アキ VS ケイ その3
「はぁ……。」
ケイは悲しげな顔でため息をつく。
ケイは後悔していた。
元々、害するつもりはないとの言葉通り、ケイには自分から攻撃するつもりはなかった。
だが、ケイは先ほど許してくれるかを聞かれた時に少し期待してしまった。
このままアキが諦めてくれることを。
そして、その後の行動で裏切られた、と感じてしまった。
そのため、つい思いのままにこちらから攻撃してしまった。
「……もう少し、心を鍛えるべきだな。」
ケイはそう言って自嘲気味に笑う。
まぁ、どの道もう終わりだ。
アキの技術ではあの壁の主導権は取れない。
上から逃れようとすれば即座に木縄が捉えるように準備している。
土壁は、いくらアキでも拳で破壊できるようなものではない。
万が一、魔術で土壁を破壊できたとして、
「僕には勝てないよ、アキ……。」
その目に映るのは悲愴。
これはアキを馬鹿にしているとか、煽っているとかでは決してない。
純然たる事実だ。
ケイには、どんなに状況がアキを優遇しようとも、今のアキに敗北するビジョンが見えない。
同じ夢を見てくれれば、それで良いのに。
ケイは頭を振って思考をリセットする。
いくら負ける要素がないとはいえ、余計なことを考えている場合ではない。
「まぁ、とにかく土壁から出られるか、だ。どの道出られなければ、このまま時間切れで終わり。」
明るくなってくれば、人通りも増えるし、最悪ケイも増援を呼びやすくなる。
その状況で無理に国抜けをしようとするほど、アキも馬鹿ではないだろう。
そして、実際その通りになりそうだ。
現に先ほどから土壁には全く変化が――
「ん?」
土壁の下部が少し赤みを帯びている。
なんだ?と思い、ケイが構えるが早いか、
ドォッ‼
という音と共に、土壁の下部が破壊され、こちらに炎が向かってくる。
「くッ‼」
流石のケイも予想外なことに焦る。
ケイは木縄用に準備していた木を自分の前に引き寄せると、瞬時に太く成長させ壁とする。
炎はその勢いのままに木を焼いていく。
が、ケイの作り出した木を貫いて、ケイに届くまでは至らない。
炎は木を貫通したところで完全に勢いを失くし、木に大穴だけ残して鎮火する。
ケイはその穴から急いで土壁の様子を確認する。
「な⁉」
土壁の向こう側が見えている。
アキが放った炎は、ケイの方向だけでなく、その反対側に向けても放たれていたのだ。
そして、もうすでに土壁の中にアキの姿はない。
うかつだった。
アキに土壁を破壊されることをきちんと想定できていなかったこともそうだが、まさかアキが逃げの一手を取るとは。
ケイは急いで土壁に向かう。
まだアキが土壁のどこかに隠れている可能性も考えられる。
全てきちんと確認しなくては。
「……とはいえ、魔力探知には何もかからない。流石にここにはもう――」
そう言いつつ、土壁の中に入り、上を向いた瞬間、
上部から何かが降ってくる。
「なっ⁉」
ケイは咄嗟に腕でそれを支える。
重い、冷たい。
そして、向こう側が透けて見える。
上に乗っているのは、
「ケイ、ようやく焦り顔が良く見える位置に来てくれたな。で、これで終わりだ。」
「アキ……⁉」
アキはそのまま両の掌をパンッと合わせる。
それに合わせてケイに襲い掛かるのは先ほどの炎。
アキは逆方向に放った炎を操り、二つに分裂させて隠して待機させていた。
隙など与えない。
炎はあっという間にケイを包み込み、焼いていく。
それに合わせて、徐々にアキが飲み水を変化させて作った氷の足場が溶けていく。
だが問題はない。
アキは足を壁に引っかけて高さを維持する。
炎もきちんとアキが操って上に登ってくることはない。
これだけ閉鎖した空間で、燃やすという攻撃手段。
流石のケイでも無事では済まないと思いたいが――
(肉の焼けるにおいがしない……?)
戦場で経験した焼死時のにおい。
それが感じられない。
だが、唯一炎から見えているケイの腕は激しく燃えている。
アキが疑問に思い始めた、その時だ。
炎が弾けたかと思えば、目の前にいたのは、
ケイ。
「炎拳‼」
そう叫ぶや否や、アキの腹に燃える拳が叩き込まれる。
「ガッ……‼ハァ……ッ‼」
思わず拳を受けた腹部を手で押さえる。
当然、アキの身体は落ちていき、炎の中へ向かっていく。
このままではまずいとは思うが、身体が言うことを聞かない。
炎を消すこともできず、そのまま焼かれていく――
かと思われたが、アキが炎に触れる寸前、急にフッと火が消える。
「グッ⁉」
アキはそのまま地面に叩きつけられる。
拳のダメージに叩きつけられたダメージが重なり、動くこともできずにうずくまる。
ケイはそんなアキの様子を少しの間警戒して見降ろしていたが、
土壁を解除してアキの正面に着地する。
そして、しゃがみ込んでアキの肩に触れると、
「もう、十分だろう。認めるよ。正直さっきの包囲網には僕も恐怖を感じた。これ以上は命が危ないし……国を出るのは諦めてくれないか。その代わり、僕が魔術を教えるよ。そのくらいのルール違反ならいくらでも付き合うからさ。だから、もう――」
優しく諭していたケイだったが、そこで言葉に詰まる。
その原因はアキの目だ。
その目に映るのは怒りだ。
強い怒り。
憎しみにも近いように見えるほどの。
一体、何にそんなに怒っているのか。
全力で戦おうとしないから?
