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夢の旅  作者: 秋川 味鳥
旅の始まり
25/52

旅へ

「俺の、勝ちだ……‼」


 その言葉だけ言い切って、アキはケイの前にぺたりと座り込む。

 流石に血を流し過ぎた。

 服を破り、腹の傷の止血をしつつ、ケイが起き上がらないように警戒していて、気付く。


「お前、もう意識あるな?」


 その言葉で、ケイはすぐにパチリと目を開ける。

 そして、開口一番、


「甘いね、アキ。僕がその気なら、もう五回は死んでた。」


 と悪態をついてくる。

 そのまま、ちょっと転んだ、くらいの調子で、「いちち……」と呟きながら体を起こす。

 これにはアキも笑うしかない。


「ハハッ……。うるせぇよ……もうそんな元気無いっつの。そういうことならお前の勝ちだ、気絶でもなんでもさせて連れてけよ。」


 今度は本当にヤケになってケイにそう言い放つ。

 が、一方のケイも疲れ切った様子で笑うと、


「フフッ……!冗談じゃない、それは君の勝ちだよ。僕だってこれ以上何か動くのはごめんだし、余裕ぶってるけど結構ちゃんと効いてるんだよ?

 全く……あんな無茶苦茶な作戦立てるなんてよくやるよ……。」


 あきれて笑うケイ。


「仕方ねぇだろ?お前に勝つには致命的な隙を作るしかない。

 お前がそんな隙を作るとしたら、俺が致命的なダメージを負った時くらいだ。

 とはいえ、お前の攻撃をわざと食らえば流石に警戒されるから、俺にも予測できないような方法でダメージを受けるしかない。

 んで、あの術なら賭けに勝てさえすればいい状況を作り出せるって考えたんだよ。」


 まぁ実際、無茶なことをやったなと自分でも思う。

 今の自分の手札とケイの実力、諸々の状況を見て、こうすることしかできなかった。

 当たり前だが、ここまで成功率の低い賭けに頼ったのは初めてだ。

 ここまでどうしようもないほどの差を感じながら戦ったのも初めてだ。

 だが、これまで才能ある中でしか勝負してこなかったアキにとって、この初めてづくしの感覚が新鮮で心地よかった。


「……やっぱり俺、魔導士やりてぇわ。」


 これまで剣士として、何不自由なく過ごしてきた。

 もちろん、相応に努力はしたし、苦労もしてきた。

 でも、最終的にうまくいかなかったことはない。

 選定の儀で選ばれる職とはそういうものだ。

 だが、他の職に思いを馳せていたアキは、ずっと思っていたことがあった。

 才能がない職に就いたとして、どんな日々を送ることになるのだろう、と。

 それが分かっていたからこそ、不安や悩みが尽きなかったわけだが、今実際にやってみて、その不安は一掃された。

 自分は、この不自由を楽しめる。

 ケイは、その宣言を聞くと笑って、


「好きにするといいさ。

 昔から君の我儘と頑固さには振り回されてきたから慣れてるよ。

 勝負に勝てばあるいは……って思ったけど、負けちゃったしね。

 まぁ、僕に勝ったんだし?案外いい魔導士になれるんじゃない?」


 と呆れたように吐き捨てる。

 アキは、ケイのそんな様子を見て微笑む。

 そうして一呼吸置いた後、いたずらっぽくニヤリと笑って、


「じゃあ、もう一つだけ我儘を聞いてもらうとするかな?」


 と言い出した。


「はぁ……。欲張りだね、ほんと。何?剣士団のみんなへのメッセージとかならお断りだよ。手紙でも出すんだね。」


 ケイは、とてつもなく嫌そうな顔をしながらそう言い捨てる。

 嫌な予感しかしなかった。

 嫌だといったが、正直この程度で済むなら全然マシだ。

 こういう時のアキはとにかく面倒なことを言う。


(まぁ、でもこれが最後かもしれないしな……。)


 嫌そうな顔は一切崩さず、それでも内心ではどのような子とでも可能な限り叶えてやろうと覚悟を決めたケイ。

 そんなケイに、アキが伝えた我儘は――――


「俺と一緒に来てくれよ。」


 そんなケイの想像を軽々と越えていくものだった。

 ケイは


「は……?」


 とだけ辛うじて発したのを最後に、フリーズ。


「いやぁ、魔導士やる覚悟は決まったんだけどさぁ、流石にこの本だけで上に登ってくのはキツそうだなって。

 だから、先生が欲しくてさ。」


 ケイは反応できない。

 というかもはや、ほとんど話が聞こえていない。

 アキが何を思ってそんな勝手を言っているのか。

 どういうつもりなのかさっぱりわからなかった。

 ケイは思考がぐちゃぐちゃになって何も言えなくなってしまっていた。

 が、


「あ、もちろんタダでとは言わないぜ?

