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第10話:〔メルタ・スフィア〕

 合同調査隊は数百体規模のシープの巣を破壊した。それは蜂の巣をつつくようなものだった! 手負のシープが融合。巨大なラミアに変化してしまう。どんな武器も有効打にならない。ハヤトの決死の誘導とシェオルの活躍によりこれを撃破するも、大破した駆逐艦は墜落してしまう。

 日没が迫るメルタには大きな危険が潜んでいる。ハヤトは脱出したシェオルを助けるため、単身で救助に向かった。合流した車両に同乗したのも束の間、闇に紛れた原生生物の攻撃を受けてひとり、またひとりと夜の暗闇に呑まれていった……。

 〔心に巣喰う存在〕


 惑星メルタの頭上を周回するヴァンドラ。艦内では最近起きた殺人事件が世を震撼させていた。


 被害者がシュヴァリエだということはさして問題にならなかった。ところが、それを取り逃したのがシュヴァリエだったというのが大問題になった。名前だけは『騎士』であるが、実際には本来ヴァンドラに乗ることさえ許されないような船内最下層の身分に位置する肉盾のような存在だからだ。ヴァンドラの艦内都市に住まう住民たちは居住層という限られた世界でしか生きていない。ある種の村社会のようなもので、生活圏で起きた事件というのも相まって、ヘイト感情が高まりつつあった。


 居住区内にあるシュヴァリエ駐屯地の前にはプラカードを手にして組織解体を求める市民が毎日のように集っていた。そこから出てくる紺色のジャケットを着た隊員は恰好の標的だった。罵声を浴びせられ、服を掴んで押し飛ばされる。


「なんでこんな奴らのために戦わなきゃなんねぇんだよ……」


 転ばされた1人の冴えない隊員が口元の血をぬぐって呟いた。生活環境は劣悪。食事も満足に得られない。住民たちの怒りの捌け口として利用された彼の心には黒い感情が芽生えはじめていた。しかし手にした武器を住民に向けることは許されない。そんな彼に民衆の中から白い手が差し伸べられる。それは苦痛な日々に耐える彼を救い出そうとするかのようだ。顔を上げた少年の前で背の低い赤髪の少女がはにかんだ。


「その必要はないッ! ウチについて来るならなっ!」

「お前は……。なんだ?」

「ウチはファミ! 虐げられた者たちに救いの手をさしのべる救世主! アルカナ教団の勧誘担当や」


 怪しげな少女の笑顔に誘われてまたひとり、手をとり立ち上がる。人だかりから抜け出した彼らは導かれるように路地裏へと姿を消した――。



 〔疑念〕


『メルタは植物豊富、生命に満ち溢れた惑星です! 今なら期間限定マップに惑星メルタが登場中! 剣の惑星ワールドブレイド。その中心で覇者となれ。ワルブレの世界でキミも今日から宇宙の戦士だ! 植民を希望する? いまならなんと土地まで貰えちゃう!』


「ウソは言ってないけど大概なCMよね……」


 乱れた銀髪の女性が間仕切りに投影したゲームの販促動画に無気力に話しかけた。ここはセリア技術部長の研究室。道端のマンホールの底、つまり居住層の真下に位置している。上には下水道。隣はゴミ集積場。足元にネズミ。清潔感を醸す研究机とハイテク設備。それとは不釣り合いに空調設備から悪臭が入り混じる不可解な場所だった。


 頬杖をつくセリアの前には毎日のように使うキーボード式の昔ながらのコンソールがある。机に広げた大事な新兵器の設計図と横にはエナジードリンクの空き缶が山ほど。度重なる仕様変更やバリエーション要求のせいで一向に完成する気配のない機甲服がショーケースの中に鎖に繋がれて、なけなしの防犯対策のもと並んでいた。


 セリアは屑鉄の山から対戦車ライフルのような大型銃器を持ってきて工作台に置いた。それは第1次降下作戦で使われた新型のSFR-12対シープライフルの残骸だった。


 精密ドライバーの背をハンマーで叩いてビスを外し、真っ白な四角い外装から機関部をはずす。そこからさらに黒い錆止め加工された銃身を取り外した。銃身に繋がる細い管が内側から裂けている。これが故障原因であることは明白だった。


 手元にあるSFR-12についてまとめた報告書を読むと降下作戦での故障率は10パーセントを超えていた。本来宇宙空間で使用することが前提の銃であるとはいえ、これは異常な数値に違いなかった。


 破裂した銃身、粉塵が詰まって開かなくなった機関部。セリアはフレームの一部が錆びていることに気づいた。表面を削って試薬を使ってみると、チタン合金で作られているはずのフレームがなんとただの鉄でできている。本体重量こそ仕様書の要求に沿ったものであったが、重さの辻褄を合わせるために規定よりも薄く作られたパーツが熱膨張に耐えられなくなり、不良を起こしたと推測できた。


「製造元はLT社だったはず。裏がありそうとは思っていたけど!」


 パソコンを使ってさらに調べを進めるとそれはGAIAの要望によって勝手に変更されていたことが判明した。GAIAとは偉大なる未来人、ウエノ博士主導のもと結成された地球全体を支配する統一政府だった。各国の反発を受けても物ともせず圧倒的な武力によってそれを調停し、世界の秩序を保っていた。


 地球を失った今でもヴァンドラなどの移民船団は彼らの指揮下にある。だからGAIAの人間が乗り込んでいて、事あるごとに口を挟んでくる。今回のこともよくある嫌がらせの一例にすぎない。セリアは歯痒そうに下唇を噛む。


