪服に包んだ見覚えのある集団が歩いているのを目撃した。
3人横並びで歩く彼ら、ミディアムヘアに背丈のある黒髪のハヤト、サイドテールに黒髪のレイナ。そしてなかでも一際目を引く力士のような人一倍目立つ体格をした長身大柄のカズキがそこにいた。見間違いようのない姿形。なぜそこにいるのか理解が及ばなかった。いつもの3人で何かを話しながら歩道を歩いている。それはまるで成り変わりのように――。
病室で目覚めたばかりの少年は声を出そうとした。けれど口を開くことができず、手で触れてみると口があったところはわずかな縫い目の手触りを残してなくなっていた。
「〜〜!! 〜〜!!」
声にもならない音がでるばかり。首元に繋がった装置の存在に気づき、強く脳内でイメージすると装置を介してカズキに限りなく似た太みのある声で言葉に変わった。
「あれは、誰なんだ……?」
窓に手を当てて開けようとする。しかし、窓は取っ手がついているのに動かなかった。ここは地上4階建ての大病院。よくみるとイスもベッドも患者が逃げ出したり自傷しないように地面にくっつくように固定されている。ここが閉鎖病棟だと察してカズキは血の気がひく思いで冷静さを欠いた。心拍が荒くなり、それまで穏やかだった電子音の間隔が走るように早まった。
「ソイツはオレじゃない! 気づけよ!」
窓を強く叩く。特別にあつらえた強化ガラスは怪力をもってしてもわずかに撓むだけ。声さえ外には届かない。振動を検知して防犯センサーが作動した。けたたましく鳴るヒヨコのような警報につづいて職員があわただしく駆けつけた。
「まずい! 被験体が暴れてる! おさえるんだ!」
鍵を手にした警備員と看護師たちがカズキの両手をつかんで窓から引き剥がした。「被験体」という言葉を耳にしてより激しく暴れた。
映画などでは変な薬剤を注入されて化け物になったり、最終的に処分されたりと、その結末は碌なものにならない。それを自分自身に置き換えてみればどうなるか。答えは単純だった。カズキはとにかく逃れようとフルパワーで暴れた。
「ムワァァァァッ――!!」
「なんだこいつ! ものすごいパワーだ!」
両脇から押さえかかった大人2人を腕をひらくようにふりほどき、力いっぱい左右に振り上げてぬけだした。警備員を壁までなげとばす。人が宙を舞い、備品が音を立てて散乱した。
病院の外の道路を挟んだ歩道では、不意になにかを感じて黒髪の少年ハヤトが足をとめた。道を挟んだ病院の窓辺で薄ピンクのカーテンが小さくゆれている。
「なんかあるのかよ?」
「いや、気のせいだ」
ハヤトは興味を失ってそのまま通り過ぎる。
それに安堵したようにカズキはレイナとハヤトを抱き寄せて肩を組む。そして窓に顔を押し付けて無音のパントマイムを演じるもう1人の自分を笑った。
「アイツぅー!! やめろーッ!! ふぬっーッ!!」
その挑発的な態度を目にしてカズキは体を左右に揺すって抵抗した。台車を蹴り倒して取り押さえようとする白衣の男たちを振り払う。さらには顔面に肘打ちまで浴びせた。
「先生! はやく鎮静剤を!」
駆けつけた医師がカズキを押さえながら注射器を口に咥えてキャップを外す。針を丸太のような極太の腕に針を刺した。それから数分も格闘を続けたのち、カズキは体に力が入らなくなって廊下の隅っこにうずくまった。強い眠気に抵抗しながら目を閉じていく。
「オレが……なにをした……」
重傷を負った怪我人だというのに、なぜこんな目にあうのかまるでわからなかった。ぼやける視界、脳内に遠く響く声。すべては幻のようだった――。
〔素体になるのが役目でしょ!〕
グレネードランチャーのような大きな銃口。上下2連式の迫撃銃を手にした2人の警備兵に守られた一室。通常は6人部屋のところ、カズキはたったひとりでベッドに縛られていた。
「何か食べたいものでもあるかしら?」
「ハンバーガー……。食いたい」
「今日の夕食はハンバーガーにしましょう。あとで買ってきてあげるわ」
「見たことある顔だな。オレ……。どこか悪いのか?」
カズキは銀色の髪と白衣というセリアの外見から既視感をおぼえて問いかけた。
「メルタに着いたとき会ったかもしれないわね」
強気ながらまるで幼い子供をなだめるかのような口調にカズキは不安を募らせた。
