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銀の死神

登場人物・団体

エリン・スカイフィード:主人公。22歳の女。‘ゲージホルダー‘の素質を有する。最大契約数は3。現在契約数は0。方向音痴でよく道に迷う。

茶髪のショートヘアに藤色と鳶色のオッドアイ。動きやすい服装を好み、常に足の線に沿うパンツとシンプルなシャツやブラウス、その上から丈の長い、アイスブルーのポンチョを羽織っている。身長163㎝、体重60㎏。身長のわりに体重が重いことを気にしている。


セルバル・イルゥカエラ:25歳の男。‘アマルティリア‘の人間。右手にアマルティアであることを示す文様が刻まれている。性格は冷静で、懐疑的。別名‘銀の死神‘。巨大な鎌を主装備とし、条件(契約者が正しきものであること、発動理由が契約者を守るためであること)が整えば‘死者‘を使役することができる。銀髪のスパイキーヘア。ダークブルーの瞳。シンプルな服装、グレーや黒、白といった色合いを好む。身長185㎝、体重80㎏。着やせするタイプ。


ノルン・フェルシード:ギルド・オブシディアンに所属する女騎士。24歳。副団長を任されるほどの実力とカリスマ性がある。穏やかな性格で、情に厚い。

アッシュグレーの長髪を束ね、グレーブルーの瞳を持つ。白銀の鎧を身につけており、‘白き騎士‘の異名を持つ。身長170㎝、体重58㎏。スタイルがいい。


アンドステラ・クロア:ギルド・オブシディアンに所属するゲージホルダー。契約最大数は2。現在契約数は2。23歳。エリンの友人。貿易で巨万の富を築いたクロア家の令嬢でもある。仲間思いで、優しいが、時折金持ち特有の金銭感覚で周りを驚かせる。

黒髪の長髪。両耳にハート型の、白いピアスをつけており、シトリン色の瞳を持つ。ボウタイ襟のブラウスの上から、黒のフレアワンピースを着ている。ザ・お嬢様。身長158㎝、体重46㎏。可愛らしい見た目で、ギルド内外からの人気が高い。


オニキス:アンドステラのアマルティリア。烏。額に文様がある。喋れる。飛べる。目が良い。以上。


ミーニャ:アンドステラのアマルティリア。黒猫。また、猫又で長寿。代々クロア家のゲージホルダーに仕えている。何でもこなす万能メイド。人間の時は左手の人差し指の第二関節、猫の姿の際は左の肉球に文様が確認できる。オニキスとは仲が悪いわけではないが、時々いざこざを起こし、彼を追いかけまわしている模様。


ギルド・オブシディアン:メルネス王国の王都、シェルウイードに拠点を置くギルド。


ゲージ・クラッシャー:「‘アマルティリアリ‘による支配」を理念に掲げるテロ集団。7年前に、ゲージホルダー養成機関である‘ホワイトリリー学園‘で事件を起こし、名をはせた集団。国が壊滅のための働きかけを続けているが、未だに決着がついていない。


「君、大丈夫か?」

メルネス王国、ある村の近くの川の下流で、一人の女が倒れている。

それを近くの村人が見つけ、声をかける。

女は一瞬表情を歪め、ゆっくりと目を開けて、体を起こした。

「おお、よかった。」

村人は安堵したように立ち上がる。

彼女もまた、それに合わせて立ち上がった。

「川から流れてきたみたいだけど………一体何があったの?」

女は少し考えるようなしぐさをし、咄嗟に首から下げている、虹色に輝く石で作られた小さな小さな檻のようなものを掴む。

安堵したような表情をし、息をついた。

「崖から足を滑らせまして。………良ければ近くの村か町まで案内してくれますか?」

「ああ、いいとも。こっちだよ。」

村人が踵を返す。

女は自分が流れてきたであろう、川の方を見つめ、ため息をつくと村人の後に続いて歩き出した。


ご厚意で村の宿舎で一泊できることになった。

着替えて、食事を取り、身の回りのものがそろっているかを確認する。

(ゲージはある。身分証と刀も。お金はそもそもあんまり持ってなかったから、道中で稼ぐとして。………よし、問題なさそう。)

ー身分証には、エリン・スカイフィードという名が刻まれている。

彼女は一つため息をつき、ベッドに倒れこむ。

(崖から足を滑らせるなんて、間抜けにもほどがある。)

彼女はもともととあるギルドに所属していた‘ゲージボルダー‘という特殊な能力を持っている人間である。

しかし、少し変わっていて、ギルドの者たちとそりが合わず、脱退を決めた矢先のことだった。


ーゲージホルダーとは、この世に存在する神秘的な力を持つ生き物と契約し、使役することができる存在である。

ゲージホルダーと契約する者たちは‘アマルティリア‘と呼ばれる。様々な姿、形をしているが、それらの体の一部には特殊な文様が刻まれている。生き物という以上、人間にも例外はなく、‘アマルティリア‘は存在する。

強大な力を持つ故に、彼らは畏れられ、社会での行動が著しく制限されている。


素質がある者は14歳になると国から‘ゲージ‘という、エリンが首から下げている、特別な鉱石でできたペンダントを与えられ、養成機関である‘ホワイトリリー学園‘への入学が認められる。その素質は血液によって測られ、家系によって大きく左右される。

アマルティリアとの契約はゲージを介して行われ、その者の素質に依るが、最大4つまで契約を保持することができる。

彼女の家系は特に名家というわけではないが、何年かに一人か二人、‘ゲージホルダー‘の素質がある者が生まれる。彼女の一家では、彼女と彼女の妹がそれにあたる。

(………とりあえず無職になっちゃったから、明日から色々場所を回りながら職探しか。やれやれ。)

