第12話〔シュヴァリエの責務〕
メルタに派遣した艦隊は獣人たちを恐怖させた。シェオルの抗議も艦長権限の前には無力だった。獣人はガルダルス艦隊が作り出したモノで、その所有者はいまでも人間であると――。一方ハヤトはシュヴァリエを脱退。人間らしい生活に馴染めずに絶望していた。そして惑星規模のクラスターシープの存在が判明する。
コート掛けにはシルクの白い制服とスカート、制帽一式がかけてある。今日のシェオルはいつもとは違った。血のように赤いワインレッドのジャケットに白ブラウス。そして黒いスカートという普段とは違った身なりでカップに紅茶を注いでいた。
貴族のような風格で重厚感溢れるアンティーク製の両袖机に片手をついてローテーブルに紅茶を差しだす。それからソファに背を沈めて冴えない風貌のファル大尉に向かい合った。大尉は斜め下を向いたまま落ち着かない様子。
「メンタル指数10%をきってるじゃないですか……」
シェオルの手元にはキズだらけのアビリティ端末が重ねて置いてあった。銀色の筐体をひらくとひび割れたステータス画面の背景は真っ赤。黒髪にネイビーブルーのジャケット。ハヤトの姿を模したデフォルメキャラがぐったりした状態で横たわっている。画面上ではコミカルに描かれているけれど、実際には相当な精神負荷状態に陥っていたということを示唆している……。
「メンタル指数は作戦遂行率、生存確率にもかかわる重要な数字なのに……。それを気にしてあげることも、あなたの役目だったはずです……」
シェオルは残念そうに3人のステータス画面をテーブルにならべて声のトーンをおとした。唯一カズキの端末だけはなぜかメンタル指数80%ほどを維持しており、風船のように笑う少年が映っている。
「20%のマージンは保ってたんだがな……」
「数値がすべてじゃないですよ? 機械は正確でも考えていることまではわかりませんからね……」
シェオルは終始怒ることはなく、困り顔で諭し、戒めさせた。
「それにシュヴァリエが最も得意とするのは宇宙空間での移乗戦術です。歩兵と同じ運用なら負担を強いるのは当然でしょう?」
「あいつらには先に伝えておくべきだった……。簡単な任務を選んだはずが、なぜか悪いほうにいってしまったんだ。運良く籍は残っている」
「おざなりな仕事が役に立ちましたね」
シェオルが言うとそれまで部屋の隅のケージでペレットを頬張っていたジャンガリアンハムスターが同調するように威嚇音を発した。
「本当にすまない。いま話しても逆効果だろう。ほとぼりが覚めてから説得するさ」
ファル大尉は気まずそうに頭を掻いてごまかした。そんな頼りない彼に、彼女は内心で歯がゆい思いをつのらせていた。シェオルにとってハヤトは命の恩人だった。彼のシュヴァリエとしての戦績はごく平均的で、とくに秀でた才能も見受けられなかったものの、地球では北部方面を主戦場に、あちこちを転々としながら最前線で多種多様なシープを相手に半年間戦っていたことが記録に残っている。これも加味して近く勲章の授与も考えていただけに同じ組織のトップとして彼らの心理状態に気づけなかったことが心のどこかに引っかかる蟠りとして残っていた。
「有能な人材は頼りやすい反面、負荷が集中しやすいですから。ケアをわすれないように、気をつけてくださいね?」
「そうさせてもらう」
相変わらず目を見て話さない。そんな彼に対しても表面上は穏やかに、シェオルは優しく微笑んで面談を終わらせた。司令室を出た大尉は黒縁メガネを調整する。
「はぁ。ミシロもメンタル25%か……あんなんで意外と減ってんのか。なんとかしないとな……」
ハヤトに、そしてシェオルにまで言われた手前、ファルは渋々アビリティ端末を開いて指揮下の隊員たちの状態を確認する。どのメンバーも精神状態50%前後を維持している。体の状態も四肢のダメージパネルに異常はみられない。それを確認するとメッセージをうちこんで隊員たちに集合要請を通知した。
〔罪の抜け殻〕
仮設転送装置を用いてヴァンドラ艦底部のドックに直接転送された黒い塔。それはメルタの地下に埋まっていた地下遺跡だった。全身を防護服に包み、酸素タンクを背負った人々がその入り口をとり囲む。ほかにも全身に装甲を身につけた機甲服姿のシュヴァリエ隊員もその場で対シープライフルを手に不測の事態に備えている。
「放射線量微量。転送時に有害物質のスクリーニングは済んでいる」
