食後の一幕
「……ウプッ……オエップ……。」
何とか食事を終えたアキ。
魔虫特有のピリピリした味と、虫特有の甘み。
味自体は悪くなかったが、食感含め何ともいえない気持ち悪さが残る。
言葉を濁さず言えば、もう2度と食いたくはない。
「……ふぅ……まぁひとまず腹は膨れたか……。」
過程はどうあれ、目的は達成した。
周りを気にする余裕などなかったので気づかなかったが、その他の料理もほとんど食べきっている。
ケイもこれだけ食べているなら十分だろう。
アキは一定の間隔で来る吐き気を何とか耐えながら、ケイに今後の動きについて相談しようと声を掛けようとする。
その時だった。
バァン!!!!
突如、店の扉が勢いよく開かれる。
急な事態に、店中が一斉に入口の方を向く。
「あ、あの……困ります……きゃっ!!」
先ほど料理を運んでくれたスタッフさんが押されて倒れ込む。
どうやら交代で受付を担当していたようだ。
倒れ込む彼女を気にもせず、物々しい服装をした者達が次々と入ってきて横並びに整列していく。
その服装に、アキは見覚えがあった。
「あれは……この国の軍服じゃねぇか。そう思えば、戦場で見た顔がちらほらと…………っ!!!」
アキは顔が隠れているのも忘れて、焦って頭を下げる。
その原因は、彼らの後ろからやってきた一人の女だ。
まず目を引くのはその圧倒的な大きさ。
一般的なサイズの扉を、少し頭を下げて入ってくる。
アキやケイも身長で言えば平均より高めのはずだが、それを遥かに凌駕する大きさ。
雰囲気だけでこの人物がこの隊の長なのだとわかる。
軍隊長は整列する軍人達の前に立つと、店全体に聞こえるように話しだす。
「食事中失礼する!魔導騎士軍である!先ほど捕らえた賊から、2名の人間を密入国させたと情報を得た。
入ったルートや状況を考えれば、この店にいる可能性が高い。
よって、この魔術を解いてもらいたい。
一人一人確認し、怪しい者は連行させてもらう。」
……マズイことになった。
(やっぱリスクがデカかったか……とはいえ、流石にこの早さは一発ぶん殴ってやりたくなるが……。)
今はそんなちっぽけなことを考えている場合ではない。
自分たちの顔を見られたら100%気づかれる。
加えて、アキは知っている。
あの女はヤバい。
剣士の自分と魔導士のケイの二人がかりで全力で逃げに徹したとしても、確実に逃げ切れるとは言い切れない。
ましてや、今の二人はセルフハンデ状態。
まともにやり合えば、逃げ切れる可能性は万に一つもない。
何とかこの場を無事に切り抜ける方法を考えなくては。
だが、そんなことを悠長に考える時間を与えてくれるわけもない。
軍隊長は手早く部下に指示を出し、店への交渉を行おうとする。
さらに、いつの間にか入口周辺だけでなく、席の周辺にも隊員が配備され、目を光らせている状況だ。
逃げ場がない。時間もない。
そうして今まさに、交渉役の隊員が店の奥へ向かおうとしてーー
「お引き取り下さい。」
一人のスタッフが彼らの前に立つ。
二人を受付で案内してくれた赤髪の女性だ。
「自分が何者であるかを周りに知られたくない方が利用されるのが当店です。
だというのに、公権力に屈してあっさり開示を行うなど、当店の信用に関わります。
よって開示はできません。
申し訳ありませんが、お引き取り下さい。」
仮面はつけたままで、表情は見えないが、相変わらずその立ち振る舞いで意思を感じさせるのが上手い。
歴戦の猛者であるはずの魔導騎士軍の面々が思わず怯んでしまうほど、ある種オーラのようなものすら思わせる。
「……っ、きっ貴様!!我々魔導騎士軍の邪魔をするというのならばーーっ……!!」
交渉役だったであろう隊員が、腰の剣に手をかけようとするのを、軍隊長は軽く手で制止する。
軍隊長だけは、赤髪のスタッフの威圧感に全く動じていない。
静かに、冷静に彼女に向かって数歩歩くと、
「そちらの事情は理解した。
だが、我々も仕事でね。
国の安全を脅かす存在を放っておく訳にはいかないのだよ。
どうかこちらの事情も理解いただきたい。」
見下すような体勢でそう伝える。
軍隊長もまた、その体格や態度から圧倒的な威圧感を放つ。
互いの威圧感がぶつかり合い、その一空間に異様な緊張感を作り出す。
まともな人間であればもう、この二人の空間に入り込むことはできない。
「申し訳ありませんができません。
公的な書類もない状態ではそちらに強制力もないでしょう?
開示を求めるのであればせめて、この店に確実にいるという証拠を持ってきていただかなければ。
そちらの推測だけで大々的な捜査をされると言われてもこちらは受け入れられません。」
「何か起こってからでは遅いのだ。
のんびり証拠集めや公的書類の作成などしている余裕はない。
これは君達を守るためでもあるのだ。
物理的にも、立場的にも、な。」
「脅しですか?
確かに性質上、法的にグレーな所のある店ではありますが、あなた方に守っていただかなくとも自分達の身の守り方は理解っていますよ。
どちらの意味でも、ね。」
ヒートアップしていく二人の会話に、店内の緊張感はMAXだ。
魔術で会話が聞こえないようになっているためにわからない部分もあるが、少なくとも二人以外の人間はほとんど身じろぎすらしていない。
先ほどの状況からさらに動きにくくなったが、一方でこの状況はチャンスでもある。
考える時間が生まれた。
今のうちに何とかこの場を切り抜ける方法を考えるのだ。
と、思って早数分。
アキの頭には何のアイデアも浮かんでいない。
(クソ……っ!こういうのは本当に頭が回らねぇ……。)
「あぁ、もう!おいケイ!お前も何か知恵を出せよ!」
こういう状況はケイの方が得意分野だ。
何もできない自分という現実は腹立たしいが、ケイならばこの状況を打開する一手を何か考えてーー
「…………ヒック。」
その、この状況に相応しくない間抜けな声に、途轍もなく嫌な予感がして、恐る恐るアキはケイを見る。
その視線の先に見えたのは、机に突っ伏しているケイと、その周りを囲む無数のジャッキだった。
「……おいおい、嘘だろ……?」
アキが状況を理解し、そう呟くのとほぼ同時。
「キサマぁぁ!!我々を馬鹿にするのもいい加減にしろぉ!!そこをどけぇ!!!」
隊員の一人、先ほどの交渉役の男がとうとう痺れを切らし、怒りのまま剣を抜いて赤髪のスタッフに襲いかかる。
軍隊長も赤髪のスタッフも、会話に集中していたために急なことに対応できない。
止めるものが無くなった男の振り下ろす剣が、そのまま赤髪のスタッフに向かって行こうとしてーー
「ーーぎゃっ!!!」
突如、フォークが男の顔めがけて飛んできて、突き刺さる。
流石に男も剣を落とし、顔を抑えて数歩下がる。
だが、流石に軍隊員。
怯んだのは一瞬で、すぐにフォークの発射先を見る。
そこにいたのは、ウサギの着ぐるみ。
着ぐるみはフラフラと立ち上がると、親指を立て、首を切る仕草をする。
「さっきから聞いてりゃ店に迷惑かかることばっかしやがって……俺が一発お仕置きしてやらぁ!……ヒック。」
声が聞こえていないのが分かっているのかいないのか。
とにかくアキにだけ聞こえる宣言を行って着ぐるみは構える。
(あー……終わったかな。)
アキにはもう、遠くを見つめることしかできなかった。




