第11話:〔去る者追わず〕
夜の大地は化け物が繁栄する。ハヤトとシェオルは逃げ込んだ塔の地下遺跡で紋様の刻まれた球体。パーティクル・スフィアを見つける。それは3つ集めることでどんな願いも叶える無限のエネルギーを秘めた遺物の一部だった。ヴァンドラがリスクを負ってまで追い求めてきたそれは、時を同じくしてやってきた謎の殺人鬼チョッパーに奪われてしまった。
〔亜空間の干渉〕
どこをむいても真っ白な空間。無重力の時空間に黒い仮面の男が突如現れる。手のひらには輝きを失って銅色に変色したパーティクルスフィアが握られていた。
「チョッパーおかえりー! 派手にやられたみたいじゃん?」
黒いヘルメットを外した黒髪少年の帰還を、クリーム色の髪に青い瞳の無邪気な少年が歓迎する。彼の名はカルマ・ポリス。レイヴンの同僚にあたる人物である。
「……だまれ」
「否定しないなんてめずらしー」
チョッパーは幼児のような体型をした彼のことをあからさまに無視した。素通りするついでに無邪気な同僚にヘルメットをかぶせて口を封じる。前後にひらいたヘルメットがかみ合って頭にフィットした。
「モガガァ! ガァ!」
「黙っていろ。オレの名はレイヴン。チョッパーなどではない……」
トゲトゲしい黒髪に鋭い目つき、漆黒の鎧レネゲイドを身につけた彼はスレンダー体型の大人びた少年だった。冷静さを保つ雰囲気だが、その息遣いは悪夢に目覚めたかのように荒い。ただの人間に負けたという事実が彼の内面をかつてないほど刺激していた。自慢だった単一分子の槍を失ったうえに体を焼かれて壁に叩きつけられた。そればかりではない。会いたくない人物にまで出会ってしまったからだった。
怒りに煮えた沸々と湧き上がる感情が黒いオーラとなって空間を染める。さっきまで天国のように白さと神秘に満ちていた空間が灰色に曇る。
「ちょっとー。それやられると暗いんだけどー?」
ヘルメットをすり抜けて顔を出したカルマが嫌な表情をみせる。この空間はいわば夢の中の現実。突飛な現象が起きることはむしろ普通だった。チョッパーたちはこの空間を利用してあらゆる時空に干渉する。そして本来その世界にあるべきではない異物を回収したり悪影響を与える事象を止めることが役目だった。
「スフィアに触れた少年はどうするの? あのままだとヤバいんじゃない? あのビーストだって――」
「あれはビーストではない。獣人の出来損ないだ。放っておけ」
チョッパーは片手間に答えた。そして持ち帰ったパーティクルスフィアを眺めていた。真鍮に似た光沢のある球体の表面にはいくつかの溝がパズルのように彫られていた。それを右へ左へ何度も回してみるが、紋様が揃わず上手くいかない。ついに苛立ちが頂点に達したチョッパーはスフィアを空中に留めて手をはなした。
「あの女……! 使えないようにしたな」
手をかざし、空間を背景のように空中を漂っていた武器の数々から得物を手元にひきつける。日本刀を背の左右に括り、黒い霧を発散させるナタを強くにぎりしめた。
「すごい! 上から下までぜんぶ真っ黒!」
「レイヴンはカラス。カラスは黒いものだ」
武器を調達したレイヴンはどこからか現れた黒装束にタコのような丸い頭をした4人の手下をひき連れて溶けるように姿を消した……。
〔100匹目の獣〕
中心部に城を構え、長大な外壁に囲まれた獣人が暮らすメルタの首都オースト。まだ春風の残る過ごしやすい季節に一筋の強風が吹いた。明け方のまだ静かな時間帯。それは大波の前兆のように、過ぎ去ったかと思えば逆にながれた。耳の奥に響く高音、大地を震わすほどの振動がこの地に住む人々を驚かせた。
「なんだあれは!」
街の人々が空を見上げて指を指す。真っ青な空に幽霊船のごとく汚れた宇宙艦隊が城塞都市を威圧するように浮遊している。
城のテラスから艦隊を目にしたシアンは左右のとがった耳を伏せ、全身の毛を逆立てた。黒い煙をひきながら焦げと錆だらけの戦艦が影をおとして頭上を通過した。艦隊はそのまま黒い航跡を残しながらその先の平原に去っていく。
「同盟を望むなどと言いながら我々のことは眼中にもないということか」
胸を撫で下ろしたシアンだったが、薄黒く濁った空には焼けこげた断熱塗料のチリが含まれている。水に溶け込めば粘度のあるタール質に変性させるほど残留性が強い。地球ではその特性から焦土作戦の一環としてシープの食料となる動植物を絶滅させる環境破壊兵器として使われたことがあるほど有害な物質である。艦隊が通りすぎてしばらく経つと、感覚に優れた獣人たちに耐えがたい刺激をうけて泡をふいて倒れる者、咳き込む者があとを絶たなかった。
ルース国王の元にもその知らせはすぐに届いた。城下町から報告に来た衛兵の話を盗み聞きしたシアンはいよいよ行動を起こさなければならないと剣を手に磨きぬかれた鏡面に向き合っていた。
このオーストにおいて領空という概念は存在せず、空を飛ぶことができる鳥族でさえ言葉を発することはできないまでも、曖昧な暗黙のルールに従って貴族と平民の住む場所をわけてこれまで平和を保ってきた。そこにこんなものが首都上空にあらわれたのだから心情穏やかではいられない。すぐさま手紙を書いてそれを黄色い巨鳥の足首に結びつけた。
「レイディア領にこれを届けてほしい」
「ウルルッ!」
巨大なムクドリは知性の宿った目で鳴いた。中庭を駆けて助走をつけて地面を蹴った。翼を羽ばたかせる。
「キョエー!!」
「デン・ビッグチキンに託したあの封書にはなにを?」
「いずれわかる」
シアンは信頼をおいている付き人にも封書の内容を語らなかった。中庭から城内に戻ると朝の騒ぎに目覚めたルース国王がシアンを待ち構えていた。
「戦争の支度をはじめたか。我慢というものを覚えなさい」
国王は落ち着いた足取りでゆっくり歩いた。シアンも歩調を合わせた。獣の特徴を色濃くもつオールドタイプの彼はライオンが後ろ足で歩くようなぎこちなさで窓に前足をつけた。
「前にも言ったが……。知識ばかり身につけるのではダメだ。ここ数週間はとくに日の経ちかたが早い。ニンゲンが時を動かしているのだ」
「時を? なぜ罪もない我々を狙う?」
「われらが生まれたことこそ罪だからだ。ニンゲンは100匹目の獣を恐れている」
