アキ VS ケイ その1
「じゃあ、話を聞かせてくれるかな?」
ケイは城壁に背をつけたままの姿勢でアキに問う。
まだ表情も硬いままだ。
アキは内心様々思案しつつ、笑顔を作って会話する。
「その前にこっちも質問させてくれ。
なんでここにいる?
この際俺の脱走ルートとかはまぁいい。俺とお前の知ってる情報はほとんど一緒だからな。
逃げようと思えばこの日のこの時間、このルートの可能性が一番高いのは分かる。
だが、わざわざ丁寧に俺の心をへし折っておいて、それでもまだ俺が逃げるかもって思った理由はなんだ?」
下らない時間稼ぎだ。
長い付き合いだ。こんなこと、聞かなくたってわかる。
わざわざ答えてくれるとは思えないが、この隙に考えを巡らせよう。
そうアキは思っていたが、
「……そりゃあ、君のことだ。心を折ったつもりで僕の言うことなんて完全に無視して行動するなんて珍しいことじゃない。
だから、あの日から仕事の合間を縫って君の行動を確認していたんだよ。
僕との話の次の日、地下書庫でジェドさんと話していたのも知っている。
それからの君の様子から、また悩んでいるのは分かったからね。
そうなれば、君は必ずこの結論を選ぶ。
そのくらい分かるよ、長い付き合いだからね。」
……思った以上にしっかり回答してくれた。
状況を理解していないのかとも思ったが、流石にケイはそこまで馬鹿ではない。
分かった上で、乗ってきている。
「さぁ、君の話を聞かせてよ。」
事実、こんなことを言いつつ、ケイの目は真っすぐアキを見ていない。
より正確に言えば、アキの顔ではなく、アキの一挙手一投足を見ている。
ケイの求める以外の回答をしたり、少しでも怪しい動きをすれば、即座に戦闘に入るつもりだろう。
そして、お互いにわかっている。
必ず戦闘が起こることを。
「俺さ、あれからもう一冊禁書を読んだんだ。魔術の入門書だった。でも、魔術を使う職に就いた奴に向けた本じゃない。魔術の才能がないと判断された人間に向けての魔術の入門書だ。
もちろん、才能あるやつに勝つ方法が書いてあったわけじゃない。
だけど、俺はその本に書かれてる内容を読んでその可能性を見た。
可能性があるなら、俺は挑戦したい。
色んな問題があるのは分かってる。
でもやっぱり俺は今、これだけの情報を知ってしまった中で、これ以上夢から目を背けてはいられない。」
アキは思いをぶつける。
徐々に言葉に力がこもる。
そしてそれに反比例するように、ケイの表情は徐々に曇っていく。
それでもアキは止まらない。
ケイとそうなることは、わかっているから。
「俺は夢を見に行く。
そのために全てを捨てる覚悟が、その罪を背負う覚悟はできている。
それが俺の結論だ。」
はっきりと、言い切る。
ケイは顔を伏せたまましばらく黙る。
何かブツブツと言っているように見えるが、アキの位置からは聞こえない。
ケイはしばらくそれを続けたのち、急にピタリと一切の動きを止める。
そうして一つ、大きなため息をつくとゆっくりと顔を上げる。
アキの目をまっすぐ見つめて、
「僕の夢は君と共に歴史に名を刻むこと。
それが目の前の状況で、他ならぬ君自身に壊されることなど許せることではない。
僕の夢のために、君を力づくで引き留める。」
ケイもまた、はっきりと宣言する。
それが、開戦の合図となった。
宣言を言い終えるとほぼ同時、話を聞きながら魔術を解くだけしておいた右腕を解放。
当然先制するのはアキ。
右腕の解放と同時並行で準備をしていたため、一瞬でアキの頭上に無数の小石ほどの氷の塊が出来上がる。
「オラァ‼」
その掛け声とともに氷が一斉にケイの方へと放たれる。
雑な狙いで放たれた氷は、ケイだけでなくケイの周りの地面までも抉り、土煙を立てる。
アキからはケイの姿が視認できなくなるが、関係ない。
ケイがこの程度で倒れる訳がないことは知っている。
アキはすぐさまケイの背後にある城壁に意識を集中する。
ボコッボコッ!と音を立てて城壁のレンガが剝がれていく。
アキは、浮かせたレンガでケイがいた場所の周りを囲むと、腕を何かを抱きしめるように動かす。
それを合図にレンガが一斉にケイの居た位置へと降り注いでいく。
ドォンッ!という激しい音が何度も起こる。
それと共に、再び大きな土煙が辺りに舞う。
アキはそんな様子を確認し、フゥ……と一息つくと、腰から杖を取り出して構える。
そして、土煙の中心を見据える。
レンガをぶつけたにしては音が小さい。
