第13話:〔真実と嘘〕
前回のあらすじ
シュヴァリエを脱退したハヤトは手にしたクォーツに不幸を願い続けていた。放浪生活の最中、ファミやヴァンドラの艦内に住む人々と出会い、自身の戦いが無駄ではなかったことを知った。
自身の願いにより呼び寄せてしまった運命。メルタに残された異星文明の遺産と獣人が時を同じくして同じ場所に現れた。
怪しげな老人ウノ・ヴァーリィはそれを賞賛したが、ハヤトは見ていられず、自分だけが生き残るためではなく、人々のために戦うことを決意する。
シェオルは惑星メルタを訪問していた。今回は獣人の辺境領地ではなく首都に出向いていた。それもこれも艦長やLT社が行なった非道な行為の数々を謝罪するためだった。
「あなたがたの領地に艦隊が侵入し、不安を煽ってしまったことを私から深くお詫び申し上げます」
シェオルは付き添いの黒服のボディガードとともに城の玉座の前で深々とおじきをした。正面に立つ外套を着込んだ巨大なライオンもといルース国王はしたたかにこう返してきた。
「それだけなら一向にかまわんのだがな。これは先日のこと、古き獣の遺跡に光が照らして遺跡共々、民の1人が空中に浮かび上がってそれきりだと聞く。歴史的遺産も消えた。これは君らが関係しているのではないだろうか?」
黄金色のたてがみをたくわえたルースはとくに表情を変えないまでも若干の不信感を含んだ言い回しだった。シェオルは首を横に振る。光に照らされたオレンジ色の髪が左右にゆらめいた。
「そうですね。ここに住むみなさんと信頼関係を築けると思っていますが、そうではない者も当然います。地球から戦いの末、逃げ延びたのが私たちです。この同盟が成立しなければ敵とみなされる可能性は高いでしょう」
シェオルは言葉を選びつつウソにはならないように注意して答えた。とはいえ事実に変わりなく、表現を多少マイルドにした程度のもので、一国の長にもなれば真意は容易に理解し得るものだった。
「つまり同盟を拒否した場合には攻撃すると? それについては各領主とも話し合わねばならない。いまの時点では、はいかイエスか答えることはできかねる。おそらく前者だろうが……」
ルースの皮肉めいた言い回しに、高価な白いジャケットを身につけたシアンは口出ししないまでも不服そうな険しい表情で見守っていた。
「わたしもそれ以外の選択肢を用意できたら……。もっと穏やかに話をすすめたかったです」
「友好的な者が話し合いに応じてくれるだけまともなほうだ。後継者は話しすら通じない者かもしれんしな」
ルースとシェオルは互いに握手をかわして何とも言えない空気のまま会談を終えた。人間一同が城を去ると青髪のシアンはすぐさま父の元に寄って行く先々あとをついて回った。
「なぜあんな話に同意したのですか?」
「イエスは好意的に、はいは従うという意味だ。決して従属になったわけではない。いまは良くとも次代では関係が大きく変わることもある。そのときまた考えればよい」
「このまえの人間の生活に浸透するなどというのも?」
「おまえは鋼鉄の盾に爪が通ると思うか? 敵は刺激を与えると反応する。弱みをつかねば勝てぬのだ」
ルースは鼻にシワを寄せて低くうなった。
「あと数年、我はお前のための下地を作る。その後のことはすべて任せよう。お前が覇権となる時代が訪れるのだ」
ルース国王は「してやった」という悪い笑みを浮かべて静かに笑った。
それを聞いたシアンは薄ら笑いをうかべて不安になった。というのも先日先走ったことをしてしまったのを思い出したからだった。
軍隊を組織して人間を領土から追い出せ。という内容の伝書を父の名と家紋の蝋印を借りて正式な文書のようにみせかけて各領地に送ったばかりだったのだ。