「この街にはもっといる」
言葉通りの意味にうけとったシアンに対してルースは「そういう話ではない」と首をふった。
「腰にさげた剣。それを作るには何がいる?」
「鉄では?」
「知識はどこから得た?」
国王の訴えかけるようなまなざしにシアンは耳をピンとたてて、真意に気づく。
「だれもが最初からそれを理解できたわけではない。ここにはあらゆる種族がいる。種が違えば言葉さえ理解できなかった。知性を留める制約として働いていた――」
ルースは窓の外にふってきた黒いチリを前足でひろいあげた。猫科特有の低い鼻を近づける。あまりの刺激臭に咳き込んでヨダレをたらした。
「父上!!」
近寄ったシアンがルースの毛深くてたくましい体を抱きかかえた。ルース国王は息絶え絶えになりながらどうにか呼吸を戻した。
「これがどんなものか――。おまえにも分かるな? これを理解することも共有もできなかった。かつてニンゲンだけが繁栄した理由がそこにある。われらが文明を持つことなど許さないだろう。奴隷として作られた『モノ』にすぎないのだから――」
それを聞いたシアンの胃はショックのあまりキリキリと痛んだ。王家に生まれ、外界を知らないまま育った彼にとって見渡す限りの草原さえ自分が将来手にする領地だと思っていた。ところが、見えない何かが上にいて地上の同胞たちを操るさまが脳裏を支配して自由を失った気がしてならなかった。
「話を聞けば憎悪が増す。ニンゲンとは不快なものなのだな」
怒り、恐怖、疑問、どれだけ考えようと到底理解の及ばない領域にひどい頭痛に苛まれた。シアンは心臓のように脈打つ頭を押さえる。そして我が物顔上空を通過していく巨大戦艦を心底憎らしく思っていた。
のちに起きる人類と獣人による衝突。その発端はこのとき無作為に大気圏におりてきた30隻あまりの両用艦が一因だった。
この出来事は、首都に住む数百名あまりの獣人を施療院送りにした。人間を神や神仏のように崇める獣人たちがより一層信仰を深める一方で、知識階級にあたる貴族など中立的な立場にいた者たちに不信感を与える結果につながってしまった。それというのもシェオル不在の後任として長官職を引き継いだアンスライン・ブリューベルト補佐官主導による救出作戦によるものだった。彼はシェオル捜索を名目として宇宙軍管理下にある予備役の艦艇を徴用した。両用艦は大気圏突入能力を有するものの、どれも地球で起きた初期の戦いから使い潰した旧式の艦艇ばかり。戦時下に建造されたこともあって環境汚染も厭わない非人道的な戦闘艦だった。
黄土色の塗装も外装も剥がれた錆だらけの艦隊旗艦レイクトラスに座乗する彼は熱源レーダー、地形透過装置など、ありとあらゆる装備を使ってシェオルを捜索していた。
「正面2時方向。地上に密集した熱源反応探知!」
くたびれた椅子を軋ませて男性オペレーターが報告する。
「きっとシープに違いない。撃ってよろしい」
「しかし――」
「ここは俺たちのものだ! 邪魔者はついでに一掃しろ!」
「はい……!」
有毒な噴射炎を噴きながら低空を飛行する艦隊はメルタの各地に広がって地上に動く熱源を赤色光線で焼いてまわった。その様子はかつて地球を蹂躙したシープと瓜二つの光景だった――。
〔静かな朝〕
朝日が昇る平原に日差しを避けるように影がうごめいている。朝露が暖かい光を浴びて湿っぽい空気が草原の香りを際立たせた。長い夜はついに終わりを迎える。
黒鋼の塔から抜け出した少年と少女は朝露の湿った草原に横になって空を見上げていた。
「やっと夜が明けましたね!」
「あぁ。1日がこんなに長く感じたのは久しぶりだ」
「昨日のウインドブラストってなんなんですか?」
「あれは――。よくやってたゲームに出てくる技なんだ。イメージしやすくてとっさに思いついたのがそれでね……」
ごまかすように頭を掻いてハヤトは目を細めた。一生のように感じられた時間が再び動きだしたような気がする。夜のあいだ地上に溢れていた化け物は日光を避けて闇に消えていく。まだ日が昇りはじめたばかりの肌寒い空気の中、ハヤトは銀色の拳銃を手にする。その銃にはシェオルが持つティルフィングダガーと同じように空色の翡翠グリップに鷹のメダリオンがある。
「綺麗な銃ですね」
「姉さんの形見だよ。優秀なシュヴァリエだったから贈られたらしい。俺のお守りなんだ」
ハヤトはその拳銃を上にむけた。透き通った濁りのない空に3発ずつ間隔をあけて発砲する。乾いた破裂音が静まった空に広がった。
「早朝の銃声はよく響く。誰かが気づくはずだ」
「そうですね。私も救難信号をだしているのできっとくるはずです!」
ハヤトはアビリティ端末を手にして画面を開いた。夜の寒暖差の影響もあって、バッテリーは切れてしまっていた。身分証としてのステータス画面と黒い画面を左右のそれぞれの画面に映した状態で止まっている。シェオルの左腕についている指揮端末はまだ動くらしく、それを使って周囲の状況を確認していた。いまでも普通に作動しているところを見るに、やはりシュヴァリエに支給されるような前時代の機種とは違うらしい。
「来ましたよ! 救援です!」
シェオルが指差す方向からプロペラ機のエンジン音が近づいてくる。1機のUF-42が頭上を過ぎ去った。機体後方にプロペラとジェットエンジンを積んだ奇妙なもので、宇宙時代だというのに電装品がほとんどない化石のような機体だ。ハヤトが手をふると真上を旋回してみせ、遅れて全長80メートルほどの汚い葉巻型宇宙船がおりてきた――。
〔ねがいの代償〕
ヴァンドラは惑星メルタの軌道上に停船していた。急ピッチで進めていた植民計画がひと段落ついたところで、次の星系にむかう準備に取り掛かっていた。艦橋ではたくさんの勲章をぶらさげた艦隊指揮官が作戦台を取り囲み、会議が行われている。
「今日のシープ出現数は3000匹。数は日に日に増していますな」
黒巻副長が艦長のそばに立って今日の報告を読み上げていた。すると下層に座る女性オペレーターが慌てた様子で席を立った。
「艦長! モラーク星域の航路を開拓していた探査船団から新種を見つけたと報告が……!」
坂本艦長が身を乗り出してオペレーターを手招きする。
「指揮所に上がっていい。妙に慌てた様子だが、どんなやつだ?」