ハンドスキャナーをかざして白と赤の機甲服を着た隊員が塔の状態を報告する。
「内側に生命反応がある。気をつけろ」
ひしゃげた鉄扉をこじ開けた先には聖堂のような空間。正面の広い通路の真ん中に黒いマトリョーシカ人形のようなものが待ち受けている。そこへ深緑の軍服に小銃を手にした陸戦隊が二手にわかれて内部に突入した。部隊は左右の壁側から中央にかけてを素早く制圧。いっきに最奥の祭壇を目指した。
ガスマスクをつけた先頭隊員が拳を握るハンドサインで隊を静止させる。後続も立ち止まって装具の音が鳴り止んだ。静寂のなか隊員たちは周囲の警戒にあたる。
「正面に生存者あり。人間じゃない。気をつけろ」
祭壇の前には焦茶色のふさふさの長い尻尾に獣耳の生えた若い男の獣人が倒れている。身につけているのは簡素な綿の衣服のみ、武器の類は身につけていない。銃を向けたまま隊長が足で蹴るとその手はわずかに動いた。
「転送に巻き込まれたようだ。まだ息がある。研究室に連れて行け」
部下に命じて担架を持ってこさせる。その待ち時間に中央に放置された黒くて丸みを帯びた物体に興味を惹かれた。
「この物体はなんだ?」
「生命ではありません。ただ動くようです」
シュヴァリエ隊員がかざしたスキャナーの青緑色の画面には内部には空洞がありながら座席のようなものが映っている。
「まるで小人サイズです。獣人は乗れないでしょう。他の文明が残した遺物かも」
「こいつはロステクの研究室に運べ。上からの指示だ。壁のそこらじゅうにある。残さず全部だ」
「上から?」
「出資者のウノ・ヴァーリィ氏の意向らしい。ウエノ博士に並ぶ実業家だよ」
隊長はそう言って目的もわからない遺跡の全体像を目に焼き付けるように見渡した。高い天井に長方形の空間。その壁には装飾品のごとく2メートル大の不気味な起き上がり小法師のような物体が祭壇を見つめるように角度をつけて並んでいる。両手を胸元で組み、人間のような並んだ2つの目。どれも表情に違いがあり、それらに共通することは苦悶と思しき苦痛に満ちた表情をかたどっている。
「よくもまあ、こんな不気味な人形作ったもんだ」
内部に異常がないと判断した部隊は早々に撤収モードに入っている。隊長は部下を先に帰らせて搬出部隊の到着を待つためにその場に残った。
しんと静まった空間は投光器の照明で明るくなっている。ずっと気にしていた丸みを帯びた風体におそらく鍛造されたであろう黒いボディ。
茶釜のように起伏がついた外装を手で軽く叩く。
すると内側から叩き返すように小さなノック音がかえってくる。
「こちらボアリーダー。第6ドックで異常発生。早く来てくれ」
肩の無線を握りしめて状況を報告するが、目を離した隙に先ほどまで目の前にあったはずの遺物はそこになかった。たしかにそこに存在したことを裏付けるかのようにその場所だけが黒ずんだ円形の跡になっていたーー。
〔獣の知性〕
セリアと黒巻副長は遺跡の副産物として持ち込まれた獣人の知能検査の様子を薄暗いマジックミラーの隣室から伺っていた。
実験室に黄色い防護服を身につけた若年研究員が無防備に入ってくる。そこは体毛の生えた獣耳に突き出た鼻。不機嫌に尻尾を揺らす狼獣人が座る空間。スライドドアが閉じて施錠される。まず用意したのは、幼児が遊ぶようなカラフルな知育キューブだった。アルマイトの机に置いたそれは表面に三角や四角の図形の形に開いた穴、それに合う図形のブロックがべつのトレーに置かれている。
「なにこれ?」
狐獣人が行儀悪く貧乏ゆすりをしながら針のような爪でブロックをさす。
「その問題を解いてください」
防護服のビニール越しに研究員は震えた声で言った。獣人はみたこともないキューブに興味をもった。手にとって嗅ぐ。さらに図形型のブロックを口にふくんだ。
「あ……」
同室で距離を保っていた研究員が絶句する。心配はいらなかった。誤飲防止に塗られた苦味剤に獣人が涙目になりながら吐き出した。手のひらで舌を拭いて苦味をとっている。
研究員が水をコップに注いで機嫌をとるように目の前にさしだす。すると匂いを嗅ぐように鼻を近づけて舌で舐めるように飲みはじめた。
「知能はずいぶん低いようですな。これじゃ原始人のほうが賢いかも」
「そうかしら? あれをみて」
獣人がふたたび知育玩具を手にして考えるように全体を見ている。そして意図を理解したのか、ブロックを持って穴に合わせるように叩きつけた。
ガッ……ガッ……ガンッ!