いまから取り消そうにもどうなるかわからない。とくにレイディア領にいるシルヴィスは領主である温厚篤実なレイディア嬢と違って古くから人間との因縁を知る血の気盛んな血統の持ち主で、領地の軍を率いる権限がある。彼がそれを知ったとなれば、喜んで戦いに向かうに違いない。
「レイディアも真面目だから見せてしまったろうな」
部屋に戻るなりシアンは新しい便箋を机にひろげて正しい指示を送るべく書き記した。そして中庭に待たせていた水色の羽毛に包まれた巨鳥に文書を託した。ほかにできることはもうない。あとはこれが今すぐにでも届くことを祈るばかりだった。
〔ほしのかがやき〕
装具を身につけた獣人たちは肌寒い雪の降る広場に集まっていた。多くの者は中世の戦士に似た装備をしている。厚手のギャンベゾンの上に心臓を守る最小限の胸当て、肩にから腕にかけても刃物に対応したプレートアーマーで腕を守りつつ機動力を確保している。
「お前たちは戦士だ! 人間を駆逐し我らの土地を取り戻す!」
筋肉質な体に頭に牛のツノを生やしたシルヴィスの鼓舞につづけて武器を手にした獣の集団が足を鳴らして雪原を揺らした。雪と氷に閉ざされていた城門が重い音をたててひらかれる。
天高く見下ろしていた移民船ヴァンドラが見えなくなったことで、獣人たちの活動は活発化していた。前哨基地に北部を治める地方城塞都市、レイディア領から総勢2万の兵力で武装集団がメルタシティを目指して進軍をはじめていた。彼らはシルヴィスの言葉を信じ、人間との共存関係に反対する集団だった。300キロ離れたオルトアーク領で行われた会談の情報は王家によって封殺され、王子シアンの手によって悪辣に塗り替えられていた。その書面を目にしたシルヴィスもまた、これを人間を排除する絶好の機会と意気込み、事実と異なる情報を誇張して兵たちに伝えた。彼らにとって地球から来た人間は見たこともない異質な存在であり、しかもそれが自分たちの領土に無断で住み着こうとしている。反感をもつには充分すぎる理由があった。
シルヴィスの軍は強行軍で近隣のオルトアーク領に駐留ののち物資を補給。先鋭として進軍を続けていた。その様子は上空の偵察衛星によって常に監視され、ついに人間の生活圏にむけて進んでいることがついに判明した。
それに対抗すべく人間の居住圏メルタシティ外周を守る各地の前哨基地は対応に追われていた。
「獣人だ! 大挙して押し寄せてくる!」
木材を組み上げた即席の見張り台で歩哨が叫んだ。
「状況は?」
視察のために珍しく出歩いていたファル大尉が見張り台にあがって双眼鏡を手にする。レンズに映るのは圧倒するほどの光景だった。先頭を歩く体格のいい男の獣人は上半身半裸でかなり筋肉に恵まれた巨体であり背中には弓、手には大きな斧を持っている。彼に続く集団は男に女、年齢も様々で、練り合わせた厚手の革鎧を着込んでいる。その容姿はほぼただの動物。オオカミ男に近いものから人間に耳と尻尾を生やしたようなものまで様々な種類がいた。
彼らはいくつかの四角い隊列で塊となって陣形を組みながら草原をくだってくる。さらに後続の隊列が丘の上に現れ、見晴らす限りの大地に展開していく。
「武器を持ってる。あれが友好的には見えないな」
有線電話を手にしたファル大尉はハンドルを何度か回して前哨基地の中央司令塔を見上げる。窓にはここの基地司令であるオーリモ中将が立っている。モアイのように掘りが深い黒い制服の壮年だった。大尉が彼を見上げて攻撃許可を仰ぐ。
『許可する』
電話の向こうから太い声がして彼は即決した。前哨基地の戦力はたったの500人。戦車や銃があれど、戦力差は歴然だった。
「基地司令の許可がおりた。威嚇を許可する!」
ファル大尉の指示で基地の中に停めていた軽戦車AST-1を砲塔が旋回した。遠くで土煙があがって35ミリの砲弾が獣人の足元を抉った。
「やはりか、蛮族に間違いない。引け!」
