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「無属性魔法か。私も一通りの研究はしたが事例が少なすぎて諦めたよ」

「ローレイン卿でもですか」

 がっかりした思いが隠しきれないレイラの姿に、ローレインは眉尻を下げた。


「ああ、まず魔素変換は炎を出すとか、そこの岩を動かして投げるとか属性が具体的だ。私が実際に会った男は、まだ若いのに属性魔法を極めてしまった天才だった。クラーク族出身のカイル・ジニアースという」


「クラーク族?」

 レイラは首を傾げた。聞いた記憶がない。

「ずば抜けて魔力の高い一族で、魔族に近しいと言われている」

 リギルがそう説明する。

 ローレインは「クラーク族は普通の人間だ」と険しい顔で、リギルも「そう、才のある人間は畏怖されて謂れもない話がまかり通る」と渋い表情だ。


 どこの国にも属さない魔界に近い土地、クラークに住んでいる少数部族で、魔法使いとして各国の魔法機関で働いている者が多い。魔界の影響を受けているため、破格の魔力を持つからだ。

 __クラークは精霊界に近いエインと同じように、異界に接しているのだ。その異界は魔素を多く含むから便宜上“魔界”と云われている。こちらの世界から見れば魔界の生命体は異形の者が多いために“魔族”と呼ばれており、彼らは頻繁にこちら側に現れるので恐怖の対象である。しかし特に人間に悪さをするわけでもなく、獣を狩ったり自然物の採取をしたりと、察するにあちらの世界で有益なモノを持ち帰っているらしく、まずこちらの人間と接触する事はない。


「魔素を純粋なエネルギーに変換するだなんて、彼の理論を聞いても各国に散る同族ですら成功していない。それくらい無属性魔法は幻なのだ」


「卿はそのジニアース氏の無属性魔法をご覧になったのですか?」

 リギルは真剣な顔である。


「ああ、自分の影から黒い茨の鞭を取り出すのを見た。光によって作られる影の力を借りるつもりで魔素を使っているそうだ」


「それは攻撃魔法なのですか?」

 ロジュも興味を持って、身を乗り出す。


「茨の鞭は拘束具にもなる。きっと他の技も使える。クラーク族の中でも“魔界の申し子”と呼ばれるほど、魔界の魔素を引き出すのが上手い。今は自由人と称して、未踏地の冒険や傭兵もやっている変わり者だ」


「光と、影……。漠然と魔力を練っても何も起こらないはずだわ」

 レイラがポツリと呟いた。

「そうか。君は精霊魔法を使えないから無属性魔法を目指して?」

「はい」

「エインの精霊力は魔力と異なり、使う魔法も似て非なるものだ。不思議だ。君には精霊力に準ずる魔力があるのに、魔素魔法を使えないとはな。きっとエイン特有の魔力なんだろう」


「精霊の加護がないと、産む産ませるだけの存在なんて、人権侵害じゃないですか」

 