12畳ほどの実験室のなかで獣人は鮮やかな図形の形をしたブロックを手にして知育キューブの穴に通して稀に問題を解き明かしていた。ところが――。
「「ウガァァァオ!!」」
ドガンッ!!
ついに苛立った狼獣人が咆哮をあげて知育キューブを叩き壊した。テーブルまでへこませる始末だった……。
「ダメみたいですな……」
黒巻副長は書類に青ハンコを叩きつけてセリアの手元に返却する。マジックミラーの反対側では本能の獣と化した獣人が身を丸めて咆哮をあげた。衣服がはじけて全身に針のような体毛が生える。そして野獣のようにおぞましい獰猛な姿に変化した。肥大化した体は人間よりも大きく、そして筋肉質だった。怪人のような姿に変貌を遂げた獣人は机をひっくり返して研究員を追い回している。
「あの子。大丈夫かしら?」
「心配いらんでしょ。扉と壁は厚さ5センチの鉄板で補強してあるからね」
副長がそう言った矢先、獣人が研究員を担ぎ上げてマジックミラーのほうに投げつけた。ミラーが割れて互いを覆い隠すものがなくなった。そこに立つ白衣に銀髪の女性、黒髪にメガネの背の低い中年をみつけて怒り狂ったように咆哮する。
「これはやばい!!」
「ガオォーーッ!!」
鼓膜を破かんばかりの声量と風圧に目を背ける。獣人の生臭い唾が吹き荒れる嵐のように全身にふりかかった。
「うへぇ。めちゃくさぁ!」
セリアが腕で鼻を覆う。さらに激昂した獣人が特殊合金製の床面に爪をたてて疾走する。セリアと副長は壁際に身を寄せてコンクリートの壁を突き破って出ていく野獣の横顔を見届けた。
「脱走したわね」
「まずいことになりましたな」
明るい廊下を走り去る後ろ姿をみていることしかできず呆然と立ち尽くすふたり。
「やっぱり。獣人を使うからダメなのね。獣人がダメなら人間を使えばいいじゃない」
セリアは他人事のように破壊された実験室に向きなおった。
「えっ! 人間を?」
「獣人たちの知能検査をしたところ、人間の子供程度の知能しかないの。でも、あの遺伝子を使えばさらに強力なシュヴァリエが作れるかもしれないわ」
床に垂れた血痕をスポイトで吸いとって試験管に入れてキャップをしめた。それを手に実験室を去っていく。
「で、ですが部長! あの獣人はどうすればよいので?」
「私がどうこうできると? 仕事じゃないもの。どうせ始末書ものなんだからいまのうちに研究を進めたいの。あなたの出番よ?」
セリアは急ぎ足で白衣を翻して去っていく。副長は青ざめた表情ですぐさま腕に取り付けた小型パソコンを使って状況を艦長に報告。討伐隊を要請させた。
〔アグロトリウムの輝き〕
ハヤトは肩を落として整然とした作り物のような綺麗すぎる街を放浪していた。鮮やかなタイルの歩道にはゴミひとつ落ちておらず、吐き捨てたガムの跡さえない。夜こそ若干治安の悪化が目立つものの、昼間の居住区は不気味なほど清潔潔白に保たれている。住民同士は大概顔見知りでまるで天国を先取りしたかのように無毒な世界。そこに溶け込むことができるほどハヤトは純粋無垢でもなかった。
歩きながらポケットに突っ込んだ手のなかで菱形のSクォーツを握りしめてひたすら願いを込める。シェオルと居たときのように超常的な何かが起こることをただ信じて――。
「今こそ目覚めよ! 私たちは艦長にだまされている! この星図は航海科の仲間から手に入れた! 星を見れば分かる! 太陽系でもなければ地球のある宇宙でもない。シープが来た別の宇宙にいるのだ!」
「せやせやー!!」
見知った赤髪の背丈の低い少女が街頭演説にあわせて元気に合いの手を入れている。ただでさえ良くない運気を吸われそうで、ハヤトは俯き加減にため息をついた。その場でつま先をたてて180度方向転換する。
「あ゛!? にげんなゴラァ!」