太陽を背にして丘の上に堂々と身を晒したシルヴィスは雄叫びをあげた。槍と盾で武装した前衛部隊を後方に下がらせた。それまで手にしていた片手斧を弓に持ち替えてさらに雄叫びを上げる。それにあわせて横一列に並んだ獣人たちが弓に矢をつがえて角度をつけた。
「少しは頭が回るか。撃ち方用意!」
丘の下では外壁の見晴し台でファル大尉が指揮を取る。即座に基地の外周を覆う腰壁に隊員をならべさせた。
「撃て!」
「「放て!!」」
攻撃はほぼ同時だった。鳴り続ける銃声に続いて空を矢の雨が覆った。獣人たちは銃弾に倒れ、大した屋根のない前哨基地も山なりに降り注いだ矢によって負傷者が続出していた。
「まさか!? この距離を正確に当てる武器があるというのか!?」
獣人の指揮官であるシルヴィスは世代を超えた未知の兵器に驚愕した。だが、戦い慣れた彼はすぐに対抗策を編み出すことに成功する。戦い甲斐がある相手だと言わんばかりにニヤリと笑った。
「全員下がれ。斜面から弓を射れ! 狙いが正確なら、直線にいなければ当たりはしない!」
付き人が真鍮製の管楽器を吹く。それまで丘の上で弓を射っていた獣人たちは統率の取れた動きで背を向けて一斉に下がっていった。
「敵は丘の裏に引くようです!」
背を見せて一目散に逃げていく獣人たち。窪地の真ん中に作られた前哨基地からは姿がまったく見えなくなった。狙える敵がいなくなり、散発的な銃声が鳴り止んだ。ところが矢が飛翔する風切り音はまだ続いている。
「やられたか……。敵はこちらを見下ろす位置を取れるし、斜面を盾にできる。ここは最悪の立地だ」
ミシロを盾にしてファル大尉が冷静な考察を述べる。それに対して「ここは大尉が推薦した場所だよね……?」と、ミシロは冷めた表情で答えた。まるで戦国時代の戦場がごとく矢がふりしきる。彼女は対シープライフルを手に矢を淡々と迎撃しつつ上官を守った。
「そうだったか? 俺は知らん」
大尉はミシロの言葉を聞き流してメガネの位置を調整した。
陸戦隊とシュヴァリエはシープと戦うことだけに特化した結果、迫撃砲のように山なりに飛ぶ中距離をカバーする兵器をまともに持っていなかった。こうなってはもう籠城することしかできない。
唯一の戦車である万能戦車AST-1も限られた艦内スペースを節約するために組み立て式で、空輸のために徹底した軽量化まで図られている。厚さ10ミリしかないアルミ装甲では獣人の放つ弩のような矢に耐えることもできない。基地内に駐車していた車両は矢羽まで深く刺さって針山のような姿になっている。これも突撃に使える代物ではなかった。
「シュヴァリエをここに残しておくべきだった」
ファル大尉は状況を把握したのち、そう呟いた。今日に限って主力のエルピス小隊はメルタ遠部の探索に出払っていて帰還には時間がかかる。手元にある戦力は基地内でたったひとり暇を持て余していた疫病神。ミシロだけだった。
大尉は陸戦隊と連携して速やかに基地にいた隊員をかき集めて工兵にまで武器を持たせた。その武器というのは12.7ミリの後装式ライフルだった。シープ相手に安価に揃えられる対抗手段だったが連発はできない。それでもやるしかなく全周を囲む腰壁状のバリケードに隊員を配置して警戒にあたらせた。
予備として対人用のM23複合銃も少数残っていたが、それも数は多くない。普段椅子に座りっぱなしだった大尉さえライフルを手にして、一気に丘を下ってくる半馬人や翼で空から奇襲をかけてくる鳥人族と戦った。
〔野蛮な光〕
前哨基地に立て籠って身動きが取れなくなって数時間。基地の周りには動物の特徴をもつ人によく似た生き物が山のように倒れていた。何度かの波状攻撃に耐え、ついに待ち望んでいた援軍が訪れる。いくつかのコンテナがパラシュートをひらいて基地の近くに降下してきた。
「これは……! オーリモ中将が要請した援軍のバトラーか!」
「バトラー? なにそれ〜?」