「ホログラムにだします」
オペレーターが銀色のリングを指に装着して作戦台にかざす。台の上にグリッド構造が上下に広がった。それは恒星を中心に天体が回る銀河系で、白く渦巻く雲と数個の惑星が精巧なミニチュアとして実体を具現化した。
「倍率を上げんのか?」
グリッドの目盛を読んで1マス1光年単位だと気づいた艦長がそれとなく言った。すると返ってきたのは意外な言葉だった。
「これがその新種です」
「こんなものが――シープだというのか!!」
唾を飛ばす勢いで発狂する艦長の声に雑音が途絶えた。その場に居合わせた勇猛な指揮官たちでさえ、表情をこわばらせて固まってしまった。
銀河系全体を暗雲のように渦巻く霧。それこそシープの大群にほかならない。上から見ても横からみても宇宙を隙間なく覆っている。もはや数えるよりも宇宙に充満したシープという物質だと説明するほうがいくらも現実的に見えた。地図の倍率をさらに下げていくとそれはいくつもの銀河系をのみこんで宇宙の中心部から川のように流れてきている。群れの終端にはいびつな肉の天体が存在している。他のどの星よりも大きなそれが新種だという。
「メルタ到着以降、攻撃が散発的になっていたのはきっとこのためでしょうな。多数のシープを一点に寄せ集め――」
「天体規模の集合体となったわけだな?」
副長の声に合わせて艦長が言いきった。
「質量はブラックホールにせまるほど膨大。これほどの質量で自壊しないのは……ありえません!」
オペレーターの女性が泣きそうになりながら状況を説明している。
「こんなときセリア部長がいてくれたら見解を聞けるんですがね」
黒巻副長が噂をすれば、当人の自信に満ちた声がその場を仕切った。
「それはクラスターシープね。Sクォーツが形状を留めているのよ。シープの目的は全人類の殲滅。これの爆縮半径に入った時点で私たちの負けが確定するわ」
「爆縮だと……! 被害規模は!?」
「おおまかな予想でも銀河系がいくつか消えるわね」
淡々とした発言に指揮官たちは言葉を失った。
「さらに悪いことに、これはメルタを目指して進行中です。1ヶ月以内にメルタ星系に入るでしょうな」
副長が惑星ほどの巨大なシープを指でつつくとカウントダウンを続ける数字が表示される。
「惑星サイズでありながら動くのか?」
「ええ。この規模ならSクォーツの力も絶大なはず。ワープが可能ならもっと速いかも。自重で前方の空間を歪ませて落ちるように進んでるのよ」
セリアの見解に作戦台に集まった艦隊指揮官たちは頭を抱えるしかなかった。
「これは……勝算のある相手ではない。ここは逃げて生き残ることを最優先にする。次の目的地にむけて出航しよう」
ガイアベラムの存在によって未来に起きる出来事を大まかに把握していた坂本艦長が言いきった。地球を破壊したシープたちの母星に報復攻撃を仕掛けて一矢報いるという執念はまだ燃えているようで、そのために必要なことは無用な消耗を減らすこと。決戦のその日まで艦隊を温存することにあった。この決断はメルタに移住したばかりの植民者たちを見捨てるという選択でもあった。
そこに艦橋のドアが開いてシェオルが入ってきた。足音は冷たく、艦長以下数名が集まる作戦台に歩いてきた。
「同盟交渉の最中なのに、艦隊に首都上空を通過させるなんて。武力で脅しているようなものじゃないですか!」
メルタから戻ったばかりの茶髪の少女は白い制服に黒い襟。真っ白だったロングスカートは土埃に汚れている。シェオルはお構いなしにブリューベルト補佐官の前に立って問い詰めた。それに対してブリューベルトはどこ吹く風だった。
「君のための捜索艦のことかな? 臨時とはいえ長官としての責務をまっとうしたまでだ。そのような謂れはないと思われるが?」
ブリューベルトはまったくとぼけた表情で、毛髪一本生えない頭をハンカチで丁寧に磨いた。
「まぁまぁ。過ぎたことは仕方がない。艦隊を軌道に戻すにしても核推力エンジンで飛ばねばならんだろう。ひとまずブリューベルトにあの艦隊をまかせてクリーンなエンジンに載せ替えるまでメルタに置いておくことにしよう」
坂本艦長はブリューベルトの側に立って肩を持った。それを見てシェオルは不穏な空気を察した。上層部の人選はほとんどが坂本艦長によるもので艦長という立場上、一種の独裁者と相違ない。いまやヴァンドラは植民星を探して旅をする流浪の民ではないのだとシェオルは感じた。それと同時にこれから起きることもおおよそ予想がついていた。人類は外見の違う種族のことなど対等な存在だとは思わない。持て余した力と恐怖に支配された人類ならなおさらそうなるだろうということを知っていた。いずれ本来の目的を忘れて、知的種族の住まう星々を支配統治するか、軍事力によって宇宙全体を掌握する侵略種族に変わってしまう。その危惧がまさに現実のものになろうとしていたーー。
「この星は獣人たちのもので、わたしたちは譲歩するべきです。ヴァンドラの本来の目的は移民であって、侵略することではないからです。相手が攻撃してきたのならともかく、これ以上強硬な手段をとるなら侵略とかわりません」
シェオルが毅然とした態度で発言する。それに対してブリューベルトは顔を赤くしてこう返した。
「やつらは限られた地域にしか生息しないうえ、頭上の脅威も知らずにのうのうと生きている。それを知ったところで関心さえ持たない。我々がここに住む以上、野人に文明というものを教えてやるべきなんだ!」
「獣人があなたの気に障るから。自分たちの生活圏のなかにある異物を排除したいだけじゃないですか?」
シェオルが問うと、ブリューベルト補佐官は「小娘のくせに……!」と唇を噛んだ。その場にいた艦隊指揮官のほとんどがその滑稽な姿に冷笑した。
「とくに人類の存亡がかかっている場合なら、なおさらだ。相手が何を考えているかを気にして常に先手を打たなければならない。最初は友好だったとしよう、将来、いつまでも同じ関係でいられる保証はない。だから絶滅させてしまえば恐怖もなくなる。残るのは我々だ。そうは思わないか?」
作戦台を挟んだ向かいで深緑色の軍服を着た指揮官が当然のように言った。