 通信機のシグナルが鳴り、ガラス戸に黒巻副長の顔がデカデカと映る。背後からはゲームのBGMが鳴っている。揺れる手元にはコントローラを握っているはずで、セリアは相手が画面すら見ていないことを知りながら白銀の髪を背にまわして身なりを整えた。


『セリア技術長。手を貸して欲しいのですが?』

「いきなりなんですの?」


 画面の向こうにはほかに誰かいるようで、なにかを言い合った末にファル大尉が画面上にでてきた。


『じつはオーストからヴァンドラに向かっていた駆逐艦が墜落したんだ。脱出したシェオル特務長官も位置は分かっているが助けにむかえない。何か手はないか? バトラーによる軌道降下出動を依頼したんだが……。GAIAに断られてしまった』

「ウソも方便ね。使える手立てがあるのにそれを使わないなんて、まるで生きていると都合が悪いって言っているようなものじゃない!」

『だからこそでしょうな。ここ最近の悪い知らせの数は異常です。意図的にシュヴァリエに不遇劣勢を強いて潰そうとしているようにしか見えません』


 悪態をつくセリアに黒巻副長が全面的に賛同した。


「真偽はともかく、生きて明日を迎えそうにはないわね。衛星から見てみたけれど一面化け物だらけ。悪いけど私にできることはないわ」

『それは残念だ。非常事態のため、長官権限はブリューベルトが引き継いでいる。彼には宇宙軍との伝がある。明日には艦隊を派遣して捜索にあたるだろう』

「戦争をするわけでもないのに艦隊を?」

『捜索に万全を期したいそうだ。はぐれシープがいる可能性もある』


 ファル大尉との話の最中。黒巻副長が思い出したように話に入ってきた。


『ところで――。先日起きた殺傷事件の犯人は特定できたのですかな?』


 それを聞いてセリアはうんざりとした表情をうかべた。


「今やっていますわ。時間も手も足りないので当分先になるかと思われますが……!」

『いますぐ調べてほしいんだけど、メルタで乗り捨てられた輸送艦が発見されたし、ほら、例の殺人鬼の行方。それも大至急やって欲しいんだけど?』


 画面越しに陰険な目つきをみせる副長にセリアは従うほかなかった。本来ならこういった事案は事件が起きた都市防衛隊の仕事だが、実際には技量の無さから解決しないことがほとんどで、未解決事件の映像解析や手に余る物事の解決もセリアにとって貴重な収入源だった。立て込んでいるセリアにしてみればどうでもいい事案だったものの、世間はそうではないようで渋々映像解析することにした。


「最近流行りのチョッパーってやつかしら? マントに黒騎士風のダークヒーローみたいなやつよね?」


『そう。そいつ』と画面のむこうで副長が頷く。セリアは白衣の袖をまくって地図の番地を元にパソコンに日付と監視カメラの登録番号をコンソールに入力する。そうして必要な部分だけをクローズアップした監視カメラの映像から推測される装備や武器の組成まで分析にかけた。


 ハヤトが証言した話の報告書。監視カメラの音声から判明したレネゲイドという名称。セリアは得られたそれらの情報を照会していく。見つけられたのは単一分子に関する論文程度。それもまだ実現には至っていない。


「ないわね。破壊不能の単一分子でできている武器に鎧。そもそも開発中のものを一体なぜ彼が持っているの……?」


 セリアはさらに手早くキーボードに打ちこむ。ヴァンドラのデータベース上にそれらの装備、顔に一致するものは何ひとつなかった。それが意味することは彼が密航者。あるいは存在しない人物ということだった。


「第1次メルタ降下作戦では、Sクォーツを利用したLT社製ビームソードのような武器を見たという証言があるの。あくまで作り話みたいなものだと思っていたのだけれど。これは秘密裏に作られた未登録の兵器なんじゃないかしら?」


 セリアが推察を話すと、黒巻副長は『なんのために?』と訝しんだ。


「ロステクはウエノ派閥の会社でしょう? バトラーを作った紫のトゲ頭みたいな未来人も何人かそっちにいたはずよ。目的は私たちと同じ、人類を存続させること。だけど手段が違うの。人体実験さえ厭わない人たちだもの」

『何もわからないことがわかった。ありがとう』


 ファル大尉の謝礼ののち、一方的に通信を切られた。セリアは小言を言いつつ椅子に背を預けて考えこんだ。シュヴァリエになにか良くないことが起きていることは確かなはずなのに、どんなに調べても巧妙に隠されていて原因を辿ることができない。まるで幽霊を探しているかのように正体が見えなかった。



 〔進まぬ時計〕


 ハヤトたちが逃げ込んだのは、コンクリートのような質感の大きな塔だった。


「あれは……。なんでしょう?」


 見つめる先に背丈ほどのシルエットが祭壇の前に佇んでいる。ライトの逆光でそれが何かはわからない。


 ハヤトは祭壇に歩み寄り、スマートナイフを構えた。その先にあるもの。それは鉄でできたマトリョーシカ型の置物だった。丸い胴体に頭をのせたような形で、顔は叫びをあげる人間のような顔。体はずんぐりとした黒色で足はない。底面が起き上がり小法師のように丸く整えられている。


「これって……。邪神像でしょうか?」


 シェオルは唇に指をあてて、不気味な物体を不安げに見つめている。彼女の言うとおり、この塔はなんらかの宗教施設のように思えた。側面には窓があり、祭壇の奥には曇った壁画のようなものも見受けられる。通り道の真ん中に放置されたこの悪趣味な置物も儀式に使うような類の道具かもしれない。


