エピローグ -王の間-
王の御前に、一人。
男が座らされていた。
王の間にいるのは王とその男の他には大臣のみだ。
その大臣も、一粒の汗を流しながら目を閉じ、我関せずといった様子で立っている。
その原因は王にあった。
王が目の前にいる男を見る目。
大臣ですらこれまで見たことがないほどに冷たい。
その視線だけで人を殺せるのでは、とすら感じてしまうほどの威圧感を持った目で、王は男を見る。
一方の男は、下を向いて黙ったまま動かない。
かと言って、王の威圧に怯えている様子もない。
ぴくりとも動かず、ただ静かにこれから起こることを待っている。
ピリついた空気の中、王が言葉を発しようとしたその時、
バンッ!!!
と勢いよく扉が開かれ、一人の魔導士団員が滝のような汗をかきながら入ってくる。
「ご、ご報告します!!!あ……、」
魔導士は男の存在に気づいて黙り込む。
王は魔導士の様子に気づくと、少しだけ視線の強さを緩めてから魔導士の方を向く。
「よい、報告を聞こう。」
「はっ……いえ、しかし……。」
魔導士はそれでも言葉を濁す。
王は、そんな魔導士のことを理解しつつ、
「良いのだ。
報告の内容はあらかた分かっている。
この者にも関係のある話なのだ。
そのまま報告せよ。」
そう言って報告を促す。
魔導士はチラリと男の方を見つつも、頭を振って自分を律し、報告を行う。
「はっ!!
それでは、先ほど帰ってきたヴァン副長からのご報告です!
任務は失敗。目標は馬を二頭奪い、ラズムへと向かっていったとのこと。
また、今回の任務に当たっておりました四名のうち、二名。
魔導士団員サロメ、剣士団副長ヴェインは重症。
他二名も軽傷ながら、ダメージあり。
任務の続行は難しいとのことです!
」
王は少しだけ表情を曇らせる。
そう簡単にいってくれるとは思っていなかったが、それでもいざその状況になれば苦しいものだ。
だが、今はそのようなことを考えている場合ではない。
王はすぐに表情を戻す。
「報告、ご苦労だった。
もう既に知っておろうが、本日アキ、ケイの両名は諸事情により不在である。
よって、本日の業務、訓練については現場監督者を中心に行うように。
今後については追って連絡する。
以上だ、下がるが良い。」
魔導士は「はっ!」と返事をして一礼すると、すぐに部屋から出ていく。
王は一呼吸おいて、男に話しかける。
「--そういう事だ。
お前の目論見は無事成功したようだぞ?
喜ぶがいい。なぁ?ジェドよ。」
地下書庫の主、ジェドはそう問われるが、一切動かない。
王はさらに続ける。
「こちらとしてはお前のこれまでの働きを認めた上で老後の願いを叶えたつもりだったのだが、見事に裏切られたな。
それとも、私の考えが甘かったかな?
あるいは感情論か?
この国が嫌いか?私が嫌いか?
なぁ、どうなんだジェド?」
ジェドは全く動かない。
両手足を縛られ、膝をつかされ、ただじっと下を向いていた。
王はそんなジェドの様子にフゥと一つため息をつく。
そして、先ほどまでの冷たい目を止め、今度は感情を一切感じさせない表情で話を進める。
「このままでは何も進まんことがわかった。
一度形式的に進めていくとしよう。
ではまず、今回のお前の罪状だ。
国抜けの教唆。
我が国の重役であった次期剣士長、魔導士長に国抜けをするよう唆した罪である。
まず、これに異論はないか。」
ジェドはたった一言、
「ありません。」
とだけ答える。
王は淡々と続ける。
「では、理由を聞こうか。
なぜそのようなことをした?
国を潰そうとする国賊か?
あるいは何も考えておらん阿呆か?
