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「ねえねえ、スファイヤ商店の物って、リギルのお友達価格で買えない?」

 授業の合間の休み時間に、コルサマロンがリギルに尋ねた。


「何だよ、マロンちゃん。俺の家じゃねえし、そんな権限ねえよ」

 リギルは呆れている。


「実家がさあ、大陸の魔石が欲しいって言うのよね。島で出来る魔石とどう違うか調べてみたいから送ってくれって」


「魔石かあ……クズじゃないギリギリの物でも、純度が高けりゃ結構な値段だ。同じ大きさの宝石の数倍高いしな。ほんと、どの程度によるかだぜ」


 レイラは二人の会話を興味深く聞いていた。

 エイン産の精霊石と他の地で産出される魔石は異なる。


 精霊石は精霊の魔力が凝り固まった物で、人が精霊に願い、手の中で生成する。属性の純粋な力のため、高位精霊の精霊力なら火属性は真っ赤な輝石、水属性なら真っ青な輝石になる。精霊の力を借りられないレイラには不可能な芸当だ。


 地中や水中に閉じ込められた自然の魔素が固まった石は魔石と云う。属性が無いので無色だ。


 普通の魔法は、大気中に含まれる魔素と呼ばれるものを、火や水に変換して発動する。個人の魔力によって威力が違う。その魔力を有した人間自体が少ないので、魔法が使える者は単純に“魔法使い”と呼ばれる。


 そもそも遥か昔は人間は魔法を使えなかった。

 火を吐いたり地面を揺らしたり、吹雪を起こして攻撃する獣を総じて魔獣と呼ぶ。その魔獣たちを研究して、自然界の活力を変換していると突き止めた先人たちがいた。


 その自然界のエネルギーを魔素と名付け、生まれ付き魔素を体内に取り込める魔力を持つ者が存在する事が発見される。彼らは修行をすると魔獣と同じように魔法が使えるようになった。やがて決まったものを発動させる“魔法陣”が作られ、更に時短の“呪文”が出来、体系化される。それが現在の魔法使いの始まりであるらしい。


 世界では“魔法”は常識だが、レイラは学園で初めて習った。本当に世界は未知で溢れている。



「魔石と普通の宝石って、カットして磨けば、魔力の無い人には違いが分からないよね」


 リギルの友人、ハリ帝国出身のロジュ・ミラル・ターソンがリギルに同意を求めた。リギルを通じて仲良くなった彼は、ハリ帝国の第五皇子である。


 ルミエナ国際学園が設立されてから皇族は通わされるようになったそうで、彼は魔力保持の“魔法使い”なので魔法応用科を選んだ。

 王族、皇族でも入学試験はある。忖度はされないから、彼のおじおば、兄姉、いとこの半数は入学できていないらしい。


『国際交流と勉学は建前で、要は優秀さの箔付けさ』だそうだ。


 畏れ多くて話しかけられないと言っていたグラティスも、かなりロジュに慣れた。

 

 エインは階級制度ではないからピンとこないが、貴族の関係性はそんなものらしい。ロジュ曰く『末端側室の末っ子だし気軽な身分だから普通に接してよ』と、人懐っこさ全開なのでレイラたちと親しくなった。



「そう! 下手な所で買って魔石の偽物を掴まされると困るから!」

 コルサマロンが力説する。


「……わざわざ魔石を宝石みたいにカットする事はないんだけど……いや、逆に無価値の無色透明の人工石を魔石原石に見せかけて、高値で売られている物が出回ってるな。個人で自由に買える魔石は小さい物だから誤魔化しも……」