 ハヤトはスマートナイフの柄でそれを叩いてみた。薄っぺらいトタン板のような金属の音がした。指で押すと変な音がしてへこみが戻る。中は空洞のようだ。


「動きは……。しないみたいですね!」


 シェオルが安心したように笑顔をみせた。顔の左右にハネた茶色の横髪がふわりとゆれる。かと思えば、振り向きざまに足元の段差を踏みはずして転びそうになる。突然の出来事にハヤトは手をのばした。翻った鮮やかな赤みを帯びたブラウンの髪が手に触れる。よく手入れされた細く繊細な手触りだ。シルク生地のなめらかな手触りと柔らかな腰に手を触れ、優しく抱きとめた。


「わっ……! すみません!」

「こちらこそ急に失礼を。足場が悪いから気をつけて」


 ハヤトはそっと手をはなして深々と頭を下げた。


「かしこまらなくて大丈夫です! 私は対等な関係を欲しているので!」


 階級の違いも気にせず白い制帽をとってシェオルが微笑んだ。


「そう言うなら、外には出られないし中を見てまわろう」


 ハヤトはそれまでの他人に使うような硬い口調をほどいて不慣れながら、素に近い感覚で喋ることにした。こんな状況でも物怖じしない姿にはとても勇気を与えられた。とはいえ塔の外は暗く、無数の化け物が待ち構えている。出ることもできないため安全確認をかねて暇を潰すことにした。


 塔の奥には大理石の全裸の猫獣人の女性像が祭壇の上に飾られている。長髪にツボを手にした美しい女性だ。シェオルもいる手前、ハヤトは柱に囲まれた広い空間に向いた。階段の下では不気味な置物が背を丸めた姿勢で塔への入り口を見張っている。暗くて全容は見えないが、長椅子の数からして100人程度は収容できただろう。いずれも祭壇に向いていて何かの儀式が行われたようだ。壁の装飾も手が込んでいてこれほどの手間のかかった施設を放置しているのが信じられなかった。よほど飽きっぽい性格なのだろうかとハヤトは獣人の考えがますます分からなくなり、困惑するしかなかった。


「こっちには絵がありますよ!」


 シェオルが壁に描かれた絵をライトで照らしている。ハヤトはとなりに立って絵を眺めた。蝋のような匂いがする壁画にはまだ色が残っている。それはストーリー仕立てになっているようで動物の耳をもった人々が塔から出てくる様子が描かれていた。次の絵にはさまざまな風景がごちゃ混ぜになっていて、今まさに塔の外を徘徊しているような影の姿をした化け物が狂ったような筆圧で絵の上から塗り被せられていた。


「獣人にとっても曰くつきの星みたいだ。外には化け物がいるし、よく暮らせてるな……」

「みんな壁のなかに住んでますからね〜」


 シェオルが淑やかに笑った。入り口の裏には階段があって、下におりる階段があった。そのすぐ近くの壁面には柱と柱の間に座れるような形に作られた石のイスが等間隔にならんでいる。座面の真ん中には丸い穴があいていて、なかを照らすと深い穴につながっていた。正確な用途は分からないが、それは通気口。あるいはトイレのような使い道を想起させた。


 ひととおり中を探索し終え、入り口に戻ってきた。壁のくぼみにおさまるように置かれた木のベンチにならんで腰掛けた。


「今日は疲れましたね〜」

「あぁ。そうだ、水いります?」


 腰のポーチから縦長の四角いプラスチック水筒をとりだしてシェオルに手渡す。反対側のポーチからも予備の水筒を出して一息ついた。それを見て彼女は感心したような表情をうかべた。


「ずいぶん準備がいいんですね」

「あぁ。もともと医療班だったからね。それに中身が減ると音がするから飲み切れるようにしてるんだ」


 ハヤトは得意げに自慢した。それから「爆弾だけで戦ったやつもいるから武器も多めにね……」と地球での出来事を思い返して、付け足すように言った。


「あのときのこと……。ごめんなさい……」


 シェオルが唐突に顔を伏せて謝った。思い当たる節がなく考えるハヤト。


「カートにぶつかりそうになったとき、助けてくれたじゃないですか」

「あぁ……。あのときか……」


 ハヤトは天井を見上げてはじめて出会ったときのことを思い出した。武器を満載したカートに足を轢かれて意識がとびかけたことしか覚えてない……。


「生きていてよかった。あのとき大ケガをおわせてしまったから心配で……。シュヴァリエにとってケガは致命傷につながりますから」


 あの時のことをよほど気にしていたようで、シェオルは悪いことでも告白するかのように伏目がちに言った。


「気にすることはありません。俺はシュヴァリエだから。腕がなくなったってまた生えてくるし」

「えぇっ!? そうなんですか!?」

「ははは。さすがに冗談――。いや、生えるかも……」


 ハヤトはプライマリーロッドの存在を思い出して苦笑いした。あれはアルバ小隊全員でお金を出し合って買った共同財産だった。家宝のように祀られていた高価な杖は、何の関係もないライル隊長と一緒にシープの巣穴に埋まってしまった。十字架のような形をしていたから、今ごろ彼の墓標として役目を果たしてくれているだろう……。


「そうだ。前もらったカフスボタン。売るには惜しくてお守りとして使わせてもらってたんだ。ケガもなおったし、返すよ」


 ハヤトは上着のポケットから白いハンカチに包んだカフスボタンを取り出してみせる。純金のずっしりとした輝きが薄暗い空間で欲望を掻き立てるように存在感を放っている。今や産地のない金は副次的に生産されるのみで、到底庶民の手が届かない物になっている。売る場所さえ間違わなければ、この2つのボタンだけで消費期限がつかない無制限の通貨にも交換できる。それくらいの価値がある物だ。


