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「学園の長期休みには帰ってきてお土産もくれたし、態度は変わらなかったわ。ネッカル様があんな傲慢で軽薄な人になってるとは思わなかった」

 

 レイラはネッカルとの事情、エインが開国に至った詳細を語り、リギルはそれを興味深く聞いた。


 スファイヤ商会では“精霊球”と呼んでいる物は、単に“水晶球”と云うようだ。

 ラマ・ローウェンス帝国の信頼する情報筋から得た話だが、水晶球が指導者を選ぶなんて半信半疑だった。しかし、選ばれてうら若き美女が元首になったのは本当らしい。


「ユリダール元首は、君の婚約者殿の生活態度を知っているのかね」


 婚約者を蔑ろにするなんて、若い女性ほど嫌悪感があるのでは。


「成績に問題なければ不問でしょ。彼に婚姻を続行する意思はあるんだし」


 レイラにとって一族の長の息子だ。文句など言えない立場なのだろうとリギルは思った。結婚してから羽目を外されるより、学生の内に遊んでいた方が良いという考え方もできる。


「それより明日の薬学テストよ。薬草の配合なんて丸暗記で良いと思っていたのに、“魔力を加味した場合”って意味が分からないわ……」


 レイラは既に雑談より勉学に頭が切り替わっていた。


「ああ、いきなり応用なんて、授業を詰め込みすぎだろ。魔法具に使う魔石に魔力を注入する考え方でいいのかなあ」


 リギルは眉をひそめて首を捻る。


 渋い顔をしている二人に、一人の女生徒が話しかけてきた。


「あら、魔法具に使う魔力計算より単純よ」


 にこりと優美な笑みを浮かべるのは才女の誉高き、クラスメイトのグラティス・フーデンロードだ。


「詰め込みでもないわよ。座学の段階だから理論上の答えでいいもの」


「グラティスみたいに薬学に造詣が深いなら簡単かもだけど」

 レイラは口を尖らせる。


「グラティスちゃんの親父さんは薬学界の権威だし、代々研究者の家系じゃん」

 リギルも不服そうだ。

 グラティスはカーヴェラ王国の伯爵家の令嬢で、伯父は王家の薬医師を勤めている。だから、そもそもの素養が違う。


「あのね、うちは純粋に薬草、薬石の研究者なの。魔力が無いから、そこに魔力を込めるなんて自分で出来ないの。ただ、知識は得なきゃ駄目だと思ったから入学したの」


「……ふうん、私と逆か。私は魔力をなんとか活かせないかと思って入ったし」

 レイラが呟く。

「羨ましいわ。魔法薬が自力で作れるなんて。私は魔石頼りですもの」

 グラティスの言葉にレイラは苦笑する。まだ身に宿る魔力の使い方さえ碌に分からないのだ。


「スファイヤ商会の魔法具を是非ご利用くださーい」

「やあね、商魂逞しいったらありゃしない」

 リギルの軽口にグラティスも軽く応じた。


「でも魔法具開発に於いて他の追随を許さないのは事実ね。高品質安全性で選べばスファイヤ商会になっちゃう」


「お値段も高品質ですがね」


 リギルは自虐の後「安価な魔石原石なんかも扱ってるんだけどなあ。そうだ、グラティスちゃん、屑石いる?」と尋ねた。

「いいの?」

 グラティスは目を輝かせる。


「商会ではまじない程度のアクセサリーくらいにしか、利用出来ないんだ。フーデンロード家の研究に貢献できるなら嬉しいよ」

「やだ、商人の対価が怖い」

「そんなたいそうなもんじゃないよ。お礼に俺たちに薬草の魔力付加について分かりやすく教えてください!」


 リギルはふざけるように、頭を深々と下げた。







「ありがとう、お洒落だし美味しそう」


 ほくほくとした顔のグラティスの目の前のトレーには、フォンダンショコラのバニラアイス添えとローズティーがある。

 エルミナ総合学園名物喫茶ルームにて、値段は高いけれど月に一度の数量限定人気ケーキとあって、販売開始後、即完売だった。昼休みに入った途端リギルは走り、三人前をゲットしてくれた。

