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 レイラが入学してから初めての夕食会は、とても人数が多かった。立食スタイルだし制服着用なので気軽に参加できるからだ。


 レイラは会場入り口付近で友人二人とリギルを待っていた。

 既にたくさんの生徒が彼女たちの前を横切って入場している。レイラたちはその人の流れを観察していた。


「一年生って初々しいわよね」

 マーサ・スインガーはエイン独立国の因縁相手ラマ・ローウェンス帝国の花卉農家の娘だ。しがない庶民だと本人は笑っていたが、高学費の学園に入れるのだから実家は裕福な農園のはずである。


「私たちも初々しいんだからね」

 マーサに突っ込むのはタリニア諸島共和国の薬師の娘、コルサマロン・バーム。大陸共通語がまだ辿々しい。薬師はシャーマンでもある国で、いずれはコルサマロンも指導者の一員になる。最先端の魔道具、薬学を学ぶ為に島からやってきた勉強熱心な子だ。


「上級生になると制服をアレンジしてるわね」

 レイラが言えば、二人も同意する。


 一年生はまだ制服を規定通りに着ている。赤紫色のロングワンピースは裾に同布のフリルをあしらっており、ふわりと広がっている。その上に黒のボレロを合わせる。ボレロは立て襟で首元に赤いリボンを結ぶ。ドレスのような凝った華美さは無いけれど、そのままで充分可愛らしいとレイラは思う。


 上級生は胸リボンにブローチを着けたり、袖や腰に着け外しの小物を装着などして見目を競っている。逆にリボンを蝶結びにしないで単にタイ状態にしている人もいて、あれは気取らないという表現なのだろうか。


 タイツの色は自由だから差別化が顕著である。入学生は大抵指定の物を一式購入しているから黒だ。スカート丈はふくらはぎが隠れる長さだから、タイツが見える部分は少しだ。なので色味を主張しやすいのかもしれない。田舎者の自覚があるレイラには、先輩たちの装いがお洒落かどうかも判断つかない。


「ごめん、遅かった?」

 レイラたちを見つけたリギルが慌てて走ってきた。


「ううん、早目に来て入場者観察してたの」

 レイラが答える横でマーサがリギルの全身を一瞥した。

「男子生徒はあんまり着こなしが変わらないわねえ。上級生になっても気崩すくらいか」


 リギルは新入生らしく、濃紺のジャケットとトラウザーも、クラバットの装着も見本のように綺麗だ。


「一応いつもより気を遣ってんだぜ。第一印象は大事だからな!」


「そうね、いつもよりきっちりしてるわね。特に髪型が」

 コルサマロンは遠慮が無い。


 普段は適当にふわふわさせている髪を後ろに撫で付けるだけで、随分大人っぽく見える。


「失礼」

 一言声をかけると、レイラは彼の頭に手を伸ばして前髪を少し垂らした。


「何するんだよ! くせ毛を纏めるの大変なんだぞ!」

 リギルは下ろされた前髪を抑えるとレイラを非難した。


「その方が似合うわ」

「そうなのか?」

「ま、私の好みだってだけよ」


 そうして「さあ、行くわよ」と、レイラは率先して入り口に向かった。



 入り口で学園証を提示すると、給仕に葡萄ジュースを渡され、乾杯の為のものなので勝手に飲まないようにと告げられた。

 会場は既に生徒で溢れ返っている。


(早目に来た人はずっと持って立ってるの?)


 それはしんどいなとレイラは思ったが、大体の人が近くのテーブルにグラスを置いて待機していた。



「皆さん! 静かに!!」


 奥の壇上に一人の中年男性がジュースのグラスを持って現れる。入学式で司会進行役をしていた副学長だ。

 

「入学生にとっては初めての夕食会です。学科、学年を超えて交流しましょう。節度を持って楽しむように。では、乾杯!!」


 副学長の乾杯の合図でグラスに口をつけた後、生徒はばらばらと動く。


「ははっ、やっぱり男どもは真っ先に食いもんに集ってるな」


 リギルは声をあげて笑った。


「すぐ行かないと食べ物がなくなっちゃう」

 コルサマロンが慌てるのをリギルが制する。

「無くなっても追加が来るから心配するな」


「そうなの? たくさん種類のあるお菓子も大丈夫?」

「菓子は今ある分だけかもな」

「じゃあ私、先にケーキを全種確保してくるわ!」

 コルサマロンはマーサを連れて、張り切って菓子、果物テーブルに向かった。



「レイラ! ここにいたのね!」

 別行動だったグラティスが寄ってきた。彼女は幼馴染にエスコートされている。隣の領地の男爵家子息だそうだ。


「初めまして。イブン・ジレフットと申します。騎士科一年生です」


 背が高くて体格のいい男性で、いずれは王宮騎士になりたいとの夢を語る。他の科の生徒と知り合いたいと言っていたリギルは、早速彼に話しかけた。

 会話を始めた二人を横目で見たグラティスは、こっそりレイラに耳打ちする。


「エイン国の人がエスコートしているのは、ロージリン様じゃなかったわ」

「えっ、じゃあ誰?」


「大物だったわ。グレシェル王国のオルテシア第三王女よ」

「えっ!? 王女様と知り合ってたの!?」


(あいつ、大丈夫でしょうね! 軽々しく遊び相手にしてないわよね!)


 レイラの中でネッカルの評価は駄々下がりである。国際問題になるのだけは勘弁してもらいたい!