「わたしがメルタに赴いて話し合いに行ったのはそうやって獣人を都合のいい道具として見たり、虐殺するためじゃありません。お互いのちょうどいい距離感を見つけて共存するためなんです。人の敷地に土足で上がり込むようなことをするなら排除されてしかるべきでしょう?」
シェオルは「もっとも、あなたがたの住む家には敷居がないのかもしれませんけど」と皮肉を込めてつけ足した。それを聞いて怒りのあまり警備兵を呼びつける者、そもそも話を聞かずに眠りにふける者。指揮官たちの反応はさまざまだった。
「もういい。話はわかった。しかしだな。将来反乱を起こす可能性もなきにしもあらず。ガルダルス艦隊が残していた衛星の記録がそれを裏付けておる」
坂本艦長が両手で抑止して話をやめさせた。それから台の上にデータを投影させた。それはメルタの軌道上に残されていた偵察衛星ハルテイル5の記録。止まっていた年表が動きだし、まだ訪れてもいない未来へ進んでいく――。そして止まった一節に過去、惑星メルタに入植したガルダルスの人々が生きた時代に獣人による反乱が起きたという記述があった。
それはヴァンドラからみれば太陽系とメルタ星系を繋ぐターミナルポイントをこえて転移するわずか数ヶ月前のこと、ガルダルス艦隊から見れば数千年の時を経て栄枯盛衰の一巡を迎えるほどの果てしない年月が経った太古の出来事だった――。
「今この星に残っているのは人類を破滅に追いやった末裔。穢れた血筋をもつ者たちに違いなかろう?」
「それは人間にも言えたことでしょう?」
シェオルの返した言葉に艦長はため息をついた。
「なぜ敵意をみせる? 君も我々も味方同士。目的は人類を存続させることに違いないはずである。これ以上反抗的な態度をとるようであれば反逆者とする!」
坂本艦長は艦長権限をふりかざしてシェオルを黙らせた。
「駆逐艦をわざわざ反転させ敵に突っ込ませたという話も聞いた。逃げればいいものを。死者がいなかったのが幸いだ。貴重な艦艇を大破させ乗組員を危険に晒したそうだな?」
坂本艦長が問いつめる声にとなりにいた黒巻副長がコンソールの爆発で負った軽い切り傷を確かめるようになでた。
「エンジン出力が上がらず、空中には遮蔽物もないので、無防備な背面より艦首をむけるほうが生存性が高いと判断したのでそうしました。攻撃を受けた外交船が反撃してはいけないという決まりもないですよね」
「たしかにそうだがーー」
シェオルと坂本艦長の言動にその場の指揮官たちは聞き入った。そして艦長が最終的にくだした結論はこうだった。
「今回は大目にみて罪には問わないが、もしまたおなじようなことが起きたりした場合。特務長官を解任する。それでいいな?」
「ちょっと嘘でしょう!? シェオルの言うことは真っ当よ!」
セリア技術部長が前にでてかばおうとするとシェオルが手で抑止した。
「いいんです。仰せのままにいたしましょう。場を騒がせて失礼いたしました」
シェオルはそう言って一礼する。そのまま武装した警備兵に連れられて艦橋を立ち去った。艦橋の空気はそれまでの規律正しい雰囲気から、どことなく抑圧を感じる息苦しい空気感に変わっていた。
「シェオル特務長官といえども荷が重すぎたか……」
「まぁ子どもだしな」
口々にささやく声がざわめきを増す。黒巻副長はそんなことにはまるで興味を持たず、シェオルが持ち帰った端末のデータを読み返してスフィアの所在を気にしていた。
「艦長。パーティクルスフィアはどうするおつもりで? チョッパーとかいうやつに取られたようですが」
「心配いらんよ。あれは3つ揃えてはじめて完全に機能するものなのだ。残りが宇宙のどこかにある。我々が先に手に入れてしまえば、姿をあらわすに違いない」
坂本艦長は余裕の表情で不敵に笑った。以前までの澄んだ笑顔ではない。それはもはや野心に満ちた刺すような目つきをしていた。
〔めざめたパワー〕
広々としたミーティングルームで手をかざしてポーズをとるハヤト。直後、自動ドアが開いてカズキとレイナがそれを目にすることになる。
「うわ……。また厨二病に目覚めたの?」
「前にもあったのか? ショックで漏らしてたみたいだし……そうかもな!」
身を引くレイナに茶化すカズキ。ハヤトは目を丸くして慌てた。
「そうじゃない! ズボンのシミはヨダレだし厨二病が再発したわけでもない!」
「じゃあ……いまのなに?」
レイナが腕を組む。哀れんだ目つきで首をかたむける。
「話せば長くなるけど魔法が使えたんだ。光の粉を浴びて指から竜巻が――!」
「これは病気かもな。病院につれてこうぜ」
「カズキまでっ! 信じてくれないのか?」
必死に弁明するハヤト。セリカがいなくなって以来、数週間ぶりにみせた明るい姿にレイナが唇をゆるめた。
「そうやって笑うの久しぶりに見たかも……」
「あぁ。ここしばらく作り笑いしかしてなかったからね」
「もういっかいさっきのみせてくれよ!」
「いいだろう……。ウインドブラスト!」
調子に乗ってポーズを決め、手をかざす。空調の風に吹かれて書類が1枚滑り落ちただけだった。
「やっぱ厨二病だな」
期待はずれの結果にカズキが冷めた表情で言う。
「信じてくれるならギガントバーガーをおごる! それならいいだろ?」
「ハンバーガーはもう食い飽きた。チキンが食いてぇよ」
カズキの思いがけない一言に場の空気が凍りつく。いつものカズキなら迷わず飛びつく提案だ。見かけは相変わらずの巨体に短髪の丸顔。見かけは変わらないけどやっぱり何か変だ。
「おいら、なんか変なこと言ったか?」
降下訓練でケガを負って以来、口調もどこかおかしい……。
「なんでもない。ちょっと大尉と話してくる」
ハヤトはレイナに目配せして、長い廊下の突き当たりにある執務室にむかった――。
数分後――。
絨毯敷の一室に黒い机と大きな本棚が壁に沿って並んでいる。まるで社長室のように高級感にあふれた雰囲気の執務室でファル大尉が封筒を机になげた。眉を寄せて腕を組む。
「まさか戦闘のドタバタにまぎれて辞表を渡すとはな」
「アルバ小隊の全員がこの決定に同意しました。俺たちはシュヴァリエを辞めます」
重い足取りで部屋に入ったハヤトは、開口1番にそう言った。手には土にまみれた対シープライフルとオレンジ色の太陽が描かれたワッペンを手にしている。
「なんだと? もう一度言え」
