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「グラティスってさあ、イブンと付き合わないの?」


 今日はマーサ、グラティス、コルサマロンと、レイラ。四人で街の人気カフェに来ている。いわゆる女子会というものだ。当然のように恋の話になる。


 最初は授業や教師たちの話で盛り上がった。しかしすぐにマーサがグラティスに話を振った。


「な、何よ、いきなり」

 グラティスはびっくりして咽せる。

「え? イブンを焦らすのも、いい加減可哀想かなって」

 マーサはすまし顔で、コルサマロンは「まさかイブンの気持ちに気がついてないなんて事ないよね?」と言いつつ、友人が鈍感なのではないかと懐疑的だ。


「……そりゃあね……でも付き合ってくれとも好きだとも言われてないから……」

 グラティスの声は小さい。

「イブンがヘタレだった!!」とコルサマロン。

「えー? 気心知れてるし、普通に分かりあうんじゃないの」とマーサ。

「ラマ・ローウェンス帝国は察して文化なの?」

 コルサマロンがマーサに尋ねた。


「デートに誘われたりプレゼントしてくれたり力になってくれたり、態度で好意は分かるじゃない。それらを受け入れたら同意って感じで。そのうちお互い家族に紹介する自然な流れに……別に言葉、要らなくない?」


「でもマーサ、勘違いだとか、単なる遊び相手じゃないかとか不安じゃないー?」


「あんまり考えた事ないな。姉さんたちもそうやって普通に結婚したし」


「お国柄ね、きっと。私は言葉がないと……」


「グラティスの場合、イブンも慎重なんだと思う。幼馴染だからこそ失敗したら、今までの関係まで壊れるんじゃないかと心配してるんじゃないかな」

 レイラが口籠もるグラティスに告げた。


「第三者から見れば、両思いなの丸わかりなのに」

 マーサはニヤニヤしているし、コルサマロンも「だよねー」と肯定した。


「マーサこそ最近、歴史文明科の男子と親しいんじゃないの」

 グラティスが反撃する。

「単なる男友達よ。私は国帰ってから婚活して、働き者の婿もらうし」

 二人の姉が嫁に出たので、末娘のマーサが花卉農園を継ぐのだ。


「そう言えばレイラ、どうやらマルラートさんはロージリン様とミーアさんとの関係を清算したっぽいわ」

 グラティスが思い出したように言った。


「でもこの間は違う女の子が、マルラートさんと仲良く歩いてたの見たよ」

 コルサマロンは相変わらず彼に敵意を持っている。

「そもそも、学生の間だけ浮気を認めろなんて男は、結婚しても心変わりするんじゃないかと思って信用できない!」


「そうね、培った信頼はとっくに壊れてるわ。再構築を頑張りたいけど……」


「ねえレイラ、頑張って再度信頼関係を築きたいくらい彼が好きなの?」

 コルサマロンの口調は真剣だった。


「うーん、どうかな。でもお互い初恋なのよ。だから元に戻れるかもって思うのね多分」


「そんな淡い想い出に縋るの?」


「マロン、そこまでよ」

 それ以上口出ししちゃいけないと、グラティスが止めた。レイラは政略結婚なのだ。国での立場というものがある。


「分かった。ごめんレイラ」

「ううん、心配してくれてありがとう」


 昔みたいに自分だけ見てくれたら……と理性では思うのに、感情は今更?と否定するのだ。レイラも複雑な思いを抱えていた。


 四人は恋愛話はこれで終わりとして、あとはお洒落や流行の小説とかの話に花を咲かせる。制服姿の女子たちはこのあと本屋に寄ろうかと、おしゃべりしながら店を出ていった。



 彼女たちの近くに一人で座っていた三十歳前後の男が、じっとりと彼女らを目で追っていた事には、誰も気が付かなかった。


「ふーん、変わった魔力を感じたから跡をつけたけど」

 男の目は好奇に満ちている。

「どんな魔法が使えるんだろう。あの黒髪の娘、興味あるなあ」

 彼の独り言は愉快そうな響きがあった。








 ネッカルは恋愛騒動に懲りた。二人の恋人と無事別れられて良かったと安堵している。あのゴタゴタを卒業後にやられたら大変だった。ネッカルと離れても彼女たちの周りには常に男友達がいる。

 そしてネッカルに彼女たちの影がなくなった途端、あちこちから女生徒が寄ってきた。“恋人”にはしない広く浅い交際をする。情が出てきて自分との将来を望まれては困るからだ。


 レイラに見得を切った以上、今更彼女には近寄りがたい。悔やまれる。


(レイラと楽しい学園生活を送る選択肢もあったんだ……)


 結婚後、二人で学生時代の思い出を語る事はないだろう。レイラにとっては一年間ネッカルに蔑ろにされた苦い思いしかなく、あとはネッカルの知らない二年間を送る。


 ロージリンやミーアがモテるのは容姿の良さも当然だが、近づく男には優しくして拒まないのもある。信奉者の多い彼女たちに想いを寄せられて舞い上がっていた。何が青春時代だけの恋だ。彼女たちは強かに、将来の結婚相手として男たちを値踏みしていたのだと言うのに。



 ネッカルは最近、男友達といる事が多くなった。それに反するように、レイラはリギル・シュラターンと一緒の姿をよく見かける。


 その様子に友人たちが愚痴る。

「あーあ、やっぱり顔のいい奴が持っていっちまうかあ」

「顔だけじゃねえだろ。最年少でスファイヤ商会の役職に就いてる」

「将来安泰の有望株だもんな。仕方ない」


 (違う! レイラは僕の妻となる女だ!)