 コルサマロンはレイラがネッカルの許嫁である理由を聞いてから、ずっと憤慨している。


「それは国の歴史だから口出しは出来んよ。虐げられているわけでもないしな」

 大人なローレインの言い分も解る。コルサマロンは不満そうだが突っかかるのはやめた。


「ありがとうございました。イメージが大事だと分かりました」

 レイラは、彼との会合にほぼ満足していた。


「ローレイン卿、その高魔力保持魔法使いは今どちらに?」

 横から質問したのはリギルだ。


「さあなあ、面白そうな事や新しい事にはすぐ食い付く男だから、今はどこで何をしてるやらなあ」


「そうですか」

 リギルは残念そうだった。


 ローレインと話したい者たちは大勢いる。

 礼を述べて四人は席を立った。


「なんとなく幸先がいい気がしてきたわ。また魔法の練習、頑張るわよ!」

「頑張れレイラー」

 ロジュの声援は気合いが抜ける。


「ねえねえ、レバーパテの乗ったバゲットがあるって、どこに? レバー嫌いな人でも大丈夫って聞いたんだけど」

 苦手な食材にも挑戦したいコルサマロンの食い意地、いや、探究心は恐れ入る。

「えっと、パンはあっちかな」

 リギルが彼女を誘導しようとすると、不機嫌そうにこちらに向かってくる男がいた。


「ロジュ!!」


 相変わらず弟を見下している横柄な態度のウォーダ皇子だった。


「どうかされましたか、兄上」


 ロジュの笑顔は嫌味なほどに眩しい。ウォーダの後ろにいる令嬢が彼の同伴者だろう。その少女はロジュを見て顔を赤らめている。


「どうしてオルテンシア王女のエスコートを断ったんだ。私が抗議されたぞ!」


「兄上には関係のない事柄で、それは大変失礼しました。いえ、こちらの令嬢のエスコートを任されていましたので」

「エイン独立国のレイラ・アルジャナと申します。クラスメイトの気安さもあってお願いした次第です」


 嘘も方便。エイン国の要人のレイラにそう言われると、ウォーダも黙るしかない。舌打ちして踵を返した彼は、背後にいた同伴の令嬢にぶつかってしまった。


「うわっ!」

「きゃっ!」


 ウォーダのタイピンに令嬢の髪が絡まった。


「邪魔な! どうしてここにいるんだ!」

 八つ当たりだ。振り返る時に勢い余ったから接触したのだ。

 彼は力任せに少女の髪を掴んで抜こうとして、「痛いです!」と悲鳴を上げられる。


「お二人ともじっとして。皇子殿下、女性の髪を引きちぎっては駄目ですよ」

 リギルが仲裁に入る。リギルは無断でウォーダのタイピンを抜き、それから丁寧に令嬢の髪を外した。

「あ、有難うございます」

 令嬢は恥ずかしそうにリギルに礼を言う。そしてウォーダを冷たく見ると無言で去って行った。ウォーダはパートナーがいなくなった事にも気づいていない。

 ウォーダは怒り心頭でタイピンを奪い返すと、リギルを怒鳴りつける。


「無礼者、勝手に触るな、平民風情が! 盗む気か!?」


 ウォーダの暴言に、周辺が静かになる。

 罵声を浴びたリギルは「声はお掛けしましたよ。女性に乱暴するのが目に余りましたからね」と平然としている。


「兄上、ハリ帝国の格を下げるのは貴方ではありませんか?」


 先程の笑顔が嘘のような無表情のロジュは「ひえっ、美形の真顔って迫力あって怖い」と、コルサマロンに怯えられた。


「なっ!?」

 ウォーダの顔は怒りで真っ赤だ。


「ルミエナに身分制度はありません。大体そのシュラターンは、流通している魔道具の特許を幾つも持っていて金持ちですよ。そんなレッドスピネルくらい小遣い程度で買える」


「それは盛りすぎ……」と呟くリギルの声は誰にも拾われなかった。


 会場には平民も大勢いる。それこそ身分制のない国からの生徒も。女性に荒っぽくする姿は見られるし、更に貴賤発言。確かにハリ帝国の第二皇子の評判は下がってしまう。


「ここで騒ぎを大きくしない方がいいですよ」

 宥めるように言ったリギルが、小声でぼそりと何かを呟くと、途端にウォーダの顔が青ざめた。


「し、失礼する」

 絞り出しような声を出したウォーダは、さっさと足早に会場を出て行く。


「どうしたんだ、あれ。何の魔法を使ったんだい?」


 急に態度が一変した兄の後ろ姿を見送ったロジュは、珍しくポカンとした間抜け面を晒していた。


「んー、ちょっとな。後日話すよ。今日はとことん食べようぜ! な、マロンちゃん!」

「なんか私をダシにしてない? 食べるけど!」


「……何、隠してんだろうね」

 楽しそうな二人を胡乱な目で見るロジュの腕をレイラが掴む。

「話してくれるのを待ちましょ。高い参加費払ってんだからしっかり食べておかないと! ロジュも行こ!」


 レイラに連れて行かれるロジュはふと悪意が身体に刺さるのを感じた。さりげなく視線の主を探し、それがレイラの婚約者だと気がつくと口角を上げた。

 憎々し気な瞳が語るのは、さしずめ<それは俺の女だ>と言ったところか。隣にいるロージリンまで悔し気なのは、パートナーの感情を察知してだろうか。


(なるほど、リギルの狙い通り)


 ひとまず目的は果たされたので、ロジュも友人たちと食事を楽しむ。

 その合間にリギルはあちこちに声を掛け、社交性の高さを見せていた。


(あの外交手腕は見習わなければな)