「俺たちはシュヴァリエを辞めます」
「本当に辞めるのか?」
「はい」
外の街並みを背に大尉は驚いた表情をみせた。手元にはメルタの戦いの最中に渡した茶封筒がある。それを拒むかのように腕を組んで背もたれに寄りかかる。組んだ足が机にぶつかる。机の上に置いてあったヒツジの模型が細い針金の上で小刻みに揺れた。
「銃の腕はすごかったじゃないか。アルバ小隊はたった3人で100匹以上のシープを倒したと聞く」
「銃の性能がすごいだけで俺の力じゃないですよね? 引き金を引けるならだれでも当たる銃です」
「お前自身に自覚がないのかもしれないが、はっきり言ってラミアやサテュロスのような種類を相手に生き残る奴はそう多くない」
「だからなんだというんです?」
「このまま辞めれば流刑だ。それでもいいのか?」
「はい。これ以上俺が戦う理由もないので」
「そうかぁ……。いままで頑張ってきたのになぁ……」
大尉は声を弱めた。その同情を誘うような仕草は、冷めたハヤトにとってわざとらしい演技のように思えた。彼と同じようにいたたまれない気持ちになったが、彼がどう思おうと俺の気持ちではない。それに両親や隊長達には、今までも期待され、そして失望されてきた。どんなに努力したところで俺の生まれは平凡だ。英才教育を受けたわけでも才能があるわけでもない。だから鷹に育つはずもない。
残念だけど予想を下回るのは得意なんだ。
「俺にとっても辛い決断です。ですが、多くの仲間を失って補充もなし、これ以上続けても先はありません。オーフェン小隊のミシロだって、いずれ辞めざるを得なくなる。不憫な子供をあつめて蠱毒にかけること。それが大尉の仕事ですか?」
「特別休暇をやる。それじゃダメか?」
「きっとまた誰かいなくなります」
「死を躊躇うか? シュヴァリエになるということは、覚悟したはずだが? 死ぬまでたたかうと誓ったはずだが?」
ファル大尉は畳み掛けるように口責めする。メガネの奥で睨むような目つきをした。正面に立つハヤトは目を逸らした。
「敵以外を相手にするのは……。シープが相手なら喜んで戦います! だからシュヴァリエになる道を選んだ。だけど俺は……。どういうわけか味方の命ばかり奪ってる……」
ファル大尉は前屈みにうなった。
「これが敵なら勲章ものの成果かも知れないが、不運なものだな」
ファル大尉は静かに壁に目をむけた。その先には彼なりに縁起を気にするのか銀色の鏡のようなものが置いてある神棚が高いところに掛かっている。
その様子にハヤトは「ほかにこんな奴いないですよ?」と付け足すように言った。ヴァンドラに乗ってまだ一カ月程度。訓練での同士討ちで覚えているだけで9人もの仲間を殺してしまった……。これが敵なら良かったが、誰もが戦うべき相手ではなかった。望んでいたのは、無数のヒツジ相手に戦う英雄のように雄々しく振る舞うだれにでも誇れるような姿であって、人殺しなんかじゃない。
俺がもっと優秀なリーダーだったら――。撃たないという決断もできたはずだ。だれも命を落とす必要はなかったかもしれない。終わったこと。そう言ってしまえばそれまでかもしれない。すべては俺自身の無力さが招いた結果だ。
「やめます」
「聞こえなかった。なんて言った?」
「シュヴァリエをやめます」
「どうしてもか? いるだけでいい」
あまりのしつこさにハヤトの口調も荒くなる。
「必死に戦っても、やればやるだけ仕事が増える。専用弾薬の注文だって数週間経ってきたかと思えばたった100発。口径違いじゃなきゃマシなほうです。それに指揮官であるあなたがまともな指示を出さないから現場判断でどうにかしなきゃならない。困るのは行き当たりばったりで現場判断を任される俺たちです。これ以上あなたの指揮下では戦いません」
「お前が言うならそうなんだろうな……」
さながら宗教勧誘のような堂々巡りの問答の末にファル大尉がついに折れた。
「小隊長としての素質もないし、衛生員としてもセリカを救えなかった……。なにもかも中途半端な存在なんですよ。俺は!」
「今回も中途半端で終わらせる訳だな?」
「なんとでも言えばいい。俺はやめます!」
「ひとつだけ言っておくが、どんなに優秀な者だろうとも、いつも最良の判断ができるとは限らない。俺だってそうだった」
「その結果がこれです。みんな死んだ!」
ハヤトは壁にかけられた指揮下にある部隊と隊員名簿を指した。1小隊30名。ファル大尉が受け持つのは3小隊定数90名のところ、今ではアルバ小隊3名、オーフェン小隊1名、エルピス小隊18名で何千何万の敵を相手に必死で戦っている。なのにファル大尉はそれが大したことではないようにこう言った。
「勝てば負ける。永遠に勝ち続けられる人間なんていない。だから思い詰める必要はない。いつかお前にもわかる日が来るだろう」
大尉は負けると分かっていて最初から負けない努力さえしなかった。大尉の他人行儀な口調に何を言っても無駄だと感じたハヤトはそれ以上なにも言わなかった。
「言い方は悪いかもしれないが、人を撃てるということは必要な時に切り捨てる決断ができるということでもある。今のお前のようにな」
すっかりやつれた表情のハヤトにファル大尉は呆れた顔で笑った。
「はい……」
「もっと早く気づいてやれたらこんな結果にならずに済んだかもしれなかったな。すまなかった」
目の前で軽く頭を下げる大尉。追い詰められきったハヤトには何を言っても響かなかった。答えは執務室に入る前に決まっていた。大尉のわずかばかりの温情も無碍にしてハヤトは決心を固めていた。
「わかった……。どうしてもというのならば受理しよう。部下からも話は聞いている。いままでの功績なら、傷病待遇で市民権もやれる」
ファル大尉は不服そうに書類を投げてよこした。そこには部下であるレイナとカズキが前もって提出した隊員としての不適格事項がずらりと書かれていた。なかには戦闘後遺症で梅干しの種や仕切りのドレン、水溶性糧食を粉のまま飲もうとして窒息する。缶の蓋まで食べるという少し大げさな話まで書いてある。
「お前の階級は軍曹だったよな? もし残るなら、シープ討伐の功績を鑑みて階級を2つ上げてやろうと思う。少尉になるんだ」
「大尉、その階級なら死んでも上がりますよ」