しかし逃げられなかった。背後から慌ただしく駆けてきた変な女に手を掴まれてしまった。
「ひっ……なんでそんな死人みたいな顔しとるんや?」
若干引き気味に言われてハヤトは生気のない目つきで「きみが話しかけたからね」とだるそうに答えた。
「辛辣な。まだなにもしとらんやろがい!」
「いまお金持ってないから、あっちのお兄さんに話しかけたほうが……」
「そんな……! カツアゲする輩にみえるんか!?」
ハヤトは「うん……」と申し訳なさげに即答した。いつか会ったときは貧相な身なりで10メートル先からでも異臭を放つ哀れな存在だった。ところがいまでは生活に困らないのか、バスローブみたいな法衣を身につけてお香の香りを漂わせている。それなりに普通の生活を送れているようだった。
「まー、前回はホームレスみたいな格好してたしな〜……」
「いまは臭くないから大丈夫だね」
「失礼な! フローラルって言えや!」
「生ゴミの香りをフローラルとは言えないよ」
ハヤトは面倒を避けるように突き放した言葉遣いで返した。よりいっそう不機嫌な態度になったファミに対して、表情ひとつ変えずどこかへ行こうとする。古ぼけた黒い上着にくすんだ白シャツ。ズボンも靴も使い込んでボロボロ。すっかり互いの立場は逆転してしまっている。
「シュヴァリエ……やめたんやな」
放っておくわけにもいかなかったのか、ファミはため息まじりにハヤトを呼び止めた。若干の失望がこもったその声に立ち止まる。シュヴァリエの制服はいわば私服のようなもので、出歩くときには朝から晩まで身につけることになる。だから見知った仲では着ていないことが目立つらしい。
ファミに背を向けたまま、これまでの楽しかった記憶が走馬灯のように流れ込んでくる。それまでどうにか保っていた世界が、セリカの死からなにかが狂いはじめた。
あり得た未来はもうない。なにもかもを失って、いまはすべてを破壊してリセットしたい衝動しか残っていない。
「今日は休日なんだ」
そう一言嘘をついて歩みを進める。背後から足音がついてくる。それは安っぽいサンダルのすこし間抜けな音だった。
「まだなにかあるのか? 金ならいくらでもくれてやる」
ハヤトはふりかえって少し厚みのある黒いウォレットカードを取り出す。ファミの目的はそれではないようで、首を横にふった。
「その様子、いまは余裕がないみたいやな」
ファミは朱色のスカートの裾をたくしあげて単発式の拳銃をとりだした。両手を構えて警戒をみせるハヤトの手にそれをムリにに握らせた。それは銀色の大きなマズルブレーキがついたコンテンダーのようでかなり重い銃だった。
「ほら、目の色が輝いたで! 自分に合うものは分かるんや!」
「まだ生暖かい……」
生き物でもないのに人肌に暖かいのがどうにも不気味でハヤトは拳銃の銃口をつまむようにして即座にかえした。
「そんな嫌がらんでもええやんかッ! こんな可愛い子が使っとる銃やぞ!?」
ハヤトは愛想笑いしつつ駅前で行われているアルカナ信者たちの集会に興味をしめした。
「教祖ウノ・ヴァーリィは言った! これを手にした者は安住の地へ行き不老不死が約束される!」
いかにも怪しげな謳い文句にハヤトは疑問を感じた。シュヴァリエになってグラハム因子を接種していれば、不老不死もどきになることはちゃっかり達成できている。だから当事者としてそこまでして欲しいものとは思えなかった。それに歳をとれず人間と同じ時間を生きることもできない。
集まった民衆の前でアルカナの信者たちは劇のような出し物をしている。その中心に立つ人物にハヤトは目が離せなかった。頭までを黒いフードで覆って白くて鼻の長いフクロウのような面をした人物。深淵のような深く暗い瞳。彼と目が合い、しばらく見つめ合った。白い面の顔がまるで生きているように歪な笑みを浮かべる。民衆が「ヴァーリィ! ヴァーリィ!」と声をそろえて名を連呼する。ファミに肩を叩かれてハヤトは意識をとりもどした。