 大人びた顔で笑っているリギルの姿に、ロジュはそう思った。






 懇親会の後、ロジュたちはウォーダの話を聞きたがったが、リギルは「ちょっと待て、もう少し調査が進んでから」と何かの問題がある事を匂わせながら、のらりくらりと追及を躱していた。


「すまない、ギルドも絡んでるから」


 そう言われると無理に聞き出せないではないか。それに授業が終わると学園を飛び出して、門限ギリギリに寮に帰るか外泊届を出して帰ってこない日も続いた。


 リギルの本来の立場で多忙なのだ。学生が本分のレイラたちは彼の身を心配するしか出来なかった。



 少し前からリギルがレイラの無属性魔法発動の練習に付き合って、放課後二人で魔法訓練棟に通っていた。しかし最近リギルは多忙で不在だ。ローレイン卿の話を聞いて、無属性魔法を意識するのではなく、純粋魔力の魔法を模索し始めたレイラは、最近はひとりで試行錯誤している。

 

 レイラは食堂で持ち帰り用夕食を包んでもらうと、学園の広い敷地の裏手にある魔法訓練棟に足を運ぶ。食堂を利用する時間が惜しいのだ。訓練場で食べるつもりである。


 魔法訓練棟に行くには、異国の木や植物を育てている大きな温室の中を横切るのが最短ルートである。いつものように入ると、思わぬ人物を見かけた。


(うっ、なんで会うのよ!)

 前方に婚約者を発見した。

(だから遠目でも目立つのよ、その髪は!)


 よく考えたらここはデートスポットでもあった。仲睦まじく並んで歩く男女がちらほら見える。


(あら、……今日のお相手はロージリン様じゃないのね)


 靴職人の娘、ミーア・ロスだ。淡い金髪で薄い琥珀色の瞳の、とても愛くるしい少女だ。トレードマークは頭の上の大きな赤いリボンだ。大人っぽいロージリンと可愛らしいミーア。二人に限らずネッカルの女友達はとにかく容姿がいい。


 ネッカルは彼女の肩を抱いている。


 どうしようかと迷う。小径に入って避ける手もある。だが落ち度のない自分がこそこそするのも腹が立つので、レイラは彼らを完全無視してそのまま進む事にした。


 ネッカルがレイラに気がついた。ミーアに何か話すと彼はひとりでレイラに向かってきた。レイラの顔が強張る。


「おい」

「何でしょうか、マルラート様」


 ネッカルは舌打ちして「他人行儀はやめろ」とレイラを睨む。


「あなたは風の次期総領になる方ですからね。ただの知人ならこんな感じでしょう。それよりデート中に他の女性に声を掛けるのはまずいのでは?」


 ミーアはレイラを睨んでいる。解せない。ロージリンといい、何故ネッカルに非難の目を向けずに女の方に敵意を抱くのか。こちらが被害者である。


「彼女は君が俺の婚約者だと知っている」

 ああ、ならば彼女がレイラを睨むのも理解出来た。一番の恋敵は、ロージリンではなくてレイラなのだから。


「バレたのですか」

 嘲笑する。

「あれだけ婚約者面するなと私に啖呵をきっておいて」

「父親がギルドかどこかで知ってミーアに伝えたらしい」

 ネッカルは苦い顔で言い返した。


「つまり、娘の交友関係を知っていて、婚約者がいる相手だから親しくするなとミーアさん、親に怒られたんですね」


 ネッカルは不愉快そうな顔を崩さない。

「全く余計なお世話だよ。ミーアの男友達は僕だけじゃないのに」


「親御さんが心配するのは当然でしょう」


「それよりおまえの方こそハリ帝国の皇子と親しいんだな」


「クラスメイトだからよく話しますよ。懇親会は互いにパートナーがいなかったから一緒に出ただけです。皇子は婚約者が自国にいますからね。誤解のないよう、彼は前もってエイン独立国の私をエスコートすると大使館に知らせていました」


 ネッカルと違い、こちらは何ら後ろめたい事はない。


「それならいい」

 安堵した表情だ。この男、自分を棚に上げて偉そうに何をほざく。


「皇族相手に恋愛沙汰はさすがにまずいと思ってな」


「はあああ?」


 いい加減、ネッカルを殴っていい気がしてきた。



 

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