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「いい加減にしてください。それを言うならあなただってオルテンシア王女のパートナーを務めたじゃないですか!」

 ネッカル相手に声を荒げたのは久しぶりだ。予想外の婚約者の怒りの反撃にネッカルはたじたじとなる。それでも「ただのエスコートだ!」と負けじと声を張った。


「それなら私もあなたと同じだわ!」


「……身を弁えているならいい。後腐れない相手にしろよ」


「寛容ですね! 男の遊びはいいけど女は駄目、なんて言わないのは、まあまだマシな部類なんでしょうかね!」

 レイラは蔑む視線で冷たく言い捨てると、そのまま魔法訓練棟に向かう出口に大股で進む。当然途中でミーアとすれ違ったけれど、彼女を一瞥もしなかった。


 レイラは幼い頃は活発でネッカルともよく喧嘩をしていた。次期当主の婚約者として、マルラート家でしきたりや儀式を習い始めると次第に従順になった。大人になっているんだなと呑気に見ていたネッカルは、本当にそうなのだろうかと、たった今疑問に思った。


 周りは濃淡や輝きの差はあれど、緑の目に緑の髪ばかり。そんな中にあって許嫁の少女は黒い目に黒髪だった。可愛らしい彼女との婚姻に不満などなかった。


 ラマ・ローウェンス帝国に侵攻され、国の指導者が変わり、今までの常識が一変した。かの帝国が大国だと知ったのもルミエナに来てからである。そして世界は様々な色彩で溢れていた。


 ただただ美しい純金色の髪、純粋な銀色の髪__髪の毛とは違う瞳の色は柔らかい。エインのような精霊の色を纏う者はいない。多種多様な世界の中でも自分は美しいのだと認識したのは入学してすぐだ。

 いろんな少女が声をかけてくる。その積極性に尻込みしていたのに、いつの間にか慣れて懇意になる女生徒が増えた。明るい色彩の女性を好むようになったのは、レイラと比較して華やかに見えたからだ。


 あんなに可愛らしいと思っていた婚約者は平凡だ。学園内で自分の隣に据えるのは恥ずかしい。そんな傲慢な事を思っていた。ところがどうだ。ドレスを着て皇子にエスコートされていたレイラは美しかった。男たちが見惚れるほどに。


(あれは僕の婚約者なのに……!)

 

 彼女は卒業後、ネッカルの妻になる。それは彼の中でも揺るがない。なのに焦燥感に駆られるのは自覚のない嫉妬だった。


 今日ミーアを誘って植物園に来たのは、実は待ち伏せである。

 仲の良いスファイヤ商会の男と魔法訓練棟に通っていると小耳に挟んだからだ。ネッカルの預かり知らぬところで二人は名が知られていた。


 スファイヤ商会のリギル・シュラターンは、整った容姿で人当たりも良く、有能とくれば女生徒たちが放っておくはずもなく、しかも恋人はいない。

 その彼の一番親しい女性がネッカルの婚約者である。二人きりで出かけたりはしていないようだが、二人の行動は学園内でも目立つのだと知った。


(シュラターンはレイラが僕の婚約者だと知らない)


 彼がエイン国との繋ぎのためにレイラに近づいているのは確実だ。世間知らずのレイラは利用されるに違いない。今日は『あまり二人きりで行動しないように』と彼らに釘を刺すつもりだった。


 リギルとレイラが聞けば『おまえが言うな』と呆れる案件だ。しかしネッカルは<学生時代の思い出の恋>をしているだけである。先に卒業する彼は、レイラの卒業までには外交官としての下地を作るつもりだ。


 リギルは魔力が高く属性魔法も得意と聞く。

 奴の魔法を見せてもらうために訓練棟に行っているんじゃないのか? 今日はレイラが独りなのでいつも二人で通っているのではないと知り、ネッカルがほっとしたのは事実だ。


 奴はレイラにとって特別な存在じゃない。そう思った安堵のせいか、ハリ帝国皇子を引き合いに出してしまった挙句、余計な事をレイラに言ってしまった。


 レイラの入学の日、『元首に頼まれている』として彼女のエスコートをしたためロージリンの機嫌を損ねた。だから内心イライラしていたのが爆発して、レイラに暴言を吐いた。


 __婚約者だと名乗るな。おまえも恋をすればいい。


 地味で引っ込み思案なレイラが学生恋愛などするはずがない。ネッカルの婚約者として、慎ましく生活するだろうと。高を括っていたのだ。レイラがまさかあんなに、男子生徒たちに女性として見られるなんて考えもしなかった。


