ケイからの試験
カツッカツッと靴の音が響く。
夜の城は静かだ。
この時間、皆基本は自室で鍛錬に勤しんでいるか、すでに寝ているか、あるいはケイらのように部屋に集まって話しているかだ。
廊下に出る人はほとんどいない。
加えて、ケイは道中一切話すそぶりを見せない。
アキは少し不満げながら、特に文句を言うこともなくついていく。
しばらく歩いて、ケイはある扉の前で止まった。
「ここって……魔導士団の訓練場じゃねぇか。」
ケイは、懐から鍵を取り出すと、静かにカギ穴に差し込み、鍵を開ける。
ドアノブに手をかけ、扉を引くと、ギッと小さな音と共に扉が開く。
ケイはなんでもないように扉の先に進もうとするが、
「お、おい……大丈夫なのか……?」
とアキがか細い声で問う。
というのも、機密保持のため、団の詰所、訓練所は原則、団員でなければ入れない決まりがあるためだ。
ケイはそれに対し、表情を変えることなく、
「こんな時間にここを使う奴なんかいないから大丈夫だよ。もしバレたら、僕が責任を取ればいいだけさ。」
と何でもないように言ってのけて、そのまま扉の奥へと進んでいった。
アキは、まだ少し物怖じしていたが、あまりにケイが何でもないように振舞うので、諦めて先へと進む。
「おぉー……」
扉の先にあったのは、かなり広い部屋だ。
とはいえ、アキ達剣士団の訓練場と、ほとんど間取りは変わらない。
扉に入ってすぐに魔導士の杖や、貴重品を入れておくためのロッカーがあり、その奥に模擬戦用の広い空間が広がっている。
剣士団と違うのは、部屋の両端にそれぞれ三つ、特殊な空間があることだ。
一つは小さな池。
一つは火がついている暖炉。
そしてもう一つは、小さな木だ。
特殊、というのにまず気づいたのは暖炉に言える。
一見、普通の暖炉にしか見えないが、よく見るとずっと燃え続けているのに、中の薪の焦げが一切広がっていない。
さらに見ていくと、池には全く波紋ができておらず、木も全く揺れる気配がない。
室内であることを差し引いても、ここまで動きがないのは不自然だ。
アキは魔導士を志す身として、ケイに話を聞きたいところだったが、そう思ってケイの方を見たとたん、杖を放り投げられる。
「おっ……とぉ!」
急なことでバランスを崩しながらも、アキはこれまで鍛えた反射神経でなんとかキャッチする。
「あっ……ぶねぇな!落としたら――」
アキはバッっとケイに目を向けるが、もうすでにそこにケイの姿はない。
「こっちだよ、アキ。さぁ、僕の前に立ってくれ。」
声のする方を見ると、模擬戦の場の片側にケイが立っていた。
その状況を見て、アキもようやくケイが何をしたいのかを理解する。
アキはフッと笑いつつ、ケイの前に立つ。
「なるほど?お前に力を示さない限り行くことは許さねぇってことか。」
アキは杖を構えてケイの出方を窺う――
が、ケイは手を前に出してそれを制止する。
「残念だけど、不正解だ。僕はただ、君の魔術能力が知りたいだけだよ。」
そう言って、ケイはようやく先ほどまでの固まった表情を緩める。
「は、はぁ?能力を知りたいって……結局戦り合おうってことじゃないのか?てか、さっきまでのマジな雰囲気は何だったんだよ……」
ケイの突然の豹変ぶりに、困惑するアキを見て、ケイは笑いながら返答する。
「ごめんごめん、さっき君に暴れられた仕返しだよ。まぁ、力試しの試験っていう面はあるから、その雰囲気作りもあったけど、誤られたくらいじゃ気持ちが落ち着かなかったものでね。」
「マジかよ……てっきり俺まで国抜けしようって言い出したのにブチギレてんのかと思ったのに……」
アキの肩から一気に力が抜ける。
そんなアキの様子に、ケイは控えめに笑う。
アキは大きく一つため息をつき、ケイに問う。
「で?何をしようって言うんだ?戦うわけじゃないんだろ?」
ケイは笑顔のままアキの後ろ、池がある方を指さす。
「あの池の水を使って、できる限り早く僕の足を凍らせてくれ。一歩たりとも動けなくなるくらいがちがちにね。」
お題を聞いたアキは、
「……本当にそれだけか?」
と、ポカンとした顔でケイを見る。
それというのもこの内容、子供の頃によくやっていたのだ。
十歳になるまでの間、子供たちは剣や魔術を始めとする様々な技術や学問の基礎を学んでいく。
その期間の成長度などの情報が、職業選定の儀に使用されるわけだが、その時期に魔術の基礎練習として行っていたのが足を凍らせて自由を奪う魔術だ。