「死の瞬間を見なくて済む。見るのは数字だけだ」
「そうやって現実を見ないから仲間たちは死んだんです。俺はそんな人になりたくない。有能な人は前線に立って死んでいった」
ハヤトが冷たく言い放つと大尉はそれきり黙ってしまった。少し躊躇って、ハヤトは胸元のポケットからアビリティ端末を取り出した。入るときは死ぬほど大変だったのに、脱退するのはワッペンと身分を示す端末を渡すだけ。とても簡単だ。
「これで失礼します。いままでありがとうございました……!!」
そう言って端末を手渡した。さらに供与された銃番号Sv-1106。重い対シープライフルを持ち上げてファル大尉に渡す。続けてもう一丁のA-4115。肩にかけていたオリーブ色の複合ライフルを手にした。これは訓練生時代から使っていたもので、ハヤトは一瞬躊躇ったが思いきったようにファル大尉に返した。その瞬間、もう一生握ることのないこの銃への愛着が、自分でも驚くほど感じられた。
たかが道具のはずなのに、いままで育ててきた動物の命を奪うような感覚だった。それもそうか、シュヴァリエになってからずっと持ち続けた思い出深い銃だ。命を預けた相棒みたいなものだった。でも先に進むためには、どうしても置いていかなければならない。ハヤトは感情をふりきって書類にサインした。この瞬間、初めて自由を手に入れたような気がした。部屋を出ようとするとファル大尉が呼び止めた。
「その拳銃は? 支給品か?」
ファル大尉はハヤトのホルスターに入っている銀色の拳銃を指して言った。
「これは姉の形見です。地球から持ってきた私物ですよ。これも取り上げますか?」
「そうだったか。もう行っていい」
「これで……失礼します」
ハヤトは最後ということもあって、しばらく目を合わせたままいつもより長く敬礼をしてから執務室を出た。
「やったね、おめでとう……」
執務室の外に出ると通路を彩る植栽のそばに待っていたレイナが静かに微笑む。こうして顔を合わせて話すことももうなくなるだろう。
「今までありがとう。これからどうするんだ?」
「メルタで暮らそうと思ってる。彼と一緒にね……」
レイナはそう言ってささやかに笑った。シュヴァリエが戦利品として土地を所有することは大きな問題になっている。いつ強制徴収や立ち退きが起きてもおかしくない。その対策として一部では獣人を手懐けて同居するという方法が確立しつつある。レイナもそのことを知って部隊解散の提案をしたようだった。
「カズキには伝えたのか?」
「あんなのカズキじゃない……」
レイナは悲しげに言った。うつむいて顔はみえないけれど、ハヤトは肩をたたいて励ました。
「混乱してるだけだ。いつかきっと戻ってくる。タフなやつだから」
ハヤトは気分を紛らわせるように笑顔をみせて飴の包み紙が入った袋を手に握らせた。
「アメ……?」
レイナが包み紙の両端を引くと包まれていたのは琥珀色のSクォーツ。目を見開いて笑顔がこぼれた。
「こんなの集めてたんだ……。バレたら重罪じゃない?」
「なにかに使えると思って集めていたんだ」
「これって全部じゃないの?」
「マスターキーもどこかに入ってる。ほかに必要なものがあれば倉庫に入れるうちに持っていくといい。もう必要とする人はだれもいないから――」
背をむけるハヤトをレイナは見送る。
「元気で……」
「レイナもな」
人気のない通路を歩くハヤト。ふいに人の気配を感じて曲がり角の手前で立ち止まる。
「おー? 端末とワッペンがないね? シュヴァリエやめたのかい?」
曲がり角の死角から腑の抜けた声が聞こえる。色白の細い手が生え、白みがかった水色の髪がたなびかせてイタズラに笑うミシロが顔をだす。わざとらしい雰囲気で子犬のように寄ってくる。
「そうだ。短い付き合いだったな」
「キミの物語はここで終わってしまうのか、残念だねぇ」
「それでいいんだ。バッドエンドだよこんな世界。宇宙に出られた総人口はたったの800万人。どんなに戦っても勝てるわけがない。あきらめて辺境の星で細々と生きたほうがいいだろう」
「ここまで生き残ってきたただけですごい確率なのに、それをみすみす手放すのかい?」
ミシロは残念そうに肩をおとした。
「まだ戦ってあがけと?」
「人は変えようのない宿命として死が決まってる。だけどボクたちシュヴァリエは歳をとれないから寿命がない。永遠に生きるか、あるいは死に場所を選ばなければならないからねぇ……」
そう言ってミシロはこれからロシアンルーレットでも始めるとでも言いたげに笑みを浮かべて自動拳銃を自身のこめかみにむけた。引き金に指がかかっている。
「いったい何を!?」
カチッ……。
反射的に手をのばすその先で引き金が引かれた。不思議なことにミシロは生きていた。いつもの眠そうな目つきでだらしなく微笑んでいる。
「――不発……?」
彼女はそれを証明するかのようにさらにスライドを引いて排莢。もう一度同じことをした。これも不発だった。
「残念なことにボクは事故でも死ねない。これが今日まで生きてきた理由だよ? 不運なことにケガはするしおばちゃんにもなれないから永遠にずっと生き続けるしかないんだけどね〜」
それを聞いたハヤトは大して驚きもしなかった。昨日体験した魔法みたいな力。オカルト話だと思われていたものが目に見えないだけで存在していることを体験した。それに、シュヴァリエになってから身体検査では175センチで身長が止まり、幾多の戦場でも生きながらえてきた。自虐的に笑うミシロも似たような境遇だと親近感を感じて、神妙な顔で同情してみせた。
「話は本当みたいだ。高初速の12.7ミリ弾を腹にうけてミンチにならずに生きている。まともな人間ならまず助からない」
「女の子を傷ものにしたんだから責任くらいとってくれなきゃ」
「プライマリーロッドを使ったから傷は残らなかっただろ?」
「あー、そうだったねぇ〜」
ミシロは穏やかな表情で色っぽくシャツをまくって、なめらかな曲線をえがいた脇腹をみせてくる。同年代の少女にそういうことをされると心が落ち着かない。ハヤトは目をそらして他人のふりに徹した。
「まぁ〜、キミに選択肢があるならマシなほうをえらばなきゃ」