それとも、逆に二人に脅されて仕方なく、とでも言うか?」
王は少し煽ってみせる。
感情が動いた方が、本音を聞きやすい。
それに、何よりも信頼する部下の気持ちが--
いや、止そう。
とにかく、思いの丈を聞き出そうと試みる。
だが、ジェドは全く乗ってこない。
「発端は確かにアキでした。
しかし、彼の話を聞き、想いがあるのなら国を出るよう背中を押してやりたいと思ったのは事実。
私には間違いなく罪がございます。
理由は--そうですな。
私と同じ思いをアキが持っていたから、ですかな。
自らの職に不満を持ち、この世の制度に不満を持ち、その上で彼はさらに、それを変えたいと願った。
それが眩しすぎて、手を貸さぬ道はありませんでした。」
ジェドは怒りなどの感情を一切感じさせず、淡々と答える。
変化があったのは、アキの話をし始めた瞬間、僅かに表情を緩めたことだけ。
王は目を瞑り、わずかに拳に力を込める。
そうして、一つ大きく深呼吸をすると、判決を下す。
「お前がそう言うのであれば仕方ない。
お前が行ったのはこの世界への叛逆。
そして、この国を崩壊させかねないものだ。
残りの人生、牢の中で終えてもらう。
判決は以上だ。」
ジェドは静かに判決を受け入れる。
表情も、態度も変わっていないが、それでもどこか満足げな様子を感じとり、王は思わず歯噛みする。
だが、まだ終わっていない。
「ジェドよ。
それとは別にお前に問わなくてはならないことがある。」
そう言われ、ジェドは初めて大臣にも分かる程度には訝しげな表情を見せる。
「……その様子では、お前は関係が無さそうだな。
だが、念の為だ。
ここ最近、今回のアキとケイのように国抜けを行う者が増えている。
何人かは連れ戻し、再犯の可能性が高いと判断した者については牢に入れている。
その者たちから話を聞いたところ、皆共通して今の職に不満があり、別の夢を追いかけたい者たちだった。」
ジェドもここまで聞けば、流石に何が言いたいかわかる。
「……その者達の手引きを私がしたかどうか、ということでございますか?
その問いであれば、はっきりノーとお伝えさせていただきます。
私の行為はあくまで自分を慕ってくれる部下であり、友であったものの悩みを和らげてやりたい一心で行ったもの。
この考えを広めようなどという気持ちは全くございません。
ましてや、この国を貶めよう、この世界に叛逆しようなどという気持ちは欠片たりともございません。」
王は真っ直ぐな目で伝えられたその言葉にフッと軽く笑う。
「そうだが、それだけではない。
この聞き取りの結果、この国抜け騒動の裏に謎の団体があることがわかった。
その団体をお前が知っているならば何がなんでも聞き出してやるところだったが……その様子では何も知らぬようだな。」
「は、はい……それどころか、国抜けを行う者が増えているという話も初耳でございます……。
しかも何かしらの団体が関わっているかもしれない、など……それではまるで……。」
ジェドが呟くように言った最後の言葉を、王は聞き逃さなかった。
「まるで?なんだ?」
何か知っていることがあるような口ぶり。
それを見逃す王ではない。
ジェドは焦って言葉を返す。
「い、いえ……。ただ、アキに渡した禁書に似たような団体の話がありましたので……。
それを思い返しただけでございます。
そもそも、あれはただの物語。
なんでも鵜呑みにするようなものでは……。」
そう言って自分の考えを否定するジェド。
だが、王の考えは違ったようだ。
「ふむ……。その禁書とは『夢の泉の物語』であろう?私も以前、確認のため目を通したことがあるが……いかんな、記憶が古く曖昧だ。
うむ………………ジェドよ、先ほどの言葉に偽りはないな?」
「はっ…………?」
急な王の言葉に理解できず、困惑して止まってしまうジェド。
王はそんなジェドの様子に笑うと、改めて伝え直す。
「書庫の主として得た知識、今回の件解決のため使わせてもらう、という話だ。
無論、働きによっては減刑も考えるし、依頼する仕事内容によっては書庫に入り浸る事となる必要も出てくるだろう。
ずっと牢に閉じ込められているよりはずっとマシな余生ではないか?
悪い話ではあるまい。
国を貶めようという気持ちが欠片もないと言うならば、協力してもらえるな?」
王の提案に、ジェドは思わず目を潤ませる。
そして、わずかに震える声で、それでも力強く、
「はっ……!!!!」
と返事をする。
王はそんなジェドの姿を満足そうに見届けると、
「とはいえ、しばらくは牢に入っていてもらうぞ。
お前の力が必要になればまた追って連絡をする。
それまでは自分の罪としっかりと向き合うがいい。
では……衛兵!!」
王が兵を呼ぶと、すぐに二人の師団員が王の間へと入ってきて、ジェドを連行していく。
「ジェドを牢に入れた後、五分間は王の間へ何人たりとも近づく事を禁ずると伝えておけ。
大臣と話があるのでな。」
兵は「はっ!」と力強く返事をすると、速やかにジェドを連行していく。
ジェドは一切抵抗などする事はなく兵士達についていったが、最後に扉の前で立ち止まる。
そして王に深々と礼をすると、再び兵士に従って、連行されていった。




