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「で、レイラちゃんはどうして魔法応用科にいるわけ?」


 入学当日から親しくなったリギル・シュラターン。レイラは他のクラスメイトとも仲良くなって数日経つが、彼とは今でも一番行動を共にしている。


 自習室で、リギルとレイラは魔法薬学の教科書を開いて睨んでいた。習い始めでよく理解出来ないのだ。彼らの他にも数人が勉強しているので、二人きりではない。妙な噂を立てられないよう、レイラよりリギルの方が、節度を持った付き合いを心掛けてくれている。


 「休憩しよう」とリギルが雑談を始め、レイラが魔法応用科を選んだ訳を尋ねたのは、単純に疑問だったからだ。


「リギルだって門外漢じゃないの?」

 レイラはそう返したが、商人というより研究者だからかな、と思い直す。

 

「俺は新しい発想が得られるかと思って選んだの。レイラちゃんの彼氏は経済流通科じゃん。どうして同じじゃないのかなと思って。外交官目指すならそっちだろ」


「やめてよ、彼氏なんて。ただの結婚相手よ」


「ただの結婚相手って……」


「……私、魔力があっても魔法は使えないから、魔道具とか魔法薬とかに活かしたいと思ったの。国際経済とかは基礎授業に組み込まれてるから、専門的な部分はネッカル様に任せればいいかなって」


 伴侶になるべき彼が、どこまで真面目に勉強しているかは知らない。夜や休日は遊び歩いているらしいとの噂もあるので。レイラは俯いて顔を隠し、そっと唇を歪めた。決められた相手だが大事にしてもらっていたし、不服はなかったのだけれど……。





 レイラは生まれてすぐに、風の氏族の総本家嫡男のネッカル・フェーンジム・マルアートの許嫁になった。




 “エイン独立国”の自国での正式名は“エイン精霊国”と云う。外国に門を開くにあたり、対外的には“エイン独立国”とした方が良いと議会で決定したらしい。


 精霊国と名乗るのは特殊な国だからである。


 エインは高次元の異世界__人間界では精霊界と言われている__の一部と重なっている地域なのだ。

 この世界には黄色い月と、ピンクがかった薄いクリーム色の月が空に浮かんでいる。薄い月は高次元界のもので、この世界に存在しない。目視される異次元のその月が、エインの地域ではこちらの月と大部分が重なっている。

 最も精霊界に近い土地だから、精霊たちの往来がしやすいらしい。頻繁に訪れては、エインに住む人間に自らの属性加護を与え、魔法を使う事を許した。


 火、水、土、風の各々の精霊がエインのそれぞれ守護を決めた一族の胎児に祝福を授けたのが、彼らとエインの地に住む人間との交流の始まりと言われている。高位精霊が守護する一門が総本家となって長い年月が経った。


 総本家は大抵同門の高魔力持ちを配偶者とするため、血を継ぐ子孫も高魔力者になる確率が高い。そうして代々自分たちの地位を確立しているのだ。

 祝福精霊の影響で髪と目が属性の色で子供は生まれる。鮮やかで輝きがあるほど強い精霊魔法使いなので、一目でランクが分かる仕様だ。総本家の輝きは顕著であり、権力者だと誰もが認めざるを得ない。


 約十五年に一度、異世界の月と現世の月がぴたりと重なる夜がある。その満月の夜の月はひとつに見え、それは濃いピンク色で幻想的で美しく、エインでしか起きない現象で、その一夜は“真月夜”と呼ばれている。


 そして“真月夜”に生まれる子供は精霊の祝福をもらえず、膨大な魔力を身に宿しているにもかかわらず、精霊魔法は使えない。証拠にどの精霊の色も纏わず黒眼黒髪なのだ。彼らは“夜を司る月の神”に護られている。

 精霊魔法が使えないなら蔑まれ虐げられてもおかしくないが、その高魔力は自分の子供の精霊力に作用するらしく、生まれた子供は幼少時より高難度精霊魔法を難なく使えるほどだ。だから“月の子”はどこの一門も欲しがり、早々に婚約が結ばれるのが常である。