「あのね、王女様は毎回違う男性にエスコートしてもらうんだって。条件は人気のあるイケメンで、王女様に選ばれるのは誉れらしいわよ」

「エスコートだけ ?」


「接点は無いのにいきなりパートナーに指名なんて、さすが一国のお姫様よねえ」

 グラティスは笑う。

「そりゃうちの侯爵令嬢も分が悪いわ。仕方なく今日は格下を連れてる。まあまあの見た目だけど、我が国の子爵家の令息よ。機嫌悪く使い走らせてた」


 高位精霊の加護があるほど外見も美しい。ネッカルも例外ではない。そんな彼を取られたなら王女相手でも腹が立つだろう。


「美形を侍らせたい美女ってロージリン様と似ているわね……恐れ多くも王女様に敵意を向けてたけど、あれって同族嫌悪ってものかしら」


「かもね」

 ネッカルと王女の絡みが一過性のものなら構わない。ほっとしたレイラはおざなりに相槌を打った。


「ほら、あそこ」

 グラティスが顎を上げて目線で示した先には、金髪で紫色の瞳の美女が、レイラの婚約者にしなだれかかっていた。そして少し離れたところにいるロージリンが王女を睨んでいる。


「ロージリン様が二人を凝視しているから王女様も気付いてね。ロージリン様に微笑んじゃうのよ。優越感に満ちた顔でね」

 

 さしずめ『あなたの恋人も私の誘いは断れないのよ』と言ったところか。


「ロージリン様みたいに、他人の婚約者や恋人を奪うほど悪質じゃないにしても、このパートナー指名をきっかけに、王女に熱を上げる男子もいるそうよ」


 制服に手を加えず、髪を凝った編み上げにして髪飾りを着けているだけの王女は、それでも別格だった。自分の美貌に絶対的な自信があるのが見て取れる。


 エスコート役は生半可な容姿の男じゃ務まらないと理解できた。あんな煌びやかな王女の横で、全く見劣りしないネッカルにレイラは感心する。そして納得した。


(なるほど。あんな人たちが周りにいれば私は地味ね)


 卑下じゃない。客観的な事実だ。学園内で自分がネッカルの婚約者として彼の隣に立ちたいかと言えば、それは御免被りたい。妬み、僻みの罵詈雑言や嫌がらせを受けるのが容易に想像できる。何かしらの修羅場にも巻き込まれそうだ。

 無関係でいられる今の立場を、ネッカルに感謝してもいいかもしれない。


 もうそれからはネッカルのことは意識から追い出し、レイラは他の学科の女子と盛り上がったり、料理を堪能して楽しく過ごした。





「イブンってグラティスちゃんが好きなんだってよ」

 休日明けに、図書室でリギルがレイラにこっそり暴露した。


 夕食会で、リギルはグラティスのパートナーだったイブンと意気投合して、騎士科の男女と盛り上がっていたが、そんな事まで聞いてきたなんて。


「まあ、初対面でそんな話もしたの? ずいぶん打ち解けたのね」


「人心掌握は商人の基本だからな!」


 少し大きな声だったので、近くに座る女子生徒が視線を寄越した。リギルは小声で「すみません」と謝った。


「だって、わざわざルミエナの騎士科に留学する意味が分からなくてさ。王宮騎士になりたいなら、自国の騎士学校に入ればいいじゃないか。ちゃんと学校があるんだから」


「騎士科は、各国の体術や剣術を習えるから希望者が多いと聞いたわ」


「国際軍事法や兵法も習えるし、騎士科が人気なのは知ってるけど、そんな感じでもなかったから不思議でさ」


 更にリギルは声を潜める。


「グラティスちゃんがルミエナ学園に入学したからだって。好きな子と学園生活を送りたいのはよく分かる。でもすごくね? 入試の難度も高いし、授業料の他に寮費や雑費もバカになんなくて、三年間在籍したら結構な金がかかるじゃないか」


 レイラやネッカルも入学の為の勉強を一生懸命やって受験したのだ。ルミエナ学園は専門校である。基礎知識ができていない者は弾かれる。


「でもイブンさんは王宮騎士を目指してるんでしょ? グラティスは自領でお父様の補佐をしたいんじゃなかったっけ」


「いずれはって話で、卒業後は薬医師として最先端の王都の病院で働く予定なんだと」


「ああ、王都で側にいたいのね」


「あんな綺麗な才女、すぐに高位貴族に見初められそうで、離れたら不安になるんだろ」


「でも付き合っていないのよね? 彼女、恋人はいないって言ってた」


「この三年間で婚約に漕ぎつけてやるって息巻いてたぜ」


 なんて健気な幼馴染だろう。レイラとネッカルは純粋な幼馴染とは云えない。ネッカルは総本家の嫡男で、レイラは彼の家に、その伴侶に選ばれただけ。



『レイラの髪も瞳もキレイだよ』

 自分はどうして両親や姉弟のように緑じゃないのだろうと嘆いたレイラに、幼いネッカルは照れながらそう言ってくれた。優しい子だと思った。


 思春期になると、よそよそしくなって会話も減ってきた。母親や姉に言っても『年頃だから恥ずかしいのよ』と微笑まれるだけで、レイラの不安は流される。


 入学して、レイラはネッカルの本音に触れた気がした。

 __このまま恋も知らずに結婚するのか?


(意外とロマンティストだもの。きっとそんな葛藤があったのね)


 ネッカルのその柔らかい部分に対してレイラは現実的だった。愛情は結婚してから育めばいいと考えていた。二人の温度差が今の状況を招いたとも言える。



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