そして、それはアキが最も得意としていた魔術でもある。
「ああ。時間計るから、僕が合図したら全力で頼むよ。」
ケイはさらっと言うと懐から時計を取り出し、準備をする。
アキは、試験と言いつつアキの得意な魔術をやらせるケイの意図が分からず困惑する。
が、
(いや、ケイのことだ。なんの条件もなく国抜けするのは許せなかっただけかもな。だから簡単なものでも何か障害を作りたかったのかも……)
そんな考えが浮かぶ。
実際、それはそれでケイらしい。
アキは思わずニヤリとして、
「よっしゃ!いいぜ、やってやるよ!」
と、気合十分で答える。
ケイはその様子を見て、コクリと頷く。
「よし、じゃあ今から三・二・一で始めるよ。準備はいいかな?」
「おう!いつでもいいぜ!」
アキは意気揚々と杖を構える。
ケイは、時計を見ながら手を上に挙げる。
そして、
「いくよ。三……、二……、一……」
ケイは勢いよく腕を振り下ろす。
それと同時にアキは杖の先を池に向ける。
すぐに池の水がズズ……と盛り上がる。
アキはそのまま杖をくいっと自分の側へ向ける。
池の水は大きな蛇のようにうねりながらアキの方へ向かって空中を流れていく。
「おおおおおぉお!」
アキはそのまま思い切り杖の先をケイに向くように振る。
水は杖に導かれるように空中を進んだのち、アキの少し前でザバッと地面に落ちる。
と、同時に水が氷へと変化する。
ガガガガガッ
と、大きな音を立ててケイへと向かう。
氷のように固い音を響かせながら、水のようなしなやかさでケイにまっすぐ向かっていく。
氷はケイの足まで到達すると、ケイの両足を蛇のように締め上げる。
そして、
ガキィッ!!!
と大きな音を最後に、先ほどまでのしなやかさが失われた。
ケイは力を入れて足を動かすが、全く動く気配はない。
確認を終えたケイは笑顔で頷くと、手を挙げて試験終了の合図をした。
「ふむ、十秒か。相変わらず速いね。というより、子供の時より早くなってるんじゃない?」
アキは軽く息を切らしながら、どうだと言わんばかりにニヤリとしてケイを見る。
「へへ……。ふぅ……久しぶりにやると割と疲れるな。ガキの頃の速さはさすがに覚えちゃいないけど、まぁ中々悪くないタイムなんじゃねーか?」
嘘だ。
魔導士になる夢を見続けていたアキは、これまでの十年間、寝る前の一時間程度ではあるが、毎日欠かすことなく魔術の鍛錬を行ってきた。
その甲斐あって、子供の頃の最速タイムであった十五秒からかなり短縮することに成功していた。
アキは、ケイに褒められた喜びを押し殺し、かろうじてどや顔だけに留めてケイを見る。
そんな舞い上がった気持ちを抑えきれないアキと対照的に、ケイはさらっと話を進める。
「それじゃあ、今度は僕がやってみるね。」
そう言ってケイは、軽く杖で氷を突く。
それだけでガチガチに固められていたはずの氷が一瞬で水に戻る。
そのままアキに時計を渡すと、元の位置に戻って杖を構える。
アキは困惑して、
「いやいや、お前が凄いのは分かってるからいいよ。そりゃ夢のためにはいつか超えなきゃいけないのは分かってるけど流石に今は……」
と言うが、ケイは
「まぁ、いいからいいから。」
と言って譲りそうにない。
てっきり実力を見せて、ケイが認めてくれてそれで終わりだと思っていたアキからすると、今のケイの行動はさっぱり意味が分からない。
ただ、何か言ってケイの行動を変えられることもなさそうだ。
自慢されるようで気分はあまりよくなかったが、アキは諦めて時計の準備をする。
「……じゃあ、さっきと同じく三・二・一で始めるぞ。準備はいいか?」
ケイは、
「ああ、いつでもいいよ。」
と落ち着いた態度で言う。
そんな様子もなんだか鼻に付いたが、超えるべき壁を見ておくのも悪くはない。
そう思いなおしてアキは時計を確認しつつ手を挙げる。
「じゃあいくぞ、三……、二……、一……」
アキは思い切り手を振り下ろす。
と同時にケイもサッと杖を池に向ける。
たったこれだけで、アキと同じ流れの箇所は終わった。
池から水が出てくるが、アキの時よりも細い。
音もほとんどない。
ケイは素早く杖を自分の方へクイッと動かす。
水はまっすぐ、糸を引くようにケイの方へ向かってくる。
かなりの速度で向かってくる水に対し、ケイは全く動じることなくサッと杖をアキの方へ。