「どうして――。オレがもう1人いるんだよ?」
カズキは疑いの目でセリアを睨んだ。セリアは答えに困ったようにしばらく口をつぐんでから答えを話しだした。
「正確にはあなたじゃない。あなたの姿をしているけれど、限りなく似たただの機械よ」
「わかったぞ! いわゆるクローンとかコピーみたいなものか」
「LT社製アンドロイド。バトラーよ。ただの消耗品」
「まるでオレたちみたいなもんだな」
カズキの喉についた装置が声に合わせて波長を揺らした。
「あれは死ぬことはないの。あなたと違ってね」
「よくわかんないけど。すごいんだな」
「それと、あなたがよければなんだけど、私に協力してくれないかしら?」
「協力だって? いまでさえ実験用モルモットみたいな扱いじゃんか!」
ベルトで縛られた手は動かすことができず、手首から先をどうにか動かせるのみ。こんな状況で同意を得られるはずもなく――。
「ごめんなさいね。でも、あなたは本当に特別な存在なの。ほかの誰にもできない。あなたにしかできないことなの」
「考えさせてくれよ……」
「いいわ。答えは来週までにね」
セリアは鍵を使って手足の拘束具を解いた。巻きなおされた清潔な白い包帯に包まれた顔は笑顔をみせるように形を変える。しかし、彼の心に抱いた不信感と悲しみはほかのだれにも理解することはできなかった。
その日の夜――。
カズキは廊下で話す声に目覚めて裸足でベッドから冷たい床にそっとおりた。綺麗に整頓された病室にはカズキ1人しかいない。ヒタ……ヒタ……。と汗ばんだ足裏が床に張りつく音だけをさせてカズキは扉に耳を当てた。声の主はセリア技術部長、そのほかに若い男の声もしている。
「なんであの部屋に変更させたのかしら? おかげで彼は混乱しているわ!」
「地下の実験棟は我がLT社が借りてイル。使えるのはここダケ!」
「そんなんで済む問題じゃないわよ。彼は見てしまったの。もうひとりの存在を――」
「べつにハイキしてしまっテモかまわんダロ? アレは我が社の所有物でヒトジャアナイ。バトラーを作るためのテストベッド。トックに役目を終えテル。アトは剥製にでもシて本社のロビーにでも飾ればイイサ!」
カズキは格子ガラスの覗き窓から廊下の様子をうかがった。白衣を着たセリア技術部長のほかにトゲトゲしい紫髪の人相の悪い男がいた。彼も研究者あるいは医者のようだ。清潔な格好でなにやら言い争っている。話の内容は扉をはさんでかすかに聞こえるだけで、大まかにしか知ることはできなかった。
「本当のコト、言ったノカ?」
「えぇ!! あとは彼の協力が得られたらあなたのバトラーはもうおしまい!」
「それはどうカナ?」
LTの社員らしき人物の本心を語るようなその言葉の節々からそれが嘘ではなさそうなことは理解し得た。どちらにしても利用されるだけの存在。カズキはそう思ってしまった。
「オレは……。オレは――」
ヒトジャアナイ。彼は見てしまったの――。
ハイキ。所有物。
頭の中がグラグラと揺れてカズキは扉を背に座り込んだ。今までの人生と存在を否定されるかのような言葉ばかり。もしも窓の外にいたもう1人の自分が本物で自分が偽物なら――。
月明かりが差し込む病室でカズキは恐る恐る顔の包帯を解いて爛れた顔に爪をたてた。顔が剥がれて皮下の骨が見えている。病室に残されたカズキは自らの手を噛み、壁に頭を打ちつけて吠えた。
「前も言ったように、あれはただの機械よ。どうしてこんなことをしたのかしら……」
セリアはカズキの包帯を取り替えながら子供に言い聞かせるように話しかけた。
「なぁ……。ハヤトたちはどうしてるんだよ?」
「アルバ小隊は解散したみたいね。それ以上は知らないわ」
「そんな……」
帰る場所がもうない。カズキは強いショックを受けて固まった。
「悪い話ではないはずよ? 戦いはもう終わったの。治療が終わったら会いに行きましょ」
「今すぐ会えないのか?」
「治療中だからまだムリよ」
毎日の検査のたびに病室から出られる瞬間がカズキにとって唯一の自由だった。廊下に出て検査室に移動するまでの間にはいくつかの部屋が左右にあった。そこもそれぞれ個室になっているらしく出入りする看護師の奥にベッドと毛髪のない病人が横たわっている様子が見てとれた。
「オレもああなるのか……?」
