ラズムの国の技術
注文してから数分後、先ほどとは別のスタッフが飲み物を運んでくる。
スタッフはペコリと一礼すると、また裏へと下がっていく。
その後ろ姿をなんとなく眺めながら、二人は少し温かさを感じる。
この十年、基本は城の食堂で食事を摂り、酒を飲む時でもゴーレムが配膳する店にしか行けなかった。
久しぶりに受ける他人からの施しに、感じるものがある。
「何だかいいな、こういうの。
向こうが悪いってわけじゃ無ぇんだけど。」
「あぁ、そうだね。
これだけの技術があれば、ゴーレムに配膳させることもできるだろうに。
あれはきっとこだわりだね。」
話もそこそこに、二人はグラスを手に取り乾杯。
カチンッ!
と良い音を響かせて酒をイン。
ゴクゴクと喉を鳴らしながら、二人は酒を体に染み渡らせていく。
そうして最初の一口を飲み切ると、二人はほぼ同時にグラスをテーブルに置き、
「「うまいっ!!!」」
と、一言。
周りも気にせず叫ぶように言う。
いくら酒場でも、これだけ叫べば奇異の目で見られるであろうと言うサイズ感で声を上げたが、周りの反応は無い。
まぁ、別に性能確認のために叫んだ、などということもないのだが、それでも改めてこの技術には驚かされる。
「向こうでもある程度会話が聞かれなくなるようになってたけど、あんまり派手に声出すと周りに丸聞こえだったからな。
ここまで完璧に遮断ってなると、流石にすげぇな。
しかも、酒も美味い。」
「あぁ、技術はもちろんだけど、それがこんな下層に降りてきていることが凄いね。
それだけこの国にとっては何でもない技術ってことなのか……。
そしてもちろん、これだけ美味い酒があるのも、ね。」
そう言いながら、二人は酒を飲み進める。
とはいえ、そもそも腹を満たすためにこの店に入ったのだ。
これからやる事もあるのだし、ダラダラと飲み続ける訳にはいかない。
ようやく本来の目的に立ち返り、注文のボードを見る。
これもまた、アザの国では無かった技術だ。
「ボタンを押したら注文ができるって、使い方は簡単だけど、どうなってるんだろうな?」
「うーん。これには魔力は感じないな。ボタンを押す事で、何かの信号が厨房に流れていって、どこで何のボタンが押されたのかわかるようになっているんだとは思うんだけど……。」
「これまで、あんまりこの国でゆっくりしたことはなかったからなぁ……。
知らないことだらけだ。」
数年前まで戦争をしていて、現在は休戦中。
交易などは行われているものの、気楽に旅行などに行けるような間柄の国ではない。
この二人であれば特に。
技術が優れている国という評判は聞いていたが、実際目の当たりにすると何だか感動すら覚える。
アキの言葉に、ケイも感慨深げに少し目を伏せたのち、ニコリとアキに笑いかけ、
「今回の旅で、知っていこう。旅の目的はいくらあったって良いさ。
今、僕たちは何も知らない。
それは環境のせいもある。
でも、知れるようになった。時間ができた。
これからいくらでも学んでいける。」
だろう?と語りかけるケイに、アキも笑顔で返事をする。
これまで知らなかったことを知っていく。
二人の旅に、新たな意味が生まれた瞬間だった。
「んじゃ、早速!」
アキは食事のボタンをポンポンと押していく。
アザの国では聞いたことのない料理を中心に。
「ちょっ……!」
ケイが止まる間も無く、あっという間に注文ボードは聞いたことのない料理ばかりが点灯している状態になった。
やり切った表情でニッと笑うアキに、
「いくらなんでもやり過ぎだ!」
と、頭を一発引っ叩く。
涙目で頭を抑えているアキを尻目に、ケイは机の上に置いてあるものを眺める。
そこでおっ!と気づく。
「そういえば、ハンドサインのことすっかり忘れていたな。
この紙か。」
ケイは机の端に置いてあった紙を取り出して机の真ん中に置く。
流石に隣国なだけあって、ハンドサイン自体はアザの国でも使われているものや、感覚的にわかりやすいものが多い。
「覚えておくべきなのは……まぁ会話が必要になった際の中指と人差し指をクロスさせて手を挙げるものと、2回目以降の来店時、親指と小指を立てて2回目であることを示すものくらいか。」
「おっ!面白いのがあるぜ!?」
そう言ってアキは紙の端の方に書かれているハンドサインを指差す。
喧嘩のサイン。
右手の親指を立て、首を切るように横にスライドする。
「いや、何でこんなのがあるんだよ……。」
呆れたように呟くケイに対し、アキは楽しそうに笑いながら、
「いやぁ、やっぱりこの辺治安悪いんだなぁ!