 レイラに捨て台詞を吐かれて、ぐるぐると色々複雑な感情に飲まれていたネッカルは、ミーアに袖を引かれて我に返る。いつの間にか側に来ていたらしい。


「気が強い婚約者さんですね。ネッカル様、可哀想……」


ミーアに同情の目で見られる。


(気が強い? いや、レイラは大人しくて従順で……)


 ……本当に? 前はよく言い合いをしていた。最近は大人しく……いや、あれは<マルラート家の嫁は従順であれ>と厳しく躾けられて感情を殺していたのか……?


「ネッカル様の奥さんになるなんて幸せなのに」


 ……そうだ。総本家次期当主の妻になれるなんて幸運だ。相応しくなるため頑張るのは当然なんだ。


 今より幼いレイラが怒ったり、声を立てて笑ったりする姿が脳裏に浮かび、ちくりと心の片隅が痛んだのには、気がつかない振りをした。





「あー!! ほんっと最悪!! なんで絡んでくるのよ!!」


 訓練棟の初心者部屋で、レイラはネッカルに憤りながら、自身の中に眠る魔力を形にしようとしていた。

 

 いつもリギルが付き合ってくれているが、彼は魔素を使う魔法使いなので今ひとつ助言は役立たなかった。しかし魔法使いの教師にとっても未知なもので、教師らがレイラに与える知恵もない。だから一緒に試行錯誤してくれるリギルの存在は有り難かった。


 結局、魔素を体内に取り込む段階が必要ないから、直接自前の魔力に干渉すれば良いのでは?との結論に至ったものの、言うは易く行うは難しである。


 やり方が分からない。『こう、魔力を生成する感じで』とリギルが実演して水や火を出してくれても、ちんぷんかんぷんであった。


「ビンタのひとつでもしてやりたい気分よね!!」

 自分は美少女を侍らせておいて、こちらを糾弾するネッカルの事を、考えれば考えるほど腹立たしい。


 途端にぶわりと魔力が溢れ、魔力の塊が前方に飛んだ。


「えっ!?」


 何が起こったのか、びっくりして身体が固まった。魔法が発動したのだと理解した瞬間、魔力の進行方向に他の生徒がいるのに気がついた。このままではぶつかる!


(危ない! 魔力を消さなきゃ! お願い、消えて!!)


 必死に念じると、魔力の塊は見えない壁にぶつかったように霧散した。

 

(えっ? できちゃった……?)


 魔法は具体的な想像が必要。

 レイラは目の前にネッカルの姿を思い浮かべ、ぶん殴ってやりたいと思った。

 __それが魔力の発動に繋がった。


(あのくらいの感情がないと駄目なんだわ。私、相当腹が立っていたのね)


 話に聞いた魔素を使う無属性の魔法とは違う。純粋な魔力の塊だった。更にその攻撃の塊を消す事ができた。


 魔法はイメージ。魔法は願い。

 ようやくレイラは形を掴めたのだった。


(早くリギルに会いたい!! 報告したい!!)

 喜び勇んだレイラの頭の中からは、不誠実な婚約者の顔はすっかり消えていた。


 されどリギルは最近忙しい。ゆっくり話す時間もない。


 そう思っていたのに、翌日、レイラとコルサマロンはリギルに『放課後、いつもの第二自習室に集合』と授業の合間に声を掛けられた。彼の隣にはロジュが居たので、あの懇親会の時のウォーダ皇子との話をやっと説明してくれるのだと察した。





 自習室はテスト前でもないので他に誰もいなかった。それでも廊下やら周囲深く見渡して人がいない事を確認してドアを閉める。それからリギルは説明を始めた。


「あの時、俺がウォーダ皇子に耳打ちしたのは『そのタイピンの宝石に魔法は付加されていませんよ』だ」


「えっ、宝石に魔力を込めるのは駄目じゃなかった? 宝石が魔素に負けて黒ずんで価値がなくなるから」


「そう、どこかの王族が王冠を神秘的に輝かせようと炎の光を纏わせたり、どこかの金持ちが首飾りに水の防護を加えようとしたり。結果、国宝級の宝石が失われた間抜けな話は有名だよねえ」

 