 

 先日の薬草テストでクラス上位の点を取れたリギルの、グラティスへのお礼である。専門的な教師の授業は難解だったのだが、グラティスの説明は基礎的で解りやすく助かった。


「なんか私まで悪いわね」

 ご相伴に預かるのはレイラ。自分は関係ないと固辞したが、目の前のケーキを見ると素直に陥落した。


「いーのいーの、レイラちゃんはグラティスちゃんに次いで二位だったから、ご褒美だよ」


「ありがとう。ローズティーも綺麗ね」

 ご機嫌にお茶を堪能するレイラの視界に、緑銀が横切った。反射的に見てしまうと、案の定婚約者だった。


(むかつくわ。あの髪は本当に目立つのよね……)


 ネッカルがロージリンの腰に手を回して、仲睦まじく喫茶フロントに向かっている姿にレイラは苛つく。


「ええっ? フォンダンショコラセットは、もう売り切れですの?」


 ロージリンの声が響く。無駄に通る声だ。


「昼食後に来たってあるわけないよな」

 

 食堂で包んでもらったサンドイッチに齧り付きながら、リギルがぽそりと言った。レイラとグラティスが食堂にお願いしたもので、揚げ物の詰め合わせもある。食堂の料理は学費に含まれているのでそちらを利用し、ここで限定ケーキを首尾よく確保したリギルと合流したのだ。


「販売前に並ぶって発想はないんだろうな」

「お金持ちの高位貴族令嬢よ。あるわけないじゃない」

 リギルに突っ込んだグラティスは、レイラに「ねえ、お相手の男性はエイン国の人よね」と他意なく尋ねる。


「彼は風の総本家の長男なんでしょ? 貴族制度で言うところの公爵に該当するのかしら。だったらロージリン様と身分が釣り合うのかもね」


 そんな事を考えもしなかったレイラは目を丸くした。


「学生のうちに結婚話なんてねえよ。女友達くらい作るだろ」


 レイラの気持ちを慮って、リギルは慌ててネッカルを庇う。彼がレイラの婚約者だと知らないグラティスを非難する事はできない。


「……ここだけの話、国ではあまり評判が良くないのよ、彼女」

 グラティスは声を潜める。

「もういいだろ、そんな話」

 リギルが止めようとするも、グラティスは「でも彼は国費で留学しているって聞いたわ。慎重じゃないと駄目よね?」とレイラに話を振る。


(ロージリン様、綺麗で上品な人だと思うけどな……)


「そりゃ見た目は極上よ」

 グラティスはレイラの顔色を読んだ。


「でも兄嫁さんや気に入らない令嬢を虐めたり、使用人に当たり散らしたりするの。あとは……ご友人の恋人を奪ったり、看板役者と別荘で過ごしたり、夜中に護衛騎士を部屋に入れたり……異性関係の話題に事欠かない人なの」


(ネッカル様がハニートラップを仕掛けてるかもと以前一瞬考えたけど、まるで逆ね)

 

 正面に座るリギルをちらりと見れば、気まずそうに視線を逸らした。

 __どうやらグラティスの言う事は本当らしい。


「気性が激しいのは、まあ……身分が高いから我儘が過ぎると言えなくもないけど……人気の高い男性を自分のものにしたいって奔放さは、さすがの副宰相様も目を瞑れなくなってね。自国で悪評を重ねるより外に出した方がいいと判断したそうよ」


「詳しいのね、グラティス」

 レイラが感心すれば、彼女は肩をすくめた。


「貴族学校で兄が彼女の同級生だったの。何かと話題の女性だったらしいわ。兄は成績優秀で外見もそれなりでモテたから、粉かけられてたんだって」


「でもその頃はフェイロル嬢には婚約者がいたよな」


 やっぱりリギルは情報通である。

 