大口径ライフルを枕のように抱えたミシロは地面に座ってあくびをした。
「LT社が最近開発したらしい汎用ドロイドだ。お手なみ拝見といこう」
「これはこれは、LTはまた物騒なものを作ったねぇ?」
その場に居合わせたミシロとファル大尉は壁の隙間から様子を伺った。
雲のなかから左右の翼端と機体後部。合わせて3つのエンジンを備えた降下艇ウィルドが舞い降り、敵の陣形の裏をとった。機体の下部にはバトラーを積んだ20フィートコンテナが吊り下げられている。
「ファイヤー!」
ハエのようなヘルメットを身につけたパイロットが機首を豆粒のような集団にあわせてトリガーをひく。タンデム式コックピットの下方に取り付けられたバルカン砲が獣たちを一掃した。
そのまま強行着陸したウィルドの前方ランプが倒れると剣や銃で武装した少年少女が獣人めがけて突っ走った。
総数3000体。彼らがバトラーだった。手にするオリーブ色のライフルは陸戦隊に配備されたM23複合ライフルの後継となるM24型複合ライフルで、上部の銃身はのっぺりしており、そこに6ミリ口径の小さなレンズが4つ埋め込まれている。そして下部にはスマートナイフ、実体弾のプラズマスレッドなどを使用するための汎用モジュールスロットが備わっているかなり近代的なものだった。
見かけは人間そっくりで、体のなかは臓器まで再現された不死身の兵士。頭を弓で射抜かれようと止まることはなかった。
敵の攻撃にも倒れず戦場を駆けまわる姿は現代に復活した騎兵のようなもので、その光景は今までの人間がやるような戦い方を根本から覆し得る可能性を秘めていた。
「ついにレーザー兵器の実用化も成功したか……」
獣人たちは紫色の糸のように細い線に撃ち抜かれていく。新型ライフルの一斉射はそれまでの弾幕を遥かに超えるもので、適当に引き金を一度引くだけでレンズがそれぞれの敵を識別して別の場所にいる4人が同時に倒れた。バトラー自体の性能も破格だった。自立状態なら敵味方の判別を瞬時に行うことができて、敵に取り囲まれた状態からでも正確無比な攻撃で全滅できる。およそ機関銃が発明された時以来の革新的なものだった。それまで単純に1人で1つの銃口しか向かなかったものが状況次第では4倍にもなる。特に獣人はシープと同じように熱を発し、赤外線対策という高度な技術も持ち合わせていなかったため、この戦いにおいてはその性能と物量を最大現発揮していた。
おびえて物陰にうずくまった獣人もバトラーが空中に投げたペットボトルサイズの小型ミサイルによって吹き飛ばされる。そこに慈悲などなかった。
最前線を走る少年の姿をしたバトラーが障害物を飛び越え、片手でライフルを放った。光線が扇状に拡散し、横並びに向かってきた獣人たちの体を貫通する。その背後にいた者たちも同様である。剣も弓もまるで歯が立たず、それまで優勢だったシルヴィスの軍勢はいつしか劣勢になっていた。
「我々は降伏する!」
一方的に倒されていく仲間の姿に負けを悟ったシルヴィスは斧に肌着をくくりつけて白旗を上げた。
基地から見ていたオーリモ中将がすぐさま停戦命令を出すが、バトラーはとまらない。大将を見つけたバトラーは我先にと群がるようにしてシルヴィスを狩った。
「もうやめてくれ! 抵抗しない!」
シルヴィスの悲鳴まじりの言葉は聞き入れられず、バトラーたちは手足を切り落として彼をタコ殴りにした。毛が風に舞い、千切れた獣耳が草の上に落ちた。
別の場所では刀を両手に和装少女の姿をしたバトラーは血に濡れた人型の毛皮を身にまとい獣人のまえに進んだ。獣人目線でも美人に違いはなかったが、この場にふさわしくない楽しんでいるような笑顔に恐れずにはいられない。
指揮官不在でその場に残された獣人たちは武器を捨てはじめた。耳を伏せ怯えながら追い込まれていく。そんな行動もバトラーを操る者たちにとってはゲームを彩る演出にしか見えていなかった。