 コルサマロンの問いに、ロジュはいつもののんびりとした口調で応じた後、顔を曇らせる。


「それを、うちの第二皇子が、タイピンのレッドスピネルに加護魔法をつけてもらったらしい」


「えっ!? じゃあ、あの綺麗な宝石が屑石になっちゃうじゃない! あれは皇帝から賜った誉れの証なんでしょ!?」

 レイラも驚く。宝石に魔法付加禁止は常識の話のはずだ。


「幸いな事に」

 リギルが深く息を吐いた。

「レッドスピネルは無事だ。最新技術で宝石に魔法付加が可能になったと騙されたんだ。宝石の表面上だけに、軽い防護魔法の残滓が微かに残っていた。つまり詐欺に大金を払ったのさ、あのお坊ちゃんは」


「兄との初対面の時にそうじゃないかと思ったってリギル、魔力が高すぎるよね。僕は全く気が付かなかったよ」


「確信したのは直接タイピンに触れた時だけどな。アクシデントを起こしてくれたあの令嬢には感謝だぜ」


「巻き込まれ事故だったじゃん。あの女の子、痛そうだったよ」

 コルサマロンは少女の髪を引き抜く勢いだったウォーダを思い出して、眉をひそめた。

 

「ほんとに粗野だよねえ。皇太子を排除したい野心があっても、第二皇子は人格に難がある。僕は皇太子である第一皇子派だよ」


「だからー、そんなお家事情、聞きたくないんだって!」とコルサマロンは涙目である。「私が消されたらどうすんのよー」と喚き、「秘密でもなんでもない」とロジュに一蹴された。


 リギルがぽつりぽつりと話し始める。


「ここ最近、属性魔法を加えた魔素入りのガラス玉が市場に出回ってるのは、みんな知ってるよな」


 レイラも市場や雑貨屋で見た事がある。輝きは然程ないものの、アクセサリーに加工されて安価で売られていて、庶民にも手が出せるので人気だ。


 それの純度の高い大きな物を、輝きが増すカットにして、宝石として高価格で売る詐欺がある。魔力のない商人なんかは騙されているらしい。

 

「そこでリギルのような魔石鑑定士が活躍するのさ」


 ロジュがくすくす笑うと、「リギルってどれだけ称号持ってんの?」とコルサマロンは呆れる。


「魔道具関係の商売人に必要なスキルだよ」

 リギルは肩をすくめた。

「そんな紛い物の宝石を高値で買い漁る各国の貴族が増えた。投資目的なら更に悲惨だ。元はただのガラスだから二束三文にしかならない」


「うちの兄はそれにも手を出した。自分の資産じゃなくて国庫の金を使ってね。本人は国の資産を増やしたつもりで、皇帝に褒められる予定だったんだと。愚かすぎて弟として恥ずかしいよ」


「ええっ、それ大変じゃない!」

「お父さんにめちゃくちゃ怒られるよね!」

 驚くレイラに、コルサマロンは一般家庭の問題のような、ぬるい発言をした。


「横領だからね。退学させられてもう学園にはいないよ。王位継承権を剥奪された。横領分を王妃が私財で補ったから、なんとか貴人牢行きは免れた感じ」


「えー、他に処罰はないの?」

 コルサマロンは不服だ。

「辺境で五年間無給で国境警備をするんだって。役に立つのかなあ? でも皇太子になる彼の夢が潰えただけで、皇居は平和だよ」

 ロジュはあまり興味なさそうに答えた。


 ちゃんとした鑑定士を雇って立ち会って貰えばいいものを。それだけの金と手間さえ惜しむ愚鈍な者は騙されるのだ。

 立派な服を着た商人が『今だけこの価格』『貴方にだけに』『次は⚪︎⚪︎家に行く』とか煽る。詐欺師はとにかく口が上手い。


 ウォーダ王子の場合、防護を加えてもらったタイピンを、街で『なんて素晴らしい技術だ』と見知らぬ魔法使いたちに褒めてもらい、すっかり商人と、そこの専属魔法使いを信用してしまった。そして勧められた紛い物の宝石を購入した。

 もちろん街の魔法使いなど詐欺の仕込みである。騙された金額もさることながら、商人たちに疑問を持たなかったのが、皇族としての資質に欠けると判断されての皇位継承権の剥奪だ。


 兄はそこを理解しているのだろうか、とロジュは思う。

 

 




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