確実に、いる。
先ほどの位置から一切動くことなく、ケイはあの攻撃を全て防ぎきっている。
アキは煙の中心、そして自身の周囲を警戒しつつ、禁書に書かれていた内容を反芻する。
――この世界における魔力とは、あらゆる物質の内部に存在する力のことである。
魔力は基本、その物質の体積に満遍なく満ちている。
魔力は基本、物質と同じ形をしており、物質の形が変化すれば、それに合わせて魔力の形も変化する。
逆もまた然りであり、魔力の形を変化させると物質の形が変化する。
魔導士は自身の魔力を他の物質の魔力に接触させ、操ることで物質を変化させたり、移動させることができるのである。
魔導士が魔力を飛ばしやすいのは指や腕など、方向を定めやすい部位である。
その補助として使用されるのが杖である。
杖は魔力を引き寄せる構造となっており、手に魔力を集中すると、杖に魔力が集中するようになっている。
魔力の性質は大きく分けて二つある。
一つは先ほども記載した物質の変化。
移動や形の変化はもちろん、状態を変化させることもできる。
例を挙げれば、水を氷に、逆に蒸気に変化させることもできる。
二つ目は破裂。
魔力を物質の外に無理に引き出そうとすると、そこで爆発が起こる。
魔導士はこれを利用して物質を銃弾のように打ち出している。
また、この破裂については威力を変化させることもでき――
と、土煙が晴れてくる。
まず目につくのはケイだ。
予想通り、先ほどの場所から一歩も動いていない。
それどころか、姿勢すら全く変わっていない。
腕を組み、城壁に背をつけて、こちらをまっすぐと睨む。
改めてケイの強さ、恐ろしさを感じるが、そんなのは序の口だとすぐに気付かされる。
特に意識して見たわけではない。
距離的に、ある程度視界に入ってくるというだけだ。
だが、見ていて気付いた。
城壁が、直っている。
確かにアキが城壁から取り出し、ケイに向けて飛ばしたレンガが、全て綺麗に戻っている。
「……嘘だろ?」
思わず笑みが零れる。
笑わなきゃ、やってられない。
これが、魔導士団長。
そんなアキの様子を見て、ケイはため息をつきながら城壁から背を離す。
そして、
「アキ!城壁からレンガを取り出すのは結構だけど、もう少し気を付けて欲しいなぁ。雑に取り出して崩れたりしたらどうするんだ?」
まるで子供を叱る大人のように、そう言ってのける。
そんな態度に困惑するアキに対し、ケイはゆっくりとした動きで周囲の地面を見渡す。
そして、組んでいた腕を解くと、地面に向けて指を軽く動かす。
少しの間それを続けると、うんとひとつ頷くと指をグイッと上に上げる。
それに反応して地面がボコッ!ボコッ!と盛り上がる。
が、それ以上は特に何も起こらない。
ケイは少し不満げな顔をしながら、もう一度、今度はさらに力強く腕を上に引き上げる。
ボゴォ!という音と共に出てきたのは先ほどアキが地面にめり込ませた氷塊だ。
ケイは地面を探って、先ほどアキが外した氷塊弾を引き上げていた。
それだけではない。
サイズが、アキが撃ったものとは違うことが一目でわかる。
ケイは地中の水分でアキの氷塊をさらに補強していた。
そして、
「氷弾」
その一言を合図に、全ての氷塊が一斉にアキに向かっていく。
ケイの一連の行動に思考停止していたアキだが、
「うおおぉぉおお⁉」
と、派手に叫びながら横に向かって全力で走る。
ドゴォォン‼
と背後からとんでもない音が聞こえているが、どうなっているかなど確認している余裕はない。
とにかくできるだけ離れなくては。
「いでッ!」
何かに足を取られて派手に転ぶ。
とはいえ、アキも歴戦の猛者だ。
その程度では当然止まることはない。
が、ここで気づく。
「音が、止まってる……?」
恐る恐る背後を見る。
攻撃は、確かに終わっていた。
景色も、大きく変わっていた。
地面は大きく削れ、いくつもの木々が倒れている。
さらによく見れば、木や土はただ衝撃で折れたり抉れたりしているわけではないことが分かる。
塵となっているのだ。
あまりの衝撃で木や地面の一部が消滅している。
アキにはこの状況に見覚えがあった。
隕石だ。
空から降っていた大岩。
あれがあった周囲の状況にそっくりだ。
かなり限定的な範囲ではあるが、そのあまりの威力に戦慄するアキ。
そんなアキを、優しく諭すような声で、いつの間にか普通に会話ができる距離まで近づいてきていたケイが言う。
「まだ、やるの?」