見境なく喧嘩ふっかけるような奴がいるって訳だ。
面白ぇなぁ!」
そう言ってチラチラと周りを見る。
「おい……!流石にそこまでバカじゃないよな……!?」
アキのそんな態度に流石にケイも顔を詰める。
アキは両手を挙げて降伏のポーズを取りながら、
「そんなに怒んなよ、冗談だって。
今見回したのも喧嘩してる奴いないかなって、あくまで野次馬しようと思っただけだ。
流石にそこは弁えてるからよ……。」
そう言って弁明する。
それでもケイは納得がいかないようで、しばらくアキをズズッと睨みつけていた。
が、
「お待たせいたしました。」
不意に真横から声が聞こえ、驚きつつもすぐに身を引くケイ。
そう、頼んでいた料理が来たのだ。
スタッフは次々と聞き馴染みのない料理名を読み上げながら料理を配膳していく。
とはいえ、見た目に関していえば、そこまで変わったものではない。
匂いも、少し酸味が強めの匂いはするものの、どれもこれも食欲をそそるようなものばかりだ。
無茶な注文方法ではあったが、中々良い文化体験ができそうだ、と考えていたケイだったが……。
ドンッ!と最後に置かれた巨大な丼。
白い米の上におかずとして乗っているのは、大量の芋虫。
しかも、その体は謎の光を発している。
ケイは一瞬だけ見てすぐに目をそらし、
「あの……これキャンセルは……。」
と伝えるが、店の仕様上当然聞こえない。
スタッフは一礼してそそくさと去っていく。
「心なしか、顔が引き攣って見えたな……。」
アキはそう呟いて再び料理を見る。
おそらく魔虫であろう白米の上の芋虫は、七色に光っている。
一瞬生きているのかと思ったが、流石に調理されて死んでいるようだ。
死んでもなお発光し続けるという生態は中々興味深くはある。
なんとか食欲が湧かないかと、アキはしばらく料理と睨めっこする。
……うむ、ぱっと見は確かに綺麗であるが、それは食べ物に期待するものではない。
せめてケイに手伝ってもらえればとチラリとケイを見るが、全くこちらを見ようとしない。
この料理を頼んでしまったのがアキである以上、説得も難しい。
協力は望めなさそうだ。
アキは食べることを諦め、再びスタッフを呼び出そうと、注文ボードに手を伸ばす。
が、ケイがその手を素早く掴んで止める。
何を……と言いかけてケイがボードの端を指差していることに気がつく。
そこには、
『注文後キャンセル不可。料理に手をつけず帰った場合には注文金額の倍の値段を請求します。』
と書かれていた。
アキは手を下ろして自身の財布の中身を確認する。
職が職であるために、それなりに蓄えはある。
が、とはいえ先の見えない旅。
無駄遣いは避けたい。
今度は財布との睨めっこが始まる。
果たしてこれは無駄遣いなのか、心の中で自分と対話する。
そうしてしばらく料理と財布を交互に見て、
バンッ!
と勢いおく財布を閉じて懐にしまうと、
「いただきます!!」
と、勢いのままに丼にがっつき始めるのだった。