エリンはぼんやり天井を眺めながら、そんなことを思う。

その後色々と物思いにふけっていたが、さすがに疲れていたのか、そう時間が経たないうちに彼女は寝息を立て始めた。


翌朝、朝食までごちそうになって、エリンは村人に礼を言い、村を出た。

親切なことに、周辺の地図までくれたので、現在地はそれとなく把握することができたし、目的地も定まった。

自分はどうも、東から中心部の方に流れてきてしまったらしい。それなら、目的地は王都シェルウイードである。そこには彼女の数年来の友がいるため、どうにかなるだろう、と彼女は意気込む。

とりあえず隣の町に移動しようと、足を進める。

ーただ、致命的なことに、エリンは方向感覚が良くない。いわゆる方向音痴、というやつで、一人で行動すると十中八九道に迷う。地図もどちらを上にしてみればいいかわからず、途中から立て看板だけを頼りに、目的地に向けて歩みを進めることとなる。

そのため、本来なら1時間ほど歩けばつくはずの町に、彼女はその倍の時間をかけて到着した。

町の道中に備え付けてある時計を見ると、針は12時の近くを示している。

それは腹も減るはずだ、と彼女はため息をつき、どこか適当な店に入ろうと足を進めた。

「だから。アマルティリアは契約者と一緒に来るか、管理証明の提示がないと入れないの。とっとと帰ってくれ。」

通りにある店の前で、そんな声が聞こえた。

店主は男性が包帯を巻いている右手を指さしている。

「………これはただ怪我をしただけで。」

背が高く、銀髪ツンツン頭の男は、店主から目を背けながら言う。

(それは無理があるだろう。どこの店にも、今は探知機がついてるからね。)

アマルティリアは普通の人間や生き物に比べて、‘センス‘と呼ばれるエネルギーを高く持っている。

一昔前は文様を隠せばどうとでもなっていたが、ある事件と、それをきっかけにした技術の進歩により、通用しなくなってしまった。

ルノンはため息をつく。

「失礼。私の連れがすみませんね。」

彼女はそう言いながら、男と店主の間に割って入った。

「なんだ、あんた。」

「この人の契約者。私の用事が終わるまでに、どこかの店で席を用意しておけと命じたんですよ。私がいた場所ではまだアマルティリアの出入りに寛容な店が多くて。その感覚でいつものように頼んでしまった。申し訳ない。」

エリンはゲージを店主に見せながら、それっぽい言い訳を紡ぐ。

「ふん。貴方がいたという場所はかなり呑気な場所のようだ。気を付けてくださいよ。この辺りはどこも探知機が付いているのでね。………ちょうど空きがあります。どうぞ。」

店主が振り返り、エリンは男の方に目くばせする。

男は唖然とした様子だったが、すぐ我に帰り、店主とエリンの後に続いて店に入った。


「いやぁ、余計なおせっかいだったらごめんよ。でも、私もちょうどお腹が空いていて店を探しててさ。」

エリンがそう言うが、男は特に言葉を返すわけでもなく、彼女を睨み、難しい顔をしている。

(おうおう、怖い怖い。礼の一つでも、言っていいところだと思うけどな。)

こっちもそれなりに勇気を振り絞ったんだが、と彼女が思っているうちに、二人分の料理が運ばれてきた。


食事が終わり、二人分の代金を払う。

(財布、すっからかんだな。)

予想外の出費に苦笑しながら、

「じゃあ私はこの辺りで。次はちゃんと契約者と来なよ。」

と、彼女は踵を返す。

「………待て。」

男がエリンを引き留める。

店内で一度も口を開かなかった彼が、急に何事だとエリンは眉を寄せる。

「何が目的だ。」

「??」

「……お前もゲージホルダーなら、それなりに理由があって[[rb:俺 > アマルティリア]]を助けたはずだ。おおよそ契約を取る事だろうが。………助けてもらったよしみだ。聞いてやらんこともない。」

「え、なんもないよ。失礼な。」

「………は?」

「お腹が空いてお店を探してたら、偶々貴方が飲食店の前で揉めてたの。それを取りなすついでにご飯を食べようと思っただけ。というか、貴方野良なの?だったら役所かギルドかに行って、とっとと契約者を見つけるか、管理証明取るかしなよ。今のご時世苦労するよ?」

「え、あの、」

「私、今から何かしら働かないと、今日寝泊まりするためのお金がないから、そろそろ行くね。」

と、エリンは今度こそ、踵を返して、足早にその場を去った。


遠くなる彼女の背を、男は呆然と見送る。

(ゲージホルダーのくせに、契約に執着がないのか?変な奴。)

今まで出会ったゲージホルダーは自分に会うたびに、契約しないかと持ち掛けてきた。

それはそうだ。……人間のアマルティリアは貴重だ。意思疎通ができるし、何より強力な力を持つ者が多い。

自分もそのうちの一人だという自負があるが、あそこまで興味を示されなかったのは生まれて初めてだった。

(すでに手持ちの契約がいっぱいなのか?だが、人間のアマルティリアだぞ?一つくらい破棄して、契約をし直すくらいの価値はあるはずだ。)

