熟練剣士ペア VS 見習い魔導士 その4
アキはリュウからの願いを引き受けたのち、間髪入れずに指示を飛ばす。
「じゃあ、始めるぞ。
まず、ちょっと残酷だが、ヴェインはひとまず気にするな。
気にしたところでお前がどうにかできる話じゃない。今ヴェインにしてやれることは、とにかく急ぐことだけだ。
それから、敵の正体について。
これも気にするな。正体なんて倒してから知ればいい。
必要なのは遠距離からの攻撃手段を持っているって情報だけだ。」
リュウの頭の中から、さっきまでぐるぐる回り続けていた情報がスルスルと抜けていく。
アキの言葉で、頭の中が簡単に整理されていく。
(すげぇ……!流石アキさんだ……!)
「ってことは……今考えるべきは、この状況の打開策、ってことっすね。」
もう、先ほどまでの絶望感も不安もない。
リュウはぐしゃぐしゃの顔を拭って再度思考を巡らせる。
「これまでも遠距離攻撃を持った相手と戦った経験はある。まずやらなきゃいけないのは…………方向だ。」
攻撃が飛んできた方向。
その先に敵がいる。
だが、先ほどからは少し時間が経ってしまった。
思考を放棄していた時間がどのくらいかはわからないが、その間は気配を感じることもできていない。
相手が動物であるならば、もうすでに移動してしまっていると考えて良いだろう。
「…………。」
リュウは近くに落ちている小石を拾い、遠くへ投げる。
小石は綺麗な弧を描いて数秒空中を漂うと、そのまま何事もなく地面に落ち、カッカッと音を立てて転がっていく。
「ダメか……。これに反応して撃ってくれればって思ったんだけど……。」
だが、分かったこともある。
少なくとも相手は植物ではなさそうだ。
植物であれば、範囲内の動くものを反射的に撃ってくる。
また、野生動物の可能性も限りなく低くなっただろう。
動くものに反応して攻撃してしまうのは動物も同じだ。
それなりに音も出ていたし、気づかなかった可能性も低い。
と、なれば相手は相当人に慣れた獣、あるいは人間に絞られる。
(ここまではまだ順調。だけど……。)
ここからが難しいところだ。
もう一度物を投げてみる手が真っ先に思いつくが、あまり何度も物を投げると今度はこちらが居場所に気付かれてしまう。
やれてあと一回といったところだが、やるにしてもさっきよりも大きな物、生き物を投げてみるなど何か変化をつけなければ意味がない。
だが、
「そんなもん都合よく落ちてないよな……。」
どうするべきかと悩んでいるリュウに、また声が聞こえてくる。
「さて、そろそろ行き詰まる頃か?
遠距離攻撃の相手に物を投げてみたまでは良い手だったな。
だが、そこからどうすれば良いかがわからないってとこだろ?」
あっさり見透かされた。
リュウは、アキさんには敵わないな、と頭を掻いて笑いながら答える。
「流石っすね、アキさんまさにその通りです。
もう一回くらい探りたいんですけど、良いものも落ちてないし、どう動いたらいいのか……。」
「だよな。なら、次の講義だ。
まず、今のお前の理解度の確認だ。
今の状況をどう分析する?」
リュウは少し考えて、思考をまとめる。
そして、改めて先ほどまで考えていたことをアキに伝える。
「小石を投げて反応がなかった、ってことは少なくとも植物じゃないっす。植物なら反射的に攻撃が飛んでくるはず。
同じ理由で、動物も可能性は低いんすけど……まぁ、人に慣れた賢いヤツならまだわからないっすね。
そういう理由で高確率で人間、可能性だけなら賢い動物もある、くらいで考えてます。」
アキは最後まで黙って話を聞く。
それから話が終わった辺りでふんふんと相槌を打つと、
「大事なもんが抜けてるな。」
その言葉に、リュウは焦って再び考える。
が、焦った頭でいくら考えたところで新たな視点は見えてこないものだ。
結局何も答えられず、結果黙ってしまったが、そんなリュウにもアキは笑って続きを話す。
「ハハハッ!まぁ、そんな慌てるな。
別にお前を責めるつもりはないさ。
一人の視野ってのは案外狭いもんだ。
だからこそ、他の奴の視点や意見ってのはめちゃくちゃ大事になってくるわけだ。」
「ハ、ハイッ!」
優しい口調でそう諭すアキに、リュウも安心した様子で元気よく返事する。
アキはその返事にほんの少し嬉しそうに声を弾ませて続きを話す。
「いいぞ、その元気のままでな。
さて、抜けてるのは相手がいなくなっている可能性だ。
相手の目的がお前じゃなく、何か人に見られたくないことがあって目を逸らさせるために撃ったとかな。」
リュウはハッとする。
確かにその可能性をすっかり見落としてしまっていた。
「そうなると……何よりも優先するべきなのは相手がいるかどうかの確認っすね。
うーーーん……結局やる事変わんなそうっすね……。」
確認する範囲が変わっただけ。
どの道それを確認するためには、相手からのアクションを待つか誘発するしかない。
だが、その策が思いつかないから動けない、とさっきから状況は何一つ変わっていない。
「まぁ、そう焦るな。
やる事が変わらなくても、目的を間違えない事は大切だ。」
「そう……っすね、すいません。」
口ではそう言うものの、どうしても気持ちは焦ってしまう。
そんな態度が見えているのか察したのか、アキは一つため息をついて、
「まったく……まぁそうは言ってもこの状況だし、焦るもんは仕方ないよな。
話を進めよう。」
そう言うと、アキは少し早口に、それでいてはっきりとした口調で作戦を話し始める。
「相手の確認が手っ取り早くできるのはお前自身が囮になる事だ。
お前が姿を見せれば、流石にどんな奴が相手でも居さえすれば攻撃してくるだろう。
だが、どこから、どこに飛んでくるかわからん攻撃を受けるのはリスクが高すぎる。
まぁ、だからこそここから先の策を考える事が大変なわけだが--」
「すいません、アキさん。
俺、一個作戦思い付いたっす。」
アキの説明に被せて、リュウが発言する。
「お、おいリューー」
アキは少し焦りを含んだ声でリュウを制止しようとするが、リュウの行動力の前では遅すぎた。
ガサッ!