 逆に、俺は剣を教える。

 ガキの頃の夢を、二人で叶えようぜっていう我儘。

 どうだ?」


 この言葉を聞いて、ようやくケイも理解する。

 アキは、ずっと子供の頃にしたあの約束を中心に動いているだけなのだ。

 いつまでも、アキの中で自分はあの日のままなのだ、と。

 ケイは、優しく微笑むと、アキに諭すように告げる。


「ごめん、アキ。それは無理だよ。

 僕はもう、あの日の僕じゃない。

 責任が増えたのはもちろんだけど、今の僕は魔導士であることに誇りを持っている。

 もう、剣士に未練もない。

 君がいなくなるなら、将来の夢はまた考え直さなきゃいけないけど、それでも僕は魔導士としての夢を考えるよ。

 だから、悪いけど先生役の魔導士なら自分で探してくれよ。」


 ケイが、そう優しく告げたのに対し、アキは一瞬驚いた表情を見せる。

 が、すぐにプッと吹き出すように笑顔を見せると、


「剣士に未練がないだぁ?嘘ばっかり。

 お前はガキの頃から変わってないよ、その思いは全くな。」


 そう言ってくる。

 ケイは少し呆れてしまう。

 確かにアキは強引な奴だが、こういう風に意見を押し付けてくる奴ではないと思っていたのだが。


「まるで心を読んだみたいに言うじゃないか。

 でも、的外れだよ。

 人によって違うんだよ、アキ。

 変わらなかった君、変わってしまった僕。

 押し付けられても、僕の心は変わらない。」


 ケイは内心少しムッとしつつも、あくまで冷静に伝える。

 だが、


「いいや、お前は変わってない。

 まだ剣士に憧れを持ってる。」


 アキは譲らない。

 この強情な態度には、流石にケイもムッとした態度を表に出し、


「だから、そんなことないんだよ。

 何を根拠にそんなこと言ってるのさ。」


 そう言われたアキは、待ってましたと言わんばかりのどや顔をケイに向けると、


「だってお前、俺と同じで夜中に剣の特訓してるんだろ?」


 そう言い放つ。


「……は?」


 ケイはドキリとして言葉に詰まる。

 その隙を突いて、アキは言葉を続ける。


「この前お前の試験を受けた時、最後に言ってただろ?

 “君もこの十年、魔術の自主トレを行ってきたんだろう?”

 ってさ。

 “君も”ってことはお前も自主トレをやってたってことだ。」


 アキはニヤニヤしながらケイの方を見る。

 ケイは、何とか平静を装いつつ、


「……そんなのは言葉の綾だろ。

 僕は魔導士の自主トレを君もやってるんだろって意味で聞いたんだ。

 そんなのは根拠にならないね。」


 そう言い返す。

 だが、それでそうですかとなるアキではない。


「いや、それでも俺には分かる。お前は変わってない。」


 アキは全く引くことなく強情な姿勢を見せる。

 それに対してケイも、


「しつこいな。僕はもう変わったんだよ。」


 と、負けじと強情な姿勢を取り続ける。


「変わってない。」


「変わった!」


「変わってない。」


「変わった‼」


「変わってない。」


「いい加減にしてくれ‼」


 同じやり取りを何度も繰り返して、とうとうケイが爆発した。


「僕は変わったんだ‼儀式の日、あの日に夢破れて僕の剣士の夢は終わった!

 それでも未練がましくいつまでも訓練してたのは確かにそうさ!

 でも、僕は新しい夢を見てるんだ‼

 叶うわけのない夢を追うのは、もうやめたんだよ……!