男は悶々とそんなことを考えながら、彼女が消えていった道の方へと、無意識に足をうごかしていた。


町にある掲示板で受けられる、日雇いの仕事をいくらか引き受けて獲得した報酬で、エリンは安いと教えてもらった宿に部屋を借りた。

余ったお金で、いくらか食料を購入しようと外に出る。

「おい。」

背後から声がかかり、エリンは肩を震わせ、そちらの方を振り返る。

そこに立っていたのは、一緒に昼食を取ったアマルティリアの男だった。

「あ、お昼の。どうかした?」

「……お前、本当に俺と契約しなくていいのか?」

「え、何。怖いんだけど。」

「自分で言うのもどうかと思うが、俺は強いぞ。必ず戦力になる。………お前となら契約してやらないこともない。できないなら理由を教えろ。」

エリンは驚いたように目を見開き、そして、すぐ苦笑した。

「あー、私、どんなアマルティリアからも契約は受けないことにしてるんだよね。どうしても必要な時だけ、役所管理下のアマルティリアとか、野にいる動物のアマルティリアと一時的に契約するの。貴方の申し出はありがたいけど、他をあたっておくれよ。私より良いゲージホルダーなんて、ちょっと中心部の方に出たら一杯いるからさ。」

「俺は別に、契約して誰かのもとに付きたいわけじゃない。お前とならまぁいいだろうと思っただけの話だ。………お前にその気がないなら構わない。引き留めて悪かったな。」

男はそう言って踵を返し、トボトボと歩き始める。

(構わないっていう割に、えらい背中が寂しそうに見えるのは私だけかな。)

エリンはため息をつく。

足を大股で動かし、男に追いつくと、その手を掴んだ。

男は足を止め、ギロリとエリンの方を睨む。

「そう睨まないでよ。………私、方向音痴なんだよね。この町につくのも、出発した村から想定の倍以上の時間が掛かっちゃってさ。」

「………だからなんだ。」

「明日から、シェルウイードに向けて出発しようと思ってる。一人じゃ心もとなくて、役所所属のアマルティリアに力を借りる予定だったんだけど。………貴方がそこまで言ってくれるなら、貴方の力を借りようと思う。数日間の移動だ。お試し期間と思ってもらえればいい。そこで私が、貴方のお眼鏡に適ったのなら契約を結ぼう。………それでどうだい。悪くない話だと思うんだけど。」

「………お前が俺の眼鏡に適ったら、なのか。」

「?………なんか変だった?」

(………素、なのか?こいつ。)

「…いや。お前がいいならいい。相手を見る機会があるならこちらとしても好都合だ。」

「そう。じゃあ交渉成立ね。私はエリン。エリン・スカイフィード。よろしく。」

「俺はゼルバル・イルゥカエラ。………せいぜい選んでもらえるように頑張るんだな。」

「努力するよ。せっかくだし買い物に付き合って。食料がないんだ。」

「仕方ないな。荷物持ちくらいはしてやる。飯もおごってもらったし、その分な。」

「わーい。助かるよ。」

二人は並んで、まだ明るい町の中に向かって歩き始めた。[newpage]

翌朝早く、二人はシェルウイードに向かうべく町を出る。

「今日は隣の町まで行きたいな。野宿はあんまり好きじゃないんだよね。」

「……まぁ無理のない設定なんじゃないか。そのペースなら3日はかかるだろうが。」

「全然いいよ。急ぎじゃないし。」

「ふーん。ま、お前がいいならいい。付き合ってやるよ。………そう言えばお前はどうしてシェルウイードに行きたいんだ?」

「もともと東の街にあるギルドに所属してたんだけど、つい数日前にやめたんだよね。シェルウイードには知り合いが働いているギルドがあるから、入団をそこに頼もうと思って。」

「やめた?」

「……私ゲージホルダーはだけど、出身はそんなにいい家じゃないんだ。そこらへんが気に入らなかったのか。手柄を横取りされたり、報酬をきっちり分けてもらえなかったり、色々されて胃に穴が開きそうだったから辞表を出した。それだけよ。」

「………………。」

「呆れたかな。」

エリンは苦笑する。

ちょうど二人は分岐路についたところだった。

迷いなく右側に進もうとするエリンの手を、ゼルバルは慌てて掴む。

「逆!」

「あれ?」

「その手元の地図は何のためにあるんだ。ちゃんと確認しろ。」

「いやぁ、そもそも今どこにいるかもわかんなくて。えへへ。」

「………………。」

ゼルバルは深いため息をつき、エリンから地図を奪い取った。

それを広げ、懇切丁寧に、現在地とこれからの進路を説明する。

「ここは左。次は右。そしたら右手に町が見えるはずだ。わかったか?」

「わかったけど、多分また間違えるから近くなったら教えてね。」

(それは!わかったと言わない!)