「いえいえ! ハヤトさんが持っていてください。私が望んであげたものですから」

「そうですか……」


 ハヤトはたじたじと答えて足元をみた。重いジャケットを脱いで膝におく。それから会話が進まず、気まずくなってアビリティ端末をひらいた。アルバ小隊のみんなで撮ったホーム画面を背景に表示された時刻は18時。体感ではもう1日経つような感じなのに、まだ夜は始まったばかりだ。指折り日の出の時間を数えるハヤト。時間にして半日くらいある。体感時間に換算するなら1ヶ月くらいだろうか。話していてすっかり忘れていたが、外では化け物だらけでいつ襲ってくるかも分からない。耳をすませば今も外を這いずる音がしている。これがもし1人きりだったなら、恐怖のあまり今すぐにでも頭を撃ち抜きたくなっただろう。


「長い夜になりそうだ」


 冷たい壁に背を預けてため息をつく。となりを見ると、よほどの激務だったのだろう。シェオルは肩に寄りかかって寝息を立てていた。


 それからしばらく時間が過ぎるのを待ち続けた。聞こえるのは小さな息づかいと風に木々が揺れる音くらい。まれに聞こえる足音や、外をなにかが走るような得体の知れない存在に動悸をみだしながら身構えた。壁一枚を挟んで外は敵の縄張りだ。寒くなってきた塔のなかでハヤトは寄りかかるシェオルの膝に防弾ジャケットをかけて暖かくしてあげた。彼女を起こさないように装備を確認する。残っているのはホルスターに拳銃1丁。弾倉に7発。腰のベルトには予備のスマートナイフとソードが1振りずつ。シェオルから預かった22口径のサブマシンガンに弾が半分。それだけだ。充分とはいえない。


 ハヤトは足元に置いたライトの光を眺めることくらいしかできず、暇さえあれば時計を確認した。いつもなら一瞬で過ぎてしまう時間が、今日に限って時が止まったように一向に進まない。不思議な空間も相まって神隠しのような嫌な想像が頭に浮かぶ。


 しかも環境に慣れかけるとそれを邪魔するように恐怖が何度も訪れた。この塔自体いつ崩れてもおかしくない。腐って脆くなった木の欠片が度々天井から落ちてくる。そうした不安を抱えながら長い持久戦に耐え続ける。


 寝ることさえままならず、ただ座り続けて時刻はやっと22時を過ぎた。この頃になると、風に軋む木の音さえ恐怖の対象になっていた。塔の外から正体不明の遠吠えが聞こえてくる。ここからが本番だとも思えた。ビーストは獲物をいたぶることが大好きだからだ。狙われたら最後、陰湿かつ執念に絶望させる。機嫌がいい限り楽には死なせてくれない。


 舌なめずりするような音が聞こえてくる。ハヤトはシェオルと寄り添ったまま膝に水滴が垂れようとも動かずジッとしていた。地面に置いたライトの明かりだけを頼りに一睡もできないまま、静かに身を潜める。


「うひゃあ! ごめんなさい! よだれ……。たらしちゃいましたね……!」


 目を覚ましたシェオルがとび起きた。あわてて口元をつたうヨダレを白と金の高そうな上着の袖で拭った。


「問題ない。すぐに乾くから」


 ハヤトは親指を立てて答えた。ズボンに広がったよだれの位置が悪く、まるで漏らしたみたいになっていることを除けばどうということはなかった。


「時間そんなに経ってないですね〜」


 リストバンドにつけた指揮端末の画面を開いてシェオルが呟く。時刻はやっと0時をすぎたところだった。


「ちょっとトイレ行ってきますね!」

「気をつけて」

「はい! 端末に武器もついてますから」


 そう言って華奢な前腕に付けている指揮端末の前面スロットに装備した自衛用の武器をみせてくれた。スマートナイフと同じ筐体のモジュールがそこに収まっている。


 静寂のなか、壁の裏から小さな吐息が聞こえてくる。さらに乾いた土に染みこむ水音。衣服が擦れる音がして、ハヤトは彼女のそれを極力聞かないよう、別のことを考えて気を紛らわせた。


「おまたせしました〜、きこえちゃいましたよね……」


 しばらくして暗がりからシェオルが戻ってくる。片手を胸元に触れて少し恥ずかしそうな表情をしている。ハヤトはよそを向いて、いますぐにでも抱きつきたい衝動を理性で押しとどめた。


「おかえり。おれもトイレ行ってくる」


 ハヤトは少し離れた場所にある用途のわからない穴の上でズボンをおろした。しゃがんで用を足す。この穴の用途が合っているのかさえ不明だ。ただの肥溜めのような穴から気化したアンモニア臭が鼻をつく。


 パリーンッ……。


 どこかでガラスが砕ける音がした。尿の匂いにつられて敵が寄ってきたらしい。急いでズボンをあげてナイフを手にする。プラズマの青白い光をかかげて壁を見渡した。天窓のひとつが割れている。壊れた窓枠が風に揺れて壁を叩いていた。恐れていた事態がついに現実になってしまった。地面から立ち上がる悪魔のようなシルエットを目にしてハヤトの警戒心はより強まった。


「なにか入ってきた!」


 走ってシェオルの元へ戻り、さっき見たものを伝える。


「敵……。でしょうか?」

「友好的なら姿を隠す必要もないだろう」


 ここにいるよりは安全だろうと考えて、地面に置いていたライトを手に裏の階段から地下におりることにした。通風口を通じて足音が追ってきていた。



 〔地下遺跡〕


 地下にも地上にあったマトリョーシカもどきが左右に並んでいる。当時流行った置物なのか、この塔のいたるところで見かける。全高2メートルほどのナスのような丸みをおびた威圧感。動かないと知っていても細部まで作り込まれた細やかな血管のような意匠が不気味な形状を際立たせている……。