「もうなってるでしょ?」
セリアは見たままありのままを答えた。それは皮肉でもなく元気づけるための冗談のように。
それに対してカズキは包帯に巻かれた頭頂部をさすって頭をななめに揺らしてみせた。
数日後……。
『メルタへの入植は順調に進んでいるようです。シュヴァリエにかわる新兵器! 地下工廠で日々増産! その名もバトラー。人口以上の戦力がシープに立ち向かいます』
テレビには一般家庭で給仕するバトラーが映っている。レーンに並んだ彼らはまるで機械部品のように手足が取り付けられて隊列を組んで歩いている。
「あれがオレらの代わりかよ。人間と見分けつかねぇな」
テレビを消すたび画面に映るのはミイラのようにおぞましい自分の姿。
「まるでバケモノだな……」
焼け爛れた顔は骨を皮膚で覆っているような有様で元々のふくよかな顔面とは程遠かった。極力それを見ないようにするためにカズキは発声装置を喉から取って頭から布団をかぶった。
夜になりトイレに行くために部屋を抜け出したカズキ。廊下の奥から出てくる白衣の集団を見つけて物陰に身を潜めた。
「明日は機械脳のテストをしよう。バトラーの自立性を高める」
「あの被験体はどうすんだろ」
「あれはデブでおバカなヤツだから見栄えがする。元シュヴァリエならなんとか因子とかいうのをもってるしプレゼン用の新型の素体にしたい。あの方ならそうおっしゃるはず」
「それがいい!!」
研究員が出てきた扉が閉まりきる前に体をすべりこませて先に進んだ。
しかし、そこは出口ではなかった。
部屋だと思っていた場所はエレベーターのようにボタンが2つだけついたパネルがある小さな密室だった。ガラス張りの足元と天井には巨大な目のような機械的な装置が詰まっていた。外からは別の足音が近づいてくる。それが誰なのか理解するより前にカズキはボタンを押してそれを作動させた。
瞬間的にリング状の強い光が上からおりてきて体を包む。
光が途切れると目の前がまっくらになった。
油粘土のような香りが鼻に流れ込んでくる。足を前にだすとブレーカーが音を立てて作動し照明が点灯した。
「……!?」
天井光を反射する清潔な群青色の部屋。カズキはそこでとんでもないものを目にした。
死体安置所のように人間が寝て入れるほどの銀色の四角い扉が壁一面に並んでいる。
うっすら不快感のある冷たい空気の部屋の奥に肌色のものを見つけてカズキは柱の裏をのぞいた。そこには首から上がない裸の遺体が山のように集積してあった。トレーの上には彼らが身につけていた所持品などがゴミのように山積みになっている。血濡れのタグにはシュヴァリエの認識番号と名前が書いてある。
別の場所には頭蓋骨の上蓋がなくなって、あるべきはずの脳が入っていない頭部。トレーには脳みそがそのままの形で放置してある。冷蔵もされておらず、涼しげな室温とエアコンの空気に晒されて茶色っぽく変色してしまっている。
「なんだよ……ここは……」
トレーに置かれた紺色のスカートの切れ端、カズキは何気なくドッグタグの名前に目を通す。
高月セリカ。彼女は葬儀のあと地下に運ばれて宇宙葬になったはずだった。
「セリ……カ。 ここにいるのか!?」
顔をあげればそこに、冷却状態の銀色のカバーに包まれたカプセルがあった。コンプレッサーがこの装置を冷却しているようで側面からは冷たく冷やされた空気が白いモヤになってふきだしている。通路のような部屋の端からずっと先まで、左右に同じものが何百とある。どれも人間を収容できるほどの大きさで、カプセルと一体化したステンレス製の寝台と衣類や手荷物が置かれたトレー。中身を知らずにはいられなかった。
「赤く点滅するボタン……これだな!」
なんとはなしに電源ボタンのようなものを押す。カプセルを覆っていた銀色のカバーが半回転して中身を晒した。冷気を放つカプセルには薄緑色の液体で満たされており、なかには全身の白い肌があらわになっている少女が眠っている。
頭にはいくつかのコードがつながっていて目を閉じている。
「ずっとここにいたんだな!」
カプセルに結露した水滴がどういうわけか天井にむかってのぼっている。カズキが近寄るとカプセルの中で少女が目覚め、生気を欠いた青白い顔で目を見開いて絶叫した。