と、ゼルバルは眉間にしわを寄せ、こめかみを抑えた。

道を進み、案の定彼女は次の分岐路でも間違えかけ、ゼルバルに引き留められる。

さすがに右手に町が見える、というのは覚えていたようで、きっちりその日の内に目的地にたどり着いたことに彼女は感動していた。

「凄ーい!君、天才かも。」

「いや………地図が読めればそう難しいことでは………そうか。それができないんだったな………お前………」

と、ゼルバルは少し疲れたように言う。

「地図はちゃんと頭に入ってるんだよ。上下左右がごちゃごちゃになるだけで。」

「………。」

それは頭に入っていると言えるのかどうか、と彼はため息をつき、町に向けて足を進める。

エリンも慌ててその後を追った。


寝る場所を確保すべく、町の案内所で教えてもらった宿舎に移動する。

中に入ると、フロントに置いていある三角錐の小さな置物が赤く光る。

ーこれが探知機だ。一定量以上の‘センス‘に反応し、色を青から赤に変える。

「アマルティリアとのご利用はダブルかツインのみとなりますが、いかがなさいますか?」

「ツインでいいよね?」

「え?あ、ああ。」

「じゃあツインで。」

「かしこまりました。」


あてがわれた部屋で、エリンは窓際のベッドに体を沈める。

「いやぁ、歩いた歩いた。」

ゼルバルは、ドアに近い方のベッドに腰掛ける。

「………よかったのか?ダブルの方が安くあがっただろう。」

「え?だって、嫌でしょ、好きでもない女の隣で寝るの。」

「………手を出すチャンスだってあったかもしれないのに。」

「手を出す?」

エリンは怪訝な顔をして首を傾げる。

少し黙考して、ピンと来たのか、

「ああ。」

といった後に、すぐため息をついた。

「君、今までどんな契約者に当たってきたの?確かにゼルバルはかっこいいし、魅力的だと思うけど。………体目当てにアマルティリアと契約を結ぼうなんて浅はかにもほどがある。私が最も忌嫌う部類の同業者だな。実に不愉快だ。」

「………。」

予想外の返答に、ゼルバルは目を見開く。

「………契約はアマルティリア 君たちの力を大きく左右する。契約者との関係が良ければ良いほど増幅し、悪ければ悪いほど、君たちの力を削いでいく。………ゲージは本来縛るものではなく結ぶもの。互いの協力関係を象徴する役割を果たす。そして私たち は、君たちの力を最大限に発揮するための一助となって、人々を脅かす存在や問題に挑むためにある。………最近のホルダーたちは、どうもそこをはき違えている奴らが多い。………だからあんなことが起こるんだよ、全く。」

エリンは吐き捨てるようにそう言うと立ち上がる。

「今日は私の相手で疲れただろう。少し外に出てくる。ゆっくり休むといいよ。」

ハンガーにかけていた愛用のポンチョを被り、彼女はひらひら手を振って、部屋を出て行った。


「………………。」

エリンが去った後、ゼルバルはため息をついて体をベッドに沈めた。

ぼんやり天井を見ながら、物思いにふける。

(どこまでを本心で言っているのか、全く読めないな。口が達者なわけではなさそうだから、言っていることが全てのような気もする。)

間違いなく、彼の心は揺れている。

今までに見たことのないタイプのゲージホルダーだ。気にもなる。仕方ない。

(化けの皮がはがれるのが先か。俺が堕ちるのが先か。)

彼はそんなことを思いながら目を閉じた。

朝、ゼルバルは目を覚まし、体を起こす。

(……本当に何もしてこなかった。)

まだ寝ているのか、こちらに背を向けて横になっているエリンを、彼は寝ぼけ眼で見つめながらぼんやり、そんなことを思う。

(今までに類を見ないほどの安眠………)

体を上に伸ばし、彼はベッドに腰掛け、彼女の方を見る。

「うーん………」

もぞり、とエリンは体を丸める。

少しして、むくりと体を起こす。

「………おはよう。」

背後からそう声をかけてやれば、彼女はびくりと肩を震わせる。

恐る恐る、といった様子でゼルバルの方を見ると、驚いたように目を見開いた。

「何?」

「いや、そう言えば居たんだったなって思って。………おはよう。」

そんなことを言いながら、彼女は大きなあくびをして掛け布団をはいでベッドから下りた。

壁際に備え付けてある机に丁寧に置いてあるゲージを首から掛け、ぴょんぴょん跳ねている髪を手櫛で梳かしながら難しい顔をする。

「うー、今日は一段と威勢がいい………」

「………エリンのゲージは三角錐なんだな。」

ふと、ゼルバルは思ったことを口にする。

「んー、あぁ、結べる契約数によって形が決まるんだよ。私は3つまで持てるからこの形。4つの人は四角錐だし、2つの人は卵みたいな形。ロケットの中に鉱石が埋め込まれてて、底が少し平たいの。1つの人はそれこそ一枚板。面白いよね。」

そう言った後に、彼女はため息をつく。

「………濡らしてくる。直らない。」

エリンはポツリとそう続け、トボトボとバスルームへ消えていった。


滞在した町を後にし、二人は次の目的地に向けて進む。

「メェ。」

道中、大量の羊が道をふさいでいるのに出くわす。

「………どうする?」

「アマルティリアの子が一頭居るね。」

エリンはそう言うと、その一頭に近寄り、頭を撫でる。

「通りたいんだけど、少し避けてもらってもいいかな。」

「ンメェ。」

羊は短くそう鳴くと、とことこと道の端へ歩みを進める。

それにならって、群れを成していた羊たちもわらわらと端の方へ移動した。

「ありがとう。」

エリンがそう言うと、羊たちはメェメェと鳴きながら、彼女の周りに集まり、体を彼女の体に押し付け始めた。

「ふふ、くすぐったいよ。」

彼女が羊たちと戯れているのをゼルバルが少し離れたところから眺めていると、

「おや、すまんねぇ。うちの羊たちが。」

背後からそう声がかかり、ゼルバルは振り返る。

そこには初老の男性が居た。

首からは見覚えのある鉱石でできたペンダントトップの、ペンダントが下げられている。

「その子が儂以外ですんなりいうことを聞くのは珍しい。……良いゲージホルダーなんだな。あんたの主人は。」

「………そう、なんでしょうかね。」

ポツリとそうつぶやくゼルバルに、男性は不思議そうに首を傾げる。

「彼女が目的地につくまではお試し期間でね。正式な契約はまだしていないのですよ。」

「それは変わったお嬢さんだ。今時のゲージホルダーにしては珍しいな。」

と、男性は笑ったのち、深刻そうな顔で言葉を続ける。

「………だが、本来はそうあるべきだ。下手な契約はホルダーもアマルティリアも危険に晒す場合がある。相性の見極めは重要だ。今時の奴らはどうもその辺りがわかっとらん。」