という音と共に、立ち上がる人影。
「バッーー!!!」
馬鹿野郎、とアキが叫ぼうとすると同時、放たれる弾丸。
弾丸は避ける事など許さない速度で、真っ直ぐ進んでいく。
そして、狙ってくれと言わんばかりに不用心に突っ立ったままの人影の頭部に直撃しーー
カーーーンッ!!!
という甲高い音を響かせる。
「ーーそこか。」
そう呟くと同時、リュウは今まさに撃たれて倒れそうになっている剣を手に取り、隠れていた草むらから飛び出していく。
行き先は一本の木の裏。
今剣を囮にして割り出した相手が潜む方角。
相手もこちらが居場所に気付いた事を理解したようで、次々と弾丸を飛ばしてくる。
が、
「遅い。」
目で追うことも難しい弾丸をリュウは軽々と剣で弾きながら進む。
飛んでくる方向さえわかってしまえば、この程度は造作もない。
速度も一切変わらないどころか、徐々に加速していく。
相手もどんどんと弾数を増やしているが、無駄。
リュウはあっという間に木まで到達すると、そのまま通り過ぎる。
そして、そのまま振り向きざまに一閃。
(ーー取った!!!)
と、そこで初めて相手の顔を見て、思わず手が止まる。
「アキ……さん……!?」
そこにいたのは紛れもなくアキ本人。
あまりに予想外の出来事に、リュウは一瞬、身体も思考も停止してしまう。
「そういうところがまだまだ甘いとこだな。」
瞬間、リュウの身体は周囲の木々に拘束される。
両手足、大の字に拘束され力も入れにくい。
だが、リュウが動かない理由はそれよりも何よりも、今目の前に居る人物についてだ。
ほんの数十秒前まで優しく諭してくれていたアキが、実は攻撃してきていた張本人だった。
自分を、騙していた……?
剣士団の後輩である自分を……?
真っ白になっていた頭が、徐々にとある感情に支配されていく。
怒り。
ヴェインを攻撃されたとか、自分を騙したとか、行動そのものはどうでもいい。
だが、思想が変わったとはいえ元剣士団長が、その立場を利用して後輩剣士を騙し、攻撃した。
それは、ヴェインの言っていた落ちるところまで落ちた行為ではないだろうか?
「さて、そんじゃあ悪いがこれでトドメをーー」
「う、があああぁぁぁぁぁ!!!!」
アキがトドメの一撃を放とうと近づいたその隙に、リュウは拘束している木を一気に引きちぎる。
そして、そのままアキの首を狙って剣を振り抜く。
もう、リュウの頭に任務のことなど無かった。
怒りに身を任せ、ただただ相手の命を奪う事を目的とした一撃だ。
それゆえに、剣筋は荒く、あまりに読みやすい一撃。
これが普通の実戦であれば。
アキにすればそれは想定外の一撃。
任務のことがわかっているアキは、まさかリュウがこちらの命に関わる攻撃をしてくるとは思っていない。
リュウを騙そうとしたわけではなく、ただただ親心から彼を導いたアキからすれば、ここまでこちらに怒りを向けているなど知る由もない。
剣はそのまま、
アキの無防備な首筋を、
荒々しく切り裂いてーー
「あっ…………ぶねぇ!!!!」
本当にギリギリ、紙一重のところでアキが剣を回避する。
「危ねぇなぁ……まさか首狙ってくるとは思わなかった……。お前、任務はどうしたんだよ?」
「な…………?え…………?なん、で?あれ?」
自分がアキを殺そうとしたこと。
さっきまでの怒り。
確実に決まったと感じた剣がなぜか避けられたこと。
様々な感情がぐちゃぐちゃになって、もうリュウは訳がわからなくなっていた。
「魔力ってのは多かれ少なかれ万人の中にあって、肉体の動きに合わせて形を変えている。ってことは、魔力の動きを感じれば、相手の動きを予測する材料になる。
そうして俺は、これまで目や感覚で予測していた動きをプラス魔力の動きも感じることでより正確に予測できるようになったって訳。
ケイの奴が言ってた”感じろ”ってのはこれの事な気はしないっつーか絶対何も思いつかなくて適当に言った気しかしねーけど、まぁこれの事だって事にしといてやるさ。」
リュウはヘタリと座り込む。
もう、ここまでで頭も精神も使い切って限界だった。
「流石に限界か?ほいじゃ、遠慮なく。」
もうリュウには何も言葉が届いていなかった。
なんの魔術を使われたのかもわからない。
ただ、かろうじて腹部への鈍い痛みと吹っ飛ばされたような感覚がして。
それを最後に、リュウの意識は完全に途絶えた。




