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「リギル、ちょっと今日の放課後いい?」

 一区切りついてやっと落ち着いて学園に通えると言ったリギルを、レイラは魔法訓練棟に誘う。


「レイラちゃんの練習見るのも久しぶりだな」

 リギルは快くレイラに付き合う。


(ふふふ、成果を見るがいいわ)


「あのね、ようやく理解出来たの。魔法は思いの強さで発現するのよ」

 レイラは初級用ではなくて二階の中級用の訓練場に向かう。

「うん、そこまでは想定内だったような……」

 彼女の後ろを追いながらリギルは戸惑う。どうして中級者用なのだろう。レイラの魔法が成功したなんて聞いていない。


「中級者用って実は穴場なのに気が付いたの。一階の初心者用は本当に魔法初心者が使って、ある程度使える人は三階の上級者用に行くの。明確な基準がないから本人の判断任せじゃない?」


 確かにそうだ。あくまで自主鍛錬のための施設だから、常時見張りの教師がいるわけではない。尤も、異常感知の魔道具は何台も設置されており、何かあれば魔法使い教師が風の転移魔法陣で駆けつける。勿論魔道具はスファイヤ製だ。


 リギルは初めて中級者用訓練場に入った。


「誰もいないじゃないか」

「そうなの。中途半端な感じなんでしょうね。おかげで貸切よ」


 レイラは訳知り顔で端っこに移動する。


「見ていて」

 

 レイラは目を閉じて集中し始める。これは今までも馴染みの動作だ。リギルは黙って彼女を見守る。


 ふっとレイラの纏う空気が変わった。彼女の合わせた両手の中から何かが生まれた気配を察知し、リギルは身構える。


「いけっ!」

 鋭い掛け声と共に両方の手のひらを外に向けて差し出せば、そこから魔力の塊が飛び出した。炎でも風でも水でも地でもない。どの属性の色も付いていない、純粋な魔力だ。しばらくすると魔力は消えた。無属性だが当たれば傷つく、これは紛れもなく攻撃魔法だ。目に見えない魔法で魔力持ちしか感知し得ない。


「レイラちゃん! 成功したんだな! おめでとう!!」

「きゃっ!」


 興奮したリギルがレイラを抱きしめると持ち上げて、くるくるとその場で回った。幼子が父親に褒められているみたいな振る舞いで、レイラは「ちょっと! 離してよ!」と慌てて身じろぐ。


「あ、ごめんごめん」

 リギルはすぐに降ろして、代わりに頭を手荒く撫でた。やっぱり、まるで兄か父親である。

「よく頑張ったな! 凄いじゃないか!!」

 乱された髪を手櫛で整えるレイラは文句を言いたかったが、手放しで喜んでくれているリギルを見ると苦情も引っ込んだ。


「まだね、威力はご覧の通りなの」

「でも魔素を使わない、完全な無属性魔法だ!」

「そうよ……。“加護なし”でも魔法が使えるって証明出来たわ」


 今までどれだけの“黒の子供”が自己卑下に陥っただろう。周囲に幸運を与えて魔力を子に引き継ぐだけの存在。誰もが精霊魔法を使う中で何も出来ない。夜の代弁者である“月の神”の恩恵など本人は感じない。


 誰も“黒の子供”を“能無し”とは呼ばないけれど、“精霊の加護なし”の二つ名の方が浸透しているのは、結局世間の認識はそういう事なのだ。

 精霊魔法も魔素魔法も使えない。けれどもコツさえ解ればちゃんと魔法を使えるのだ。今後はもっと研究を重ねて、次代の“黒の子供”に教えられたらとレイラは考えている。



「レイラに触れるな!! 離れろ、シュラターン!!」


 突然の怒声にレイラとリギルは驚いて声のした方を振り返る。そこにはリギルを睨みつけているネッカルがいた。

 そのネッカルの憤怒の表情に、レイラは思わず笑いそうになった。男も女もこういった怒りは異性に向かうものなのだろうか。

 