アキの覚悟を裏切ったから?
どれも違う。
今アキの心を支配している怒りの原因は、
「……さっきから、何かブツブツ言ってんなとは思ってた。それがさっきの一撃の時、初めてはっきり聞こえたよ。
お前、魔術名を言ってやがったな?」
ケイはドキリとする。
魔術名。
その名の通り、使用する魔術を端的に言い表す単語である。
木の枝を縄のように扱う木縄。
対象を凍らせる氷結。
といったように、様々な魔術名が存在している。
これを魔術使用の直前に発する。
一見ただのかっこつけのように見えるかもしれないが、これにはとある意味がある。
相手と公平に勝負するという意思表示だ。
魔導士が魔術を使用できない相手と勝負する際、公平を期すために魔導士が自身に課すルール。
それが魔術名の宣言である。
当然、それを曲がりなりにも魔導士を名乗る相手にすることがどういうことを意味するか。
「もうほとんど忘れられかけてるような伝統だ。
そもそもそんなルールがまかり通っていたのはあくまで遊びの中でだけ。命の取り合いである戦争では当然そんなものは適用されないからな。
そんなカビの生えた伝統まで持ち出して人のこと煽りたいとはな。
さっきまでは八つ当たりだって自覚があったけどよ。
ここまでコケにされたら流石にキレるぜ。」
アキはうずくまりながらも強い視線でケイを睨む。
ケイもこれには思うところがあるのか、少したじろぐ。
何かを言おうと口を動かすが、言葉は出ない。
ケイは、アキを見続けることができず、フッと視線を外す。
隙だ。
この隙を見逃すアキではない。
条件は整った。
アキが賭けに出なければならなかったことは二つ。
一つは、ケイが土壁の中を確認しに来ること。
そして、もう一つ。
ケイが土壁を解除し、この周辺の地面をアキが操作できるようになることだ。
アキは指をクイッと上に向ける。
それに合わせて、ケイの片足の地面が少しだけボコッと盛り上がる。
「うぁっ?」
一瞬ふらつくケイ。
アキはそこを突いて、もう片方の足を払う。
うずくまっていたアキに油断していたケイは、対応が間に合わずそのまま体が宙に浮く。
アキはケイに足払いを掛けてすぐ少しだけ移動し、そのままケイに蹴りを叩き込む。
「ガッ……‼」
蹴りをもろに食らったケイはそのまま吹っ飛んでいく。
ダメージで動けないのか、なすがままだ。
だが、アキの攻撃はこれで終わらない。
ケイを蹴り飛ばした先にあるもの。
それは先ほどケイが飛ばした氷塊の一つ。
土壁にいる間にある程度方向を定めておき、うずくまっている間に魔力を繋げておいた。
アキは魔力をグイッと引っ張る。
氷塊はアキに引っ張られてケイの方へ。
一方のケイも、蹴り飛ばされた勢いで氷塊に向かっている。
(ちったぁ痛い目見やがれ!)
土壁の中で、ケイに一泡吹かせるために必死に考えた策。
互いに勢いは十分だ。
このままなら確実に衝突する。
ケイもダメージで動けていない。
今度こそ、アキの攻撃が通る。
ケイの身体が、氷塊に衝突する――
ザブンッ‼
氷塊が水に変化する。
ケイの身体は水に包まれるが、当然ダメージはない。
「クソがっ……‼また主導権を取られた……!」
アキは急いで先ほどまで氷塊だった水球の主導権を取り返そうとする。
が、そんな隙は与えられない。
ケイは水中ですぐに体制を整え、アキに向かって指を向ける。
それを合図に、水球から何かが飛んできて、アキの足元を抉る。
水か、氷か。
「どちらにしても……!」
とにかく逃げなければまずい。
先ほどの氷弾と同じく、アキは急いで横に走り出す。
すぐに大量の弾が撃ち込まれてくる。
ここまでは、先ほどの氷弾と同じ。
違うのは、範囲。
先ほどのように一点のみを狙った攻撃じゃない。
きちんとアキが逃げた方向へ向かってくる。
(早い!)
弾の速度も、アキに向かってくる速度も速すぎる。
これでは、すぐに追いつかれる。
何か魔術を使って乗り切らなくては。
何か、魔術を――
「間に……合うわけ……!」
そんな速度で魔術行使できるわけもなく、アキの姿はあっという間に弾幕に包まれて消えた。