「このメルタに人が住んでいたのか?」


 砂の中から拾い上げたのは弾頭がついていない見慣れた50口径の薬莢だった。かなり古いもので表面は赤茶けた錆に覆われている。軽く100年は経っていそうな雰囲気だ。


「入植に失敗したみたいですね」


 シェオルは少し離れたところに抱き合うように倒れた人骨を見つけて、そっと膝をついていた。両手を合わせて弔っている。1人は見慣れた人間の頭蓋骨、もう片方も人間のそれに似ていたが少し丸みが強くて頭頂部の左右に空洞がある。口はオオカミのように突き出した形状で犬歯の牙がまだ残っていた。


「片方は獣人の骨? まだ未開拓のはずなのになんで人間の骨が……」


 ハヤトが疑問を口にするとシェオルは考え込むように自身の前髪を撫でた。何かを言おうとして口籠る。なにか悩んでいるようにも感じられた。


 さらに奥深くへ進む。するとちょうど塔の真下に位置する場所に手すりのない危険ならせん階段が縦穴の中心に待ち構えるようにあった。ここからさらに下に行けるようだ。


 ハヤトは先頭に立って岩をけずってつくられた鼠色の階段をくだっていく。シェオルもその後をついて階段を降りていった。


「階段ながいですね……」


 ハヤトは前を向いたまま頷いた。階段に手すりはついておらず、壁は嫌がらせのように手が届かないほどはなれた場所にある。とんでもない欠陥構造の階段だ。平衡感覚を失えば落ちてしまいそうな底の見えない闇の中に螺旋階段がずっと続いている。正確な深さは不明だが、数分降りてまだ底につかない。相当深い場所につながっていることだけは確かだ。


 やっとの思いで底につくと空気はさらにひんやり肌寒い、薄暗い廊下が長く続いていて左右には錆びた扉が並んでいる。足元にはストレッチャーや空き瓶などが転がっていて地球に似た親近感を感じた。外の森や何もない草原とは不釣り合いに近代的な場所だ。


 足元に落ちていた空き瓶を拾ってみる。ラベルのようなものが貼ってあるが、文字は湿気と長年にわたる劣化で読むことは出来なかった。


 ライトで照らしながら散乱した廃材やガラスなどを踏み割らないように注意深く、さらに奥へ足を踏み進める。


 奥に進むにつれて不思議と空気が生温かくなってきた。迷路のように張り巡らされた通路から甘い鉄のような不思議な匂いがする。匂いの出所を辿っいくと廊下の突き当たりに半開きになった派手なオレンジ色の扉を見つけた。他の扉とは違って表面に見慣れない人の形をした記号がある。


「なんか変わった部屋だ」

「この先は制御室みたいですね」


 その言葉を信じて中に入る。扉の先には天井の高い空間が広がっていた。吊り橋のような一本道の下に川のような溝がいくつもあって、そこに、黒く照り返す液体が溜まっている。タールと化した地球の海に似ているが、粘度がなくて水のようになめらかに流れている。その液体は動物のように変化して真下に群がってきた。真っ黒で鼻先が長く、四つ足で這い回る。地上に溢れたあの黒い影たちだ。上にいる俺たちに唸っている。幸い高さがあって登ることはできないようだった。


「ここが原因で地上に化け物が溢れているのかもしれない」

「そうですね、気をつけて進みましょう」


 道の突き当たりまで行くと元は扉があったであろう壁が内側から外にむかって崩れていた。その先からうっすらと水色の光が漏れている。近づくにつれて生暖かい匂いがしてきた。崩れた壁の断面は何層かの厚い複合材で厳重にできている。獣人がもつ文明はよくて中世程度しかない。上にある塔とここはまったく作りが違う。ヴァンドラと同等かそれ以上の高みにある文明が作った場所のようだ。塔の壁画にあったことが本当ならあの黒い液体は化け物に関係するなにかだろう。崩れた壁を越えるとそこには金属板で作られた広間があった。広さにして100メートルほどの広い場所だ。地面は薄青色に光る円形の模様が等間隔に並んでいる。ライトがなくても薄明るくて不思議な場所だった。


 広間の真ん中には巨大な一つ目の人面像がある。柱が檻のように囲んでそれを閉じ込めているかのようだ。生ゴミのような腐臭を漂わせながら天井から針で吊るされている。胴体がなくて無理やり引きちぎられたかのような胴体から背骨が床までとどいている。そこから滴った体液が先ほどの影たちがいる貯水槽に溜まっているらしかった。


「こいつも……。動かないといいな」


 感覚的に元は生きていた存在のようで、それを証拠づけるように死んだ生き物特有の悪臭がしている。


「どこも行き止まり、ここが最深部みたいですね」

「そうみたいだ」


 ハヤトは巨大な顔面像の前にある一際目を引く1本の柱が気になった。そこで何かが煌々と光っている。近寄ってみると手のひらにおさまるほどの球体がはまっており、それが誘うように綺麗な虹色の輝きをはなっている。


「これはなんだろう?」


 ハヤトがその球に近づき、指先で軽く触れると様々なビジョンが脳裏に流れた。それは宇宙すべてを内包したものだと直感的に理解した。


 様々な種族や歴史が頭のなかを駆け巡る。到底理解の及ばないものばかりで、断片的に見たこともない高層都市。そしてシープを撫でる人間。さらに進むと世にも恐ろしい光景が頭を締め付けた。