ま、儂はそもそも身を危険に晒すようなことはしてないんだけどな、と最後に付け加え、あっけらかんと笑う。

「おーい、メイプル。そろそろ帰るぞ。」

彼のその言葉で、アマルティリアの羊はンメ、と短く鳴き、男性の方へ走っていく。

それに続いて他の羊たちも走り出し、男性と共に移動してしまった。


「次どっちだっけ。」

「左だな。」

さすがに学んだのか、エリンは分岐地点につくと、必ずゼルバルに確認をするようになった。

それでも時々間違った方向に足を進めることがあるので、おそらく左右の感覚に若干のずれがあるんだろうな、とゼルバルは諦めることにした。

「………お前は、さ。」

「うん?」

「どうして契約を取らない?3つも枠があるなら、一つくらいあってもよさそうなものだろう。………それにさっきの様子なら、契約を取るのにもあまり困らなさそうだったが?」

道を歩きながら、ゼルバルはポツリと、おそらく彼女の在り方の核心を突くであろう質問を投げかけた。

「どうして、と言われても。」

うーん、と彼女は考えるそぶりをして、口を開いた。

「………自分ができることと、することは別問題でしょ。私は戦闘でもなんでも、ある程度のことは自分でできるつもり。だから契約がなくても困ってないし、困ってないことで他の人に助けを求めるのはなんか違うじゃん。………うーん、改めて問われると難しい。他にも色々あるんだけどね。一番大きいのはそこかな?」

「………方向音痴なのに?」

「痛いところを突くなぁ。まぁでもそれはそれで楽しんでるからいいんだよ。道に迷うことを前提に行動すれば、約束の時間に遅れることもないし。本当に怪しい時はアマルティリアの力を借りてるし。………君たちには君たちの時間がある。私の都合で、それを奪いたくないのかな、多分。」

(その時間を、契約者のために使いたいと思うから、契約するんじゃないのか。)

ふと、彼はそう思ったが、口には出さなかった。

………というより、出せなかった、が正しい。

「わぁ!今日もその日のうちについた~!凄ーい!」

と、彼女が嬉しそうに目的地であった町の方に駆けて行ってしまったからである。

やれやれ、とその背を見送りながら彼はため息をついた。

(いづれにせよ、あと一日で答えを出さねばならない。)

だが、もう決まっているような気もする。

ー少なからず、この時間が続けばいいと思っている自分がいることに、彼は気づいている。

「……案内役として、傍にいてやるのも悪くない、か。」

彼は苦笑し、オレンジの空を見上げた。

「ご利用ありがとうございました。最近王都の付近で、ゲージクラッシャーの活動が報告されているようですので、道中お気を付けください。」

宿舎をチェックアウトする際に、フロントの男性は二人に向かってそう言った。

ゼルバルは首を傾げ、エリンは苦々しい顔をして、

「わかりました。」

と首を縦に振った。

宿舎を出た後。

「なんだ?ゲージクラッシャーって。」

「……そうか。君は知らないのか。」

エリンは珍しく無表情のまま、そう言った。

「………ゲージホルダーの命を中心に狙う悪質なアマルティリアたちのことだよ。集団化して、国のところどころで事件を起こしている。国もギルドに委託したり、調査隊をだして解体に向けて動いているけど、なかなかうまくいかなくてね。」