カプセルの中で口から内臓を吐きながらくぐもった声で叫んでいる。手や足に管が繋がった体がぎこちなく腕を上げて操り人形のように揺れた。
バイタルサインが赤く光り警報を発する。少女は苦しむようにカプセルのなかで暴れ回っている。
「なんでだ!? いま出してやる!」
近くに落ちていた椅子をカプセルに投げつけて割った。滝のように液体が部屋に広がる。靴に染みたカプセルの溶液は液体窒素のようにふれたように、かなりの激痛を伴った。
「ぐぎああっ! なんだこの水!」
カズキは水の中を跳ね回って悲鳴をあげた。飛び散る水しぶきも針のように刺してくる。寝台に登って濡れた靴を脱ぐと足首から先が溶けたようになくなってしまっている。
「オレの……足が……」
カプセルから出てきた少女は耳をつんざくような悲鳴をあげてしばらくのあいだ陸に打ち上げられた魚のように地面をのたうち回った。みるみる皮膚が溶けていく。皮がなくなり筋繊維がほどけるように形を失っていく。カズキはどうすることもできず、水面を漂う赤黒い液体に変わるまで見ているしかできなかった。
「あぁ!! セリカが……! なんでだよ!!」
カズキは両手を頬に当ててうめいた。
『警告。ポッド破損。低温室内酸素濃度低下。酸素マスクを装着してください』
室内の異常を検知した防災システムが警告を発している。
「俺もこうなるってのか? 冗談じゃないぜ……」
「そうはなりたくない。だからここまできたのだろう?」
照明もまばらな薄暗い研究室に老人の声が囁きかけた。
呼吸を荒くしたカズキは寝台の上に座ったまま拳を握ってファイティングポーズをとる。
暗い影のなかに水を掻き分ける足音が響く――。
暗がりから皮靴を履いた足がうかびあがってシワだらけのズボンに萎びたシャツ。先が短そうな老いぼれた老人が目の前で立ち止まる。
「私はウノ・ヴァーリィ……。このままでは君は死んでしまう……。だから助けたい」
「助ける――? どうやって? なにものなんだよ?」
劇薬のような水に浸かり平然とする老人。目の前で溶けるように消えた親友と足。何もかもが現実感がなく。常識の理解を超えていた。
「これがなんなのかわかっていたか?」
ウノ・ヴァーリィはステンレス製の寝台の枕元に立ってまだ水気が残るカプセルの曲面に手のひらをはりあわせた。カズキは首を横に振る。
「この装置は人間が生み出した欲の塊。死者を生き返らせるだけでは飽き足らず、永遠に働く奴隷として利用するためのもの……」
「……奴隷だって?」
「バトラーはただのアンドロイドではない。肺や心臓を見なかったか? 死者の意識をココに使ってる」
ウノ・ヴァーリィは頭を指して不敵に笑った。
「なぜ……?」
カズキは両足の痛みと酸素濃度の低下によって意識が朦朧としはじめていた。カプセルの温度計に表示されている室温はマイナス90度。酸素濃度はほぼ0だった。グラハム因子をもつシュヴァリエでもこの環境で生きられるのはあと十数分がせいぜい。しかも、カズキの場合、本来なら体に纏ったシールドの内側に蓄えられるはずの酸素も水に触れたことでそのほとんどを失ってしまっている。
「人間が考えることはときに敵より愚かだ……。自分たちより優秀な完全自立型兵器はシープのように反乱すると恐れている。だから死んだ人間の魂を冥界から呼び戻し、生まれながらの兵士だと錯覚させて再利用することを選んだ」
「そんなことをしていただなんて……」
「このままでは大事な親友も永遠の苦しみを受ける運命にある。それを救うことができるのはパーティクル・スフィアの力のみ」
ウノ・ヴァーリィは光り輝く球体を手のひらに出してみせる。
「これさえあればもう悲しむ必要もない。どんな願いも叶えられる」
「でも――! そんなバグみたいなことしたら世界が壊れるかも――」
「今までの世に道徳などあったかね? 人間同士の諍い。何者も圧倒する力を持つ者だけが平和に導くことができる」
老人は顔をグッと近づけて臭い息をかけた。カズキの前を左右に歩き回り、さらに言葉を続ける。
「願いを叶える無限のちから。シープさえも超越する。メルタで起きた同士討ちもすべてはシュヴァリエの数を減らすため。身近にもヴァンドラにも敵が紛れている」
「だから技術部の女はあんなに必死だったんだな」
カズキは納得したように反芻した。
「敵というのは?」