「どしたん?」
「な、なんでもない……疲れてるみたいだ」
壇上ではいよいよ販促が始まった。その手にはメルタで見つかった新資源アグロトリウムで作られた杯がある。光沢がついた黄土色が特徴的で通常はただの金属のように平凡だが、水に反応してホタルやウラン鉱のように光りだすというなんとも神聖にみえる特性がある。さらにSクォーツのように暴力的にエネルギーを発散させることもない。
民間に広く普及できうる安全なエネルギー元として、将来的にはアンドロイドの血液となる循環液剤に必要な超分子の材料としても期待されている新物質だ。
「この杯に、水を入れると……」
さも儀式のようにペットボトルの水を注ぎ込む、杯が明るい黄緑に光を発散する。ただそれだけだった。
「わー! すごいなー!」
「だね、ただ光るだけ」
「うちもなんか売ろうかな〜!」
「うさんくさい商才ありそうだしな」
「いまなんてった!?」
皆にあわせて拍手しながらハヤトはファミをからかって自然に接しつつ、賑やかな雰囲気も相まってその色に染まることができていた。
「これが今ならなんと5000セラ! 家族のために、ご子息のために、未来永劫の安心のために。買いましょう!」
怪しげな面をかぶった人物は商材を手に大衆の前で光る杯を両手で抱え、左右に見せびらかした。盛り上がった空気と演出の効果で人々はすがるように手を合わせて歓声と手を挙げた。この仕掛けのタネを知っていたハヤトは特に興味を惹かれず、出し物としてその様子を見守っていた。
「あ! このまえはたすけてくれてありがとー!」
群衆のなかからハヤトに気づいた小さな栗毛の女の子が拙い発声で声をかけてくる。見下ろすほど小さな背丈に潤んだように輝いた目つき。まるでモルモットだ。
「んー? ハヤトの知り合いか?」
「だれだろう? おぼえてない」
ハヤトは取り繕った笑顔をみせつつ、手を振りながら記憶を辿る。そして数週間前の出来事に行きついた。覚えがあるとすれば居住区に侵入したラミアと戦ったとき。なんとはなしに子供を助けたような気がする。ラミアと戦うことに必死で何も考えず動いていたから曖昧だが、たしか歳もこれくらいだったはず。
「ケガはなかった?」
「うん! お母さんもありがとうっていってた!」
まぶしいほどの笑顔で無垢に答える少女の姿にハヤトはハッとした。今までの戦いは無駄ではなかった。
ただ生き残るためだけに必死で戦い続け、守るものさえ失った。シュヴァリエになったのはそれしか生き残る道がなかったからで、誰かのことなど考えたことはなかった。シュヴァリエだというだけで罵倒される世の中で唯一希望がみえた。嫌味な人類のなかにも良い人間だってどこかにいる。守るべきものがないなら作ればいい。そう気づいたハヤトはこうしてなにもない日常をおくることよりもあの場所へ戻りたいと思いはじめていた。
「俺みたいになるんじゃない」
「なんでー?」
「幸せはむこうにあるからだ」
不思議そうに首を傾げる幼児にハヤトは笑いかけた。そっと離れようとしてもペンギンのようにあとをついて回る。頭を優しく撫でて、杯を掲げる母親のもとに行くよう両肩に手をそえて体を回した。
「はぐれたら大変だからそろそろ戻りな」
「ばいばい! またねー!」
ハヤトは決意を固めたように拳を握った。それを見ていたファミは小さく笑った。
「どうやら、少しは元気になったみたいやな」
「おかげさまでね」
少し離れた静かな場所に移動してハヤトとファミは隣り合って駅前の柵に寄りかかった。
「俺を呼び止めたのはこれを買わせるためか?」