背伸びをして耳元でささやいた。寝癖だらけのズボラな見かけに反して頬に触れる糸のように繊細な空色の髪は意外に手入れしているようで、トリートメントの爽やかな香りと優しい息遣いに思わず心臓が鼓動を鳴らした。
ミシロに触発されたハヤトも銀色の拳銃を取り出してハンマーをコックした。自分のこめかみに当てて目をとじる。
「死ねない体質は死ぬまで分からないから、やめといたほうがいいと思うよー? やるなら自己責任でね?」
「あぁ……」
思いきって引き金を引くとハンマーがおちて無意味な金属音を鳴らした。ミシロのアメジストのような瞳孔が一瞬だけ広がった。
「ちょっと……ほんとにやるのは無謀だよ?」
「最初から弾なんか入ってなかったんだ。といっても危険に変わりないし、こんな度胸試し、今回限りだ」
スライドを引いて細い弾倉を抜くと平らなオレンジ色の底板があがっている。
「そういう運も実力のうちだけどさぁ? ボクの不幸話が増えるところだったじゃないかぁ……」
「シュヴァリエの命は人より安い。死神ミシロの名に箔がつくだけだ」
「ふぁ……。ともかく、この選択が正しいといいねぇ〜?」
ミシロは陰気なハヤトを気にも留めない。マイペースに大きなあくびをして目をこする。
「わざわざ冷やかしに来たのか?」
「いいや? 退職祝いにこれをあげようと思ってね? あとで水と一緒に食べてみるといい!」
ミシロは不敵な笑みをうかべてキューブ状の包み紙を3つほどくれた。そのまま逃げるようにそそくさと去っていく。ハヤトは廊下を歩いていくその後ろ姿を感慨深く見届けた。
「たまには良いことをしてくれるな……」
包みを開けてみる。キャラメル? が入っていた。にしては粉っぽい……。不思議に思いながら口にしてみると――。
「うぇっ! しょっぱっッ! コンソメキューブかよ……」
今では珍しい濃縮されたコンソメだ。おそらくヴァンドラに乗船したとき地球から持ちこんだものだろう。口から出すわけにもいかず、口に溶けた濃厚なコンソメ味を堪能した……。
水を求めて艦内を彷徨うハヤト。こうして友と別れ、共に戦ってきた戦友たちとも別れることになった。自由と引き換えに、それまで築き上げた関係もすべて失った。代償はあまりに大きかった。ハヤトは薄暗い通路で立ち止まる。灰色の汚れた壁に蛍光灯が吊り下がった天井。これからの未来を示すように先はどこまでも暗い。
「でも慣れてる。昔に戻っただけだ」
自分に言い聞かせるように呟いて天井を見上げる。敷かれたレールに沿って天井を這っていた物流コンテナが分岐点に達して路線を変えた。
とくにやる事がないハヤトは艦首側の居室がつらなるメイン通路を数百メートルも歩いて第2層居住層に入った。偽りの空と大地。精巧にできた空間に人々が住まう大都市がある。大草原の先にあらわれるテーマパークのように派手で鮮やかな配色の街並み、ハヤトはコンクリートの道路に足を踏み出した。人と車がごった返す交差点を渡って駅に向かう。電車に乗って全長5キロ、幅2キロの限られた空間。そこを延々と走る環状線の車窓から街を眺めた。大都会から田園風景が広がる農村地帯を挟んでまだ何もない荒地の開発地域まで、駅に着くごとに人が減って一周を終えて都心にかえってくる。いつどこで降りてもいい。でもそれができなかった。
駅を出ると陽は傾いていた。赤焼けの空の下には、仕事を終え、楽しそうに繁華街を飲み歩く黒いスーツ姿の大人たち。グリーンのぴっちりタイツのちいさなおじさん人形、仮面ナイジャーのおもちゃを手に走る子供たち。ここに住む人たちは外が宇宙だということもすっかり忘れているようで、こんな小さな箱庭世界でなんの不自由もなく生活を営んでいる。
普段居住層に寄りつかないのは幸せを見ないためだ。シュヴァリエは人間じゃない。ここにいるべき存在じゃない。
ハヤトは紙袋を手にあの公園を目指していた。
自由になったのは良いものの、なにをしていいか分からない。俺は自由に慣れていなかった。こういうときは普段通りの行動をするのが1番だというが、それは戦うこと。食べたら戦い、寝たら戦う。眠くても痛くてもそれを抑えて偉い人たちの命令に従う。これだけの毎日だった。いまは何もすることがなくて、ただ呆然とだれもいない公園のベンチであの日と同じように座っていた。街灯が灯り、夜を知らせる。
ビルの灯りは消え、街並みはどこもかしこも薄暗い。星がまたたく空にはラミアがあけた穴が鉄板で雑に補修されている。ハンバーガーを差しだすヤギのイラストが描かれた紙袋に手を突っ込んで、冷めてすっかり不味くなったシナシナのポテトを寂しくつまむ。
公園も最近直ったばかりで作りもののように真新しい草木とゴミひとつない綺麗な道が視界にはいる。新しい噴水には以前のイルカに変わって抽象的な巻貝のようなものがふたつあるオブジェが公園のシンボルになっていた。配置といい、造形といい、それがヒツジの巻きヅノにみえて仕方ない。シュヴァリエゆえの職業病だ。ハンバーガーを手にして包み紙をあけていると野太い声をかけられた。
「その紺色のジャケット。おめぇシュヴァリエか?」
長細い人の形をした影が近づいて顔にかかる。ハンバーガーをひとくちかじってそちらに向く。ガラの悪い武装した男がふたり。ベンチを囲むように集まっていた。どちらも身長180センチほどもある恵体。このあたりによくいるストリートギャングと違って、髪を短く整えていることからそれなりの知性がうかがえる。
「シュヴァリエじゃない」
「だったらそのジャケットはなんだ? 穴だらけで浮浪者みてぇだよ」
筋肉をまとったオークにしかみえない大男がハヤトに詰め寄る。その右手にはストックのない古びたAK-47が握られている。外装は傷だらけでかなり使い潰している。もうひとりのほうも腰に二丁拳銃。30ミリグレネードライフルを肩にかついだブタみたいな顔の大人だ。いずれも黒い革ジャンにジーンズ。肩にはトゲだらけの装飾。今どき見かけない個性に富んだ奴らが逃げ道をふさいでいる。あまりの仰々しさに通りかかった人が恐れをなして離れてしまった。
「この距離なら天下無敵のバリアも役にたたねえ」
それをいいことにリーダー格の男がただ黙々と食べ続けるハヤトの眉間に拳銃を突きつけた。何も起きず包み紙をめくる音がして時間だけが過ぎていく。