「ヒトの姿をとりながらにして人ならざるもの……。ヒツジ人間だ」
嘘かもしれないことを大真面目に話す老人。しかし、場の雰囲気、おかれた境遇。カズキは頭の片隅でこれが真実かもしれないと考えはじめていた。
「平和には多少の犠牲はつきもの。手始めにこの船に巣食うヒツジ人間どもを始末しろ。やれるな?」
「オレは――」
薄暗い部屋で意識混濁したカズキは息絶え絶えに悩み、ついに答えを見つけた――。
〔航路〕
薄暗い艦橋で坂本艦長はコーヒーをたくわえたマグカップを口元へはこぶ。正面の大スクリーンには宇宙空間を回転する白銀の円盤が映っていた。直径1000メートルほどの機体の側面にはなんらかの紋章が刻まれている。宇宙にはメルタの獣人以外にも文明は存在しているようで、その動向を気にしていた。
「正体不明の円盤はなおもシープ群に接近中。いよいよですな」
副長が逐一状況を報告する。上下左右から円盤に群がったシープと円盤は互いにエネルギーをぶつけ合い、しばらく拮抗した。
「円盤がシープに包囲されたもよう。シープ群に阻まれレーダーからロスト!」
星雲のようにみえるシープの群れの中からエネルギーの束があちこちにのびる。敵に囲まれた円盤は群れの中で必死の抵抗をしているようだった。それも叶わず、一際大きな光をみせてブラックホールに変わってしまった。
「あれも負けたか……」
坂本艦長はさも残念そうにコーヒーを啜った。
宇宙を埋め尽くすクリーム色の群れは円盤が最後に残したブラックホールさえおびただしい数の群れに包み込んでヴァンドラのレーダーからは観測できなくなった。
「まさに宇宙そのものですな……」
「あの円盤からは我々と同じ意思を感じた。母星を見つけろ」
坂本艦長は黒巻副長に円盤の母星を特定するように命令した。
「見つけてどうするんで? 地球と同じように母星を狙われて逃げているのかも」
「宇宙に出る文明というのは野心を持つ種族だ。武器をそろえておいて、使う気がまったくないわけがなかろう」
「我々のように、ですかな?」
「そうだ」
坂本艦長はさらにコーヒーを含み喉を潤した。
「やつらの母星を見つけたら群れをけしかけろ。いい目眩しになる」
「なぜそんなことを?」
「さっさと滅んでもらう。敵になっても学習されても困るからだ」
坂本艦長は平然と言った。シープの学習速度は極めて早いもので、一個体を攻撃すると全ての個体がその情報を得てしまう。銃火器に耐えるほどのシールド強度、刃物を通さないゴムのように強靭な皮膚。戦えば戦うほどに強くなる柔軟性。すべて生まれつき備わった能力だった。その対策としてシュヴァリエや陸戦隊は使用弾薬や口径を適時更新しつつ対応していた。ところが開発拠点だった地球を失ったことで研究開発速度は格段におちている。メルタの植民地も迫る惑星規模のクラスターシープの存在によって脅かされている。そんなわけで他の異星種族といえど、ヴァンドラが温存している有効な戦術を潰されては困るという考えによるものだった。
もはや八方塞がりのこの状況で、坂本艦長はこの期に及んで短期間でシープと決着をつけることを諦めていなかった。
「アサルシア星系に向かった偵察艦隊は現在のところ7割が残存。やはり最短距離で直行するルートが安全なようですな」
「ほかの艦隊はどうした?」
「銀河中心方面の艦隊は壊滅。全滅は免れたようですが機関出力低下により帰還不能。外縁艦隊も状況は芳しくありません」
空間投影された星系図には上下左右に散会しつつ、偵察艦隊が進路を探索している様子が映し出された。坂本艦長はあまりの状況の悪さに息を呑んだ。
「まさかこれほどまでとは――」
「銀河中心方向にはシープが壁のように繁殖しており、その先は観測不能。銀河の反対までギッシリなのか、まったくわかりませんな」
「どれを選んでもハズレのようだ」
坂本艦長は思わず本心を打ち明けた。
「シェオルが言ったようにメルタ星系とターミナルポイントを死守し、籠城戦をなさったほうが地球にとっても利があったのでは?」
「船はもう止まれん。進路そのまま。アサルシア星系へ向かう。次のターミナルポイントを掌握。防衛圏を構築する!」
艦長は強めの口調で言った。黒巻副長からしても、それ以上の反論はしなかった。