 主張する機会を自ら潰した愚か者は自分だ。彼らが学生時代だけの付き合いなら、目を瞑らなければならないのだ……。



「レイラちゃん、彼氏が睨んでくるんだけど?」

「だから、彼氏って言うのやめて」


 以前にも増してリギルはレイラにちょっかいをかけてくる。一人で行動していれば必ずと言っていいほど隣にいる。

 

(別に恋人でもないし、疾しい関係じゃないから!)


 だからいくらネッカルに見られても平気だ。リギルの距離の近さは最初からの気がするし。


「ねえ、リギルって交友関係広げるために入学したんでしょ。私にベッタリすぎない? エインには<スファイヤ商会は信用できる>って伝えてるから、私の機嫌を取らなくていいのよ」


「何言ってんの? もうエインとは会長が話を詰めてる段階だから、レイラちゃんの機嫌なんか関係ない」


「じゃあ何のために側にいるのよ」


「君の彼氏の反応が面白いから」

「はあ!?」

 いい加減、彼氏呼びも無視していいかもしれない。いちいち突っ込むのもめんどくさくなってきた。


「君と和解したいみたいだね。俺がいるから声を掛けられないっぽいよね」

「ああ……」

 その空気は感じる。だけどプライドの高いネッカルが、素直になるのは難しいだろう。レイラも自分は意固地だとも思う。こちらから歩み寄りたくない。

 入学から半年以上経った。レイラの気持ちは驚くほど冷めていた。

 



 魔法薬草の標本だろうか。リギルとレイラは談話ルームで焼き菓子を食べながら、図鑑と照らし合わせて真面目に話し込んでいる。

 友人たちとボードゲームに興じていたネッカルは「休憩する」と言ってその場を離れ、ジンジャーエールを買って飲みながら、二人を注視する。


「君は婚約者に無視されてるんだねえ」


 いきなり知らない男に話しかけられて、ネッカルは大きく身体を揺らした。壁に寄りかかって気楽に飲み物を飲んでいた体裁が、完全に破られる。


「他の男とあんなに近づいて、淑女の嗜みってのはないのかね」


「あのくらい普通だろ」

 二人が密室で過ごしたなんて話は聞かない。レイラのあの態度は恐らく意趣返しだとネッカルは考えている。少なくともかつての自分みたいに、行動があからさまではない。


「誰です、あなたは。いきなり馴れ馴れしく知った顔で」


「ああ失礼。魔法使いの非常勤講師のハロイドだよ。実技担当だから、君と学園内で会う機会もなかったね」


「そうですか」

 警戒は解いたものの、どうして声を掛けてきたのか訝しがる。


「風の大精霊に愛されしその美しい緑の相貌。噂通りだね。そして月の神に愛されし君の婚約者も夜の化身のようだ」


 そうだ、黒目黒髪は珍しいけれどいる。学園では見ないけれど、ネッカルは街で何度か見かけた。しかしレイラほど艶やかな黒髪と、星空を閉じ込めたような煌めく瞳の持ち主はいなかった。異界の影響を受けている証拠だ。どうして地味だなんて思ったのだろう。幼い時から彼女はとても綺麗だったのに。


「君は不安なのだね。彼女が離れてしまわないか。まあ自業自得ではあるよね」


 なんて非常識な男だ。初対面で心に傷をつけてくるなんて。自分とレイラの関係は教師たちは知っているから、自分の態度は不愉快に思われていたのだとやっと察した。


「ええ、女性との交際に浮かれていた自覚はあります」


 相手が非常勤でも教師なら、これ以上心象を悪くするのも得策ではない。ネッカルは不承不承ながら自分の非を認めた。


「おお、素直だね。感心感心。でももう彼女の心は離れているかもしれないよ」


「……それでも、レイラが僕の婚約者なのは変わりありません」


「今はまだ、ね。彼女が君を嫌って君の三歳下の弟や四歳上の従兄弟を選ぶ可能性がある。彼らは魔力量も君とほとんど変わらないんだろう? 選択権は彼女にある」


「!!」

 どこまで知っているのか。学園側がそこまで把握しているなんて。


「でも総本家の当主が婚約者によって変わるのもおかしい話だね。君はれっきとした嫡男なのに」


 そうだ。次期当主の教育も受けているのに、レイラによってその座が奪われる事もあるのだ。こうして他人に指摘されると理不尽に思えてくる。


「スファイヤ商会はリギル・シュラターンを使って君の婚約者を奪うつもりだよ。アルジャナ嬢に魔法を発現させる名目で、二人は訓練場に通っているんだ。それが可能かどうかは問題じゃない。“精霊の加護なし”との劣等感を持つ彼女の信頼を勝ち取るのが目的だ」


「あいつ、やっぱりレイラを騙しているのか!」


 騙しているなんてハロイドは一言も言わず仄めかしただけだ。ハロイドは否定せず、ただネッカルの瞳を覗き込む。しっかりと視線が絡んでネッカルは気が付く。

 ハロイドの瞳はレイラと同じように黒かった。しかしレイラの瞳が煌めく星空なら、ハロイドのそれは輝きのない闇である。


 __なんだ、何かに取り込まれそうなこの感覚は。


 教師として派遣されるくらいだから、きっと上級魔法使いと呼ばれる存在であろうハロイドに見つめられると、落ち着かない気分になる。


 ハロイドは昏くネッカルに語りかける。


「君の婚約者を悪徳商会の平民から奪い返そう。君は風の民を率いる者だ。婚約者にも君の実力を知らしめないといけない」


 __そうだ。レイラの血なんて関係ない。自分の血筋が正当な風の一族の指導者なんだ……。





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