「マルラートさんは学園内のひと気のない場所で、他の女性とキスをしていたじゃないですか。それと比べたら性的でないこの程度の接触、俺はあなたに遠慮する必要性を感じませんね」


 リギルは挑戦的だ。更に堂々とレイラの肩を抱いて引き寄せる。<彼氏の反応が面白いから>なんて理由でネッカルを挑発するのはやめてほしい。


「まあ、ネッカル様、学舎でそのような事をしていたのですか? 呆れますね」

 ところが、充分レイラも挑発的だった。

「煩い! おまえは僕の婚約者だ! どうして余所見をする!?」


「あなたは私も恋をすればいいと言ったじゃありませんか」

「僕以外に恋をすると言うのか!? 許さない!!」


 これはどういう事だ。いつになく感情を剥き出しにするネッカルに、レイラだけでなくリギルも違和感を覚える。ここまで嫉妬の激情があったのだろうか。そもそもここにいるのは、二人の跡をつけてきたという事だ。


「おまえの魔法がどれほどのものか知らないが、僕は風の大精霊魔法を使える。喰らいたくなければレイラから手を引け!」


「ネッカル様、攻撃の精霊魔法は人に向けてはいけないでしょう!」


 暴挙に出ようとするネッカルにレイラは叫ぶ。エインでは防護魔法ほど尊ばれ、人を傷つけるのは禁止されている。実際にレイラが目にしたネッカルの攻撃大魔法は、数年前に夥しい数の獰猛鳥に農村が襲われた時だけだ。風を起こして鳥を巻き込み一掃した勇姿は今でも目に浮かぶ。本当にあの頃のネッカルはレイラの憧れだった。


「法律が変わっただろう! 外国との戦争を想定して、攻撃魔法を鍛えた軍隊が出来た!!」


「あくまでも有事の時ですよ! こんな個人的な諍いの使用は禁止です!」


「煩い煩い! 僕の妻なら黙って僕に従え!!」

 ネッカルの瞳がより鮮やかな緑に光り髪が揺れる。発動の準備段階に入った。


「ネッカル様!!」


「おいおい、こんなに道理が分からない男じゃないだろう。一体どうした」

 リギルは唖然として、信じられないとばかりにネッカルを見据えた。


「逆らう者は排除する!!」


 ネッカルの身体が緑色の光を発し、緑色の鋭利な刃が大量にリギルに向かって放たれる。それは属性魔法のかまいたちに似ていた。


「ちっ!!」

 リギルは咄嗟にレイラを抱きしめ「炎よ、我に発現せよ!」と叫んで、炎の壁を自分の前面に作った。ネッカルの刃は炎に焼かれて消え去る。


「な!? 防いだだと!?」

「このばかやろう!!」

 立ちすくんだネッカルに飛びかかったリギルは、思い切り彼の頬を殴った。そして仰向けに倒れた彼の腹を踏みつける。怒りのあまり手加減なしだ。


「自分の婚約者まで巻き込む技じゃねえか!! 切り刻む気だったのか!?」


 しかしネッカルは返事が出来なかった。


「ネッカル様!?」

 慌ててレイラは動かないネッカルに駆け寄り、抱き起こそうとした。


「あーあ、失神してるじゃないか。返事は無理だよ」

 飄々とした男の声が響く。いつの間にか彼らの近くにローブ姿の男が立っていた。


「誰だ!?」


 突然姿を現した男はリギルの問いに「やだなあ、異変を感知してやってきた魔法使いに決まってるじゃないか」と、肩を竦めてみせる。


「……教師?」

 リギルは我に返ると、ネッカルを踏みつけている足を退けた。

「そうだよ、非常勤教師だから、まだ君たちと面識はないね」


 男は生徒が倒れているというのに、ネッカルを一瞥しただけで助けない。その態度にレイラは困惑しながら、取り敢えずネッカルの上半身を支えた。

「君、喧嘩強いねえ」

「……カッとなって暴力を振るった。でも先に攻撃魔法を仕掛けてきたのはこの男だ」


「かなり威力の高い攻撃精霊魔法だったね。しかもあの至近距離からじゃどう防御するかと思ったけど、なるほどねえ、咄嗟にファイヤーウォールを発動してあの風の刃を相殺するなんて生半可な魔力量じゃない。血は実に正直だね」