彼らを動かしているのは居住区に住むただの民間人。ゲームと称してバトラーを通じて実際の戦場に駆り出されただけの存在だった。そのため、彼らの目には助けを乞う姿さえ、憎悪すべきシープのような異星生物の姿に変換されて映っていた。
獣人の攻勢が止まったことで今度は前哨基地に篭っていた陸戦隊が出撃し、敵軍の包囲にむかった。さらに左右からはファル大尉が探索から呼び戻した機甲服装備のシュヴァリエ隊が側面の退路を断った。
「敵が降伏した。攻撃中止!」
オーリモ中将からの停戦命令を受けて前哨基地から向かった陸戦隊とシュヴァリエ隊はその場で待機した。ところがバトラーは民間の一般市民が操るもので、年齢層も様々。これがただのゲームだと思っている彼らの大半は命令さえ理解しなかった。完全に包囲された獣人たちは、銃撃を浴びながら丘の上に追い込まれた。
穴を掘って地中に逃れていた獣人も戦車が頭上で止まり、一安心したのも束の間、戦車はその場で執念に旋回して地面を掘り耕して彼を生き埋めにしてしまった。
「たすけて! たすけて!」
『ダズゲデ……ダズゲデ』
「野蛮な異星人め! 死んでしまえ!」
リビングでメガネ型ディスプレイを身につけた幼い子供は人の声を発する醜い化け物を足で踏みつけ、剣を振りおろす真似をする。そうしてヘッドセットを外すとオフラインになった彼のバトラーは自我を取り戻したかのように雄叫びをあげて戦いに戻った。
「ママー! 宇宙人やっつけたよー!!」
「あらそう?何匹倒したの?」
「100匹くらい〜!」
「ちゃんと水分とりながら遊びなさい」
「は〜い!」
何も知らない子供はこれがゲームだと思い込んだままジュースを飲みながら化け物たちの手足を生きたまま引きちぎったり、頭を投げつけて武器にしたりと好奇心のゆくままにメルタの戦場で非道のかぎりを尽くしていた。
現地ではその様子を目の当たりにして、オーリモ中将は戦々恐々とするほかなかった。
「これは――戦争犯罪にあたるだろうか?」
彼が副官に聞くと答えは至ってシンプルなものだった。
「地球でなら当たるでしょうが、幸いなことにここは惑星メルタであって、しかも相手は人間ではない。罪にはならないはずだ」
そこへ前線から戻ってきたファル大尉が部屋の扉をノックした。
「あれではまるで虐殺のように見えます。やりすぎな気がしますが……」
ファル大尉が顔色をわるくしてオーリモ中将に問いかけると、すこしの間があいてこう返ってきた。
「今日のことは他言無用だ。こうなっては我々もやるしかあるまい」
「えっ!?」
「生き残りがいるほうが面倒なことになる」
「死人に口なしというわけですか……」
「彼らには気の毒だが……。私のために死んでもらう!」
オーリモ中将は司令塔の窓から草原の頂上をながめた。追い詰められた獣人にもう逃げ場はない。一点に集まった群れと追いあげた隊列がいくらかの距離を保って静止したところだった。
「陸戦隊! 側面に展開。2列横隊をとれ!」
前線の隊員たちは指揮官の言われるままに陣形を前後に列に並び替えた。ライフルを構えた部隊が四方から迫り、獣人たちの退路を完全に絶つ。
「構え……っ! てぇっ!」
逃げ場を失った獣人を銃口がとらえた。十数分にわたって弾がなくなるまで銃声が響いていた。線が体を切り刻み、過剰な威力の大口径が破裂するように四散させる。血と肉の雨が降る地獄のような環境がひろがっている。
それが終わるころには隊員たちの足元に空薬莢が山のように積み上がっていた――。
「これを……みんなに知らせるんだ……」
銃撃のさなか、狐獣人の少年が死に際に放った体長2メートルの連絡鳥も曇りゆく視線の先で収束した光に射抜かれて風に消えた。
「危ないところだった。デカい伝書鳩みたいなのもいる。見つけ次第撃ち落とせ!」