 レイラの家は普通の農家だ。その農家の妊婦が“真月夜”に女児を産んだと報告を受けた風の総本家は、すぐに彼らの元に向かう。“月の子”が生まれたら総本家一族と婚姻を結ぶ約束を取り付けていたのだ。二歳の嫡男に年齢も相応しいと喜ばれ、レイラはこの世に生を受けて即、伴侶が決まったのである。


 

「私が物心ついた時にはネッカル様が側にいて、将来結婚するのに何の疑問も抱かなかったわ」



 エイン精霊国は王制ではない。四精霊一門の総本家直系の中から五年に一度、国を纏める“首長”が精霊王によって選ばれる。

 他国では神殿に該当するであろう施設、“精霊宮”の奥にある水晶球に候補者が触れ、黄金に輝けばそれが精霊界の意志だ。


 三年前に選出されたのは炎の一門の女性だった。

 当時二十五年首長を務めていた土の総本家当主に水晶球が反応せず、他の当主たちが手を触れても誰にも反応しない。今回は子供達に次代を委ねるのだと当主たちは理解した。それもよくある事なので、早速後継者たちが選出に挑むも水晶球は輝かなかった。

 嫡男でなく兄弟姉妹の場合も想定内なので、次々と水晶に触れども何の変化も無い。


 反応しない水晶に『精霊は我々を見捨てたのではないか』と人々に動揺が走る。場が騒然となる中で、一応直系の血を引く、炎の当主の愛人の娘が最後に触れると水晶は光を放つ。大番狂せで二十二歳の娘が首長に選ばれ、彼女が自動的に炎一門の当主となった。


 それより少し前から、エインに商人たちが多数訪れるようになっていた。馬の代わりにと開発された箱型の魔道具に荷台を引かせる乗り物が出来たのだ。山々に囲まれ、豊かな収穫を精霊に約束された神秘の国エインへの険しい道のりが楽になった。尤も非常に高価な牽引車だから、商会などは共同で購入して、順番に使っているようだ。


 しかし使節団や傭兵団などの大所帯は、国境の砦で入国を拒否される。


 エインの言い分は『人の大量流入は環境を変えてしまうから』

 選ばれた近隣の商人たちのみ交易を許されていた。


 近隣商人らが扱うエイン国の特産加工品や織物は、希少価値があって外国で高値で取引されている。他国にとって是非とも交易したい国の一つなのだ。


 そして今までエインには交通手段が陸路しかなかったのに、それが根本から崩れる事態が起こった。

 外つ国で飛行船が開発されたのだ。

 

 ある日、エイン国上空に現れた大きな流線型の物体が、議会堂の広場に堂々と降り立った。勝手に国の中枢部を侵したそれから降りてきた人々は、大陸一大きなラマ・ローウェンス帝国の使節団と名乗る。一団は軍人らしく帯剣していたため、当時の首長も交渉の場を設ける他なかった。


 まず、通訳を二名連れてきていたのに戸惑う。大陸共通語から隣国サイナール語、最後に独自のエイン語へと。中に二人介さないと話ができないのだ。準備万全、本気の交渉力を示していた。


 彼らは貿易を望み、一方的な条約を取り付けようとする。精霊に愛された穏やかな土地の未来が、まさに崩れようとしていた混迷の時に、首長選出が重なった。


 帝国人が首長選出見学を希望し、別に禁忌でも無いので、初めて外部の参加を認めた。

 四当主も、今回ばかりは選ばれたくなかっただろう。外国と渡り合って国を導く茨の道なのだから。長を次代に送るとなって、内心は安堵したに違いない。


 『水晶球が選ばない』と儀式は混乱していて、『侵略者を許したため精霊が見捨てたのか』などと権力者たちが喚くのは、帝国側には世迷言のように聞こえた。


 <精霊界が指導者を選ぶ>なんて他国から見れば、何らかのカラクリで水晶を光らせ、有力者が選ばれるだけの既定路線でしかない。


 そう思うのも仕方がなかったのだが……。

 

 最後の最後に年若い女性が選ばれた。

 荒れていた場が収まる。誰も異論を唱えず、その場でその女性が現首長となり、『まさか本当に?』と帝国側が狼狽える事態となった。

 