「なんだこれ!?」


 さらに数々の映像が思考とは関係なしに意識のなかに流れ込んでくる。拒んでもあらゆるものが同時多方面から頭の中に無理矢理流れ込んでくる。目が充血をはじめ、全身が熱を帯びてくる。


 頭が電子レンジにかけられたようにだんだん熱くなって――。頭のなかに針を突き刺されるような強い感覚をうけた。異変を感じたシェオルがハヤトの手を掴んで球体から離させた。


 正気に戻ったハヤトは顔面蒼白だった。めまいがしてすさまじい頭痛に襲われた。強い吐き気を感じて四つん這いになって何度も飲み込む。


「ハヤトさん! 大丈夫ですか!?」

「この球は……。触ったらダメだ……。変なものがみえて――。頭が痛くなる!」


 よろめいて床に手をつく。台座に輝く球体を見てシェオルが驚いたように眉をあげた。


「こんなものを触ってよく無事でしたね……」

「知ってるの?」


 ハヤトの問いにシェオルが「はい」と頷いた。


「私たちが旅するもうひとつの目的ですから。この球はパーティクル・スフィアと呼ばれていて、これらが3つ揃ったとき、どんな不可能も可能にすると言われてます」

「まさか、そんなことできるわけ――」

「ただの人間が銃弾をはじいたり、生身で宇宙空間に出たり、思うだけでそれを現実のものにするなんてできるはずないじゃないですか」


 シェオルがさも当然のように言う。たしかにそうだ。シープが現れる以前には俺はただの非力な人間だった。シュヴァリエにとっては普通のことだが、因子を摂取したシュヴァリエと普通の人間とでは努力では補えないほどの決定的な差がある。それこそ銃火器相手に生身で勝てるほどの差だ。


「ウエノ博士を知っていますか?」


 シェオルの真面目な雰囲気にハヤトは驚きながらも冷静を装って「知ってる」と答えた。


 世界的ゲーム会社ロステクや世界統括機関GAIAを作ったっていう年齢不詳の日系未来人だ。未開の地にでも住んでいなければ、地球の誰もが知っているだろう。どこにでもいるような顔であまり記憶に残っていないが、街の広告なんかで白衣にスクラブとデニムを履いた姿でよく見た覚えがある。


「私は彼の養女でしたからね。彼の一族に代々続いた研究は願いを具現化させるものでした。この出所もわからない球を使って――。端的に言うと、彼が願った結果がこの世界なんです」


 簡潔にとんでもないことを言われ、ハヤトは頭に残る頭痛と相まって理解に苦しんだ。


「それじゃあ……。シープも?」


 その問いにシェオルは困ったように髪を撫でた。


「それは……わかりません。博士が願ったのは昔の世界に行きたいという単純な願いでしたから」

「とにかくすごい発見じゃないか! ひとまず座標を記録して、明日の朝、地上に上がったらヴァンドラに報告しよう」


 これ以上シェオルを困らせるのも悪いと思い、ハヤトは場を盛り上げた。アビリティ端末を開いて台座と広間の様子をカメラに納めて座標を記録する。薄暗い広間の入口に誰かが立っている。


「誰だ!?」

「その球を手にしてはならない」


 全身を黒いロングコートに包んだ男がそう言った。足音を鳴らして近づいてくる。彼に目や鼻はみえない。顔は黒いフルフェイスの卵のようなヘルメットに隠されている。彼が手にする黒い槍を見てハヤトはその正体に気づいた。


「チョッパー……」


 古くからの親友セリカや多くの命を刈り取った殺人鬼。仇といって差し支えない相手だ。ハヤトは22口径のサブマシンガンを手に前へ出た。


「ここはお前が来るべきところではない」


 チョッパーはハヤトの背後にいるシェオルの存在に気づいて人差し指を突きつけた。


「その女も……! 大嫌いだ!!」


 丸みを帯びたヘルメットの中で彼が憎しみを込めて叫んだ。全身黒ずくめの指先に黒いモヤが渦巻いた。その先には白い制服に身を包んだシェオルの姿があった。細長い矢のように凝縮した闇が飛んでいく。ハヤトは理解を超えた出来事に驚きながら割って入り、それを切り裂いた。


「邪魔をするな」

「何度でも邪魔してやる」


 スマートナイフを手にハヤトは答えた。


 チョッパーは指先からさらに黒い霧状の影をとばしてくる。それは生きているかのようになめらかに軌道を変え、壁に沿って走るハヤトを執念に追跡した。


「追ってくる!?」


 魔弾に触れた瞬間、反発する力が働いた。壁がひび割れるほどの衝撃で叩きつけられて地面に落ちる。


「ぐはっ……!!」

「致死性はない。おとなしく球を渡せば今回は見逃してやる」


 チョッパーは黒いロングコートをはためかせた。球を求めるように片手をのばす。地面に手をついたハヤトは怯えるシェオルと台座に光る球体を見比べた。どちらも渡してはいけない気がして首をふる。


「欲しければ……。奪ってみろ!」


 立ち上がったハヤトはサブマシンガンを手にして乱射した。チョッパーの速度はそれよりも速い。その場に残像を残して瞬時に避けてしまう。スマートナイフも振り回してどうにか牽制する。


「武器を増やして強くなったつもりか?」


 立ち止まったチョッパーの挑発にハヤトはすかさずナイフを投げつけた。さらに左右に銃弾を放って逃げ場を断つ。チョッパーは怯む様子さえみせない。両肩の装甲を開いて横に並んだ小さな紫色のレンズを露出させた。細い光の線が近づく弾丸を瞬時に溶かして迎撃した。ゴキブリみたいな光沢感のレネゲイドアーマーはプラズマの刃が触れても切れなかった。刃先から落ちたナイフが地面に沈む。


