腹ごしらえ
街の外れ。
一見すれば廃墟に見えるような建物だが、一応店の看板が立っている、そんな店に二人は足を踏み入れる。
瞬間、魔力が身体を包み込み、姿を変化させていく。
「へぇー。あんま気にしてなかったけど、これは魔力の着ぐるみを着てるようなもんだったのか。」
変化が終わり、デフォルメされたクマのような見た目になったアキが話す。
「あぁ、そうだね。とはいえ、向こうの店とは随分違うね。
向こうは顔の周りを魔力で歪ませて顔だけが認識できないようになっていたけど、こっちは姿形まで変わるのか。
向こうの店よりも魔術のレベルは高いらしいね。」
こちらはウサギのような見た目になったケイが、感心したように話す。
そうして二人は、お互いの顔を見て、
「「プッ……!」」
「「ハハハハハハハハハッ!!!!」」
変化した姿に盛大に吹き出した。
その厳つい中身に似合わぬ可愛らしい姿ももちろん、あくまでそう見えているだけとはいえ、着ぐるみを着ての動きというこれまで経験のないことをさせられているからこその不自然さ。
そんなシュールさがツボに入った二人は立場も忘れてしばらく盛大に笑う。
しばらくして笑い終えても、まだ落ち着き切ることができず、二人はヒーヒー言いながらも何とかアキが奥への扉を指差して中へと入っていく。
「「ーーーーッ!!!?」」
と、同時に一気に肝が冷え切る。
進んだ先にあったのは店の受付。
普段の店ならば、人型のゴーレムが無感情に立っており、そのまま機械的にテーブルを案内して終わりだ。
テーブルに着けば、また魔術によって声は外に聞こえなくなる。
だからこそ、店内に入ればある程度何を話しても安心だと思っていたのだが……。
受付に居たのはどう見ても人間の女性だ。
華奢な身体に低めの身長。
フワッとした赤髪が肩の辺りまで伸びている。
面を着けているので顔こそ見えないが、給仕服もよく似合う。
彼女がいるだけでその店の売上に変化があるだろうと感じる、どう見ても”才能ある者”。
それも全体でも上位の。
何故こんな店にいるのか、という疑問は湧くが、今はそれどころではない。
先程までの会話が聞かれていたとしたら、非常にマズイ。
致命的な事は言っていないはずだが、他国の者であることは容易に想像できるだろうし、何より目立ちすぎた。
流石にこれ以上派手に目立つ真似は出来ないので、すぐに逃げ出す事はしないが、この店員が発する言葉によっては様々対応を考える必要がある。
「………………ゴクッ」
二人は息を呑んで店員の次の言葉を待つ。
赤髪の店員は、二人を見て綺麗にお辞儀をすると、
「いらっしゃいませ。二名さまですね。当店のご利用は初めてでしょうか?」
と、問うてくる。
ケイとアキは視線だけで軽く目配せすると、ケイが、
「はい、初めてです。」
と、それだけ答える。
慎重に、慎重に受け答えをしなければならない。
一言でも言葉をミスれば終わる。
無限にも感じるほどの時間の後、店員が次の言葉を発する。
「初めて、でございますね?それでは、当店についてご説明させていただきます。」
店員は淡々と話をする。
こういう場所で働く上でのプロ意識なのか?
あるいは先ほどの会話が聞かれていなかったとでも……?
そんな一触即発の緊張感は次の店員の言葉で一気に吹き飛ぶこととなった。
「まず、当店ではお客様方の声は一緒に来店された方にしか聞こえないよう設定されております。当店のスタッフは皆、人間ですが着ぐるみを身に纏われた時から一切会話の内容は聞こえておりませんのでご安心ください。」
その言葉に、二人はホッと胸を撫で下ろす。
そのタイミングまでであれば、余計な事は何も話していない。
ホッとしたところで疑問が浮かぶ。
ではなぜ、この二人が初来店である事がわかったのだろうか。
「ここまでのご説明で、それではどのようにコミュニケーションを取るのか、といったところ疑問に思われたかと思います。
まず、注文について。
こちらは店内のテーブルにボタンが設置してあります。
注文したい商品名の下にあるボタンを押していただけば、こちらに注文が入るようになっております。
続いて、スタッフに何か用事がある場合。
その場合にはテーブルの上にある表を参考に、ハンドサインを出していただきます。
どうしても会話が必要な緊急時用のハンドサインもありますので、確認いただきながらコミュニケーションをお願いいたします。
また、2回目以降の来店で説明が不要な場合のハンドサインも、今回退店時にお伝えいたしますので、複数回のご利用をお待ちしております。
それでは、ここまでの内容がよろしければ親指を立ててグッドのサインを、質問等がある場合は親指を下に向けてバッドのサインをお願いします。」
説明が終わり、サインを出すよう促される。
正直長くて分からない部分もあるが、まぁとりあえず注文はテーブルのボタンで、それ以外の事はハンドサインで行う、とざっくりとは分かった。
二人はとりあえず質問も無いのでグッドサインを出す。
受付の女性は営業スマイルでニコリと笑う(面で顔は見えないが、仕草でそう感じとれる)と、ペコリと一礼し、
「それでは、こちらへどうぞ。」
と、店内への扉へ誘導する。
二人は受付の女性についていく形で店内へ。
中に入ると、完全個室制。
物音など、人の気配は多数あるものの、聞いていた通り話し声は全く聞こえない。
「こりゃ凄いな、ケイ。」
顔を近づけてひそひそと話すアキ。
ケイは、そんなアキを肩をすくめて避けると、
「だから、そんな必要無いんだよ……。」
と呆れたように言う。
だが、確かに凄い。
前を歩く受付の女性はそのような二人のやり取りに全く気づいていない。
こんな魔術があれば、色々なことができる。
それこそ、今回手こずった国への侵入も、これがあるだけで大分取れる策の幅が広がるだろう。
ぜひともどこかで習得したいものだ。
そんな事を考えているうちに席に通される。
「それでは、ごゆっくりどうぞ。」
その一言を残し、受付は去っていく。
二人は席に着くと、テーブルの上を見る。
置いてある内容は先ほど案内のあった通りだ。
ハンドサインが書いてある紙に、机の端の方に注文用のボタン。
それから、別でメニューの表も置かれている。
二人はしばらくテーブル上のものを確認する。
そうして一通り確認し終えると、二人で顔を見合わせて一言。
「「とりあえず酒だな!」」
周りも気にせずそう叫ぶと、何故か一番押しやすい位置にあるそのボタンを二人で押し合うのだった。