「ふーん。………ん?それってお前も狙われるんじゃ、」

「まぁそうね。」

「そ、そんな呑気でいいのか?」

「良くはないけど。でも私は抱えている契約はないし、殺されても誰も困んないよ。平気平気。」

「???」

………何をどうしたら平気になるのかがさっぱりわからない。

まるで死ぬことを恐れていないような、そんなもの言いだ。

「あ、もし襲われたら、君は逃げていいからね。契約してない相手に、命を懸ける理由はないんだから。」

「本気で言ってるのか?」

スッとゼルバルは目を細め、彼女を睨む。

「怖い怖い。」

と、彼女は苦笑し、肩をすくめる。

「………冗談だよ。せっかく一緒に居るんだ。力の一片くらい見せてもらわないと勿体ない。」

絶妙に、違う、そうじゃない感があるが、それ以上触れると面倒な予感がして、ゼルバルは追及することはしなかった。


シェルウイードに続く、最後の難所である森の中に、二人は足を踏み入れる。

うっそうと木々が茂り、薄暗い道を慎重に二人は進む。

ーガサリ、と何かが動く音がする。

「………下がってろ。」

ゼルバルはそう言って、自分が生まれた時から与えられた武器を呼び出す。

白の刃が特徴的な大鎌が、彼の手に握られた。

それと同時に、二人をいつの間にか囲っていた狼のアマルティリアたちが一斉に襲い掛かって来る。

たった一薙ぎの斬撃で、狼たちは吹き飛ばされ、地面や木々にたたきつけられると、そのまま動かなくなった。

「凄いね。君。」

後ろで感心したように、エリンは手を叩いている。

「この程度造作もない。………先に進むぞ。嫌な感じがする。」

「同感だな。………同種のアマルティリアがこうも群れているのは引っかかるものがある。」

二人は周囲に警戒しながら、足早に森の中を進んでいく。

道が開け、出口が目前に迫ったところだった。

「そこまでだ。」

突如として、仮面で目元を覆った、全身黒ずくめの人物が二人の前に立ちふさがった。

「そこの女、ゲージホルダーだな。………命をもらおう。覚悟しろ。」

ざっ、ざっと周りからも足音がして、彼女は振り返る。

「………囲まれたね。」

エリンは苦笑しながら、腰に下げている刀を抜いた。

「後ろは気にしなくていい。前を頼むよ。」

「だが………」

「いいんだよ。私のことは。道が開けたら、君だけでも逃げなね。」

「馬鹿め。逃げるなら二人一緒だ。……今のところ、お前を目的地に送り届けるまでが俺の仕事だからな。」

ゼルバルは怒ったようにそう言いながら、大鎌を呼び出し、構えた。

「ふふ、律儀な人だ。」

エリンはそう笑いながら刀を構える。

敵が、二人をめがけて襲いかかって来た。


「………チッ、」

森を外れ、崖のところまで二人は追い詰められていた。

(………ある程度の戦闘はこなせると、自負しているだけはあるな。)

確かに息は上がっているが、大きな外傷もなく、アマルティリア相手取ることができているエリンに、彼は感心する。

だが、人間のアマルティリアが群れること以上に厄介なことはない。

(どうする。このままいけば二人ともやられる。………………あぁ、そうか。)

彼はふと自分の右手を見て、次いでエリンの方を見た。

(打開策ならあるじゃないか。うまくいくかどうかはこいつ次第だが。)

「エリン。」

「何。」

「俺と契約しろ。今、ここで。」

ゼルバルはエリンを横目に見つめ、自分の右手を差し出した。

エリンは少しの間ゼルバルの目を見つめ返し、ゲージを乱雑に首から外すと、その底面を彼が差し出している右手に押し当てた。

ボウ、とゲージが輝き、その後、眩い光を発する。

チャンスととらえ、襲いかかって来たアマルティリアを、彼らの周りに発生したエネルギーが吹き飛ばす。

ー光が消え、ゼルバルはにんまりと笑い、一歩、エリンの前に進み出る。

彼女が握っている三角錐のゲージの側面の一つには、彼の右手と同じ文様が浮かび上がり、消えた。

(ああ、心地良い。今までにない感覚だな。)

そんなことを思いながら、彼は鎌の刃を地面に向ける。


「我が声に応えよ。死した者ども。共に我が主の道を切り開かん。」


その詠唱と共に、辺りに冷たい空気が漂い始める。

あまりの冷たさに敵のアマルティリアたちは動きを止め、身震いする。

エリンはじりっ、とほんの少しだけ後ずさる。

(………驚いた。広義の‘死者‘を操る能力とは。墓地とかでやったら凄いことになりそうだな。)

相手には見えていないのか、彼らは何が起こっているかいまいちわかっていない様子のまま、壮絶な悲鳴を上げ、バタバタと倒れていく。

ー白い人型の者……おそらく幽霊たちがアマルティリアたちに纏わりつき、関節技や絞め技など、コミカルな表情でやってのけるので、それが面白くて笑いそうなのを、エリンは必死にこらえた。

「クッソォ!」

剣を持ったアマルティリアが、幽霊を振り払いゼルバルめがけて突進する。

彼はフッと不敵に笑い、大鎌を片手で構え、その攻撃を受け止める。

造作もなく相手を吹き飛ばし、体勢を崩したところにすかさず距離を詰め、蹴りを入れて相手を気絶させた。

「………お見事!」

エリンは感心し、刀を鞘に納める。

ゼルバルは彼女の方を振り返ると、安堵したように息をつく。

「大丈夫ですか!?」

その時、騎士の装いをした女性が、数人の兵士を連れて彼女らのもとへ駆けてきた。

目の前の光景を見て、驚いたように目を見開き、

「………これは貴方方が?」

と問った。

「ええ、まぁ。」

エリンは苦笑し、言葉を続ける。

「……その紋章。ギルド・オブシディアンの方ですか?」

「ご存じなのですね。光栄です。私はノルン・フェルシードといいます。貴方がおっしゃったように、ギルド・オブシディアンに所属する騎士です。我がギルドに所属しているゲージホルダーが居ましてね。その契約者が貴方方がゲージクラッシャーたちと戦っていることを教えてくれたのです。………無事でよかった。」