というのも、ヴァンドラはすでに巡航速度をめざして加速をつづけている最中であり重力に縛られた護衛艦隊は旧式の核融合エンジンで急な加減速ができない。ここからメルタまで引き返すまでに日数がかかり、陣形を立て直すまでにさらに数日を要する。今から戻ってクラスターシープと戦ったところでどうあがいても得体の知れない円盤と同じ結末を迎えかねないというのが本音であったからだった。
〔奇策〕
クラスターシープの接近にシェオルは頭を悩ませていた。ヴァンドラはまともに戦う気がなく、艦隊は当てにならない。とはいえメルタの獣人や植民者たちを見捨てるという選択は実利的にも難しかった。地球とメルタ星系を繋ぐ不安定な空間。通称ターミナルポイントは地球に帰ることができる唯一の通り道。向こう側の宇宙でもヴァンドラと同じように多数の移民船団がシープから逃れる術を探して旅を続けている。これ以上地球側に敵の侵入を許すわけにはいかなかった。
「調子はどう?」
艦橋後方のミーティングスペースで頭を悩ませているシェオルを訪れ、セリアは問いかけた。
「ぜんぜんですよ〜……上層部は勝てないからってメルタを囮にして逃げる気でいますからね。でも、ここでどうにかしないと――」
「ターミナルポイントをシープが手に入れた場合、地球に帰る方法を失うことになる。ということかしら?」
「それだけじゃありません、向こう側にもまだ移民船団が生き延びているはず、これ以上敵の侵入を許せば対応しきれないでしょう」
シェオルはセリアに向き直ってそう答えた。
「どんなに時間を稼いでも対処法なんて見つからないわよ。」
100年も経てば世代も変わるでしょうから、地球があったということさえ、いずれは歴史に書かれた形だけの存在になってしまうはずです。そうなると星々を開拓しながら移り住む未来には星を滅ぼして回るような種族になっているかもしれませんし」
「悲観的すぎよ。地球はシープが滅したの。それ以上でもそれ以下でもないわ」
ぞろぞろとミーティングスペースにシュヴァリエ各隊の指揮官と徴用する宇宙艦の艦長らが集まりはじめる。
セリアをはじめとした数人の科学者と有識者。メルタに接近中のクラスターシープに対する対策会議がはじまる。
そして集まった案は準光速で艦をぶつける。物質転送機による内部からの破壊。知的生命が住む星に誘導して戦ってもらうなど、あらゆる方法が検討されてはシミュレーションで失敗し頓挫する。クラスターシープがメルタへの攻撃圏に入るまで残された時間はあと2週間ほど。相手は光速を超える超スピードでおびたたしいほどのシープを引きつれて宇宙の中心からやってくる。この短期間で宇宙文明に毛が生えた程度の人類がとれる対策などないに等しかった。
「クラスターシープはどうやって光より速く動いてる? そんな短期間でメルタ星系に来るなんてありえない! 計算ミスじゃないのか?」
「知らないわよ。空間を歪ませるとか連続ワープでなんとかするとかあるんじゃないの? Sクォーツ自体が人智を超えたものだし、物理法則に当てはまる存在じゃないの」
セリアでさえお手上げ、モニターに予測されたクラスターシープの破壊力は想像を絶するものだった。赤い球状の円がいくつもの銀河系を内側に収めている。
「半径300万光年が瞬時に無に帰すことになるのか……宇宙の生態系を崩す要因だな」
「可能性があるのは内部からの破壊。それもコアクォーツを傷つけずに取り外すことができるならクラスターシープは形状を保てなくなって自壊するはずよ」
「どうやってそんなことをする? 最速の船でも光速を越えられない。多数の艦を連結させて多段ワープをしたとしよう。それでも減速が間に合わない。そのまま突っ込むのなら話は別だがな」
まさに八方塞がりの会議の最中、シェオルは肩にのせて指先で戯れていたハムスターからある着想を得た。
「いい作戦を思いついたかもしれません!」
自信満々に立ち上がって言い張る姿に、誰もが可能性がありそうだと顔を上げた。ところがその希望もそのあとに続いた一言で疑問符に変わった。
「シープを使いましょう!」
一同が驚愕したシェオルの考案した奇策。その作戦というのは容積に余裕がある大型種を生け獲りにしてそれを船のかわりにするという大胆なものだった。
「たしかに船を作る手間をはぶけて、光速の壁を超えられるかもしれないが……」