「おい!! なんとか言ったらどうなん……だ?」
リーダーがハヤトの顔をのそぎ込んで動揺する。それもそのはず、ハヤトはまるで目の前にいる男のことが見えていないかのように、前をむいたまま遠くを凝視するような目つきでただ無心でバーガーを食べ続けているからだった。瞬きもせずに人形のような黒い瞳でじっと空虚を見つめて口だけを動かして咀嚼する様は、どこからどうみても異様そのものだった。
「――ッ!? こいつの目……死んでやがる……」
立ち上がったリーダーは怖気付いたように小さな声でささやいた。
「じゃあ、こいつシュヴァリエで間違いないんすか?」
「ふつーに考えて子供が防弾服なんか着ねぇだろ」
「俺は何もしてない」
目の前で絡んでくるごろつきをよそに、ハンバーガーを食べ終えたハヤトがそうひと言。包み紙をまるめて紙袋に押し込む。
「何もしてないってさ。だから問題なんだよ! まともに働かねぇ警備隊にシュヴァリエ。チョッパーとかいうイかれた野郎を殺るためにオレら自警団が動いてる」
「自警団だったのか……。ただの不良集団かと思った……」
「あ? 子供のくせに舐めてんじゃねぇぞ!? このモヤシ野郎!」
肩に針を刺されて視界がぼやける。すぐに元通りになった。刺された針を抜いてハヤトは小さく笑った。
「毒が効かない!?」
狼狽える彼の首に、まっすぐ揃えた指先が喉を突いた。
「グエッ……オッ!!」
ドサッ……。
ハヤトの背丈よりも大柄な成人男性がえずいて地にひれ伏す。
「このガキ、なにしやがる!」
距離をとって拳銃を手にハヤトに撃ち込む。曳光弾の色づいた軌道が急激にねじ曲がり、地面を傷つけた。
「弾が――曲がった!? こいつはチョッパーに使おうと思ったが……。今日の晩飯代くれてやらぁ!」
大男が背負っていたグレネードライフルを腰に構えて榴弾を放った。真新しいベンチが粉々に吹き飛ぶ。近所の病院の窓に明かりがついて窓があく。
「真夜中にうるせーぞ! いま何時だと思ってる!」
「すまね! ちょいと化け物退治やっててさぁ!」
窓に会釈してうすら笑いを浮かべる自警団の男だったが――。
爆風の煙の中から平然と歩くシルエットが近づいてくる。
「まさか……!」
「チョッパーに武器は通用しない。そんなもので相手になるような奴じゃない」
硫黄くさい空気を手で払ってハヤトは言う。普段は穏やかな目つきが今日ばかりは野犬のように鋭く研ぎ澄まされている。敵と認識すれば容赦はしない。それがハヤトの流儀だった。
足元にうずくまる団長の手からAK-47をとりあげて片手でピストルのように狙いをつける。久々に手にした旧時代の武器は驚くほど軽い。クラッカーのように大したことない音と反動。地面を跳ねた弾丸がグレネードライフルの銃身に命中した。こんなもので人が死んでしまうのかと不安を感じるほど貧弱な武器だ。
「これで分かったはずだ。俺は人間じゃない。人の姿をした化け物なんだ」
そう言って手にしていたAK-47を足元に投げかえす。自警団の男はけ小刻みに震えて歯をガチガチならしている。
「こ、こいつ人間じゃねぇ!!」
「俺だって大事な仲間を殺された」
「ひっ! 命だけは……助けてくれぇ!」
「さっき俺のことを子供だって人間扱いしてくれた。今回は許すよ。だけど、仏の顔は3度までだ」
ハヤトは絡んできた自警団の面々に情けをかけてその場を後にした。居住区の外出制限時間を目前に、家路につく人々で駅前は夜の賑わいを感じさせている。
ただひたすらに生きるためだけに雄々しく生きてきたハヤトは自由になっても意味がなかった。何かをしたいとも思わなかったし、むしろそういう類のものは贅沢だとさえ考えていた。
今でこそまともな部屋が与えられているが、家族を失って以来、地球では北のほうの極寒の基地で戦っていた。その頃は断熱材も入っていないコンテナが部屋として割り当てられた。部屋には薄い敷き布団があるだけで、冷蔵庫の中がよほど暖かく感じるほどだった。食欲が失せる固く冷えた飯とシャーベット状の冷水しか出ないシャワーが日常の生活だった。
それ以上の幸せを知らなければ耐えることができる。贅沢を知らないほうがたとえ不幸でも、楽になると思って自らを縛り付けて生きてきた。
今更その鎖を解こうにもそうはいかない。見えない自分自身がそれを許してくれない。きっと本当の自分自身の姿で、思うままに生きることができる日は死ぬまで来ないだろう。
翌日もハヤトは街を歩いてそれまで気になっていたゲームやおもちゃを年相応に買ってみた。初めて手にした最初こそ感動したものの、それで満たされることはなかった。
好きなものを食べても美味いだけでなにもない。
街ゆく人々を眺めていると、あることに気づいた。彼らには何かしらの役割があってそこにいる。その中に俺はいなかった。
道ゆく人々を眺めてハヤトは動けなくなった。自分という存在が何もないものに思えてくる。
ハヤトはポケットに手を入れてSクォーツを握りしめる。チョッパーと戦ったとき、クォーツの粉末は魔法のような力を与えてくれた。ハヤトが強く願うと、視線の先にいるのは、そこにいる誰でもない。不意に道の先にセリカの後ろ姿に手をのばして追いかける。掴んだのは空気だった。
「幻覚……か?」
一瞬の幸福感のあとに目の前に散らばった臓物と積み重なった死体の山。あの時と同じ最悪の光景が反動のように蘇ってくる。それは意思に反して何度でも無理矢理見せられた。
セリカもいない、自由もない。
ハヤトはよろめきながら繁華街を孤独に歩きはじめた。
今の俺は例えるなら、ミシロと話したようにゲームオーバー後の何もない虚無のような時間を過ごしているのかもしれない。あと何十年かの短い人生で、このつまらない毎日が続くと思うととても正気を保てる気はしなかった。
その考えに至ったハヤトは雑踏の中で途端に意識が遠のいた。
「そうか……」
俺の居場所はどこにもなかったんだ――。
次回、第12話:〔シュヴァリエの責務〕
戦うことをやめたハヤトは平凡な生活を手に入れ余生を謳歌していた。一方でメルタに居住することを選んだカズキとレイナ。以前とあきらかに様子の違うカズキにレイナはある行動に出る。
世界を司る運命は彼らを戦いから手放さない。