「切れないナイフでなにができる? その女こそ世界を滅ぼした元凶だ!」

「それは誤解だ。この球は渡さない!」


 腰にさげたスマートソードを手にして挑みかかる。チョッパーが放つ迎撃レーザーは当たらない。そのまま接近戦に持ち込んでレネゲイドアーマーの隙間を狙って刺そうとするが、その手は届かず、ハヤトは襟首を掴まれて宙に持ちあげられた。足をばたつかせてもびくともしない。


「ダメだ……! レベルが違いすぎる!」

「このオレに生身で挑んだ度胸は認めてやろう。だが……無謀だ」


「うわぁぁっ!」


 見せしめのようにシェオルの目の前に放り投げられた。

 チョッパーは腰にぶら下げていた長方形の金属製モジュールを槍の持ち手部分に四角くあいたスロットに装填する。


「あれは……。スマートナイフと同じ規格のシステムだ……!」


 全身を覆う黒い装甲に赤黒い光が流れる。まるで力を溜めているかのようだ。それを裏付けるかのように防御レーザーで牽制するだけで近づいてこない。


 ハヤトは次の攻撃にそなえて日本刀のように湾曲したスマートソードを両手で握りしめた。


「あくまでその女に楯突く気か……。もういい、殺さない理由もなくなった」


 さっきまで目の前にいたチョッパーの姿がブレた。瞬きした瞬間に視界から消えてしまった。このひらけた空間で左右を見渡してもどこにもいない。


「消えた!? いや……。速すぎるのか!」


 風を押しのけ、目の前が真っ暗になる。見上げればそこにチョッパーの姿があった。ハヤトが認識したところで何かできるわけでもなかった。下から腹を突き上げられ、気がついた時には壁に叩きつけられていた。全身が熱くなって遅れて痛みが体を巡った。背中に崩れた瓦礫が降りかかる。立つこともできず咳き込んだ。


「ハヤトさん!!」


 シェオルが駆け寄ってハヤトを膝に抱いた。左手をチョッパーにむけて端末に装填しているモジュールをむける。それは前面に9つの発射口があるスピアモジュールだった。シールドの帯域を透過できる矢のような武器だ。端末の先から全長12センチほどの小さな鉄針を連射した。白い噴煙をあげて飛んだそれをチョッパーは槍で軽く払った。無情にも鉄針は足元に散らばった。撃ちきった長方形の箱が端末から排出され、金属音をたてて地面に転がる。


「そんな小細工は通用しない。手品は終わりか?」


 黒い全球ヘルメットの透明度があがってチョッパーの顔があらわになる。黒い髪に赤い瞳。嘲笑うかのように口角があがっている。


「球を渡せばこうはならなかった。なぜそこまで固執する?」

「このスフィアは使い道を誤れば多くの命を奪うような物。だからあげられません!」


 いつもほんわかとした雰囲気のシェオルが普段あまり見せない冷静ながら強い目つきで威嚇している。シープとさえ共存できると考える彼女がそれほど嫌悪するのは相当なことだ。信じられるはずがない。


「お前も不運なヤツだ。まともな装備があれば戦えただろうに」

「それはどうかな?」


 ハヤトはチョッパーの言葉にポケットに手を入れて菱形の結晶を手の中に隠した。サテュロスから取り出した鼈甲によく似た輝きの小さな石。このサイズなら叩いても砕けるだけだが、これに強いエネルギーが加われば破壊光線になる。


「これをくれてやる!」


 ハヤトが突然立ち上がってSクォーツをチョッパーに投げた。さらにサブマシンガンを使ってクォーツを撃ち砕く。散弾になったかけらを脅威と認識した迎撃装置が光を浴びせた。光がクォーツに吸収され活性化する。


「この輝き、形は……。Sクォーツ!!」


 受けた光を増幅して極太の光が四方八方に乱反射した。その光が壁を切り裂き、チョッパー自慢のレネゲイドアーマーを熱する。いかに単一分子でできた特別製の鎧といえど特性は破壊耐性だけのようだ。


「グワアアァァァ――ッ!!」


 結晶の粉末が星空のように空中に輝いている。全身を覆った装甲の隙間から蒸気をあげて膝をついた。


「黒い装甲が災いしたな」


 台座の裏からハヤトが歩み寄って声をかける。チョッパーがまったくダメージを受けていないかのように平然と立ち上がった。


「ウソだ……! 宇宙を切るほどの光線を浴びてまだ生きてるのか!?」


 それを見たシェオルが腰に下げていた短剣に手をかけて引き抜いた。これにはそれまで余裕をみせていたチョッパーがわずかに身を引く。


「そんな物ッ! みせるな!」

「この剣は世界を守るためのもの。いざとなれば手加減しません!」


 シェオルは短剣の柄をまわす。カチリと音がして銀色の刃が黄金の輝きをはなった。切先をチョッパーにむけて目を閉じる。


 まるで杖を構えるかのような姿勢で息を吸う。短剣からまばゆいほどの光が溢れ出て空気と共鳴するように波動をひろげて煌めいている。


「光をもって闇を討ちはらわん。星屑の軌跡に導かれ、はたに我が望みを神以てここに顕現せり――」


 シェオルが目を閉じたまま魔法のように詠唱している。見たこともない光景にハヤトは呆気にとられていた。


「させるかぁぁ!!」


 それを拒むようにチョッパーが槍を投擲する。槍は手を離したところで空中に静止した。形が蜃気楼のように薄れて消えてしまった。


「これは……。パーティクルフォースの光……!」


 それを目にしたチョッパーが台座の前で逃げ道を探すように左右を見渡し、落ち着かなくなる。


「いまならやれます!」


 シェオルが短剣を振るとハヤトの体を取り巻くように光が渦巻いた。


「やれるって……なにを?」

「あの人がやったみたいに想像を武器にするんです!」


 言われたようにチョッパーがやっていたことをマネしてみる。指先に意識を集中させると薄緑色の空気が渦巻いた。ようは正確なイメージが重要みたいだ。よくある魔法みたいに詠唱や論理は必要ない。ある程度の実現性のある想像が具現化する。つまり心の根底から無理だと思っているならそれはできないし、できると思うならそれは実現する。そういう仕組みのようだ。