 リギルは考えながらぶつぶつ言っている。


「ほら、やっぱり信用出来るのはスファイヤ商会だよね」

 ロジュはニヤリとリギルを見た。


「うーん……だったら次の休みに俺の研究室兼自室に来る? 俺が独自入手した未選別の規格外の石があるから、それなら安く分けてあげられる」


「え!? 私も行きたい!!」

 コルサマロンより早く反応したのがマーサだった。その勢いにリギルが仰反る。

「マーサちゃんの方が食いつきがいいね」

「いや! 私だってすぐ返事するつもりだったよ!」

 コルサマロンは心外そうだ。


「私も見てみたいわ。いいでしょ」

 グラティスも乗っかった。

「じゃあ僕も行きたいな。スファイヤ商会の研究にはすごく興味がある」

 ロジュも続く。


「商会の研究室なんて、それこそ防護魔法具でガチガチに守られてるからな? 関係者以外立ち入り禁止だぜ。俺の部屋だからそんなに大層な物はねえよ?」

 期待値が上がるのを防ぎたいリギルが言い訳をする。


「それでも研究者の部屋なんてワクワクするわ。寮生活してるのは家が遠いからなの?」

 レイラも身を乗り出す。


「本社の近くに従業員の住居棟があるんだよ。通いはしんどい。何? レイラちゃんも来るの?」

「当たり前よ」

「ふーん……」

 リギルはしばらく思案したあと、「レイラちゃんて精霊石持ってる? 品質は問わない」と真剣な顔で問うた。


「今あるのはひとつよ」

 レイラが制服に隠れているペンダントを取り出した。彼女の首に掛かっているのは、涙型の真っ赤な石だ。


「あれ? 緑じゃないのか」

 ついリギルが言った。そこは婚約者の色では?との疑問だった。しかしすぐに失言に気がつく。

「レイラちゃんて風の一族だろ?」

 慌てて付け足した。


 レイラはリギルの一連の言動の意味に気がつき、くすりと笑った。


「これは元首様に頂いたの。エインの精霊の力が外の世界に及ぶようにって、元首様自ら付加を込めてくださった大切な物よ」


「凄いな。こんな輝き見た事ない」

 生まれ上、数々の宝石を見ているロジュが感嘆する。

「……ああ、魔石とも宝石とも違う……」

 リギルはその小さな石を凝視しながら呟いた。


「じゃあ、あのマルラートさんも貰っているのかしら」

 婚約者の名前がグラティスから出ても、レイラは全く動じなかった。


「彼は自前の緑の石を身に着けているわ。精霊は他の属性石を嫌って反発するから。彼が他の色を纏うのなら、それはただの宝石よ」


 赤い石に魅せられていた一同は、レイラが風の一族なのに精霊の加護を受けていない事実を思い出し、気まずく黙りこむ。


「全ての属性を身に着けられるとか、お得じゃねえか」

 空気を変えるようにリギルがおちゃらける。

「そうね、四色同時に着けても、全く喧嘩しないわ」


 エインでは“加護なし”と呼ばれるレイラも、外の世界ではただの“魔力持ち”なのだ。








 そうして待ちに待った休日、リギルに率いられた一同が外出する姿は目立った。それも当然だ。なんせキラキラしい本物の皇子様が、無駄に周囲に愛嬌を振り撒きながら歩いている。


「学園内で王子様スマイルは要らないんじゃね?」

 リギルが突っ込むとロジュは眉尻を下げた。

「敵を作らないように愛想よくするのが癖になってるんだよ」

 自称お気楽な身分でも気苦労はある。


「処世術なのね」

 グラティスが憐れむとイブンも「大変だな」と同意した。


 リギルが騎士科のイブンを誘うと一も二もなく着いてきた。グラティスの行く先、彼は可能な限り同行する所存である。


 気安くわいわい話している彼らの背後から声が掛けられた。


「おい、ロジュ」

 ロジュが振り向き、一同も足を止める。


「やあ、兄上」


 レイラたちはロジュの兄、ウォーダが三学年にいるとは聞いていた。芸術科だ。高貴な身分の方々は芸術科専攻が多い。オルテンシア王女然り、ロージリン然り。多分野の芸術の教養を磨くのがステータスらしい。


 ロジュが芸術科を避けた最大の理由は、同じ学科は三学年合同の合宿とかがあるからだ。兄と関わりたくない一心である。


「庶民と連むのも程々にしろ。母親が卑しくても皇子の端くれだ。ターソン皇家の格だけは下げるなよ」


 彼も学友と外出するようで、ロジュに言い捨てると、いかにも貴族な取り巻きを引き連れて先に出て行った。


「何あれ、感じ悪い。言い方ってものがあるでしょうよ」

 レイラは彼の後ろ姿を睨みつける。


「お兄さん、顔ゴツいね。美形のロジュとあんまり似てない」

 レイラに続いてコルサマロンも不敬である。


「兄さんは父似だ。正妃の次男で、皇位継承権二位だから偉いんだよ」

 ロジュは困ったように頰を掻いた。それから気を取りなおして笑う。

「気を悪くさせたね。さっさと行こう」


「……ああ」

「リギル?」

 ロジュの兄を凝視している彼の顔を、訝しがったレイラが覗き込む。


「あ、悪い。考え事してた」

「何か気になったの?」

「なあ、兄貴のクラバットピンに付いてるのはロジュと同じ石か?」


「同じレッドスピネルだよ。ロイヤルカラーで、入学祝いに皇帝から贈られる。天然物だから色合いは多少違うかもね」

 