陸戦隊員が白いジャージ姿のバトラーに言うと、真新しいブーツで落ちた巨鳥を踏みつけて何度かうなずいた。オリーブ色のライフルを手にした美形の少年ははりついた笑顔でトドメを刺した。
一夜明け翌日。芝に覆われた丘はそこ一点だけが血濡れに赤く染まっていた。折り重なった獣人の死体で埋め尽くされた言い逃れようのない光景。不安のあまり一睡もできなかったオーリモ中将は夜更けまえに軌道爆撃を行わせた。空から降った白い光。それは何事もなかったかのようにその場所を無に帰した。
この場所に残ったのは直径400メートルのクレーター。
この戦いを生きて帰った獣人はいないようで、白く大きな連山を背に遥か遠くにみえるレイディア領の城塞は静けさを保っていた。
〔都合のいい存在〕
その日のうちにヴァンドラに呼び出されたオーリモ中将は深呼吸して艦長室に入った。そこでは坂本艦長がため息混じりに宇宙を眺めていた。
「獣人側が攻めてきたとはいえ、全滅させただと!? なぜ降伏要求をのまなかった?」
「降伏はたしかに受容しました。しかし大半のバトラーが独断で攻撃を続行。悪評を封殺するのが得策と独断で判断したからであります」
「奴らにだって親類がいるだろう。それがまったく帰らないとなれば事態は自然と明るみになる。とんでもないことをやってくれたな」
「僭越ながら私に考えがあります。都市をなかったことにしてしまえば問題にはなり得ません。都市間の連絡手段は主に人足と狼煙であるため、ある程度の即効性があればいけるかと。もはや一刻の猶予もありません」
「しかしだな……。我々が攻撃したと知れたらすべての獣人を敵に回しかねない。それに何度も軌道爆撃を行えばせっかくの環境が汚染されてしまうではないか」
「獣人の総個体数はおよそ2400万です。対してこちらは5万。兵力は少ないにしても我が方より何倍もいる。各居住層のすべての都市防衛隊およそ3000名を送ったとて総戦力6万にさえ届きません。ヴァンドラの力を理解していないが故に起きたこと。仮に発覚したとて肯定し、圧倒的な力で服従させることこそ得策かと!」
オーリモ中将の熱意に満ちた要望に坂本艦長もなびいていた。
「衛星画像を再確認した結果、敵は北の砦の軍勢だけで、ほかは加勢していない。多少のムリは承知で偶然を装って殲滅するのです!」
中将は畳み掛けるように理由を付け加えた。
「メルタに降りた1万人の開拓民をいまさら呼び戻す訳にもいかんしな……」
「筋書きは考えてあります。獣人たちに憎しみを募らせ、捌け口として外敵の存在を知らしめる。そうして民意を引き込む。こうすれば戦力を削ぎつつ安定した艦隊運用が可能になるでしょう」
「悪くない案だ。昼食までに答えを決めよう」
舌を鳴らす坂本艦長。艦橋指揮所に警戒警報が鳴った。
「なにごとか?」
「全長3000メートルのパーンタイプが1体。外星圏からとんできます!」
「目的はここか?」
「違います。獣人の地方領地に落着する予想です」
それを聞いた坂本艦長の脳裏にある筋書きが浮かび上がった。ここ最近、惑星規模のクラスターシープ接近に伴ってシープの出現数は増えていた。今日もまた、群れをはぐれた1体の大型種が子種を抱えてメルタを目指している。
「神はやれと言っているのかもしれんな」
レーダー画面を進む1体のシープは、さながらミサイルのように刻一刻とメルタを目指して近づいている。オーリモ中将は唾を飲み込んだ。
「落着までの時間は?」
「およそ8時間。まだ迎撃の猶予があります」
「このままでいい。いつでも攻撃できるように艦隊を配置しつつ待機」
坂本艦長はそう言ってその場での決断は避けた。