ハヤトは怪しげな古代土器のような有機的なフォルムをしたなんだかよくわからないものを手にしていた。さっきの会場で知らない人に押し付けられてそのまま持ってきてしまった。
「ちゃうちゃう! けどなぁ〜、シュヴァリエやめたんならいう必要もなさそうやしな……」
「どんな話なんだ? 知っておきたい。そのほうがいい気がする」
ハヤトは興味をもって問いかける。意外にも真剣な眼差しにファミは驚きながらこうつぶやいた。
「率直にいうと、あんたらの上官たちはヤツらの言いなりなんや」
「ヤツら?」
聞き慣れない単語にハヤトはオカルト系の話なのだと勝手に理解して想像を膨らませる。ファミが続けて言ったことは概念に近いものだった。
「簡単にいうと、あらゆる時空をただ見てるだけの気っ色悪いヤツらや!」
「それならなんにも影響はないんじゃないか?」
「トイレ中でも内臓でも見たいと思ったものはいつでもみてるんやで? 嫌すぎやろ……」
ファミは幽霊を信じるかの如く身を縮めた。
「それって、チョッパーみたいなやつのこと?」
ハヤトが以前の出来事を話すとファミは深くうなずいてみせる。
「せやな。ヤツらは上位の次元からこっちに降りてくる。普段は何もせず星々の時間の流れを見ているだけ、関わりをもたなければ無害な存在やろな」
「俺は縁でもあるのか? 2度も会ったんだけど……」
「あともっかいくらいホンマに会いそうやな……出会うだけで奇跡なのに……」
「幸運になれるジンクスくらいあれば良かったのに」
ハヤトの運のなさを感じとったのかファミは苦笑いを浮かべる。
「ま、いちおう管理者としての立場もあるみたいやから時空を乱すような出来事には介入するらしいな。それ以外には手を出さないから基本は無害なんやで」
ファミは安心させるようにつけくわえて言った。
「だといいんだけど」
ハヤトが言うと地面が大きく揺れた。テンポの早い太鼓のような規則的な音と耳鳴りに似た機械の音が混ざり合って聞こえてくる。ラミアが出たときのような状況の再来にハヤトは身構えた。
「なんや!? あれ!」
ファミが空を指差す。人々も釣られて上を見上げた。ビルの合間からマトリョーシカのような黒鉄の人形が両腕を上下に振りながら浮遊している。これが太鼓のような音の発生源だ。さらに反対方向からは体格のいい野獣が車を押しのけながら歩いてくる。駅前の広場で出会ってしまった異形の存在は互いに敵意を剥き出しにしてぶつかり合う。狼獣人の拳の連続攻撃をうけて寺の鐘のような音を鳴らして空中を漂った。
「なんでここにあんなものが……! メルタにあったはず!」
「おやまぁ。これは大変だ。獣人とグレイブドールが喧嘩している」
わざとらしい言葉遣いでつぶやく声に、その主を探す。音もなく隣にいたのは黒いフードに平坦で目が窪んだ白い面をした男。さっきまで壇上にいたあの人物だった。
「あなたは……これを知ってるんですか!?」
「テキトーなこと言ってるんとちゃうか?」
ファミが疑うように目を細める。
「きみはこうなることを望んで願っていたのではないのかな?」
「まさか、俺が願ったから……?」
心当たりのあるハヤトはポケットに手をそえた。
「キミだけの責任ではない。周りを見てみろ。平和では刺激がなさすぎる。外では今も激しい生存競争が続いているというのに。これでは絶滅してしまう」
「まるで、嬉しいことみたいな物言いだ……」
話しているあいだにも駅前広場では2体の異形が会場をめちゃくちゃに破壊しながら暴れている。グレイブドールが腹部を左右に開閉させ、鋭い刃をムチのように振り回した。凶暴化した獣人の手足にモリのように突き刺ささる。
「グオオォォ――!!」