「もちろん問題がないわけじゃないですね……。シープがどうやって仲間たちとコミュニケーションをとっているかわかりませんし」
「理には叶っているわね……。艦隊を派遣しても本体までたどり着ける可能性は万一もない。でも、この作戦ならリスクを最小に最大のリターンが見込めるわ!」
セリア技術部長のお墨付きも得てシェオルの案が採用されることになった。時を同じくして、偵察艦からシープ接近の一報が艦橋にとどいた――。
〔長生きは不幸の証〕
ヴァンドラの中央通路、全長1キロにおよぶ長く広い廊下を歩いていると道すがら一定の距離を保って後をつけてくる人影があった。左右にも入り組んだ脇道があり、ふりむくたびに視界の隅にパールホワイトの白いブレザーに髪色に似たネイビーグリーンのスカート。少しばかり古さを感じさせる形式の制服がたびたび目にはいる。しきりにちらつく人影にしびれを切らしてファル大尉はため息を吐いた。
「用があるならさっさと言え」
「いいよー? ばんばんばん! これはだれでしょう?」
生気のないアメジストのような瞳に薄ら笑みを浮かべたミシロが物陰から姿をあらわした。そして、指でっぽうで撃つ真似をしてそう問いかけてくる。
「知らんな」
大尉はウザ絡みしてくることに、ほとほと迷惑するようにメガネのレンズ越しに鋭い目つきをかえしただけだった。
「うーん。チャックの存在も忘れてしまったか〜……。まぁ大尉のことだからそうだとは思ったよ?」
ミシロは陽気に笑って背を向ける。そのふざけた態度に大尉は舌を鳴らした。着任した頃から配下の部隊に所属している古株でありながら、その行動や言動は怠惰でベテランとはほど遠い。技量がないわけではなく本気を見せない。どうにもそんな気がしてならなかったのだ。
「言っておくが今日の集会はお前のためにある。俺の直属部隊の一員になるからにはしっかり働いてもらわないとな」
ファル大尉は苦虫を噛み潰したような表情で足取りは重い。それもそのはず、彼女が関わった部隊はことごとく全滅している。せっかく半年かけて金も時間も費やして育てあげた精鋭部隊に編入させたらどうなるか。ウワサ話にすぎないとタカを括りつつ、もしそうなら……。と内心の不安は増すばかり。
壁の前で立ち止まる。生体認証をクリアしてミーティングルームのドアがひらいた。円卓を囲んで集まっていたシュヴァリエたちの笑顔が瞬時になくなり、会話が途切れた。しんとした空間にじっとりとした視線が入り口に集中する。
「うわでたよ……。ダウナー系のやべーやつ」
ピンク色のボブカットに強気な雰囲気の少女。エルピス小隊のチラ・ロブス小隊長はファル大尉が連れてきた新たな仲間を目にして早々に床にツバをはいた。ファル大尉はとくに咎めもせず、話をはじめた。
「残念ながらアルバ小隊は人員不足が理由により解散した。オーフェン小隊も最後の1人、ミシロ・リリアンテ少尉をのぞいて生存者はいない。えー。そのため、彼女を我が精鋭。エルピス小隊に編入することになった。ちょっとした変わり者だがシュヴァリエ創設以来、生存率10%以下の戦場を7度も生き延びてきた変人だ。どうか迎えてやってくれ」
大尉は長々とした言葉をセリフのように読み上げた。目の焦点は誰にも合わない。淡々とした語り口調だった。
「それってただの変人じゃないすか!」
1人の隊員がふざけたことを言って仲間たちを笑わせる。ところが鼻の高い西洋系の顔立ちの少年がしばらく考えるような素振りをみせてこう言う。
「それ本当か? はっきり言って異常な数値だ! 2回だって生き残れない」
彼がタブレット端末で生存率の計算結果を計算し、その場の全員に晒しあげた。10%の生存率の戦場を7回生き残る確率。しかも同一人物がそれを実現できる確率。それは1%どころか奇跡に近い数値にほかならない。
「どうせ与太話だろ。よくある武勇伝だ」
チラ隊のメンバーのひとりがそう言った。
「そう言ってもらえると助かる。よくないウワサがいろいろあるが、そういうジンクスは士気を下げる迷信にほかならない」
すかさず大尉が話を合わせてまるめこもうとするが――。
「いや……。カールの計算は正しい。間違えることはあってもウソはつかねェ」