こうしてオーリモ中将の処分は指揮権の剥奪と降格処分で済まされた。というのも結局のところ大小の差があれど、獣人との友好関係にいくらかの溝が出来上がることは避けられなかったからである。すでに入植を開始している以上、有効な解決策と言えるものはその出来事自体をなかったことにしてしまうほうがより安全な策であると坂本艦長は判断した。つまり、獣人の住まう1都市をたまたま通りかかったシープに破壊させ、極悪非道なスケープゴートとして利用することにしたのだった――。
「嘘も言い続ければ真実になるか?」
艦長は自身の良心と対話するように口ずさんだ。
「獣人の大使をとり急ぎここに呼べ。あの突撃型シープを迎撃する様子を彼らに見せる」
通りかかった部下を呼び止めて艦長はすぐさま獣人をヴァンドラまで連れてくるよう手配した。
「彼らの好きな茶会を開く。暇を持て余している奴らだ。喜んでとびつくだろう」
こうして集められた5つの領地を代表する獣人たちと付き添い人、合計12人が生証人としてヴァンドラに招かれた。ヴァンドラの甲板上に設けられた亀の甲羅を模した大きなドームのなかで、彼らは何も知らず用意された円卓を囲んで森林風景と空に広がる星空を糧に話に花を咲かせていた。
「これはうまい紅茶だ。あなた方との出会いは天の恵みと言えよう」
白狼種のロイは庭園で紅茶を片手にガーデンテーブルをはさんで艦長と向かい合って座っていた。
「婚約者がいると従者から聞いたが、もう交尾はすませたのかね?」
「まだですよ。レイエムの領地は北にあるから冬にむけて内政がまだ忙しいみたいなんだ」
坂本艦長の気品のない質問にロイは若干顔を赤くして尻尾を大きく振った。
「ほぉう。貴国の食料自給率はどの程度かね? 必要なら援助することも視野に入れておるが」
坂本艦長は思ってもないことをさも興味ありげに問いかけては、しばしば上着のポケットの懐中時計を握りしめ、その時を待っていた。しばらくして白シャツに黒いタキシード姿の黒巻副長が庭園の中庭に走り込んできた。
「我々の敵。シープがこの星を狙っている!」
黒巻副長の切迫した声に獣人領主の面々は耳をピンと立てて警戒するように身を低くした。
「駆逐艦を進路側面に展開。迎撃させろ」
まるでやる気のない艦隊配置でメルタに近づくパーンタイプをもてなした。あくまで全力であるものの、正面からではなく左右から放った砲撃がまともに当たるはずがない。色とりどりの光線が花火のように宇宙を彩るだけだった。
艦隊配置の異様さに気づいた黒巻副長は坂本艦長の思惑を察してさりげなく耳打ちした。
「まさか、見殺しにする気ですかな?」
「やるなら今しかないのだ」
「しかし、それでは……」
「今回の事態がほかの領地に知られたら和平交渉は難しくなるだろう。シープが不運にもあの都市を消し去ってしまったとすれば、憎悪はシープに向く。そうなればこちらのものだ」
副長は自身の立場もあって言葉に困り、それ以上何も言えなかった。
「これは和平のための致し方ない犠牲だ。何もしなければもっとひどい結果が待っている」
こうして初めて宇宙に出た獣人たちは何も知らないまま初めて目にする外世界に感嘆したのち、見知った領地が焼かれる様を目撃させられることになる。
遠くから接近してくるクリーム色のダイオウイカのようなフォルムをした突撃型シープは後部の触手を傘のようにひろげていた。護衛艦隊からの砲撃を浴びながらヴァンドラの展望エリアの真上を過ぎて緑に覆われた惑星メルタに落ちていった。
「あれがシープ……。神話のような化け物が実在するとは……」
獣人たちは口を閉じるのも忘れて遠ざかっていく姿を目で追った。やがて大気圏に入った1匹の巨大なシープは火球となってその瞬間をむかえた。
太陽のような閃光が星を照らす。巨大な爆発が雲をおしのけた。その様子は地上各地の城塞からはもちろん、宇宙の特等席からでもはっきり見ることができた。紅茶の入ったティーカップが地面に砕け散る。獣人たちは自分たちが住む世界をはっきり理解しているようで、衝撃のあまり口元に手を当てる者、呆然と立ち尽くすものが後を絶たなかった。
