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「そうなのか? うちも加入してるんだが」

 ハリ帝国の第五皇子が戸惑う。


「あれはあれで機能してるから問題ないよ。大陸中の勝手な盗掘を許さないのが始まりだったらしいからな」


「タリニア諸島も一応加入してるけど、あんまり関わらないな。魔石を輸出入するわけじゃないから」

 コルサマロンは他人事の口振りだ。


「中立国として他国に対して<平等>を掲げるルミエナを建国した時に、元々バイジャリカの老舗商会にいた者が独立して興した商会がスファイヤだ。ルミエナ国家の思想に賛同したんだよ」


「だからルミエナでスファイヤ商会が大きな顔してるのね」

 

「マロン、言い方っ」

 グラティスが小声で嗜めた。


「そりゃ七十年前から協力して国を豊かにしてきた自負があるからな」


「まだたった七十年の国なのに、独立国として上手く機能している」

 イブンが「前から不思議だったんだよな」と首を傾げた。


「それはまだ分かるよ。他国との徹底した<平等さ>で、どことも同盟を組まないと明言している。真面目で優秀な者は他国出身だろうが孤児だろうが重用する。国際的な国立学園を創立した。国民は全て同じ法律で裁かれる。こんな構想、逆に新しい国でないと実現できない」

 ロジュがイブンに答える形になった。


「だけど」

 と、ロジュは言葉を区切って真っ直ぐにリギルを見つめた。


「僕が疑問なのは建国者の正体だ。ルミエナ・シルフォン・ザラード。出身国不明の無名な政治家。いつもベールを被って顔を隠していたんだろ? 実は偽名でそれなりの身分の女性だって説が濃厚だよね。当初から伝説の女帝だなんて言われて、よっぽど上手く正体を隠したんだろう。リギルはスファイヤの中枢にいるじゃないか。知ってるなら教えてよ。これは単なる好奇心で国に報告はしないと誓うよ」


「え? リギルって魔道具作成見習いじゃなかったの?」


 思わずといった風情でコルサマロンが口走る。ロジュの言葉にレイラ以外がびっくりしていた。


 はあ、とリギルは大きな溜息をついた。

「レイラちゃんといい……全く。国の方針で来てるヤツは油断できないな。俺は学生生活を楽しんでるだけなのに」


「あら、ロジュも私も普通に友人と思ってるわ。ただ、要人の情報を持たされてただけだって」


「そうそう、仲良くなればと思って近づいたけど、気が合って安心したんだよ? 嫌なヤツなら苦痛だし。君の縁で他国の友人も増えて感謝している」

 ロジュは悪びれもせず、凛として堂々と言う。


「えー、ここで皇族オーラ出すとか勘弁してください……」

 いつもは敬語を使わないマーサが縮こまっていた。


「うん、どうしても隠したいわけじゃなかったから別に良いけど。レイラちゃんにはルミエナの歴史を教えるって約束してたし、この場で話そうか」


 言いながらリギルは選んだ魔石を真綿を詰めた木箱に入れて封をすると、「マロンちゃん、どうぞ」と手渡した。


「俺だって又聞きだけどさ、バイジャリカ王国で王家と貴族の内紛騒動があって、最終的に王家が折れて、この地を譲る事で和解したらしい」


「そう聞いてる。でもその内紛相手の名前が表に出てこないんだよね」

 ロジュは先を促す。


「反王家派閥の貴族とのゴタゴタも確かにあったけど、実は王家のお家騒動だったって話だ」

「なんだ、王家の醜聞隠蔽か?」

「反王家の派閥の中に先王の隠し子がいたらしい。彼を反乱の旗印にされたらたまらない。当時の宰相たちが政敵と話し合いを重ねて、かなりの政治案を受け入れた。庶子には王家直営のこの辺境地を渡す事で、王家の血筋を名乗らない誓約を交わしたんだと。それで突然の新生国爆誕だとさ。でも俺が聞いたくらいだから、これも眉唾ものかもな」


「何か裏取引で独立したのは確かなようね」

 グラティスは顎に手を添え、真剣に考え込んでいた。


「“ルミエナ・シルフォン・ザラードは隠し子本人じゃなくて代理者で、でも国の名前にするくらいだから隠し子の愛人じゃないか説”が根強い」


「……そんな話、ラマ・ローウェンス帝国人の私が聞いて良かったの?」

 マーサは動揺している。


「何が真実かは、もう今更問題にならない。建国者は完全議会制の新しい国作りを目指して、今のところ成功しているから」


「商人職人を優遇して、教育に力を入れて、法の平等か」


「やっぱりロジュは賢いな。生産性のない狭い土地に押しやって事を収めた気のバイジャリカ王国は、思惑が外れたんだよ。痩せた土地でも問題なかったんだ。ルミエナの財産は人材と流通なんだ」


「飛行船の開発をしたのはスファイヤ商会だろ。あれをカーヴェラ国は軍事船に改造しているらしい。他国に干渉しないと言いつつ、他国への軍事力に影響が大きいのは皮肉だな」


