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各国で被害が大きくなり始めたので、商業ギルドからスファイヤ商会にも協力要請が来た。魔道具開発部の人間は魔石鑑定士でもあるからだ。
リギル自身は魔道具開発者としても通訳者としても活躍する表舞台の人間だから、目立った活動はしない。ただ、他の調査人たちと会議には出席する。
騙された貴族たちから辿る商人。しかしその商人たちも騙された魔力なしの場合が多い。その商人たちを隠れ蓑に暗躍する正体が特定できないでいた。
突破口はウォーダ皇子だった。皇子を完全に騙すように、彼のレッドスピネルに魔力付加を装ったのが間違いだった。魔法を施すとレッドスピネルは黒ずんでしまう。それを防ぐため、表面上ほんの僅かに浮かして魔素を固定していた。そんな事が出来るのかとリギルは驚愕したものだ。
リギルはウォーダ皇子のタイピンを手にした時、その属性が何かを見極めた。
属性は無かった。とにかくものすごい技術を持つ高魔力保持者の仕業である。
追うのは商人ではない。天才魔法使いだ。傭兵ギルドや魔法使いギルドの情報網をもってしても、天才魔法使い__カイル・ジニアースの行方は現在不明である。
ローレインが<変わり者>と称した魔法使いは、実はとんでもない男で、戦争は戦況が不利な方に傭兵として参加し、形勢逆転させるのが趣味だと豪語していた。
誰もが雇いたいが、誰にも雇えない魔法使い傭兵。それがカイルの評価だった。
偽名でフラフラしているから、今もどこかの紛争に混ざって最高の逆転劇のタイミングを狙っているのかもしれない。
「なんて規格外の変態なの……」
コルサマロンの感想はいつも正直である。
「そんな人、捕まえられるの? そもそも詐欺の目的はなんなのかしら」
レイラは首を傾げた。
「金儲けと単純に言えないかもね。人格破綻者が思いついた面白い事のために金がかかるから、と言われた方が納得する」
「おいロジュ、怖い事言うなよ……否定出来ねえのが辛い……」
「リギルは頑張ったんでしょ。あとは大人に任せときなよ」
「ありがとマロンちゃん、実際今は俺に出来る事は無いもんな」
リギルは深くため息を吐いた。
「それから、レイラちゃんにも伝えておくけど」
とリギルは前置きして続ける。
「エインが開けたから、きっと次は精霊石を狙われる。エインに入り込む可能性が高いとエインに注意喚起しておいたから」
コルサマロンの言うところの規格外の変態魔法使いがエインに現れたら、きっと正体を見破った精霊たちが“危険物”と判断して追い払うだろう、とレイラは語る。
「じゃあ外国に出ているエイン人の方が危険だよな。大抵自分の精霊石を持っているんだろう? 襲われる危険ありか。そこんところ、上に報告しておく」
リギルは頼もしかった。
魔法が発動した!!と意気揚々とリギルに伝えたかったレイラも、お疲れ気味の彼に遠慮した。
もっと精度を上げてから、なんて考えて更に一人での特訓を選んだ。
それで良かったと思う。レイラの魔法にはムラがありすぎた。微々たる発動や全く発動しない時もある。
ネッカルを思い出して怒りのボルテージが上がった最初の発動が一番強力だったのが笑える。__いや、ちっとも笑えないのだが。
どうして魔法に魔法陣と呪文が必要だったのか。きっとこうした感情の揺れによる威力差を無くすために違いない、とレイラは悟った。
やり方を変えようと、精神修行に切り替える。
夜、寮で一人瞑想に耽る。図書館で読んだ本の中に、異国の精神統一法として載っていたやり方である。
マーサやグラティスと魔薬学の勉強にも力を入れ、充実した日々を送っている。
その頃ネッカルが修羅場を演じていたなんて、全く知らなかった。
「ネッカル様、卒業したら、わたくしと結婚してくれません?」
ロージリンの言葉にネッカルは眉をひそめた。
「学生の間だけの付き合いだと最初に決めましたよね?」
言いながらネッカルは冷や汗をかく。何故なら、もう一人の恋人のミーアがロージリンの隣にいるからだ。嫌な予感しかしない。
「婚約者がいるなんて言わなかったじゃないですか」
やはりミーアが知らせたか。
「卒業後は別れるのですから関係ないでしょう」
「知っていればすぐにアルジャナ嬢の排除に動きましたわ」
「なんて恐ろしい事を言うのですか!」
「だって、あなたの伴侶にはわたくしの方が相応しいですもの」
ロージリンは蠱惑的な女だ。だが故郷で問題を起こしすぎた奔放な女だと知っている。本気の結婚相手にと、まともな神経の男なら望まない。期間限定であるから彼女の魅力に溺れたのだ。
「総領の外交官夫人として、わたくしは上手く立ち回れますわ」
どこから来た自信なのか。男性相手ならまだいい。だがその夫人たちと付き合える技量は彼女には無い。自分の方がいい女だと、どこか同性を見下したところがあるから好かれまい。夫だってそこに気付けばいい感情は持たない。