「そのゲージホルダーはアンドステラという名前じゃありませんか?」

「え?ええ。」

「私、その子と知り合いなんです。その所以もあって、貴方方のところに入団させていただこうとここまで来ました。」

「も、もしかして、貴方、エリンさんですか!?噂はかねがね。」

と、ノルンは手を差し出す。

「どんな噂か気になるところではありますが。……まぁ何かしら力にはなれると思います。」

と、彼女は苦笑しながら、その手を握った。

「貴方なら大歓迎ですよ。アンドステラからも話は聞いています。…では、そちらの方は貴方のアマルティリアですか?」

「あ、いえ、彼は………」

そういうエリンの口元に、ゼルバルは手をかざし、遮った。

「ええ。そうです。先ほど契約したばかりですが。俺はゼルバル・イルゥカエラ。主人ともどもよろしくお願いしますよ。」

ノルンは驚いたように目を見開き、感激したように手を叩いた。

「素晴らしい!わずかな時間でアマルティリアの力を引き出せるなんて。ご活躍が楽しみです!ともに参りましょう。ギルドまで案内いたします。」

兵士たちは倒れているアマルティリアたちを鎖で拘束し、馬車に押し込むと、一足先にシェルウイードに向けて出発していった。

ノルンは意気揚々と踵を返し、歩き始める。

「……ま、そういうことだ。よろしく頼むな?ご主人様。」

ゼルバルは左目を伏せ、彼女を見やる。

彼女はぽかんとしたようにゼルバルの方を見上げる。

「………………ホントにいいの?私で?」

「良くない理由が見つからなかったから、良いと言っている。……だが、気は抜くなよ。何か気になることがあればすぐ別の契約者を探すからな。」

ゼルバルはそう言うと、ノルンの後に続いて歩き始める。

「………うん。……それでいいよ。」

エリンは少しの間その背を見つめ、そうポツリとつぶやく。

ーその表情は、どことなく寂しさを讃えた、儚い笑顔だった。


「エリーン!」

ギルド・オブシディアンに到着し諸々の手続きを済ませたところで、嬉しそうに、一人の女性がエリンに抱きついた。

首からはロケットの形をしたペンダントを下げている。

「久しいね。アンドステラ。」

「うん!元気だった?」

「元気だよ。………今日からよろしく。」

「こちらこそだよ~!……ところでその後ろの男の人は?」

アンドステラの問いに、エリンは苦笑する。

「契約しているアマルティリアだよ。名前はゼルバル・イルゥカエラ。」

「え?え!?」

アンドステラは目を輝かせ、エリンとゼルバルを交互に見る。

「凄い!どうやってエリンを説得したの!?」

ゼルバルは怪訝そうに眉を寄せる。

「道中助けてもらった成り行きで契約したんだ。私より好条件のホルダーが見つかるまでのつなぎみたいなものだよ。」

(………そうとれるような言い方をした俺も悪かったが、乗り換える前提で話をされるのは流石にとちょっと傷つくぞ?)

ゼルバルは澄まし顔でそういうエリンを見下ろしながら、内心つぶやく。

(あちゃー、致命的に何かが食い違っている予感。)

二人の様子を端から見ながら、アンドステラはひくりと顔をひきつらせた。

「ご主人。」

音もなく、一羽の烏がアンドステラの肩に止まる。

額には、白の文様は入っている。

「………烏が喋った?」

ゼルバルがぎょっとしたようにつぶやくので、エリンはプッと吹き出す。

「アンドステラと契約しているアマルティリアだよ。名前は………なんだっけ?」

「オニキスです。何度言えば覚えるんですか?貴方。」

と、烏……オニキスはバタバタと羽をうごかしながら、怒った様子でそう言った。

「ごめんごめん。………私たちのことを見つけてくれたのは彼だよ。ゼルバル。」

「そう、なのか。………ありがとう。」

「ふむ。素直でよろしい。」

オニキスは感心したようにそう言うと、ゼルバルの肩の方に移動し、チョンと止まった。

それにまた驚くゼルバルに、エリンは肩を震わせる。

「ステラ様。」

「ミーニャ。おかえり。」

彼らがそうこうしているうちに、アンドステラの傍に、一人の女性が歩み寄った。

「紹介するね。私のもう一人のアマルティリア。名前はミーニャ。」

「彼女は黒猫のアマルティリア。アンドステラの傍付きだね。」

エリンがそう言うと、ボフン、と煙を立ててミーニャが元の姿に戻り、アンドステラの肩に乗った。

その尾は二股に分かれており、美しい黒い毛並みを持っている。

「家とか決めてるの?」

アンドステラは、ミーニャの顎を撫でながらエリンに問う。

「いや?今からだけど。」

「ならよかった。お父様が貴方にって用意した場所があるの。」

「………なんだって?」

「ほら、貴方、前うちの商人たちの護衛をしてくれたでしょう?とっても大事な商談だったみたいで、ずっとお礼をしたがってた。貴方がこっちに来るかもって話をしたら、その翌日には家を買い上げてきちゃってね。」

遠い目をするエリンに、ゼルバルは身をかがめ、耳打ちする。

「え、エリン?」

「ん?」

「あの。彼女って、」

「彼女の名はアンドステラ・クロア。かの有名なクロア家のご令嬢ですよ。ゼルバルさん。」

肩に止まっていたオニキスもまた、遠い目をしてそう答えた。


「わー、でかいなぁ。」

目の前の家を見上げ、エリンは棒読みでそう言った。

「そうだよねぇ。もう少し小さいほうがいいんじゃない?って私も言ったんだけど。」

(うーん、そうじゃないんだよな。ありがたいけど。)

エリンは意気揚々と彼女の家を案内すべく中に入っていくアンドステラの背を見つめ、苦笑する。

中には部屋が4つもあり、バスルーム、キッチン完備。どこもかしこも広かった。

「家具は一応一通り全部そろってるけど、足りないものがあったらごめんね。」

彼女に家の鍵を渡しながら、アンドステラは言う。

「いや、むしろここまでしてもらって申し訳ないくらいなんだけど。家賃は?」

「え?いらないよ。もう買ってあるし。………あ、時々また護衛を頼まれてくれってお父様が言ってた。」

「あ、うん、わかった。」

エリンはそれ以上何も言うまいと、大人しく首を縦に振った。

「じゃ、明日から一緒に頑張ろうねー!」

彼女はそう言いながら、オニキスと人型になったミーニャと共に、来た道を戻っていった。


「………なんか予想外の報酬が来たな。」

エリンはリビングに備え付けてあるテーブルセットの椅子に腰かけながら言う。

「まぁ家を決める手間も省けたし、こちらとしては万々歳だけどね。君も近くにいるし。」

「………もし家を決めることになっていたら?」

「別にどうも?私は私で決めるつもりだったし、君は君で家を決めてもらうつもりだった。契約者が正規のギルドの所属していれば、それ経由で管理証明が取れる。証明書さえあれば君は一人で何でもできるし、私と契約しているから役所やギルドから助っ人の依頼が来ることもない。ということで、これ。」