水はまるで壁があるかのように綺麗にクッと曲がると今度はまっすぐアキへと向かっていく。
そのまま水はあっという間にアキの足を包み込んだ。
かと思った時には、もうすでに水は氷へと変わっており、アキの足は全く動かなくなっていた。
あまりの手際に、アキは一瞬呆けてしまうが、すぐにハッとして手を挙げる。
「六秒……いや、ちょっとボーッとしちまったから五秒か……?やっぱりすげぇな……。」
アキは、ケイに時計を返そうと、氷を杖で突いて解除しようとする。
「……あれ?」
解けない。
氷の解除は子供時代にも散々習うことだ。
手順を間違えたかと何度か試すが一向に解けることはない。
「少し待ってね。」
いつの間にかケイが目の前に来ていた。
ケイは、指先を氷に向けるとくるくると指を回す。
少しの間回すと、
「はい、これで解けるよ。」
と言ってくる。
アキは言われた通り解除を試すと、ジャバッと大きな音を立て、アキの足を派手に濡らしながら解除される。
「うへぇ……。毎回濡れるのが最悪だなぁ、この魔術は。あ、これ時計な。」
ケイは時計を受け取って懐に入れなおすと、
「僕の結果、どう思った?」
とアキに笑顔で問う。
流石にこれはアキも腹が立って、何か言い返してやろうと思うが、何も思い浮かばない。
悔しくてたまらなかったが、さっき王との謁見の後に煽ったことを思い出す。
あれの仕返しかと思って諦め、少しすねたように答える。
「まぁ、凄かったよ。やっぱり魔導士長は違うなって。流石に今はまだお前には勝てねぇよ。」
でも、と言葉を続ける。
徐々に熱も入っていく。
「いつかこの五秒差を追いついて、追い越して、一秒で凍らせられるくらいになって、色んな魔術を極めて。
泉を見つけて、世界を変えて、いつか必ず!
世界に名を刻むような大魔導士になってやる‼」
アキはすねながらも堂々と宣言する。
自分が夢見る未来を、ケイに認めさせたい。
そんな思いのすべてをぶつけた。
今、実力が足りないことなんてわかっている。
その険しい道を進む覚悟を、ケイにはっきりと見せつけた。
そう思っていたのは自分自身だけだと、ケイの次の言葉で思い知らされる。
ケイは、アキの宣言を聞くと、表情を訓練場に来るまでの無表情へと戻し、静かに口を開いた。
「いろいろ言いたいことはあるけど、まず一つ。
さっき僕が実演した魔術。
あれは、今年の新入団員が入団一週間後に実施した試験で、最も成績が悪かった者の魔術を再現したものだ。」
「……は?」
アキの顔から表情が消える。
ケイはそのまま続ける。
「上級魔導士であれば、一秒でも遅いくらいだよ。
もちろん上に行けば行くほど速度だけが強さではないけど、その考えでも一秒は最低ラインだ。
それから、速度だけじゃない。
君の魔術はあまりに無駄が多すぎる。
相手を捕らえるだけでこの水量は使いすぎだし、操りきれず水が多くこぼれている。
凍らせるタイミングも早い。
地面をこんなに凍らせていては、こちらが何を狙っているのかすぐにバレてしまう。
そして最後、氷の解除だ。
魔導士が相手を捕縛するとき、使用した術を逆に操られることがないよう、ロックをかけるのが基本だ。
君はかけ方も外し方も知らないようだったけどね。
加えて――」
と、ここまで言ったところで気付く。
アキにはもはや聞こえていない。
暗い顔をしながら、
「新入団員最低……?俺のこれまでの日々は……?」
などとブツブツ呟いている。
ケイはそんなアキの様子を見て、流石に言葉を止める。
そして、少し悲しそうな顔をしつつアキの肩を掴む。
アキは身体に触れられたことでようやく我に返る。
ケイは、アキが話を聞いていることを確認して話を続ける。
「いい?アキ。君の絶望は伝わっているけど、あえて追い打ちを掛けさせてもらう。
君もこの十年、魔術の自主トレを行ってきたんだろう?一日一時間くらいかな?
でもね、そうやって積み重ねた3650時間を、たった168時間で軽々超えていくのが才能だ。
はっきり言って、君が大魔導士になれる可能性は、ゼロに等しい。」
アキはまだ呑み込めない。
頭が理解を拒絶している。
もうアキは自分が今どんな表情をしているのか、それどころかどんな感情なのかもわからない。
呆然と立ち尽くすアキに、ケイは、
「もう一度、よく考えるんだ。」
それだけ伝えると、アキの杖を取り、片付けを始めた。
その日アキは、ただケイに促されるままに行動することしかできなかった。