獣人がさらに暴れてビルの柱や街灯をなぎ倒す。その足元にはさっき見かけた親子が崩れた会場の鉄骨に挟まれて逃げ場を失っている。いつ踏み潰されてもおかしくない。体格は獣人のほうが大きい。しかし、地面に踏ん張っても拘束は解けず、グレイブドールが開いた胴体のなかに押し込めるように獣人を引きずり込む。開閉を繰り返すうちにバキバキと骨が砕ける音がして血肉が地面にこぼれた。
「機械が獣人を……食べた!?」
グレイブドールの開口部からスライム状の黒い液体が流れ出てくる。それはメルタの遺跡に溜まっていたものによく似ていた。それがなにかまではわからないが、直接触れられないような場所にあって、人のように動いていたことから察するにあまりよくないものに違いない。
「ヒトは平和ではなく争いを求めている。その手の中にある輝石。願ったことが因果をつなぎ合わせて現実になったのだ。おめでとう」
「なぜそれを? 俺は言ってないのに」
ポケットのなかのSクォーツをのぞくと琥珀のように明るかった結晶がいまは紫色に輝いている。
「いまさら願ってももう遅い」
黒いフードを払い、白い面をはずす。その素顔は質素な中年男性だった。シワだらけの皮膚に目の下には黒いクマがある。年より老いて見える同情を誘うような風体をしている。
「わたしがウノ・ヴァーリィ。さっきの話はすべてウソだ。そのヤツらとやらもこの事象には来てくれるのかな? 自然に起きた出来事には手出しをできまい……」
話し合う背後で街の人々が悲鳴をあげて逃げ惑っている。2体の怪物は融合を遂げ、グレイブドールを包むように液体が広がって足のない半円形の底面に液状の足が生えた。さらにトゲトゲしい針にまみれた腕が左右に出来上がった。
ウノは頭を上下にゆらして喉から笑った。その姿と雰囲気から嫌悪感を感じてハヤトは目を逸らした。
「少し前までの俺なら喜んだだろう……だけどそうはならない!」
「ハヤト! どこいくんや!?」
ハヤトは駅前に放置された公衆電話に入った。昔教わった暗証番号を入力する。マンホールの蓋がせり上がる。その下から1着の無骨な機甲服が出てくる。全身に爆発反応装甲を取り付けた重装タイプだ。対レーザー塗装もない初期型の機甲服で性能は高くない。それでも足止めには充分だ。
「俺はあれを止める!」
ハヤトのほうに歩きだしたグレイブビーストの鋼鉄の頭部に1発の弾丸が当たる。その場で丸みを帯びた頭部を回転させると赤髪のファミが単発式拳銃を構えて立っていた。
「こんな弾の1発や2発。どうにもならんな。すまんけど、うちは戦力になれんわ!」
ファミは大げさに叫びながら頭部の額から照射される紫色の光線を避けながら逃げていく。
「後ろには目がないようだな?」
楕円形の頭部が回って背後を向く。そこに黄土色の機甲服を身につけたハヤトがいた。左右にしか回らない頭を掴んで無理に引っ張る。弾力がある木の根がちぎれるような嫌な感触がして赤黒い血管のようなものが頭と一緒についてきた。胴体の中をのぞくと白い顔をした変な生き物がいた。それはまだ不完全なようで溶けたメガネザルのようにキーキーと鳴いて威嚇している。
「おまえがこれを動かしていたのか」
片手で首根っこを掴んで取り出したそれは異形の存在だった。獣人だった頃の面影がいくらか残ってはいるが大きさはかなり小さい。ハヤトは力をいれて首を絞めた。
戦闘を終え、ハヤトが瓦礫の撤去を手伝って人々を助けると拍手が起きた。みんな生きている。それが嬉しくてハヤトは機甲服のなかで戸惑いながら手を振りかえした。
「ここが俺の居場所か……」
ハヤトは諦めにも似た感情で小さく笑った。
次回、第13話〔真実と嘘〕
ハヤトの活躍は溝が深まっていた市民とシュヴァリエの関係に少なからずの良い影響を与えた。宇宙を埋め尽くすほどのクラスターシープの集団が迫るなか、シェオルはその対抗策に追われていた。その一方でメルタで暮らしているはずのレイナとカズキはとある真実に気づいてしまう……。