 さらりと発せられた教師の言葉にリギルが硬直する。


「それにしても、君のおかげで精霊魔法は魔素魔法で防げると判ったよ」

 明らかに動揺するリギルなど少しも意に介さず、教師は満足げだ。


「……あんた本当に教師か?」


 あまりにも不謹慎な教師に警戒したリギルは、何かに気付くとハッとしてネッカルを見下ろした。


「無属性の魔法が纏わりついてる……!」


「やっと気が付いたのかい? いや、君の若さでそんな微小な魔力に気が付く方が稀有か」


「さっきからなんなんですか!? 教師なら早くネッカル様を医務室に運んでください!!」

 訳が分からないレイラが教師を糾弾する。


「シュラターンくんが罪に問われるだけだよ?」


「暴力は過剰防衛だったと認めて弁明しないよ。早くそいつを連れて行ってくれ」

 リギルの言葉に教師は楽しそうな顔で頭を振った。拒否だ。リギルは歯軋りをして男を睨む。


「あんたは教師じゃないからマルラートを助けないんだろ!」

 リギルが断言し、レイラは「えっ!?」と驚きの声を上げた。


「……ん……」

「ネッカル様!!」

「……レイラ?」

 意識を取り戻したネッカルは、自身に寄り添うレイラに目を見開いた。そして真っ青になって彼女から距離を取る。


「おやおや、自分の行動の記憶はあるようだね」


 ネッカルは男を見上げ「ハロイド先生!? ぼ、僕は……」と狼狽える。


「ちょっと情報を整理しようか」

 リギルの冷たい声が響いた。

「……あんた、マルラートに何をした」

 恐ろしく低い声だった。


「大した事じゃないよ。ちょーっと暗示をかけただけ。リギル・シュラターンが君の婚約者を騙してるってね」


「暗示だあ? あんな後先考えない攻撃を放つほどの正気を奪っておいて!? 妙な魔法がまだマルラートに残ってるぞ!」


「……そうだ……その人と話していたら怒りが抑えられなくなって……どうしてもレイラを引き離さなきゃと思って……」


 そこまで言って、ネッカルは「魔法訓練棟に二人がいると教えてくれたのもあんただ。僕に彼らを攻撃させたかったのか!?」とハロイドを睨んだ。


「そんな精神支配をする魔法なんて使ってない。あくまで精霊魔法を使ったのは、自制が効かなかっただけの君の意志だ」

 魔法使いは小馬鹿にして、ふん、と鼻を鳴らした。


「アッシュグレーの髪に黒い瞳……おまえ、カイル・ジニアースか!!」


 魔法使いのローブフードから覗く髪色に気がついてリギルが叫び、レイラもハッとする。


「変装してないんだから、もっと早く気が付いてほしかったな」

 やれやれと肩を竦めるカイルは落ち着いたままだ。

 

「魔界の魔素は豊富でいろんな魔法が使えるんだ。暗示にちょっと魔素魔法を加えるとかね。四大属性魔法しか使えないこの世界は不便だよ」


「あんた、詐欺容疑で指名手配されてるんだぞ!!」


「やだねえ俗世は。端金程度でごちゃごちゃと。言っておくけど、私は宝石と偽ってガラス玉を売ってないからね。買い手が勘違いしただけだから」


「じゃあさっさと出頭して弁明しろ」


「あの国際犯罪対策機構とかいう組織に? あそこは、まともなのかねえ」

「ちゃんと国際裁判所で裁くから安心しろ」


「嫌だよ。クラーク族はどこのルールにも縛られない。弾き者にしたのは世界なのに、国際法に従うのはおかしい」

 カイルは悪びれずにキッパリと拒絶した。

「弾き者……?」


 こっそりとスファイヤ商会に魔道具で信号を送ったリギルは、時間稼ぎをする。カイルの言い分に興味を持ったのも確かだが。




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