 早速帝国使節団との話し合いの席に着いた首長は、条約に対して了承はしなかった。前首長がおおよそ合意していただけに、帝国側も納得しない。


「我々はこの場で宣戦布告の準備もある。文明、軍事力の差は歴然だ。大人しく条約を結んだ方が利口だ」

 使節団団長は帝国軍の将軍で、戦争開始の権限も持っているのだ。

 新首長セシル・ユリダールは、脅しの言葉を鼻で笑う。


「何故私が首長に選ばれたか。それは前首長の判断を精霊たちが是としないからだ。精霊たちはお気に入りの土地を荒らされるのを嫌う。今後のために、交渉ごとに向く性質の私を選出したのは頷ける」


 愛人の娘なので本家に認められず母親と街で暮らしているセシルは、今回、一応当主の血を引いているため、無理やり選出の場に参加させられた。それはセシルの髪がまばゆい赤銀で、ルビーの如く綺麗な瞳の持ち主だったからだ。本妻の子供たちより明らかに精霊力が高いのが一目瞭然。


 ただ、本当に万が一に備えての末席参加なので、誰もその存在を気に留めていなかった。


 精霊界がセシルを指導者と認めた。総本家が無視していた娘だなんて関係ない。人間界のしがらみなど超越してしまう。

 

「うちは雑貨屋を営んでいてね。これでも外の一般商人とも繋がりがある。だからあの場では誰よりも世情に詳しかっただろう。土の首長が任期を終えるタイミングで良かったと思うよ。あのまま条約を締結しても、今後精霊が帝国人の入国を拒んで、円滑に貿易ができない可能性があった」


 帝国将軍パルシロンは、堂々としたセシル相手に思案する。

「……妥協点はどこだろうか」

 態度を軟化させたパルシロンに、セシルは初めて笑顔を見せた。


「まずは土地の一部を貸せとの要望。この広さはあり得ない。草原だからいいとでも思ったのか? 認めるならせいぜい領事館くらいだ。無償賃借を許す国など無いだろう。全く、議会が承認したなんて無知蒙昧にも程がある。帝国の軍事施設など要らない。他国から護ってくれるだと? 戯言を言うな。いざとなれば全国民の精霊力を使ってでも、完全結界を張って防衛する」


 土地賃借の件は、帝国側の一番予想外の大きな利益であった。

 飛行船など初めて見たエイン国の上層部は、帝国交渉人の話術に翻弄され動揺していたので、日を持たずして了承させようとした部分だ。冷静に判断されたら困る案件だからである。


「そもそも貴殿たちは貿易しにきたのだろう? 現時点で検討するのは通商条約のみだ」


「それは……」


 パルシロンは言葉に詰まる。想像以上にエインは国として未熟だったため欲が出たのだ。当初はエインと独占貿易をするのが、使節団体裁の彼らの仕事だった。交渉時には“将軍”として武力をちらつかせもした。

 __実に愚かで御し易い。簡単に植民地にできる。使節団はほくそ笑んでいた。


 その根幹が一人の妙齢の女性によって覆される。


「帝国に従属する気はないよ。条件を吟味するから、今回は帰ってくれ」

 セシルは言い切った。大国を足蹴りにした形である。しかし再度交渉する事を約束し、彼らに過分な土産を持たせた。


 セシルは国民に大々的に告知する。今後は他国と交易すると。

「これからは、精霊の加護だけでは国を護れない。精霊たちは良き隣人であるが、気まぐれでもある。急にこちらの世界に関心を持たなくなる事もあり得るのだ」


 自身が炎の精霊の化身のように若くて美しいセシルは、そのカリスマ性を遺憾なく発揮し、国民の心を纏める事に腐心した。彼女は他国に倣い自らを“元首”と名乗る。


 国を護るには、まず外国の脅威を知らなければならない。これから他国とやり合える人材を育てると、初議会で表明した。

 諜報員、外交員は必須。技術者、研究者を含む他国への留学生の選定。


 新しい試みの一端として、中立国エルミナの国際学園へネッカルが留学する。『凝り固まらない思考で世界を見て来い』

 国費で留学するネッカルに、セシルが贈った言葉はそれだけだった。



 



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[良い点] 世界観、めっちゃ好みです!
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