翌朝 アキとケイ
「ふあぁぁぁぁあー……。」
大きなあくび一つ。
そんなのんきなアキを、ケイは呆れたような目で見る。
「まだ眠いのかい?僕より早く寝て僕より遅く起きたのに?
おかげで、もうだいぶ日が高くなっているのに本来進みたかった道程の半分も進めていない。
これで追手に追いつかれたら責任取って君に全部対応してもらいたいくらいだよ。」
そんなボヤキに、アキもムッとして
「昨日の夜誰かさんにやられた傷が深かったもんでなぁ。
あんだけ寝ないと回復が追い付かなかったもんで。」
そう言って大げさに腹をさすって見せる。
だが、ケイからすれば昨日の戦闘で一番デカかった傷は木の枝が刺さったものであり、自分が負わせた怪我ではないとか、傷を負ったのはアキだけではないとか色々言いたい気持ちが湧いてくる。
とはいえ、そんな言い争いを続けたところで終わりなど見えない。
(どの道、遅かれ早かれ追手には追い付かれるだろうし、な……。)
ケイは色んな感情を飲み込んで、一つ大きなため息をつくと、手打ちの合図として両手を上げる。
「で?昨日の夜にこれからの行先自体は隣国、ラズムだって聞いたけど、この旅全体のルートはまた明日って言われてそのまま放置されてるんだけど、そろそろ教えてもらっていいかな?」
ケイがそう問うと、アキはすっかり忘れてたといったような顔で懐からゴソゴソと本を取り出す。
そしてさらに、その本の間から一枚の紙を取り出した。
「わりぃわりぃ。ま、その話をする前にこいつを見てくれ。」
そう言って、アキは紙を渡してくる。
ケイは一目見て、それが地図だということに気付く。
一目で確認できるのは二国。
二人が昨日まで過ごした国、アザと隣国、ラズム。
そこから更に先のルートを見ようと、紙を開こうとして気付く。
「……ん?なんだ、これ。この二国しか書かれていないのか?」
怪訝な顔を向けるケイに、アキは一つ頷くと、
「そ、だから次の目的地は隣国、ラズムってわけ。」
「いや、でも――」
得意げに言うアキに、ケイは食い気味に疑問を投げる。
「君はこの本に書かれている八国の内、二国がアザとラズムだという想定の上で、挟まっていたこの地図に意味があると考えたんだろう?
確かにここ、距離の近さからいざこざが絶えず、昔から頻繁に戦争をしている二国。
これはアザとラズムの二国の特徴に合致している。
少なくとも、僕が聞いたことや行ったことのある国でこんな状態の国を他に聞いたことはない。
でも、この国が出てくるのは本の序盤だ。
特別重要なことがあったわけでもないし……。
そうなると、わざわざ隣国に行く理由はこの地図の存在だけということになる。
でも僕からすると、こんな地図にどれだけの意味があるかが分からない。二国しか書いてない地図なんておかしいよ。
確か、本の最後に出てくる国にもいくつか特徴が書かれていたはずだよね?
そこから予測してその国を目指すとか……。」
アキはケイの意見を黙って聞いていた。
そうしてケイの意見を一通り聞き終えると、本を開き、とある一ページを指さした。
「……正直、今のケイの意見に反論する余地はない。
が、それはそれとして俺の意見はある。
この地図のここを見てくれ。
この端っこのところ。
古ぼけてはいるけど、よく見ると破いた跡じゃないか?」
ケイはアキに指摘された箇所を注視する。
確かに、そこは紙の形が不自然に乱れている。
「俺はこの地図の続きがもしかしたら隣国にあるんじゃないかって思ったんだ。
ていうのもこの地図、偶々破れたにしてはあまりにも綺麗にこの二国だけが残ってるように見えるんだ。
だから、誰かに意図的に破られたんじゃないか……って。
その意図が何なのかはわからないけど、泉にたどり着かせることが目的だとしたら、隣国に次の目的地への地図があるんじゃないかって思ったんだ。」
アキは真剣な顔でケイを見る。
その顔を見て、ケイも再び地図に視線を落とし考える。
アキの説を聞いてから改めてこの紙の切り口を見る。
手で破られているのは間違いないが、切り口は完全な真っすぐではない。
不自然といえば、不自然。
偶々こうなったと思えばそういうものかとも思える。
ケイがそうして黙って考え込んでいると、アキは沈黙の長さに焦ったのか、
「い、一応もう一個話があってさ。
さっき、お前も言ってたけど、アザとラズムってこの話の中でほとんど書く意味がないんだ。
でも、この本の著者はそれをわざわざ書いてる。
ってことはさ、この国に行くことに、やっぱり何か意味があるんじゃ……ないか……ってな……。」
そこまで言って急に自信を無くすアキ。
まぁ、それはそうだろう。
ここまで全てアキの想像。何の根拠もない。
ケイは黙ったままアキを見る。
アキはずいぶん小さくなって、弱弱しくこちらを見つめている。
ケイは、そんなアキの姿にフッと小さく笑うと、地図を返す。
そして、
「君らしくない姿を見るのは面白いけど、案外、そんな長く見たいとも思わないものだね。」
と軽口を叩く。
思いもよらぬ返しに困惑した顔しかできずにいるアキに、ケイは続けて、
「この旅のリーダーは君だ。君の妄想だろうが何だろうが、僕は最後までついていくよ。」
そう言って笑いかける。
最初こそ状況の変化についていけず、キョトンとした顔でいたアキも、徐々に状況を飲み込み、表情がパァッと晴れていく。
「い、いいのか!?こんな、何の根拠もない話……。」
ケイは軽く笑って、
「何を今更。
元々何の根拠もない、突拍子もない旅の予定だろう?