 もう、変なこと言わないでくれよ……‼」


 ケイはただ感情をぶちまける。

 ただ言いたいことを全部言った。

 言葉の整合性とか、そんなもの関係なく。

 その姿は、なんだか子供に戻ったようでもあった。

 そんなケイの叫びに、アキは淡々と返していく。


『僕は変わった。』


「お前は変わってない。」


『儀式の日に夢破れて僕の剣士の夢は終わった。』


「破れた夢を改めて見せてくれるのが禁書だろ?」


『僕は新しい夢を見てる。』


「お前は新しい夢に満足できてない。」


『叶うわけのない夢を追うのは、もうやめたんだよ……!』


「その言葉に詰まってるじゃねーか。お前の未練が。」


 ケイは黙ってしまう。

 その頭には、色々な反論が駆け回っていた。

 国のことはどうするんだ。

 魔導士団のことは。

 もし失敗したら。泉なんてなかったら。剣士として成功できなかったら。

 言えることはたくさんあるのに、なぜかそれらの言葉は口から出てこない。

 でも、一方でまだ足りていない。

 アキについていく決断をするには、まだ――――


 そこまで考え込んでいたケイがふと顔を上げると、アキが目の前に来ていた。

 アキはニカッと子供のように笑って肩を掴む。

 その瞬間、あの日の記憶が鮮明に蘇る。

 そして、


「絶対なれる!ケイなら絶対強くなれる気がするんだ!だから、二人で最強になろうぜ!」


 ああ、あの日の言葉だ。あの時のアキだ。

 強引で、根拠もないのに無茶を言う。

 でも、どこか輝いていて。

 アキに言われたらなんとなく自分も何かできる気がして。

 ああ、そうか。

 僕が欲しかったのは、背中を押してくれる言葉。

 子供の頃からずっと変わらない。

 アキの無邪気で無責任な応援だったんだ。


 ケイは懐から紙を取り出す。


「……ん?お、おい!それ、俺が部屋に置いてきた辞表じゃねぇか!」


 ケイは黙ったまま紙を開く。

 中には、王へ向けた定型文と、アキの署名が書かれている。

 こういう変なところで律儀なのがアキらしい。


「それどこで……っていうか、何すんだよ!まさか破り捨てて諦めさせようってんじゃ……。

 さ、流石に気持ち的にモヤモヤする部分はあるけど、辞表破られたから諦めますってのは流石にちょっと弱いんじゃ――――」


 そんなアキの言葉に構わず、ケイは何かを書き加えていく。

 それに対してさらに意見しようとするアキに、ケイは黙って紙を押し付ける。

 急なケイの行動に対応しきれず、思い切り紙を顔面に押し付けられるアキ。

 ひとまず何を書かれたのか確認しようと、紙の内容を見る。


「なっ……!こ、これって……!」


 辞表の一番下。

 アキの署名が書かれている場所に、連名としてケイの名が書かれていた。

 ケイは、アキが読んだのを確認すると、黙って紙を取り上げ、元の形に折りたたむ。

 そして、土で小さなゴーレムを作ると、紙を持たせて城へと向かわせる。


「……これが、僕の魔導士としての最後の魔術だ。」


 最後にそう呟くと、アキの方を見てニコリと笑い、


「約束は守ってもらうよ、先生。」


 そう言って、手を差し出す。

 対するアキも最初こそ戸惑った顔をしていたものの、改めてケイの顔を見て理解する。

 そして、ニッと笑うと、


「おう!こちらこそよろしく、先生!」


 そう言ってケイの手を握る。

 アキはそのタイミングで、あっと声を上げる。

 そうして急いで近くの木の根元をゴソゴソと調べ始める。


「おっ、あったあった!」


 アキは自分の荷物を事前に木の根元に隠しておいたのだ。

 そうしてしばらくの間荷物を漁ると、大きな棒状のものを抱えて持ってくる。



「これ、俺の剣!一応、なんかあった時にって思って持ってきたんだけど、お前がついてきてくれるなら、やるよ!」


 そう言ってアキは、剣をケイに渡す。


「そうか、じゃあ交換だね。」


 そう言ってケイも懐から杖を取り出してアキに渡す。

 アキは一瞬目で、いいのか?と訴えるが、ケイの満足げな顔を見て、わざわざ聞くのは無粋と言葉を引っ込める。


「それじゃ、行こうか。僕たちの夢のために。」


「ああ。夢の旅に、な。」


 こうして、夢見る二人の旅が今、始まった。


「それじゃ、行こうか。僕たちの夢のために。」


「ああ。夢の旅に、な。」


 こうして、夢見る二人の旅が今、始まった。


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