 俺たちがシュヴァリエとして戦うために投与されたグラハム因子。これのおかげで、酸素のない空間でも生きられるし銃弾を受け付けず毒にも耐える。思い込まされているからこそ、常識に囚われてはいけない。大多数のシープがそうであるように、そういうものだと信じていれば引き出せる特殊な能力だからだ。そのことに気づくとあとは簡単だった。ハヤトは手を握りしめて人差し指でチョッパーをさした。


「ウインドブラスト!」


 咄嗟に脳裏に浮かんだ技名を叫ぶ。ハヤトはイメージを現実のものにした。指先から空気を濃縮したキャベツのように黄緑色の塊が不規則にとんだ。地上で見たアシッドホグウィードを思い浮かべたためか、巨大な丸い竜巻がチョッパーを襲った。渦中に巻き込まれて部屋の端まで押し飛ばしてしまった。立ち上がったチョッパーが空中をなぞり、身をかがめた。足元が光って姿が薄れていく。


「まさか逃げる気か!?」

「目的を達した。これ以上戦う意味がない」


 チョッパーはいつのまにか手にしたスフィアを黒いグローブの上で転がしてみせた。


「その球は俺たちが先に見つけたんだ!」

「早い者勝ちだ。丸いものにちなんで面白いものを見せてやろう。グラウンドホイール……」


 チョッパーが両足の側面の紐を引く。


 ギュイィィィ……。ギュイイイン!!


 足首の装甲が開いて回転する刃を発射した。チョッパーはロングコートを身に巻きつけて薄れるように姿を消してしまった。さっきまでの殺意のこもったトゲトゲしい気配が消えた。回転刃が地面を切りつけながら向かってくる。


「あぶない! 置き土産だ!」


 ハヤトは地面を切りつけて溝を作った。転がってきた回転刃が左右に逸れていった。壁に刺さった数枚の刃を見て息をつく。


「逃げられたか……。それにしてもなんでアイツはシェオルのことを知っていたんだ?」


 静寂を取り戻した広間でハヤトはシェオルに向き合った。シェオルは言いづらそうに顔をそむけた。


「彼とは腐れ縁ですからね〜……。わたしも彼と同じ、未来で生まれた異質な存在なので」


 シェオルは自身の存在を否定するようなことを言って悲しげにしている。


 たしかにこの世界においてウエノ博士とともに現れた未来を知る人々の存在はとても希少でとても有益な存在だ。人類の発展に深く貢献したし、彼らは人というよりかは金の卵を産むニワトリのように扱われていた。現代とはかけ離れた価値観。まだ存在しない未知の技術。そういった欲に駆られた各国はあらゆる手段で情報を引き出そうとしていたし、一部では迫害の対象にもなった。まして、義父とはいえ人類を滅亡に導いたかもしれない博士が父親ならなおさらだ。彼女が自責する気持ちも分からなくはない。


「このメルタにも実は居たことがあるんです。遠い昔の未来。人間がまだ生きていた頃に」

「それじゃあ……。ここは未来の地球なのか!?」

「いえ、時空が捻じ曲がっているだけですね! 先行したガルダルス艦隊とヴァンドラ艦隊には数千年の時差があるだけです。見ての通り人類は滅亡したみたいですけど」


 シェオルは巨大な人面像の前にある石板に手を触れてこれから訪れる将来を悲観するように言った。しばらくして人面像から流れていた液体が石のように固まって流れが止まった。


「スフィアがなくなってプラントの機能が止まったみたいですね。これでもう凶暴な獣人もどきは増えないでしょう」


 それを聞いてハヤトは手にしていた武器をおさめた。


「気の利いたことは言えないけど、俺はシェオルのことを異質とは思ってない。生まれた時代が違うだけだし細かいことは気にする必要もない。それでいいじゃないか」


 ハヤトは励ますように笑った。スフィアは取られてしまったが、いまはシェオルを無事に帰すことが最優先だ。今回はどうにか追い返せたが、もし命を狙ってきていたらどうにもならなかっただろう。ハヤトは自分の力不足感を感じながら厚手のジャケットを敷いて冷たい床に横になった。


「今日はもう寝よう」

「でも、敵が来たらどうするんですか!?」

「明るい場所を嫌うからここには来ないだろう。少しでも寝ないと判断力が鈍る」


 ハヤトは手慣れたように言って安心させた。すると、シェオルも横になってハヤトに身を寄せた。肌が触れ合い温もりを感じた。


「こうすれば少しは暖かいはずです! 明日骨になってても知りませんよ?」

「俺は起きてるよ。おやすみ」

「おやすみなさい」


 こうして長い夜を共に過ごしたハヤトとシェオルは目を閉じて疲労を癒したのだった。

次回、第11話:〔去るもの追わず〕

 ハヤトはファル大尉の指揮下から逃れるためにアルバ小隊解散を宣言した。ファル大尉は不服ながらそれを承諾するが……。自由を得た者たちは見知らぬ人生を歩み始める。

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