「並べてみないと大きさや色味なんか分かんないじゃない。リギルって宝石にも詳しいの? なんか差があった?」


 レイラの問いに「いや、ハリ帝国はレッドスピネルの有名産地だからさ。さすが皇族は加工なしの高価なの身に着けるんだなと思って」と、リギルはどことなく固い笑みを浮かべて答えた。


「確かに、この大きさでこんな綺麗な正八角形だと結構お高いよね」

 ロジュはクラバットを持ち上げて、まじまじとピンを観察した。


「ひえっ、盗まれたら大変じゃん。失くさないようにね」

 一般庶民のマーサは慄いた。



 リギルの住む従業員の住居棟は一人住まい用で、賑やかな商店街に近い。家族向けはもう少し閑静な場所にある。

 

 初めて見る様式の部屋にレイラたちは興味津々だった。

 部屋に入ると、馬鹿でかい机が置いてあって、書物が無造作に重ねてある。台所は隅に申し訳程度に設置してある。


「茶やコーヒー入れるくらいしか使わないから」

 リギルは台所の小ささに言及し、「散らかっててごめん」と言い訳しながら机の上の本を棚に戻し、紙の束やインクを引き出しに入れる。


 風呂、トイレが完備している事にロジュが驚く。

「すごいな。個室にあるなんてどこの王族だよ。トイレの洗浄も風呂のお湯張りも自動だって? 使用人要らずじゃないか」


「清潔で快適な生活の為の魔道具の試作品たちだ。価格的に実用化にはまだ遠いけどな」


「すごい! リギルって時代の最先端の生活してるのね!」

 珍しくグラティスが興奮して声を弾ませた。机の上のランプを手に取って、横付きの出っ張りを上下に動かして、灯りをつけたり消したりしている。

 

「それは火の魔法の応用だ。火から熱を除いて光源だけ魔石に付加している」


「聞きしに勝る技術だな。国の開発レベルの噂は伊達じゃない」

 ロジュは湯沸かし器の底をひっくり返して調べている。


「市井の職人や、国の機関でも費用が足りなかったり冷遇されている研究者はどこにでもいる。スファイヤ商会は国、性別、年齢を問わず優秀な者は引き抜いて厚遇する。それが成功の秘訣だよ」


 自覚なく、何気に自分も優秀だとリギルは言っている。この若さで発明のいくつかは既に市場に流通しているのだからそれは正しい。


「まあ今日の目的は魔石だろ。こっちこっち」

 リギルが案内したのは寝室なのだろうが、ベッドは端にやられ、テーブルや棚が部屋の大半を占めていた。机の上には見慣れぬ器具や部品が所狭しと並んでいる。ここがリギルの“城”なのだと誰もが感じた。


 リギルはちょっとガタがきている引き出しを強引に開けると、中から木箱を取り出した。鍵もついていないそれの蓋を外すと、ぼんやりとした光が溢れる。箱の中にはたくさんの半透明乳白色の石が入っていた。


「これが魔石の原石かあ。初めて見る」

 イヴンが感嘆の声を上げた。レイラも初めてだった。


「グラティスちゃんにあげたのは、ここにあるのより劣ったものだよ」

「そうね、でも実験するには充分だった。有り難かったわ」


 箱の中を吟味していたリギルは、小指の爪程の大きさの魔石を取り出すと、コルサマロンに「このくらいのでどう?」と示す。

「三万ベランで買える? うちの通貨は弱いからそれが捻出できる限度みたい」


 ルミエナ自由都市国は、元々隣の大陸一大きいバイジャリカ王国の一部だった。その流れで通貨は大陸主流単位のベランである。


「じゃあ三個売るよ。お友達価格だ」

「ほんと!? ありがとう!」

 コルサマロンが純粋に喜ぶ隣で、ロジュが気難しい顔をした。

「思ったより大きいな。この大きさは魔石取引法に違反しないか?」


 魔石は魔道具作成に必要なため、一定以上の大きさの物の個人売買を禁じている。基礎授業で国際法を習うのでレイラも知っている。


「ああ、バイジャリカに本部がある、あの<世界魔石管理機関>の定めるやつね」

 言いつつ、リギルは涼しい顔だ。


「問題ない。そもそもルミエナはその機関に加入していない」


「えっ!?」

 全員が驚いた。


「独立機関と言ってるけどな。あれは昔っからバイジャリカ王国に所属しているものなんだぜ」




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[一言] 学生のわちゃわちゃ感たのしい。
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