「イブンの言う通り。交易船にカーヴェラやラマ・ローウェンスは早くから目をつけていた」


「そうね。ラマ・ローウェンスの軍人が、飛行船で不法入国して従属を強いてきたから、属国にされないようにエインが開国を決意したもの」


「そうなの!? 私の国がレイラの国を襲ったの!?」

 マーサが叫んだ。

「……知らなかったわ。ごめんなさい」

 一介の平民の少女がそんな国の事情を知るわけがない。

「マーサが謝る事じゃないわ。こんな機会じゃないと、私自身が外に出る事もなかったわ」


「それに、謝るなら飛行船の開発に携わったリギルだよ。ねえ? 天才魔道具技師さん」


 平然とロジュが暴露する。にこやかな笑みまで浮かべて。その笑顔にリギルは舌打ちした。


「通訳として商談で各国を回っているから、表向きは通訳者か?」

 ロジュはリギルの睨みなど意に介さない。


「偉い人って怖いー。普通の学生の振りで過ごしてるなんてー」

 コルサマロンは思わず身震いしてグラティスに抱きついた。


「マロン、貴族社会では当たり前の腹芸よ。情報は小出しにして優位に立つものなの」

 彼女を抱きしめ返し、諭すグラティスにコルサマロンは「そんな芸いらない!」と首を振った。


「飛行船は輸送用でしかない。改造すれば魔石は反応しない。飛ばないただのガラクタになる。そんな制限を付けていると契約書にも明記していて、それを了承した上で高額購入してるのに、馬鹿どもはすぐ忘れるのかハッタリだと思ったのか」


「そうなのか?」

 これにはロジュも目を丸くする。


「技師たちが何ヶ国も修理に向かったよ。あちらの契約不履行が原因だから先方の落ち度な。俺たちは平和と利便性を追求してるんだ」


 今は商会の専売の飛行船も、いずれは自家開発されるだろう。その上をいく魔道具を作るだけだ、と豪語するリギルの瞳は揺らぎなかった。



「もしかしてこの家にある魔道具って、全部お前が作ったのか?」

 イブンが慄くと「まさか」とリギルは否定した。


「既製品の改良研究目的で持ち出せる物がほとんどだ。今は学生だからあまり帰れなくて倉庫みたいになってる」


「……ねえ、魔力がない人でも魔石を使ったら魔法が使えるの?」

 話題を変える事に遠慮しながらレイラは尋ねてみた。


 すると全員がぽかんとした。

 おかしな質問だったのかとレイラが慌てれば、「ああ、エインは魔法に関しては全くの無知だったな。当たり前すぎてびっくりした」とリギルが頷く。


「魔力の無い者は使えないよ。空中の魔素を使うのと原理は同じだ。魔石は濃い魔素の塊だから、簡単に魔素を引き出せるってだけだ」

 ロジュの説明でレイラは理解する。

「なるほど。魔法使い以外には無用の長物ってわけね」


「魔力に関係なく魔石を利用できるのが魔道具だ。この際、俺の仕事を明らかにしとくわ。通訳の立場で連れ回されてるけど、商談の魔石の鑑定も任されている。正式にはスファイヤ商会の魔道具開発部、魔法技師副長って肩書きだ」


 胡散臭く思われて今後警戒されるのをリギルは嫌がり、正直に役職を明かしたのだった。


「で、俺が魔石の専門家だと分かった上で、レイラちゃんの精霊石を見せてもらいたいんだけど」


「うん、ちゃんと持ってきたけど……前に見せたペンダントに匹敵するのはこれくらい……」

 レイラがポーチからそっと出したのは緑の石がついた金の指輪。


「うわあ、本当に綺麗ね。小さくても精霊石の輝きは宝石の比じゃないのね」


マーサが感嘆する横で レイラはリギルに苦笑いを見せた。リギルは知っている。レイラが入学初日だけ身に着けていた、婚約指輪だ。婚約者である事を隠すよう言われた腹立たしさから外している。


「これは正式な場でしか着けられないわね」

「悪目立ちするほど輝いてるものねー」

 グラティスとコルサマロンは、レイラが大事にしていると納得の様子だが、布に包みもせず無造作にポーチに入れているだけだ。


 ネッカルが入学する際に指に嵌めてくれた物で、今の扱いを知れば彼は怒るだろうか。ネッカルの精霊石の中でも最高級の物の一つである。ネッカルをぞんざいにできない身代わりのとばっちり不遇扱いだ。


「ねえ、ロジュ、あなたはこの指輪の意味、分かるんでしょう?」


 精霊石を食い入るように見ていたロジュが問われて、レイラを見直す。


「ああ、君の立場を思えば、ネッカル・マルラートから贈られた婚約指輪かな」


「えーっ!?」

 再びイブンと女性陣が驚愕の声を上げた。


「私もこの際だから告白させてもらうわ」


 レイラは入学初日の出来事を話した。たまたまリギルに現場を見られて、それから親しくしていると。


「ご、ごめん……、私、無神経な真似してたのね……」

 グラティスが青褪める。ずっとレイラに婚約者の不実を突き付けていた形なのだ。

「ううん、エイン国を心配してくれていたんだし、生まれた時からの許嫁のネッカル様に対し、浮気に傷つくような感情は無いんだと認識したくらいで、別に傷心してないから平気よ」


「新情報が多すぎる! 今日は驚いてばかりだ!」

 イヴンが大声を上げると、

「特に商人と皇子が、色々知ってて何くわぬ顔してたのが衝撃だよ!」

 コルサマロンはそちらにショックを受けていた。


「他言しないってレイラちゃんと約束したから。商人は信用第一なもんで」

「皇族が何でも曝け出すわけないだろ?」


 リギルとロジュは当然の顔をしていた。


「なんか、また場を荒らしちゃってごめんねー。でも指輪の所以を聞かれたら避けて通れないもの。これ、最高級精霊石だもん。婚約指輪なる大陸の文化を知ったネッカル様がくれた時は、ときめいたんだけどね……」


 自分だけを見てくれていたネッカルは、外の世界で擦れてしまった。レイラは遠い目をした。だが方向性が違うだけで、自分も揉まれて変化しているはず。閉鎖的な学園の中でさえ刺激的なのだ。外の世界はもっと混沌としているだろう。

 

(彼と結婚して、上手くやっていけるかしら……)


 自信がない。レイラは彼に添う未来が想像できなくなっていた。





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