エリンはポンチョの下から、名刺サイズの紙を取り出し、机の上に置いた。

特殊な紙に自分の名と契約者の名といった諸々の情報が印字されている。

ゼルバルはそれを受け取ると、眉尻を下げて、エリンの方を見た。

「私は君たちを、自分の都合で縛るようなことはしたくない。君は私が後ろ盾にいることを存分に利用して、やりたいことをやりたいようにやればいい。………君はそれなりに苦労したみたいだし、傍にいなくても、馬鹿なことはしなさそうだからね。ある種の信頼の証だと思ってくれればいいよ。」

彼女はそう言った後にゆっくりと足を組み、穏やかな笑顔をたたえた。


部屋の割り振りは、一階にある個室をゼルバルが、2階にある3つの部屋の内、中央の部屋をエリンが使うことになった。

ゼルバルはベッドに横たわり、ぼんやり天井を見る。

(………まるで自分のことはいいから、お前はお前で勝手にやれ、みたいな感じだったな。言葉の聞こえ自体はよかったが。)

一人で何でもできるようになったことは大変ありがたい。彼女と出会った町では、食べ物や寝床を得るのにそれなりに苦労を要した。(まぁすべては彼が変な意地を張って、管理証明を取らなかったことに起因するのだが。)

だが、これまでの彼女の言動を見ていると、引っかかるものがある。

確かに、アマルティリアの自由を保証しようと手を尽くしていると言えばそうなのだ。契約というつながりに寄りかからず、自分のことは自分のこととして対処しようという姿勢がみられる。それは大変好ましいし、これまでの契約者にはなかったものだ。

だが、それ以外に、彼女は何かを抱えている。

言葉にするのが難しいが、何か、そんな感じがするのだ。

(まぁいい。自分の意思で選んだ契約者だ。しばらくは傍にいるつもりだし、時が経てば見えてくるものあるだろう。)

彼はそう思いながら、目を閉じる。

そう時間もかからず、穏やかな寝息を立てて、眠りについた。

ーゼルバル・イルゥカエラー

俺はごくごく普通の人間の家庭に生まれた。

容姿は父譲り。目は母譲り。

自分が生まれて、アマルティリアだとわかってすぐ、母親は家を出て行ったそうだ。

働きながら、俺の世話をしてくれた父には頭が上がらない。

14歳になって力が発現し始めると、アマルティリアの人間は、国が管理する施設に預けられる。

そこで2年間力の扱い方を、所属しているゲージホルダーと契約して学ぶ。

それが終われば、いよいよ社会人の仲間入りだ。

初めて契約したのは、同年代の男のゲージホルダーだった。

2年ほどは仲良くやれていたが、彼が契約した女のアマルティリアと面倒なことになったので、契約を切られた。全くこちらには非がないというのに、女の言葉一つで態度を変えるとは、男とは単純なものだなとあきれ果てたものだ。

その後、3つほど年上の女のゲージホルダーに出会った。契約の前に一度食事にといわれ、ついて行ったら怪しい店の店主だった。すでに2人の男のアマルティリアを従えており、嫌な予感がしたので料理には手を付けず、契約も断った。

しばらく様々な契約者のもとを転々とした。

傲慢、怠慢、暴力、快楽。

人間の醜い感情に、その間多く触れてしまい、いつの間にか、契約をしようという気も失せていた。

何やら大きな事件があり、ある日を境に、アマルティリアへの風当たりは強さを増した。

それでも、まだ自分で生きていける。野に出れば食料はある。寝床も作れる。自分の身も自分で守れる。

ーこの力は自分を守るための力だ。

それ以外は使うまいと定めた矢先のことだった。

……彼女に出会ったのである。

疑心はあった。だけど、彼女の対応はどこまでも真摯だった。

ならば信じてみよう。

3日間の旅の末に、俺はそう思って、彼女に契約を預けたのだ。


「………。」

二人の共同生活が始まって、ゼルバルは初めて一人で買い物に出た。

ふと、美味しそうな甘味の店の前で足を止める。

色鮮やかなマカロンがショーケースに保管され、その横には多くの焼き菓子が並んでいる。

元々甘味は好きだった。父が苦手ながらも、よく手作りしてくれたものだからである。

二人でそれを一緒に食べるのが楽しみだった。

(………この紫。彼女の目の色そっくりだな。)

そんなことを思い、思わずいくらかのマカロンを焼き菓子と共に購入していた。

紙袋を抱え、家に帰りながら空を見上げる。

(………あんたは何が好きなんだろう。甘い物が好きだったらいいな。)

ここ数日で分かったのは、一人が好きなことと、干渉を好まないこと、そして食べることが好きなことと、その時の顔が、一番生き生きしていて子どもっぽくてかわいらしいこと。

(いつか、飯以外にも一緒に食べに行けたらいい。)

そんなことを思っていると家に着き、彼女にと思って買ってきた、いくらかのマカロンを冷蔵庫に入れた。

(……気づくかな。気づいてほしい。)

まだ、あんたのために、と差し出すほどの勇気は、自分にはないのだ。

彼は苦笑し、そっと冷蔵庫のドアを閉めた。

                                      ーto be continueー

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