「あの位置は……。おそらくレイディア領です……」
「そんな……まさか!」
それを聞いて、ロイはひんやりと冷たい窓に手をついた。そして膝から崩れるようにうなだれた。
「まちがいありません……」
ロイに付き添っていたレイディア代理の高官が薄茶色の世界地図を手に耳と尾を垂れ下げて言った。故郷はおろか彼自身も二桁規模の大家族を今の一瞬で失ったことは想像に難くない。ロイは彼をなぐさめるように肩を抱いて痛みを分かち合った。
「心中お察しします……」
黒巻副長は居た堪れず獣人に頭を下げた。
「あれは……シープといったか?」
ロイは顔を上げて問いかけた。その目は涙に潤んでいたが、彼の耳は戦いに備えるかのように伏せていた。その奥に怒りに似た感情があることを悟って黒巻副長はあえて声をかけず、うなずくだけで同意した。
「そうか、俺は許さない……。あの生き物はレイエムや数多くの領民の命を奪った……! 全部まとめて絶滅させてやる!」
ロイは顔に力をいれてまるで犬のようにグルグルと喉を唸らせた。いまにも倒れそうなほど心拍があがっている。
「あの女性が復讐を望みますかな? メルタでお会いしたきりですが闘争よりも調和を望むお方に見えましたが?」
「おまえなんかにレイエムのなにがわかるッ!!」
「ロイくん。復讐したいという気持ちはよく分かりますが、領主である君が復讐を望むというのであれば、それは自領民の命を消耗品として扱うことを辞さないということになりますが? それでよろしいので?」
「くっ……!」
副長のいらない嗜め言葉。それを聞いて艦長は咳払いで邪魔をした。
「実に悲しい出来事だ。我々の力が及ばなかったばかりに。まるで悪夢のようだな?」
艦長はロイのそばに立って声をかけた。
「我々もこれと同じことをされた。志をともにする同士だ。望むのなら復讐する力を与えることができる」
「どのような……ちからだ?」
「あれと同等かそれ以上、クォーツが生みだす無尽のパワーだ……!」
坂本艦長は今まさにキノコ雲を空にひろげている光景を人差し指で指してみせる。大気と宇宙の境界がはっきりと分かるほどの爆風。ロイの瞳孔が大きく見開き、息遣いが荒くなる。
「いまは……! 答えられない! 考えさせてくれ」
ロイは逃げるようにその場を離れた。その背にむかって艦長は不満そうに眉をひそめた。
それからしばらく、獣人領主たちはもはや理性を捨てたくなったのか、庭園の人工芝で膝を抱えて茫然自失のまま身を寄せ合っていた。
地方領地が一瞬で丸ごと失われるという出来事は目で見たという事実もともなって大きな衝撃となり、首都オーストも毎日のように脅威に晒されていることを実感せざるを得なかった。やがてその場で領主同士の話し合いの末に出した結論は坂本艦長の思惑通りだった。
その後、この事件の真相は何年も燻り続ける小さな火種になっていた。火のないところに煙は立たない。この事実にたどりついた数少ない人々はその事実を訴えたが、それはヴァンドラの諜報機関があえて膨脹した表現を流布することでより嘘のように見せかけて打ち消されてしまった。こうして夏が終わり、冬がおとずれる頃には陰謀論のひとつとして話は収束をみせることになる。
羊皮紙をまとめた古い手帳。ガイアベラムを手に坂本艦長は満悦だった。彼にとって運命とは、もはや未知のものではない。その手の中にあったのだ。
次回、第14話:〔複製された存在〕
獣人都市への攻撃を許したヴァンドラ。クラスターシープへの対抗策としてシェオルが考えた作戦は奇想天外なものだった。
ところ変わって、居住区の病室で目覚めた顔面包帯巻きの大男は誰にも知られない悲しみを胸に、大きな孤独と憎しみを秘めていた……。