「侯爵令嬢であるあなたは社交界でこそ輝く。職業婦人まがいな立場は似合わない」
ロージリンの自尊心を傷つけない言葉を心掛け、ネッカルは彼女を拒否する。
「外国生活も苦じゃありませんわ」
旅行ではない。外交官夫人は、女性外交官より細やかな気配りが必要だ。
「それに、わたくしは愛人としてミーアを認めますわよ」
「は!?」
これぞ最大の利点とばかりのロージリンの言葉に、ネッカルは驚くしかなかった。
ミーアは考えたのだ。
平凡な平民の男と結婚するより、高貴な男の愛人になって裕福な生活を送った方が幸せではないかと。
貴族制の国では平民の愛人は馬鹿にされるだろうが、そうではない国では身分がない。だからエイン国の美しいネッカルの側は最適ではないか。
彼の婚約者のレイラは魔力持ちという理由で選ばれた。
では、相手はカーヴェラ王国の侯爵令嬢で魔力持ちのロージリンの方が家柄も相応しいのではないか。カーヴェラ王国は側室文化がある。彼女が正妻なら自分を愛人と認めてくれると思い、ロージリンに直談判をした。
ネッカルには幼少時より意に沿わぬ婚約者がいて、婚約者の卒業後は結婚が決まっている、とロージリンに知らせた。
あなたが相手ならネッカルの実家も満足するのではないか。婚約破棄に向けて協力するし、あなたの侍女になってもいいから彼の愛人として認めてほしい。
とてもいい提案だとミーアは思い、ロージリンも彼女の条件を飲んだ。
「ネッカル様さえ決意してくれれば、わたくしとミーアをずっと独占できますのよ」
ネッカルの意思を確認もせず、恋人二人が結託して将来を描いていたなんて想像すらしなかった。いい女と付き合い男冥利に尽きるなんて悦に入っていたのは愚かだったと、現実を突きつけられる。美少女二人と上手く付き合っているなんて幻想だったのだ。
「……僕はレイラと結婚する」
ネッカルは声を絞り出す。
「どうしてですの? あなたは風一族の次期当主なんでしょう? 自分の思うようにすればいいではないですか?」
「僕がレイラとの未来を望んでいるんだ!」
「彼女はきっと愛人の存在を認めませんよ」
ロージリンはどうしてミーアが交渉の切り札のように言うのだろう。間違っている。全てが。根本的に間違っているのだ。
「違うんだ……」
「何がですの!?」
「……レイラと結婚して、初めて僕は次期当主と認められるんだ……。レイラが僕の弟や従兄弟を選べば、きっとそっちが次期当主になるんだ」
「どういう事なの!?」
ミーアも声を荒げる。
「エインと異界の関わりは話したよな……」
ロージリン相手にもうネッカルは敬語をやめた。ロージリンもそれに対して文句を言うどころではなくなった。
「ええ、精霊界の一部と重なっているこの世界の一部がエイン独立国で、精霊の加護をもらって精霊魔法が使えるって言ってましたわね」
「ネッカル様の婚約者は、精霊に認められなかったんでしょう? 魔力が高いだけの人なら大陸中にいるのに、どうしてそんな落ちこぼれの人と……」
「ははっ、レイラが落ちこぼれだって? ひどいデマだな……」
笑うネッカルの声に張りはない。
エインの人間は四大属性のいずれかの精霊加護を受けて生まれる。そんな仕組みの中で起こるイレギュラー。
それは精霊界とこの世界の月がぴったり合わさった満月の夜、生まれた子は黒い髪と黒い瞳を持つ。“月の子”だ。精霊からの加護を貰えず産まれるので属性の色を纏わない。精霊の加護がないので精霊魔法は使えない。
しかし、それは精霊に見捨てられたからではない。
約十五年に一度、二つの満月が綺麗に重なって、完全に一つに見える夜がある。それは“真月夜”と呼ばれ、精霊より上位存在である“夜を司る月の神”が、一番現世に干渉できる日らしい。その夜に生まれた子供を自身の“護り子”として庇護下に入れるのだ。精霊の加護を上書きされてしまうので、この夜は精霊たちも沈黙する。
そして月の神に愛された彼らは例外なく膨大な魔力を有する。精霊魔法が使えないなら蔑まれ虐げられてもおかしくない。しかし家族に幸運を運ぶと言われ、更にその高魔力は子供に引き継がれるため、“黒の子供”はどこの一門も欲しがり、すぐに婚約が結ばれるのが常である。
「分かったかい? 年齢の近い僕がたまたまレイラの相手に選ばれたんだよ。僕たちが “精霊の愛し子”なら、レイラは格上の“月神の護り子”なんだ」
ロージリンとミーアは絶句する。
次期当主ではないネッカルの権力はいかほどか。たとえロージリンが妻になっても、当主夫人はレイラで ネッカルの妻は彼女の下の扱いになる。そして愛人を抱えるなんて論外だろう。
二人の恋人の気持ちが冷める以上に、ネッカルの想いも枯れていく。
彼らの仲は終わりを迎える……。