僕はこの旅に同行するって決めてからずっとその覚悟だよ。」
アキは飛び上がるような勢いで喜ぶと、ケイの肩ををバンバンと叩きながら、
「ありがとう、ありがとうな!!」
と晴れ渡るような笑顔を見せる。
ケイは、
「痛ぇ、痛ぇよっ!」
と文句を言いながらも、笑い合う。
温かな雰囲気に包まれる中で、二人は改めてこの旅への思いを強める。
そんな良い雰囲気の中で、旅をより円滑に進めるため、ケイはアキに質問を投げる。
「――んで?どうやって隣国に入るつもりなんだ?
ちゃんと考えてんだろ?そこも。」
その言葉と同時に、空気が一気に凍り付く。
アキはゆっくりとケイから視線を外し、完全に背後を向く。
「……アキ?まさか何も考えてないなんてことはない……よね?」
ケイはそう問いながらアキの肩を掴む。
アキは黙ったまま。
それどころか相変わらずこちらを見ようともしない。
「……ねぇ、アキ?答えが欲しいなぁ……?」
肩を掴む手に徐々に力が籠る。
力が籠りすぎて、ギチギチと音が鳴り始める。
「いてて、いてぇ!!ケイ!いてぇ!!」
流石のアキもこれには我慢できず、ケイの方を向く。
と、同時に再び黙る。
とはいえ、先ほどまでのアキ有利の沈黙ではない。
アキが黙った理由はケイへの圧倒的恐怖。
余計な発言を一切許さぬ、正しく鬼の形相。
前を向いたら、そこは裁判場であった。
「で?回答は?」
ケイの方を向いてしまった時点で、もうアキに勝ち目はない。
アキは最後の抵抗とばかりになるべく目を見ないようにしながら、
「…………まったく考えてませんでした……。」
と小さめに答える。
ケイは、アキの対応には何も言わず静かに、
「なんで?」
と問う。
アキは何とか少しでもごまかそうと笑いながら、
「い、いやぁ、色々テンション上がりすぎてすっかり忘れちまっててさぁ……!ハハ……。」
「笑いごとで済むかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
流石にごまかすのは無理があったようだ。
ケイの糸がブチ切れ、文句が滝のように押し寄せる。
「僕たちは罪人なんだぞ!?追手に追いつかれて連れ戻されたら終わりなんだ!!!
その追手から逃げ切るための一つの山だろう!?それが分かっててなんで何の対策もしてないんだ!!!
ただでさえ君が寝坊したせいで余裕がないって言うのに……!!」
ケイの言うことは最も過ぎる。
アキは、
「ハイ……ハイ……スミマセン……。」
と小さくなって謝るしかない。
「クソっ……!とはいえ、余計にこれ以上無駄な時間を使う余裕がなくなったな……!
君を責めている時間も勿体ない!とにかく急いで先へ行ってその中で何とか考えるしか――」
そこまで言ったところで、二人が同時に頭を下げて茂みに姿を隠す。。
「マジかよ……!」
「最悪の想定はしていたが……それでも早い……!!」
馬の足音が、聞こえた。