「ええ、国唯一の公爵家の嫡男がね。在学中に婚約破棄されたわ。未来の公爵夫人にあまりに相応しくないって。副宰相はすぐ退学させて去年高額寄付金と共に、ルミエナ学園に中途編入させたのは、社交界では有名よ」


「つまりこの総合学園に厄介払いってか」

「頭は良くて勉強はできるのよ、彼女。普通に問題なく編入したわ」

「でも性根を隠して結婚相手を見繕ってんだろ? 醜聞に塗れた自国を出る為に外国の男を捕まえる気だな」


「……言い方は酷いけど、そんな感じ。だからエイン国も注意した方がいいと思うの。彼女に未来の外交官夫人なんて務まりゃしないわ」


(私がその外交官夫人になる予定なんだけどね)


 レイラは白けた顔でネッカルの方に視線を送る。すると偶然目が合い、一瞬だけ彼が目を見開いた。しかしすぐに顔をロージリンに向けて、何事かを囁く。機嫌を取るために埋め合わせ案でも言ったのだろう。ロージリンは破顔していた。

 

「リギル、あれが女友達の距離に見える?」

 グラティスの言葉に「いや、その……」とリギルは歯切れが悪い。

「あら、男性の目から見れば、あれは普通の距離感なのかしら?」

 煮え切らない態度のリギルに向ける目は冷たい。ネッカルを擁護しているつもりのないリギルからすれば、とんだとばっちりである。


「レイラ、一人しかいない同胞でしょ? 注意してあげた方がいいと思う。完全に狙われてるわよ、あれ」


 グラティスが、純粋にエイン国のエリートの身上を心配してくれているのは分かる。しかし婚約者の振る舞いも許されないレイラに何ができよう。

「うーん、国に報告しとく」

 曖昧に返事をした。



 グラティスが教員室に用事があると退座したあと、リギルは深く溜息を吐いた。


「なんか、間が悪かったな」

「そうね」


 結局ネッカル達は喫茶ルームを利用する事なく出て行った。レイラの前であれだけ他の女性とベタベタしているのだから、罪悪感は無いだろう。しかし婚約者の顔は見たくなかったのかもしれない。それはお互い様である。


「彼氏さんは学生時代だけの付き合いのつもりだったよな」

「だ・か・ら、彼氏ってのやめて。せめて許嫁にして」

「マルラート氏の親しい女はフェイロル嬢だけじゃないが。彼女の扱いは別格な感じがするな」


「ロージリン様は断トツ美人で貴族令嬢だもんね。いっこ下の地元の靴職人の娘さんなんかもすごく可愛いけど。相手の身分は関係ないのよね。面食いめ。私じゃ満足しないのも納得だわ」


「君も可愛いし、美人だよ」

「お世辞はいいよ。でもありがとう」

「いや、本心なんだけど……」

 リギルは頭を掻く。慰めたわけじゃないのが伝わらない。


「今、一番仲が良いのは彼女みたいだから、次の夕食会は彼女をエスコートするんでしょうね」


 入学パーティはエスコートしてくれたが、あとはいっさい関わらないと言われたから、彼の卒業パーティでも自分が隣を務める事はない。


 休日前夜に行われる二ヶ月に一度の夕食会に加えて、休日の昼間に不定期に開かれる懇親会がある。こちらはそこそこの参加費が必要で、外部の著名人、有力者などが招かれ話ができる。生徒が申請すれば自分の身内も呼べる。勿論部外者の参加費は必要だ。

 招待者は事前に知らされる為に、縁がなくて知り合う機会のない大人たちが顔繋ぎをする、本気の社交場なのだ。


「……やっぱり彼にエスコートされないのは辛い?」


「あっちが鼻の下伸ばしてお気に入りの女を腕にぶら下げてると思ったら、腹立たしいだけだわ。まあ友人たちと普通に行くから別にいいし」


「行く時俺も混ぜて」


「ぼっちじゃ可哀想だから一緒に連れて行ってあげるわ」


 レイラが強がっていないと確信したリギルはホッとした。

 



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