余計な一言が場を濁した。チラは悔しげな表情をうかべて言い、普段の強気な態度から一転して怯えたように目を泳がせている。それを目にした仲間たちは通夜のとき以上にすっかり押し黙ってしまった。
「おどろいた。コイツは本物だぁ! コイツには倉庫番を任せような! な?」
沈黙を破ってあからさまに場を盛り上げるムードメーカーを筆頭に、ぎこちなく団欒を取り戻し始めた。
「ほかにもそんなヤツいなかったかー? 遺品集めが趣味みたいなやつ。首にドッグタグ大量にさげて死地に行ってもひとりだけ死神みたいに帰ってくるやつ。いたよな?」
それに合わせてチラも空元気で威勢を強めた。
「ハヤトのことか? さっきも言ったがもういない」
大尉が頭をかいて居心地悪そうに言うとなおのこと盛り上がった。
「それはいい知らせかもしれねぇな。ひとりだって厄がつくってのに……。こんなの何人もいられたら身がもたねぇ……」
チラは歯を強く噛み合わせた。視線の先には白いベレー帽をかぶって呑気に頭の後ろで腕を組んだミシロがいる。それまで30名欠けることなく戦い抜いた仲間は先日の合同調査での予期しないラミアの出現によって、たった1日で部隊の三分の一を失った。その場にはあの女と仲間の遺品で身を固めた変な少年がいた。どちらにも厄を呼び寄せるジンクスがあって命にかかわる。命がけの職場において関わりたくないものの筆頭だった。
「なはは……。よろしく〜?」
新しい仲間たちからの冷たい歓迎に気づいたミシロが気まずそうに挨拶する。白いブレザーにネイビーグリーンのスカート。白いベレー帽の下にはボサボサに乱れた北極の氷のように青白い髪。袖には不足した金糸のかわりに黄土色の糸で代用した装飾が入っている。
「その制服。だれから剥ぎ取った? 古い士官制服だろ」
「チョコ棒たべるかい?」
「おいコラ。ふざけてんのか?」
「まぁまぁ。お互いラミアと戦って生き残ったんだから仲良くしてほしいものだね?」
「どうにも好きになれねぇ……。こんな疫病神みてぇなヤツ。ぜってー不幸呼ぶだろ」
馴れ馴れしく絡んでくるミシロにチラは歯を擦り合わせ、そっぽを向いて舌打ちする。
「すまんが俺の手持ちにいるのはお前たちだけだ。ほかに編入できる部隊がもうない。なるべく後方支援に回すし、解散したオーフェン小隊、アルバ小隊の残資金の何割かはエルピス小隊のものになる。損ばかりじゃないぞ」
ファル大尉がフォローするが、声は平坦で心にも思っていないことはだれがみても明白だった。その態度が気に食わなかったのか、チラは怒り心頭な様子で腕を組んだ。
「冗談じゃねーよ。この女に関わったやつはみんな死んでんだよ! もうやってらんねー。この仕事やめよかな」
「辞めたところで逃げ場なし。きっと戻ってくるよ?」
「あいよー。よろしくなー不思議ちゃん」
チラは乱暴に肩をぶつけてミシロを押しのけた。そのとき、円卓に座っていた隊員たちの前にあったコップの水がグラスのなかで片寄った。グラスがテーブルから動いて床に砕ける。立っていた隊員たちも平衡感覚を失って壁にもたれかかった。
「お次はなんだよ!」
皆の目線が習性のように天井に据え付けたスピーカーに向く。かすかに電子の雑音が入り、艦内放送がながれた。
『外星圏より小規模のシープ群接近。接敵までおよそ4時間。総員警戒体制で待機せよ』
その揺れはヴァンドラが回頭を始めたことによる横Gによる揺れだった。
「ほらみろ! 言ったそばからこれだ!」
さらに悪いことが重なる。ファル大尉のアビリティ端末が電子音を発した。画面を開いた彼が発した言葉は最悪以外の何者でもなかった。
「あ、すまん。ハヤトが復帰するみたいだ。あいつも1人だ。ミシロと一緒に仲間に迎えてやってくれ」
「ふざけんなよ!! なんでいまになって戻ってくんだよ!?」
チラ隊長がツバをとばす勢いで大尉に食ってかかる。あまりの勢いに仲間たちはもう笑うしかなかった。
「へへへ……。ボクが願ったからかもしれないねぇ?」
気まずそうに笑うミシロと口を半開きにしたまま固まるチラ隊長。不自然なほどのタイミングの悪さにエルピス小隊の面々の士気は下がった。
次回、第15話:〔過去と未来の分岐点〕
シュヴァリエに戻ったハヤトは新たな仲間とともにシープ討伐に向かう。ヴァンドラ艦内では不穏な影が動きだす。




